表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

三話 お泊まりとはドキドキの連続だ

「これ、ありがと」


 お風呂を掃除して湯が溜まり始めた頃、真冬はスマホを渡してきた。


「どういたしまして。由紀恵さんどうだった?」

「うん。迷惑かけない様にって。あと、ありがとうって」

「そっか。全然迷惑じゃないのにね」


 何故なら私は真冬にあれこれ世話を焼きたいタイプなのだ。それは私が一人っ子であるという事が大きな理由かもしれない。実際に姉弟のいる友人は「弟なんて別にどうでもいい」とか「いても面倒臭いよ」とか言っていたが、私にとって「姉弟」とは憧れの存在なのだ。

 だから私は真冬をでろでろに甘やかしたい。そもそも真冬のような弟なら誰だって可愛いと思うだろう。


「あ、そうだ。真冬ご飯は食べた?」

「まだ」

「じゃあ、もうお風呂ができるから入っておいで。その間にご飯用意しとくね」

「ん。分かった」


 頷いた真冬を一人置いてリビングへと戻る。

 と、ここで重要な事を思い出した。

 そう、着替えがないのだ。さすがにお風呂上りに制服なんて着させられない。かといって真冬に私の服など着れるわけがない。袖も裾もツンツンなんて絵面的にアウト。ここは自分の為にも、探さねば。

 早速寝室へと向かいクローゼットを物色する。大きめの服大きめの服。いや、ホントあったかな? 

 ガサゴソと漁り始めてようやく一組のスウェットを発見する事が出来た。

 手に取ってそう言えばと、思い出した。

 以前にこのマンションに引っ越した際の引っ越しパーティーで、実加がお祝いだと何故かこれをくれたのだった。一体いつ使うんだと思っていたが、こんな時の為か。実加の先読みスキルは半端じゃないね。そのスキルは私も見習いたいものです。

 良かった良かったとそれをもって脱衣所に置いておく。これで今夜は安泰だ。さすがに下着はないけれどそれは許して下さい。

 さて、次はご飯か。何かあっただろうかと冷蔵庫を見ながら料理へと取り掛かった。



「アキちゃん。お風呂ありがと」

「いーえ。ご飯出来てるよ」


 幼馴染とは言えお風呂上りの姿は初めて見たが、ハッキリ言って色気が半端じゃないんですけど。乾かしたてのふわふわの髪とかほんのり赤い頬とか。真冬君、君、本当に高校生だよね?

 初めて見たその真冬の姿に、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけドキッとしたのは私だけの秘密にさせて下さい。


「あのさ、アキちゃん。このスウェットって……」

「ん?」


 スウェットの裾を引っ張って難し顔をした真冬はポツリと呟いた。それに首を傾げてから、真冬の言いたい事に思い当る。

 多分、私が真冬サイズの服を持っているのが不思議なんだろうね。あ、それとも、誰かのおさがりはちょっとってことかな?


「安心して。それ、新品だから。なんかね、みかっちが前にくれたんだ。引っ越し祝いに。使う機会がなかったけど、出番がようやくきて良かったよ」

「あ、そっか。うん。こっちこそ良かった。こんなサイズの服持ってるからちょっと焦った」

「ん? 焦った?」

「ううん。何でもない。ねぇ、ご飯頂いてもいい?」

「うん。どうぞ。大したものじゃないけどね」


 冷蔵庫の中は気付いていたが、材料があまりなかった。うん。買い出しに行ってなかったからね。あり合わせで用意できたのは焼き飯とスープだけ。そもそも料理が得意なわけではないし、即席なのでこれで勘弁して下さい。真冬に料理を出す日が来るならもうちょっと練習しとけば良かったと、今更ながら思った。

 だが、やはり真冬は出来た男である。一言も文句を言う事もなく「美味しいね」と全て平らげてくれました。お粗末様です。


「あ、そうだ。洗濯するものあったら出しておいてくれる?」

「え? そんなの悪いよ。それに明日も部活があるからジャージも着るしさ」

「いやいや、部活があるなら尚更だよ。洗濯するし、間に合うように乾燥機にかけるから出してね」


 気温も徐々に上がり始める季節の上に、バスケットという激しいスポーツ。万が一にでも「真冬君って汗臭い」なんて事になったら目も当てられない。てか無理。私が無理。イケメンは石鹸の香りでお願いします。

 強めにもう一度「出して」と言えば、真冬は観念したかのように洗濯物を取り出した。

 さて、今から洗濯を始めれば一時間かからないくらいだろう。私は何時まで起きていても平気だが、真冬はそうはいかない。となれば。

 洗濯機を回しリビングへ戻って真冬に声を掛ける。


「ねぇ、真冬」

「ん? 何? アキちゃん」

「そろそろ寝る?」

「へ! あ、いや。うん、そ、そうだね」


 私は何か変な事を言っただろうか。急に頬を赤く染めた真冬はそわそわとして落ち着かない。

 あ。ピンと来た。あれか。あれですよね。つまり、ゲームで言うラブイベント的な感じですよね。分かりますよ。ゲームならこのイベントを発生させるのに色々な条件をクリアし、かつ一定の好感度が必要な場面ですよね。

 しかし安心してくれたまえ真冬君。残念……かどうかは分からないけど、私相手ではイベントは発生しないんだよ。これが、綺麗な年上のお姉さんとのイベントなら間違いなく発生してるとこだけどね! あ、可愛い年下女子も最高ですけど。


「じゃあ、私は洗濯終わるまで起きてるから、真冬はベッドで寝ていいよ。私はこっちのソファーで……」

「駄目」


 食い気味に真冬に言葉を遮られ「寝るね」とまでは言えなかった。


「それは駄目。アキちゃんがベッドで寝て。俺がそっちで寝るから」

「いやいや、真冬がソファーで寝るのは無理があるから。身長的には私がこっちで寝る方が丁度いいよ」

「無理。アキちゃんをソファーで寝かせるくらいなら俺は床で寝るから」

「床は駄目。風邪でも引いたらどうするの? それに真冬が床で寝るなら私も床で寝るから」


 お互いに譲れないと、またもや「駄目」を繰り返す。

 あれ? これってデジャヴ?

 しかし、真冬の言っている事も、私が言っている事もどちらも正しい言い分である。真冬は男として、私は大人としての言い分。

 そして今回も真冬はきっと折れないだろう。だって、女性に優しくと教えたのは紛れもない私だ。きっと私の事すら女性としてカウントしているのだろう。

 ならば仕方がない。最終手段を取らせて頂きます。


「分かった」


 そう短く言えば、ふぅと一つ息を吐いて真冬は安心したように「良かった」と頷く。

 しかし、安心している真冬には悪いですが、私はタダでは折れません。だって大人ですから。

 そもそもどう考えても真冬をソファーで寝かせるなんて考えられない。ましてや床なんて論外です。


「なら、一緒にベッドで寝よう」


 シングルサイズの小さなベッドだが、ソファーで寝かすよりは幾分マシだ。私の心が。寝相については悪くないと思うし、おそらく真冬を蹴り落とす事もないと思う。……ないと思う。

 我ながら名案だと思ったが、どうやら真冬にとっては違ったようで、はぁとやけに重い溜息を吐かれた。


「アキちゃんって、本当に……」

「え? 駄目だった?」

「はぁ、もういいよ。それで」


 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。

 どうやら納得はしていないものの、今はそれしかないだろうと結論付けたのだろう。うん。聡い子である。


「で、どうする? 先に寝る?」

「ううん。俺も洗濯終わるの待ってる。先に寝たらアキちゃんそこで寝てそうだもん」


 と、ソファーを指さされて思わず黙る。あり得るかもしれないね。私の事をよく分かっていらっしゃる。


「じゃあ、取り敢えず私もお風呂に行ってくるね。適当に漁って構わないから寛いでて。もし眠たくなったら寝ていいからね」

「ん。いってらっしゃい」


 小さく手を振った真冬を背に、寝室から着替えを一通り持って浴室へ向かった。



 お風呂に入る瞬間は日本人で良かったと思う。体を洗って湯に浸かれば疲れも吹っ飛ぶというものだ。暖かい湯に肩まで浸かれば、ふぇーと意味の分からない言葉が出た。本当にお風呂は最高です。

 んー、と腕を伸ばしてから、そう言えばと今日のみかっちの言葉を思い出した。


 ──もっとよく真冬君を観察する事ね。どんな事に一喜一憂してるのか。彼が一体何を見ているのか。


 彼女がそう言うからにはきっと意味があるのだろうけど、残念ながら私にはよく分からない。

 何故なら、小さな頃から真冬は感情豊かなのだ。色んな表情を持っていて会えれば嬉しいと言い、会えない日は悲しいとハッキリ伝えてくれる。いつも綺麗に笑って、たまにしょんぼりしたりそっぽ向いたり。まあ、今日みたいなのは初めてだけど。

 だからこそ分からない。実加の言う真冬にとっての一喜一憂とは何なのかが。


「もしかして……」


 と、一つの仮説に思い至る。

 私が第三者の目線で真冬を見ていないからなのかもしれない。私は常に真冬と二人でいる事が多い。所謂、マンツーマンで真冬が他の友達といる時に傍にいる事はほとんどない。まあ、それは仕方がない。なんたって歳の差と言うものがあるのだ。真冬とは共有している時間が違う。

 という事は、私といる時以外の真冬をもっとよく見ろ、って事か。

 それなら実加の話も納得できる。

 ならば今度の試合観戦は好都合ではないだろうか。第三者として真冬を観察する。あわよくば彼の思い人とやらを見つける事が出来るかもしれない。あ、そう考えると凄い楽しみになってきた。真冬の甘酸っぱい青春の一幕が見られるかもしれない。

 ふふふふふ、っと母の言う気持ち悪い笑いが零れたところで洗濯機の終了を告げる音が鳴った。

 何だか母に突っ込まれた気がするのは気のせいだと思いたい。



「お待たせ。洗濯も丁度終わったよ」

「そっか。ありがと──」


 テレビを見ていた視線をこちらに向けた真冬は、何故かすぐに視線を逸らした。

 え? 何で? そんなあからさまだと若干ショックなんですが。


「えっと。スッピン見苦しかった?」


 思い当たったのはこれしかない。だって、私の顔見て目を逸らしたもん。

 高校を卒業後は大学生という事で化粧というものを私は覚えた。それ以降、真冬に会う時は大体化粧した姿でしか会っていない。そんなに濃く化粧をしていたつもりはないが、この反応は「化粧姿と違うくない?」ってやつか!!

 これが高校生と社会人の差ってやつか! チクショー涙が出るぜ!!


「そんなんじゃないよ!!」

「え? でも……」

「そうじゃなくてさ、」


 と、しどろもどろに真冬は続けた。


「あのさ、」

「うん」

「なんて言うか、」

「うん」

「……アキちゃんの、お風呂上がりとか初めてで、その、い、」

「い?」

「色っぽいなぁ、なんて…………」

「!!!」


 ぐはぁ!!! なんという爆弾発言!!

 耳まで赤くしてそのセリフは、もはや凶器以外のなんでもない。恥じらう姿まで完璧ですよ真冬君。確かに理想通りの年下男子です。ですが、それを私に向けるのは本当に止めて下さい。ハッキリ言って、心臓に悪いです。物凄く悪いんですよ。釣られて私まで顔が赤い気がする。

 てか、言っちゃえる真冬が凄いね。天然系だよ。普通はなかなか口に出せないよ、そのセリフは。


「そ、そうかな。まあ、私も大人だからね。ははは」


 大人だからってなんだよ私!!

 動揺した私の口から出たのはそんな意味不明な言葉だった。穴があったら入りたい。

 そもそも、そんなこと言われた事ないし返し方が分かりません。てか、こんな言葉を二次元以外で聞くなんて一生ないかもしれない。取り敢えずこんな時の切り返し方を今度実加にご教授願おう。


「えっと、ごめんね。変な事言っちゃって」

「いいよ、いいよ。あ、それより寝よっか」

「そうだね。あ、でも俺、ホントにソファーでも……」

「うん。駄目だからね」


 この期に及んでまだそれを言うのか。それについては一切却下させて頂くのであしからず。

 にっこり笑って寝室に向かい布団を捲る。さあ、おいで。


「奥と手前、どっちがいい?」


 私的には蹴落とす可能性を考えて手前が良いが、ここは真冬の意見を優先しよう。

 首を傾げて聞けば、「手前」と真冬は言った。なら私は奥だ。

 先にベッドに潜り込みその隣を叩く。そうすれば真冬は何かを決意したような顔をして隣に身を沈めた。


「おやすみ、真冬」

「うん。おやすみアキちゃん」


 シングルサイズのベッドはやはり狭い。真冬はこちらに背を向け、私も真冬に背を向けているが背中がくっ付いてお互いの熱が伝わる。

 女友達以外の他人とこうやって眠るのは初めてで、妙にドキドキする。だけど、何だか安心できる気がしなくもない。変な感じ。

 ぼんやりとそんな事を考えながら、私はいつの間にか眠りについていた。



***



 ふっと意識が浮上して目が覚めた。今日は確か土曜日だったはずと、ぼんやり考えながらまだ眠たい目を両手で擦り視線を隣へと移す。


「おはよ、アキちゃん」


 あれ? 真冬がいる。バッチリとかみ合う視線とやけに近いその距離。次第に意識が覚醒していく。

 え? 真冬がいる?! その事実が理解できずに思わず叫び出しそうになって、漸く思い出した。何故ここに真冬がいるのかを。


「えっと、おはよ、真冬」


 何だこれ! 何だか凄いむず痒い感じ!

 いつもより掠れ気味の声と何とも言えないこの表情。これがゲームのスチルならめちゃめちゃ萌えるんだけど、当事者だとなんか違う。リアルって怖い。昨晩から何度私の心臓はち切れさせそうにすれば気が済むんですか!


「あ、いつから起きてたの? もしかして私、真冬を蹴ったりした?」

「ちょっと前だよ。それに蹴られてないし、別にアキちゃんに蹴られたって全然平気」

「あ、そう? そっか……あー、えっと」


 心臓の音が聞こえてしまいそうで、取り敢えず何か話さねばと平静を装うが、真冬は気付いているのだろうか。くすくすと可愛らしい顔で笑って私の頭を撫でたのだった。何だこれ!

 最終的には楽しそうに私のほっぺをむにむにと触り始めた真冬に、「天気予報見なきゃ」なんて意味の分からない事を言って漸くベッドから這い出す事が出来たのだった。




「あ、真冬、隈が出来てるよ」


 簡単な朝食を用意し、食べながら真冬の顔を見て気が付いた。薄らとはいえ、イケメンに隈は駄目です。

 これは遅い時間だった上に、あんな狭いベッドで寝かせてしまった私にも責任があるよね。


「早く寝なかったからだよね。大丈夫?」

「うん。これくらい平気だよ。そもそも寝不足なのは、別に早く寝なかったからじゃないしね」

「そうなの? じゃ、何で?」

「それは────俺の事情だからアキちゃんは気にしないで」


 気にしないでと言われても、気になるのが人間の性というものなんだけどね。

 食事を再開した真冬はどうやらそれについてはもう話す気はなさそうだ。仕方ないし、この件については深く考えない様にしよう。聞いてはいけない雰囲気があるしね。

 取り敢えずは、次があるかどうか分からないけど布団を新しく一組買っておこう。うん。


「泊めてくれてありがとね」

「どういたしまして」


 洗濯したてのジャージを着た真冬は部活へと向かう。寝不足気味の真冬を送り出すのは少々気が引けるが、仕方がない。

 「いってらっしゃい」と、快く送り出してドアノブに手を掛けた真冬は再びこちらに振り返った。


「ん? どうしたの? 忘れ物?」


 そう尋ねれば真冬は首を振り、「約束してほしい事があるんだけど」と切り出した。


「約束? ああ、試合ならちゃんと応援に行くから心配しないで」


 大事な使命も出来たので必ず行かせて頂きます。グッと親指を立てて返事をすれば、真冬は少し眉根を下げて「そうじゃなくて」と言った。


「勿論試合もだけど、それじゃなくて俺と約束・・・して欲しいんだ」

「約束……それはどんな約束?」

「今後は、俺以外の男を気軽に家に泊めないで欲しいんだ」

「そんな事? て言うか男の人なんて泊めないよ。泊めるほど親しい人もいないしね」

「……うん。俺が思ってるのとは違うみたいだけど、まぁいいか。取り敢えず、絶対・・・、泊めないでね」


 「絶対」の部分がやけに強調されている気がするが、泊める予定もないのでここは素直に頷いておく。

 そもそも、真冬が「約束」なんて言葉を使うのは珍しい事だ。「お願い」は何度か聞いた事があるが無理だった事もあるので、「約束」を持ち出したのは必ず守ってほしいという事なのだろう。何故かはよく分からないが。

 とにかく、真冬は約束に頷いた事で安心したのか「行って来るね」と、機嫌良く出かけて行ったのだった。


「なんか凄い疲れた気がする」


 玄関に鍵を掛け、ソファーに座り込めばどっと疲れが押し寄せた。正直、真冬といてこんなに疲れたのは初めてかもしれない。初めて見る一面とか、ドキドキさせられたりとか……あーなんかもう考えるのも面倒臭い。

 よし、取り敢えずもう一回寝よ。そう決めて、ごろりとソファーに転がり私は静かに目を閉じた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ