青年期 十八歳の晩春 七八
回避盾とはよく言ったもので、狙いを集中させられるが当たらないため、結果的に盾としてパーティーに貢献することができる。そんな癖が強く博打的なPCの出来映えに魅せられた時期がある。
だが、実際やってみると……なんだ、サイコロを振っていた時より格段に精神的な圧力が半端ない。いや、そもそも私は回避盾じゃないんだけどね。
「っ……狙いが、正確……いや、ねちっこいな!?」
えげつない角度で襲い来る三角錐の速度と精度は、アンリとマーガレットを名乗る魂が参加してからゲームが変わったかのように変貌していた。最初の術師が一人で操るそれが、ふわふわ暢気に飛ぶ蝶であったとすれば、今の速度は子供の虫取り編みを嘲笑う塩辛蜻蛉だ。
しかも、何十個と展開した取り巻きを頭が扱いきれていなかった先刻までは、磯巾着の蝕腕もかくやに伸びた鋼線の触手共々、基本的に頭や胸の急所狙いであったため回避は容易かったのだが、何とも嫌らしく牽制や追い込みの布石を置いてくるようになりやがった。
回避すれば姿勢が崩れる足狙いの一撃を<見えざる手>に持ち替えた〝渇望の剣〟で叩き落とし、姿勢を崩すことを狙って突き込まれる複数の触手を手近に転がっていた鈍ら――恐らく、最初に蹴散らした動死体達の遺品だ――で切り払って、腹狙いの一撃を掌でずらして回避した。
緩急を付けて頭部や胸の急所に飛来する攻撃が集中したかと思えば、直前で止まって回避行動を〝空ぶらせる〟ことで攻撃の好機に変えようとする器用な真似までされると、当たれば死ぬ脆い定命の精神が鉛筆削りに差し込まれる勢いで削れていった。
これには他の前衛達も苦労している。ジークフリートは良いのを頭に食らったのか兜を吹き飛ばされており、額が割れたらしく軽く血が出ている。それでも兜が脱げた勢いで本人に殆ど被害はいっておらず、血も視界を汚すようには流れていないため軽傷といえよう。やっぱり持ってるな、アイツ。
そして頑丈さから、生中な妨害を意に介していなかったヨルゴスも苦戦しているみたいだ。生来の強靱な皮膚装甲に合わせ、鎧まで着込んだ巨体をぶち抜くのが困難と分かったのか膝や足下など、攻撃を邪魔する位置を執拗に狙われて実にやりづらそうにしている。
頭が良い強大な敵、というのはまっこと始末に悪いもんだ。だからこそ、神代に巨人や今より数が多かった竜が世界を支配しかけたのだろうが。
いやはや、各々嫌な所を突かれて動きを支配されかかっている。これは些かよろしくない。
私も死な安と嘯いてみても、逆説的に当たりゃ死ぬんだから優位とは言い難いし。
色々なシステムで回避盾は作った経験があるが、思い返せばあれは事故も多かった。所詮は高達成値で回避をするだけなので、上回られたら犠牲にした装甲やHPのせいで死ぬし、運が悪ければ良好な数値を出していてもGM側の絶対命中に殺される。
記憶の中で木っ端っていったキャラ達のシートが走馬灯のように流れていった。
古巣のGM共は、大抵が〝いい性格〟してたもんだから、私が回避盾を作ったら一撃耐えても連撃してくるボスを用意したり、そもそも回避できない魔法を多様し始めたり、剰えトドメ刺し専用のモブを脇に置いていたりすることもあったが……単ボスでここまでエグい構成のは珍しかったな。
頭狙いの狙い澄ました一撃を回避しようとすれば、あり得ざる角度と鋭さで転回して回避先に飛んで来る三角錐を<見えざる手>にて自分の襟を引っ掴んで急制動をかけて避けてやれば――ちょっと首の筋を痛めたかもしれん――、無茶な停止の勢いを借りてマルギットが私の背中から飛び出していった。
「掻き回しますわ!! 背中が風邪を惹かないようにお気を付けて!!」
考えることさえ失礼なことだが、私の動きに付いてこられなくて投げ出されたわけではない。彼女の性質、弩弓や弓による制止力の弱い攻撃では、背中を護るよりも私の身軽さを上げた方がよいと判断して自分から飛んでいったのだ。
如何に蜘蛛人が軽量といっても、一〇kgやそこらではないので背負っていれば機動性は幾らか落ちる。また、紙一重で避けるにしても背中の彼女も当たらぬようにと考えると制限が多かったのも事実。この場合、彼女が完璧に攻撃を撃墜できないとなれば、的が小さくなる方が有利だ。
今まで頼りにしてきた強い動きだからとて、効果が薄い相手に拘泥して一緒に溺れ死んでは意味がない。背中を庇っていた低い体温が去って行くのが凄まじく心細かったが、ここは私が踏ん張る所なので致し方なし。
なにせ、私が敵の光線術式に命の危機を感じたのと同様、相手も私が〝殺しきれる札〟を握っていると感覚で察したのであろう。一番味方に向いて欲しくない、光速で此方を焼き払う主砲口を此方に向きっぱなしにしてくれているからな。
回避盾の宿命である脆さは保険である<空間遷移>障壁によって、あと一回くらいなら補える。既に見せている札ではあるが、問答無用で完全に防ぎきる防御手段があると知った敵が過剰に警戒し、乱発しないでいてくれるのが有り難い。
デカい予備動作が必要な分、向こうさんにとっても乱発できない必殺技なのだろう。
一回だけというのも非常に頼りなくはあるが、相手が残弾を知らないなら大きな問題にはならない。
かといって如何せん開戦時から脳味噌を全力で回し続けている上、教授本体が再生する前に短期決戦で終わらせようと魔法をバンバカ撃ちまくっていたせいで魔力残量が心許ないせいで、防御しつつゴリ押しで致命傷を叩き込む戦術がとれないのが勿体ないな。
継戦能力の低さはコンボビルドの宿命。切り札である<概念破断>が低燃費である分、全力稼働時間の短さは……まぁ、生きて帰ることができたら、いい加<減魔力貯蔵量>にも熟練度を裂くことにしよう。
一息を入れる間もなく単体の敵と長々競り合うような戦いは、今まで殆どなかったからな。これからは、より格上を殺しにかかれる粘り強さも手に入れなければ。
しかし、体力的にも結構キツいぞ。姿勢を低くしてかなりの時間を進んできた上、いつ伏撃を受けても反応できるように気を張った末の二連戦……いや、三連戦。本番でかかる圧力と全力稼働により、鍛えていても体は否応なく疲労を主張し始める。
「行きます!! 大きく吸い込んでください!!」
だが今は仲間を含めての連携がある場だ。回復に特化した僧侶がいない我々でも、欠点を補うため頭を捻ってくれる薬師がいる。
ツボが割れる音が響き、淡い緑色の煙が戦場に立ちこめた。視界を遮らない程度の薄い靄は、カーヤ嬢が投擲した魔法薬が揮発したもので、普段我々が気付けとして煽っている疲労回復薬と同様のものであった。
普段は大勢の疲労を一度に癒やすか怪我人だらけで対処が追いつかない時の術であり、戦闘では滅多に使わないそれも、相手が魔法薬による癒やしを受けられない動死体ならば味方だけを回復する有用な広域支援術式となる。モッテンハイムの防衛線でも活躍したと聞くから、今回も用意しておいてくれたのであろう。
一息吸い込めば重くなり始めた四肢が軽くなり、二呼吸で乾ききった喉が潤い、三呼吸もすれば荒れた息が整って体が落ち着く。エナジードリンクだとしたら「これヤベー材料入ってないだろうな」と不安になる即効性が心地好い。
「助かる!! これ以上ない最適な時期の支援だ!!」
妨害が上手く通らないなら支援に切り替えられる味方の心強いことよ。往々にしてボスは状態異常が効かなかったり、基礎抵抗値の高さから通らなかったりするから、時として妨害一択だと棒立ちの観光客になり果てることもあるからな。
「いいぞ!! よし、ヨルゴス合わせろ!!」
「うっす!!」
支援を受けて元気を取り戻した前衛二人も行動を活性化させた。三角錐の破壊に専念していたジークフリートが、襲いかかる鋼線を一束剣に〝敢えて絡みつかせた〟かと思えば、得物を手放したヨルゴスに放ったではないか。
剣を捕らえることによって、逆に動きを拘束された鋼線を握りしめた彼は、暴れ回って逃れようとするそれを満身の力で引っ張ってみせる。
すると、宙に浮いているが故に踏ん張れない動死体が大きく揺らいだ。地面に垂直であった姿勢が大きく天を向き、そして予兆の後に天が細い光で照らされる。
最初に浴びせかけられた光と比べれば、ずっとずっとか細いそれは出力を制限した光線術式であろう。管制機構である少女の体を囲む棘の光輪を畳まれたまま放った術式は、巨大な敵を一撃で薙ぎ払うのではなく、小バエの如く五月蠅い至近の敵を薙ぎ払うための小技。
あっぶね、大砲だけじゃなくて応用まであったのか。何とも奇跡的な拍子で妨害が入ってくれて助かった。
照準を付ける魔力波長が発射前に浴びせられるので、完全な不意打ちにはならずとも対応が間に合ったかは微妙な感じがする。これはジークフリートが本当にいい時に動いてくれたな。
彼が持っているかもしれない、幸運の補正がかかるナニカが素晴らしい仕事をしたようだ。
いいなぁ、自前で絶対成功引いたり、敵に致命的失敗を押しつけられるスキル。ロックがかかっていなかったら是非とも欲しかった。
『よし、今なら……動いている的に当てるのは苦手だけど!!』
引っ張り合いをして姿勢を正そうとする動死体の肉体へ、幾本もの野太い杭が突き刺ささる。元々は吊り橋を渡すため、長い鋼の鎖を固定する用途に用いられるだろう杭は、一本の釘が触媒となって巨大化したもの。フローキの足に摘ままれて投げ出されたそれが、深々と動死体へ埋め込まれて動きが鈍る。
『そして、触れていれば多少は……!!』
更には杭から太い鎖が生え、再び動死体を戒めんと一本の楔を基点として地面へと根を張った。四方に張り巡らせて完全に動きを止めるのではなく、少しでも自由に動かさないよう一箇所に纏めたのは、根っことなる楔にミカが直に接し続けて魔力を注ぐため。抗魔導術式によって錆びようとしている鎖が諸所で拮抗し、煌びやかな銀を取り戻しては再び朽ちていく競走を繰り返しているではないか。
『長くは保たない……けど、倒れても離さないよ!!』
「とっても素敵な首飾りですこと! でしたら簪も何本か如何!?」
ミカが動きを止めた所でマルギットが両手にて東方式弩弓を放ち――いつの間にか、私がぶら下げていたのも持っていったか――弾が切れたそれを手放し、愛用の短弓で瞬く間の三連射を見舞う。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!???』
矢玉が貫いたのは、ジークフリートやヨルゴスが切り開いた大きな傷口。脈打ちながら体液をばらまく肉はゆっくりと修復されていたが、未だ内部の構造を大きく曝け出したまま。見るからに弱点といえる部分を放っておくほど、我が狩人は優しくない。
動死体が戒めの鎖を軋ませながら上げた、今までになく不快で耳をつんざく咆哮は紛れもない苦悶の印。
そりゃそうだ。ただの矢玉をここぞという時に使う筈があるまい。兜の隙間から目を射貫いてやれば死ぬお優しい敵ならばまだしも、ああいった慮外の耐久力を持つ敵相手には普通の矢では、とてでもはないが威力が足りぬ。
なら、斯様な敵が相手なら囮と攪乱しかできない弾除けにマルギットがなり果ててしまうのかと問われれば、私はそんな相手を鼻で笑おう。
彼女は熟練の狩人だ。それも、母親は代官許しを得る有数の狩巧者の元冒険者で、父親はそんな怪物に見初められた猟師。今やマルギットの祖父でも通るような見た目をした彼であるが――理由は……まぁ、あえて言うまい――現役の狩人であった頃は、マルギットのご母堂が欲するあまりに冒険者を引退する程の傑物である。。
産まれながらにして狩人の家系と濃厚な血を引き継いだ彼女は、当然のように毒の扱いに長けている。私にさえ教えてくれない一族相伝の毒薬とやらを彼女は、こんな時のために調合して持ち歩いているのだ。
普段は持っていることさえ匂わせない、秘中の秘たるそれが通常の狩りや仕事で使われることはなかった。
何故なら、人類相手に使うには強すぎて、普通の獣を狩るには〝食えなくなる程の猛毒〟を使う訳にはいかないため。
触れれば死ぬ、として調合の際には私を部屋から追い出すような危険物だ。それをべったり塗り込めた、小洒落た簪を三本も贈られてはさしもの死体とて無事ではいられまいて。
それに、近頃〝女子会〟とか嘯いてカーヤ嬢と二人で何かやってるなと思ったら、あろうことかタダでさえ強力な毒矢に魔法の要素を添加し、不死者でさえ殺す毒を研究していると聞いたもんだから……。
「はぁ……なぁ……すっ……くぅああああ!!!!」
毒の痛みに悶える動死体が遮二無二に暴れ回り、回避できないヨルゴスに無数の鋼線が叩き着けられて鎧諸共に体がボロボロになっていくが、彼は牙が砕けんばかりに顎を食いしばってその場に踏み留まる。
絡まって機能不全を起こした際に自切する機能を持っていたらしい鋼線が斬り捨てられても、完全に切り離される前に叩き着けられる鋼線を新たにひっ捕まえる姿は、正しく鬼神の如く在った。
「ぜってぇ離すなよヨルゴス!! クソッタレ、刃が毀れて……エーリヒ! 換わり寄越せ!!」
「頭目遣いが荒いな!!」
「テメェの配下遣いよか何倍もマシだボケが!!」
ヨルゴスに集る三角錐と鋼線を少しでも減らそうと撃退しているジークフリートであったが、戦場にて騎士より鹵獲した名剣であっても酷使に耐えかねたのか刃が毀れてノコギリのようになっていた。
要望に応えて手近に転がっていた槍を寄越せば、彼はそれを縦横に振るって鋼の束を次々と打ち払っていく。新入りに負けじと気迫の籠もった雄叫びを上げ、額から流れる血を拭いもせず戦う姿は、本物の巨鬼に劣らず鬼気迫る迫力がある。
『まだ……まだだ……!!』
「耐えて下さい、ヨルゴス! 追加いきますよ!!」
楔に乗ったフローキを通して魔力が振り絞られ、鎖が何本か弾け飛んでも直ぐに再構築して戒めを強めるミカ。動けぬのを良いことにタコ殴りにされているヨルゴスに追加の治癒薬を放り投げて支援するカーヤ嬢。
マルギットもお代わりの短弓を何本も射かけ続け、躍るような足さばきで攻撃を惹き付けて注意を逸らさんとしている。
私を接近させぬよう、濃密な壁を作っていた鋼線と三角錐が皆に散らばって道が開いた。今ならば飛びかかり、中枢部に斬りかかれる。
全てが我々一党のカタに嵌まって上手く行こうとしていた。前哨戦で損害を抑え、第Ⅰ段階で撃破手前まで痛めつけたため、敵は乗員が揃っても完璧な性能を出せずにいる。
あの大きさだ。本来ならば鋼線や三角錐のみならず、矢玉と槍の一切を弾く物理障壁なども搭載していたに違いない。それを前段階で削いでおかねば、勝ち目が一切ない、ただ〝負けた〟とGMから無情の演出をされかねない強敵であった。
全ては皆が全力を出したから。なればこそ、私も期待に応えねば。
そう決意して一歩を踏み出した瞬間、天を仰いで藻掻いていた動死体の棘が隆起して再び光輪となるのが見えた。
何だ? 射出口は空を向いており、あそこから撃っても貫けるのは懐広く全てを虚空へ呑み込む夜空ばかり。たとえ集束させず拡散して打ち込む方法があったとして、下を向いていなければ無意味の筈。
それに光線は砲弾と違って発射の反動を伴わぬ物であるから、砲撃の余勢を借りて高速を断ち切ることも適わぬと思われるが……かといって、アレが意味のない、落命に際する慟哭の一撃を天に放つとも思えない。そんな余裕があるなら、魔導炉なりを暴走させて自爆してくるようなガンギマリ方だったからな。
ああ、いや、もしや。
天に放たれた光条が星々に反射されて大地に降り注ぐのと、私が魔力を回すのは再び殆ど同時のことであった…………。
【Tips】システムによっては被害を受ければ装備していた武器やスキル、特性が使えなくなるものも存在する。
ネクロニカで気合い入れて作った大型ホラーが後半になるにつれて機能不全を起こしていって、ただのデカい的になっていく構図。
やっぱりサヴァントがNo1! あ、でも切断は勘弁な。
冗談はさておき、先週は更新ができず申し訳ありませんでした。
思うところあって大幅に書き直していたら週末を過ぎました。
また、Twitterにて報告いたしましたが、6巻に続けられることが決まりました!
続刊は夏頃の予定となります。
今回もほぼ書き下ろしになると思いますので、Web版既読勢も是非お手にとっていただければと存じます。
奇跡的に死ぬほど改稿しまくっていても、Web版と話の筋は変わらない範囲に収まっておりますので。
とはいえ、流石に5巻は読まないと「誰これ」となる人が出てきそうですが。




