青年期 十八歳の晩春 五八
闘争の予感に昂ぶって鼻息を荒げる馬に跨がり、得物を担げば自然と心が昂ぶる。
兜を被り、普段はあまりつけない帷子の面覆いで顔全体を護り、泪型の首甲も正しく締めて隙間を殺す。
具足は重いが安心感があっていい。空き所を狙う腕前の持ち主や必殺の火力を秘めた魔法の前では無意味であっても、下らない流れ弾や気合いの入らぬ一撃から命を守ってくれる。
何よりギリギリまで体の中に滾る闘志を留めてくれるような気がするのだ。
「旦那、どうぞ」
「応」
ガタイの問題もあって残ることとなったヨルゴス――軍馬に乗るのに耐えられても、重量差で速度が出ず置いて行かれる――から細長い騎兵槍を受け取った。騎士といえばコレ、という円錐形の突撃に向いた騎兵槍ではなく、歩卒が担ぐのと大差のない細身の槍だ。
比較的習熟に易く――簡単とはいっていない――接近戦になってもまだ扱いやすい槍は、辛うじて<戦場刀法>の適用範囲なのでありがたい。というより、重くて突き刺すことに特化した騎兵槍は、今となっては習熟難度と利便性の兼ね合いで馬上槍試合位でしか見かけなくなったのだが。実戦で使うのはよっぽどの酔狂者くらいだ。
握りをたしかめて小脇に挟み、馬首を巡らせ突撃に選ばれた騎兵の先頭へ向かう。
「どうかご存分に」
「ああ、お前も武運を」
巨鬼に見送られつつ合流したのは、剣友会の会員と“割とマシ”程度の力量をした徴収兵、そして僅かなボーベンハウゼン卿御配下の騎手によって構成された二〇名の騎兵隊。鎧も馬具もちぐはぐで、旗頭も持たぬ姿はいってはなんだが見窄らしくもあった。
ま、虎の子の一門衆や直参の家臣を軽々に使えぬ事情は分かるさ。むしろ、そういった換えの利かない駒の代わりに小銭で命を投げ出せる傭兵や我々冒険者がいるからな。
どちらかといえば、体面のためとはいえ数人でも配下を抽出して付けている分、ボーベンハウゼン卿は大分と人がよろしい方だ。
おや、よく見れば私のファンだと言っていた年若い従者の少年が混じっている。面傷を褒めてやったら面映ゆそうにしていた彼だ。
なるほど、野戦ではこれが初陣になるか。死傷率がまだ低い奇襲に参加させたのは、卿の優しさかね。
「さて、配下の諸氏及び寄せ集め諸君、腹は括ったか?」
「「「応!!」」」
私の問いかけに剣友会の仲間達が勢いよく槍を突き上げて答えた。
うんうん、剣友会心得その幾つか、お返事は元気よくを守っていて大変よろしい。楽しくかつ白熱的に、とは露骨すぎて言わなかったが、こういうノリも戦う前には大事なものだ。
脳内麻薬をガンガン出していかないと、いざという時にイモ引いて隙を晒すことになるからな。揃って叫ぶのは一体感を出せる上、お手軽に士気が上がる戦場で最も安価な興奮剤だ。
手慣れている愉快な仲間達から僅かに遅れ、戦場の経験があるらしい卿配下の騎手が応え、更に釣られて徴収兵も応えてくれた。
大変よろしい、元気で結構。
「さぁ、笑え諸君、ああ、あくまで静かにな?」
さっき付けたばかりだが、分かりやすいように帷子の面覆いを片側だけ外して晒し、笑顔の口元を見せつけてやる。
私を見本とばかりに朗らかに笑う者、上手く笑えずに顔を引き攣らせる者、中には今から殺し合いに行くのに笑ってなんぞいられるかと渋面を作る者もあった。惜しかりしは、その筆頭が他ならぬ我が戦友にして剣友会の副頭目ともいえるジークフリートということだが。
「恐怖を前に微笑める者程強い者はないぞ。笑って征こう。さすれば武にまつわる神々も大したものだと慈悲の一つも垂れて下さるやもしれん」
こうやって戦いの前にちょっとした演説を打つのも慣れて来た。格好良いことを格好良くいうのは大事だからな。こいつに付いていけば何とかなるんじゃなかろうか、という担保のない安心感を与えてやるのは詐欺ではなく戦術と呼ぶのだ。
それに今の一言は本当に気休めだ。家の口の武にまつわる神々はセメントの体育会系だから、俺なんぞに祈ってねぇで積み上げた自分の武を信じろという姿勢であらせられる。所謂、戦うまでの調子を整えてはやるが、後は運否天賦じゃなくて手前の剣で切り開けと仰せになられる厳しい方々だ。
どうしてこう、酒精神といい練武神といい家の神々は優しくないのだろう。
しかし、神々が地上に降臨することが久しくない大地で戦争をやらかそうとしているのだから、今更都合よくお縋りするものでもないか。神々だって都合の良い時だけ祈られたって反応に困ろう。受験期の学生じゃあるまいしな。
拍車でカストルの腹を打って発進を促し、槍を高く立てた。
「では、参ろうぞ。誉れある先陣だ。帰って語れば詩の一つ、ともすれば荘祭りの一つにでもなるやもしれんぞ」
私に続いて騎兵が二列縦隊を作って茂みの中から這い出した。並足で隊列を整え、時を待って速歩へ移る。目指すは小高い丘の上、暢気にぼんぼんやっている砲兵共。
しかし凄い砲煙と轟音だな。戦場の音に慣らされた軍用馬でもビクついており、これが戦場で主役を張るようになったら軍馬の育成は更なる難事となるだろう。元から音に敏感な生き物なので、あまり臆病では戦場でやっていけないからな。
追従する者達が火砲の勢いに中てられているのが気配で分かる。ああ、私だって怖いよ。やはり派手な砲火と砲声は直接人間を薙ぎ払わずとも士気を直接打ってくる。
あれが鳴れば誰か死ぬ、あの火を真正面から見たら死ぬ、初見の人間にもありありと示す火力の恐ろしさといったらない。たとえそれが単に鉄球を打ち出すだけの原始的な砲で、命中率など数打ちゃ当たるの賭け事みたいな物だとしてもだ。
恐怖が足を鈍らせる前に槍を倒して速度を上げた。先頭が行けば無意識に後ろも続き、遅れることへの恐怖が足を前に進めさせる。さぁ、後は勢いと間がどれだけいいかの問題だ。
砲兵の一人が此方に気付いた。ぽかんとした彼は、両手を挙げて此方に大きく振っている。
誰何しようとしているのだ。
それもそうだろう、この砲兵陣地までは何重もの警戒網が敷かれており、更には前が激戦地でもあるため常識で考えれば横から敵の騎兵が突っ込んでくる筈がないのだ。
更には非正規戦の様相も呈しているため、これだけの軍勢が集まっている割に旗印が殆ど見えない。これは敵に誰が攻めているかと悟らせたくないからだろうが、一番の理由は死霊術師によって統制される動死体の軍勢には目印となる旗竿など必要ないからだ。
衛星は疎か無線通信機さえ存在しないこの時代、軍団の機動の起点となるのは旗印だ。己が所属している中隊や連隊の旗を両隣の戦友からはぐれないよう追いかける。後は鳴り響く鼓笛の拍子に合わせて進む。
こればかりは魔導が発達しており、思念伝達や音声伝達術式が存在する世界でも変わらない。
かなり金に余裕のある国家――例えば帝国とか――ならば、本陣と高級指揮官を繋ぐ伝声の魔道具を配備することはできるものの、肝心の前線で動き回る兵士どころか彼等を飼い慣らす騎士に行き渡らせることさえ不可能だ。
非魔法使いでも使えるように落とし込んだ機材は背嚢より二回りは巨大で、しかも魔晶を適宜交換しながら使う必要があるのだから。ついでに言うまでもなく腰が抜ける程高価であるため数を用意することも難しい。
更には魔導妨害や偽の思念波を割り込ませられることを考えれば、偽るのが難しい旗印が主流のままであることも頷ける。
結局、どれだけ高性能で便利であろうが実用性のない器具は使われない。戦国の大名が見れば褌を噛んで悔しがりそうな長距離通信設備も、ライン三重帝国の貴族と軍人にとっては未だデカすぎる重しに過ぎなかった。
今回はそれが良い方に出たな。
斜めに立てていた槍を完全に水平に寝かせることが全力疾走の命令と取り決めていた。指示を見た後列が増速して私に並び、薄い横列を作り上げる。
慌てているようだがもう遅い。それとも何だろうか、彼等は我々が統率から外れた動死体か、戦場の混乱によって敵を見誤った味方にでも見えているのか。手を振った所で襲歩に移った騎兵はもう止まらんのだ。
<雷光反射>でもないのに世界が嫌にゆっくりしているように思えた。
襲い来る騎兵に戦慄いて目を見開く男の顔が見える。小さな矮人種で種族差によって年齢が分かりづらいが、私の目には子供のようにも映る。しかし、働いて分厚くなった火薬の煤で真っ黒の手は大人の物。
嫌に細かなことが気になったり、とりとめのない考えが止まらなかったりするのは、私も緊張しているからだろうか。やっぱり慣れても鎧は重いな。ちょっとお腹も空いた。それと背中が寂しい。
ああ、やっぱり成果が出る瞬間は最高だな。生きててよかった。
丘を登り切った一列の馬蹄があまりに脆い人の波を一息に打ち砕いた。槍が砲兵を打ち払い、馬蹄が体を踏みにじり瞬く間に砲陣地は蹂躙され尽くす。
神話の海を割る偉業もかくやに馬列は進み、打ち合わせ通り二組に分かれる。
「よし、急げ急げ! 時間との闘いだ!」
ボーベンハウゼン卿の一門が率いる五人程が馬から飛び降り、鞍に括り付けてあった手斧を取って砲に駆け寄る。おまけとばかりに死に損なっている砲兵を神の膝元に送ってやり、血濡れの斧で砲架をたたき壊しに掛かる。
「違う! そうじゃない愚か者! 斧で鉄が割れるか! 乗ってる台を狙え!」
ガンガンと遮二無二殴って壊すのに必要な時間は数分程だろうか。相当な重量物を抱えて運べるだけあって、砲架には頑丈な素材が使われているし、金属の補強も入っているからな。
砲は彼等に任せ、我々は馬首を巡らせながら乱れた横列を整える。
折角危険を冒して出張って来たのだから、砲兵陣地を小突くだけじゃ勿体なかろう?
「よし、今のでやられた雑魚はいないな!? 功名を重ねるは今なるぞ! 死んでる余裕が何処にある!」
声を張り上げて怒鳴れば、各々から元気な答えが帰ってきた。舐めんなだとか、あんな“発禁ワード”で満足できるかだとか元気があって大変よろしい。流石籠城戦に耐えた面々、ちょっと殺したり殺されかけたくらいでは怯みもせんか。
ならばよろしい、次だ次。
次なる目標、砲へ陣地よりも更に奥、規模の割に随分と小さな野営陣地の前に存在する立派な天幕へ向かってまっしぐらに丘を駆け下りた。丘の上、見渡しが良い所に布陣しなかったのは城壁からの反撃を嫌ったからだろう。
考えるまでもない、あれが本陣だ。旗頭こそないが、あれほど大きな天幕を立てる理由など二つしかない。一つは貴人が戦場でも贅沢に広々した私的な空間を持つためだが、これ程の前線に自分の野営を置く阿呆はいない。
間違いなく第二の理由、参謀や副官、高級指揮官を集めて軍議を開くための本陣だ。
天幕の側には馬が何頭も繋がれており、周囲に屯する護衛の数も馬鹿にしたものではない。奇襲を避けるべく偽の立派な天幕を置いて、コソコソ後方で指揮することも珍しくはないが……この余裕のかまし方を見るに、そんな無様な真似をしてまで勝ちを取りに行きはするまい。
偵察に出たマルギットが欠伸混じりに報告する程露骨な布陣。暢気に昼間っから煮炊きの煙を垂れ流すとか、勝利が見えているとはいえ舐めプにも程があろうよ。ここらでちょっと、余裕をこいていた分と一方的に戦って来た気持ちよさ分の駄賃を回収してやらねばなるまい。
横列を組んだ我々に敵は慌てながらも対応を始めていた。舐めきっていたとは言え、習性なのか張り付いていた護衛が声を上げて近くの野営地から人を集め始め、中には機械的に統一された動きで進発する一団もあったため動死体も護衛についていたようだ。
瞬く間に五〇を上回る敵が肉の壁となって天幕の前に立ちはだかった。具足を付けていない者も多ければ、手近な兵力が集まっただけで槍さえ持っていない者も多い。
さて、騎兵突撃とは華々しく凄まじい火力もあるため軍記物の見せ場として度々謳われるが、これが中々難しいものである。歩兵の密集陣形が一般化した今では真正面からぶつかれば損害を避けられず、散兵陣の弓兵とて接近を気取られれば弾幕で接近するまでに勢いを潰されて酷い目に遇う。
技術と戦術の発展により騎兵の役割は専ら機動戦となり、射撃戦によって怯んだ陣への突撃、ないしは陣形変更中の脆い敵を突くことや後背と側面からの奇襲へと移り変わる。十分に勢いが乗った突撃の破砕力は未だ脅威であるが、決して対応できない存在ではなくなって久しい。
なので我々だって馬鹿正直に真正面からぶつかったりはしないさ。何より、冒険者は馬にも乗れるが本職の騎兵として戦う訓練は積んでいないからな。
丘を下り勢いが付くにつれてみるみる敵が近づいてくる。焦っているが、数を頼みに寡兵の騎兵程度にビビってなるかと気合いが入っているのが分かった。丘から駆け下りる馬の圧力にも怯まぬ護衛達は、万一に備えて貼り付けられた古参兵の一団か。
あと少し、あと少しと間合いを読みつつ槍を握る手に力を込め……。
「今だ! 尻を振れ!!」
敵陣まで残り二〇歩と少しと言う所で槍を立てて合図を発し、急転換を命じた。
同時、槍を捨てた仲間達が馬首が巡ることで発生する運動エネルギーを利用しつつ用意していた“おみやげ”を放った。
弧を描いて飛んでいく鞄を尻目に我々は反転して横列から間合いを取る。一種の螺旋機動めいた動きであるが、我々が放つのは前世地球のように弩弓や火縄銃ではなく特別に用意した“鞄”だ。
敵は面食らったろう。さぁ華々しく突撃するぞ、とやる気満々で吶喊してきた騎兵が唐突に方向転換した上、攻撃するでもなく鞄を放り投げてケツをまくったのだから。
全く以て無意味な行動に見えたであろう。鞄は中身が入っているから正しく飛んで敵の護衛や天幕に当たりはしたが、それだけだ。こんな物で人が殺せれば苦労はないし、そもそも何のためにと少しの時を得れば笑い始めるだろう。
とはいえ、それが普通の鞄であったなら。
馬首を巡らせて走ること少し、十分安全な場所に到着したと判断した私は術式を起動した。
鞄の中に詰めた虎の子の“テルミット焼夷弾術式触媒”全てを。
後背にて光が爆ぜ、数十m離れて尚も耐えがたい熱波が背中を炙った…………。
【Tips】螺旋機動。騎兵の運用戦術の一つ。敵陣に突撃し衝撃力にて粉砕するのではなく、直前で転換し馬上弓や東方式弩弓で攻撃を加えた後に転換し、射撃を加え続けることで敵陣を損耗させる戦法。東方征伐に参加した帝国軍を多いに苦しめた荒漠海と中ツ原の弓騎兵の戦術をライン三重帝国風に再構成した物。
剣友会心得! ヒロイック&エキサイティング!
下巻作業のため更新ができず申し訳ありませんでした。
今回、構成作家さんから「分厚くない……? 本当に分冊した?」と呆れられるくらいの文章量になりましたよ。具体的に言うと厚さの記録更新です。




