少年期 一二歳の春
コスプレをする人を前世で尊敬していたが、よもや今世の体験で尊敬がより深まるとは思わなかった。
ほら、いらっしゃるじゃない、帷子まで編んで、フルプレートの鎧を仕立てる人。あの格好で夏の祭典に参加する根性を賞賛していたが……。
「う、動きづらっ!?」
一二歳の春、仕上がった鎧を着てみて、想像以上の苦行だったのだなと実感した。
「そりゃまぁな。鎧なんざそんなもんよ」
鎧を仕立てたスミス親方は、出来映えには納得しているのか四苦八苦している私を見て満足そうに笑っていた。
私としても、木型に着せられていた姿に文句の一つもない。革の鎧と言えば格好悪い印象があったのに、仕上がったそれは暗色に染められており、十分にヒロイックな見た目をしていて印象を完全に覆す仕上がりだったのだ。
独立し薄い金属を貼り付けた胸甲、帯状の硬革を筒型に成形して重ねた胴部は可動に易く、編んである部分を調整することで簡単に成長に合わせられる仕組みになっていた。肩口を袈裟懸けの斬撃から命を守る流線型のパッドが頼もしく、二の腕を守る腕鎧にも胴と同じ構造が採用されているのが嬉しい。
前腕を守る腕甲は外側に鋲が打たれて防御力を高めてあり、内側は短冊状の革を締め上げて固定する形なので、これも成長に合わせて調整が可能になっている。蝶番で止められてた手甲部分も、剣を握りやすくするために手の甲のみの覆いになっているのが有り難い。この構造なら、冷え込む冬場に厚手のグローブで手を保護することもできれば、金属の手甲だけを調達して付け替えることも可能なのだから。
腰を守るベルトにも規則的に据えられた鋲が煌めいており、刃を受け止めるのには不足はない。そして、腿や股間を守る垂れには帷子が縫い付けてあるため、下肢の守りも安心して預けることができる。
最後の砲弾型に成形された兜は視界を広く確保してあるが、鼻覆いのおかげで万一の守りがあるのも心強い。マスクのように薄く編んだ帷子で顔の下部が覆えるのも、破片などからの防御を考慮したよい工夫だ。一番嬉しいのは、背後からの攻撃から首を守る魚鱗形の垂れであろうか。前は涙型の首鎧を巻くことで攻撃を防げるが、背後を守る工夫だって重要なのだから。
これにすね当てを巻いて、鋲を打った革製の長靴を履けば、冒険者と名乗って何ら恥ずかしくない威容だ。本当に格好良く、暫く見惚れるような出来だったが……。
残念ながら、服のような着心地とはいかなかった。
当たり前である。然もなくば鎧を着て動く訓練なんてもの、軍隊には必要ないだろうから。
アームホールや関節の構造、隙間を守るために重ね着した帷子と鎧下、それらが相まって動きづらい。身動きが取れないというほどでもなければ、困難な動作があるというわけでもないが、兎角動きづらいのだ。
なんというか、動作がワンテンポ遅れるというか、違和感があるというか。何をするにも微妙にぎこちないのだ。できなくもないが、スムーズではない、この歯痒さをどう伝えればいいのやら。
「ま、慣れだな、慣れ。硬革の鎧は曲がらんから、軽い板金鎧みたいなもんよ。転んだりつっかえたりして、体で覚えてくもんさ」
元も子もないことを言い親方は笑った。そうですね、仰る通りです。
が、私は別の努力を必要な結果に転移させるという、大変狡い能力の持ち主だ。早速、権能の神通力に頼るとしよう。これを着て軽快に動けないなら、森林や遺跡に踏み込んで冒険家業なんてできようはずもない。
だから、私は<体術>カテゴリで予め目を付けていた<軽鎧体術>に熟練度を振り分けた。手始めに<基礎>まで取ってみると、コツが分かって気持ち悪さが減ってきた。もうちょっとと欲張って<熟練>まで伸ばしてみると、かなり改善されて形容し難い違和感が失せてくる。
なるほど、同じ動作にしても関節の可動範囲と鎧の干渉を意識すればいいのだな。意識して動くと、鎧を着た動作の最適化と熟練度稼ぎが同時に行われて良い感じだな。後で慣らすために森にも繰り出してみるか。
「おいおい……」
軽く飛んだり跳ねたりしてから構えを幾らか試し、無手のまま素振りをしているとスミス親方が驚いていた。うん、さっきまでの油が切れたロボットのようなぎこちなさから、普段通りの動きへ数秒で変わっていったら驚くわな。
「こいつぁ……すげぇな。おめぇ、実は武神の現し身だったりしねぇよな?」
「そんな大した生まれだったら、とっくに武芸大会なりなんなり荒らしに行ってますよ」
まぁ、私は普通の生活を心がけている節があるから違うが、前世で嗜んだ転生物だと二才頃から無茶苦茶する話もあったか。そんな大層な生まれだったら苦労も多そうだな。
産んでくれた両親のこともあるし、そこまで生き急ぐ必要もあるまいてと開き直り、私は鎧の仕上がりと動きに満足した。今度ランベルト氏に頼んで、着た状態で稽古を付けて貰うとしよう。熟練度稼ぎにも丁度良いし、受け身と合わせてどこまでダメージ軽減できるかの調査が必要だ。
私の視界にはヒットポイントゲージもなければ、ステータスにも記載はないからな。どれだけダメージを受ければ動きが鈍り、斃れるかは実地で掴むしかない。土壇場で肉体判定とか生死判定をためすのは、小心な私には恐ろしすぎた。
判定で思い出したが、鎧を着た時に結構なスキルがアンロックされた。
<剣士>カテゴリでは鎧を着たまま柔軟な斬撃を繰り出す体術、<騎士>カテゴリには<重装鎧体術>を初めとする高級な鎧の習熟などが詰まっており、<斥候>に目をやれば<静音加工>といった鎧の静粛性を高めるスキルが見つかる。
やはり鎧一つといっても、着込む職業によって色々あるな。今はこれで不自由していないが、その内に安価なスキルを組み合わせて強そうな構築を考えてみよう。
これを手に入れるのには苦労したのだ。長い付き合いで大切に使っていきたいしな。
「おし、じゃあ未来の冒険者に俺から一個プレゼントだ」
「え?」
一旦脱いで着脱にも慣れておかねばと思っていると、スミス親方は唐突に言い放ってカウンターに一つの箱を置いた。背負うための紐がついたそれは、鎧櫃、つまりは鎧専用の収納ケースだ。
「鎧櫃が必要だろ。ソレ着てずっと歩き回る訳にゃいかんからな」
「ええ!? いいんですか!?」
鎧櫃は簡素ながら構えはしっかりしており、一目で安物ではないと分かる。確かに長距離行軍では鎧は脱いでおくし、その内に用立てる必要がある物リストにピックアップはしていたが……。
「勿論プレゼントつったって、まったくの無料じゃねぇぞ。将来有名んなったら、精々俺ん名前を出してくれ。そうすりゃ、一門の名も高まるってもんさ」
職工の同業者組合には作風による門派があると仰っていたが、それは殆ど恥ずかしさを紛らわすための言い訳なのだろう。似合わないウインクをして、親方は鎧櫃を私に握らせた。
「さって、しまい方を指導してやっかね」
「……ありがとうございます」
ここで固辞するのは失礼にあたる。私は年長者の――だから実年齢は――好意に甘えさせてもらい、丁寧な指導を受けた…………。
【Tips】鎧はスタミナを大きく消耗させる。また、環境によっては鎧を着ていることが大きなデバフに繋がることもある。凍えるほどの寒さの中、プレートメイルは防御力以上に危険な凶器と化すだろう。
鎧が出来上がるのと時を同じくして、毎度の如く春祭りの時期がやってきた。魔法が使い物にならないと分かって早五年、未だ肌身離さず持ち歩いている指輪は仕事をしない。
「良い陽気ですわねぇ」
「そうだね」
流石に五年も経つと思うところがあるが、人間諦めと待ちが肝要といったところか。どうせ、春祭りの露店を眺め歩いた所で奇跡が起こるわけでもなし。
私はマルギットと連れ立って、毎度の如く春祭りにかこつけて露店を出している隊商を冷やかしに来た。去年の秋は、ここで色々とあったのをよく覚えている。
今更ながら、あの場にマルギットが居なくてよかったな。私のファーストキス云々の光景を見られていたら、きっと死ぬほどややこしいことになっていただろうから。
毎度の如く私にへばりついているマルギットと言葉を交わすと、不意に頭が弱い力でぺしぺしひっぱたかれた。
「むー……」
肩車されている我が家のお姫様がご機嫌斜めなのだ。
「あら、だめよエリザ。お兄様の頭を叩いたりしちゃ」
ご機嫌を傾けた元凶が、何事もないかのようにしたり顔で注意した。それにエリザは更に臍を曲げ、ぺちぺち叩く間隔が短くなっていくから始末が悪い。
今日は首ではなく胸に縋る形でマルギットがへばり付いているのは、私の首をエリザが占領しているからだ。元々、小遣いを持ってエリザを連れ出してやろうとした所、彼女が合流した形なので不満を覚えているらしい。最近どうにも我が家のお姫様は、独占欲が強いのだ。
それもこれも私が長期間家を空けることが増えたからだろう。狩りと野営に出たら二日三日戻らないことはままあるし、家に居る日でも出かける機会が増えたので相手をしてやれる時間が少なかったのだ。
だからこそ、エリザのべったり具合は七才になっても変わることはなかった。うん、シスコン兄貴としては嬉しいのだがね。
ぺちぺち可愛らしい手で叩かれながら出店を見回るも、これといって変わったものはない。異国の菓子を作って売る店や、仕入れた品を並べる店など陣容は違えどいつも通りだ。流石に毎日のように眺めている真珠のような品は買ってやれないが、小さなアクセサリか何かで機嫌を直してもらえればいいのだが。
「ほら、エリザ、アクセサリー屋さんだ。綺麗だねー。何か気に入ったのはあるかい?」
お手頃なアクセサリを並べている露店の前にしゃがみこんでみるも、一回怒ってしまわれたお姫様は中々気難しい。ぷいっとそっぽを向いて、見ようともしない。
「あ、これ素敵ね」
一方で蜘蛛の下肢を生やした方のお姫様はご機嫌だ。桜貝を加工したらしいシンプルな耳飾りを手に取ると、日に翳して輝かせている。
見た目は童女が綺麗なイヤリングに憧れているようだが、実際はもっと冷淡である。このめざとい狩人のことだ、どうせ傷でもないかとあら探しをして……。
「あら、店主様、ここがかけておりますわよ? それで一リブラは法外なのではなくって?」
「ええ……? いやぁ、別にこれくらいは……」
「耳飾りは髪に近い所にありますのよ? 触ってみてくださいまし。こんなひっかかりがあれば、乙女の命に絡みかねませんわ。よくて二五アスというところではなくって?」
ほら、始まった。狩人は毛皮という傷が入れば価値が大きく下がる品を扱うから、こういう<社交>カテゴリの<目利き>だの<値引き交渉>だのも得意なんだよな。自分が買い叩かれては溜まらないと勉強すると、それを逆用できるようになるのだからおっかない。
基本は値札通りの買い物をする人間だった私には、中々なじめない光景だ。とはいえ、この世界は一割二割ふっかけてくるのが基本なので、ぼちぼち<社交>カテゴリのそういったスキルにも手を出す時期だとは思うが。
結局、一リブラの値札がぶら下がった桜貝の耳飾りは、僅か四〇アスの支払いでマルギットの掌におさまることとなった。押しが強い荘の女衆相手に商売をするには、この露天商は些か善人過ぎたということだ。
彼女はご機嫌で戦利品をちゃらちゃらと弄んでいたが、ふと気付いたことが一つ。
マルギットはピアス穴を空けていないのだ。
ピアスの文化は帝国では種族によって異なるようで、ヒト種では一般的ではないが蜘蛛人の女性ではよく空けるようだ。また、入れ墨で身を飾ることもままあるそうな。
マルギットの御母堂は私に色々よくしてくれるのだが、娘と然程変わらないような外見の御仁が耳にジャラジャラピアスを開け、蜘蛛を意匠にした入れ墨で臍のあたりを飾っている姿は凄まじく倒錯的で、会う度に一瞬困惑する。
その内、マルギットも御母堂のようなファッションセンスになるのだろうか。いや、確かに前世では一つのマニアックなジャンルとして確立してはいたが、流石に幼なじみがそれをやってへばり付いてくる様を想像すると色々……色々……うん。
いや、いかん、しっかりしろ自分。だから、ほんとロリ属性はなかったはずだろうに。
「ねぇ、エーリヒ」
「んぁ? ああ、なんだい?」
雑念としかいえないアレな思考を追い払っていると、マルギットが私を見上げて挑発するような笑みを浮かべていることに気がついた。そして彼女は私の体を這い上がると、器用に耳へ唇を寄せて囁くのだ。
「私、自分でピアス穴を開けるのが怖いの……てつだって、くださらない?」
声が形を持って耳朶から入り込み、脳髄と魂を舐め上げていくような錯覚を覚えた。尾てい骨から頭頂までを貫通する、あの慣れてしまった感覚が走り抜ける。
ああ、もう、この幼なじみは本当に……。
私は暫く我が家のお姫様が頭を叩いているのも忘れて、幼なじみのお姫様をどうするべきかの思案に暮れた…………。
【Tips】蜘蛛人は体に形が残るスタイルのオシャレを好む。
マルギットの御母堂はマルギットのツインテールをポニテにし、目が少しおっとりして泣き黒子が色っぽいイメージ。尚、ヒト種の旦那は妻と反比例して老けており、痩せて見える理由は謎。
明日2019/2/3も12:00と19:00の二回更新といたします。