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青年期 二一歳の冬 二〇

 剣友会の空気を感じた他の冒険者の多くは、その氏族を冒険者らしくないと言う。悪い意味でも良い意味でもだ。


 志願して門を叩き、冒険者として登録するより前に剣友会に加わった者でも、物語のそれとは雰囲気が全く異なると思ったろう。


 しかし、宴の場ばかりは余所と変わらない。


 酒が樽や瓶ごと運び込まれ、各々大きな器に移して自分の卓に持って行き、半ば自棄っぱちの如く「腹一杯食え!」とばかりに並べられた料理を皿に移す。


 熟してきた冒険を語る者の声音は興奮と倨傲に上擦って、周りで盛りすぎだ(演出過剰)と茶化す者達の振る舞いも正に無頼、冒険者達の宴だ。


 中心人物は言うまでもなく、ジークフリートその人と、遠征隊に加わっていた者達。


 彼等は皆、予想はしていなかったが覚悟はして出て行ったので、帰ってくるまでにたっぷりと自慢話の筋書きを用意し終えていた。


 何せあの〝幸運にして不運〟のジークフリートの幕下にあったのだ。定期契約をしている荘の数々を回り、自警団に鍛錬を付けてやったり、ここは剣友会の庇護下にあると匪賊や野盗共に誇示したりする示威行為であっても、安穏に終わったことなどあまりない。


 道を歩けば冬眠し損ねた規格外の巨大さを誇る熊に襲われ、たまたま補給で寄っただけの荘が傭兵団に集られていたり、此度のように仕事で寄った先が大きな陰謀の的となっていたりする。


 これが普通の冒険者であれば、飽き飽きして止めたくもなろう。


 だが、彼等は剣友会なのだ。


 冒険者たらん。物語の中の英雄の如くあれ。


 現実を実力にて打破することを選んだ狂人共の巣窟には、嫌というほど襲いかかってくる敵や、正に冒険譚にするに相応しい大敵の遭遇に怯む者など一人もいない。


 悔やんでいるとしたら、冒険に繰り出すジークフリートやエーリヒの直卒を選ぶに際し、籤に外れた運のなさだけだろう。


 「傾聴(アハトゥング)!!」


 ただ、真っ当な冒険を愛する彼等の冒険者らしからぬ空気は、異様な統率の高さにあった。


 酒に頭を濁らせて、副将の大手柄に沸いていた筈の中庭が巨鬼の大声に従って、一斉に戦う者達が醸す空気に切り替わる。


 皆、酒杯を置いて立ち上がり、軍属ではないため敬礼こそしないものの、踵を打ち合わせるか、種族に見合った正立の姿勢を取る。


 酔っ払いすぎて平衡感覚を失う者などいはしない。呑んでも呑まれるな、という酒の飲み方も剣友会が教える教則の一つであるが故。


 格好良いのは大酒を呑めることではない。呑んだ上で、平時と変わらぬ達人として振る舞えることなのだ。


 どれだけ呑めようが、それが正気を失って我をなくすようでは様にもならぬ。


 「宴を遮ってすまない、諸君。少しだけ話を聞いて欲しい」


 中庭の端、訓示台の上に立った小兵の剣士、金の髪のエーリヒに皆が注目する。


 常と変わらず一切の隙がなく、しかし小洒落て伊達な立ち姿だ。左腰には戦時でもあるまいに剣を佩き、彼の打ち立てた英雄譚の一つたる騎竜の革で仕立てた片外套が夜気に翻る。


 「七人の野盗が好きな者は?」


 急な問いかけなれど、頭目の挙げた冒険詩の名前に幾十人かが応えた。


 「そいつは素敵だ!」


 「大好きだ!!」


 とある美しい貴族の令嬢が継母に美貌を嫌われ、館を追われた末に森の中で七人の盗賊と出会うが、彼等は麗しい娘を憐れんで義に立ち返った。七人は刺客から娘を護り抜き、一人一人遅滞戦の末に果てながらも、娘の親戚の王子様に麗しき彼女を引き渡し、正当な家系の継承を助けたという。


 白雪(シュネー)(ヴィットヘン)にも似た筋書きの冒険譚は、帝国中で謡われる鉄板の一曲。麗しい娘のため、一度野盗に落ちた身からでも大義を再発見し――彼等は、元冒険者だった――命を賭けた男達の義勇の誉れは冒険者の憧れだ。


 「では、夜陰神の銀貨は?」


 「最高だ!」


 「俺がお袋から一番聞いたヤツだ!!」


 応える冒険者は増える。夜陰神の銀貨は神話にして民話であり、家族を亡くし、ただ一日の糧食と着ている物以外を失った娘の物語。雪が降り凍える夜、道行く人々に自分が命以外をなくすまで施しを授けた彼女は、夜陰神から人間性を讃えられ、大袋一杯の銀貨を得て裕福に暮らすこととができるようになった。


 冒険譚とは違うが、寝床で母親からよく聞かされる話の一つ。


 高潔で慈悲深い大人になるようにと願われて聞かされる、他愛のない物語。


 「金騾馬の毛皮はどうか?」


 「いいぞ! 旦那は分かってる!」


 「俺も好きだ!!」


 金騾馬の毛皮は、陽導神に見初められた娘が――それも一節では陽導神の落とし子の血脈――()()()()()を厭うた際、それを諫めようとした近侍の少年が主人公を務める英雄譚。この世に存在しない物を持って来るのを愛妾となる条件として提示するよう、近侍は娘に提案して陽導神を困らせる。


 そして、陽導神がどうしたものかと倦ねている間に、少年が東方から大冒険の末、本当に金色に光る騾馬の毛皮を持ち帰ってしまうのだ。これを以て娘を自分の妻にしたいと奏上し、それだけの想いがあったのかと陽導神を感心させた物語は神代より語り継がれている。


 四つ、五つと問いを重ねれば、遂に剣友会の一人とて、彼が挙げた詩を好まぬ者がいなくなった。


 どれも王道中の王道。聞いた夜に自分を重ね、彼のようにありたいと願うような冒険。


 ここにいるのは、憧れを追いかけて剣を取った無頼共だ。金の髪は満足げに頷き、言葉を重ねる。


 「そうだ! 誰もが、この物語のようなことをしたい、主人公を倣いたいと願って冒険者となった! 己も子供を寝かしつける話として聞かされ、広場にて語られる英雄英傑の一員に成らんと立った! 誰一人として、ケチな仕事で小銭を拾って楚々と生きたいなどと思ってはいない!」


 剣友会の者達を口さがない同業が一つの異名で呼ぶことがある。


 時代錯誤の狂人だ。


 一般の冒険者の大凡は大人になるにつれて、どこか冷静な部分が神代の冒険者もかくやに振る舞うのは無理だと諦めていく。夢を捨てて無難に生きることを覚えた者達は、かつて形式ではなく真に冒険へ身を投じていた先達に倣う剣友会を〝どっかおかしい連中〟だと見ているのだ。


 功名のためなら、冒険者たるためなら生中な軍人でさえ音を上げる訓練と過密な仕事をこなし、場代として自分の命を戦場という賭場に放り込む狂気を躊躇わぬ、憧れに狂ったイカレの群れ。


 ただ、皮肉というのは、受け取る者が不快に感じて初めて皮肉となる。


 彼等は、その評を聞いたら笑うだろう。


 的を射ている。ど真ん中だ、大した物だと。肩を組んで酒の一杯でも奢ってやったはずだ。


 剣友会に真っ当に参加している会員の統一的な思考は、正にその、今や時代後れとなった英雄に本心から成らんとすることなのだから。


 そして、斯様な目をカッぴらいたまま夢を見た連中を選るのは、エーリヒが得手とすることの一つだった。


 どんな(ささ)やかな目的でもいい。英雄たらんとする者は、古里に錦を飾って迎えに行きたい相手がいるだけであろうと、ジークフリートのように不朽の英雄になろうとしている弩級の馬鹿でも、似たような匂いがするものだから。


 同類の匂いを嗅ぎ分けて、先導し扇動するのはお手の物だった。


 同じ穴に住んでいる狢であるなら、何を好物とするかは簡単に分かる。


 これは彼が上位存在から賜った祝福によって培ったものではない。


 日がな一日、薄暗い部室や公民館に屯して、同類(サークル仲間)と紙やサイコロを挟んで培った元来の性能。


 そこに当人が下位互換を持っているけど〈光輝の器〉の足しになり、冒険者であり続ける必要経費として泣く泣く高い買い物をした〈カリスマ〉が、数々の交渉系技能と組み合わされば、一種の神業の如く配下を駆り立てる。


 狂奔、そういって良い勢いで頭目の話術は配下を英雄達の戦場へ突き動かす。


 「私は、皆にその英雄譚の一部になる機会を持ってきた!!」


 英雄になるには、前提が必要だ。


 日々をただ誠実に送っていることは、ある点において揺るぎようのない美徳であるが、英雄的かと問われれば否だ。


 英雄になりたいなら、難事が欠かせぬ。それも、ただ真面目に生きていて突き当たるような難事ではない。


 封印された遺跡、突如として口が開いた魔宮、暴れ廻る異形や怪物、巡察吏が手を焼くような悪党。どれもただ、漫然と待っていてぶつかる道理もなし。


 英雄になる契機を〝金の髪のエーリヒ〟は、嫌になるくらい供給できるからこそ、この氏族が成り立っている側面はあった。


 「ただ、今回は私事(しじ)だ! 極めて私事(わたくしごと)だ! 莫大な報酬も確約されていないし、ともすれば得られるのは名誉と自己満足だけやもしれん! のみならず、命を賭ける必要がある!! 更には、致命的な失態があらば後の世にて〝愚行〟と詰られる可能性もあろう!! だから参加の是非は、個々人に委ねる!!」


 そう断ってから、彼は一人の女性を壇上へ導いた。


 綺麗に洗濯された僧衣を纏い、マルギットによって濃い化粧を施された尼僧だった。近くで見れば些かケバケバしく感じられるそれも、月明かりと篝火の照明、そして壇上という距離もあって淑やかに映える。


 「彼女はベルンカステル家のツェツィーリア嬢! 私の下働き時代の古い友人だ! おい、そこ! 情婦かな? みたいな面をするな!!」


 時折、真面目な演説の中でも笑いを誘うのがエーリヒの妙であった。緩急が必要なのだ、こういった地下の者達を盛り上げさせるには。


 「そうだな! 会長の好みはもっと、こう……」


 「馬鹿! 具体的にすんな! そこは言わずが華ってやつだぜ!」


 「え? 会長って普通に生命礼賛主義者だったんじゃ?」


 「お前ら後で中庭百周してこい!!」


 ちょっとした馬鹿話で中庭が盛り上がったが、咳払い一つで空気は真面目なものになった。


 朗々と中庭に響き渡る、少年の色が残る甘い〈鶯声〉に乗って尼僧の来歴が語られた。徳が高い在俗僧で、エーリヒが手足を失いかけた時に助けてくれた大恩があるとまで明かされる。


 「斯様な、返しきれるかも分からぬ恩がある彼女が、望まぬ結婚を求められている!」


 俄に中庭がざわめいた。


 美しい令嬢、それも高徳の僧が婚姻を強いられていて、それを救い出すなど全冒険者垂涎の舞台(シチュエーション)ではないか。


 「しかも、とんだ片思いを強引に押し通そうとしている! 夜陰の僧を陽導神の落とし子……朝日の先駆け、アールヴァクが!!」


 興奮のさざめきが別種に変じる。困惑、そして脅え。


 破門されれば地獄に落ちる、といったふんわりしたものではなく、物理的な神罰が基底現実で形となる世界において、神の意に逆らうことがどれだけ恐ろしいか。


 況してや相手は落とし子。近年めっきり差し向けられることのない使徒や化身ではなく、実体を持ち、神の血が流るる落胤だ。


 最高神の血を半分もその身に引いているとあらば、力量は凄絶という言葉でも足りるまい。憧憬を捨てきれない冒険馬鹿共も尻込みするくらいには。


 「夜陰神聖堂は、これに否を突きつけたが、のぼせあがった童貞野郎は……」


 一瞬、この罵言(童貞呼ばわり)って大丈夫かなと金髪は懸念したが、まぁいいかと無視することにした。陽導神に対して〝ヤリチン〟と俗な揶揄をする者は多いが、それで怒りを買って体が急に燃え上がって塵に成ったという話もないから。


 神々はお忙しいのだ。ちょっとした雑言一つにブチ切れて、SNSのDMに突っ込んでくるような暇人でもなし。


 「あろうことか、ツェツィーリア嬢の意思を無視して僧会を駆り立て、陽導神の信徒を用い無理押しで婚姻を成立させんと試みている! 然れども、夜陰神は夫を慮って、今は沈黙なさっておいでだ!」


 だが、今宵も煌々と輝く月の女神は愛し子を見捨ててはいないと、神々案件だと知って及び腰になりかけていた会員のケツを蹴り上げる言葉が続けられた。


 〈神格降臨(コールゴッド)〉を請願する奇跡、及びその現実性。


 そして何より、不朽の英雄となるに十分過ぎる、〝弄月の魔宮〟が実在するという語り。


 柔らかくなった冒険者達の腰に一本の芯が入った。


 これが他の冒険者からの提唱であれば、彼等は鼻で笑っただろう。弄月の魔宮とは、一種の都市伝説めいた与太だからだ。


 しかし、エーリヒならば。悪逆の騎士を屠り、亜竜をも狩り、魔宮を踏破した実績がある男が口にしたらば、それは与太ではなく夢となる。


 大切なのは夢見ることだ。夢を現実で擦り切れさせた人間は英雄になれない。


 小さな英雄、誰か個人の英雄になることはあろう。


 然れど郷里へ話を持ち帰り、不朽の、最低でも一族に名前が残るような偉人になりたいならば、目を見開いたまま夢を見続ける才能が要るのだ。


 「不遜なる行い、神の血に弓引く私を笑わば笑え! だが、それを成したる時を思い描いてみるがいい! 冒険者として初めて公式に空を飛ぶ船に乗り、噂に過ぎなんだ迷宮の真実を解き明かし、陽導神の子さえ諦めさせた暁には剣友会の名前のみならず、歴史に我等が剣の軌跡が残ろうぞ!!」


 冷静になると至極馬鹿らしい話(童貞の恋愛)であるが、歴史に残ることだけは確実だ。少なくとも僧会史には確実に残るし、成功して生還の暁には特大の英雄詩が詠われよう。


 帝国人は実直で真面目に見えて、頭の悪い艶笑物の詩だって好きなのだ。神の子が恋をして空回りした話が出回れば、喜んで広場へ聞きに行くことであろう。


 「阿呆なことをしているという自覚はある! だから、依頼に参加せぬことも、剣友会を去ることも誹らぬし、止めもせぬ! ここで退くのは臆病ではない!」


 しかし、ここまで火を付けておきながら、終わり間際、よく考えろと問いかけるのもエーリヒという男だった。


 駆り立てはするが、ノリだけで来るなと。参加して今際の際に後悔の一言を残すようなら、やらないほうがマシだ。


 自分の人生を考えて無茶をやれというのが、剣友会の頭目である。


 「私は、何も落ち度がない彼女が外国に流浪するなど我慢ならん! あろうことか、絶望に暮れて朝日に身を晒し、胸に短刀を突き立てるようなオチの悲劇詩は大嫌いだ! そんな予定調和に蹴りを入れてやりたい阿呆は私と来い! 我が戦友、ジークフリートは既に賛意を示し、僧会に劣らぬ強力な手助けを得る手立ても立てた!!」


 剣友会の会員は少し悩みはすれど、殆どは演説を聴いてノリに気になっていた。


 夜陰神聖堂から参加していた僧は許せぬと憤怒に燃え、御姫様を悪い結婚から助け出すという――エーリヒが故郷に帰る途中に遭遇した一件(クソシナリオ)への愚痴を聞かされなかった――面々も沸き立っている。


 何より、今まで不可能だとされてきたことに筋道を立てて実現してきたのが〝金の髪のエーリヒ〟なのだ。下準備が整っているとあれば、賭場に放る場代が自分の命だとしても、むしろ分が良いと考えるのが剣友会の者共だった。


 未だ悩んでいるのは、家庭を持つが故に慎重にならざるを得ない者達。


 「あっ、それとヤンネ!!」


 それと実力を持ちながらにして、日和見主義者であったという極々珍しい例外が、こっそり中庭から姿を消そうとしていたが……重々しい長衣と白衣を纏った姿が扉に手を掛けているのをエーリヒは目聡く見逃していなかった。


 「お前、忘れておるまいな」


 「えっ? えーと、えー……」


 怪しい風体の聴講生くずれは、直接名指しで逃亡を妨げられたことに目を回していた。


 菫色の強膜を持つ、警戒術式を噛ませた魔導強化眼の仕様というより、やばいことから足抜けできない事態に。


 今や中庭中の視線が彼女に注がれていた。


 「会長が落ちる地獄は、さぞ面白うだろうと宣ったろうな?」


 「そ、そんなことも、あ、ありましたかねぇ……?」


 二股に分かれた人間の手と、狼の爪を生やした指が誤魔化すように胸の前で突き合わされていたが、それくらいでエーリヒが誤魔化されるでもなし。


 むしろ彼は、彼女だけは逃がさないつもりだった。宮廷語や礼儀作法に聴講生として親しみ、技能を身に付けているヤンネは〝お遣い係〟として必須なのだから。


 「地獄行きの時は一番に足首を掴んでやると、私も宣言しただろう? 悪いが、お前は強制参加だからな」


 煽ったら煽られる。この世で普遍にして文句を言ってはならぬ原則だ。


 ヤンネは一時身を寄せる場所くらいに軽く思っていたようだが、剣友会を甘く見てはならない。


 ただ利用されるのを仕方なしに受け容れられるような組織であったならば、宿代も飯代も面倒を見てくれるような組織の構成員が〝たったの百人ちょっと〟で収まろう筈がなかろうて。


 もう一押し欲しいかなと空気を見て察していたのか、ジークフリートが演説台の前に出て剣を――専ら予備兵装と化していたが――抜き放ち、大声を上げた。


 「処女(おとめ)のために!」


 すると、専ら金の髪がやろうとする無茶に愚痴をこぼす副頭目が乗り気なことを悟った者達も、ならば自分達もやってやろうではないかと覚悟を決めた。


 神々相手であろうと、突っ張る時には突っ張るのが冒険者の英雄だ。むしろ、そんな戦場に棟梁達だけを放り出す……いやさ、自分を連れて行って貰えないなど、勿体ない。


 ここで乗らねば冒険者としての名が廃る。


 普段の習性として武器を佩いていた者は得物を引っ掴み、手近にない物は杯を掲げて呼応する。


 「「「処女のために!!」」」


 会員達の大絶叫は、振る舞い酒に肖ろうと門前に集っていた民衆も何事かと驚く程、大きくマルスハイムに轟いた。


 皆、興奮に沸いている。後世に語り継がれるであろう物語の一員になれることを。


 ただ、この場でかなりいたたまれない思いをしている人物が一人。


 壇上へ引っ張り出されるにあたって「まぁ、全て任せてください」とお願いされて、自分もせめて皆に顔くらい出して頭を下げねば体面も立つまいと思ったツェツィーリアだ。


 言うに事欠いて自分が〝純潔〟であることに大勢が盛り上がっているのである。そりゃあ純粋培養のお嬢様には恥ずかしかろう。


 エーリヒはさめざめと泣いて助力を請う助けをしてくれなんて言わなかったが、よもや“こんなこと”になるとは思っていなかった。


 やってられるかという罵言を浴びせられる覚悟や、みっともなかろうがエーリヒの負担を減らすため頭を下げる準備はしていても……未通女であることを尊ばれ、あろうことか声高に叫ばれるハメになるなど思いもしなかったのである。


 しかも周りはどんどん勝手に盛り上がっていくのだ。弄月の魔宮に挑む一員には自分を是非、と声を上げる者や、むしろ今からアールヴァクを殴りに行こうぜ! なんて不遜なことを言い出す者まで。


 晒し者とまではいわないものの、老若男女、種族の別を問わず「貴女のために死にに行きます」と言われているのに等しいツェツィーリアは、酷く居心地が悪く、ただただ申し訳ない気分で一杯だった…………。




【Tips】過去に腕試しで練武神へ取っ組み合いを挑み、男気を認められて列聖されたなんて先例もあるため、神に挑むことそのものは不遜には当たらない。


 ただ、その動機と目的が涜神とならぬよう、気を付けねばならぬ。

少し遅くなりましたが更新です。


まぁ、冒険者やってる連中なんて、多かれ少なかれこんなところあるよねって感じです。

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― 新着の感想 ―
馬鹿らしい理由が発端の他にやりようのある死地だろうと、それが冒険譚になるなら喜んで突き進む 剣友会はそんな愛すべき馬鹿にして英雄達の集いなんだな……
[良い点] 地獄に落ちるヤンネ。気が利くジークフリート。困惑気味のセス嬢。 [気になる点] さて、夜陰神の望みはなにかな
[気になる点] そういやこの案件って現状は陽導神だけヒャッハーしてるけど、夜陰神も諸々の困難乗り越えて神降ろししたらヒャッハーしちゃいそう? だって多分セスってそこそこお気に入りっぽいし?彼女にとって…
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