表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

第六話 お魚泥棒の犯人




 この森には盗人(ぬすっと)がいる。

 それもかなり食い意地の張った奴だ。

 葉っぱの上にあった七匹の魚のうち、四匹も盗むような輩である。

 一匹とかならまだ許せたぞ? でも四匹は流石にないだろう。遠慮が無さすぎる。

 絶対にとっ捕まえてやる。


「さて、どうやって捕まえてやるか……」


 捕まえるために、まず有効な作戦を立てる。


1、罠をはる

2、何もせず、様子を見る


 思いつくのはこの二つだが、罠をはると言うのはなかなか難しい選択だ。

 罠作ったとしても、盗人のサイズが分からないんじゃ意味がない。

 近くに来ても気付かなかったということから大きくはないと思うが、一応警戒した方がいいだろう。

 あと、そもそも俺自身罠を作れないしな。

 なら相手の様子を見て、もう一度作戦を考えた方が良い。


「ククク、俺の勘違いだな。釣った気になっていたみたいだ」


 「馬鹿だな。ハッハハー」と言いつつも、内心四匹も間違えるはずがないと笑う。

 相手を油断させるため、俺は何もなかったように魚を釣り始めた。

 一匹目、二匹目、三匹目……。

 葉っぱの上にある魚が徐々に増えていく。

 そして、葉っぱの上にいる魚が十匹になり、俺が川の方に向いたときだった。

 後ろの茂みから、茶色の物体が恐る恐る顔を出した。

 まんまと餌に釣られた盗人に、俺はひっそりガッツポーズを決める。

 後ろを振り向けず全体像が見えないが、気配でなんとなく読める。

 サイズはそんなに大きくない。三十センチものさし一つ分くらいだと思う。

 俺が知ってると思わない盗人は、こっちの様子を気にしながら、魚の前に近づく。

 注意を向けているせいか、盗人が魚の匂いを「フンフン」と嗅ぐ鼻息まで聞こえた。

 どうやら最初に釣った魚を選ばず、新鮮な魚に手をつけるようだ。

 その様子は手元としか見えなかった。

 が、新鮮な魚に手をつけようとする盗人にイラついたことは言うまでもないだろう。

 呑気にしてる相手に俺は、何もせずに様子を見るという選択肢を捨てる。

 このけしからん盗人を素手で捕まえてやろうと思った。


「おりゃぁぁああーーッ!」


「っ?! キュゥゥウウーーッ!」


 雄叫びと可愛らしい声が響く。

 盗人の姿を確認するよりも早く、掴みに行った甲斐(かい)があり、手には暖かい感触がする。

 安心して手元を見ると、己の胴体を俺に掴まれた盗人がいた。

 こげ茶の手には魚が握られ、目の前の奴が盗人だと言うのは明白だ。

 だが俺は、次の行動を移せなかった。


「…………ッ!?」


 人の釣った魚を盗んだ奴には罰を与えてやろうと意気込んでいた。

 多少痛い目にあってもらおうとも。

 でもこの盗人に対して、それは出来ないと瞬時に俺は悟った。

 なんせ目の前にいたのは、日本で見たことがある動物だったから。


「カ、カワウソっ」


 見間違えるはずがない。

 茶色とこげ茶の混ざった毛。小ぶりな耳。ピクピクと動く長い(ヒゲ)。つぶらな瞳。細長い尻尾。

 全て知っている。

 どう見ても、日本の水族館の水槽で泳いでるのを見たカワウソだ。


「なんでこんなところに? いや、それよりも……」


 唾を飲み込んで、俺は大声を出した。

 めっさ可愛いんだけどッ?! と。

 つり目がちなのは仕方ないにしろ、それを含めても可愛い。

 こんな愛らしいカワウソを、いじめるなんて俺に出来るはずがなかった。


「す、すまない。痛かったか?」


「キュ、キュウ?」


「お腹空いてたんだよな? ほら魚だぞ」


「……?? キュイ、キュィイ~~」


 地面に降ろされ、謝られ、魚を押し付けられ、カワウソの顔には戸惑いが見えた。

 それでも魚を貰えて嬉しいそうだ。

 美味しそうに魚を頬張る姿に、俺の心は癒される。

 異世界に飛ばされてロクな目にしか合わないと思っていた。

 だがそれも、目の前の愛らしいカワウソの姿を見れば癒されると言うもの。

 仕事で荒んだ心まで、浄化されてしまう。


「おまえ可愛いな」


「キュキュッ!」


 魚を食べて膨らむ口を撫でる。

 魚を食べることに必死で、カワウソは俺の手を気にせず、されるがままだ。

 このまま懐かれて養ってやっても、いいような気がしてきた。

 寂しい異世界ライフを過ごすよりも、幸せになるに違いないと思った。


「キュキュッ?!」


「ん? どうした?」


 突然、カワウソが草むらの奥を睨んだ。

 なんだなんだ? 可愛いなと思いながら、俺もその方向を見る。

 そして、固まった。


「…………」


「キューーッ!」


 臨戦状態のカワウソに対し、無理無理無理無理!! と心の中で叫ぶ。

 ほぼ無意識に、魚釣りの棒をリュックに突っ込み、俺は逃げる態勢を作った。


「ガルルルルル」


 ワニのような体に、ピクピクと動くドラコンのような一対の羽根。

 蛇の目特有の細長い瞳孔がギョロリとこっちを見る。

 ワニもどき。だがドラゴンだと思う! 地球に羽根生えたワニなんていない。


「キュイー、ッ?! ムグムググッ!!」


「騒ぐな。相手を怒らせちゃ駄目だ」


 鳴き声を上げようとするカワウソの口を押さえ抱きかかえる。

 勇敢に立ち向かっていく姿は、凄いと認めよう。

 だが、三メートルほどある敵に、三十センチのカワウソが挑むなど無謀な挑戦。

 そもそも争う前に、単位が違うと気付け。パクッと食われて、終わるに決まってる。


「に、逃げるために、何かを(おとり)にするしか……」


 敵と対峙しながら、冷静に頭を働かせる。

 普通に逃げれば、追いかけれる。

そうならないために敵の注意を引く何かを囮にするべきだ。

 何にするか悩みながら地面に視線を移したとき、残った魚の一匹が目に入った。

 一か八かの勝負。

 魚を手に取り左右に動かす。敵が興味を示せば俺の勝ちだ。

 して、その結果は……ビンゴだった。

 魚の動きに合わせて敵の目が揺れる。完全に惹きつけられている。


「よし、そっちに投げるぞ……なッ!」


「ガウッ?!」


「キュキュッ!!」


 放物線を描いて飛んでいくはずが、投げる前に俺の手から魚が消えた。

 敵の視線が俺の腕の中に奴に注がれるのがわかる。


「お、おまえ……まさか……」


 俺は、腕の中にいるカワウソを恐る恐る見た。

 何も知らないとすっとぼけるカワウソ。

 だがその口の端には、魚の尻尾が見え隠れしていた。


「ど、どんだけ食い意地はってんだよーーーーッ!!」


「ガルルル! ガァッ!」


 てっきり餌を貰えると思った敵は、案の定怒り狂い、襲いかかってくる。

 俺はリュックを背負い、それはもう全速力で森の中を走った。

 直線距離だと追いつかれると思い、木々を利用しながら彼方此方に死に物狂いで走る。

 途中でその原因となかったカワウソを置いていってやると思ったのだが、頭にしがみつかれ、俺の髪を意地でも放そうとしなかった。








評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ