月の旅人
公園にブランコが揺れる音が響く。誰もいない公園。僕はそんな公園が好きだった。
「はぁ」
ため息が漏れる。でも、誰にも聞かれることはない。それが好きなのだ。きぃきぃとブランコの揺れる音を聞くと落ち着く。僕の心を穏やかにしてくれる。
「はぁ」
もう一度、ため息。
(嫌だなぁ……)
家に帰りたくない。ずっと、独りでいたい。この公園に来るといつもそう思う。放っておいてほしい。
だが、それを許さないのはポケットに入っている携帯電話。僕を呼んでいる。電話に出ろと震えて訴えかけて来る。何度、切ろうが震えるのだ。でも、電源を切ったら後々、面倒になるので無視している。
「はぁ」
ため息が量産される。それを知る者はいない。
「あ……」
ふと空を見上げたら満月が輝いていた。その月光はまるで、公園と言うステージに立つ僕を照らすスポットライトのようだった。そして、そう思った瞬間、満月が嫌いになった。スポットライトなんか浴びたくない。
「月、綺麗だな」
でも、満月に罪はない。満月が嫌いになった理由は個人的な物だ。綺麗なのには変わらない。無意識の内に僕はそう、呟いていた。
「ああ、綺麗だ」
「ッ!?」
突然、後ろから女性の声が聞こえて驚いてしまう。振り返ると、公園に設置されていた『O&K』という大きなロゴが目立つテントからパジャマ姿の女性が出て来るところだった。
「て、テント?」
暗くてよく周りが見えず、テントがあったことに気付かなかったようだ。僕が戸惑っているとパジャマの女性は隣にブランコに腰掛ける。
「どうした、少年。こんな夜遅くまで公園遊びか?」
コロコロと笑いながら言う女性。近くで見るととても綺麗な人だった。
「そんな歳じゃありませんよ」
ちょっとドキッとしたことを隠すようにそっぽを向きながら吐き捨てる。
「それじゃ、君は何歳なのかな?」
「……14歳」
「はっはっは、私からまだ子供だ」
そう言いながらポンと僕の頭に手を乗せた。その手付きは母を彷彿とさせる。とても優しくて暖かい手。
「で? そんな子供がこんなところで何、黄昏てるのかな? 公園で黄昏てもいいのはリストラされたサラリーマンだけだ」
「そのサラリーマンも好きで黄昏てるわけじゃないよ」
そして、黄昏ているのではなくどちらかと言えば、現実に絶望しているのではないだろうか。
(その点は僕と同じか)
「少年、まだ14歳の君が自虐的な笑みを浮かべるもんじゃないよ」
僕の顔を見たのか女性が苦笑しながら言った。
「放っておいてください」
これ以上、この女性と話すことなどない。この公園に来る理由の1つは独りになりたいからだ。
「そんなこと言うな。少しお姉さんとのお喋りに付き合ってくれないか?」
だが、女性は空気を読まずに僕と関わろうとする。
「嫌です」
「どうしてだい?」
「独りになりたいからです」
もう現実なんか見たくない。僕はこの世界が嫌いだ。人の意志など関係なく、歯車のように回される。そんな機械仕掛けの世界が嫌いだ。
「独りになりたい、か。寂しいことを言うのだな」
チラリと彼女の顔を見ると寂しげな表情を浮かべて僕を見ていた。
「お姉さんこそ、独りじゃん」
あのテントは1人用だ。見ればすぐにわかる。
「私は独りではないぞ?」
しかし、女性はすぐに否定した。意味が分からず、首を傾げる。
「人間、独りにはなれないのだ。どれだけ、離れていても突き放してもその人の心の中に君がいるならば独りになることは出来ない。思い出としてその人の中に君が残っているからだ。私もこの胸の中にはたくさん、思い出が詰まっている」
「……それでも、独りになりたいんですよ」
きぃとブランコの揺れる音が重なる。その音に聞き慣れていないことからすでに僕の時間がなくなってしまったのだと今更ながら気付く。
「君はどうして独りになりたいのかな?」
その言葉を聞いた瞬間、チクリと胸が痛む。
「……言わなきゃ駄目ですか?」
きっと、これを言えばこの女性も皆と一緒になってしまう。何だか、それだけは嫌だった。
「別に話したくないのなら話さなくてもいい。むしろ、謝らせてくれ。少し踏み込み過ぎた」
頭を下げながら女性が謝る。そんな姿を見て嫌な気持ちになった。
「謝らないでください」
「……ああ、わかった」
僕の態度で不機嫌になったのがわかったのかすぐに頭を上げる女性。
しばらく、沈黙が続いた。ブランコの揺れる2つの音が公園に響く。そんな中、僕たちはずっと満月を眺めていた。
「私は旅をしてる」
不意に女性が語り出した。
「旅、ですか?」
「ああ、世界中を歩いて回ってる。まぁ、ちょっと日本で用事があったから戻って来たのだが、テント生活に慣れたせいなのかホテルに泊まるのがちょっと苦手になってな」
『だから、公園でテントを建てたのさ』と後ろにあるテントを見ながら教えてくれた。
「長いんですか? 旅に出て」
「もう何年経っただろうか。あのテントは私が旅に出ると決めた時に家族から貰った物なんだ」
それを聞いてもう一度、テントを見る。何年も使い続けているには綺麗だ。それほど、大切に扱っているのだろう。
「今となってはなくてはならない私の相棒だ。このテントはすごいんだぞ? とても頑丈で何度、私の命を救ってくれたことか」
「……知ってるよ」
「ん? ああ、そうか。あのロゴを見てわかったのか。『O&K』。色々な商品を開発し、安値で売っている。しかも、その商品がまた高性能。旅をしていても耳に噂が届く」
感心しているのか、うんうんと頷く彼女を見てそっとため息を吐いた。
「そう、ため息ばかり吐くな。幸せが逃げてしまうぞ?」
「お姉さんと会ったことですでに不幸メーターはカンストしてますよ」
「あっはっはっは! 君は敬語で毒を吐くのか!」
僕の嫌味など気にする様子もなく、大きな声で笑う女性。その笑顔はあの空に輝く満月のように綺麗で儚げだった。
(不思議な笑顔……)
今まで見たことのない笑顔だったので思わず、覗き込んでしまう。
「少年、お姉さんの顔に何か付いているのかな?」
「……悲しげな笑顔だったから」
そう言って、ハッとする。気付けば女性との距離はキス出来そうなほど近かったのだ。すぐに離れる。
「顔を紅くして、初心なんだね」
「まだ中学生ですから!」
「中学生にしては大人びてるな。それに私の笑顔の違和感にも気付いた」
女性の言葉を聞いて驚いてしまった。彼女は自分の笑顔のことを知っていたのだ。
「どうして、そのような笑顔に?」
「君も踏み込んで来るのかな?」
そう言われてしまったら、何も言えなくなってしまった。自分のことは話さず、相手のことを知ろうとするのは都合が良すぎる。
「……ふむ、本当に君は大人だな。中学生なら私の嫌味を聞いても食い下がって来そうなものだが」
「空気の読める中学生なので」
好きでこんな自分になったつもりはないが。
「そうか。なに、そう難しい話ではない。もう、このような笑い方しか出来ないのだ」
「……理由を聞いても?」
「その対価はわかるか?」
質問に質問で返された。でも、その質問の答えはわかる。ただ――。
「わかっていますが、支払う気はありません」
――自分のことを話すつもりはない。
「君は子供なのにずるいな」
「大人が僕をこんな子供にしたんですよ」
僕だってこんな自分は嫌いなのだ。沸々と胸の奥底から憎悪が込み上げて来る。それを表情に出ないように満月を見上げた。
「君は嘘が下手くそだ」
その時、女性があの悲しげな笑顔で僕の頭を撫でる。
「ッ……何を根拠に?」
「悲しくなった時、気まずくなった時、何かを隠そうとした時、君は決まってあの空に浮かぶ満月を見上げた」
この人はよく人を見ている。今まで、僕の誤魔化しに気付いた人は1人しかない。他の大人は僕の嘘に気付かない。気付こうともしない。ただ、僕の顔色をうかがっているだけ。
「私には子供がいた」
不意打ちの告白。それを聞いた僕はすぐにその後に続く言葉を察した。
「……死んでしまったのですね?」
「ああ、交通事故だ。一緒に横断歩道を渡っていた時だ。あの子は私の数歩先を歩いていた。そして、振り返って私を急かした。そんな姿を微笑ましく思いながら走り出そうとした時――あの子は目の前からいなくなった」
がしゃんと大きな音を立てるブランコ。女性が立ち上がったのだ。
「居眠り運転だって。私の鼻先を掠めるように通過したトラックはあの子を連れ去って行った。あの世に、ね」
女性は満月を見上げ、すぐに僕の方を見た。
「……お姉さん」
「ん? 何かな?」
僕が声をかけると首を傾げる彼女。でも、その仕草を見て僕の頭の中を支配する疑問が更に肥大化した。
「どうして……笑っているんですか?」
自分の声が震えているのがわかった。自分の子供が死んだ時の話をしているのに彼女は笑顔だったのだ。儚げで、今にも散ってしまいそうな微笑み。
「……君は、本当に優しいのだな」
僕の言葉を聞いた女性は先ほどとは違う笑みを浮かべる。視線は僕の方が低いので女性の顔を見ようとすると見上げるしかないのだが、この角度で女性を見ると満月が彼女の背後にあり、とても幻想的で美しかった。
「辛くないんですか?」
その光景を心に刻みながら更に質問を重ねる。
「辛かった……と言えばいいのか。最初の頃は泣いたし、喚いた。自殺しようとも思ったほどだ。でも、それをしてしまったらあの子が悲しんでしまうだろう?」
『だから、私は生きているんだ』と女性は力強く、そして誇らしげに語った。
「……強いんですね」
もし、僕が彼女の立場になったら、耐えられないと思う。心が壊れてしまうだろう。それに――。
(――僕の悩みなんかちっぽけな物じゃないか)
自分は不幸だ。この不幸は誰にもわからない。知って欲しくもない。この世界で一番、不幸なのは自分だ。
そんなことを思っていたことが恥ずかしい。この世界には僕以上に辛い人だっているのだ。
「君が何を考えているのか当ててやろう」
情けなくてブランコから手を離し、両手をギュッと握っていると、僕の視線に合わせるようにしゃがんだ女性が僕の頬に手を添えながら言った。
「自分の悩みなんて私の過去に比べたら些細な物だ。自分は不幸だと思っていたことが恥ずかしい」
「っ!?」
「君は本当にわかりやすい。顔に極太のマーカーペンで書いてあったぞ?」
頬を撫でながら微笑む女性。コロコロと笑う彼女の笑顔は本当に素敵だった。
「人の不幸はその人の物。自分の不幸は自分の物」
「え?」
不意に呟いた女性の言葉の意味がわからず、聞き返してしまう。
「十人十色。人の幸せは人それぞれ。君は食べ物で何が好き?」
「食べ物……ラザニアとかですかね?」
「あー、ラザニアね。私は嫌いかな。昔、外国で食べたラザニアがとてもまずくてそれ以来、苦手になってしまってね」
ラザニアが嫌いだと言われて少しムッとしてしまった。自分の好きな物を否定されたら嫌な気持ちにはなっても嬉しくは思わないだろう。
「ははは、すまない。嘘だ。ラザニアは私も好きだぞ?」
僕の反応を見て笑いながらポンポンと頭に手を乗せる。その仕草が僕を子供扱いしているようで何だか、納得できなかった。慣れていないから。
「私が言いたいのは幸せも不幸もその人次第で大きさが変わるってこと。例えば、10円玉を落としたという不幸があったとする。Aの人は『あー、落としちゃったかぁ』って思うだけだった。それに対して、Bの人は欲しかったゲームを買いに行った道で10円玉を落としてゲームが買えなかったら? ものすごく嘆くだろうね」
「まぁ、確かに」
不幸の大きさは人、環境、時間など、その時の状況によって変わる。彼女はそれを言いたかったのだろう。
「だからね、私の不幸を知って自分の不幸を蔑ろにしないで。君の不幸の大きさは君が決めていいのだから」
「……僕は、友達がいない」
気付けば、心の声を漏らしていた。
「それどころか、親すらいないんです」
「……亡くなったの?」
「ううん、生きてますよ。でも、僕を子供と見てくれない」
きっと、僕の言い回しでは女性には伝わらないだろう。でも、僕の言葉は止まらない。
「学校にいても皆、僕の顔色をうかがう。大人も顔色をうかがう。媚を売る。前、わざとテストで悪い点数を取った……けど、両親は苦笑いを浮かべて許してくれた。『仕方ない』と」
そっと、女性の目を見つめた。その目はとても優しかった。まるで、自分の子供を見ているかのような優しい瞳。
「僕は、ただ叱って欲しかった。他の子供のような扱いをして欲しかった。アニメやゲームの話をして、学校帰りにお互いの家に遊びに行き、時には喧嘩の出来る対等な友達が欲しかった。媚なんか売って欲しくなかった! 外側の僕じゃなくて、内側の……本当の僕を見て欲しかった!」
言葉にすればするほど、僕の心が悲鳴をあげる。助けて。逃げたい。いい加減にしてくれ。ふざけるな。お願い。僕はここにいるよ。そんな言葉にならない悲鳴が僕の喉を枯らした。
「僕が、僕が何をしたって言うの!? 僕はただ、お父さんが病気になって動けなくなったからその代わりになっただけなのに! 少しでも皆の役に立てるように頑張っただけなのに! どうして……どうして、こんなに辛いんだよ!!」
僕の目から零れる涙が公園の地面に落ちる。こんなことになるなら、あんな選択をしなければよかった。いっそのこと――。
「ッ……」
後悔の言葉を吐き捨てようとした時、不意に柔らかくて暖かいぬくもりが僕の体を包んだ。
「……駄目だ。後悔しても過去を捨ててはいけない」
そんな声が僕の耳元で聞こえる。
「私も、後悔した。こんなに辛いことになるなら……あの子を産まなければよかったって」
「……」
「でも、それは間違いだった。確かに、あの子の死はとても辛くて苦しかったけれど……それ以上に、私の心にはあの子との楽しい思い出が詰まっている。あの子の笑顔が私を支えている。それってとても素晴らしいことだと思わないか? もう会えないけれど、私の中であの子は生きている」
「生きている……」
「では、私の旅の目的を教えてやろう」
彼女は顔を離して僕のおでこに自分のおでこをくっ付けた。何だか、ドキドキする。
「私は月に行きたいのだ」
「月に?」
「ああ、あの子は月がとても好きでね。特に満月が好きだった。満月の夜はいつもベランダに出て眺めるほど好きだったのだ」
だからと言って旅に出る理由にはならない。そう思っていると女性は続きを語った。
「悲しみに溺れそうになっていた時、ふと思い出したのだ。あの子が好きだった満月のことを。そして、満月の夜にその空を見上げ、震えた。ああ、満月ってこれほどまでに綺麗だったのか、と。その時、思い出したんだ。あの子の夢を」
「夢?」
「月に行きたい。そう言っていたよ。しかし、正直言って宇宙飛行士でもない私が月に行けるわけがない。それでも、あの子の夢を叶えたい。そこで考えたんだ。世界中から月をあの子に見せてやろうって。私の中で生きているあの子に世界中の満月を見せてやろうってね。月に行くのよりも、この小さな世界を歩いて回った方が現実的だから」
女性は今、この世界を小さいと言った。実際に歩いて回ったから言えることなのだろう。
「私は何年もかけて世界を回って月を見上げた。アジア、ヨーロッパ、アフリカ……各地で見上げる月は見る度に姿を変えてとても楽しかった」
そう言いながら顔を離して振り返る女性。その視線の先には満月が輝いていた。
「まぁ、やっぱり日本から見る満月が一番、好きだけどね」
『あの子が見ていた月だから』と彼女は少しだけ寂しげに呟く。
「少年、君に夢はあるか?」
「夢……」
そんな問いかけ、初めてだった。僕の夢など周りの皆は気にしていなかったのだから。
「……剣道、やりたい」
僕の知り合いにプロ級――いや、それ以上の腕を持つ人がいる。その人は足に怪我を負ってしまって剣道は出来ないのだが、たまに教えてくれるのだ。
「今はまだ、下手くそだけど……いつか剣道の大会に出てみたい。でも、皆、それを許さない。僕はそんな暇ないから」
それが何だか、悔しくて情けなかった。自分の好きなことすら出来ないのかと。僕はなんて無力なのかと自分自身が許せなかった。
「……まぁ、これ以上は踏み込まない。話してくれてありがとう、少年」
僕から離れてブランコに座り直した女性の顔は最初に見た時よりもすっきりしたような表情になっていた。
「いえ、聞いてくれてありがとうございました」
僕も何だか、胸につっかえていた蟠りが解けたような気分だった。よく悩みを人に話せば少し楽になると言うけれど、それは本当のことのようだ。
「さて、お互いに秘密を共有したところで、人生の先輩からアドバイスをあげよう」
きぃきぃとブランコを鳴らしながら漕ぐ女性は頼もしかった。すでに僕はこの女性のことを信頼していたのだ。
「夢は叶わない方が多いだろう。そう考えるだけで足が止まってしまうかもしれない。だけど、例えその夢が叶わなくても、その夢を叶えようとした努力は報われる。思い出や経験としてその人の中に生き続ける。それを忘れないで夢に向かって努力するといい、少年よ。諦めるな。道は必ず、繋がっている。この小さな世界のようにな」
「……はい!」
「さて、お姉さんはそろそろ眠気がマックスだ。寝るとしよう」
ブランコから降りた女性は欠伸を噛み殺しながらテントの方へ戻っていく。
「お姉さん! ありがとうございました!」
急いで立ち上がり、頭を下げてお礼を言った。
僕はこの日のことを忘れないだろう。お姉さんとの会話はそれほど僕の心に響いた。
(幸せや不幸はその人の物……そして、道は必ず、繋がっている、か)
今まで、自分の立場のせいで自分の好きなことが出来なかった。けれど、それはただの言い訳にしか過ぎなかったのだ。僕を見る他人の目、両親の目を変えようともせず、やりたいこともしようとしなかった僕はなんて馬鹿なのだろう。
「ああ、こちらこそお姉さんとお喋りしてくれてありがとう。でも、睡眠の邪魔だからその鳴り続ける電話、止めてくれよ?」
そう言ってパチンとウインクする彼女。とてもかっこよかった。
「はい!」
テントの中に潜り込む女性を見届けて急いで、携帯電話を取り出して電話に出た。
「もしもし? ごめんごめん。だから、謝ってるじゃん。はいはい……そう言えば、そっちはどうだったの? 娘さんの三者面談だったんでしょ? 珍しく君が休みを貰ってたからよく覚えてるよ……は? 胸がでかい先生でちょっとイラッてした? いや、そんなこと聞いてないよ。娘さんのことは何か話した? うん、うん……へぇ、『未来工学』か。珍しい学部に行くんだね。まぁ、僕もある程度、勉強したけどさ……うん、なるほど。君の娘さん、貰ってもいい? え? 駄目? 有望そうだから良さそうだったんだけど……はいはい、わかってるって。本人の意思を尊重するよ。でも、誘ってもいいんだよね? ありがと。それで、他に何か報告は? うん、うん。それじゃそれはそのまま、話を進めちゃって。え? 何かあったのかって……どうしてそんな質問を? 声が違う? そうかな? そんなにいつも声、低かった? まだ、変声期来てないんだよ? 雰囲気? 本当に君には僕の誤魔化しは通用しないね。わかった、わかったから明日、また話すよ。まぁ、一言で言うなら……人生の先輩に色々、教えて貰ったんだ。君にも話してあげるよ。それじゃ、お休み。あ、お母さんへの連絡は任せるよ。場所は音峰公園だから。じゃねー」
まだ何か喚いている電話相手を無視して通話ボタンを押し、電話を切った。
「さてと」
まずは何から始めようか。やることは山ほどある。
(楽しくなって来た)
でも、どんなに大変でも僕はきっと後悔しないだろう。僕の努力は全て、無駄ではない。全てがプラスになる。そう考えるだけでわくわくした。
「やるぞー!」
公園を飛び出し、僕は叫ぶ。僕を照らす真っ白な満月に向かって。
テントに入り、少し経ってふと思い出した。
「……あ、そうだ。どこかで見たことがある顔かと思ったら……あの少年、『O&K』の社長だ」
確か、フランスにいた頃にテレビで見た。中学生で社長になったすごい少年がいると。そして、あの子と同じ年に産まれたと聞いたので驚いたのをよく覚えている。
(そっか……私、あの子と少年を少し重ねていたのか)
あの少年には偉そうなことを言ったが、救われたのは私の方かもしれない。明日のことを考えても悲しくならないのだから。
「……おやすみ、良い夢見るんだぞ少年」
そう呟いて寝袋の中に入る。早く寝なければならない。
だって、明日はあの子の墓参りなのだから。
『月の旅人』、いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら嬉しいです。
少し前に投稿した『理不尽』に続いて2本目の読者騙し系小説となりますが、あまり騙せていないと思います。私の中では3本目ですし、読者騙し系小説。
さて、この作品は2周読むと少年の言葉の意味が1周目よりわかるかと思います。
因みに今回の読者騙し系小説のテーマは『立場』です。
『理不尽』のテーマは『環境』でした。
普通の少年かと思いきや、まさかあんな人物だったとは!みたいな感じになっていただけたら、嬉しいです。
そして、ところどころ、意味のわからない言い回し(剣道の達人の話)や単語(音峰公園)などはあまり気にしないでいただけると幸いです。
実は、この小説は動画用として書いた物でして、私の動画を見ていないとわからない言葉だったりします。まぁ、現在の段階ではよくわからない言葉の意味を知るための動画はまだ発表していませんが。しかも、この『月の旅人』も動画化していません。
動画はニコニコ動画にて投稿していますので、そちらをご覧ください。少年と電話していた相手がわかります。
後、『O&K』ですが、こちらは小説家になろうで投稿している私の作品のどれかに登場します。まだ、出て来ていませんが。
まぁ、一言で言うならこの小説を100%、楽しめるのはまだまだ先、というわけです。しかも、私の作品を全て見ていないとわからないという鬼畜っぷり。
これからもこのような作品をどんどん書いていきますが、よろしくお願いします。
全ての作品を投稿したら、もしかしたら解説作品なども作るかもしれません。
では、そろそろ後書きも締めましょうか。
お疲れ様でした!