第一章:魔術とスキル
数分後、件の老紳士はようやく笑いが治まったようだ。
そしてあっさり自分が健吾であることを白状した。
健吾「実は大樹が四つん這いになった時から目は覚めてたんだよ
でも正直現状がよくわからなかったから目が覚めてない振りをしていたんだけど・・・・ぐふっ!」
先ほどの場景を思い出したのだろう、健吾はたまらず吹き出し笑みを抑えるため肩を震わせる。
どうもあの掛け合いが彼の笑いのツボを刺激したようで、落ち着くまで数分かかった。
そして落ち着いたところで大樹にと同じ質問を投げかける。
健吾「俺も何が何だかさっぱりだ、ぴかっと光ってすげぇ痛くなって・・・気づいたらナイスな執事になってたのさ!」
どうやら笑ったことで心に余裕が生まれたようで、以前のように軽口を織り交ぜ答える。
健吾「俺は見ての通り声も耳も正常だ、ホント無駄に設定つつかなくてよかったよ、一応魔族だけどほとんど人間っぽい体だ」
ふと大樹の方を見ると、特に変わった行動を起こしたわけではないが少し羨ましそうな印象を受ける。
健吾「そんなことよりこれからどうするんだ?ここには飯は無いしトイレもないぞ・・・・ゲームのキャラだからもしかしたら要らないのかもしれないけど・・・・」
そうだ、誰もこの状況の原因・目的を知らないのならば、自分たちで見つけなければならない。
だがゲームのようにヒントやヘルプがあるわけでは無い・・・・と思われる。
ならば最低限「生存」が目的であると言える。
俺「まぁとりあえず生きていればいいってことなのか?・・・・」
健吾「・・・・特に理由が無いのならな・・・・」
大樹も悩むように腕組みをして頭をかしげている。
健吾「そうだ・・・・メニューとかインベントリとか魔術とか使えそうか?」
俺「いや、現状を把握するのに精いっぱいでそこまでは調べてないし使えるかどうかも・・・」
大樹も同じくといった感じで首を横に振っている。
健吾「それじゃあ試してみようぜ、こんな状況だしもしかしたら使えるかもしれないじゃん?」
冷静そうに見えるが興奮した口調で話す健吾に釣られ、大樹は顎を撫で、俺は多少期待した表情で頷く。
そして3人でメニュー画面の開き方を考えていたのだがそれは案外あっさり見つかった。
俺が試しにゲームの時と同じように何もない空間を指先で指揮をするように前に振るといつも見慣れたメニュー画面が表示された。
俺「うわっ」
そう言ってたじろいで一歩後ろに下がるとメニュー画面も同じように付いてくる。
殆どゲームの時と変わらないようだ。そして右上の×を押して閉じ、また同じようにすると同じ画面を開くことが出来た。
他人からは画面を確認できないようなので先ほどの手順を話し実行してもらうと健吾と大樹も確認できたようだ。
そしてすぐさまお問い合わせやヘルプを確認できたが何もない画面が表示されるだけだった。
ある意味予想通りなのだがそれでも落胆しつつも気を持ち直し、ステータス画面を見る。
名前:サス
二つ名:近き王
レベル100
ギルド:深く近い穴蔵(ギルド長)
種族:魔族・ヴァンパイアロード
職業:大魔導師(上級)
サブ職業:呪術師(下級)
HP :3561/3561(3061|500)
MP :8815/8815(6815|2000)
攻撃 :252(222|30)
防御 :679(509|170)
魔法攻撃 :1624(954|670)
魔法防御 :1382(852|530)
敏捷 :788(508|280)
ゲームの時と何も変わらないステータスでほっとする。
その後魔術・スキルのメニューボタンを押し魔術一覧を開く。
するとずらっと使用できる魔術の一覧が表示される。
魔術には炎・水・土・雷・風・光・闇の7種類の属性があり、下級・中級・上級・超級・絶級・神級の6つの階級がある。
属性は炎は風に強く水に弱いなど炎→風→土→雷→水→炎というようにそれぞれ強い弱いが分かれている。
そして光・闇はお互いに強くお互いに弱い、時と場合や使用者の強さに大きく左右される魔術である。
さらに2つの属性を使った複合属性の魔術もありさらに種族限定のものも含まれ、数は数百種類になる。
階級は魔術の強さをランク分けしたもので単純に上位のものの方が威力・効果が高い、だがこれは使いやすさなどで決められているのではなく、あくまで威力・効果のみを重視しておりバフなら中級の攻撃力を上げるバフの方が超級のバフよりもリキャスト時間や消費MPが短く使いやすいのでwikiなどでおすすめされるのは中級のバフの方・・・という感じである。
更にその上の段階の「禁呪」と呼ばれる魔術もあるがこれはギルドバトル専用の魔術で使うことはまずないしギルドで何か達成するともらえる貴重品と交換できるギルドポイントを失ってしまうので俺はギルド戦でも負けてもいいから絶対に使わないようにしている。これは2人も同意見である。
話を戻そう、俺のキャラは闇属性の大きな適性を持っている。
なので覚えている魔術の大半は闇属性のものだ。ほぼ使わないが一応神級までとっている。
反面他属性は有用なバフ・デバフと使いやすく威力、消費MPもそこそこなものをチラホラと揃えているだけである。
これらは弱点属性しか聞かないイベントモンスター戦などで使う貯めであり普段はほぼ肥やし扱いである。
俺はゲームの時のように右手をかざしながらその魔術一覧から闇初級魔術でMP消費量が低く、追尾性能が高いが威力も低い「ダークボール」を選択する。
すると「ボッ」という音とともに体からわずかに何かが抜ける気配がし、右手の前20cm程に黒く禍々しい色をした直径30cmの火の玉が浮かび上がる。
ゲームであった時と状態は変わらないが、さすがに肉眼で目の前に火の玉が出てくるのを確認するとびっくりしてしまった。
俺「うおっ!?」
そういって一歩後ずさると火の玉も右手の動きにつられてこちらに一歩分近寄る。
そして右手を握っても変化が無いが手首を曲げたりするとその動きに合わせて動く。
右に振ると右に、左に振ると左に・・・と掌の正面の定位置から動かないようである。
試しにくるりと一回転すると火の玉もつられて一回転する。
健吾「地面に近づけてみたらどうだ?触れたらどうなるかも知っておきたいし」
そういわれ俺はしゃがみ火の玉が地面にあたるように近づける。
すると地面に当たった瞬間火の玉は「ボボッ」という音を出しながら命中したときと同じ直径1mほどに爆発し、はじけた。
俺「おわっつ!?」
俺の顔に軽い熱気と土煙が当たり体を押しのける。そして態勢を崩された俺は後ろに尻もちをつく。
そして眼をぱちぱち瞬かせ、先ほど火の玉が着弾した地点を確認する。
着弾地点には土煙が舞い、軽く焦げ跡がついていたがしばらく見ていると焦げ跡がきれいに消え去った。
ゲームでも同じように一定時間で焦げ跡などは消えていたのでそこは変わらないようだ。
そして爆発に近かった右手を目の前に出して確認する、先ほどの衝撃で少し土埃が付いてはいるが特に怪我ややけどなどは無いようだった。
健吾が慌てて近寄り、心配そうに着弾地点を眺める俺に手を貸す。
健吾「大丈夫か?」
俺「あ、ああ、大丈夫だ・・・・自分で撃った魔術が自分に効くんだな」
俺は差し出された健吾に手を引かれ起き上がりながら多少困惑した言葉を漏らす。
健吾は俺の無事を確認したあと少し顔を顰め考えている。
その後ろから覗き込んだ大樹は大丈夫なことを確認した後着弾地点に近寄ってしゃがみ込み、まじまじと観察ている。
俺は自分がどのくらいダメージを喰らったのか気になりステータス画面を開き確認する。
名前:サス
二つ名:近き王
レベル100
ギルド:深く近い穴蔵(ギルド長)
種族:魔族・ヴァンパイアロード
職業:大魔導師(上級)
サブ職業:呪術師(下級)
HP :3551/3561(3061|500)
MP :8807/8815(6815|2000)
攻撃 :252(222|30)
防御 :679(509|170)
魔法攻撃 :1624(954|670)
魔法防御 :1382(852|530)
敏捷 :788(508|280)
ほぼ効いていないようだHPは僅かに減っているが全体からみると大した量ではなく、
ダークボールもスキル最大だがかなりの低コストでなおかつ闇属性魔術を食らうとその食らった魔術の消費MPの20%回復する『闇喰い』というパッシブスキルが発動したようでMPは最大値からほとんど減っていない。
それを聞いて健吾はさらに顔を顰め呟く。
健吾「・・・自分に効くのなら味方にも効くよな?なら範囲攻撃をするときは考えなきゃな」
俺「そうだな、俺は闇属性に耐性ついているからほぼ効かないから多少は平気だが・・・・」
俺には闇属性がほぼ効かない。
正確にはほぼすべての魔術に対して強耐性を基礎として持っているが闇属性はその中でも特に高く自分で自分に本気で攻撃したとしても倒せないだろうと思われるほどに高い。
場合によっては魔術の肉壁として前線に出ることがあるくらいに魔術には強い。
健吾「触れると着弾したことになって効果が出ちゃうか・・・・気を付けないとな」
俺「ああ、まぁ近くで発動しても俺なら大丈夫だしもう一回やってみるか」
そう言って俺は着弾地点をまじまじと見つめている大樹を退かせ、同じ位置でもう一度「ダークボール」を発動させようとする。
すると健吾が一つ提案をしてきた。
健吾「ちょっと待て、この世界じゃあ短縮キーが使えないよな?だったら厨二っぽく頭で発動させようと思いながら呪文を呟いてみたらどうだ?」
俺は何言ってるんだと怪訝な表情を浮かべてしまうが健吾は口で笑っているが目は真面目だ。
なるほど転生もののラノベには良くある設定だ。それに今は俺にとってゲームではなく現実だ
やってみる価値はある。だが・・・・
俺「・・・・自分でやれよ・・・・」
健吾「いや、俺のキャラって魔術耐性無いし大樹は耐性あるけど魔術弱いし声出せないし」
健吾のキャラの種族「ドッペルゲンガー」は人族同様魔術に対する基礎耐性が無く
耐性は装備やバフなどで補うようになっている。
なので装備は防御力よりも耐性重視で選んでおり、敵が出るフィールドでは常に何らかの耐性バフをつけて行動している。
大樹のキャラは先述のように耐久面が高く、俺よりも低いがそれでもかなり高い魔術耐性を持っている。
だが最大MPは俺の半分、使える魔術がほとんどないので試すのには心もとない・・・・という考えだというのは理解できる。
いつの間にか健吾の隣に立って腕を組んでいた大樹が健吾の考えに賛同するように頷く。
どうしても自分ではやりたくないようだ。
俺「・・・チッ・・・・わかったよ・・・・わらうなよ?」
つい舌打ちが出るが使えることが出来れば楽なことこの上ない。
気を取り直して頭の中で魔術を発動させたいと思いながら魔術名を口ずさむ。
俺「・・・ダークボール」
すると先ほどのように胸の前に火の玉が出現する。ユラユラと揺らめく火の玉を見ながら健吾たちに苦笑した顔を向ける。
俺「・・・できたな・・・」
健吾「ああ・・・・できるんだな」
漫画やアニメみたいにできてうれしいという気持ちと中学時代の黒歴史の覗きたくない過去の思い出が合わさりとても複雑な気持ちになる。
健吾や大樹も同じようで、健吾はむず痒そうな顔をし、大樹は顎のあたりを撫でている。
健吾「・・・・まぁできるってのがわかったんだ、どんどんやって行こうぜ?」
俺「ああ、そうだな・・・・」
自転車で転び腕に結構大きな傷を作り包帯を巻いてもらった日、家に帰り鏡の前で同じように腕に包帯をしたキャラと同じポーズをして悦に浸っていた過去の記憶を振り払い魔術を試す作業に戻る。
体感時間で数時間後ようやく消費、威力が高くてやばそうなもの以外のすべての魔術を使い終えた。
おそらくMPが消費された影響だと思うが体力的には問題ないがなぜか気だるげな状態になった。
俺「よし、とりあえず魔術はこんなもんとして・・・・次は物理とかスキルをやってみるか」
大樹が待っていましたとばかりに進み出る。
そして部屋の中心部に仁王立ちするとこちらに「なにからする?」と言いたげに顔を向ける。
その行動ひとつで改めてボディランゲージの有用性を認識できる。
健吾「それじゃあ普通に剣を振ってくれるか?」
大樹はそれを聞き軽く頷き鎧と同じ黒に赤い色の淵が着いた剣の鞘に左手をかける。
そして右手でゆっくりと剣を鞘から引き抜く。
シャーというこすれる音を立てながら鞘から抜かれた剣はゲーム時代同様中世の騎士の持つ幅広の片手剣そのもの見た目だった。
だがその剣は以前よりも一回りほど大きくなった大樹が持つのでそう見えるだけで
実際は両手用の大剣並でブロードソードを少し長くし、幅広肉厚にしたような形状で長さは1.2m程だろう。
無論片手で操れるような代物ではないが大樹はまるで重さを感じないかのように
くるくる回転させたりしながら剣をいろいろな角度からまじまじと見つめている。
しばらくして一通り見終えたのか左に俺と健吾が見えるような位置で誰もいない前を見据え、両手で剣をがっちり握り足元まで軽く振り下ろす。
ブオンという風を切る音が聞こえ同時に体をまんべんなく強風が撫でる。
軽く一回振るだけでこれだと本気で振った時や筋力が最強クラスの巨人族や物理特化ドラゴン等では強風どころか素振りで辺りの地形が変わってしまうだろう。
俺「・・・それじゃあ他にもスキル以外で色々やってみてくれ」
そう言われ大樹は横を見ず頷くと握り方や足の配置を変える。
右手でつばの付近を軽く、左手で柄のあたりをしっかり握り両腕を軽く下げ剣先を少し上げ、右足を前に出し左足の踵を少し上げる。
剣道経験者である大樹がよく知る剣道での基本的な構えだ。
その後微調整の末納得いく体勢が整ったのかスッと剣を頭上に掲げ上段の構えを取りそのまま振り下ろしながらすり足をしながら右足を地面に打ち付けて前進する。所謂「面」だ。
大樹のキャラの素早さのステータスはそこまで高くは無いのだがそれでも人間以上なのは確かで数メートルの距離を目にもとまらぬ速さで駆け抜け元いた位置には土煙が舞っている。
だがそんなことよりも一番目立ったのは打ち付けた右足によって石の床がドズッという音とともにひび割れ軽く足形がついてしまっていることだ。
数秒ほど傍観していた二人は「うわ~・・・」というような目線で大樹は「やっちまったなぁ・・・」と言いたげに足型の付いてしまった床を見つめていたがしばらくすると一瞬で何事も無かったかのように傷が消え去り元の薄くキズが付いた石の床に戻っていた。どうやら修復機能は傷にも対応しているようだ。
健吾「・・・・通常攻撃はわかったからスキル行こうか」
俺「・・・そうだな、でもなるべく地面は気付つけない方向でな?」
俺がそう注意すると健吾も大樹も気まずそうにコクリと頷く。
そして大樹はもう一度剣を構えた後ふと何かに気付いたのか一瞬止まり頭だけこちらに向け何か言いたげな視線を送ってくる。
何か言いたいことがあるのか分からず首をかしげていると健吾があっと声を上げた。
健吾「そういや大樹喋れなかった!」
それを聞き納得する、確かに戦闘中にスキル欄を開く暇はなさそうなので魔術のように声で発動させる方が良いが大樹のキャラには声帯どころか口も何もない空っぽなので声で発動させることが出来なさそうである。
そう理解した後どうするべきか考え思いついた案を大樹に提案する。
俺「・・・頭でイメージしながらすればどうだ?」
とりあえずやってみようと思ったのだろうか大樹は頷きまた前に視線を戻す。
そして次に動き出すと何もない虚空に一瞬で隙のない上段中断下段の3連撃を繰り出した。
これはゲーム内で大樹がよくメインで使う範囲こそ狭いが消費の割に隙が無く威力が高い「三叉撃」というスキルであるのがわかった。
俺・健吾「おお~」
見事な技に感嘆の声を漏らす俺と健吾、一方実際にスキルを使った大樹の方は
剣を目の前に持ってきて考え込んでいるようにじっと見つめている。
健吾「?どうかしたのか?」
健吾が大樹に話しかけると大樹は振り向きじっとこちらを見つめてくる。
表情が見えないので何を考えているのかわからず俺と健吾が困惑状態で目を合わせていると大樹は少し前かがみになり剣を床に押し当て引っ掻き始めた。
それを何回か繰り返していると書き終えたのか引っ掻いたところを指し、見ろと言わんげながらんどうの視線をこちらに向ける。
指の先を見てみると「体が勝手に動いた」と床に傷で書かれていた。
俺「体が勝手にって・・・スキルを発動させると自動で体が動くのか?」
俺の質問に大樹は頷く。
確かに一応武道経験がある警察官とはいえ、先程の剣の達人のような動きが普通の家出身の人間に出来るわけがない。
もっと言えば武道に精通し剣豪とか言われるような達人でもあの動きは無理なのではないかと思われる。
だが魔術も発動させるとこちらの意思と関係なく魔術が発現した事から考えると魔術とスキルは体を使うか魔力を使うかと言う程度の差なのかもしれない。
そう納得していると大樹は剣先を足の横ぐらいまで下げ、足元の斜め前辺りをじっと見つめている。
俺「どうかしたのか?」
そう聞くと大樹はもう一度剣で床に文字を削り込み始めた。
そして書き終えると俺たちに見えるように横に退きこちらを見る。
床には「自分の技じゃないから何だか気持ち悪い」と書かれていた。
確かに魔術と違い発動させると勝手に体が動くのだからそう思っても仕方がないだろう。
だが貰えるものは病気と借金以外ありがたく貰う俺には逆に勝手に動いてくれるので羨ましく思ってしまうところがある。
これはわずかにでも武道をやったことがあるかないかの差なのかどうかは不明だが少なくとも大樹は不満げである。
健吾「まぁ使いたくなければ使わなければいいし、持っておいても損は無いから
最悪の時用の手段って思っとけばいいんじゃないか?」
健吾がそういうと大樹も理解はしたが十全に納得したわけではないのか少し顔を伏せたまま小さく頷いた。
健吾「それじゃあ残りのスキルとかも試してみようぜ、あとはインベントリとか設定とかも試そうぜ
敵を知り己を知レば百戦危うからずってやつだ」
その健吾の言葉に俺と大樹は頷き、次に使う魔術・スキルを選び始めた。