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少年期 一二歳の初秋

 人から褒められて調子に乗ったことがない人間だけが私に石を投げよ。


 「みごとなもんだなぁ、オイ」


 「そうですか?」


 村唯一の鍛冶場の主人、時折ドワーフと呼びそうになる坑道種のスミス親方から賞賛を受け、私は面映ゆくなって頬を掻いた。


 「つっても、この短期間で一揃い仕上げてくるたぁな……」


 そういって感嘆する親方の眼前、木製のカウンターには私が作った木型がずらりと並んでいた。盤上遊戯に用いる多彩な駒が二五種のそろい踏みだ。


 これはライン三重帝国とその周辺諸国で人気の“兵演棋”と呼ばれるボードゲームの駒で、一二×一二マスの盤上で皇帝と皇太子を取り合う将棋の係累だ。


 駒ごとに固有の挙動とルールがある所は本将棋と同じだが、最大の特徴は二五種の駒から皇帝と皇太子だけが固定で選出され、自由に二十八個の駒を選び三〇個の駒を手前四段の自陣へ自由に配置して戦うことだろう。


 カードゲームじみた様相を呈するこの遊戯は、戦術が複雑に絡み合って実に奥深いため人気が高い。複雑なように見えて駒の動きと、幾つかの特殊ルールを書いたサマリーだけあれば何とか遊べるので、比較的識字率が高いライン帝国と衛星諸国家においてはメジャーな競技でもあった。


 一個から十二個の間で選べる駒を自由に並べて――当然、一個しかおけない飛車じみた強駒から、十二個おける歩のような駒の格差で調整される――軍を構築し陣形を組めるため“これが最強(これってこわれてる)”という最適解が存在しないこともあり、のめり込んで数世紀になる長命種もいると聞いたことがある。それくらい、この辺では人気のゲームなのだ。


 また、その人気に正比例して駒の需要も高いゲームであった。


 何せ一陣営二十五種百四十個の駒を作る必要があるため、兎角数を作らねばならない。


 略号だけ書いた板を使った安物なら安価に手に入るが、貴族向けの役職に見合った外観の立体駒は一揃いで所領一つに値する価値の代物も存在するそうな。


 私が内職で十二歳の一夏に仕上げたのは、そんな駒の鋳造用木型一式であった。


 「見事っちゃ見事だが、一夏でこれを仕上げるか……」


 私の腰元までしか上背のない短躯のスミス氏は、しげしげと皇帝の駒を取り上げて唸りを上げた。旗を掲げつつ堂々と立つ壮年男性の姿は、一二〇年以上前に数カ国の連合軍がしかけてきた侵略戦争を若き太子と連携して撃退したことで今なお人気を誇る皇帝をモチーフとしている。


 風に靡く様を表現した旗を眺めながら、空いた手で坑道種が誇りとする豊かな髭を撫でているので本当に感心してくれているのだろう。


 「それは自信作なんですよ。聖堂で見た黒旗帝の肖像をモチーフにしてるんです」


 「まぁ、人気の皇帝だからなぁ。確かに黒旗帝と銀太子の親子の皇帝と皇太子駒は売れそうだ」


 所領一つといかなくとも、できの良い駒は結構な値段で取引されるのだ。揃いでも良いし、気に入った作風の駒をバラで買っていく客も多いから。だからこそ、各国の人気がある王家や皇帝家をモチーフにした駒は特に需要が高い。そう教えて貰ったから、一番気合いを入れて作ったのだ。


 大駒は人差し指ほどの背の高さで、小駒は小指程度に成形してある。集会場においてある盤の升に台座込みで収まる大きさに収めつつ、格好良いポーズを取らせるのには苦労した。


 「で、どうです親方、これで……」


 「そうさな……ま、ええだろ」


 全部の駒を見定めるのを待って声をかけると、スミス親方は納得したのか頷いて腕組みをし……。


 「鎧一式、仕立ててやらぁ」


 「ありがとうございます!!」


 鷹揚に頷いて報酬を確約してくれた。


 「本当に作ってくるた思ってなかったし、作ったとしても半年はかかると思ってたが、まぁお前さんはよくやったよ」


 「いやぁ……」


 自分の仕事が認められるのはうれしいものだ。それで依頼の報酬として受け容れてもらい、欲しいものが手に入るとなれば一入である。


 「よっしゃ、じゃあ採寸すっか。おめぇらヒトは、まだ伸びんだっけか……調整できるよう仕立ててやらぁ」


 カウンターの椅子から飛び降り、気合いを入れるために肩を回す親方の後を追って工房に入りながら、私は一ヶ月の努力が報われた喜びに打ち震える。


 全ては、今年の夏、一二歳を目前に思い立って始めたことだった。


 金が要るのだ。


 冒険者といえば装備一式と武器が必要だ。しかし、残念ながらこの世界の武器や防具は目玉が飛び出るほどお高い。どれくらい高いかと言えば、基本的な鎧下と帷子、そして硬革鎧の一式だけでも我が家が一月食っていけるだけである。


 それもそうだろう。大量の硬革や金属鋲だの金属板が必要になるのだから、原料の時点で安い訳がない。私はTRPGのシステムで動いていても、経済までがTRPGのシステムで動いていないから物価が違うのだ。それこそ宿屋数泊分の金で鎧だの剣が買えるほど、この世界は冒険者にお優しくないのである。


 懐かしい冒険の世界では、冒険に出るという前提でシステムが組まれているので安い武器は子供の小遣いでも買えるような設定であるが、残念なことにこの地では銅の剣でも一財産。


 言うまでもなく四男の私がねだれるような代物ではない。何より、つい先般に兄夫婦の離れを建ててしまったので、我が家は緊縮財政に突入中だ。来年には正式にお嫁さんを我が家に迎え入れることもあり、結納金と結婚式の宴会費用を考えると……如何に可愛がって貰っていようが、斯様な贅沢の通る余地はなかった。


 なれば自弁するしか術はない。


 流石に私はどっかのハンターみたいに戦車、もとい武器を求めて手ぶらで遺跡に潜るほど阿呆ではないし、原料も金がかかって仕方ないから短絡的に鍛冶技能を習得したりもしなかった。


 私には内職があるのだ。将来的に家を出やすくするためという名目――あるいは自分への言い訳――で木工作業を繰り返し、結果的に<円熟>まで高まった<木工彫刻>スキルと、駒を作るための造詣を伸ばす<熟練>の<絵心>があれば金を稼ぐことくらいちょろいもの。


 さて、自分への言い訳はさておいて、見本として彫った歩卒の木型を持ち込んでみたところ、スミス親方は出来映えに感嘆し、兵演棋の駒を作る木型一式で鎧一式を用意してくれると提案してくれた。


 買い取って貰い、その金で工面しようとしていた私には望外の提案であった。一も二もなく飛びついたとも。


 そりゃあ駒二十五種の図案を考えて彫り上げるのは骨だったが、自分の鎧が手に入るとくれば気合いも入ろう。普段の内職を控えめにし、空いた時間をブチ込むのに迷いはなかった。流石に構え構えとうるさいマルギットを背中に貼り付けながらの作業は肩が凝ったが、後でマッサージ――卑猥はない、イイネ?――してくれたのでそこは良しとするが。


 自分の鎧というファンタジー好きであれば確実に興奮する要素への情熱と、少なくともあと二年ちょいで家を出る時期が来るという現実的な焦燥に駆られ、かつてないほどの素早さで駒達は完成した。


 そして、念願叶って採寸して貰っていると言うわけだ。


 「ふむ、お前さんアレだな、タッパは伸びそうだな」


 採寸のためにメジャーで体の各所を測ってくれている親方が、肩を軽く掴みながらそういった。確かにステータスの潜在値は結構振ったので、百八〇cmくらいにはなると思うのだが。


 「分かるんですか?」


 「これでも若い頃ぁインネンシュタットの工房で荒くれの冒険者や傭兵相手に仕事してたもんよ。素人ん内からベテランになるまでガキ共を何人も見送ってりゃ、触るだけで分かるようになるもんさね」


 肩幅の広さや腕の長さを測りながら、親方はメモを取りつつ感心したように頷く。たしかインネンシュタットというのは、荘の西方に位置する川沿いの大都市だ。数万人が暮らしており、父が金納分の年貢を工面するために作物を卸す都市だったと記憶している。兄は仕事を覚えるために何度か隊商に相乗りして行ったことがあるのだが、残念ながら私は行ったことがなかった。


 しかし、そんな大都市の工房で働いていたなら、何だってこんな所に流れてきたのだろうか。


 「きちんと鍛えた剣士の肉だな……ただ、ちと背と胸に偏りがあんな。これは……短弓か何かか?」


 「おお、ご明察です」


 触れただけで分かるとは、本当に凄い人だ。


 実は剣術と並行してマルギットに短弓の扱いを教えてもらっているのだ。


 なにせ私は魔法使いの老翁から指輪を貰うという素晴らしいイベントを経験したのに、いまだ次のイベントに発展していないせいで遠距離攻撃のオプションを持たないのだ。


 だが、それでは何かと不便だと考えていた時、幼なじみが猟師だということを思い出した。家業故に教えてもらえないかなと思ったが、杞憂だったのか二つ返事で了承を得られ、空いた時間に簡単に稽古をつけてくれている。


 おかげで弓術に関する各種スキルや、オマケで猟師としての森や山岳でのスニーキング・ストーキング関係スキルまでアンロックされた。方々を駆け回る冒険者になるなら、持っていて絶対損はしないスキルだ。


 うん、損はしない、損はしないから。別に減った熟練度から目を背けてはいないとも。練習で稼いで結構取り戻せてるから。うん。


 「そうか、弓か……だが、俺ぁ弓は専門外だから、悪いが何か持ってきても仕立ててはやれんぞ」


 「そうなんですか?」


 「俺も一応は親方として板金以外の鎧、剣に槍の穂先の鍛造は赦されてるが、弓矢は領分の外だ。鍛冶屋だからっつって何でも作っていい訳じゃねぇのさ」


 私のイメージの中では、村の鍛冶屋は武器から鎧に飛び道具まで全部作るオールラウンダーなのだが、どうやらこの世界では違うらしい。採寸がてらの雑談で聞いた所によると、スミス親方はインネンシュタットの同業者組合――いわゆるギルド――に所属していて、そこから免状を得て正式に鍛冶屋として開業しているそうだ。


 国策で精錬法や鋳造法の国外流出を防ぐため、全ての鍛冶工房は同業者組合の登録が必要で、鍛冶屋も許可登録制。その上で何を作っていいかまで決まっているのは堅苦しく思えど、情報が流出したら軍事力の低下に繋がるのでやむないのかもしれない。


 つまり鍛冶屋は国家資格なのか……。村で釘だの桶や樽の箍を作っている人は、よくよく考えたら凄い立場にあるのだなぁ。


 私、スミス氏を結構長い間、釘と包丁職人と思っていたのだ。ランベルト氏に教えて貰わなかったら、きっと鎧だのを入手する伝手で悶々としていたことだろう。


 「じゃあ、剣は……」


 「自警団がぶら下げてんのは、全部俺が打ったモンだぜ」


 欲しけりゃもう一揃い用意しな、と言われて軽く驚いた。


 だが、戦場での実用に耐えうる武器は、治安維持のために“最低公定価格”が領主によって決められていて、領主の依頼以外で新造し、卸す時はとんでもない高額にせざるを得ないそうなのだ。


 それもそうか。そこら辺で気軽に武器が買えたなら、それで盗賊団結成の下準備とかされかねないし、治安を思えば当然とも言える。やはり、ファンタジーっぽい世界とはいえ、全てが憧れのまんまではないのだなぁ……。


 しかも、剣一本一本にシリアルを刻印し、証明書まで交付すると聞いて猟銃か何か? と困惑させられた。すると、人間一人殺せる代物なんだから、そりゃ慎重に扱うに決まってんだろ、と現代人的な私の感性でも至極当然のお叱りをいただいてしまった。


 「ま、ここまで厳重にやんのはこの辺だけらしいがな」


 採寸を終えた親方はメモを畳むと、設計用に使っているらしい背の低い机に座って薄い繊維製の紙を取り出した。さも当然の様に製紙技術が確立していることには、もう慣れてきた。とはいえ、目も粗く質も良くない紙しか作れていないらしく、長期保存が前提の本は羊皮紙が主流であるが。


 「そうさな、今ん所、結構釘だのなんだのの注文が来てっから……」


 指折り数えてスケジュールの計算をするスミス氏。そういや、一個はお前さんの兄貴ん離れだったかと呟いた。


 「まぁ春には仕上がるか」


 大体半年。フルオーダーするなら妥当なのだろうか。前世ではスーツをちょくちょくオーダーしてはいたが、鎧なんて初めてなので――逆にあったら何者だという話だ――相場が分からん。そもそも、作った兵演棋の価格が妥当かも微妙だからな。


 ま、小さな荘の内輪だ、阿漕なレートではあるまいて。坑道種、TRPGで言えばドワーフじみた彼等は平均で三〇〇年ほど生きると言うし、それに見合った長さをここで生きるなら処世にも気を遣おう。私は何も疑問を差し挟むことなく、お願いしますと頭を下げた…………。








【Tips】坑道種。ヒトの半分に満たない矮躯が特徴。金属の骨格を有し、赤く滾る血液が体を巡る人類種。鉱脈を持つ山に端を発する種族であり、膂力に優れ高温への耐性と暗視などの特性を持つ。男性は筋骨逞しい体躯と豊かな髭が、女性は童女のような顔付きと豊かな肉付きで他の種族と見分けやすい。

一二歳になったので少年期へと移行。ぼちぼち冒険に出る準備を整えていきます。武器防具の価格設定は、ゲームだと不便すぎるからとカットされる不必要なリアルさの部分ですが、小説なので思いっ切り書いていこうと思っています。


兵演棋の設定は、まぁ後に色々使おうと思っているので、無駄に長くても多少はね?

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― 新着の感想 ―
時々小ネタとして入ってくる、メタルマックス ドラゴンの退治系ばっかしてた小学生には衝撃的な面白さでした!
[気になる点] ヒトの半分に満たない、は解るけど、12歳の子どもの半分以下なの? 腰元までだと多少背が高くても70㎝くらいになりそうだけど。 武器、というか刃物なんて消耗品だよね? それに対してシリ…
[一言] 石
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