少年期 十二歳の晩春
足止めを喰らった日から一週間、あれ以降の旅程は驚くほどスムーズだった。
何故かエリザが上機嫌になってぐずることがなくなり、アグリッピナ氏に懐き始めた原因は謎だが、きっと師として何か上手いことやって学習意欲を擽ってくれたのだろう。
私達家族が立派になれるとか先生になれるとか色々言ってもダメだったのに、どうやって納得させたかは想像もつかないが、まぁよかったよかった。
妙な悪寒が一瞬背中を走ったが、春先とはいえまだ涼しいからと無視して、私は御者台で伸びを一つした。
さて、ここ暫く私の定位置は馬車の御者台であった。二頭立ての立派な黒毛の馬が牽く馬車は、見た目は普通のキャリッジタイプの馬車である。漫画や映画で貴人が乗っているアレ、といえば想像に易かろう。
本来は魔法による自動操作とかで――便利すぎてもう何がなにやら――座っている必要はないのだが、エリザの勉強の邪魔をするのも悪いからここにいるのだ。どうにも私が隣にいると、構って貰いたがって集中が途切れてしまうようだから。
ただ、初めての馬車の旅は存外悪い物ではないな。空を見ながら街道を進むのは楽しいし、たまに通り過ぎる巡察隊は勇ましくて格好良いものだ。なにより、冒険者らしき一団を見ることもできたのだから。
乗合馬車の後部に乗る鎧の男性と杖を担いだ少女や聖印を握りしめる乙女、弓弦を外した弓を調整していた妙に背が低いのは矮人であろうか。正しく駆け出し冒険者パーティーという有様で、見ていて心が大変躍った物だ。
なんだ、皆が語るほどアレじゃなさそうだなと。
実に期待が膨らんだ。私も何時か面子を募集して、あんな旅に出たいな。野盗を退治し、遺跡に潜り、英雄譚に唄われるような難事を解決する。
うむ、やはり王道には王道たる所以の素晴らしさがある。私も諦めずに頑張るとしよう。
さて、ここ一週間で私も片手間に色々と魔法を教えてもらった。
流石に<浄化>の奇跡の如く、神のご威光があれば一発で瓶の水だろうが河だろうが、部屋一つだろうが綺麗に仕上げる便利なものが魔法にはない。
代わりに魔法で行う家事は、複数の術式を統合して一つの術式を構築するという、連立方程式じみた挙動を必要とするのだ。
私が借り受けた魔法書――内容は家事ハンドブックだが――にない講義の内容として、アグリッピナ氏は私に魔法の性質を語ってくれた。
曰く、魔法は<転変><遷移><現出>の三カテゴリに大別できるらしい。
転変とは、既にあるものを移し替えること。焚き火の火勢を強める、弱めるなどの既存現象の調整、あるいは正の運動エネルギーを負にねじ曲げる、または物質の化合や分離、形態変化などを行う最も魔法らしいカテゴリだ。
次に遷移とは、文字通り物を移し替えること。物体の位置を物理的・空間的に移すことは勿論、運動エネルギー、熱量、性質などを移し替える、あるいは上書きすることができるという。防壁だの移動だのの強キャラムーブを見せる魔法は、大抵はこの領分だろう。
最後に現出。これも捻りなく魔法によって法則をねじ曲げ“無”から“有”を擬似的に作り出す行為にして、もっとも高度な魔法だ。魔法は物理法則をねじ曲げてはいるが、援用しつつ尊重するという立場をとることが基本となる。そして、世界は“無”から“有”が生じることを良しとせず、為せたとしても基本は神の御技だ。
故に現出は魔力の物質化や法則の変化によって物質を作り出す。魔力という“有”によって別の“有”を作り出してるだけですよー、もしくは“既存の有”を魔力で嵩まししてるだけですよー、というやり口で世界を誤魔化しているらしい。
ただ、この現出は学派や学閥によって解釈がめちゃくちゃ違うので、あまり厳密に論じると本が書けるどころか人生を二~三回費やしても足りないとのことなので――一五〇年近く生きてる長命種に言われると説得力が凄い――ので、物が作り出せると小学生のような理解をしておくとしよう。
家事は大雑把に論ずれば<炊事><掃除><洗濯><整頓><裁縫>の五つくらいであり、主に魔法で行われるのは<掃除>と<洗濯>の二つ。炊事は魔法を使うと意味不明な事が起こるので――効果が切れて形態変化が胃の中で戻ると……――補助的な内容に留まり、整頓は勝手にやれという話。最後に裁縫は現出させるにしても“物質として残り続ける”ことは現状不可能なため、これも機織り機をオートメーションで動かす程度の活用だ。
どうやらこの世界の魔法はTRPG的な便利さと物理的な不便さが合一しているらしい。
まぁ、魔法一個でぽんと食料だせたら、そりゃバランス崩れるものな。誰も携帯食料セット(一週間分お徳用)とか買わなくなるし。
ロマンと世知辛さが同居する中で、幾つか使えそうな魔法を覚えてみた。
職業カテゴリとしては<魔法従士>とかいう非戦闘系のカテゴリに含まれる<清掃>の魔法は実に便利だ。汚れを弾き、一箇所に集めて纏めてくれる。熟練度が上がるにつれ一発で適用できる範囲と、対応できる汚れが増える便利なスキルである。<基礎>レベルでさえ一般的な使用で付く埃や土、砂、泥程度を六畳間の壁一面くらいを綺麗にしてくれるのだから、全国のお母さんが是非とも覚えたがるだろう。
うん、実に素晴らしいなこれ。前世でもほんと欲しかった。
ただ、ちと不便なのが魔法の特性上“どの汚れを落とすか”きちんと考えて使わないとならないので、何で汚れているかを調べねばならないところだが。ざっぱにやって“壁紙や土壁ごと”綺麗にしてしまわないためのフェイルセーフかなにかが働いているっぽかった。
後は似た原理で洗濯物の汚れを濡らさず分解する<清払>を覚えておけば、丁稚として最低限の仕事はできるはず。あとは都度都度必要になったら覚えていけばいいだろう。
ふと見上げれば、太陽は中天に達しようとしていた。ぼちぼち休憩に入った方が良いだろうな。
「マスター、よろしいですか?」
術式を発動して呟くと、直ぐに返事が返ってきた。因みに呼び方に関しては“師”と呼ぶと制度的に問題があり、かといって名前は立場的に相応しくなく、愛称形など口にできる間柄でもないので、シンプルに主人と呼ぶことで落ち着いた。間違ってもお嬢様と呼んでくれるな、ときつく言い含められたのは何かトラウマでもあるのだろうか。
遠方へ声を伝達する<声送り>の術式は、魔法的なマーキングを施した物の所有者に囁く程度の声を届けてくれる。魔法従士にぴったりのスキルだな。まぁ、欠点があるとしたら双方向通信じゃないので、相手が同種のスキルを使えないと内密な話はできない点だが。
『なにかしら?』
対して脳裏に響く声は、<魔導師>カテゴリで見つけた<思念伝達>の魔法で飛ばされたもの。こちらはやろうと思えば双方向通信も可能な上、口を動かす必要がないので誰かに唇を読まれる心配すら無用という完全上位互換である。
まぁ、<手習>で取得するだけで<声送り>が妙技まで引っ張っていける要求量を見たら、その便利具合にも納得がいくが。便利だとは思うが、流石に他にもしたいことはあるから、廉価版で我慢したのだ。精神に作用する魔法はどいつもこいつもアホみたいな値段だから困る。
それはさておき、そろそろ良い時間であることを告げると、昼食休憩にはいることとなった。なので私は街道脇に馬車を停め、休憩に入る準備を始める。
とはいえ、これといって大仰なことをする必要はないのだが。
マスターは無理な旅程を組むほど野営がお好みではない。それと同じく、野趣溢れるキャンプ料理も嗜好の外であり、お食事は専ら旅籠で購入した弁当セットだ。弁当と呼ぶのが憚れる豪勢な食事に保存術式をかけて冷めることと劣化を防ぎ、時間が来たら召し上がるという優雅極まるお昼が常である。
私の仕事と言えば馬車に戻り、食堂に装いを変えた部屋でテーブルに食事を並べるだけだ。
エリザはその時、お昼がてらテーブルマナーのお勉強である。私塾に通っていないので、その辺の勉強も一緒につけてくれている……というか、今は読文やら宮廷語なんぞの基礎の基礎ばかりだそうで、お昼の時間も窮屈で大変そうだった。
なんでも基礎教養ができていない人間に学ばせるほど、魔法は安全でも優しくもないとのこと。大変得心のいく回答でございましたな。
私? 私はああいうの肌に合わないから、安いパンやチーズなんぞの詰め合わせにしている。短刀で半分にぶった切って、中に有り物を挟む即席サンドイッチで十分だ。
欲を言えばマヨネーズかマスタードがほしいが……それは追々料理スキルでも取って試してみよう。
恨めしそうに私の背を見るエリザの視線を振り切って御者台に戻り、青空ランチを楽しんだ。流石良い旅籠、ライ麦も質が良いのを使っており、安宿にありがちな焼き溜なんぞもしていないのか柔らかくて美味しいものだ。麦本来の味と諄くない酸味が、塩気の利いたザワークラウトやハムとよく合う。これはきっとオイルサーディンとかの塩気と脂気があるのを挟んでも美味いな。
簡素ながら質の良い食事を終え、軽く運動の時間をとる。サスペンションが高性能なので――よく見ると車軸と本体の間が完全に離れており、なぞの力場で接続されていた――腰痛なんぞに悩まされることはないが、動かないと落ち着かないのだ。
今は晩春に入りつつあり、普段なら農繁期真っ直中。冬の間に固まった土をほぐしたり、種を蒔いたりやることは幾らでもある。
だのにこうやってのんびり座っていることに、農家として働いてきた体が「おい、動かんでええんか!?」とパニックを起こしているのだ。このままでは落ち着いて眠ることもできない。
故に適度な運動は必要だ。マスターは大変ごゆっくり食事をなさるので、あと二時間はここでのんびりしてゆくことだろう。
旅装から埃よけのクロークを脱ぎ、日頃から下げて重心変化に慣れるようにしている“送り狼”を引き抜いた。
流石に全長九五cmに成形された愛刀を引き抜くのは、この背が伸びきっていない体ではコツがいる。右手で剣を持ち、左手は鞘に添え、腕だけで引き抜くのではなく同時に腰を捻ることで鞘の方からも抜きをかける。そうすれば、体躯に余る剣でも易々とはいかずも不自然でない程度には抜けるのだ。
そして基本通りに構え、体に馴染ませるように振るう。上段、中段、下段、刺突、体勢を変え組み合わせを変え、想像の敵を斬り伏せる。
基本は関節、如何に頑強な鎧とて空き所はいくらでもある。脇の下や肘に内股、ここは装甲で覆うと動けなくなるところなので、帷子の守りしかない弱い所だ。きちんと狙い、技量が足りれば両断は容易い。
想像する敵手はいつでも強い方が良い。それこそどっかの格闘士みたいに、こっちを素で殺しにかかる上級者相手を想像で出せるのが一番だが、流石にそこまではいけないのでランベルト師+αを想定して動く。
さて、少しずつ体が温まってきた。
では、ちょっと考えていた動きの実験といこう。
私は慣らしがてら、貯蓄の半分をブチ込んで取得した大盤振る舞いの特性、<多重思考>を発動させた。
これはTPRGで言う所のマルチアクション、いわゆる主動作で発動すべき魔法を副動作で発動させる魔法剣士必須の特性だ。
魔法はどうしても頭を使う。誰に対し、どのように、どのタイミングで、どれくらいの出力で放つか、最低でもこれだけは決めないと要件不足で不発、あるいは暴発する。複雑故に片手間でやるにはどうしても難しく、単に電話しながらメールを打つ程度のマルチタスクでは追い付かないのだ。
だとしたら、いくら隙が少なく発動が容易で燃費が良い魔法を手に入れても片手落ちだ。少しでも集中が乱れて魔法が使えなくなれば、魔法剣士として振り割った魔法分の熟練度が無に帰するのだから。
それを補完するスキルがこれである。
<多重思考>はもつれ合わない複数の思考を練ることができる。話を聞きながら、上の空でするような思考ではなく、併存する二つの思考を練るデュアルコア化ができるのだ。
魔法の発動は勿論、剣も同時に考えるべき事は数多ある。流石に<思考力>の強化に依った高速での思考展開だけでは無理があったため、今後に備えて大奮発だ。
まだ二つの考えを同時に行うことに不慣れというか、奇妙な違和感というか、ちょっとコンフリクトを来しているきらいはあるが、どうせ自分の思考に違いはあるまいしその内に慣れるだろう。
併走する思考の一つが魔力を練り上げ、術式を起動する。左手の中指に嵌めた月の指輪から魔力が放出され<見えざる手>が伸びた。
手は正しく思念で動く手の延長だ。見えない三本目の手があると思えば……。
刹那、嫌な感覚が背筋を奔った。
それと同じくして、何処かで聞き慣れた音が<熟達>まで伸びている<聞き耳>に引っかかる。
これは……弓弦が弾ける音…………。
【Tips】西洋剣術の片手剣は刀術とは異なり、盾を持つことを想定しているため右手にて剣を持つ。それは小楯や盾の装備を想定した<戦場刀法>においても変わらず、咄嗟の反撃や格闘に備えて左手をフリーにしておくことが好まれる。
二回更新の一回目。次回、初陣。
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次回は本日2019/2/9の19:00頃の更新を予定しております。




