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プロローグ




 秘境にある伝説の名湯。

 その温泉には、多くの伝説が残されている。


 神々が自分の身体を癒すために作ったとされる薬湯(やくとう)


 己の美を追求するためだけに、一人の仙女が隠してしまったとされる美湯(びとう)


 戦争の時代に生きた百戦百勝の武将が、己の弱い部分に打つ勝つために使ったとされる武湯(ぶとう)


 用途は違えど、それらの名湯伝説は、時代という垣根を越え、数多くの温泉マニア達を温泉巡りへと駆り立てている。


 だが。

 誰も知らない。

 その場所。その名前すらも……。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 それは、その温泉が“日本”という小さな国に存在しているということだ。



* * * * * * *



 俺、川渡(かわわたり)滝馬(たきま)は、なんの変哲もない普通のサラリーマンだ。

 趣味は温泉巡りで、暇さえあれば温泉雑誌をめくり、温泉旅行の計画を立てている。

 また、温泉好きが(つど)うネットのサイトで情報を交換し、気に入った温泉があれば足茂(あししげ)なく通っている。

 誤解しないで欲しいのだが、俺が行く温泉は、必ずしも人が管理している温泉とは限らない。

 山の中、森の中を何時間も歩いて、天然の温泉に入りに行く。

 ん、理由? そんなの簡単だ。

 温泉好きなら誰もが憧れる『秘境の伝説の名湯』を探すためだ。


 そして今日、俺はネットの掲示板に載っていた一枚の写真の温泉を求め、山の中を歩いている。

 写真の題名は、ズバリ(、、、)仙人(せんにん)野湯(やとう)』。

 美しい森に囲まれた所にぽつんとある温泉だ。


 写真の投稿者曰く、「これとは違う温泉を探しに行っていたのだが、偶然発見しました。この世の温泉とは思えない名湯でした!!」と。


 その写真を見た時は、職務中であるにもかかわらず、俺は興奮して叫んでしまった。

 どんな事にも冷静沈着に取りかかり、捨てべく案件はバサバサ切っていく俺には、あるまじき失態だったと思っている。

 職場の人には、当然目を丸くされたよ。

でもそれくらい衝撃だった。

 こんな温泉が世の中にあるんだってね。

 だから、楽しみにして道無き道を歩いてきたのだが……。


「ふぅ……仙人の野湯と言うのは、まだ着かないのか。そもそも本当に存在するのか?」


 昨日から歩いている。

 投稿された地図通りに歩いているから、そろそろ目的地に着かないと距離的におかしい。

 つまり、着かない理由として考えられるのは、


「…ガセネタ?」


 という事になる。


 それが本当だったら、非常に許し難い行いである。

 投稿者には、社会的に抹殺して貰って、二度と日の光を浴びれないようにしてやらねば……


 と言うのは冗談。もちろんそこまでは、やらない。


 まあ、投稿されている記事には、「二日も無駄にして行きましたけど、仙人の野湯なんていう温泉は見つかりませんでしたよ?(笑・憤怒)」くらいは書き込む。

 普通に言えば良いと思っているが、はっきり言って、これぐらい許して欲しい。

 だいたい温泉が絡んでいなければ、金とコネ使って、投稿者を社会的に追い詰めている。


「くそっ……。はぁ、これ以上歩いたって、意味がないんじゃあな。諦めて帰るか」


 不本意だ。

 だが、歩いても着かなそうな温泉目指したところで、時間の無駄というもの。

 そうと決まれば、とっとと家に帰って、記事の投稿が虚偽であることを温泉仲間達に伝えてあげた方が人の為になるだろう。


「にしても、温泉見つけれずに来た道を辿るとか、ただの馬鹿だよな。クククッ」


 自分の置かれている現状に、笑いが漏れる。

 己に嘲笑するとか、本当に俺らしくない行為だ。

 会社の同僚にこのこと話したら、「槍が降るぞ! お前が自分の行為に対して笑うとか気持ち悪いわ。何か企んでるだろ!」という散々な返答が返ってきそうだ。


「……って、(きり)が出てきたな」


 同僚になんと言おうか考えつつ歩いていると、辺りに白い(もや)が立ち込めてくる。

 薄い霧なら歩いても大丈夫か? と思ったが、段々と視界が悪くなる。

 濃い霧の中を歩くのは、御法度(ごはっと)だ。

「こんな霧ぐらいで道を間違えたりしねぇよ」と思ってる奴に限って、迷子になるのだ。

 俺はそんな初心者(ぺーぺー)ではない。だから、休憩がてら地面に座った。


「寒くなりそうだな。上着を着ておくか」


 寒くないように、上に羽織る厚手のウェアをリュックから取り出し着込む。

 それを着た後は、足を抱えて背中を丸めた。

 土を弄りながらふと思う。

 いつになったら帰るのだろうかと。

 今日中には帰れないから、夜は野宿で決定だなと考える。


 そして時間的には三十分くらい経った頃、霧が薄くなり始めた。

 全ての靄が無くなったわけでないが、直ぐに晴れるはずだ。


「ダルいが、歩くとしますか……」


 俺は上着を脱いで、水滴を払い落とす。

 帰るための気合を入れるために、俺はゆっくり背伸びをしようとしたのだが、その動きは固まった。


「…………は?」


 帰ろうと思った俺のやる気は、何処かに消え去った。

 唖然として目の前の光景を見る。


「な、何だこれ……」


 今、俺の目に映っているのは、先程見た光景でもなければ、俺が求めた温泉の写真の景色でもない。

 ただただ広がっていたのは、エメラルドグリーンの色艶やかな小川に、不思議な実がなる木々、そして鬱蒼と茂る森であった。








※本編に登場する温泉は、実在しません。決して探そうとしないで下さい。絶対に見つかりません。

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