青年期 十八歳の晩春 七一
一日サボれば取り戻すのに三日かかる、というのはかなり言い過ぎているきらいがあるが、二日間動かないというのも体に悪い。
何より、新たに身に付けた能力を一切確認しないで実戦に挑むのは冒険主義が過ぎる。
私の権能は、強化した技能を極めて自然に扱わせてくれるものの、流石に操っている私の自我に最適な行動を叩き込んでくれはしないからな。動きの確認は必須なのだ。
喩えるなら格ゲーと一緒だ。愛用キャラにバフにせよナーフにせよ調整が入ったなら、ランク戦をやる前に動きがどう変わったか確かめなければならないだろう? 攻撃の出がほんの数フレーム変わるだけでキャラの使い心地は変わるのだから、実際に動いているとなれば尚更確認して認識上との誤差を潰さねばならん。
今までも自分を強化する度、こうやって動きをたしかめてから実戦に臨んでいた。大きな買い物をした今は、特に念入りにやっている。
「いつ見ても旦那の型は綺麗だな」
「正対すると斬撃の軌跡が見えねぇのが死ぬほどおっかねぇ。あれもあの剣に憑かれてるせいなんかね」
「馬鹿、訓練ん時は木剣だろうが。ありゃあ剣の刃を視界に垂直になるよう構えて、薄くて捉えられねぇよう工夫してっからだよ。純粋に旦那の技術だ」
ハイデ男爵からは、借り受けた家の近くであれば自由に使っていいとお許しを受けたため、剣友会一同で軽い運動をすることにした。新たに協力してくれるミカに我々の地力を見せると同時、動きを知れば彼も支援し易かろうと思ってのことである。
“送り狼”を抜いて仮想の敵に剣を放つことで暖気する。準備運動は大事だ。
あと、型と言った者がいるが、<戦場刀法>は他流派のように決まった型がある訳ではなく、単に“人を斬る”のに最適化した動きを繰り返しているため、それが型稽古っぽく見えているだけだ。
「いつ見ても美しい動きだ。帝都の頃より更に磨きがかかっているし」
我が友に褒めて貰えると少し自信が取り戻せるね。純粋な剣技で特別製と思しき動死体を殺しきれなかったのは、これでいて自負心を傷付けていたのだ。
しかし、我が友の目を楽しませられるくらい淀みなく動けているということで一安心だ。今回取得した<概念破断>は常時発動形の特性だから――無論、有効無効の切り替えは自在である――動きに明確な影響が出る懸念もあったし。
だが、この特性は<神域>に至った刃の冴えに練り上げられた体が合わさり、概念を斬る領域に至ったというフレーバーテキストが添えられていたとおり、正しく特性自体が動きに干渉するのではないようで一安心。
いや、実は<戦場刀法>が<神域>になった時、慣れるのに苦労したのだ。技の発生フレームが急に半分になったら、どれだけ使い込んだキャラでも困惑するだろう? それこそ、今までとコンボを繋げるタイミングも変わり、敵の攻撃を回避すべきか技を差し込むべきかの判断さえ違ってくるからな。
これが<神域>! と震えるより、半分も踏み込んでいないのに全速が出る新たなアクセルに慣れるのに必死であった。ほら、あれだよ、乗りこなせれば強いけど、ピーキー過ぎてテストパイロットすらお手上げになるじゃじゃ馬機を与えられたような感覚?
それを手前の体で味わうのだから、中々どうして厄介だ。違和感や痛み、予期せぬ高出力による事故などがないのは神が与えてくれた権能の凄さに感じ入るばかりだが、やはり自分の“努力”が最終的に求められるのだよなぁ。
「訓練の相手してくれてる時は、加減してるってのがよく分かるもんだな……」
「出足がまるでわかんねぇ。脇構えに取られると剣先さえ読めねぇから詰みだろ。あれ、毎度毎度思うんだけど、偶然以外でどうやって止めんだ? ディーの兄ぃ、どうやってんすか?」
「ジークフリートだデコ助。目線と足先から読めつっても急には無理だろうが……あ、そうだ。あいつの剣は滅茶苦茶正確だから、一か八か急所を守れば何割かで止まるぞ」
「殺し合いを想定した訓練で、んな博打したくねぇっす」
ジークフリートはそう言っているが、単に訓練の時は“致命の一撃を防ぐ”最低限の本能を会員の骨身に染み込ませるためにやっているだけなので、実戦なら急所以外も狙えるなら狙って戦力を削ぐがね。
首を切断できれば即死するので――平気な連中も間々いるが――楽で良いが、楽ばかりしていては戦いに勝つことはできぬ。急所の守りが厚ければ手足を狙うこともあるし、小さな傷でも沢山受ければ少しずつ動きが鈍るので一撃必殺に拘りもしない。
HPが0になるまで全ての性能が落ちない別世界の冒険者ではないので、確実に能力をそげればそれでいいのだ。小さな痛み、僅かな出血、戦力はちょっとした要素で下がっていく。
因みにジークフリートは、その辺の“カン”がいいのか、結構本気で掛かっても攻撃を防いでくるので、何かしらの直感を冴えさせる特性があると睨んでいる。悪運が幾度降りかかっても死なない彼の生存能力は、単なる運だけで片付けられるものではないからな。恐らく、体が命の危機に無条件で反射するよう成長しているのだろう。
きっと誰かのせいで酷い戦場にばかり最前線へ突っ込まされているからだ。可哀想だなぁ。
「おら、見てばっかいねぇでテメェらも構えろ。これで選抜すんだからな」
「うぇーす」
気の抜けた返事をして木剣を構え――これもハイデ男爵の配下に頼んで貸して貰った――乱取りを始める会員達。
鍛錬を始めたのは体を鈍らせず、私の調整をする目的もあったが、彼等は彼等で残り一人か二人の選抜に際して「剣友会なのだから剣にて語ろう」という結論に落ち着いたため表に出て来た。
そして、各々間合いを取って睨み合い、隙の読み合いが始まっていた。
それも直に終わるだろう。何時もダラダラ睨み合ってたら変な隠し球が跳んでくるかもしれないので、自分から隙を作りにかかれと教育しているからな。
誰かが何か投げるか、或いは……。
「オラァ!!」
背中越しに聞こえる砂をぶちまける音。誰かが下段の切り払いで地面を大きく払ったのだろう。
正々堂々は格好良いが最も重要なのは勝利することであり、敵も手段は選ばないことが多いため、我々の鍛錬は“怪我させない程度に加減する”ことを除けば本当に何でもありである。
砂で目潰し、大変結構。剣を投げつけて組み討ちを狙う、意表を突けてよろしい。一番ウデが立つのを優先して複数人でフクロにする、冒険者の基本戦術だ。
「うえぇ!? なん、なんで全員俺にぃ!?」
「テメェが暴れると全部無に帰すんだ! 文句言うなや!」
「旦那が何時も言ってんだよ! 潰す順は後衛! それからデカブツ!」
「苛めじゃねぇぞ! 可愛がりだオラァ!!」
どうやら全員でヨルゴスに掛かっているらしい。マルギット曰く、フラッハブルグ防衛戦で鬼神の如き働きをしたせいで、皆も彼への見方を変えたのだろう。巨鬼の大剣を担いでいる時は“幾らでもつけ込める”危なっかしさが強かったが、戦場で拾った特大両手剣に持ち替えてからは、荒削りさは残っていても頼りなさは何処にも見られない。
まぁ、そりゃ身長二m以上で体重が一〇〇kgを軽く超える怪物が一六〇cmもある剣をブンブン振り回してくるのだ。技量云々以前に存在そのものが脅威であるため、乱戦ならば横合いから突っ込まれる前に潰そうとするのは正答であろう。
私だってそうする。普段ならマルギットに狙撃してもらうか、カーヤ嬢に魔法薬でデバフをかけて貰ってから優先的にタコ殴りして真っ先に潰す対象だ。ミカが手助けしてくれるなら、泥濘で足を止めて射撃で滅多打ちにするのもいい。
全力攻撃が乗った薙ぎ払いで前衛が攻撃する前に半壊し、そこに後衛魔法使いからの火力が叩き着けられて壊滅しては目も当てられない。
敵より早く動いて大火力を叩き着け、厄介なのを先に潰すのが集団戦の鉄則である。先制が取れなかったら死人が出ると思え、という教えは練度が増せば増すほどに説得力が増していくものだ。
「クソがぁ! やったらぁ! 動死体に群がられるよりナンボかマシじゃあ!」
「おお! 凄いぞヨルゴス! 頑張れ!」
ミカの声援を受けつつヨルゴスが不利な状況に奮起して、近づかせないよう遮二無二に剣を振りたくり始めた。あれは怖い。敵を追い払うため最高効率で振り回しているだけなので、返って動きが読めなくて崩しづらい。足を止めず、ちゃんと包囲されないよう位置を変え続けているのは先の死地にて得た戦訓からか。やはり実戦は人を大きく成長させるなぁ。
さて、あっちにみんなの意識がいっているので、こっちはこっちで実験を終わらせてしまおう。
まずは毎度の如く、最早体の一部と同じようになってしまった<見えざる手>を練り上げて、そこら辺にあった石を持ち上げさせた。
そして、腕の振りだけで雑に不可視である力場の腕を切りつけてみた。大根さえ両断できるか怪しい、雑な振りでだ。
すると、石はその場に留まっており、力場が霧散することもない。
……ふむ、明らかにやる気のない斬撃。つまり、斬ろうとする“意志”の乗ってない斬撃にまでは乗らんということか。
次いで、きちんと構え、渾身の力で振り抜いてみた。
やはり変わらず石は宙に力場の腕によって保持されており、揺るぎさえしない。私の刃は虚空をかき混ぜただけに終わる。
今度は正しく斬りかかったが、魔力を“斬ろう”と思っては斬らなかったからだろう。任意で斬る物、斬らない物を選べると分かっていたが実証しておくのは大事だ。敵の動きを止めるために組み付かせた<見えざる手>を自分で斬って拘束が緩んだとあっては笑えんからな。
では、と構えを取り直し、再び渾身の横薙ぎの一閃。
いよいよ魔力斬りを意識して放った斬撃は、容易く、何の抵抗もさせずに<見えざる手>の術式を霧散させ、持ち上げていた石を地面に転がした。
「おお……」
思わず声が出る。手には物質的には存在しない“ナニカ”を両断した、得もいえぬ感覚が残っていた。軽い物、膨らませた皮袋でも斬ったような殆ど手応えのない感触。
<見えざる手>は安価に運用し、かつ打ち消されても何度も即座に再構築できる利便を狙って術式を編んでいるため、魔導師から見ればお粗末な構築をしているため軽い手応えしかなかったのだろう。
ごく当たり前に世界で形を結んでいる物体と同じく、魔法や奇跡も強固であればある程に硬くなると思えば当然か。剣術が行き着いた先に到達する“物理に依る不可思議の否定”たる<概念破断>とて、刃筋が立たねば切れないのは道理であろう。
さて、魔法は斬れた。きっと同じように奇跡も斬れるし、魂そのものも斬ることも能うであろう。
炎や流れる水といった形を結んでいない物すら斬れるやもしれん。その場合、斬られた対象がどうなるか要確認だな。
術式にしても自然現象にしても、立ち消えるだけなら構わないが、肝心の部分が消えないで制御を失い荒れ狂ったなんてことになれば笑えない。
どこまでやれますか? と聞けば答えてくれるGMがいないのだから、この辺りの確認作業は面倒臭くても自分で片付けなければならない。無精の代償が取り返しの付かない所で請求されないとは限らないのだから、潰せる不安点は全て潰しておこう。
目立ちそうな内容は、また何処か人目のない時間帯にやらないとな……。
「ぐぅおぉぉぉ!!」
剣を払って鞘に収めていると、乱取りの決着が付こうとしていた。
ヨルゴスが戦吠えを上げながら、逆手に握った木剣を地面に突き刺して左から襲いかかる斬撃を止め、上段に構えて斬りかかってくる会員の襟首を右手で掴み上げて動きを妨害。そこから、あろうことか捕まえた相手を投げ飛ばして二人を同時に無力化してみせた。
ああ、痛そう。鎧も着てないし、まだどっちも加減している上に受け身も取れているから怪我は軽かろうが、暫くはぶつかった所が痛むだろうな。
効率的でいい戦い方だ。剣も上手く使い、見せ札であると同時に必要とあれば切り捨てて肉弾戦に移れる果断さは、流石戦う為に産まれてきた種族の一員というべきか。そりゃあ種族的にみれば完全上位互換である雌性体の女戦士と並ぶのは大変だろうが、戦い方さえ分かれば彼だって十分に過剰な性能の持ち主ではあるのだ。
多対一の均衡が破れると、後はもう個体の暴力だ。命が掛かった実戦を経て開花した才能は見事に咲き誇り、技に優れる先輩達を合理的な“剛”によってねじ伏せていく。
柔よく剛を制すばかりが有名である中で、剛よく柔を断つの見本を見せてくれると中々に清々しいね。小兵である私にはできない豪快な戦い方は、清々しく、同時に羨ましくもある。
今回連れて行きたいのは、純粋に頑丈で戦闘力に優れた前衛だったから、これはもう決まったようなものだろうか。
剣友会の会員達は皆、鍛えた剣技に自負を抱くと同時、冒険者の界隈においては強さが正義の一つであると認めている。故に、嫉妬こそすれ、結果を見せれば一番の新人が大一番に抜擢されても問題は起こるまい。
多少荒れて、酒が増え、後に汚れた口元を拭って「野郎、いつか目にもの見せてやる」と立ち上がるのが彼等だ。
なにせ、少なくない会員が私を一対一で討ち果たすことを目標に掲げるような気合いが入った集団なのだ。これくらいで腐るようなヤツはいないと信じているとも。
よしよし、私も皆も納得できる面子になったな。
器用な魔法戦士、影さえ敵の視界に入れない斥候、状況把握に優れた剣士と支援・妨害に秀でた魔法使い二名。そこに生半可な矢玉であれば跳ね返すことのできる前衛が加われば、後衛の安全さが増して非常に優秀な一党となるだろう。
しかし、魔法使い込みで六人パーティーか。古巣だと五人卓が基本だったから、これだけの数となると嫌な予感がするなぁ。
冒険者の戦力は加算じゃなくて乗算されるものだからな。六人ともなれば、私がGMならば壊れにくい玩具がやって来るぞぉ、とばかりにデータに凝りまくる。
痩せても枯れても敵は魔導院教授。何をしてくるか分からん以上、気は抜けん。
決戦の時は近いな…………。
【Tips】破却された概念は、その場で意味を失い霧散する。望むならば、付帯される現象諸共に。




