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青年期 十八歳の晩春 八〇

 時にウォーゲームめいて個々人の配置を重要視するTRPGで射程の概念は非常に重要である。


 どれ程強力な魔法でも直線攻撃なら敵の前衛や、敵と組み合った味方の前衛に阻まれて後衛に到達することができず、対象を選べないものであれば仲間を巻き込むため軽々にぶっ放すこともできない。


 私はその弱点を克服するために<見えざる手>に大枚叩いて様々なアドオンを乗せ、射程を視界・選択と呼べる領域に高めていたが……それを上回ってくるとは。


 「糞がぁぁぁぁぁ!!」


 TPRGにおける究極の射程。シーン(存在する全て)・選択を敵が持っているのは珍しくもないとしても……あの超火力で後衛を焼きにかかってくるとか地獄かよ!!


 ヨルゴスは辛うじて敵の魔力照射を察知できたため、命を救うことはできた。だが、ああも乱れた射線相手では突き飛ばすくらいでは庇いきれない。そして、ミカがどれだけ頑丈な掩蔽を作ってくれたとして、あの光条の前では無力。


 損得の全てを擲って、私は<空間遷移>の障壁を張っていた。


 「気を付けろ!! もう防ぎきれん!!」


 いや、それどころか自分がどうなるかも分からなくなった。


 ……そして、来るな。特大の一撃が。


 カーヤ嬢に向けられた光条が消え、私が一か八かで走り出すのと〝乱反射させられた光の檻〟が空間をかき混ぜるのは殆ど同時であった。


 魔導波長による照準を付けない、至近の空間全てを光の刃で攪拌する無差別攻撃。こうも広範囲を対象も選ばず焼き払われては……。


 「ぐあっ……!?」


 「きゃっ!?」


 「ぐああああああ!!!」


 『わぁっ!?』


 最初にやられたのはジークフリートだった。数秒は拾った槍や鎧の端っこが斬れる程度で済んでいたが、ついに一撃を左足に貰って崩れ落ちる。両断こそされていないものの、くっついているだけという深さで太股を断たれれば立つことも適わない。


 次に犠牲となったのはマルギット。右の腕と足を一閃されて全て失い、蜘蛛の腹も薄くそぎ落とされて地面に崩れ落ちる。傷口は焼き潰されているため出血こそしないが、臓器が詰まった腹に攻撃を貰ったとあれば命に関わる。


 三番目はヨルゴス。地を這うような軌道の一撃が足首から下を切断し、腕を失って尚も敵を戒める柱として立っていた体が遂に倒れ伏した。手だけは必死に鋼線を掴み続けていたが、それも根元から自切されて意味をなくしてしまう。


 最後はミカであったが、フローキの運が良かったのか、魔力を流す楔から飛び立つのが間に合って直接被害を受けてはいないようだった。それでも動死体を戒めていた鎖が全て物理的に断ち切られてしまい、敵の自由を許すこととなった。


 私が狙われなかったのは、意味がないと悟ったからか。それとも最後に集中して殺すためか。<雷光反射>によって緩やかに流れる世界の中でなら、あの光の殺戮の中でも辛うじて致命傷くらいは避けられたのも事実であるが……。


 しかし拙い。このまま高空に逃げられると為す術がなくなる!


 無茶ではあるが、もう決めてしまわねばならなくなった。


 しかし、このままでは味方が……もう皆も回避が効かない。


 二択だ。光の檻は一瞬で止まったが、次の攻撃が来る。ド畜生、あの火力であの装填速度はどう考えてもおかしいだろ! さっっさとエラッタしてシーン一回限りにしてくれ!!


 次射は何処に来る。私か、皆か……ああ、いやだ、こんな難しい二択を私は何時だって外してきたろうに。


 なら、せめて悔いがない方に。


 「許せよ」


 『~~~~~~~~~~~!?』


 私は〝渇望の剣〟を幅広の大剣に変形させた後に<見えざる手>に持たせて投げ捨てた。何とか片側の足だけでも這って、捨てていた弩弓に手を伸ばそうとするマルギットの上を遮るように。


 「エーリヒ!?」


 ……くそ、そう来たか。


 次の瞬間、私の右手の肘から先と右膝から下が吹き飛んでいた。


 マルギットの上から垂直に降り注ぎ、そのまま垂直に地面を薙ぎ払った光条によって。


 あの夜ごとに呻き回る悍ましき黒の剣は、恐らくこの世の何者にも破壊されぬであろう強靱さを誇る。一三の頃、空間をちり紙のように断裂させる攻撃から一瞬ではあるが私を護ってみせたころから分かっていたからマルギットの盾にしたのだ。


 しかし、問題は二択じゃなかったか。マルギットを直上から射貫いた後、鏡面を動かして私を斬る。ヨルゴスによる妨害がなくなれば、繊細な狙いも復活するから可能だわな。


 敵は頭が良いようだ。仲間を攻撃しつつ私にも攻撃できるように考えて撃ってきた。それも、後一枚、身を守る隠し球があったとしても殺せるように工夫して。


 それもそうか。痩せても果てても魔導院の教授様なのだ。たとえ戦闘の専門家でなかったとして、相手が嫌がることを考えるなんてお手の物だろうに。


 魔導師の本領は初見殺しと分からん殺し。その上で、分かっていて対策を練ることができても殺す方法を頭で捻り出すのがお仕事の一環ときた。


 参ったね、こりゃ。


 姿勢が崩れ転倒しそうになるのを強引に<見えざる手>で支えたが、均衡を保つ四肢が失われてしまったせいで上手く制御できない。二本の手を脇から突っ込んで顔から地面に転ぶのを拒否しても、体までは上手く動かせん。


 それに<見えざる手>は万能に近いように見えるが、発生地点に定めた空間の一点から伸びるという性質上、私自身を動かすのはあまり得意ではないのだ。分割した思考のおかげで体を運ぶことはできても、その速度も精度も自前の足で行うのとは比べものにならない。


 もしそうでなかったら、私だって早々に体を〝手〟で運ばせて、姿勢を変えない変幻自在の移動法を活用していたとも。


 次弾までに飛びかかるのは……間に合わんか。


 強引に上を向けられていた動死体が私に向き直り、胸の発射口を輝かせる。


 あと二歩足りないか。たったの二歩が……。


 詰んだかなと思いつつも、無駄と分かろうと〝手〟に拾わせた〝送り狼〟を左手に持って不格好でも前に出る。


 命がある内は諦めない。ゲーマーだとかそんなの抜きに、剣士として、人間として当然の行動を取り続けた。


 死ななきゃ安い、そういったろ。私はまだ生きているぞ。欠けた右腕だって<見えざる手>を右側に再構築すれば補えるから、剣だって十全に振るってみせる。


 何かの間違いや敵側の酷い不運(ファンブル)によって攻撃が不発に終わる可能性だってある。なら、それを乗り越えれば攻撃できるのならば、諦めてなるものかよ。


 そして、諦めの悪さに答えるように光線が体を引き裂くことはなかった。


 『行ってくれ、エーリヒ……!!』


 ミカがフローキを通じて、私の前に飛び出し攻撃を遮ったからだ。


 『馬鹿な!!』


 『ありえない!?』


 敵の驚愕に同意してやりたかった。フローキの体が心中線から頭を避けて左寄りに斬り落とされたとして、肉の体で攻撃を受け止めることなどできるはずもないのだから。


 それでも彼は私を護ってくれた。


 持って来ていた触媒。それを鏡に仕立てて烏の体に貼り付け、攻撃を逸らすことによって。


 彼は本当に賢いのだ。敵の攻撃を数度見ただけで、あのあり得ざる角度から襲い来る攻撃の種を暴いてみせた。光が鏡に反射するという原理を使って攻撃してくるなら、自分も鏡を作れば良いのだと。


 光線は鏡によって動死体へ照り返され、自傷を避ける術式が組まれていたのか命中前に霧散して消えてしまった。


 それでもフローキは断ち切られた。鏡は光を反射こそしたものの、熱までは防げなかったのだ。伝播する強烈な熱に体が溶断されて落ちていく。


 『頼んだよ……』


 伝わる思念は掠れるように弱く、最後の方は殆ど聞こえないほどだった。


 彼が一歩を稼いでくれた。あと一歩。


 襲い来る鋼線を掻い潜れば……。


 「なめんなボケぇっ!!」


 続いて響いたのは酷い田舎訛りの罵声。視界の端っこで誰かが動いていた。


 体を切り裂かれながらも、膝立ちになって半ばから切断された槍をジークフリートが投擲していたのだ。


 細やかな、されど確実な妨害の一撃は動死体の破壊された脆い内部構造物へと突き刺さり全身を撥ねさせた。鋼線が一瞬硬直し、その制御を失ってのた打ち始める。


 神経を刺激されたような不随意の反射行動に似たそれは、彼の投げ槍が相当に嫌な所に刺さったからか。


 『『この死に損ない共がぁぁぁぁ!!!!』』


 割れ響く二重の絶叫に、そっくりそのまま返してやろう。


 もう十分暴れ回ったろう。そろそろ満足して神の膝元に帰れ。大人しく沙汰を受け、行くべき所に行くといい。


 『まだだっ、まだ一撃っ!!』


 重い体を跳ね上げて、今にも狂いそうな姿勢と刃筋を強引に整え大上段の一撃を振り下ろす。


 加速する時間の中で、主砲の発射口が煌めいた。ほんの一瞬でも光条を発射できれば殺すのには十分だとして無茶をしているのか。


 だが、もう遅い。私の刃筋の向こうにある物は、全て刃の下にひれ伏すのだ。


 瞬きするほどの刹那、額めがけて放たれた光線は〝送り狼〟の牙に引き裂かれ、磔刑にされた少女の肢体諸共に斬り倒された。


 <概念破断>は〝斬る〟と強い意志で断じ、実力が伴う全てを破却する。


 形を持たない光の概念も、死を否定した不死の肉体も、そこに収まった魂までも。


 全体重を乗せた捨て身の一撃が動死体を中央から深々と切り裂き、熟れすぎたアケビのように体を爆ぜさせる。


 「両断……まではいかなかったか。未熟」


 着地し、残心の真似事のような格好をしているが、その実単に無様に膝をついただけだ。四肢を二本失った急激な失血を受けて、魔力不足と同時に脳が悲鳴を上げている。しかも着地の衝撃をちゃんと殺せていなかったのか、焼き潰された筈の傷口が開いて失血が始まった。


 『馬鹿な、嘘だ、術式が解れる、魂の固着が……なぜだ、何故揺らぐ? いやだ、リアン、助けてくれ、君を置いていきたくない!!』


 『どうして!? 物理的に破壊されただけなのに!? 管制が外れる! 炉が、炉が止まる! いやよ、こんなの! 待って! いや! アンリ! リアン!!』


 「自分が好き勝手やって、他人に好き勝手やれない則がどこの世界にある……大人しく死ね」


 飛ぶな意識、揺らぐな視界。勝ったのは私達なのだ。まだ折れてくれるなよ、この体。あと何十年かはまだまだ使う予定があるんだからな。


 〝送り狼〟を杖にして立ち上がる。この相方も随分な蛮用にしっかり応えてくれたものだ。光を斬った、なんて古今の英雄でもなかなかやってないぞ。実際には、飛んで来るところに斬撃を〝置いた〟という形に近いが、それでもよくやったもんだと我ながら思う。


 発射の拍子がほんの少しでもズレていたら死んでたからな。


 体を割られた動死体が体液をばらまきながら揺らぎ、高度を落としていく。地に墜ちた磔刑の乙女は自らの重さを思い出したのか、地面に食い込みながらも往生際が悪く小さく痙攣し続けていた。


 『ダメだ、ダメだ、認めないぞこんなもの。たかが刃一本に、分かたれぬ魂がどうして斬れるのだ……メグ、炉を、炉を再稼働してくれ! 術式を練らなければ……!!』


 『できない、できないのよアンリ!? なんで!? どうして魂の束縛式まで壊れているの!? いえ、それどころか、自我が、自分が消えていってしまう!? あの子は何処!? どうして応えないの!?』


 死霊術師として手前の肉体どころか魂まで弄り尽くして人から離れすぎた二人は、あの一撃でも即座に絶命しなかったか。しかし、魂の強度に差があったのか術師の魂はとっくにあの世への先導に行ってしまったようで返事がないみたいだな。


 だが、その妄執ももう終わる。地面に落ちた反動でか開いていた肉体が更に開いていき、露出された内部構造物は脈動を止めようとしていた。命を完全に断ち切った肉体に縋り付く努力もここまでだ。


 『時間は……!? 時間が、まだ、まだリアンが!!』


 『嫌よ! 三人でなければ、死なんかに分かたれるのは……! 二度目なんて!!』


 『ボクは、ボクらはまた彼を置いていくのか!? 嫌だ、それだけは、それは、それは……』


 『リアン……アンリ……何処にいるの、何処に……崩れる、消えちゃう……さむいわ、ひとりはさむいわ、ふたりとも……』


 『メグ、どこだい……? リアン、応えてくれ……さみしいよ、いやなんだよ、もう……ああ、ふたりとも……』


 分かち難い友を呼ぶ声は、動死体の最後の拍動と共に細く消えた。


 「……っしゃぁ、勝ったぞおらぁ……」


 よかった。何か〝炉〟がどうとかスゲー不穏な単語が聞こえたから、最後っ屁に自爆とかされねぇだろうなとヒヤヒヤしていたのだ。


 「やりましたわね……?」


 「ああ、やったとも」


 今にも倒れそうな肉体のやり場に困っていると、マルギットが足下に這いずってきているのが見えた。手には最後の執念か装填を終えた弩弓が握られており――どうにか頑張って片手で装填したのか――彼女の闘志も折れていなかったことが窺えた。


 「糞化物が……ざまぁ見ろ……ああ、イテェ……どうすんだよこれ、御貴族様はくっつけてくれんだろうな……?」


 「ぐぅあ……いでぇ……いってぇよ、おっかぁ……せんせ、せんせは大丈夫ですかぁ……?」


 「みんな! 生きてますか!? 治療を、すぐに治療を!!」


 「カァ……」


 各々這々の体だが生きている。唯一無傷だったカーヤ嬢が顔からずっこけながらも盆地を駆け下りて近寄ってくるのが見えた。


 フローキも大した根性だ。流石、血筋から改造されまくった使い魔の連枝。中枢である頭と心臓が潰れさえしなけば中々死なんか。熱伝導で体の内側が沸騰とかしていなくてよかった。離れた場所にいるミカ本体も無事であろうか。使い魔と同調するこの手の技術は、使役者への反動があるのが相場だからな……。


 ボロボロもボロボロ。後衛一人除いて全員が生死判定を振らされるような有様だが、勝ってやったぞ。カーヤ嬢以外が四肢を最低一本失うとかいうヒデぇ様だけど、生きているならそれが勝利だ。


 本当に糞みたいな依頼だった。これはもう、ゴネにゴネまくって報酬を思う存分にふんだくってやる。全員の四肢接合施術は勿論――断面が焼けてるけど、魔法なんだから何とかしてくれ――大金をせしめてやる。


 絶対にだ。


 さて、そのために最後のツメと行くか。


 散々悩ましてくれた首謀者の面を直に拝んでやる。


 私は萎えそうな肉体を奮い立たせるため、カーヤ嬢から治癒薬を受け取るとウォトカを煽るように一気に飲み干して、この攻防の中でも其方にだけは攻撃がいかぬようにと庇われていた荒ら屋の残骸へと歩を進めた…………。












【Tips】HPが0になることは肉体的に危険な状態にあることを意味し、死んでいないかを確かめるための生死判定を振らされることがある。成功すれば気絶、または動けない状況で済むが、失敗すれば文字通りの死を迎える。

クライマックス戦闘終了。ようやくエンディングでございます。

今回の場合だとヨルゴスとミカがHP0になって生死判定→成功 じゃあ動けないくらいの重症。

他三名→HP残り一桁の重症+行動不能系デバフ って感じでしょうか。


※感想で指摘頂いた虎嬢と豹嬢の誤り。及びマルギットの出自関係修正いたしました。

 頭の中ですっかりと入れ替わっており、やはり人に見て貰うのって大事だなと改めて実感いたします。

 ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
というより、敵がクソ火力過ぎてタンクに徹さなきゃ仲間が潰れるって具合なんでしょ とはいえ一人だとどうやっても勝ち目はないだろうし、これが最適解 ↓
[気になる点] エーリヒが必殺の一撃を手に入れたせいで逆に出番が激減してるのが惜しい。 第一形態は気持ちよくスパスパ切ってるのに第二形態でとどめ以外アタッカーなのにガードに回ってるし。 強すぎて使いづ…
[一言] とんでもない大損害受けてるけど帰れれば無敵のアグリッピナ先生がなんとかしてくれる!生きろ!
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