第六話 ゾンビと最高のお友達
こうなったら、絶対に死んでやる。
これが僕のしたいことなんだから。
今までに使ったことのある凶器や、凶器として使えるのか定かではないようなものまで、僕は片っ端から古びたバックパックに詰め込んでいく。
よし、これで大体は詰め終えた。後は夜のうちに街に出かけて、もう少し何かないか探してみよう。
……僕はこれで幸せなんだから。
数日後、旅支度のような大きなリュックサックを背負った僕は、間抜けな顔で病室に立ち尽くしていた。
いつもの部屋の、いつものベッドに、少女の姿がないのだ。
慌てて病室内を探し回るが、どこかに倒れている様子もない。うろうろとさまよっていると、少女の荷物はそのまま残されていることに気が付いた。
死んだのだろうか。まさかそんな、僕はまた、一人になった?
ヨーコ、ヨーコ。
心の中で叫ぶ声は現実にはか細く、何もない部屋の中に小さく吸い込まれるだけだった。佇んだ部屋には埃の香り一つせず、みすぼらしい僕とは正反対で。どうして僕はこんなところに、独りぼっちでいるんだろうか。
そんなことを考えていると、部屋の前に人の気配がした。僕は慌ててベッドの下に荷物を詰め込んで、自分もそこに潜り込む。ベッドの足の隙間から外を伺い見ると、部屋に入ってきたのは、車椅子に乗せられて看護師に連れられたヨーコだ。ヨーコ!と叫んで飛び出したい気持ちを抑えてベッドの下で息を押し殺す。(……息なんてしなくても、本当は死なないんだけど。)
看護師は甲斐甲斐しい動作で少女をベッドに寝かせると、部屋を出て行った。
僕は何となく出ていくタイミングを逃したようで、ベッドの下でじっと蹲る。
「いるならちゃんと挨拶をしに出ていらっしゃい。お行儀が悪いわよ」
少女の突然の声掛けに、僕はガタリとベッドを揺らした。
「ああもう、危ないったら!」
「な、何で分かったんだ?」
「だってあなたったら、独特の匂いがするんだもの。部屋に入った時から気づいていたわよ」
飄々とした態度で答える少女に、僕は言葉を失った。さっきまでの僕の心配は、何だったんだ。
「……それで、何しに行ってたんだ?」
「ここ二、三日ずっと、いろいろな検査をしていたのよ」
「検査?君が病気だってことなんて、そんなに探し回らなくたって、はっきりと分かっていたんじゃないのかい?」
「ばかね、違うわよ」
説明を促す視線をヨーコに向けてみたが、彼女はそれを知らんぷりした。今はこれ以上、そのことについて話すつもりはないようだ。
「ありがとう。私の病気のことを聞いて、哀れみの目を向けたり腫れもの扱いをしたりしないでくれたのは、あなたが初めてだったわ」
どうして急にそんなことを言い出すんだろう。哀れむなんてできるはずがない。だって、僕は、ずっと羨ましかったんだ。誰かに置いて行かれることもなく、死んで逃げることができる君のことが、羨ましかったんだよ。
「もし私が元気だったら、あなたのお友達として、ずっとそばにいてあげるって、約束できたのに。」
もしもだなんて言わないでくれ。嘘でもいい、ずっとそばにいるって、今すぐ言ってくれ。
そう言おうとしたけど、言えなかった。今まで無責任に放ってきたたくさんの強がりたちが、喉を塞いで、もう声も出ない。
ああ、こんな風になるなら、こんな気持ちになるなら、ヨーコとなんか出会わなければよかった。大切な人が増えるということは、いずれまた大きな傷が増えるということでもあるのに。
「あなたとなら、きっと最高のお友達になれたでしょうね」
こんなにも悲しい響きの言葉が、かつてこの世にあっただろうか。
開いたままの窓と靡くカーテンから夕闇が忍び込んで、彼女の表情を隠してしまう。
「さあ、私はそろそろ休まなきゃ。夜更かしして体調を崩したりなんかしたら、サイアクだもの。」
僕は、自殺ショーを披露するために持ってきたバッグパックを背負ったまま、病院の窓から追い出された。




