第一話 【海】
照りつける太陽。
光と反射し、キラキラと光る水面。
熱くなった砂。
これらから予想される場所。
それは、
「海だー!!」
元気よく俺、黒目水海は叫んだ。
俺の地元には海がある。それもかなり近くにあって、移動手段に欠ける学生にも優しい。今日は仲の良い友人と自転車に乗って遊びに来ていた。
ここの海水はめちゃくちゃ綺麗で透き通っている為とても人気がある。勿論俺もこの海が大好きなので何度も、それこそ500回は来ただろう。
「お前、その台詞今年中で何回目だよ」
横でそう呟いたのは友人、俺の親友だ。相も変わらず声に起伏がない。
「ん? 確かここに来るたびに言ってたから、約40回だな!」
昔はもっと海に行く頻度が高かったかもしれないが、今は違う。
日が昇るまで待ち、人気が増えるくらいのタイミングを見計らって海へ出掛ける。というのがここ最近の日課だった。
人気が増えると『海!夏!』って感じがするだろう?
俺がいくら海好きとは言っても、朝っぱらから1人ぼっちの砂浜でキャッキャウフフなんて出来る筈がないのだ。
「40って夏休み中ほぼずっとじゃねぇか。よくそれで課題が出来るな」
「課題なんてすぐ終わるじゃん! 休み前に配られてたんだから」
あんなの授業中に答えを写すだけだ。
たまに答えを渡してくれない先生がいるけど、そういう時は適当に回答を記入しておけばいい。
別に間違えても提出点がもらえるしな。
要は出せば良い!
「いや、それにしてもだ。ほぼ毎日海に来てたら普通飽きないか? 水海、泳げないだろ?なのに毎年毎年飽きもせず……」
「うっせ。泳げなくても楽しいんだよ。というかお前課題は?」
そう言うと奴は若干呆れたような顔をして、肩を竦めた。
お前何言ってんの? とでも言いたげである。
「やってる訳ないって。俺、休日はゲームしかしないし」
いっそ清々しいな。
「お前、それ進学大丈夫なのか?」
「問題ない。テストなんて授業を聞いてさえいれば90は取れるからな」
「それはお前だけだろう。普通90点なんてちゃんと勉強しなきゃ取れねーよ!」
こいつはマジで頭いいんだよな。
それだけで羨ましいってのに、こいつと来たらスポーツも出来て、更に顔まで良い。
10人の女子に聞けば10人がイケメンと答えるぐらいイケメンだ。
イケメンだから当然モテる。モテる‥‥‥のだが、女の子と付き合っても全然長引かないことも明記しておきたい。
別れた女の子たちは総じてこう言うのだ。
『イメージと違う』
理由は至極単純、こいつがどうしようもないゲーマーで、その趣味を一切隠さないからだった。
5日で別れたのが最高記録だっただろうか。
やけに顔面偏差値の高い女の子が寄って来ては離れていく光景は、他人だというのになかなかどうして悲しいものである。
俺なら間違いなくゲーム趣味をひた隠しにして女の子と遊びまくるだろうが……こいつは違う。
付き合った女の子の為に休日を使うなんてとんでもない、とばかりに土日をゲームのみに注ぎ込むのだ。
‥‥‥そりゃあ別れるだろうよ!
学力に運動神経、完璧なルックスで上がりに上がりまくったスペックを、こいつはその人間性で帳消しにしていた。
天は二物を与えないとはよく言うが、あれは本当かもしれないな。
‥‥‥さて。なぜそんなイケメンと俺の仲が良いかという点についてだが、小さい頃から一緒にいて同じようにゲームを趣味にしていた事が大きいだろう。
こいつとゲームをするのは楽しかったし、なんだかんだ言っても、こうしてゲームとは正反対の海にも行ってくれるのだからありがたい。
因みに俺はまるでモテたためしがない。
顔も普通。
頭も普通。
スポーツも普通だ。
‥‥‥何か悲しくなってきたぞ?
まあそんなことは置いといて、今回こいつと一緒に海に来たのは、美人さんを捕まえる為である。
たとえ人間性が破綻していてもこいつはイケメンだ。
きっと美人が寄ってくるだろう。
正直に『美人さんと遊びたいからついて来て』と言ったら普通にOKしてくれたし。
そもそもこいつは女の子に興味が無い‥‥‥後でイカ焼きかジュースでも奢れば立派なギブ&テイクの完成という訳だ。
そんなこんなで今日はこれから美人さんに声をかけまくります!
下心満載です!
しかしお持ち帰りをしようとは思ってませんよ!
「おーい、水海。この人たちが一緒に遊ぼうって言ってるけどどうする?」
1人の世界に入り込みゲスな笑いを浮かべていると突然名前を呼ばれた。
おお‥‥‥ちょっとびっくりしたけど、まさか女性側から声をかけて来るとは。
どれどれ‥‥‥。
気持ちの悪い笑みを引っ込めて振り向くと、そこにはふわふわした雰囲気のお姉さんと、クールな感じのお姉さんがいた。
うわぁ~。
すごい美人だ。
2人とも露出度はあまり高くないものの、胸が思いっきり見えない分、綺麗な肩やふとももが目に眩しい。
名称はよく分からんが、腰から伸びているフリフリがたまらん。
こんな感じで見えない方が想像出来るのだ。
太ももの太さから、おおよそ鼠径部の形が分かる。
きっとフリフリの下には、女性用の下着を模して作られた水着があることだろう。
その水着という名の正門を通り抜けると、そこには未知の世界へと繋がっている通路があるはず。
まだ誰も踏み入ったことのない土地かもしれんし、そうではないのかも分からん。
そんなことはどっちだっていい。
とにかく今言えるのは、最高!
やっぱりこいつといると美人が寄って来る。
「良いよ良いよ。じゃんじゃん遊ぼう」
「良いみたいですので、遊びましょうか」
俺が元気良く答えると、イケメンな友人はお姉さんたちの方を振り返り爽やかにそう言った。
するとふわふわしたお姉さんは、
「やった!」
と声を漏らして、とても嬉しそうに飛び上がる。
この、やった! は言わずもがなイケメンな友人へのものだろうな。
いや、でも一割くらいは俺にもあるよね?
そうだよね?
‥‥‥やめとこう。
これ以上考えたら落ち込みそうだ。
よし、まあとりあえずOK。
あとはこいつがゲーム趣味をばらさなければ更に良いんだが‥‥‥、
「あの、休日とか何してますか?」
ふわふわしたお姉さんのそんな質問に対し、
「ゲームしかしてませんね」
奴はさらっと答えおった。
おい!
こいつ、いきなりばらしやがった!
「そーなんですか? どんなゲームをやるんですか?」
「色々ですね。ジャンルで言えば、パズル、タワーディフェンス、RPG、音楽、アクションなどを、最近はモ〇ハンとかでしょうか」
やめろ‥‥‥!
STOP!
わざわざ丁寧に言うな‥‥‥!
「あ、私も色々ゲームをやっているんですよ~。でもどうしてもアクションがダメで~。モ〇ハン、良かったら教えてくれませんか?」
あれ? 流れ変わった?
「良いですよ。丁度持って来ているので、日陰で通信しましょうか」
隣のイケメンが微笑んでそう言うと、ふわふわした方の美人さんは表情をぱっと明るくした。
逆ナンに来た美人さんが嬉しそうなのは分かる‥‥‥だがこいつまでちょっと嬉しそうなのは何でだ?
女の子に興味は無い筈‥‥‥。
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、イケメンが携帯ゲーム機を出してソワソワしているのが目に入ってきた。
「〜〜♪」
‥‥‥珍しくニコニコしていやがる。
さてはゲーム仲間が増えた! よしっ! くらいにしか思ってないな?
「わ~い、ありがとう!」
美人さんはこいつが笑っているのを見て好感触だと思ったようで、2人とも嬉しそうに日陰の方へ歩いていった。
俺とクールな美人さんは完全放置である。
ふむ。
結論から言う、リア充よ、爆発しろ!
イケメンを持って来さえすれば女の子と遊べると思ったけど‥‥‥そうか、こいつを連れて来ると、俺そっちのけで遊びに連れて行かれるのか。
まあ良いけど。
俺は一人むなしく浮き輪を膨らませるだけだし。
全然傷ついてねぇし。
とか考えていたら、
「君‥‥‥えっと、水海くん、だったか? すまないな。うちの友人が君の友人を取って行ってしまって」
もう一人のお姉さんが話しかけて来た。
「あ、別に良いんですよ。あいつが楽しければそれで」
実際俺は人を優先してしまうタイプだ。
理由は多分兄弟のせい。
兄が一人いるのだが、そいつがとてもわがままなせいでどうしても俺が引く羽目になる。
それで気が付いたら、結構控えめな性格になっていたという訳だ。
「優しいんだな。ところで泳げないなら私が泳ぎ方を教えてやろうか?」
えっ?
まじで?
「良いんですか? 俺なんかよりあいつといた方が楽しいんじゃー」
「私はゲームについて何も知らないから、あそこには入れん。それに私はイケメンがあまり好きではないんだ。」
おお、これはまさか‥‥‥?
「───と言っても君も好みではないが」
‥‥‥くっ。
先に釘を刺された。
一瞬でも期待してしまったじゃないか。
まあ、分かっていたことだけど。
こんなに綺麗な人なんだ。今まで色んな男達を勘違いさせてきたことだろう。
そうじゃなければ、すぐ好みじゃないアピールなんてしないもんな。
‥‥‥たぶん。
「じゃ、お願いしてもよろしいですか?」
気を取り直してそう言うと美人さんは微かに笑う。
良かった。俺がちょっと凹んでたのは察されなかったようだ。
「元々私が言い出したんだ。良いに決まっている。早速行こうか」
「はい」
ということで、クールな美人さんに教えてもらうこと一時間。
俺はある程度泳げるようになっていた。
この人、教えるのがすごく上手い。
何度か他の人に教えてもらったことがあったけどどれも分かりづらく、どれだけやっても泳げなかったのに。
「だいぶ泳げるようになって来たな。どうだ? 浮き輪の海も悪くはないが、こちらの方が気持ち良いだろ?」
お姉さんの声を聞いた俺は水面から顔を出して目元の海水を拭う。ほんの少しだけ口に入って塩味が広がるが、今はそれすら心地よい。
溺れることなくこの味を感じられる日が来るだなんて、思いもしなかった。
「はい! すっごく楽しいです。ちょっと向こうまで泳いてみますね」
「ふふっ、あまり遠くに行くなよ?」
元気よくそう尋ねると教えてくれたお姉さんはそのクールな表情を優しげに緩めて答えてくれる。
「はい!」
俺は泳げるようになって調子に乗っていた。
教えてもらった感じに沖の方まで泳いでいると、突然!
「えっ!? うわぁぁ!!」
何だ!?
ひ、引っ張られる。
俺は海に引きずり込まれた。
足を何かに掴まれている感じがする。
「ごぼっ‥‥‥」
大量に水を飲み込んだ。
苦しい。
掴まれているというより、噛まれているような。
痛い。
まずい。
このまま‥‥‥じゃ‥‥‥。
い、息が‥‥‥。
〜 完 〜
これにて物語は完結となります! (笑)
読んでくださりありがとうございました!
評価によってはアフターストーリーを書くかもしれません(`・ω・´)