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青年期 二一歳の冬 二二

 早朝、剣友会の会館は熱気に溢れていた。


 倉庫から刻印を刻んだ武具防具(お仕着せ)を総ざらいの勢いで引っ張り出して各員に配布し、自前で愛用の装備を持っている者は念入りに磨き上げる。


 出入りの業者は忙しそうに、道々で消費する食料や酒を持ち込み、戦場もかくやの賑わいであった。


 「馬鹿野郎! 医療品はあっちの赤い印のある背嚢だ! 個人携行のヤツはこっち持ってくんな!!」


 「道ぃ開けろ!! 馬車停める場所作ってくれ!! 気ぃ早い商会が向こうから訪ねて来やがったぞ!?」


 「畜生、何処で嗅ぎつけやがった因業商人共! 表で待たせとけよ!」


 「おい! 気が早すぎだ馬鹿! 荷馬以外は青鹿毛馬房に返してこい!!」


 「しっかたねーだろ! 馬共も何かあるなって悟ったのか、はよ出せって騒いで一緒に旦那さんに追い出されたんだよぉ!」


 「つったって飼い葉も水も足りねぇぞ! お前、ちょっと若い()連れて、そこら辺散歩させてご機嫌とって来いよ!」


 「軍馬は五つのガキじゃねぇんだぞ!! 満足するまで乗り回したら俺ら(乗り手)が死ぬわ!!」


 二階の防備が厚い個室から見下ろせる中庭からは見えないが、忙しく走り回っている冒険者と同じく、事務方でも戦場のような忙しさが巻き起こっているのだろう。


 何せ、予定をまるっと変更し、少数の留守居組を残し会館が空となるのだ。


 その間、実質的に剣友会は氏族として店じまいしているに等しい。


 つまり、冬の間受けることが決まっていた仕事の全部を放り投げるのだ。既に声が掛かっていた依頼や、受ける予定だった定期契約を余所の氏族に一時任せるといった繋ぎの作業で、紙と筆の戦場も爆発せんばかりだろう。


 然もなくば、剣友会は義理もないし道理も無視する奴儕だと誹られてしまう。


 かなり無茶を言ったエーリヒが、事務方からお見舞いされる爆発の直撃は、相当だった筈である。


 事務員諸氏も怒ろうものだ。今日も普段と変わらぬ一日が始まると思って出社してみれば、会員一同合戦準備を始めており、今冬の予定丸つぶれと聞かされたのだから。


 「私、ここでのほほんとしていていいのでしょうか」


 混沌という言葉でも足りぬ喧騒を見下ろしながら、ツェツィーリアは、ほぅと息を吐いた。


 美味しい黒茶も、気を遣って差し入れて貰ったお菓子も舌を上滑りしていくようで、まるで味がしない。


 「まぁ、勝手も知らぬ私が戦仕度や書類仕事の助けになるでもないのですが、何とも居心地が悪いですね」


 昔、同期の僧が言っていた。


 人が忙しく働いてる中のんびり飲む茶が一番美味いなんて。


 それは嘘だなと渦中の根源たる尼僧は感じ入った。


 ツェツィーリアは物心つく頃から尼僧として僧院にいたため、皇女様だというのに下っ端根性が焼き付いているのだから。誰かが動いているならば、自分も働かなければならぬと思って止まぬ損な性分。


 しかし、貴族として施された教育が軽々に動いてはならぬと、体を律して常識を護らせてしまう。


 中庭も燃え上がっているが、彼女も竈に釣られて炙られ続けている薬缶のような心地であった。


 実に気が早いことに――冬至まで、そう日がない――出立は明後日ともなれば、準備の段階でも合戦のような激しさになるのは当然か。


 何せ剣友会総出での出陣となれば、約百人分かけることの日数分という大量の糧食が必要となる。


 常から仕度はしているが、それは幾つかの班が遠征するための物であって、家守を買って出た数人と、とてもではないが前線には出せない新米を除いた総動員ともなれば全く足りぬ。


 また、それ以前にも一悶着あった。


 皆、揃って前哨戦(城館襲撃)の参加を希望し、トリーノへ行くのを嫌がったのだ。


 話を聞く限り、トリーノへ鏡台を借りに行くのも確かに一大事、重要事には変わらないが……如何せん華がない。


 とどのつまりは単なるお遣いで、功名を立てられる機会に恵まれるとも思い難い。英雄詩なら二から三小節触れられて終わり、という軽い下りとなろう。


 そして、土豪の中でも有力者へ襲撃をかますような面子となれば、日程的にその足で弄月の魔宮に挑む公算が高いとなれば、どちらに参加したいかは冒険者として明白であろう。


 危なくない仕事で小銭を稼げればという者がいたなら、良い塩梅に分かれただろうが、残念ながら覚悟が決まった冒険者揃いとなれば話は別。


 大一番(クライマックス)に置いていかないで! と頭領の膝に縋って――比喩でもなく、物理的に――同行を申し出る面々の選別には、エーリヒも大変苦労させられた。


 まぁ、結果的には彼が戦力を均一的になるよう調整していたこともあって、ご指名があった主要面子意外は班長格に〝くじ引き〟をさせることで決まったのだが。


 くじ運のない上長に配下が大いに文句を言ったり、酒をぶっ掛けたりした悲喜交々はさておき、準備は進んでいるので各々納得は付けたのだろう。


 しかし、ツェツィーリアとしては人選が少し不安だった。


 宮廷語での読み書きに堪能で外国語も多少喋れるというのは分かるが、あの見るからに怪しい風体の魔法使いをトリーノ側への代表に使うのは、些かどうなのだろうと思ってしまう。


 魔法と奇跡は昔から食い合わせが悪いのが相場だ。特に、今回はその食い合わせの中でも、最悪をしでかしてくれた馬鹿の根城も絡んでくるともなれば。


 エタンと名乗った牛躯人の冒険者が、俺も迷宮へ行きたかったと大いに嘆きながらも、お前がお守りしてないと不安だからとエーリヒに説き伏せられて、トリーノへ着いていくことになったが、それでも……。


 「あっ」


 果たして上手く行くだろうか、と見守っていると静かに戸が叩かれた。


 二回、一息開けて一回、そして三回。


 この符丁で叩かれたら、内鍵を開けてよいと言われていたのでツェツィーリアは茶器を置いて立ち上がった。


 「はい、直ぐに開けます」


 エーリヒからの遣いだろうかと思って扉を開けると、そこには予想だにしていない顔があった。


 「やぁ、セス」


 「ミカ!!」


 友が立っていたのだ。普段使いの少々気軽な長衣を纏い、異形の魔法使いと同じ白衣が随分と馴染んだ魔法使い。


 エーリヒより分かれた時間は後だったが、その姿は吸血種の記憶の中と比べると、やはり随分変わっていた。伸び盛りの十代半ばを経て二〇も過ぎると、定命は様変わりするといってもいい成長を見せる。


 中性時の背はエーリヒと変わらぬくらいか。ぬばたまの髪を気楽な長さに整え、髪油で丁寧に撫で付けており、すっと通った細面と相まって、生来の爽やかな雰囲気が匂い立つかのよう。


 青年になったとしても、性別不詳の妖しい美しさに陰りは一切ない。表情を引き締めていれば生真面目な女人のように、朗らかに微笑めば快活な男性のようにも見える顔付きは、経験という時を重ねてより怜悧に光る。


 「非定命相手になんだけど、お変わりがないようで何より」


 所作は以前より洗練され、見違えるようだ。


 中性人の聴講生とツェツィーリアは知己であった。


 あの冒険狂いの金髪なら、友人(コネクション)同士は結びつくものなのだよ、とでもしたり顔で宣いそうなものだが、二人は帝都時代に結びつきが作られていた。


 ツェツィーリアもミカもエーリヒの下宿を訪ねて行くことがあるのだ。鉢合わせになることもある。


 友人の友人、そしてどちらも無鉄砲に突っ込んでいく金髪を心配しているため、波長が合ったのだろう。二人が打ち解けるのに時間はさして必要ではなかった。


 ことアグリッピナの従者にして密偵のような働きをしていた頃だ。ボロボロになって帰ってくることも珍しくなかった金髪を見て、こいつ放っておいたらどうなるんだ、と密かに助け合おうと約束したもの。


 時を超えて、その予感は形になってしまっているわけだが、在俗僧になってから文のやりとりもできなくなった友人と、よもやこの地の果てで再会できるとツェツィーリアは思っても見なかった。


 「なんで貴方が!」


 「天の差配の妙なるかな、ってところかな。実習で三年前からここにいてね。びっくりしたよ、エーリヒから君の話を聞いて」


 ここで駆けつけないと友人失格でしょう、と笑いながらミカは部屋に入った。


 足下には地面から僅かに浮いて、自走する旅行鞄を幾つか連れており、小脇には使い込まれた連翹の飾りも目映い鉄棍があることからして、戦仕度をしてきたのは明白だった。


 「いやぁ、本当は橋を直したり、逆にぶっ壊したりして回る予定とかがあったんだけど、エーリヒから助勢願いが来たその日に休暇届を叩き付けてやったよ」


 「ま、また思いきりの良い……」


 「家の上席、弱みが幾つかあってね。休暇届の一つや二つ、簡単に通せるんだ。それに、そろそろ教授会論文を纏めるため、纏まった休暇を取ろうと思ってたんで都合もよかったかなって」


 目尻に涙が浮きそうになるのに吸血種は抑えるのに必死だった。


 帝都で縁を結んだ友人はエーリヒと同じように時を重ねて変わっているのに、やっぱり変わっていなかったから。


 「あと、僕も剣友会の一員なんでね。友人を助けるためとあれば、勇者のため荒れた川に橋を架ける魔法使いの一人も要るだろう?」


 俳優のように笑う彼は、開いた椅子へ自然と腰掛けて悠然と杖を壁へ立てかける。


 たったそれだけの仕草で、聴講生がどれだけの死線を潜ってきたのかが尼僧には感じ取れた。


 戦慣れした人間の所作は、何気ない場所に現れる。


 得物の落ち着け所から座り方、椅子の位置にまで。


 「安心しておくれ、セス。君の友人は、ちょいと小突かれたくらいで倒れたりしない。何も気負う必要はないんだよ」


 「ミカ……」


 かつて衛兵隊どころか近衛まで巻き込んで引き起こされた大冒険をミカは知っている。


 同様に、彼女が救われることに罪悪感を感じてしまう為人も。


 だから彼は、さぁ冒険()だと誘いを掛けてきた友人の次にツェツィーリアの下を訪れたのだった。


 尼僧は元来、施す者と知るばかりに。貴族の御姫様らしく着替えの一つにまで介助が入る生活には寒疣(さぶいぼ)が立つ性質だし、今までも僧として常に善行を志し、自ら体を動かして人々を助けてきたことを聴講生は分かっている。


 なればこそ、落ち着かぬし、申し訳なく思ってしまう。


 自分のために誰かを動かすことを。


 あまつさえ、貴方のため、死にに行きますと剣を抜かせることを。


 「僕も含めて会員は生え抜きの戦巧者ばかりさ。ここ一年は死人は一人も出ちゃいない。発足当時からの基幹要因なら、とある大戦(モッテンハイム)以降、誰も失ったことがないくらいにね」


 こういうと何だが、あの金髪は人の機微に聡いようで疎い。相手が欲しがること、して欲しくないことに敏感なのに、してやった結果どう感じるかに頓着しないのだ。


 そして、自分が借りたことは忘れなくても、貸したことなど半日で忘れる。


 愛情深いと形容すれば聞こえも良いが、それは愛が注がれる側からすると重いとも言える。


 何ともまぁ困ったことに、二人の友人は大事な人のためなら自分の命を場代に放ることに躊躇いを覚えぬが、その様を見てハラハラしている、庇われている側の心苦しさとやらを想像できぬのだ。


 こればかりは、常に矢面に立ち続け、ただ祈って待つことを知らぬ身なので仕方あるまい。


 「それを僕らが支えるとくれば、もう何の心配も要らないだろう?」


 微笑みを言葉に添える友人が、自分を落ち着かせようとしていることをツェツィーリアは分かっていた。


 どちらも優しいから。相手の苦悩を拭うため、分かりきった言葉を形にすることを躊躇わない。


 絶対なんてないと分かっていても。


 「いやぁ、いつか話したっけ? 剣士のエーリヒ、魔法使いの僕、そして」


 「一党を癒やす僧の私。冒険譚の一行としては最適だ、なんていって笑いましたっけ」


 取り留めのない子供だった時の夢。あの妖精が憑いた家で、お互いの将来を語らった時の他愛ない話が、こんな形で身を結ぼうとは。


 「あの頃より大分面子は増えたけど……ま、悪くないでしょ? 布陣は万全、英雄譚に詠われる勇者の一党を止められるものぞいずくんぞあらんや、って具合で」


 「そうですね」


 なら、尼僧は落ち込むのは止めようと思った。


 請願を許された奇跡も増えた。代価も先払いとして、十分過ぎるだけ積んできたと思っている。


 そして、慈母は愛し子の意志を見守っている。


 「ええ、悪くありません。本当に。そう思うことにします。此の身、四分五裂に割かれようと、私は私の勤めを果たしましょう。護られるだけではなく、冒険に同行する僧として」


 「うん、諦めは肝心だ。僕らの頭目は、飛矢みたいな男だもんでね。引き絞られたら止まることを知らないのさ」


 「ふふ、矢なら弓手が緩めれば矢筒に帰りもするでしょう?」


 「おっと、喩えが不味かったか。なら、何が適切かなぁ」


 笑い合う二人の窓を挟み、粛々と準備は進む…………。




【Tips】奇跡の請願には日々の祈りや訓業などの先払いと、後に背負う代価の後払いの二種類がある。但し、大それた奇跡であればあるだけ、求められる代価は重くなり、即時性を要されるため、日々を真面目に務めているからと楽観してはならない。




 たった二日間しか準備の猶予がなくとも、必要とあらば剣友会総出で討って出る時の仕込みもしていたエーリヒの計は滞りなく運び、出陣の時は来たる。


 「さぁ、払暁だ」


 剣友会の出立は、あまり街を騒がせぬよう早朝、陽が昇ると同時と定められていた。


 市井の者達が寝転けている時間、中庭に集まった者達は皆、揃いの紋章を描いた具足を纏い、今日この日のために研ぎ上げた剣を佩いて、槍には剣を加えた狼の旗を結わえている。


 留守居の者もせめて出陣は見送ろうと、事務方まで揃って朝も早くから集まっていた。


 「剣友会会則!!」


 「「「楽しく! そして、英雄的に!!」」」


 剣友会、百と余名、動ける者全てが叫んだ。


 我等は童子と変わらぬ夢を、目を開いたまま見ることを選んだ者。それを心に刻ませる言葉は、何度も上げられたからか綺麗に一つに揃っていた。


 「そうだ! 我等は征く! この冒険を楽しみ、英雄になるべく!!」


 大地を舐めるように広がる、明けの淡い光が壇上の剣士を少しずつ照らしていく。


 兜を脱いで、太い三つ編みに束ねた髪は幻想的に煌めき、興奮に沸いた目は最後列からでも青さが分かるばかりにギラつく。


 冒険者斯くあれかし、そう当人が信じ、それを信じて着いていく者達の望むが儘に。


 「これより、段取りに従い二隊に別れる! 第一の目標を片付け、欲する物を集めてから再び集う! そして、今正に我等を照らさんとしている曙光、その先駆けに言うのだ!」


 熱狂は静かに未明と払暁の狭間で煮立っている。


 賽は投げられてこそ意味を持つ。


 ここに集うは、進んで賽を振ることを尊んだ者達。


 「童貞を拗らせるのも大概にしておけと!!」


 「「「処女(おとめ)のために!!」」」


 ここ数日で、すっかり決まり文句となり、昨夜行った決起会でも散々っぱらブチ上げた怒号。


 我等は悲劇に否を突きつける者。冒険とは何時だって、色々あったがめでたしめでたし、で括られねばならぬと信じる阿呆の軍集団。


 「さぁ、征くぞ者共! 冒険のために! 次の冒険のために! 次の次の冒険のために!! これが最後だ、なんてつまらぬ腹を括るなよ!!」


 これで終わりではないと言い聞かせるような言葉に、誰もが頷いた。


 大きな冒険だ。歴史に遺るやもしれぬ。


 だが、まだ終わりではない。


 彼等は歴史が続く限り、続けるつもりでいるのだから。これで斃れても構わない、なんてのは諦めだ。


 「物語は、行きて帰りしもの! 誰一人欠けることなく、凱歌を歌い、祝いの杯を打ち付け合えることを祈る!!」


 斯くして序文(ハンドアウト)の読み合わせは終わった。目的は統一され、目指す所も定まった。


 後はただ、楽しく冒険をするだけだ。


 切った張ったの末、敵や自分の血と腸の海でのたうち回ることになったら、それはそれでご愛敬。


 「出陣!!」


 「「「応!!」」」


 冒険者たらんと自らを定義した功名に焦がれる者達が解き放たれた。


 良かれ悪しかれ、後は出目と相談するばかり…………。




【Tips】セッションは参加者が飽きるまで続けられる。新しい物語を綴ることを選ぶか、キャラクターシートを没収される最期の日まで。

悲報 まだハンドアウト読み合わせ。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで妹も加わったら完璧
[一言] 鉄砲玉だな そしてその引き金は限りなく軽い
[気になる点] >後は出目と相談するばかり 相談できるような出目は、出ましたか? あいつらはいつも一方的・・・
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