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少年期 一二歳の晩春・二

 矢の初速は約四五m/s前後だと聞いた。弓弦が離れる音を耳が聞いた次の瞬間には、少なくとも四〇mはカッ跳んでいる訳だ。


 しかし、それとて雷光よりは速くない。脳を巡る電気信号の速度と比べれば、欠伸が出る速度だ。


 <雷光反射>によって極限まで高められた反射神経は、弓が離れる音と同時に私を動かしていた。身を屈ませながら音源へと向き直り、更に<多重思考>によって既に発動していた<見えざる手>の術式を書き換えて軌道を変更。


 街道の遠間に見える林、その縁より届く矢が私に届くより前に<見えざる手>へ矢が突き刺さった。


 そう、手は魔力によって作られた力場の手。無形ではなく、存在しているだけで大気をかき分け飛来する物を阻む。つまり盾として十分機能するのだ。


 しかし、一体何だ!? 私なんかしたか!? ってか今の凄くね? 格好よくね!?


 矢の速度に対応した自分に喝采を上げつつ――普通に混乱している――八〇mほど離れた林を見やれば、人影が動くのが見えた。


 人影は一つではなかった。奇襲を失敗したことを悟ったのだろう。藪の中で幾つもの人影が立ち上がり、向かってくるのが分かる。


 野盗だ!


 薄汚い被服、汚れた肌、伸び放題の髪。そして手にした雑多な武器。正しくこれ以上ないほどテンプレート的な野盗であった。あの容姿で一体何と見間違うことがあろうか。


 数は……う、多いな。六人居る。最初に弓を打ってきた男が林の中に残り、五人が此方に全力疾走してきている。数で押し包むつもりだろう。


 ああもう、なんでこんな所に出てくる!? 主要街道からは離れているし、近所に碌なモンないぞ!?


 いや、むしろ辺鄙な所だから見逃されていたのか? ああっ、くそ、仕事しろよ巡察隊!!


 頭の中を色々な思考が抜けていくが、正直私は完全に混乱していたのだろう。


 なにせ、迷うことなく立ちはだかることを選んでしまったのだから。


 後々冷静になって思ったのだ。この程度の手合い、丁稚である私が命をかけなくとも……明らかに強キャラであるマスターに投げちゃえばよかったじゃないと。間違いなく指パッチン一つでなんとかする展開だろうに。


 しかし、そうはならなかったし、そうはしなかったのだ。初の実戦で頭が茹だっていたから。


 先頭を駆けてくるのはヒト種ではなかった。青い肌をした二mほどの巨鬼(オーガ)。あれは雄性体だろうか? かつて出会った護衛のローレンさんと比べると、悲しくなるほど貧相な見た目だ。


 確かに大柄で肉は付いているが、身に纏っている物は襤褸切れで、雑に削った柄に石を括り付けただけの斧とも槌とも付かぬ武器を持ち、目を真っ赤にして涎をまき散らしながら突っ込んでくる様は武の種族とは見えない。


 何よりも訓練以外の経験を積んでいない私をして、あまりに稚拙だったのだ。足運びから何から、いっそその有り様の全てまで。


 交錯は一瞬だった。私は体諸共突っ込んでこようとする巨鬼を斜め前に踏み出すことで回避、同時に“送り狼”をコンパクトな動作で担ぐように持ち上げ、そのまま脇を撫で切りにした。


 重い感触は、凄まじく硬質な何かを叩き切った時の手応え。金属の皮膚と合金の骨格はあまりに硬いが……勝ったのは私の技量と“送り狼”の鋭さだった。


 ちらと振り返れば、鉄分ではなく銅を含むが故に青い血液を吹き散らし、脇から肩の半ばまでを断たれた巨鬼が呻きながら転げ回っている。


 「GURUAAAAAA!!」


 人語を口にしていない?


 しかし、妙な様子の巨鬼を気にしている余裕はなかった。敵手はまだ五人もいるのだから。


 次いで駆け寄ってきたのは、四人の小鬼(ゴブリン)であった。魔種に属する鬼族の中でも小柄な彼等であるが、その実ヒト種の子供と大差ない矮躯に成人男性と変わらぬ膂力を秘めた強者達だ。小柄さ故に体重も軽いことから、廃墟や遺構の探索者として名を馳せる種族であり、ヒト種に次ぐ繁殖能力で大陸の何処にでも見られる魔種として繁栄している。


 荘にも何家族か小鬼がいたし、幼い頃の遊び仲間にも含まれていたのでぱっと見ただけで分かった。


 だが、あまりにも様子が違う。木を削っただけの粗雑な武器を持ち、発狂したように駆け寄ってくる様には理性も知性もないように見えた。


 本当に彼等は野盗なのか?


 突き込まれる先端が鋭いだけの木槍を、剣の峰でそっと弾くことで反らした。槍は強く弾けば、その分素早く旋回して石突きでの返しが鋭くなる。あくまで優しく包むように弾き、その隙を突いて間合いを詰めるのだ。


 「GYUAAAAA!?」


 振りかぶらない小さな上段斬りで、保持する左手ごと粗末な槍を叩き切った。腕を押さえて蹲ったので、もう戦えはするまい。


 残り四つ。


 今まではバラバラに突っ込んで来たから一対一を二回しただけ。だが、次は殆ど同じタイミングで無力化された槍兵を迂回するように襲いかかってきた。一体は錆びた短剣を手にしており、もう一体が持つのはそこら辺の石だが、大人の膂力でぶん殴れば十分に私を殺しうるだろう。


 そして、無手であった最後の一体が、何を思ったか蹲る味方の背を踏み台に飛びかかってくる。きっと連携なんて欠片も考えていなかっただろうが、此処に来て凄まじい三段攻めを見せてくるとか私ちょっとリアルラック足りなすぎてないか?


 ああ、クソッタレ、何処のどいつがサイコロを転がしていやがる。


 さしもの私もこれを同時に防ぎきるのは無理だ。二方向までなら一方を弾き、一方を体捌きで回避することも今の技量なら適う。だが、流石に上方からも来られると辛く、普通なら数歩バックステップで間合いを空けて仕切り直すところだろう。


 一週間前までならば。


 私は迷わず、この中で一番脅威度が高い短剣持ちへと斬りかかった。対処自体は簡単。逆手に持って突き刺そうと愚直に突っ込んでくるが、こちらの方がリーチは圧倒的に長い。肩口へ刃を突き込んでお終いだ。


 では、次はどうするか。私は迷うこともなく、少しずつ使い慣れてきた術式を起こした。


 「GUA!?」


 本来はない筈の感触が産まれる。


 それは、魔力によって形作られた<見えざる手>の力場から伝わる感覚だ。


 そう、これは単なる隙間に落っこちたスプーンを拾うだけの術式ではない。きちんと“カスタム”してやれば戦闘用の術式になり得るのだ。


 見えざる手で頭をひっつかまれ、空中ではどう足掻いても踏ん張れない小鬼が叩き付けられた。私の腰を思い切りぶん殴ろうと石を振り上げていた同胞へ。


 中々の威力だったと思う。小柄な小鬼は精々体重三〇kg前後といった所か。しかしながら“手”の出力と落下するという自然現象の助けを借りれば十分な鈍器と化すのだ。それこそ上から米袋が三つ降ってきたら、普通はお陀仏だからな。


 肉同士がぶつかる破滅的な音が響き、二つの影が運動エネルギーの余勢でゴロゴロと転がっていく様は何処かシュールだ。


 彼が退くことで空いた空間から、矢が飛んでこなきゃ笑って見ていたかもしれない。


 まぁ、矢離れの瞬間さえきちんと捕捉していたら、矢の弾道を見切ることは容易いのだが。ランベルト氏はつかみ取って投げ返したりするし。


 私はもっとスマートに行くが。


 さて、魔法には“拡張性”が存在する。発動理論を術式と呼ぶ通り、魔法には式が存在するのだ。世界を騙くらかす、あるいはねじ曲げるためのそれはシステムのコードに等しい。


 つまり、やろうと思えば自分が使いやすいように作り変えることもできるのだ。ユーザーが開発に頼んでインターフェイスや機能を拡張するように、それを自分でやってしまえばいいだけ。


 いやぁ、驚いたね、習得した後で見てみたら、一個一個に細かいアドオンみたいに機能をぶち込めると分かった時は。魔法関係だけでクソ分厚いサプリを何冊出せば気が済むのだか。


 私が<見えざる手>に加えた改造は三つ。


 一つは<揺るぎなき豪腕>。通常は熟練度に合わせて伸び、神域まで伸ばしても自分の<膂力>までしか出力の出ない“手”に追加で魔力を注ぐことで出力を上昇させられる特性。


 二つは<巨人の掌>。これまた自分の手と同じ大きさと長さしかない力場の“手”を追加の魔力で拡充する特性。燃費を無視して行くとこまで行けば、畳くらいの大きさまではやれるし、TRPG風に言えば射程は“視界”に変貌する。


 そして最後は<三本目の手>。先の二つは大変リーズナブルだったが――地味なスキルの地味な特性だからだろう――ちょっとだけ値が張ったこれは、本来は感覚のない“手”にきちんと触覚を与える特性だ。


 そう、“手”には感覚がないのだ。あくまで力場に過ぎず、念じた通りに動くが感覚がないため力加減や精妙なコントロールが難しすぎる。不可視のUFOキャッチャーのアーム、といえばやりづらさも伝わるだろうか。


 だが、この特性があれば伸びた先でも触覚を頼りにコントロールができるという寸法だ。


 で、これを使って何をするか。短略的にR元服なことを考える人間も居るだろうが……遠距離攻撃オプションとしては実に強力だと思う。


 「GUO……!?」


 するりと音より早く伸びた“手”は、次の矢を用意していた巨鬼の首を捕まえた。うむ、どっかの遠い過去の銀河でチャンバラしてる連中を想起したから、それに合わせてみたのだ。子供の頃憧れたからなぁ、暗黒卿……。


 とはいえ、()の暗黒卿の如く吊り上げて絞殺まではしない。私の手を拡充した掌にガッチリと首をホールドさせ、的確に血管を圧迫するだけ。するとどうだ、数秒藻掻いた後に巨鬼は酸欠で昏倒したではないか。


 頸動脈を抑えることで酸素の循環を断ったのだ。脳味噌で思考している以上、コレに対抗する術はない。


 かくして、ほんの二十数秒足らずで私の初陣にして修羅場は幕を閉じた訳だ。


 うん、TPRGの一ラウンド五秒とか一〇秒って短くね? とか思っててすみませんでした。一秒は想像よりずっと濃厚だった。複数の冒険者と敵が入り乱れ、命のやりとりをして尚も“永い”と感じられる。


 ぶるりと手が震えた。今更に命のやりとりをしたことに緊張しはじめたのだろう。この震えに戦っている最中憑かれず済んだのは、命のやりとり一歩手前の段階まで何度も扱いてくれたランベルト氏のおかげに他ならない。


 よかった……ほんとうに……生きていて。そして、殺さずに済んで。


 「何やってんの?」


 さも不思議そうな声が頭上から振ってきた。そのまま仰向けに辿ってみると、月夜の晩にやっていたような空間のほつれに腰掛けるアグリッピナ氏のお姿が。


 そして、この時に気付いたのだ。ああ、普通に強キャラが後ろに控えてんだから任せればよかったと。


 いやあんた、気付いてたなら助けてくれよと文句を言おうとした時、驚愕の一言が降ってきた。


 「魔物なんかと遊んで」


 …………いまなんて?








【Tips】魔種と魔物は明確に区分されるが同じ物である。












 アグリッピナ・デュ・スタール男爵令嬢は優秀な魔導師である。


 それ故、自身の“殺し方”もよく知っており、警戒を怠ることはない。どれだけ脱力し、ちゃらんぽらんな立ち振る舞いを見せても決して最低限の用心を欠かすことはないのだ。


 それは優雅に弟子を窘めつつ昼食を採っている時でも変わることはない。


 「エリザ、スープは啜らないの」


 「う……」


 「スプーンに齧り付くのもだめ」


 「ええー……」


 「口に全部含むのは以ての外」


 「うぇー……?」


 じゃあどうやって飲めというのだ、とばかりに首を傾げる弟子を前に、彼女の数多分割された思考の一つが異常を察知した。馬車に搭載した探知術式が、生体の接近を報せてきたのである。


 別段珍しい事はない。主要街道から離れてはいるが――それもこれも、今晩の旅籠の質の為である――人通りが全くないわけではなく、むしろこの時期は多い方。普段であれば隊商や乗合馬車が行き来しているのだろうとスルーするところだが、流石に“林の中から”やってきては無視しかねる。


 たとえどれだけちっぽけな魔物が相手であろうと。


 とはいえ、規模は少なくない。四体の小鬼と二体の巨鬼、全員が粗雑ながら武装、一体は弓箭兵。純粋にヒト種よりスペックに勝る相手が六。彼女からすれば指を鳴らすまでもなく“如何様にでも”できようが、未熟な冒険者の一党を軽く蹴散らせる面容でもある。


 巨鬼の肌は雄性体であっても衝撃・斬撃に強く、生半可な<転変>や<現出>の魔法を物理的な頑丈さで凌ぐだけのタフネスも持っている。


 小鬼も成人男性に劣らぬ力を持ち、俊敏さはそれ以上。小さな物が素早く動くと言うことは、実際以上の素早さで見えるのだ。


 対する此方は不意を突かれつつある初陣前の子供が一人。それも一二歳の未成年で、体もできあがっていない。武装は剣一本に覚えたての非戦闘用魔法が幾つか。防具など帷子すら着込んでおらず、防刃性の欠片もない旅装だけ。


 この光景を見てオッズを立てる胴元がいたら、首を振って無効試合を宣言したであろう。哀れな子供が子供だった物になり果てるのに何秒かかるか、といった賭けに変更しながら。


 「エリザ、スープはスプーンを傾けて、そっと口の中に落とすように飲みなさい」


 「むつかしー……」


 しかし、あくまで魔導師は優雅さを崩さなかった。今はお昼の時間で、慌てて口にねじ込むには勿体ない出来映えの料理が目の前にあるのだから。


 奇襲の初撃が飛び、このままでは少年の何処かしらに矢が突き立っただろう。


 だが、そうはならなかったのだ。


 「ん……?」


 呟き一つで障壁を張ってやろうと思った所、その遙か手前で矢が静止した。魔法を“視る”ことにおいて特別製の目が不可視の筈の手を捉えていた。本来、ちょっとした物を取るくらいにしか使えない術式が、あろうことか矢を捕らえていたのである。


 「へぇ……」


 「どしたの、おししょ」


 思わず感心して呟いてしまった。確かに魔法は使い様、それこそ有り触れた<清払>の術式でさえ、戦闘用に改装すれば“敵の皮膚を全部剥く”エグい仕様になる。簡単な魔法故に抵抗されやすいという弱点はあれ、そこは大量の魔力でカバーできる。そんなえげつない戦い方をする戦闘魔導師が彼女の知り合いにも一人いた。


 「なんでもないわよ」


 まぁ、やろうと思えば包丁はおろか鼻紙でさえ人は殺せる。広い拡張性を持つ魔法なら尚のこと。あの丁稚は想像以上に戦闘向きの脳味噌をしていたということだろう。


 将来的には丁稚じゃなくて近侍にもできるかもしれないなと思いつつ、彼女は丁稚の戦いを見守ることにした。助け槍を出そうかと思ったのだが、何故か本人がやる気満々なのだから仕方有るまい。


 それに本にも書いてあった。子供がやる気を出しているなら、それを邪魔するべきではないと。子供の好奇心とやる気をなくさせ、将来の芽を摘むばかりだというなら、先達のアドバイスに従っておくとしよう。


 結果、丁稚は美事な仕事をしてみせた。駆け出し冒険者の一党であれば半壊しかねず、最悪全滅もあり得る敵勢をたった一人で斬り伏せたのだから。


 ただ疑問が一つ。彼はどうして魔物を斬り捨てなかったのか?


 あれがただの野盗なら分かる話。生きている方が小遣い稼ぎにしても利率がいいため、昏睡させて引き摺っていく手伝いくらいはしてやってもよかった。


 しかし、魔物なんて生かしたところでなんにもなるまいに。


 不思議なことを前にすると、どうにも落ち着かない。スープを飲み終えて昼食も一段落した。


 「エリザ、ちょっと大人しくしてなさいな」


 「ふぇ?」


 丁稚に真意を問いただすべく、魔導師は空間を切り裂いた…………。








【Tips】戦闘魔導師。魔導師の中でも戦闘に特化し、魔法によって戦う事を生業とする者達。特に大規模な軍勢を集めずとも戦力単位として非常に強力なため、何処の領でも重宝される。単に戦闘用の魔法が使えるだけで、戦闘魔導師を名乗ると恥を掻く。何せ彼等は単身にて戦列を吹き飛ばすことなど、当たり前のようにやってのける戦略単位の存在なのだから。

本日二回目の投稿です。

感想ありがとうございます。いえ、普通に誤字やらかして「あーっ」と思いつつ、気合いが入って嬉しいです。


明日2019/2/10も12:00と19:00の二回更新にいたします。

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