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青年期 二一歳の冬 十八

 いっそ凡庸すぎる程に優秀、というのが市井にて伝わる〝幸運にして不運のジークフリート〟への一般的な評価である。


 仕事の出来映えは良い。気っ風も春の風が吹き抜けて行くように心地好く、上品とは言いがたいものの野卑には遠い。また冒険者としてはある種の到達点といえる〝緑青(エーリヒと同格)〟に至っても気取らない人柄から、市井、同業問わずに好かれている。


 無頼にありがちな物言いの粗暴さはあれど、故あらぬ暴力を振るわず、冒険譚を聞き込みにきた詩人への対応も奉仕精神に富んでいた。


 ただ、冒険者として彼は他の有名所のような特異さを持たない。魔法は使えず、珍しい種族という存在そのものが有する個性もなければ、面傷くらいしか外見的な特徴もない上、戦い方は槍を主眼にした優秀なれど至極無難な振る舞いばかり。


 これさえ持っていれば誰でも身を立てられるだろうという神器を得る幸運に見舞われるでもなく、偉業相応の魔法の装備で身を固めていても、それは金とコネさえあれば手に入る常識の範疇に収まっていた。


 正しく、見目だけであれば普通の冒険者であろう。


 ぱっと見では優秀なれど凡庸な冒険者に映る彼が英雄として扱われるのには……時折凄まじい不運と幸運に見舞われる、という特異性があるからだ。


 不運は、常ならば必ず死ぬような状況に出くわすこと。


 これは悪徳の騎士を成敗した物語などで有名だろう。


 計算すればあまりに低い、常人ならばどう足掻いても抵抗できないような屈強さの敵や困難極まる迷宮、そして溢れんばかりの敵に出会う。


 誰が聞いても納得するだけの不運だ。


 道をぷらぷら歩いていて雷に当たる確率は、とある大家の言を引用するならば百万分の一であり、数学的に見地において零といってもいい微細な数字。幾ら冒険者という危険(かみなり)にぶつかる蓋然性が高い職業をしていても、彼が強敵と出くわす確率は異様だ。


 故にこその不運。


 だが、幸運とは。


 その全てにおいて生き延び、名を上げる機会を掴んで帰ってくることだった。


 堂々たる栗毛の悍馬――遂に自分で購入したらしい――に跨がる小札鎧を纏ったジークフリートの姿は、往年からあまり変わっていなかった。


 背丈も彼の期待を裏切って差して伸びることはなく、どれだけ実績と冒険を重ねても顔に滲むには風格ではなく小生意気さ。魔法の加護を受けた鎧と、特別な仕掛けを仕込んだ槍を携えて尚も彼からは若々しさ……というよりも、初々しさが抜けぬ。


 しかし、手だけでも触れないかと街路を行く彼に群がるマルスハイムの市民は、ジークフリートを紛れもない英雄だと認めていた。


 普通、有り得ないことだからだ。今まで〝金の髪のエーリヒ〟の副頭目として剣友会を束ね、数多の英雄詩に登場しながら普通の見た目を保っていることなど。


 彼は手指の一本も欠けていない。幼い頃に負った面傷こそ目立てど――林業の手伝いの最中に付いた傷だ――五体満足、一切の後に残る負傷はない。


 荒事稼業に身を投じていれば、四肢なんぞ枝木の気軽さで吹っ飛ぶ。熟練の冒険者なら戦の最中に指の一本二本、目の片方でも潰れていても珍しくないが、余人の知りようのない大怪我を一度除いて、彼は常に不屈であり続けた。


 なればこそ、人々はその異常に遭遇して尚も生還し、普通であり続ける様を英雄と讃える。


 綺麗に指が五本備わった右手が担う槍の穂先、髪を用いて括られているのは一つの首。


 フィミアのエドゥアルド、その皺が走りかけた小鬼の痩せ首だった。荘潰しとして恐れられた、自らの血族から成る一団を率いて密かに荘を根切りにし、財貨を奪い取るという悍ましき悪党の最期。


 一〇年以上にわたって辺境の壮園を脅かし、たまたま倉に隠れていた生き残りの子供がいなければ、今も下手人が分からぬ乱行が続いていたであろう悪漢中の悪漢の最期は、実に運が悪い物だ。


 ジークフリートの遠征隊、その行き先である壮園に目星を付けて半年がかりの計画を練っていたところ〝たままた〟そこが彼等の行き先であったのだ。


 微妙な気配、そして嫌な雰囲気を感じたジークフリートは予定を延ばして荘に逗留。配下と荘民を入れ替えて、一旦帰った風に見せかけ、鬼の居ぬ間にと襲いかかってきたエドゥアルド達に逆撃を入れてやったのだ。


 夜陰に慣れた小鬼が相手でも、ジークフリート率いる一〇と四名の遠征隊は一歩も引かずに三倍近い戦力と戦い、それを悉く鏖殺せしめた。


 彼が不運と囁かれるのは、彼と出会った悪党が不運だということも含まれる。


 暗視を持たないヒト種、他にも不慣れな自警団ばかりだと思って襲いかかったならば〈目明かしの軟膏〉にて昼と遜色なく物を見られる状況で、準備万端待ち構えていた名うての冒険者が殴り返してくるなど、エドゥアルド一党にとって不運以外の何物と呼べよう。


 結果、敵方は全員死亡、剣友会会員は五人が重軽傷を負い、壮園の自警団には死者六名を含む被害者多数で半壊という有様ながら、彼は見事に勝って帰った。


 幸運と不運、そのどちらも併せ持つ。故にこそ二つ名として、ただの運でのし上がっただけの男とはひと味違うとして、かの異名を受け取ったのだった。


 遠征隊からの先触れを受け取った剣友会の一同が、会員にいる全員が正門に出てきて遠征隊を迎え入れた。


 彼等の帰参と共に剣が払われ、陽の光を浴びて燦然と輝く光に呼応して歓呼の声を上げた。


 これだけ大仰な儀式をしても、派手に騒いでも行政府は文句を付けぬ。まぁ、生け捕りだったらもっと良かったんだけどねー程度の小言は言おうが、凶報多き中、吉報を運んできた冒険者が幾らか目立とうが許容の内だ。


 彼等にとっては、帝国人が帝国の恥を雪いだ、という結果こそが重要なのだから。


 「おかえり、ジークフリート」


 「おう……えれぇ目に遭ったぞこんちくしょう」


 「そのようだ。ただ、言っておくと、今回は定期便だ。運が悪いのは私のせいじゃないからな」


 「ざけんな、予定を組んだのはテメェだろ。しかも、新しい所の契約を取ってきたのもテメェだ」


 「君がどっか坂の前ででも神に祈ったんじゃないか?」


 副頭目の帰還を出迎えた頭目が、常のこととなった軽口の応酬の末に拳を差し出せば、ジークフリートは溜息を一つ吐いて拳をぶつけ返した。


 彼としては認めたくないのだろう。大変な目に、それこそ意気込んで臨む冒険以外でも何かしらの難事が引き起こされるのが、目の前の奇妙な金髪だけではなく、自分のせいでもあるということを。


 「帰還を祝おう! 酒を振る舞う!! 今宵は無礼講だ!!」


 戦友の肩を抱きながら会館に引っ張っていく〝金の髪〟の声に皆が喝采を上げた。英雄を一目見てやろうとやってきた市民達も喜びに沸き、一杯ご馳走になれる機会に便乗して盛り上がる。


 冒険者は看板商売。名前を上げるためならば、幾らか銭を切るのも当たり前のこと。


 まぁ、一番大変なのは、これから方々から酒や食べ物をを仕入れて周り、帰還した英雄達が具足を脱いで人心地付ける前に宴の仕度を済ませねばならないヨルゴスなのだが。


 「いや、おい、俺ぁこれから組合にだな」


 「まぁまぁ、いいじゃないか、一日くらい家の中庭に掲げておいても。カーヤ嬢の保全術式のおかげで、そうそう痛まないだろう?」


 「灰色頭のババァ(組合長)から文句言われやしねぇか? 行政府より先に堂々と晒すなんざ」


 「それは私が抑えておくから」


 「……また厄介事か?」


 にぃっと黙って笑う金髪に黒髪は嫌な予感を感じざるを得なかった。


 この男が口にした悪い予感とやらは大体が形になってしまうが、既に〝来る〟と待ち受けて覚悟している厄介事は、偶発的なソレより数倍は膨れ上がった困難さを示すのだから。


 ただ、それが特大の英雄譚になるのであれば、付き合ってやるのもやぶさかではないと思うようになった自分は、大分〝末期〟なのではなかろうかとジークフリートは思った…………。




【Tips】吝嗇、という一要素は英雄の印象を大きく傷付ける。多少好色や粗暴であるくらいは要素の一つとして受け入れられるが、手癖が悪いのと吝嗇家は風聞が殊更よろしくない。




 「何度も言わせんな! 一遍に纏めるんじゃねぇ!!」


 ジークフリートの心からの悲鳴を聞いて、私は本当に申し訳なく思った。


 時刻は我が戦友の帰還から少しあと。彼等が武装を解いて風呂で旅の垢を落とし、中庭でどんちゃん騒ぎを初めて少ししてから、戦友を会長室に引っ張り込んだ。


 今頃は、マルギットとカーヤ嬢が上手いこと情報共有しつつ、その場を纏めてくれていることだろう。


 そして、斯く斯く然々と説明したところ、魂から捻り出された叫びがそれだった。


 ジークフリートは至極真っ当で純粋な冒険者である。


 だから彼にも憧れはある。


 望まぬ結婚からご令嬢を救い出す。失われた秘宝を手にする。神々から認められる機会を得る。そして、古代の邪悪を討って名を不朽の物とする。


 彼は、自分は平和に暮らしたいだけなので不本意です、やれやれ、とでも言わんばかりに厄介事へ拗れた嘴の突っ込み方をするPCではないのだ。これらの案件となれば、命の危険を勘案しても不可能でないならば、冒険者として当然の心理に従って突貫するのを良しとしただろう。


 ただ、全部一遍に持って来られると困るというのは、とても分かる。


 前の土豪反乱がそうだったものね。窮地に陥った壮園を救い、悪い貴族の企みから国を護り、邪悪な死霊術使いを討伐する。言葉にすれば単純だが、一纏めにされた厄介さは、今も辺境の治安が回復しきっていない様を見れば当然であろう。


 一つ一つが心躍るそれも、一塊にして襲いかかられると心を殺す超厄介案件と化す。特に副頭目として、一般の会員ならば〝知るべきではないし、知らなくてもよい〟ことを知って心労を重ねることに事欠かぬ彼にとっては疎ましかろうて。


 「しかも、またお前の関係者……」


 「そ、その、本当にご迷惑をおかけして申し訳なく……」


 「い、いや、貴女が気に病むことでは。俺ぁ……失敬、自分もお立場を考えれば正直同情するというか……あれ? 待てよ? 高貴な人に〝同情〟って駄目なんだっけ……?」


 これで迷惑をかけている側が尊大なら怒りの矛先も向けやすかろうが、如何にも心底から申し訳なく思っておりますと言わんばかりのセス嬢が相手だと、普通に紳士な――あと、最近頑張って宮廷語も囓っている――ジークフリートには無碍にし辛い。


 まぁ、彼がこの手の話に弱いという、一種の為人に頼った話術を組み上げた私には、あとで皮肉と小言が沢山飛んで来るだろうが、それくらいは甘んじて受け容れよう。


 「ああ、断っておくと、これは私事だ。加わるも断るも自由……」


 「ここで引いて冒険者名乗ってられるかよ……肖った英雄ジークフリートに立つ瀬がねぇ……」


 実際、厄介だと理解しながらも心躍る、いやさ躍らせねばならぬ前提の羅列にジークフリートは乗ってくれた。


 一時騒がれるような悪党や詩になどできぬ貴族の思惑絡み合う暗闘の一幕でもなく、正当な〝義〟を掲げて、今まで誰も生きて帰ってこなかった弄月の迷宮を踏破したとあれば、いよいよ以て彼の本義たる自己の英雄化も近づこうというものだ。


 況して、神話の一部に組み込まれそうな話の関係者となれば、その名は百世を越えて千世に語り継がれよう。


 「君がそう言ってくれると分かっていた。宴も落ち着いた頃に一席打って参加者を募ろうと思っている。助かるよ」


 「言っとくけど、弄月の迷宮がなかったら、流石の俺もちょっと断ったかもしれねぇからな!? 太古からのお約束だ! 神々の婚姻話に人類がちょっかいかけたら碌なことにならねぇなんて!」


 神々の中で誰が一番美しいか、という阿呆みたいな話に関わって、そこで自重を覚えず馬鹿をやった愚物はライン三重帝国の神話にもいる。彼は幸いにも何処ぞの羊飼い(パリス)みたいに国を滅ぼすようなことをしなかったが、使徒とも人ともつかぬ有様に落とされて、曇り続ける鏡を永遠に磨いて回るという労役を神域にて課されたそうなので、やっぱり碌でもないことに違いはない。


 「決起の号はお前が考えろよ! 俺もうやだかんな、下っ端を変な理由で嗾けるの!!」


 「分かってるさ。最低でも参加賞として一ドラクマは約束するつもりだし、一発打つ準備はしている」


 「それと、俺は絶対弄月の迷宮に行くからな! 使いっ走りにするなよ!」


 「むしろ、君がちゃんと付いてきてくれないと私が困る」


 ジークフリートは剣士を装っている魔法戦士である私と違い、純戦士であり純粋な殴り合いに特化しており、かなり心強い。そして、当人は無自覚であろうが〝サイコロの出目〟を弄る系の特性も持っているようで、中々負傷しない耐久型の前衛として非常に頼り甲斐がある。


 なにせ、あの乱反射する光線の雨の中、普通なら数秒で角切り肉が仕上がっていそうな場面を苦しくも致命傷を負わずに凌ぐという――移動能力は削がれたが――実力がある前提でのみ成り立つ剛運を持っているのだ。こんな強キャラ、前線に引っ張り出さないで舞台裏判定だけさせておく訳がなかろう。


 それに彼にはカーヤ嬢という、力強い専属の医者がいるのだ。彼専用に特化し、副作用を緩和した様々な効果の付随した薬品を嚥下することで、多少の魔法や奇跡なんぞに耐えながら突っ込んでくる純粋な暴力の持ち主となっているので、あの頃よりも確実に成長している今、仕事をして貰わないでどうするというのか。


 「じゃあ、君への報酬は……」


 「詩人にちゃんと目立たせて貰う。あの人の予定、ちゃんと取っとけよ。あの人以外が作ると場面映えがどうこう言って、狂言回しみたいに使われるから嫌なんだ。俺ぁお前の添え物じゃねぇ」


 「ヘボ詩人殿への渡り、だね。承知した」


 我等が英雄フィデリオ氏の莫逆の友、帝都でも一人会をやって満座にしたことがあるのに、一番の出世作となった詩の題材からヘボ詩人や三文物書きとこき下ろされている彼の詩は、此方でも実に名高く大人気だ。他の詩人が又聞きや自作した物よりずっと完成度が高く、より遠くへ届く可能性がある。


 ……まぁ、何つったって私達がヨーナス・バルトリンデンを討った時の詩が、帝都より更に遠く、何の因果かファイゲ卿まで届いたようで、挨拶と一緒に〝超豪華版〟の装丁で魔導院に届けられたことがあったからね。


 ほんと、私の現在地を詳細に知らないからって、アグリッピナ氏を通して渡させるのはどうかと思うんだ。めっちゃ揶揄われたもの。


 いつのまに、こんな大論みたいな装丁の本を書かれるようになったのよ、って。


 「ヨーナスん首ん時も、あの人が一番格好良く書いてくれたしな!!」


 「盛りすぎるし、削りすぎる節もあるけどね」


 彼の詩の中で私はヨーナス・バルトリンデンと激しく打ち合ったことになっているが、実際は「なんでこれヒト種で装備できるんです?」って戦槌を担いだ怪物相手に斬り結ぶことを嫌って、武器破壊に専念したので実際の決着は殆ど一合で付いたのだ。


 それにジークフリートも敵陣を単騎で蹴散らしたのではなく、軍旗を奪うという戦術的な役割を果たしたのであって、あそこまで派手ではなかった。


 まぁ、ご本人曰く「聴衆がごく自然に受け容れられて、盛り上がる内容こそが大事なのだよ」だそうだ。不毛な現実(リアル)それっぽさ(リアリティ)は違う、という創作者側の理屈だな。


 私だって一四歳で四段(プロ)になって、成人する前に竜王を含めて四冠するような棋士が現れたら、創作するにしても、もうちょっとリアリティをだね……と苦言の一つも呈したろうよ。


 「しかし、思ったよりすんなり乗ったね、君」


 「だってお前、弄月の魔宮だぞ? そんなもん、攻略したら東西の果てに勇名が届く。あと、空飛ぶ船に乗れるかもしれねぇって、凄い栄誉だろ。俺、竜騎兵になりてぇって思ったこともあんだよなー。空飛ぶってどんなんだろ。すげぇ自慢できるだろ」


 「……そんなものかい?」


 「お前、冒険大好きなのに何で名誉欲が薄いんだ? 俺には逆にそれが分かんねぇんだが」


 心底不思議そうに首を傾げる盟友に対して、私は回答を持たなかった。


 そういえば、なんで名声とか金に琴線を擽られないのだろう。


 冒険者稼業は大抵、食い扶持に溢れた人間が日雇い労働よりマシかと浅い考えで踏み込むか、英雄願望のある者が一旗揚げようなんて考えて身を投じるものだ。


 事情は色々あろうが、どうあれ根幹には〝凡夫で終わりたくない〟やら〝金が要る〟という考えが大きかろう。


 ジークフリートのように冒険者のまま留まって不朽の英雄譚に詠われようとする酔狂者もいれば、貴族や代官に見出されて正式な地位が手に入ればさっさと転職する者もいる。田舎に帰って畑の地代分くらいの金が貯まったなら、適当なところで足を洗う者も少なくないけれど、根幹に〝冒険を果たす〟ことで得られる目的があってこそ。


 現実として、私の配下にも「国元の恋人との結婚予算が貯まったので辞めます」と辞去の挨拶に来た者は何人かいたのだ。


 どうあれ、冒険者になる目的の主たる物が名声か金、そのどちらかなのだ。


 いや、嬉しいけどね。大金があれば武器や防具、装備品を上等にできるし、あと名誉点があればロールでも強くなれたり、武器の専用化もできるから。


 ただ、私にとってそれらは資源(リソース)であって目的じゃないんだよな。


 私は冒険者を楽しみたいのであって、それ以外の目的は……まぁ、些事だ。


 次の冒険のために、次の次の冒険のために。


 私が分かち合いたいのは冒険を乗り越える際の喜びであって、別にそれを大多数の人に詩として知らしめたい訳じゃない。冒険譚が詠われるのは嬉しいか嬉しくないかで言えば間違いなく喜ばしいが、ジークフリートのように何が何でも後世にまで名を刻んでやる、とまでは思わない。


 仲間内で思い出話として楽しめて、そして挑む際には心が躍る。


 それさえ満たせるなら、報酬も名声も全ては消費すべき資源であって、得ることが目的の終着ではない。


 「……私は冒険するのが楽しいからなぁ」


 「もうお前、一生階層が増え続ける魔宮にでも封印された方が幸せなんじゃねぇの?」


 いやぁ、不思議な迷宮(ダンジョン)は好きだけど、そうじゃないんだよジークフリート。


 何と言うか、皆と作り出す物語というか、そこに参加する喜びというか。


 分からない? と聞いてみると、返ってきたのは全く憮然とした表情。


 「うーん……君も大分酔狂だとは思うんだけどなぁ。私と同じでマルスハイム辺境伯からお声は掛かったろう?」


 「馬鹿、お前は騎士位だったかもしれねぇけど、俺ぁ食客扱いだぞ。んな格が落ちる誘い誰が乗るか。第一、田舎貴族の配下の配下になんぞなっちまったら、名を遺す機会もなくなっちまわぁ」


 なら、大体似た者同士なのでは? と思ったけれど、そこは違うと否定されてしまうと抗いようがない。


 うん、こういうのは心の持ちようだからな。彼が違うと言えば違うのだ。


 とりあえず、いつまでも宴の主人公を閉じ込めておくのも何だし、宴席に戻らせてやるかと思っていると、視界の端っこを折り紙の蝶がフラフラと抜けて行った。


 さぁて、クライマックスに挑む欠片が揃って来たぞ。


 後は、これが〝実は壮大なミドル戦闘でした〟という嫌がらせでないことを祈るばかりだ…………。




【Tips】そもそも論において、この金髪は〝冒険者をやりたい〟という一種の手段の目的化が無意識に行われている時点で紛れもない狂人である。 

コミカライズ版の更新告知を兼ねての投稿です。


前回よりかなり間が空いてすみません。

ちょっと8巻の作業にかかりきりになっておりました。

おかげさまで、春頃には出ます。

今回は薄いですよ! 20万文字くらい!!

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― 新着の感想 ―
TRPG的な行動原理をリアルでやる狂人なんだよな…… 別に世界をゲームとして見てる訳じゃなくて、現実と見た上でTRPGを当てはめて楽しんでるっていう
[良い点] 死ぬまで続くキャンペーンをやりたいなんて当たり前だよなぁ(ガンギマリ)
[良い点] 「お金や名声のために冒険をする」 ↑これに憧れていたわけだから、手段と目的が逆転するのも当たり前の話なんだよな
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