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※少年期 一二歳の初秋・二

 私はスミス親方の工房で鎧を注文した後、淡々と自宅の納屋で収穫の準備を進めていた。


 鎌や鍬などの農具を研いでおくのだ。保存用に塗った油を落として磨き上げ、丁寧に砥石で刃を削って立たせる。こうしておくことで、簡単に育てたライ麦やカラス麦を刈り入れることができる。


 農具が研ぎ上がり、刃が剣呑な光を帯びるにつれて鎧を注文した経緯が独りでに想起された。


 結局、あれから随分と悩んでみたものの、現実的に私が目指す先というのは明確になっていない。


 信仰にはやるせなさで手を出しづらく、魔法はフラグが立っていないせいで習得できておらず、慎重を期すなら独り立ちまでに習得フラグが立つという楽観はしない方が良いだろう。


 となると、今の手札で見える冒険者らしい仕事は剣士か斥候くらいのものだ。


 そして、その二つはこの世界だと同居させることは難しくない。


 TRPGの斥候は基本的に小柄で敏捷なキャラが向いており――それこそマルギットのような――紙装甲で低攻撃力(直接戦闘は諦めろ)という欠点を抱えている。


 しかしながら、私は人より熟練度を稼ぎ、更にシステム的に選べと言われていないため斥候と剣士としての技能を十分に同居させられる。


 その上で装備を軽装にしておけば、どちらでもやっていけるのだ。


 そういった諸般の事情を鑑みて、私が立てた第二の仮目標は魔法剣士か神官剣士にシフトする余地を残しつつ、剣士としての技能を磨くこととなった。


 だから態々時間を割いて木型を作り、鎧を買い求めたのである。


 装甲点(AP)を持っていない前衛なんて格好が付かないだろう? 平服(ぬののふく)棒きれ(ひのきのぼう)だけぶら下げて「剣士です」なんていって冒険の一党を立ち上げようとした所で、誰も加わってはくれないだろうし。


 これが一番現実的で潰しが利くと思ったから、私は将来を決める第一歩として鎧を求めた。剣や槍が扱えて困ることはなく、何処に行くにしても自衛の術があって困ることはない。


 そして、魔法を習得できるようになる幸運に恵まれる、あるいは私が信仰に対する踏ん切りが付いたら魔法剣士か神官戦士にシフトすればいいし、どっちも駄目なら剣を突き詰めて行けばいいのだ。幸い、私の戦場刀法は武器を選ばないで割と何でもなる流派だから十分に潰しも利く。


 ……結局今までとあまり変わっていない、日和った方針だが仕方ないじゃないか。


 だって、私も魔法使えるなら使ってみたいし。


 格好良く魔法をぶっ放しながら斬り込んで暴れ回り、戦闘以外の多方面でも活躍する魔法剣士に憧れない男がいるだろうか。いや、いまい。


 研ぎ上げた刃の美しさに、私は将来のビジョンを重ねて軽く笑った。顔を反射するくらい丁寧に研がれた剣、そんな男になれたら格好良いなと。


 さて、必要がある物は研ぎ終わった。次は大忙しになるだろう我が家の輓馬、ホルターの世話をしてやらねば。収穫期の輓馬はとにかく運ぶ物だらけで、私達と変わらないくらい忙しいのだから。


 納屋の道具を調えて、厩に向かっていると家から一つの気配が飛び出してくるのが<気配探知>に引っかかって分かった。そして、私の後に続くのも。


 後ろをちょこちょこ着いてくるものは全部可愛い。


 「あにさま、あにさま」


 それが妹であるなら尚更。


 「ああ、エリザ。どうしたんだい」


 五つ下の妹が腰のベルトにしがみついてきた。


 彼女はエリザ。病弱だったこともあって、六歳になってやっと外出が許されるようになった可愛い妹だ。そのせいで年の割に若干幼げであるが、年が兄妹で一番近いので私によく懐いており、家の中では母より私にくっついている事が多いくらいだ。


 まぁ、理由は分かる。しっかりと覚えもあった。


 母をそのまま小さくしたような愛らしい彼女は、去年まで本当によく風邪をひいていた。


 風邪と侮るなかれ。この世界には抗生物質なんてものはなく、医者や癒者(ヒーラー)――治癒の魔法や奇跡を使える者の総称――にかかるには大金が必要ということもあって、体力の乏しい子供では普通に死ぬこともある病だ。現実に荘では立つこともできぬままに死ぬ赤子は絶えず、年に何人か病弱な子が死んでもいるし、大人でも拗らせればあっさり逝ってしまうことは珍しくもない。


 ただ、我が家には私の内職という副収入がある。父が街に持っていったり、通りかかった隊商にぼちぼち売れるのだ。一度駄目になった車輪を一から作ってやった時は、結構な儲けになったのを覚えている。


 その金で父は街まで出て薬草士から高価な薬を仕入れ、妹を治療することができた。


 そして薬を飲ませる都度、苦い薬湯にむずかるエリザに「お兄ちゃんが頑張って用意したお薬だ。苦いけど我慢して飲みなさい」と言い聞かせていたこともあり、妹の中で私は相当頼れる人間だと思われているらしい。


 なればこそ、このカルガモの親子みたいな有様なのだ。


 実際の私は、大した人間ではないのだがね。そんな内心を隠しつつ、幼子の幻想を傷つけないよう優しい兄の笑顔を作って跪き、やさしく頭をなでてやった。


 「かかさまがね、はりしごとばっかりなの」


 そうやってむくれる妹を見ていると、可愛くて目尻が垂れ下がる思いだ。


 「そうだなぁ、もう直にハインツ兄様の結婚式だからね。お忙しくて仕方ないんだろ」


 長兄も今秋で一五歳、つまりは私が一二歳になるのと同じくして結婚できる年齢だ。既に二人の新居となる離れの小屋――小屋というには立派だが――も完成し、同じく婚姻する二組のカップルと共に晩秋の収穫祭で結婚式を挙げる予定になっている。


 この荘、というよりもライン三重帝国において結婚式のシーズンは秋だ。豊穣神は作物の実りや自然の循環だけを司る神格だけではなく、婚姻も司っているからである。


 作物が実るのも全部生殖が上手く行っているからであり、結果として人間も()()()()()()()は一緒だとして、各地の荘園では豊穣神の神格が最も強まる秋に婚姻を行うようになったそうな。


 そして、式は狭い村だけあって一大イベントだ。それなら何回もやるのは大変だし、荘全体で金を出し合う収穫祭を兼ねて一緒にやっちまえばリーズナブルじゃない、という実務的な理由もある。何より代官から婚姻の祝いが来るので――結婚税という、前世では正気を疑う税金もあるのでプラマイゼロだが――より盛大に祝えるとくれば何をか言わんや。


 そんなビッグイベントを控えた我が家は、最後の追い込みで大忙しなのだ。


 まず晴れ着。一番大変な花嫁衣装は向こうが用意するからいいが、こっちもこっちで礼装を仕立てねばならない。古いのを使い回すと家の“格”が荘の中で落ちるとかで、どこも長男の式となると必死だ。


 逆に次男のだと、古着の丈を合わせるだけとかの等閑なものも多いが。


 ついで、列席する我々の礼装も必要になる。新郎が着る立派なプールポワン調の礼服程でなくとも、新しい服にしたり刺繍を入れたりとオシャレは必要だ。これもまた、子供故に関わっていない荘園での政治に影響があるのだろう。


 子供として振る舞っていても分かるのだ。教会の礼拝で座る順番だとか、代官に挨拶に行く順番なんぞに露骨に現れるので。


 「けっこんしき?」


 「そう、結婚式。おめでたいことなんだよ」


 ま、小さな子供であり嫁に出される側のエリザだとか、将来的に家を出ることが確定している四男の私には関係のないことだが。


 「ご馳走が沢山でるんだ。エリザも収穫祭に参加した時、綺麗なお嫁さんを見たりしただろう?」


 「まっしろなふく?」


 「ああ、真っ白な服の花嫁さんだ」


 不思議とこの世界でもウエディングドレス、というより女性の礼装でバッスルスタイルからアールデコといった近世英国調が入り乱れている理由は謎だ。以前から疑っているとおり、私みたいな境遇のヤツがボチボチいたんじゃなかろうか。一四世紀から一九世紀のファッションが混在し、製紙法の存在など我が祖国の有り様を知れば知るほど、近代と中世のキメラ過ぎてそうとしか思えないようになってきた。


 「……じゃ、エリザもきる」


 「エリザもか?」


 「うん」


 小さな女の子がドレスに憧れるのも当然か。普段は質素を心がける荘園であっても、この時ばかりはみんな着飾るからな。ふわふわのフリルやレースは、さぞ乙女心を擽ることだろう。


 「そっかぁ。でもエリザは御相手がいないからなぁ」


 「じゃ、あにさま」


 「ん?」


 「エーリヒあにさまとけっこんしきする」


 可愛いことを言ってくれるものだ。私は前世では末っ子だったこともあり、兄としての喜びを知らなかったが……これは癖になるな。全国の兄貴が大抵は一時期シスコンを煩うのも理解できる気がした。


 「ははは、エリザが私のお嫁さんか」


 「うん」


 よくも分かっていなかろうに宣う妹を抱き上げ、広くなってきた肩に座らせてやった。晩夏とはいえまだ暑い。あまり陽の下に居ない方がいいだろう。


 「そうか。じゃあ綺麗な服を着せて貰わないとな」


 「ん」


 小さく頷く姿は実に愛らしい。男衆の針仕事は随分急いだ手付きでやっているのを見かけたし、母もきっとエリザの礼服には気合いを入れていることだろう。何より、使い終わったら古着として街に持っていけば金にもなるからな。


 きっと、花嫁に負けぬ素晴らしい晴れ姿になるだろう。


 兄馬鹿を炸裂させている自分をどこか冷静に俯瞰しつつ、これも一つの楽しみとしてみとめていいものかと小首を傾げる自分が存在していたが……これはこれで幸せなのでいいだろう…………。








【Tips】ライン三重帝国の基幹法に含まれる戸籍法において、ヒト種は近親婚――直系及び二親等以内――は禁止されている。












 あっと言う間に晩秋が訪れた。収穫期の忙しさには十年近く農民をやり、色々な農民系スキルに<熟練>以上の熟練度を割り振っても慣れないものだ。なにより、流石にルーチンとして体に染みついたと認識されたのか、熟練度の上がり幅が殆ど止まってしまったので、これ以上の投資は将来的にも効率的にも打ち止めといった所か。


 目が回るような忙しさを凌ぎ、今年も年貢をキチンと納められてよかったねという安堵と共に迎える収穫祭の喜びといえば例えようもない。既に薄れつつある前世の記憶で、大きな案件を片付けて昇進した時とどっちが上だろうか。


 とまれ、今日という日を迎えられたことをこの世界の神格に強く感謝せねば。前世と違い、見てるだけではなく強い信仰心があれば請願に答えたもう神々の勤勉さあってこその世界だ、祈りの一つも捧げておかねば不敬にあたろう。


 さて、今日は晴れの日と豊穣神へ感謝を捧げる祭りの日というだけあって良い天気だ。


 荘の集会場、顔役の家付近に設けられた広場が祭りの場であった。


 無数の机が並べられ、荘の女衆が腕を奮った料理の数々が湯気を立てて勢揃いだ。今日この日だけは神々のご加護(えこひいき)でできたて料理が冷めず、井戸で冷やした酒が温まないというのだから有り難い話である。きっと豊穣神も感謝されて悪い気はしないからこそ、これだけ奇跡を大盤振る舞いしてくれるのだろう。


 荘内では既に男女共に色めき立っていた。結婚式の晴れ姿を心待ちにしたり、ご馳走に心躍らせたり、隊商が祭りの時期を見越して露店を出していたりするから……ではない。


 単純にここも出会いの場だからだ。


 楽器ができる勢が集まり、荘のそこら中で弾きまくるから荘園の誰もが踊り倒す。娯楽の少ない時代、音楽と踊りが最上の娯楽になるのだ。


 そして、踊ってテンションが上がって来て、日が沈めば……あとは分かるな?


 品種改良が進んでおらず、麦穂の背がまだまだ高い今、こういった祭りで御相手を見つけて“仲良く”してしまうことはよくある。そのまま正式なカップルが産まれることはままあるし、家を継げない男と女がひっそり付き合い続けることもある。ライ麦畑で出会ったら、という民謡はここからきているそうな。


 つまりは、それを楽しみにしてる年頃勢が多いのだ。


 うん、家の次男と三男の話だ。準備の手伝いもほっぽって何処行きやがった。


 半ギレで準備のために持ち込まれた料理を並べているが、本来なら他にももっと面子がいるはずだった。しかし、成人が近くとも遊びたい盛りの子供が真面目に仕事をしないのはよくあることで、結局私を含めた数人が学園祭目前で損する真面目君みたいな様を晒しているのだから、世界というのは変わっても人間の本質とやらは変わらないらしい。


 大量のほかほか料理を運んで浮かんだ汗を拭って、下生えが枯れてきたせいで金色の絨毯が敷き詰められたような広場を見回した。皆忙しそうに汗を流しているが、その顔は実に幸せそうだ。労働は辛い物だが、楽しい事のために苦労していると思えば辛さも紛れるものだ。


 懐かしい感覚が沸き上がってきた。大学生の頃、TRPGをやる部室を維持するためにバイトをし、少人数故に高価だった部費を捻出する労働は辛くもあった。だが、苦労して転がす賽子は例えようもない楽しさがあったものだ。そして、そうやって苦労したからこそ、下手な教科書より高価なルルブも深く読み込めたのだろう。


 まぁ、その反動でシステムとしてロールでわちゃわちゃすることを重視したシステムに馴染めなかったこともあるが、そこは自分の“業”として受け止めるべきなのだろうか。


 また皆でテーブルを囲って賽子を転がしたいものだと強く思う。ああ、クソGMと罵られようと、ナチュラル二〇や六ゾロの暴力で殴るのも、それはそれで楽しかったからなぁ……。


 大きな歓声が何処からか聞こえてきた。そっちを見やれば、小さな子供の群れ……失礼、マルギットの血族が大きな荷車を牽いている所だった。数人の狩人達が引っ張る荷車には、体長二m弱の巨大な猪が皮を剥いだ状態で横たえられていた。


 そういえば、ご馳走用意するから楽しみにしててねと言っていたが、アレの事だったのか。


 あの小さな身体の狩人達が、一体どうやってアレを仕留めたのか実に気になるな。巨大な猪は5.56mmの小銃弾のヘッドショットでも死なないことがあると聞いたことがあるのだが。祝い事で出してくるなら毒を使った訳でもなかろうし……。


 「なぁ、聞いたか? 代官様が祝いで花火上げてくれんだってさ」


 「本当か? ってこたぁ、魔術師を招聘なさったのか。すげぇな」


 巨大な猪と比べたら豆粒のように錯覚する蜘蛛人達を眺めていると、別のテーブルの準備を進める若衆の雑談が聞こえてきた。ちょっと最近、<聞き耳>とか<気配探知>に振りすぎて過敏になっているような気がする。


 花火か。いいな、豪勢で。夜の花火も良いが、景気づけに上げられる昼の花火もいいものだ。


 何より、あの老翁を思い出す。首にぶら下げた指輪を思うと、このアイテムがいつ頃キーアイテムに化けるのか楽しみで仕方がなかった。


 近づく祭りの気配に浸りつつ、私は高くなった秋空を眺めて祭りの気配に胸を高鳴らせた…………。








【Tips】催事に神の加護はつきもので、特に自分を讃える祝祭に神は大変な便宜を図る。中には化身を降ろして楽しむ者もいるくらいに。 


可愛い妹設定絵

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 色々と面白い文脈で記載されているのに、「ともあれ」で音変化した「とまれ」を使用しているのに違和感を感じる。 とまれは比較的近年に聞かれるようになった音変化だからかな?
[気になる点] とまれ、今日という日を迎えられたことをこの世界の神格に強く感謝せねば。前世と違い、見てるだけではなく強い信仰心があれば請願に答えたもう神々の勤勉さあってこその世界だ、祈りの一つも捧げて…
[一言] そのうち主人公は将来的にTRPGを普及させたりするんだろうか(´ω`)能力的には漫画も作れそうですが
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