経緯その4
「三橋彗劉や。じょーちゃん、貢いでくれへん?」
にこりと笑った男の名前に心当たりがあった。
本編とは全く違う出で立ちをしていて、なおかつ暗かったせいで誰だか判別することができなかった。
本編では濡れたような黒髪に身につけている物はゴスパンク、喋れば毒舌で関西弁、なのに爽やかな笑顔を見せるという珍妙な技を繰り広げるあのお方。
三橋彗劉と言えば、『罪の果実』ヒロインの攻略対象であり隠しキャラだ。
攻略対象の誰かと好感度低めのときにデートの約束をすると、深夜のコンビニで出会うことが出来る。
三橋彗劉は不良染みたところがあるので、寮をちょくちょく抜け出すらしい。
だからこそヒロインが帰省している場合、深夜の街で遭遇しやすい…という設定だったはず。
三橋彗劉にちらりと視線を向ける。
「あ?何やじょーちゃん。んな顔しても可愛ないから諦めぇな」
おい、何だこの失礼な男は。
…お、落ち着こう、三橋彗劉は毒舌なんだ、ムカついて反論したらこっちが笑われる。
この人は私を揶揄って遊んでいるにすぎない。
もう一度じっくりと彼を見る。
現在の三橋彗劉は赤い髪をしている。
トレードマークのチョーカーはしていないようで、見慣れていた私には少し物足りなく感じた。
チョーカー似合ってたのになー…。
ピアスは右に2個、左に1個と空いていてこちらはゲーム通りだ。
何ていうかこの人、本当にセンスいいなぁ。
「助けてくださり有難う御座いました。それでは帰りま」
「待ちぃ。俺はなぁ、空腹なのなにも関わらずアンタを助けたんで?ちょぉーーーっとくらい貢いでくれてもよぉない?」
「ああ、そうですね。さよなら」
「人の話聞いとる?なぁ、アンタの頭は豆腐なん?アンタの脳味噌食ってええってこと言ってんの?じゃあそこでどたまかちわ、」
「すみません家にどうぞ」
面倒臭そうな予感がしたからその場を立ち去ろうとしていたのに、どんどん話を展開させられて実行しそうだという恐怖から思わず頷いた。
恐ろしい、こっちの三橋彗劉も怖い。
所持金ないから家に誘ったけど、良かったんだろうか。
「はぁ?じょーちゃん男を家に上げるとか不用心ちゃうの?誘ってる?その顔で?」
「無いです」
「あらら、それはすまんなぁ」
絶対思ってないよね。
この人私のこと貶してるよね。
脅すだけ脅して結局食料は要らないと言いたいのか。
流石に彼に向かってそんなことを口に出せないので、心の中で唾を吐いて引きつった笑みを見せる。
「あっはっは!ホンマにじょーちゃんぶっさいくぅ」
「もう帰れ」
* * * * * *
あのあと三橋彗劉に羽交い締めされたので凄まじい勢いで謝り倒して24時間営業のスーパーに寄ってから家へと帰った。
もちろん、奴も一緒だ。
怖いよぅ。
苅田久住といい三橋彗劉といい、何で攻略対象に会うんだ、嫌がらせか。
ゲームの三橋彗劉と言えば神出鬼没で快楽主義、他人の不幸は蜜の味なところがあった。
ヤンデレモードは…何だったっけ、ヒロインに自ら傷をつけることで安心するんだよね。
だけど刃物は使わない、ただ彼は身体中を噛むのだ。
あれを見て背筋が震えたのを覚えている。
こんなこと、現実にされたら逃げてしまうに決まっている、と。
もちろん彼はヒロインが逃げられないように精神的にヒロインを縛っていた。
誰かが思い込ませた暗示を逆に利用して、一生自分だけの所有物にしようとする。
これも全て本人の過去のせいである。
小学生の頃に母親から裏切られ、父親は病気を患い病院で寝たきり。
親戚のおかげで何とか生活が出来ているように思えるが、実際は親戚から酷い扱いを受けているせいで人間を玩具として見ている面がある。
親戚にご飯も貰えないし夜は暴行を受けるとかで夜中は外にいる習慣があるとか。
ファンの間では、実はヒロインのことも遊びの一環で、のめり込むフリをしているんじゃないかって言われていたり。
三橋彗劉という人物は色んな意味で残酷で謎なのだ。
「じょーぉーちゃーん、ご飯まーだー?」
「まだです、静かにして。ちゃんと作ってますから」
「嫌やー黙らんー。俺お腹空いたぁ」
手足をジタバタとさせて、我慢の出来ないちびっこのように暴れる少年がリビングにいる。
ちっとは黙れんのかヤンデレ予備軍、お主は“待て”すら父親から教わってないのか!
てゆうかちょっと待って、この人何日ご飯食べてないんだろう。
お昼は給食のある学校に行っているなら食べれているはずだし、朝ご飯は…ん?
その前にさ、この人他人にご飯作ってもらったことあるのかな。
見知らぬ人の作ったご飯なんて食べられるのかな。
「ラスクは焼いたのでそれを食べてください。三橋さん、にんにくは平気?」
「全然イケるでー」
あら良かった。
食べれないとか言われてこれ以上駄々こねられたら、出てけって怒鳴って追い出すか叩いてでも黙らせるとこだった。
細目で彼を見て、キッチンに置いたガーリックトーストの入ったお皿をテーブルへ持っていく。
こう見えても、叔母さんと二人暮らしだったおかげで自分の好みに合わせられるくらい料理は出来る。
叔母さん万歳、愛してます!
カタン、と音を立てる白いお皿。
僅かに瞳を輝かせた彼の頭を、子供をあやすように撫でた。
「もうすぐ出来ますから、あまり食べ過ぎないように」
黙っていれば君も可愛いのに、そんなことを考えてキッチンに戻る。
さっきの彼の様子は、母親が夕飯を作っている光景を見つめる少年そのものだった。
彼はそんな穏やかな日常を歩んだことがあるんだろうか。
両親も自分も笑いあって温かいご飯を食べて、色んな話をする、そんな暖かな家庭で過ごしたことがあるんだろうか。
前世の私は三橋彗劉と同じような境遇だった。
その中でも唯一の救いが叔母さん。
彼女が私を好いていたかどうかなんて気にしていない、ただ希望を与えて生の価値を見出してくれたことに感謝をしている。
言ってしまえば、彼女は私にとって神様みたいな存在だったということだ。
一方通行な思いで満足出来ていたのだからきっとそう。
崇めて大切にするだけで、その実私はきっと××で依存していただけだ。
なんて、都合が良いのでしょう。
見て見ぬフリも出来るし、傷つくことだってない。
最後の最後で逃げないで居られたのに、死んでしまったから逃げたと同じような気がするんだ。
届けられなかったケーキと、叔母さんとお揃いのストラップはまだ近くに置いてあるような気分になる。
その幻覚は、消えない。
「…なぁなぁ、我慢するけぇ見とってええ?」
「いいですよ。食べながら横にいても大丈夫です」
「ううん、ちゃんとイイコしとくわ」
その方が旨く思えるやろ?
あら可愛らしい。
ふるふると首を振って、普段の毒舌具合からは考えられない大人しさを放っている。
健気な君の為に頑張ろうじゃないか。
もう出来たけど。
「じゃあ三橋さん、そこのスープ皿取ってくれますか?」
「これ?」
「はい、それです。えらいですね、有難う御座います。ビーフシチュー多めが良いですか?」
「うん、めっちゃ大盛りにして。美味しそうや」
キラキラキラキラ、彼の瞳はまだまだ輝く。
お皿を取ってもらって火を切って、野菜に火が通っているかを確認。
よし、今晩のメインのビーフシチュー完成です。
サイドメニューにガーリックトーストと、残り物のきんぴらごぼうに千切りした人参を加えて少量のマヨネーズで和えたサラダを作ってみた。
味は自分好みだから彼の口に合うか分からないけれど上出来です。
スープ皿に盛り付けて、パセリを少しだけ垂らす。
後はもう出来上がっていたからテーブルに持って行くだけ。
はい、食べましょう。
「ちゃんと挨拶してから食べましょうね。いただきます」
「い、いただきます」
…って、私なんでこの人と馴染んでご飯食べてんの?
何か会話が家族っぽくない?
疑問が乱舞し始めたところで、ちょうど良く彼の反応も気になってきた。
彼は何て言うだろう、口に合うだろうか。
美味しいって言うのかな、やっぱり不味いって言うのかも。
普通だねって返し方も十分ありえる…。
視線を向けると猫舌らしき彼はスプーンでひとくち掬って、スープを冷ましている。
あ、食べた。
ドキドキドキ、緊張で心臓の音が聞こえてくる。
彼の口が開くまでその数秒をじっくりと眺めて、耳を澄ませた。
「おい、しい…」
彼の唇が震える。
呟いた彼は、泣いた。
頬に伝う雫たちがポロポロと流れ出して、彼の感情を表していくようだった。
ああ、それは良かったっ…て
「 え 」
泣 い た ?!
「え、え?!美味しくなかったんですか!そうなんですか!ならダメですよ素直に吐き出して!」
「…ちゃうねん、何か旨くて…あ、れ…俺泣いて…?」
「何わけの分かんないこと言ってるんですか!あぁ、顔拭いて拭いて」
突然の出来事に驚いた。
あの三橋彗劉が目の前で泣いている。
理由はよく分からないけれど、とりあえず宥めなくちゃ。
本当はこんなことする理由ももっと言えばご飯をあげる理由も無いけれど、それでも何故か放っておけなくなってしまった。
私を見る目が、何かに期待しているように思えたから。
押入れからタオルを持ってきて、彼に渡す。
タオルから覗く彼の目は赤く、表情は何処か呆けている。
事態が飲み込めていないようで、ただゆっくりと彼は呟く。
「…なぁ、じょーちゃんの名前は?」
「え?」
お水を持ってこようと立ち上がった私の袖を引っ張って、まるで捨てられた犬みたいな顔をしてこちらを見る。
名前…そういえば教えてなかったっけ。
ふと気づいて数秒考えると、彼はまた泣き出しそうな顔をしていた。
この人は今までどれくらい優しさを貰えたのだろう。
どれくらいその我儘に付き合ってくれる人が居たのだろう。
きっと、この人はずっと私と同じで孤独なんだ。
「安曇深弥です」
「みや、深弥…」
確かめるように何度も名前を呼んで、タオルに顔を埋める。
何で放っておけなかったのかって言われたら、ゲームの安曇深弥同様に同じだと思ったからなんだろうな。
同じで、生き方を変えた私と変えられなかった安曇深弥、今この瞬間の選択で変えられるかもしれない三橋彗劉。
なら私は、彼の手をとってあげたい。
そんなエゴが蠢いた。
育てられないなら捨てられた動物は拾うな、と言われるがそれでも拾ってしまうのだろう、この人を。
「なぁ、ミヤって呼んでええ?」
「いいですよ」
「俺のことも名前で呼んでくれん?」
「はい」
漸く笑みを浮かべた彼に目を細める。
眩しいなぁ、人の笑顔は。
表情筋がゼロに等しいせいで上手く笑顔を作れた試しがない。
笑顔が無く表情を変えないせいで、気味が悪い、感情が読めないと散々言われてきた。
それでも笑おうとしてきた理由は、“私”が生きている証拠にしたかったからじゃないかと思っている。
久しぶりに触れる他人は、自分にしては意外に不快を感じない人。
クズミ以外の人間と初めて触れた私は、きっともうクズミを認識することは無いんじゃないかと思う。
世界でふたりだけだったから目を逸らしても向けることになる。
だけどもう、私の世界に三橋彗劉が入り込もうとしているんだ。
これで私は、苅田久住とはさよならだ。
「呼んで、ミヤ、早く呼んで」
「え、っと…?ご飯食べてからでは」
「遅いわ。早よぅ呼んで」
何処か焦ったように私を急かす。
ご飯食べながらでいいじゃんよ、と思いながら口を開く。
「彗劉」
「うん…もっと」
「彗劉、彗劉…スイ」
赤い髪がまるで血に濡れたように見えた。
「なぁに、ミヤ」
その笑みは×××××。
展開が早い\(^o^)/
この後懐いた彗劉はビーフシチュー食べておうちに帰ります。
家を覚えたので度々訪問。
健気だ。