青年期 十八歳の晩春 七六
下方に伸びた歪な菱形をした、凧型の異形から空間を千々に割く光が溢れた。
「あっちぃ!?」
「くそっ!? 何だコレ!?」
集束熱線の魔法だ。極めて単純ながら、生物であればごく一部しか耐性を持たない純粋な〝熱〟を用いた攻撃。割り箸程度の細さに集束したガスバーナーを振り回しているようなものだ。
数十mにも渡る青白い炎の光線が無数の放熱口から飛び出して、デタラメに空間を切り裂いている。
「回避だ! まずは回避に専念しろ! 狙いは甘いし、移動も遅いぞ!!」
熱量は高いが、怪獣映画のように触れただけで溶断される程ではない。それでも数秒同じ場所に照射され続ければ火傷し、長く持続すれば装甲さえ焼き切られる威力はあった。燃えやすい布や守られていない顔に当たれば、短い時間でも侮れぬ傷を負うであろう。
「回避ったってオメェ!! 密度がっ!?」
「間合いを広く取れ! 近づけば濃くなる!!」
見た目からして個による大量殺戮を前提とした兵器らしい装備だ。密集して避けようのない戦列や、引火物が山ほどある市街地で暴れたら手の付けようがない。単体戦力で数万人を殺すに足る、恐ろしき怪物。
「畜生! 遅いが数が多い!! カーヤ! 絶対に壕から出るなよ!!」
『石壁には耐火性がある! 安心してくれ!!』
「あぶっ、うお!? あちっ!?」
それでも至近をちょろちょろする小勢には対応仕切れないようだ。本体の各所に設けられた放出口から飛び出る熱線は、斜角の問題もあって一個体に全てを集中させることはできないらしい。
運用思想としては護衛として先の素早い動死体を二体付けて死角を補い、大軍の最中に放り込んで殲滅するといったものか。
「何か考えていらして?」
「……いや、手ぬるいなと」
雑に振り回される熱線を〝渇望の剣〟で受け止めながら違和感を覚えていると、マルギットがそれを敏感に感じ取って問うてきた。
確かに恐ろしいことは恐ろしいが、この程度か? という気がしてならない。熱線は射程の長い火炎放射器といった性質を持ち――通常戦力相手であれば十分過ぎるが――触れれば即死の火力ではない。遮二無二に振り回して接近を妨げる防御兵装としてはまぁまぁだが、如何せん敵の殲滅には火力不足と言わざるをえん。
況してや戦況が悪くなれば前線にも出張ってくる戦闘魔導師級の敵を考えれば、どうあっても倒せはするまい。正直、これくらいなら私が張れる障壁でもなんとかなってしまう。
基底現実にしか影響できない攻撃で戦略兵器を名乗るには、些か以上に役者が不足しているとしか思えなかった。
「また無茶しようとしていらっしゃる?」
「まぁ、こういう時、体を張るのも私の仕事かなって」
「ご尤もで。冒険者の頭目は、一番きつい戦場で踏ん張るのがお仕事ですものね」
間合いを空けさせたジークフリートやヨルゴスと違い、位置を保って熱線を回避し、敵の意識を集めさせている私に相方は笑いながら言った。
まぁ、最悪が起こっても何とか帳尻を合わせられる私が回避盾として気張ってみせるのは、戦術的にも立場的にも間違ってないと思うんだ。
それに、ああも大仰な敵の兵装が、熱線一択なんてこともなかろうし。
では、味方が不意の一撃を食らって怪我しないよう、突っついて様子を伺うとしましょうか。
「どうする?」
「ここ以上に安全な場所があって?」
主格も目的語も欠いた問いかけであっても、心得た我が相方は分かってくれるから有り難い。何より嬉しい褒め言葉も付いているので、では一丁度胸試しと行きましょうか。
『エーリヒ!?』
「旦那!?」
熱線の回避に合わせて前進する私にミカとヨルゴスの悲鳴が聞こえたが、他の面々は私が無茶をするのは日常茶飯のことと心得ているため静かなものだ。むしろ、敵の動きを見て、最適な支援をしようと準備してくれている。
一五歩ほどの間合いが瞬く間に埋まり、その間に足下を刈り取ろうとする熱線を一度回避し、首を薙ぎ払う軌道のそれを潜り抜け、回避が困難な胴体狙いの一撃は破壊不能を持つ〝渇望の剣〟にて受け止める。こういう場面で雑に盾代わりにできる武器の存在は有り難い。
そして、あともう三歩で斬撃の間合いといったところで無数の飛来物が私を襲った。
「おおう!?」
反射的に斬り飛ばしたそれは、魔力によって操られる金属の三角錐であった。
研ぎ澄まされた刃が各辺に仕込まれたこぶし大の三角錐。紐で接続されるでもなく、抗重力術式によって飛び回り制御されるそれは、近接防御にして再利用可能な投射兵器。なるほど、掴んだ後に更なる攻撃を加えねばならない触腕や隠し腕より単純で恐ろしいな。大きさからして数kgはありそうな鉄の塊を高速でぶつけられれば、鎧を着ていてもかなり危険である。
あれだな、宇宙で戦争している新人類が使う遠隔操作兵器、それの射撃してこない版ってところか。
されど、これも物理兵器止まり。足を止めることはできても、怖いかと言われれば「いや、全部叩き落とせばそれまでだし……」という感想しか出てこない。数十個展開してきているのは流石といったところだが、熱線と同じく狙いが単調すぎてどうにもな。
「あれっ!?」
とりあえず鬱陶しいし、後衛に叩き着けられるのも嫌なので三角錐の相手をしつつ熱線の隙間で躍っていると、珍しくマルギットが驚きの声を上げた。
「普通に刺さりましたわよ!?」
「え? あ、マジだ」
なんと驚くべきことに、熱線の射出口にマルギットが弩から放ったボルトが深々と突き刺さっていた。穴が塞がって、ちょろちょろと勢いのない炎が蛇の舌のように漏れ出てはいるが、機能してないことは一目で分かった。
元々装甲でさえ抜く高威力のボルトが脆いと思われた射出口に命中したのもあるが、ちょっと脆すぎやしないか?
……まてよ? この大きさで、しかも人間の形から完全にかけ離れた異形の兵器だ。私は死霊術に詳しくはないけれど、何となく〝魂一個では無理がある〟のは察せられる。
いわば戦車のようなものだ。あれだって巨大な乗り物に複数の搭乗員がいてやっと本領を発揮する。車長が状況の把握をして全体の指示を出し、砲手が主砲の狙いを付けて、操縦手が動かして漸く戦車という一個の兵器として成立している。
装填手が体内で稼働していると波長から分かる魔導炉によって賄われているとしても、やはり一個の魂でデカブツを動かすのに限界があるのか。
その証拠として、飛行している巨体はさっきから殆ど場所を変えていない。フラフラとおぼつかぬ機動で、刃が届く低空を低速で飛んでいるばかり。
空を飛ぶ術式は、凄まじく複雑で扱いが手間だからな。なにせ、安定して飛べるだけで〝航空魔導師〟なんて誉れ名を受けて、官僚として一個高い位階に行けるくらいだ。特に複雑とされる抗重力術式――明らかに航空力学を無視した物体が浮いているので、これで間違いなかろう――を扱っているとなれば、この醜態にも頷ける。
「マルギット! 射出口を潰すのに専念してくれ! 他の者は飛来物を叩き落とせ! 後衛組、動きを止めるんだ!!」
ならば、今は千載一遇の好機なのではなかろうか。魂が巨大な肉体の管制を満足に行えず、性能を十全に発揮できていない内に叩かねば。
車長だけで無理に動かしている戦車なんて大して怖くない。手足を捥ぐように武器を減らして足回りを潰せば、後はハッチをこじ開けるなりエンジンの排気口に火炎瓶をぶち込むなりしてやればいい。何も真正面から馬鹿みたいに装甲を貫かねば倒せぬ相手でないのなら、話は簡単じゃないか。
敵の全容が分かったならば、後は一党の全員が最適な仕事をするだけの話である。
「んだよ! 魔法の盾もない見かけ倒しか! 頼むぞカーヤ!!」
「いってぇ! けど、別に捕まえられねぇ訳じゃ……!」
ジークフリートは器用に三角錐を避けつつ斬り付けて標的の分散に努め、ヨルゴスは自身の頑強性に任せて〝直撃した三角錐〟を捕まえて、別の三角錐に叩き着けて破壊するという力業に出始めた。
「少しだけ動きを止めて下さい!」
『任された! 少し荒っぽく行くよ!!』
フローキが舞い、危なっかしくも熱線の中を掻い潜って触媒を投げた。放り投げたのは細い鎖が幾本か。補修用の部材は、ただそれだけならば巨体を戒めるのにあまりに頼りない細さだ。ちょっとした燭台を吊るのには丁度良かろうが、体高五mの異形相手では一廻りもできない長さと儚さ。
しかし、地面に落ちたそれは百足のように這ったかと思えば、後端を地面に埋没させた途端に幾倍にも伸張し、同時に何倍にも太くなる。土の成分を転変の魔法にて取り込み、自身を嵩まししてみせたのだ。
ムチもかくやの勢いで撓った鎖が動死体を打ち据え、連なった鉄輪の間に無数の〝楔〟が生えて突き刺さる。鋼の躯体に弾かれて幾本かの楔は夜闇に消えてしまったが、脈打つ生体部品は防ぎきれなかったらしく深々と突き刺さって強酸の体液をしぶかせた。
『小賢しい! この程度の鋼、幾らでも溶かしてくれる!! 呪われよ! 呪われてあれ!!』
だが、敵にはまだ熱線の攻撃がある。動き回る人間と違い、動死体を縫い付けるため地面に自らを埋めた鎖は、熱線から逃れられないので照射が続けば切断されてしまうだろう。
だから、敵が動きを止めたと軽く見ず、第二第三の手を重ねるのだ。
「行きますよ! 被らないよう気を付けて!!」
あっ、使うのはアレか。
私はカーヤ嬢の警告に従って、後ろ飛びで大きく間合いを取った。
直後、投擲された魔法薬の瓶が着弾。これまで使ってきた魔法薬と同様に空気に触れると同時に魔法薬は一気に膨張し、被弾箇所から大きく広がって動死体を包み込んだ。
『何だ!? 何だこれは!? しゃ、射出口が……!?』
彼女が投擲したのは、殺さないで捕らえた方が金になる野盗を仕留めるための非致死性術式。高い粘度と伸縮性により対象を絡め取る〝トリモチ〟の一種だ。
柊の皮、宿り木の実、そして無花果の樹液。どれも魔法との親和性が高い素材を選んで作られた魔法薬は、凄まじい粘り気により一度付いたならば暴れ狂う牛でさえ身動き一つ取れぬ強さで相手を拘束する。しかも魔法によって唯一の弱点である〝水溶性〟という弱点を潰しているため、カーヤ嬢が魔力を込めた水以外では熔けないオマケ付きだ。
分厚いトリモチの層が動死体の前面を覆い、人型の管制部分の視界を潰し、同時に幾多もの射出口を塞ぐ。炎は何らかの化学現象を援用した術式によって発されていたのか、口を塞がれた瞬間に暴発して小さな爆発を起こしている。
しかも、トリモチを剥がそうとしたようだが、自らに突っ込んでいった三角錐が逆に取り込まれて動けなくなっているではないか。
いいぞ、思わぬ副次効果だ。
『さぁ、墜ちろ!! 這いつくばって、死んでいったノルトシュタットの民と兵士に詫びるがいい!!』
興奮からか些か上擦ってきたミカの罵声と同時、ビンと張っていた鎖が一気に収縮して動死体を地面に引き摺り落とした。生体部品が食い込んだ鎖に締め上げられて裂け、躯体が負荷に軋みを上げる。更には垂れ落ちたトリモチが地面へ触れて、巨体を身動きできぬよう磔にしていった。
それが、多くの命を踏みつけにしてきた代価だと言わんばかりに。
我々一党は直接的な魔導火力には欠けるものの、敵を一切行動させなくする勢いでのデバフ能力を持っている。
高火力で敵を一瞬で叩き潰す豪快さとは無縁だが、相手に〝何もさせない〟というのも戦術における最適解の一つ。攻撃を空ぶらせ、防御を無効化し、反撃の術を奪う。PLとしてはGMのぐぬぬ顔に「対策しないのが悪い」と笑い、GMの時は「ガンメタ張ってくるの狡くね?」と嘆きながらサイコロを振ったものだ。
移動不可、武器奪取に装甲点剥奪。人の嫌がることは率先してやりましょう、とはよく言ったものである。
敵が動けなくなったなら、後は我々前衛の仕事である。トリモチに巻き込まれぬよう、末端から少しずつ壊せそうな部分を片っ端から斬り付け続ける。巨体が確実に千切られていき、肉が削がれて覗いた構造物にも容赦なく刃を潜り込ませた。
『どうして、どうしてこうなる、なぜ、この傑作が、我が師の作品が、我が献身が、神よ今も眠っておられるのですか!?』
動死体から割れ響くような悲鳴が漏れ出し、三角錐の代わりにトリモチで覆われていない部分から多数の鋼の縄が飛び出した。やはり扱いきれていなかっただけで、近接攻撃武器が他にもあったのか。
これが全て十全に稼働していれば流石に危なかった。全ての火器を発射しながら、全力で飛び回るだけで人が死ぬのだ。如何に密集せず自由に陣形を変えられる我々とて、突進ばかり連打されては機動力の差で攻撃が届かず苦戦していたに違いない。
それに、中に入った魂も所詮は魔導師。技術官僚である彼等は、殺す手段を持っていても殺す思考に長けている訳ではない。異形の体に押し込められて精神は歪み、一人で管制するには複雑過ぎる構造に手を焼いていれば、どうあっても全力を発揮することは不可能であろう。
頑張ったで賞、ってところだな。先の喩えに準えるなら、一人でも辛うじて戦車を動かして見せたのだ。気合いだけは認めてやるべきか。
だが、そろそろ幕といこう。まだ始末するべき相手が残っている。
私は<見えざる手>の階段を構築し、悶える動死体の直上へ跳躍。機能中枢と思われる麗しい少女の上体を破壊するべく、〝渇望の剣〟を本来の姿に戻させて大上段に振りかぶった。
刹那、首筋を撫でる嫌な感覚。全身の皮膚が粟立ち、髄液が全て液体窒素に入れ替わったかのような冷たさが全身を駆け巡る。
本能と経験が全力で上げる警鐘。それより僅かに遅れ、動死体の中で巨大な魔力が渦を巻いているのが分かった。
膨大な術式が同時に編まれ、不格好に蠢いていた巨体が統制を取り戻して、今まで躯体に格納されていた鋭利な棘状の金属部品が幾本も隆起した。
それは、まるで少女型の管制機構の背後にて煌めく後光のよう。仏教の聖像を連想させる、しかし御仏の慈悲とは明らかに異なる悍ましさを湛えた像を起点に魔力が迸る。
そして、私の視界は極光に塗りつぶされた…………。
【Tips】一つの体に複数の神経塊を持つ生物は自然界にも多くいるが、幻想種においては高次脳が併存し多数の魂を宿すことで規格外の肉体を維持している種族も存在する。それは巨体を維持する魔法がなければ生きていけないため腹腔に補助脳を持つ巨人であったり、それぞれが魔法を操る三つの頭を持つ三頭猟犬の〝原種〟だったりなど、人々が知らぬだけで数多く存在している。
クライマックス、微妙に弱いボス、優勢、第二形態がないはずがなく……。
実際、第二形態というスキルが存在するシステムもあるため、慣れてくると「あ、これ第二形態あるな。加護とか神業温存しとこ」ってなることありますよね。
前話補足。凧形、だけで下方が長い歪な菱形という意味を持つので使っていましたが、わかりにくくて済みません。




