表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
238/298

青年期 十八歳の晩春 八六

 風呂に浸かりすぎて出汁が出きった出がらしになりそうな生活が五日目ともなると、療養生活にも慣れてくる。


 もう少し味とかって考慮なさいません? と言いたくなる薬湯を飲み――マシにすると効果が落ち、丸薬にはできないらしい――規則的に湯に浸かる日々は、幸いにも溜まった膨大な熟練度のおかげで暇をすることはなかった。


 部屋を同じくしているジークフリートやヨルゴスからすると〝虚空を呆けたように見つめている〟ようにしか見えなかろうが、微妙に顔がにやけているのは冷静になると相当に不気味だっただろう。


 ただ、増えた熟練度、そして〝果たした実績(トロフィー)〟によって解放される特性やスキルを見ていて笑いが止まらないのは、データに溺れてきた人間が患う不治の病みたいなものなので勘弁して欲しい。


 新しいサプリメントが発売されて、自分が好きな構築や愛用しているPCが増強される内容が掲載されていたら、大体のTRPGプレイヤーは似たような面になっているはずだから。


 今回、かなり頑張ったからな。それこそ片手と片足が吹っ飛ぶ大怪我なんて五年ぶりだ。しかも相当の長丁場だったこともあって、完遂したことへのご褒美とばかりに大量の熟練度が転がり込んできた。


 あの時はセス嬢がいたおかげで、怪我をしたという実感がなかったが、今は嫌というほど味わっているからなぁ。割に合うとまでは言わないけれど、不便を思い知る生活が多少は報われたような心地だった。


 肉匙(フォーク)短刀(ナイフ)を同時に扱えないどころか、便所で踏ん張るのにも魔法を使う生活への不満はさておき、これの使い道をどうしようか。


 <神域>に至った<戦場刀法>や<寵児>の高みにある<器用>を活かす方向は、今回の戦いを以て一種の完成を見たとも言える。


 不死さえ殺す刃。当たりさえすれば不可視の概念や〝光〟まで斬り伏せられたことを考えるならば、火力面攻城の優先度は下がった。


 少なくとも、世界の内側にいる存在は、殆どが私の剣でも殺せると確認できたのだから。


 肉体改造が大好きで魂まで弄くり倒す落日派の狂人を殺せたとあれば、証明には十分過ぎる。戦力としては魔導炉の掌握で全力の半分にも出せていなかったとはいえ、自己保全にまで手を抜いてたとは考えがたい。


 あとは<見えざる手>に多少手を入れて<概念破断>が乗るようにするくらいか。面制圧してくる攻撃も七つの斬撃を壁として挟めば防ぎきれるし、〝手〟を伸ばして攻撃すれば態々射程を改善するような小細工も必要ない。


 となると、次に欲しいのは自分自身の生存性か、予てより欲しかった<空間遷移>の補強。または今回露骨に響いた一瞬での移動距離――いわゆる戦闘移動――の短さだろうか。


 フローキを介したミカが護ってくれていなければ全滅していた。一瞬でかなり移動できるようになっても、精々十数mでは不足することも今後増えるだろうから。


 肉体を硬くするのは不毛なので考えないでおこう。そういうのは種族とか特性を最初から盾型の前衛に向けて構築した人のお仕事だ。素直にヨルゴスみたいな、産まれながらにして理不尽な硬さを持っている人々に任せるに限る。


 じゃあ代わりに常駐術式とかに回せて魔導的に硬くなるかと考えても、些か物足りない気がする。如何に収入が莫大だったといえど、魔導院の怪物共がやっている概念級の障壁はショーウィンドウの(過分な)トランペット(願望)に過ぎず、多重展開で硬度を稼ぐのも魔力の燃費的に割に合うか微妙だ。


 ぶっちゃけ、高レベルになればなるほど装甲点って飾りだからな。特にアグリッピナ氏みたく、有と無の地平みたいな領域に手を掛けられると――あの黒球って絶対にマイクロブラックホール的な何かだろ――真面目に鎧を着てるのが馬鹿らしくなる。


 況してや自分が「はい、バリア無効!!」ってな具合に小学生が考える必殺攻撃めいたやり口を手にしているとなると、尚更効率が悪いとしか思えん。


 無論、権能を探ればそれさえ防ぐ手段は見つかるが、残念ながら成長方針から外れているため今更選ぶのは如何なものか。


 火力。やはり火力と行動値は大体の理不尽を解決する。相手が支援と妨害を盛って、本気で動き出す前に撲殺すれば大体の問題は片付くのだ。しかも、私はやろうと思えば不意打ちで殴れるからな。


 いや、弱いとは言わないんだけどね。私が知っている連中がどいつもこいつも汎用スキルみたいな気軽さで物理的な硬さをシカトしてきやがるだけで、圧倒的大多数には有効だから。


 それに雑魚からの攻撃を弾けて、本丸を殴るのに鬱陶しく感じないってのは大変にやりやすいし。頑強な装甲点に物を言わせて敵集団に接敵し、味方からの誤射――意図的――も何のそのとばかりに範囲攻撃で纏めて吹っ飛ばす快感は何者にも代えがたいからなぁ。


 「……あ、良いこと思いついた」


 そこで、低燃費を旨とする私の頭脳が閃いた。


 継戦能力を高めるため、魔力貯蔵量を<優等(上から三番目)>まで引き上げて<汲めど尽きぬ泉>などの戦闘中にも継続して回復する――本来は休むか寝るかしないと回復しない――高級特性を取って技術の割に貧弱な魔力量を補強。


 そこで<空間遷移>の有人移動に必要なアドオンを取得する。


 といっても、アグリッピナ氏のように(ピン)さえあれば何処にでも辿り着くような、様々なシナリオをぶっ壊すような領域には届かない。


 だが、<射程:視界>の短距離であれば。


 それも、本来は好まれない出現までの〝時間差〟を意図的に許容して突っ込めば。


 敵の目の前に攻撃を掻い潜りながら出現することができる。


 皆さん、お好きでしょう? 絶対回避。


 あらゆる構築の妙と努力を一切無視する思考の一つ。リアクション不可や装甲点無視、絶対命中と並ぶ到達点の一つ。


 絶対回避は今まで使っていた<空間遷移>による絶対防御と並ぶ、理不尽の権化として私を護ってくれるだろう。


 異相空間を隔てて移動する技術は、我が身を如何なる攻撃をも届かぬ空間に隠すのに等しい。届かないならば、致死の攻撃も虚空をかき混ぜるだけの無害な物。数分持続するような設置型攻撃ならどうしようもないが、危害半径から軽々逃れられるから、そちらへの対応も可能。


 燃費が改善すれば、今まで他の魔法の行使と天秤に掛けて、ギリギリシーン一回から二回だった絶対防御が絶対回避を含めて四回くらいに拡大される。


 しかも前衛の封鎖を乗り越えて、一足飛びに火力と支援の要たる後衛を屠ったり大ボスに肉薄できるのだ。


 ついでに非戦闘時でも敵を追っかけたり、閉じ込められた場所から逃げられるとくれば汎用性の高さに笑いが出てくる。


 ……冷静になると凄まじく鬱陶しいな。私がGM側だったら、加減しろ馬鹿と怒鳴りながら敵専用スキルで相殺するくらいしか対抗できん。高々一回の回避でも相手を殺すのが一手番遅れるだけで、殺されるような隙が産まれることになるのだから。


 いや、むしろPL側だった時の激怒案件か。お前勝たせる気あんのかと。


 まぁ、私は誰にも斟酌してやる立場ではないし、そもそも私の権能がTRPG的なだけで世界はTRPGではない。


 相手も我々が勝てるよう〝加減〟なんてしてくれないのだから、少しでも自分の存在を理不尽にしておかねばなるまいて。


 リアン・アンリ・マーガレット・シュマイツァー卿はマジでバランスなんて何一つ考えてねぇだろテメェってな手合いだったしな。もし私が一歳若ければ、モッテンハイムでの激戦がなければ手も足もでず殺されていたことを思えば……。


 よし、これでいこう。視界内に限られても有人の<空間遷移>が使えるようになるのは強いし――まだ他人は飛ばせないが――弱点の補強にも良い。最終目標の一つである、遠距離の有人<空間遷移>へ着実に繋がるのも利点だ。


 いやぁ、良い思い出になるかって言われたら「ざけんな糞GM」と中指を立ててやりたくなる仕事だったが、成果的には悪くなかったな。


 善哉善哉。これでまた、熟練度を他の交渉系技能に振る余裕もできた。


 とはいえ、試運転も何もかも、この手足がくっついてからだ。今は危なっかしくて、まだ運動しようという気にはならん。現場復帰できるのは、まだまだ先のことになるだろう。


 ああ、そういえば癒者の所に運ばれる前にノルトシュタットへ残った剣友会の面々に無事を報せる手紙をアグリッピナ氏に託し、別命あるまでは都市の補助兵として働くように指示してあったが、状況如何によってはモッテンハイムに引き上げさせたいな。


 これ以上、土豪との戦争に関わる気はなかった。未だに神代の協定が生きているからか、冒険者が徴兵されて戦力にされることはないが、依頼として後方の輜重隊護衛や使い捨てても惜しくない斥候任務を投げられることはあるのだ。


 受ける受けないは冒険者の自由。そこは神代に神同士が結んだ協定だけあって非常に強力で、冒険者組合の全国連携が形骸化しつつある今でも生きている。だから曖昧なお為ごかしを挟んで、直接前線に立たせない仕事をする。


 ああ、いや、守勢任務や占領地の統治で〝都市警護〟の仕事として放り込まれることはあったか。かなり怪しい線ではあるものの、護衛を依頼された都市に攻撃があれば反撃するのは義務だし、犯罪――反乱も広義においては罪だ――の抑止も仕事の内と誤魔化せなくもない。


 古き竜を討てる英雄を〝人間同士の喧嘩程度〟で消耗されたくなかった神々のご都合とはいえ、人間も中々に小賢しい。誤魔化す方法など幾らでもあるとなれば、騒ぎの渦中からは離れるに限る。


 マルスハイムに残った留守居の連中も、そこら辺には聡いし、副頭目であるジークフリートが行政府から迷惑を掛けられたことは重々承知しているのだから、下手な任務は受けずに待機していることだろう。


 向こうの情報は一切入っていないが、退けないところまで土豪を追い詰めて会戦を強いる戦略からして、既にマルスハイムには地方から参集させた軍が入っているはずだ。ここで下手な動きをする程、ウチの連中は馬鹿じゃないからな。


 まぁ、新入りが功名心とか郷土防衛で離脱することはあるかもしれんが、それはあとで界隈に〝除名された跳ねっ返りの独断専行です〟と書簡を回せばよし。アホな理由でなければ復帰させればいいだから、対処は追々でよかろう。


 可能ならば留守居組もモッテンハイムに呼び寄せて、土豪の反乱が収まるまでは引き籠もってしまいたいのだが……さて、どうなるか。


 成長の余韻に浸りながら、癒者の指示に従って大人しく寝床に転がっている私であったが、不意に湧いた気配を感じた。


 遠く、別の建物であっても察知できる魔力が巨大に波打ったのは、ほんの一瞬。魔力量の増大に伴って、自然と強化された〝目〟が馴染んだ魔力の波長を掴んだ。


 これはワザとだな。あの人が魔法使いに成り立ての調子にのった若輩みたいに魔力をばらまく道理がない。私や癒者、そして遠く離れた庵にて滞在している別の人間に到来を報せ、顔を合わせないようにしろと警告するためのものだ。


 ここは隠し湯。身分ある人間が非合法に高度な医療を受けるための土地とあれば、誰にも会わない心遣いをするのは避けられぬのだろう。


 ぼんやりと待っていると、予想通り文が飛んで来た。


 空間のほつれを裂いて飛んで来る、仕えていた時に見飽きるほど受け取った蝶の形に折られた伝書術式だ。


 指を差しだして受け取りながら、ふと思う。


 あの人、我が元雇用主であるアグリッピナ・デュ・スタールにしてライン三重帝国魔導宮中伯のアグリッピナ・フォン・ウビオルム伯爵は、外連を嫌って実利を取る人間なのに、どうして伝書術式は蝶なんて複雑な折り込みを必要とする形にしたのか。


 貴族の外聞として、魔導師としてナメられないよう最低限の美しさが必要なのは分かるけれど、ここまでする意味はあるのか。ライゼニッツ卿のように小鳥では駄目だった理由があるのかね。


 蝶の方が動きは優美だけど、虫の形をしているだけで嫌悪感を覚えるご婦人もいるはずなのだが。


 どうあれ、受け取った文の内容が変わる訳でもなし。


 私は本朝式でもなければ迂遠な内容も省かれた、疾く出頭せよという文に了承の返事を書き付けて放してやった。


 元丁稚で近侍の真似事をしていた冒険者とはいえ、もうちょっと言葉を飾ってもバチは当たらんと思うのだが。


 まぁ、こんな人里離れた場所でまで面倒なことをしたがる人でもないから構わんけどね。私としても一々礼装とかを着込まないで済む分、帝都にいた頃より大分気が楽だし。


 それに、今は右手がないので正式な礼ができぬし、跪くのにも苦労するのだ。気楽な場所を用意してくれるなら、それに越したことはないね…………。




【Tips】絶対回避。判定を無視して回避したという結果をもたらす最強の防御手段の一つ。リアクションタイミングの発動なので絶対命中に優越することもあれば、リアクションにリアクションを重ねられるシステムだと絶対命中で上書きされることもある。


 また、リアクションであるため、認知不可の攻撃に対処できぬことであろうか。

本当は土曜日に更新する予定でしたが、体調不良によりサプライズ更新となりました。

お待ちかねの成長フェイズです。


そして、宿願であったダイス付き特典版の6巻は、

本日(2022/06/12)23:59までの受付ですので、よろしければ是非どうぞ。

念願叶ってのダイス化の喜びを分かち合っていただければ幸甚です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=219242288&s
― 新着の感想 ―
[気になる点] アグリッピナ氏が蝶のモチーフには「成長」という意味があったりする。それをエーリヒに送るってことはもっと面白く成長しててねって思ってたらするのかしら
[良い点] 激闘の後の経験点配布とその成長報告ほどうれしい場面はないな
[気になる点] >魔力貯蔵量を<優等>まで引き上げて とありますが 青年期 十八歳の晩春 三十六 時点で魔力量は優等になってますよ >術式を起動する。私の魔力量は<魔力貯蔵量>の実数値により<優等>に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ