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第一話 まさかの遭難??



「…………ハッ、落ち着け俺。ここは日本(ニッポン)、ここは日本(ニッポン)、ここは日本(ニッポン)。俺が遭難するはずがないッ!!」


 見覚えがなさ過ぎる光景を前に、現実逃避をする。

 頭を抱えて、見た景色の記憶の抹殺に全神経を集中させた。

 だが、悲しいことに目の前の景色は変わらない。


 突如出現した川。リンゴの形をした虹色に輝く実がなる木。


 俺自身が移動したわけではない。

 そのはずなのに。

 目の前のそれは、形として存在していた。


「こんなものさっきまでなかった。霧が去ってからだ。霧に人体に影響を及ぼす有毒ガスが含まれていたのか?」


 考えられるのは、幻覚症状を引き起こす有毒ガスを吸い込んでしまったということ。

 突然そのガスが発生して、俺を今の状況に追いやってるのかもしれない。


「それなら、俺はここから移動せずに、幻覚症状が無くなるまでここにいれば大丈夫なはず。ふっ、アホらしく動揺してしまった」


 この世に説明できない現象なんてないのだ。

 原因が分かれば、対処のしようなど沢山ある。

 にしても、遭難ではなくて本当に良かったと思う。

 遭難なんて勘弁して欲しい。

 テレビのニュースのネタになるのは屈辱だ。『◯◯県在住の29歳男性が山で遭難し、依然として行方が分かっていません』と放送された日には、色々と辛すぎる。


「こんなところで彷徨(さまよ)うなんて、たまったもんじゃない。幻覚なんて早く消えればいいのに」


 虹色に輝くリンゴを見て、切実にそう思う。

 研究者とかなら世紀の大発見だと思うが、俺は一般人だ。

 食べてみたいという気すら起きない。それにあのリンゴ、見ると悪寒が背中に走る。

 本能が拒否してるとしか思えない。

 幻覚が覚めれば、あのリンゴだって消える。できれば関わらずに終わりたいものだ。


 そんなことを考えながら、俺は今日寝泊まりする小型のテントを張った。


 ここで余談なのだが、その時の俺は、少なからず自分が住む家に帰れると思っていた。

 帰れるのも|時間の問題《幻覚の無効化までの時間》だと。

 だが。

 そんな俺の思い込みは徹底的に木っ端微塵にされるのだった。



* * * * * * * *



 秘境の名湯探しから三日目――。


 チュンチュチュ バサバサバサバサァー


「ふわぁ、朝か……」


 鳥の心地よい鳴き声を聞きながら、俺は目を覚ました。

 テント中で水筒の水を飲み、体に不調がない事を確認する。

 怠いとは感じない。

 むしろよく寝たせいか、気分は最高だ。これなら幻覚症状もないのではないかと思う。


「雨が降ってる様子もないから、今日中に家に帰る気で歩くか」


 まだ半覚醒状態の頭に手を当てながら、俺はテントの外に出た。


 すーはぁー、なんて緑が美しいんだ。


 虹色に輝くリンゴは、朝露に濡れてキラキラと光り、どことなく活き活きしているようにさえ見える。

 済んだ川の流れる音が、俺の心に安らぎを与えて…………くれなかった。


「お、おかしいぞ、これは……」


 先程まで最高だった気分が、目に見えてダウンしていくのが分かる。

 精神的なダメージが、肉体までにダメージを与えてくる。体に重りを課せられているような気分に陥った。

 どうやら俺は、幻覚から解放されていないらしい。


「一生幻覚に囚われるとかないよな……」


 この幻覚から、一生さめないのかと思うとゾッとする。

 それは目眩となって俺を襲った。


「うっ…………つ、冷たい?」


 立ちくらみを起こして、小川に落ちそうなる。

 危うく全身落ちるとこだったが、なんとか手だけに留めることが出来た。

 ずぶ濡れにならず安堵した次の瞬間、俺は奇妙な感覚に襲われた。


「……? 何故この水は冷たい? 何故濡れる?」


 普通、夢の中で水を飲んでも、現実の俺が水を飲むわけではないから、喉の渇きは消えない。

 実際に水を飲まなければ、夢の中で俺はずっと水を求め続ける。

 それと同じように、幻覚の中で水に触れようとしても、現実の俺が暑いところにいれば、夢の中で冷たいとは感じない。

 つまり幻覚にかかっていたとしても、本来の俺が水を触るわけではないから、感覚を得たりなどしないはずだった。

 だが、俺は実際水に触れ、冷たいと感じている。


「この水は飲めるよな?」


 魚が泳いでいるのを確認して、試しに水を飲んでみる。

 喉を水が通る感覚、乾きが安らぐ感覚に、俺は一つの確信を得た。


 そう、今起きてることは実際に起きていること。

 つまり未知の地(異世界)に飛ばされて、俺の立場は恥ずべきことに、遭難――迷子という言葉に当てはまる、と。


「嘘だろう。異世界に行って、森で迷子とか……」


 直ぐには受け入れられない。

 アニメや小説の中の話だとばかり思っていた。

 こんなことが実際にあったら面白いだろうなと思ったことはあるが、自分の身に起こるのは想定外だった。

 先の見えない未来が俺を不安にさせる。


「だめだ。戻る方法なんて思いつかない。なんで……なんで俺は異世界なんかに来ちまったんだッ!!」


 前向きな意思を持たねばならないと分かっているのに、最悪のケースを考えてしまう。

 日本に戻れず、俺は死んでしまうのだろうか?

 途中で猛獣に襲われ、食われてしまうのだろうか?

 食べ物が食べれず、飢え苦しむのだろうか?


 こんなの理不尽だ。

 まだまだやりたいことが、俺には沢山あったんだ。

 幸せな家庭を築き、奥さんや子供と温泉を楽しみつつも、ジジイになろうが元気に温泉を探すとか。

 それを、全部全部諦めろだって?

 そんなの……そんなの、簡単に諦められるかっ!


「絶対に生きてやる。俺はまだこんなところで死にたくない!!」


 命がけのサバイバルの経験は流石の俺もない。

 でも、俺には知識という武器がある。

 例えばテレビ。

 行方不明だったが奇跡的に生還し、生き延びた人のその時の体験や教訓を語るという内容がよく取り上げられる。

 大変な思いをしたのだな、とあの時は客観的に見ていたが、今は大いに効果を発揮してくれるだろう。


「さてと、そうなったら行動あるのみだ。まず必要なのは……」


 遭難した時、一番気にしなければならないのは何だろうか?

 水の確保だと俺は思っている。

 水あれば人間多少は生きられると聞く。

で、本来それは死活問題と言ってもいいのだが、幸運にも近くに川がある。

 飲めるのかについても、水の中に魚のような生物がいるから大丈夫なはずだ。


「あと必要なのは、タンパク質とか栄養の高い食べ物だが、チョコとか持ってきたよな……」


 登山中行方不明なったと人が生還した時の持ち物として、水とチョコレートが代表的だ。

 準備万端な俺のリュックの中にも……板チョコが二枚あった。


「これでしばらくはなんとかなりそうだ」


 最低限の生活は保障されたと言ってもよい。

 だが、解決しなければならない問題はまだまだ存在した。

 そう、チョコ一欠片(ひとかけら)食べたところで、空腹感は消えないということ。

 やはりここは、魚や肉などが食べたくなるというものだ。


「しかし、肉は食べれそうにない。動物捌いたりとかは経験がない。となるとやはり魚か……」


 釣り経験はないが、今はそんなこと言っている場合ではない。

 生き残るためなら、素手で魚を捕まえるくらいの意欲が必要なはずだ。素手は流石に無理だと思うけど。


 まあ、釣りの方法に関しては問題ない。

 俺には強い味方がいるのだ。

 そう、現代技術の産物、ペン型釣竿という秘密兵器がな……。

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