第一章:ゲームの世界
次に目が覚めたとき俺は見慣れた陰鬱な空間に居た、静謐とした空気の中で自分が動いた時の衣擦れの音だけが聞こえる。
少々混乱したが、左右に目を向け、その情報を頭の中で整理した結果、自分たちがゲーム内で本拠地としている「近き王の間」であることを理解する。
そしてまだ寝ぼけた頭で現状を推察し電源をつけたまま寝てしまったのだと解釈する。
俺(ああ、そういや着けっぱなしだったな・・・・寝落ちなんて半年ぶりぐらいか?まぁあれだけ狩れば疲れは出るわな)
そう寝落ちの言い訳を頭で考えながらゆっくりと目を瞬かせた。
なぜか視界が以前よりもクリアに見える
(・・・・寝ている間にアップデートでもしたのか?)
普段の背景もヘッドセットの高画質ディスプレイでPCの画面よりも鮮明だが
現在の視界だと細かい壁の傷や奥行までしっかり感じられる
(・・・・まるで本物だな)
俺は息を吐きながら少しずれた尻の位置を戻す。
肘と背中と尻から座っている大理石の硬い感触が伝わる。
(・・・・ちょっと待て肘と背中と尻に固い感触?俺はベッドに横になりながらこのゲームをやっているんだぞ?
幾ら万年床になりかけの煎餅布団だろうと石の感触をするまで落ちぶれてはいないはずだが・・・・)
そう違和感を感じ、本調子でない頭が少し回り始める。
試しに手で肘のあたりにあるものを触る。
硬く、だがきちんと磨かれた滑らかさを持つ上等な石の感触だ。
更に頭の回転が早まる。だが同時に現状への違和感が増す。
気持ち悪くなりヘッドセットを外すため手を上げる。
すると青白い、自分のものではない金色の指輪をした手が視界に映る。
ドキリと心臓が跳ねる、目の錯覚を疑い瞬きをする、だが手は青白いままだ。
裏返し手の甲を見る。
やはり青白く金の指輪には赤い大きな宝石が埋め込まれ怪しく輝いている。
心臓が早鐘を打ち少し息が切れ始める。
その両手をヘッドセットがあった位置に持っていく。
青白い手は自分が思った位置に動いていき・・・・サラサラの滑らかな髪の感触を伝える。
そこから前後左右に顔をなぞるように両手を動かす。
髪が掻き上げられサラサラと元の位置に戻る感触の他には何も感じない。
俺「・・・・あ・・・・・」
驚きで声が出る、だがその声も自分が慣れ親しんだものではなく、低めの透き通るような声だ。
口が半開きのままにで固定される、その口からは激しく動く心臓の排熱を逃がすかのように短い呼吸が繰り返される。
目線を下げる、すると見えたのは寝間着にしているボロのTシャツと短パンではなく上等な糸で紡がれ、まるで水のようにさらりとした感触を持つ黒いローブであった。
見たことが無い服を自分が来ていることに戸惑うが、同時に妙な既視感を感じる。
そして現状と重ね合わせ、おそらくではあるがこれに似たローブのことを思い出す。
名前は「陽断のローブ」、太陽光を遮断し、防御を上げ、闇魔術の消費MPを抑える。
最高の防御力を誇る訳ではないがスキルなどを踏まえた関係上魔術特化ヴァンパイアロードが使う上で現状最も使用に適した防具だ。
説明文にも「ヴァンパイア族でも上位の者にしか着ることを許されない逸品だ」と書かれていたはずだ。
クリアしたいイベントを進めるうえで戦力強化の一環でどうしても必要だったのでゲーム内オークションで競り落としたものだ。
俺「・・・・・・・・・・・・」
指に嵌った指輪を見る・・・・ルビーのような赤い大きな宝石が使われた如何にも高そうな指輪だ。
これは「死霊の目」と言い、闇魔術の威力を底上げし、一戦闘に一回だけ死亡を回避する。
また道具ではなく武器としても装備でき、その能力は他の杖と比べても遜色ない。
それほどのイベントガチャ産でも指折りのアイテム・・・・に酷似している。
俺「・・・・・・・・・・・・」
ローブの首の部分を指で引っ張り中を覗いてみる。
ローブの下はキラキラと光る銀色の服・・・ではなくチェインメイルをインナーの上に着けている。
これはドワーフ族の・・・すごい鍛冶師が造ったすごいチェインメイルだ。
かなり長かったので名前は覚えてないが非力な魔法使いでも装着でき、かなりの防御力と魔法防御力を持つユニークアイテム・・・・だった物に似ている・・・・
次に足を見る。
脛のあたりまで足を覆う紺色の革のブーツは水属性のドラゴンの皮にウンディーネの加護を付与した「水面のブーツ」というもので水・火魔術への耐性を上げ、水の上を歩けるようになる・・・のだろう・・・・
俺「・・・・・・・・・・・・夢か・・・・?」
自問自答であるはずなのに声が違うので他人に問いかけられている感覚に陥る。
(・・・・仮に、仮にだ・・・俺の予想通りならあいつらも・・・)
そう思い右にゆっくりと視線を向ける。
すると白髪の紳士が目を閉じ、背筋を伸ばし手を後ろで曲げて組んで直立している。
反対側も見る。こちらには巨大な鎧の黒騎士が背筋は伸びているが手を横に垂らした状態でで直立している。
これはゲーム内チャット時の彼らの待機姿勢だ。
両人ともただ立っているだけであるのに仁王像の如き威圧感を体に感じる。
俺「・・・・・・・・・・・・」
もうここまで状況が一致しているのであれば間違いない、ここはオンラインゲーム「ディファレントワールド」の世界だ。
おそらく夢だろう、だが夢ならばもっと自分が解き放たれ、臨場感・全能感などを楽しめるはずだと思うが現状はリアルさと自身への違和感で楽しめたものではない。逆に悪夢のような恐怖を感じる。
特に事前に何をやっていたか、夕飯は何を食べたかなど明確に思い出せ、現実と夢のようなリアルな現状との歪な齟齬が頭で理解できてしまい気分が悪い。
・・・・とそんなことを考えていると件の黒騎士がいきなり膝をついた。
ガシャンと静謐な空間に重い金属と固い床がかち合う音が響く。
俺「・・・・!」
その音に俺は体を委縮させる。
両手を胸の前に縮めて、膝をその腕の前に上げ、さながら赤ん坊のような態勢になる。
ゲーム内での威風堂々と玉座に座っていた威厳は微塵も無い。
だがそれどころではない、頭の中では「何!?俺何かやった!?」と行動に不備があったからではないかとの疑念でパニック状態になっていた。
そんな頭の中が混乱状態の俺は眼中に無いのか黒騎士は四つん這いになり地面をじっと見据えている。
そして数十秒後、唐突に黒騎士がガバッと立ち上がった。
その時もまた大きな声がしたので俺の緩みかけた体が硬直する。
黒騎士は自分の手を見て体を手で触り頭を触り、腰に掛かった黒い大剣の柄をなぞり、左手にある巨大な楯の淵をつまんだ。
そしてゆっくりと顔を動かし・・・・・こっちを見る・・・・
俺「・・・・・・・・・・・・」
黒騎士「・・・・・・・・・・・」
俺は情けない姿のまま黒騎士の顔を怯える目で見る。
黒騎士も体をピクリとも動かさずに俺を見続ける。
二人の間を沈黙が支配する、ヘルムの目があるはずの場所には何もない。
ゲームの設定上物質族の鎧の騎士には中身が無く。ただの鎧が魔力により動いているということになっている。
なので目は無いがどういう理屈か魔力で感知出来、視界も他と変わらないらしい。
ならばこれは一歩的にこちらが見ているだけということになるのでは?と現状と全く関係のない事柄を頭の中で反芻し現実逃避を図っていると黒騎士が行動を起こした。
まず棒立ちで頭だけを向けた状態の固まった体をこちらに向け、そしてこちらを見ながらヘルムの顎を撫で始めた。
俺はその仕草に覚えがあった。大樹は考える時に同じように顎を撫でるのだ。
同じ仕草をするプレイヤーと操作キャラ、そして自分の現状、この3つが線でつながり。
大樹も自分と似たような状況になってしまっているのではないかと推測を立てる。
だがそうなるとますます夢から遠ざかり、現実味を帯びる。
心の底では薄々感づいてはいるが肯定してしまうことを恐れ夢であると思い込む。
そして夢の中ならば攻撃されても起きれば無傷だと暴論を立て無理やり勇気を振り絞り話しかける。
俺「・・・・もしかして・・・・大樹・・・・?」
絞り出せたのは単語二つだけだったが、肺にはもう空気が無いような気分になり口が閉まる。
それを見て聞いていた黒騎士は顎を撫でるのをピタッと止め、凍ったように固まる。
そして次の瞬間、ガバッとこちらにに頭を寄せ何かガクガク頭を小刻みに降り始めた。
急に巨大な鎧が目の前に寄って頭をガクガクし始めたので体だけでなく顔もこわばり目が離せなくなる。
口が閉じていなかったら悲鳴を上げていただろう。
黒騎士「・・!?・・・!!・・・!!!」
黒騎士は何度も何度も頭を小刻みに振るわせ何かしたいようだが出来てない様子だ。
そしてそんな状況に苛立ったようで仕舞いにはまた頭をまた触り、口の周りを確認し始めた。
俺「・・・・・・・・あ・・・・・」
そこで気付いた。
目が無いのであれば口もないはず、それが反映されて喋ることが出来ないのだ。
ゲーム内であればプレイヤーキャラは基本無口でNPCがメインで話すので喋れないのは問題ない。
だが本来ならばこのように喋ってコミュニケーションをとることが出来ないのでかなり不便なはずなのだ。
このまま黒騎士が頑張っても喋れるようになることはなさそうなのでこちらから声をかける。
俺「・・・・喋れない・・・・のか?」
そこでまた黒騎士がピタッと止まり、そしてブンブンと振り回すように頭を上下させる。
どうやら本当に喋れないらしい。
俺「・・・それじゃあ大樹なんだな?」
黒騎士は頷く、知らない人物ではなかったことに安堵しながら自分の見た目に関する質問をする。
俺「・・・俺は近藤悟だ・・・・わかるか?」
黒騎士はまた頷く、そして知り合いだとわかって安心したのかこちらに最初と同じ直立の姿勢を取る。
俺「もしかして俺も・・・・別人っていうか・・・・見た感じ・・・・ゲームキャラに・・・・なってる?」
おずおず聞くとゆっくりとコクンと頷いた。
ここで確信させられた、これは夢ではない、現実だ。ゲーム世界と現実が混ざり合った歪な現実だ。
俺は「そうか」と言い、強張った体を伸ばし、玉座にもたれかかる。
そして天井を見上げ息をふーっと吐く。吐くと色々な不安も一緒に抜けていくような気がした。
おそらく知り合いがいると分かり安心したからだろう。
だがのんびりとしている余裕はない、何が起こっているのかわからないと動くに動けない。
俺は大樹にいくつか質問をすることにした。
もたれかかった背中を玉座から剥がし大樹の方へ向き直る。
俺「いいか?現状何が起こっているか全く分かららんから
少し質問をするぞ、頷くか首を振るかで答えてくれ、わかったか?」
大樹は俺の顔をまっすぐ前に捉えて頷く。
俺「よし、じゃあどうしてこうなったか覚えてる?」
大樹は少し考えて首を横に振る。
何か思い当たる節があったのだろうか?自分の時のことを思い出して質問する。
俺「もしかしてピカッと光って体に激痛が走って気付いたらここに居たって感じか?」
大樹はコクコクと2回頷く。どうやらこちらに来た経緯は似たようなものらしい。
寝て起きたらゲームの世界だったというのは如何にも漫画やラノベやゲームのような展開だ。
読む側だった時は少しは憧れはしたものだが、いざ実際にその本人になると奇妙な違和感があり、浮かれた気分にはなれない。
鬱屈とした気分を振り払うために次の質問をする。
俺「何か元の世界への手がかりになりそうなものとか情報とかあるか?」
大樹は首を横に振る。
今はこれ以上わからないだろう、結局質問してわかったのは何もわからないことだ。
じっと大樹の姿を見ていると現状の確認とは別に興味が沸いてきたのでそれを聞いてみることにする。
俺「・・・その鎧って本当に中身は空なのか?」
大樹もよくわからないのか少し首をかしげひじを曲げ両掌を上に向け「さぁ?」というジェスチャーをする。
俺「ゲームではよくバラバラになってたけどどこか取れそうなところある?」
そう聞かれ、大樹は自身の体をまさぐり始める。
だがどこも押しても引いても外れそうにない、そして最後に頭を右に左にひねっているとどこかの引っ掛かりが取れたのかスーッっと首が一回転し、頭を上に持ち上げると見事に取れてしまった。
大樹は恐る恐る上に持ち上げるとゆっくりと頭が体から離れた。
そして首のあるところには何もない、興味には勝てず玉座から立ち上がり、寄って少し爪先立ちをして覗き込んでみると中は真っ暗で見えにくいが特に何か不思議なんのがあるわけでなく、空っぽの状態であった。
俺「・・・・本当に空っぽだな・・・・」
不意に口から言葉が漏れ出ていた。
大樹はその言葉を聞くと気になったのか持ち上げた頭の目線を首の方へ向けた、そして少し固る。
固まっている間に俺は元の大理石の石に腰を下す。
ある程度落ち着いたのか大樹は頭をまっすぐに降ろし首に装着し始めた。
だが現代日本人が中世の鎧を着る機会なぞほぼ無いので嵌め方がわからず悪戦苦闘している。
それをまじまじと見ているとうまくいかなくて焦ったのか強引に嵌めようと力み始めた。
そして少し余裕を持たせて一気に押し込もうとすると手から頭がすっぽ抜け、ガシャンとけたたましい音を立てて落ちその後ゴロゴロ転がり仰向けになったところで玉座にあたり止まった。
大「・・・・・・・・・・・」
俺「・・・・・・・・・・・・・」
二人とも少し固まったが大樹はすぐに動き始めた。だが少し様子がおかしい。
まるでメガネが無いと何も見えない人であるかのように膝をついて手を左右に振りながら頭を探している。
どうも頭が仰向けになっていて周りが見えないようだ。
俺はその頭を拾い上げまっすぐ見つめ合ってみた。
その頭は今磨かれたかのようにツヤツヤとした光沢をもっており淵にわずかに塗られた赤の塗料がその黒を強調しバランスのいい配色を実現している。ダークヒーロー的なかっこよさを感じる。
一方体の方は目標が定まったようで一歩一歩おずおずと俺の方へ歩を進めている。
その動きはかなりシュールで意図せず口角が上がる。
そしてそれを見ていると某芸人トリオのネタが頭をよぎる。
余裕が出来た影響か俺は茶目っ気をこらえきることが出来ず
持っていた頭を 思 い っ き り 振 り ま く っ て し ま っ た !
すると体は足をガクガクさせ、まるで大地震に遭遇してどうすればいいのか慌てているような中腰の姿勢になり数秒後、耐え切れなくなって尻もちをついた。やはり頭の方が視界の全てを司っているようだ。
そして俺が降るのをやめると体は少しふらっとよろめいたがすぐに真っ直ぐ立ち上がりゆっくりと一歩一歩恐る恐る確認しながらこちらに進むと2回ほど空振りしつつ俺の手から頭を毟り取った。
そして落とさないようにそっと首の部分と合致させる。
だが一回ではうまく嵌らず、右や左に回して試行錯誤して何とか取り付けることに成功した。
頭を動かし体も色々動かしもう取れないことを確認した後で俺の頭を殴った。
ゴスッという鈍い音が静かな部屋中に響く。
俺「・・・・っぁ!?!・・・・ぁ?!?」
本当に痛いときは声も出ない、それを俺は椅子の上でうずくまり痛みで頭を抱えながら文字通り痛感した。
今思い出したが大樹はサブ職業の重戦士でパッシブスキル「怪力」を持っていた。
ボロアパートに居たとき、部屋で酒盛りをした際、ちょっかいを出して同じように殴られたことを思い出し安心と痛みが綯交ぜになり少し苦笑いしながら呻く。
俺「・・・・相変わらずいいもんもってやがるぜ・・・」
そんなボクシングのトレーナーのような感想を述べ頭をさすって痛みを紛らわせていると大樹のいる場所の反対側から何か吹き出しような声が聞こえた。
「ぶふっ」
頭を抱えた状態で脚だけで方向変換し、その方向に向きなおしてみると紳士然としたナイスミドルが両手で口を押えて歳不相応な吹き出し方をして笑いをかみ殺していた。
紳士「ぶっ・・・・す、すまん・・・・くひっ・・・・・」
片手で口を覆い、片手の側面をこちらに突き出して日本的な「ごめん」という感じの状態を作りながらバリトンボイスのこらえきれない笑みを我慢しようとして失敗していた。
そして俺と大樹の心は今一つになった。
こいつ絶対健吾だ。