Page 03:クジ引く己の馬鹿二つ
その日の帰り際。
駅前に新しいロトクジ専売店が出来たとかで、俺は正則に誘いを受けていた。
「試しに一枚だけスクラッチ買ってみようぜ。その場で結果がわかるからさ」
たった今気づいたことだが、コイツは話すネタによってだいぶテンションが違う。客観性を持てよ、そして今のbecauseの使い方は間違ってると思うぞ。
「分かった。一枚だけな」
まあやることも特には無かったし、そもそも人物柄賭け、悪く言えば賭博なんてやったことがなかったので、そういうのに付き合ってやるのも良いかなぁと思い、行ってみることにした。
高校からしばらく歩くと見える最寄りのJR奥多摩駅。通勤・通学ラッシュの時間帯だというのに、東京都内と思えないくらいに人気に乏しい。
その奥多摩駅入り口横に、ポツンと、問題の(?)専売店は建っていた。
「すいません、これ、二枚」
正則が指をさしてご丁寧に俺の分まで買ってくれたのは、縦横それぞれに三つ、計九つの銀フィルムが貼られている、まぁ最もありがちなスクラッチだった。
正則からそのうちの一つを受け取り、財布から十円玉を取り出して早速適当に三つ剥がそうと思ったとき、
「ちょっと待て、俺らまだ未成年だから本当はこういうことしちゃダメなんだよな」
勝手に他人の分まで買っといて、いまさら何を言うか。
「いやな、もし一億とか当たっちゃったりしたら銀行換金だからちょっとマズいことになるじゃん。だからというか、期待の意味も込めて、家に帰ってから個々にやらないか?」
コイツに関してたった今もう一個気づいた。
脳みそ、お花畑、確定。
「はいはい、分かった分かった。分かったから、俺がその幻想、もとい妄想を今すぐにでもぶち壊してやんよ」
受け答えするのも面倒になって俺はそう答え、駅の改札口へ踵を返した。
電車で自宅のある白丸駅に着くまで、何とはなしにクジ裏の説明を読んでいた。
要約すると、三つのフィルムを削って出てきたマークの種類と組み合わせによって貰える額が決まると、こういうことだ。
絶対的な考えでいくと最高が星で次がダイヤ、その次がハートで最後が丸だ。組み合わせなら無論星三つが一等の一億――携帯で調べたところのキャリーオーバーでプラス二億六〇〇〇万、計三億六〇〇〇万、だって。こんなん当てたら涙がちょちょぎれらぁ。
つーか、そもそもキャリーオーバーで元値の2・5倍って、どんだけ買う人少ないんだよっていう話だよ。
「じゃ、また明日な。我ら二人に、天下無敵の幸運を」
駅に到着すると正則は俺に妙にキザっぽいことを言って帰っていきやがった。しかも軽くウインクなんか付けやがって。あきれた。ムカツクを通り越してもはや気持ち悪い。
もしかして、そのケがあったりするんじゃなかろうか。そう考えながらも俺は手に握った紙切れ一枚に、正則ほどではないが少しの期待を寄せていた。
こんなのが全然当たらないのなんて百も承知だ。
でも、中学の頃数学の先生もよく言っていたが、クジは確率を狙うんじゃないんだ。美化された言葉を使えば「夢を買う」んだ。何ともドラマティックだろう?
そんなことを考えながら、いつもは長く感じられる駅から自宅への道も、今日は何だかあっという間のように思えた。
家に帰って、正則はすぐさまその辺に転がっていたコインでスクラッチをしてみた。
彼の部屋はお世辞にもきれいとは言いがたく、何とも形容しがたいゴミにまみれて残念な空間と化していた。
だが正則はそんなのお構いなしに、勉強机にぶちまけられたプリントを一掃(といってもただ床に放り投げるだけ)して早速最初の――ビンゴ理論で真ん中に決めた――フィルムをゆっくりコインのフチで擦ってみた。
恐る恐るそこを覗くと……黒塗りのダイヤが見えた。
「うむ、出だしにしては上々、と」
正則は一人緊張した面持ちで呟く。冷静に考えれば買ったのはたった一枚、何をそんなに気を入れることがあろうかと言うところだが、今の彼にはそんなことを考える余裕など無論ありはしなかった。変なところにプライドを感じる男なのだ、正則というヤツは。
続いて二つ目に移る。色々考えたあげく、右上にすることにした。
「やっぱりな……」
同じ頃。
光彦はひどく落胆していた。
「まぁ、大体分かってたことなんだけど……こうもあっさりだとちょっと敗北感が否めない…………」
結局、五等の300円すら当たらず、購入したたった一枚のスクラッチは山積みにされた白紙のプリントと同じゴミと化した。
「正則は当たったんかなぁ」
ていうか、あれだけはしゃいでたのに一銭も当たってなかったら可愛そうだなぁ。と思いながらも俺はひそかに自分と同じ境遇を彼に願っていた。
翌日。
「あーあぁ」
これは正則の第一声。
「やっぱりな」
そしてこれは俺のだ。
「おいお前、何嬉しがってんだよ」
至極ふてくされた顔をしている。これが女子だったらみてくれも何とやらだが、如何せんこいつは男だ。ウザいよ、何か。
「ちょ、お前もしかして当たったのか? どれぐらい当たったんだ? なに50万だとおぉぉぉ!」
あらぬ妄想を膨らませてやがる。まだ何も言ってねっつの。
「一銭も当たっちゃいねえよ。つか何で50万も当たるんだよ。お前馬鹿か? 以前にカバだな」
昨日コイツに言われたことをそっくりそのまま返してやった。正則はしてやられたような顔をする。う~ん、快感。
「よし、帰りに一口買って帰ろう」
「断る」
「?」
ホワイノット? みたいな顔してる。そんなことしてたらドツボにはまって金なくなっちまうっつの。
「試しに、って言ったろ。毎日コツコツ買ったって当たらねえよ」
「コツコツ買うから当たるんだろ? コツコツ……なんて良い響きなんだ」
目の前にいる人がこうこつ恍惚とした表情になっている。やだキモい。
「っせーな往生際が悪いぞコノヤロー。とにかく、俺は行かないからな。行くなら一人で行ってこい」
「……分かった」
まさか本当に一人で行くのではあるまいな。
帰り道。
どうやら本当に正則は自分一人で専売店に行ったらしく、何をしているのか俺が今乗っている電車にはいない。もう一本遅い電車で帰るようだ。
俺は一人で白丸駅のプラットフォームに降りた。こんなド田舎で降りる人などそうそういないし、そもそも乗客も少ないのだ。
一人で降りる駅は虚しく、いつもは全く気にもかけない「WANTED」とか書かれた指名手配の張り紙が、今日に限ってやけに目についた。
〈この顔を見たら一一〇番! 白丸警察署〉
そいつは連続強姦で指名手配されているらしい。もう一、二年前の話だ。
中央にでかでかと写し出されている顔は何と言うか非常にこう、印象的だった。ぷっくらとまんまるい顔に大きく見開いた両目、それから微妙な無精ヒゲが何ともミスマッチな感じを醸し出している。こっそりのぞく肩幅と「四十五」という年齢から推測するに体型も相応なものだろう。
別に注視していたワケでもないのに、その指名手配犯の顔は妙に頭に焼きついた。
駅を出ると辺りは薄暗くなっていた。
四月とはいえまだまだ肌寒く、日も短い。電信柱についている電灯が、ちらほらと点き始めた頃だった。
小道を歩いていると、向かい側から知らない男が歩いてきた。薄暗くてあまりよく見えないが太った男だ。
もうこの辺は誰も通らない時間帯なのに、誰かとすれ違うなんて珍しいな。
そう思いながら男とすれ違った瞬間。
コイツ、指名手配犯じゃん!
ついさっき見た写真の顔を思い出し、コイツの顔と照合するのにコンマ数秒と掛からなかった。
考えるより早く、俺は踵を返して男に駆け寄る。怖さも恥も何もなかった。俺の中には、ただ「コイツを捕まえなきゃ」という使命感しかなかった。
俺に指名手配犯と気づかれたと悟ったのか男は走って逃げはじめた。
「待ちなさい!」
普段の自分じゃあり得ないくらいの怒号を上げる俺。しかも相手は赤の他人だ。自分でも叫んでてびっくりする。
いやしかし、今はそれどころではないことはもはや自明の理であった。




