Page 02:神と奇跡と運命と
その後入試まで一週間ほどあったのでインフルエンザは治り、俺は何とか入試を受けることができた。
が、病み上がり早々に本調子がいかんなく発揮できるはずもなく、せっかく自腹を切った参考書も功を奏さなかったのだ。
「不幸だ……」
その天性の不幸で入学したばっかりの高校で早々そんなため息をつく俺もどうかと思うが、当人としてはどうしようもない倦怠感に襲われるのだ。
でも昔聞いた話だが、人は風邪引いてる時ほど頭の回転が速いらしい。理屈は分からないが案外病み上がりじゃなく進行形で風邪引いてた方が受かったのかも知れないな。
そういや中学一年の冬に「単元別学力テスト」とかいうどこが作ってるのかも分からなような試験を受けたことがある。
その時ちょうど――やはり季節性インフルエンザで――体調を崩していた。
それで、そのまま受けたら学年2番という、今じゃ考えられないような衝撃的な数字を叩き出したんだったな。
そう考えてみると俺が第一志望落ちたのも不運、もとい「必然」なんじゃないだろうか。
どうせ不調で受けるなら風邪真っ只中なら良かったのだ。周りへの配慮なんて知ったこっちゃない。治りかけなんてたいそう微妙な時期に当たったから落ちたんだ。
「不幸だ……」
そんなことを考えて俺はもう一度大きなため気をついた。
と、誰かが声をかけてきた。
「こんなしがない私立高校に浜野光彦という一個人-じぶん-がいることがか?」
「聞いてたのか、正則」
崩れた七三分けでいかにも「オレ生徒会長」みたくキリッとした顔立ちの本城正則。入学して初めて出来た友達だ。
「聞いてたんじゃなくて聞こえるんだ。お前なあ不本意で入ったのは分かるが状況同じくしてここにいる人々の面前でそんなこと露骨に言うのもどうかと思うぞ?」
「状況同じかどうかなんて分かんないだろ。そりゃ望んでここに来たボンボンだっているかも知れないだろ」
専願だってあるんだから、そう言おうとした俺の口に一瞥くれると正則はさも俺を馬鹿にするような口調で答えた。
「お前知らないのかよ。いいか、このクラスはな、併願で入った人しかいないんだよ。専願は専願で特進クラスがあるんだ。だから、そう考えてるのはお前だけじゃないんだから、露骨に言うなて」
「特進クラス?」
初めて聞いた。なに、じゃあアレか、このクラスは邁進クラスか?
「お前は馬鹿か? 以前にカバだな。まあいい、『特急』とかいう意味の『特』じゃない。併願じゃ行けないような……MARCHとか超有名大学のためのクラス編成なんだろう。おそらく、」
ところで何でコイツは入学したばっかなのにそんな学校の裏話的なことを知ってるのだろう。もしかしてコイツが実はその特進クラスの生徒で併願クラスのレベルの低さをスパイして特進どもの嘲笑ネタにするという?
「――ない、ってことだな」
「え、今何か言った?」
「……何なんだよ、こんなほぼゼロ距離に等しいところに立って俺が喋ってんのに、お前は母国語をまともに聞き取る能力すらなかったのか……」
「聞き逃しなんてよくあることだろ?」
「ゼロ距離で聞き逃すかアホンダラゲ。まあいい、ほら、授業始まるぞ」
言われて俺も渋々席につく。
と、ほぼ同時にクラス担任が教室にやってきて本日のHRが始まった。
ところで、一応概算ではあるが本格的な授業開始からはや数週間、だんだんと自分の得手不得手が分かってきた。
当たり前だが総じて中学の時より内容は濃く、はるかに難しくなっている。それでも、例えば英語なんかはわりと基礎がモノを言う教科で単語暗記を除けば文法事項もそんなに難しいことはなく、比較的得意な方だ。
ところがだ、数学はもう早々に諦めかけている。と言うか諦めた。
つか、そもそも不等式って何だ?
……オホンッ。以上、前者が得意、後者は不得意なわけだが、それ以外はまだどうなのか正直はっきり分かっていないな。
ま、どうせ不運な俺のことだから「得意か否か」という二者択一ときたら、例によって例のごとく「否」なんだろうな。
こんなふうに俺はまた得意の「諦めは心の養生」精神で立ち向かい始めたばかりの高校授業を半ば割り切りかけていた。
ところが、自体はすでにあらぬ方向へとベクトル転回をしていたのである。
もしかしたら、生まれたときから「運」なんて関係なかったのかも知れない。が、この頃の俺はもちろん知る由もなかった――




