経緯その2
ゲームでの安曇深弥と言えば何ですか?と聞かれれば一言、幼馴染大好き少女ですと答えるだろう。
家庭環境のせいもあり、美形で完璧で王子様のような幼馴染の苅田久住に惚れ、依存するように彼にベッタリして盲信し、信者のようになる。
そのせいで彼女はヒロインに辛くあたり、二週目もといヤンデレモードに入ると嫌がらせがどんどん犯罪化していく。
もちろん安曇深弥はどのルートでも殺害されることは決まっているので、現時点で私が巻き込まれることは決定されている(その分死亡フラグも常に立っている)。
だけど違うことはと言うと、“家庭環境”と“信者化していない”ことだった。
もしあの出来事が本当ならば、加護?のおかげで生まれ先はラブラブ夫婦だし、確かに初恋だったクズミは、何故かヤンデレモードのように最低な一面を見せているので私が信者化することはない。
あるとすれば信者というよりも殺意湧き上がる復讐者だと思う。
もしも今の私のヤンデレモードがあったらクズミ惨殺で決定だ。
貴方は私の物ENDっぽいけど違う、過去の怨みを晴らすENDだ。
背後から確実に仕留めてやる。
初期でもヤンデレモードでも、苅田久住からの好感度MAXの場合はさっき私が貰ったネックレスを貰うことになる。
このゲームの細かいところは、初期設定の名前変更だけでなく、血液型と誕生日まで変更可能ということだ。
変更によってアイテムの内容が少しだけ変わったり、シナリオは同じだけれどコマンド選択で起きるイベントとルート選択の幅も変わったりする。
例えばこのネックレスは誕生日によって、石の中身が変わる。
私の誕生日は8月で、誕生石はペリドット。
これを画面越しに見たとき、苅田久住はどれだけ金を持っているんだと困惑した。
実際、今でもそうだ。
上手いこと首輪を作らないでほしい。
そこまで私に怨みがあるのかと思ってしまう、いや、きっとある。
コイツは一体、私に何をする気なのだろうか。溜息を吐いて、家まであと数歩の距離を歩く。
「クズミこれ、高かったでしょ…」
「さぁな。申し訳ないとか貰えないとか考えるなら今すぐにつけろ。一生外すな」
さすが幼馴染というか、高いから得した気分で貰えないし後が怖いと思っていることがバレている。
クズミからっていうのが何ともまた気味が悪い。呪われる気がしてしまう。
ていうか何様だ。
今すぐつけろ、一生外すなとか重たい。
めちゃくちゃ重たい。
私が結婚したときもつけていろと言うのかコイツは。
破局の原因になるだろ、馬鹿。
珍しく飴モードのクズミが目の前にいるが、いつ裏クズミが現れるか分からないので、大人しくつけることにする。
裏クズミは怖い。
痣になるまで首を締められたことがある。
それだけじゃない、皮膚を深く切られたこともある。
ゲーム版の初期の苅田久住は掻い摘んで言うとツンデレヘタレだ。
それがヤンデレモードになると突然、高圧的で攻撃的になる。
ヘタレが悪化したからだと思っているが、実際どうだろう。
他人の病み【闇】なんて面倒臭いことしか起きないから、確認したいとは思わないけれど。
箱からネックレスを取り出して、首に掛ける。
そういえば、このチェーンはホワイトゴールドだった気がする。
どれだけ金かかってるんだろう…気になる。
もたもたしているといつの間にかアイツは後ろにいて、留め具を付けてくれていた。
しゃらん、とネックレスが首から下がる。
キラキラ光るペリドットと石座がとても魅力的だった。
首元で光るネックレスをを見て、満足気に笑ったクズミが言う。
「オマエは、俺の物だ」
その瞬間、背筋に悪寒が走った。
* * * *
あの後、仄暗い瞳をしたクズミから顔を逸らし、反射的に猛ダッシュして家へ帰った。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い、何なんだアイツ!
絶対あの台詞は含みばっかりだよ。
「オマエは、(一生)俺の物だ」の間違いなんじゃないの?!
瞳から光を全て消し、何らかの欲望を灯して歪に笑う。
あれこそ、ヤンデレというやつではないだろうか。
怖い怖い怖い、今日はもうアイツに会いたくない。
でも無理だ、誕生日とか盛大に祝う気のお母さんが家に呼んでいる。
貰ったネックレスにどういう意図があるのか分からない、とても外したい気分になる。
だけど外せない。
外したら殺されるかもしれない。
それに、留め具が開かないのだ。
普通の金属のはずなのに、何回やっても外れない。
そこでふとファンブックを思い出す。
ヤンデレモードのときのネックレスって、外れないように細工されてるんだったっけ…?
お風呂の中に浸けても錆びないように加工されてて、チェーンが千切れない限り外すことはできない。
その事実を思い出して戦慄した。
まさに、首輪じゃないか。
アイツは四六時中私を縛っておきたいのか。
何のために?
飼い猫に裏切られないために?
使える駒にするために?
ああ、何てことだ。
私、結局悪役になることしか出来ないの?
脳裏に一抹の不安が過る。
頭を振って思考を追い出す。
悲劇的な考えは止めよう、それだけは阻止したい。
あのゲームの開始は高校一年生の入学式からだったはず。
現在は中学二年生、ならばまだまだ時間はある。
幸い中身は前世の私のままだ。
物覚えと要領はいいと自負している。
今は平均的な点数しか取っていないが、これならいけるはずだ。
選択肢を変えてみせる。
手始めに成績を上げよう。特待生になれるくらいじゃないと、進路を変えることは出来ない。
このままクズミに連れ込まれて終わりだ。
その次は基礎体力をつけよう。
とりあえず避けれるようにならなければ危ない。
攻略対象でナイフを投げてきた人物がいたはずだから。
そして、出来るだけ多くの知識を手に入れなくてはならない。
今のままでは私に未来はないだろう。
今度こそ寿命を全うするつもりだ、目指せ長寿。
「みゃーちゃん、ご飯出来たよー」
お母さんの声が聞こえる。
ぱちん、と頬を叩いて深呼吸をする。
私は私、でも私は安曇深弥。
記憶が混同して頭がおかしくなりそうになる。
息を整えて前を向く。
よし、落ち着け、安曇深弥。
オマエの幼馴染は攻略対象の苅田久住で病み真っ最中、両親は未だ新婚気分で友人は0、スペックは無しで顔面共に平凡。
言ってて悲しい気がするけどそれは真実なので変わらない。
中身は18歳の頃の私だけれど、第二の人生だ。
上手く生きろ、足掻け、逃げろ。
「よし…」
「みゃーちゃん?久住くん来たよー」
「げっ…はーい!今行きまーすっ」
悪魔が来た。
早速なのかこの野郎。
いつも通り息を吐いて、さっきまでの恐怖を逃がす。
アイツの目の前で怯えたりしたらそれこそBADENDだ。
止めてもらいたい。
せめてクズミを転がせられるようになるまでは、従順なフリをしておく。
アイツが後一年と半年で何を仕出かすかは分からない。
けれど力もついていないときに反抗するなんて自殺行為だ。
小学校の頃を思い出して目を閉じる。
突き飛ばされて死にかけて、それがクズミのせいだと知って初めてクズミが嫌いになって、裏切られたと思って、アイツの本質に目を向けるようになって。
大嫌いだと言った途端の憎悪を含んだ瞳と、肉を抉る×××のぐちゃりとした水音も、まだ私は覚えている。
クズミは、私を殺したいのだ。
「誕生日おめでとう、深弥」
私の名前を呼ぶ久住。耳の奥で続いていた音を消して、首の重みで目を開けた。
思い込みで感情が変わる、君は本当に理解したつもりなのだろうか