安曇深弥攻略ルート1
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「ちょっとコンビニ行くね」
しん、とした玄関で今日はふたりとも居ないのに言葉を投げる。
結婚記念日が近いから新婚旅行で行った場所へ再旅行するらしい。
はいはいラブラブですね、うらやまうらやま。
物音一つしない家に居ると、何だか寂しく感じてしまう。
それほどこの空間になれてしまったんだろうと思う。
挨拶をしてしまうのは生まれ変わってからの癖のようなものだ。
誰かがいる家は暖かくて、優しい。
挨拶をしたら帰ってくる返事は前世の私には手に入らなかった物だった。
叔母さんは仕事で早く出勤して帰ってくるのも遅いし、家にはいつもひとり。
だけど彼女はその分私を甘やかした。
あの頃の私には、叔母さんがいればなにも要らなかった。
今考えればとても愚かな考えだ、と苦笑して玄関の鍵を閉めた。
きっと私は寂しがり屋で、誰かの温かさをいつも求めている。
* * * *
街灯だけが辺りを照らす真っ暗な住宅街。
いつもなら通らないこの道を、不思議な感情を抱いて歩く。
両親が居るときは夜中に外に出ることは出来ないし、出来たとしてもクズミと一緒に出歩くことになる。
夜中までクズミと一緒に居たくない。
出歩いたその日は夢で魘されそうな気がする。
「…」
数秒想像して、有り得そうな話に冷や汗を書きつつ息を飲んだ。
恐ろしい。
クズミは悪魔ではなくナイトメアだったのか…!
自分でもメルヘンチックなことを言っている自覚はある。
だけどクズミのことだ、いくらメルヘンだと言っても有り得そうで怖い。
先日背筋に走った悪寒を思い出し、頭を振る。
そのとき視界に入った自身の髪を片手で軽めに少量の束にして持った。
私の髪は真っ黒のストレートだ。
もちろんケアはちゃんとしている。
長さは胸元まであるけど、まだまだ切るつもりはない。
ゲームの安曇深弥は腰から下までの長さで、前世の私の憧れだった。
いつかこんな髪になりたい、大和撫子を表すようで純粋に綺麗だと思えたから。
なので他のキャラよりも特別、安曇深弥に思い入れがあったりもする。
転生したことで願望が叶った私だけど、当然そのことを覚えていなくて小学生の頃、両親とは違う髪色だと同級生や親戚に虐められたせいで、この髪を染めたいとずっと思っていた。
だけどあることをきっかけに、この髪に特別な思い出と感情を抱くことになる。
その日、いつものように虐められて公園で泣いていた私は、同じように泣いている人に出会った。
薄緑色の髪をしていて、とても綺麗な顔立ちをしていたと思う。
ボロボロと涙を流して、手に持っていた資料らしき物をぐしゃぐしゃにしていた。
紙が可哀想だったからか分からないけれど、涙を拭うことも忘れていつの間にか声を掛けていた。
『おにーさん、紙さんがかわいそうです。紙さんも、おにーさんと同じで泣いています』
ちなみに、あの頃の私は敬語で話していた。
裏クズミと遭遇してからはあまり敬語で話さなくなってしまったけど、ときどき癖が残っているせいか使ってしまう。
敬語に戻りたい。
『…え?』
『紙さんもいたそうです。わたしも心がいたくてないています。おにーさんも、心がいたいのですか』
ボロ泣きのクセに無表情で言い放つ私を見て、呆気に取られたような顔をした。
しばらくしてから私の顔と手元の書類を交互に見比べて、意識が戻ったらしいお兄さんは私の頭にぽん、と掌を置いた。
『これは、あれだ、水を浴びたんだ』
『おにーさん、お母さんが“それは男の言いわけよ(ハート)”と言っていました』
『何なの君の母上子供に何教えてんの』
おおおう、と新しい何かを知ったかのような微妙な顔をした。
このときのお兄さんの反応で悟った。
お母さん、ちびっこに変なことを教えないでください、余計なスキルがつきました。
お兄さんが頭に置いた手で頭ごとぐるぐる回し始めたので、思わず両手で手を掴んだ。
あのときは酔うかと思った。
『おにーさんは何でいたいのですか』
『え』
『わたしは、このかみのけがイヤです。みんながちがう色だっていじめます。お母さんにはお父さんだけですし、お父さんにもお母さんだけです。なのにみんな否定するのです。わたしは、』
“ふたりのこどもじゃないって”
呟いてまた、ぽろりと涙が溢れた。
顔立ちだってふたりに似ていない私は、他所の子供だと言われ続けていた。
当然そんなことはないのに、私は愛されてすらない気がしてお母さんにもお父さんにも言えなかった。
こんなことを言って肯定されたら嫌だから逃げて、泣いて、言われて逃げてを繰り返して、ひとりで蹲っていた。
俯いていたら、お兄さんは私の髪を触った。
『君の髪は綺麗だよ。さらさらで気持ち良くて、かぐや姫みたいだ。みんなが嫌っても俺は君の髪が好きだし、君自身も好きだよ』
『…おにーさん、うそはだめなのですよ』
『嘘じゃない。そうだな…なら、俺の話をしよう。それから俺を信じて』
かぐや姫みたいだと言って、髪を撫でて私をブランコへと誘導した。
お兄さんが横のブランコに座る。
この人の言うことを信じたくて、でも信じられなくて、甘い誘惑に自分から乗る。
こくりと頷いた私を見て、お兄さんは私と自身に流れていた涙を拭った。
『俺ね、大事な人を失ったんだ。昔から何をやっても駄目で、いつもその人と比べられてみんなに怒られてた。その人が成功したことを俺にも求めて、失敗したら怒られて、成功したら出来て当たり前だと言われる、可笑しいよね、俺と彼女は別人なのに』
今考えると、お兄さんは劣等感と愛しさで苦しかったんじゃないかって思う。
あの頃の私には分からない話だったけれど、思えばゲームの安曇深弥もいつも苅田久住と比べられていた。
好きだけど嫌いで憎らしい、たまに殺めてしまいたくなる衝動が唯一の自我な気がして、どうしようもなくなる。
本当はそんなこと願ってもいないはずなのに、相手が消えればそれで落ち着くような予感がする。
ヤンデレモードの安曇深弥は、そう言った感情を抑えられなくなっていたのでは無いだろうか。
推測だからあまり分からないけれど。
『俺は俺じゃないんだって思い込んだんだ。だから思い切って髪の毛の色を変にしちゃったんだけどさ、馬鹿だよね、若気の至り過ぎだよね』
顔を両手で覆って声を震わせて話す。
何だかまた、お兄さんが泣いている気がした。
『ねーちゃんが死んで、やっぱり言われた。“オマエ要らない”って。じゃあ俺、俺はっ俺は何で言いなりになって、やりたくもないことやって友人を貶めて…!消えたかった、死にたかった!!廃棄物くらいちゃんと処分しろよ、なぁっ』
“殺せよ”
彼が言い放つ瞬間、ブランコから飛び降りて、俯いていた彼の頭ごと抱き締めた。
何であのとき、あんなことしたんだろう。
しなきゃいけない気がして、とっさに抱き締めていた。
がしゃん、とブランコの鎖が鳴る。
お兄さんは、震えていた。
『おにーさん、いっぱいないてください。そのかわり生きてください。わたしのかみをきれいだって言うなら、生きてください。わたしにはおにーさんがひつようです、だいじです。みんながいらないなら、わたしがもらいます。おにーさんの一生を、もらいます』
このセリフはお母さんが言っていたお父さんのプロポーズの言葉と、最近見たドラマのセリフを合わせたものだった…はず。
とっさに言ったから後から何言ってるんだ?と首を傾げたことまで覚えている。
『…ふはっ、お嬢さん、それはプロポーズ?』
『ぷろ…?たぶんそうです』
数秒後にいきなり吹き出すお兄さん。
何かのツボにハマったように笑いが止まらなくなり、ずっと私の肩越しに笑っていた。
笑い終わったお兄さんは私の頭をぽんぽんと撫でた。
『そっか、そっか…やばいな、慰められちゃったよ。欲しいなぁ、でもロリコンになるのやだなー』
『おにーさん…?』
『お嬢さん、お名前は?』
前半部分は聞き取れなかった。
再度ぎゅうっと抱き締めたお兄さんは、同じように肩越しで呟いて、それから思いついたように肩を離して名前を聞いてきた。
『みや、です。お母さんはみゃーちゃんってよびます。お父さんは、みやさんってよびます』
『そっか、可愛いね。俺もみゃーって呼んでいい?』
『はい』
こくり、と頷いて了承した。
そんな私を見てお兄さんはしきりに可愛い可愛いと言って頭をぐりぐり撫でまくる。
はっきり言えばあのときは結構痛かった。
だけど、お兄さんが嬉しそうだからいいかな、と思ったりもしたわけだ。
そのまま放置した。
『ごめん、俺の名前は教えられないんだ。だけど約束する、ちゃんと生きるよ、みゃーの為にも』
『はい』
『今度会ったときは、みゃーのプロポーズ受けるからね。それまで待ってて。約束して、髪は切らないで』
『はい』
よろしい、と満足気に笑ってまた撫で回す。
いい加減離して欲しいと思っていたら、ぱっと離されて物足りなく感じた。
『みゃーは俺のお嫁さん』
そのとき、花が飛んでいるような笑顔を浮かべて、おにーさんは私の髪にキスを落とした。
まるで、御伽噺の王子様みたいに。
そのときからお兄さんは、私にとって王子様みたいな人になった。
『結婚しようね、絶対離さないから』
と、まあこんな思い出があるわけですが、前世の記憶が戻ったおかげで転生してから現在まで、色濃いモノは全て思い出した。
そのせいか、実は3日間寝込んでました。
というか、あれ?
もしかして私、婚約したことになってる??
プロポーズ?ってとこの件、私はいって答えちゃってるじゃないか。
あれからお兄さんには会っていないからどうだか分からないけれど、私にとって綺麗な思い出になった。
髪を好きになって、お母さんとお父さんに私のことが好きか聞いて、その直後、クズミがイジメに気づいて止めるように言ってくれて…、そして私はクズミを好きになって、大嫌いになった。
他人と話せるのは、お兄さんのおかげだったりする。
どれだけ嫌な思いをしてても、あの日の思い出があるから、世界は黒いだけじゃないって思える。
あのときのお兄さん会いたいな、なんて考えてコンビニのドアを開けた。
最後のお兄さんの呟きが病んでたとか、気づきたくない