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水浸しドロップ  作者:
In fact, darkness:第一幕
21/22

初めましてその3.5

二話連続投稿です。

深弥はきっと悪女ではなく悪代官になりたかったんですね、この言動は。

夕方に近づくにつれ不安が募り、つい一時間ほど前に嘉納くんに、「今日会う女の子は濃い味の方がいいか」と質問したのだけれど、「アイツなら手作りってだけで何でも喜ぶよ」と素気無く返された。

「安曇らしい悩み」なんて言っていたけれど、私らしいとはどういうことだ。

最近気づいたのだが、嘉納くんは時々笑って誤魔化す事がある。

それが彼にとってどういう理由の時なのかは知らないが、騙された感が無いそのテクニックは詐欺師のようだ。

笑みを顔に貼って緩やかに話題を流すのではなく、普段通りに爆笑して話を有耶無耶にし、主導権を奪い返す。

実に卑劣な学級委員である。

嘉納くんの爆笑している姿を思い出し、手に持っていた一本75円の蓮根を握り締める。

今度こそは、昨日みたいに嘉納くんに主導権を渡さない。

つまるところ、ただ単に私にとっての彼への復讐法ということだ。


この怨み晴らさでおくべきか!

待っていろ嘉納翠!

フハハハハハハ、




「あれ、安曇さん?」




心の中で蓮根を持って高笑いをしていたそのとき、背後から優しげな声が聞こえた。

誰だ、段々といい感じになってきた高揚感を邪魔するやつは。

返事をする為に蓮根を元あった場所へ置いて、声のした方向へと振り向く。




「え」




ゲッ、何でここにいる。

(偏見だが)金持ちの男はスーパー何ぞ(とても失礼だが)庶民みたいなところに出向かないんじゃないのか。

思わず驚きの声を発してしまった。

安曇深弥、今日一番の不覚である。




「やぁ、身体はもう大丈夫かな?昨日退院した、んだったよね」


「…あ、はい。その節はお世話に、」


「僕らは教師だからね。そんなに畏まらなくていいよ。安曇さんは特殊な子だねぇ」




木更津安齋(・・・・・)先生、私の話を遮らないで下さいませんかね。

本心ではそう思っていても、人付き合いの苦手な私は八方美人の如く軽めの謙遜と頷くという作業を繰り返してしまう。

それでも木更津安齋相手だと、死の危機や初対面での容赦無くぶつけられた殺意のせいで、さらっと話せるからまだマシだ。

何と言うか、木更津安齋(てき)相手に弱腰でどうするのだ安曇よ!と思って力んでいる。

しかしここで、嘉納くんやスイのようなコミュニケーション能力があれば、敵を前にして嫌味の一つくらい言ってしまえるのに…!

こんなとき、隣の芝生は本当に青い。




「舞斗…あ、秀薗先生も凄く心配してたよ。ご飯はもうちゃんと食べれる?」


「はい、先生方のおかげです」


「そっか…あ、じゃあいまは今日の晩御飯の用意でも買いに来ているのかな。献立、聞いてもいい?」


「…面白くないと思いますよ」


「いいのいいの、ほらほら言ってみて」




ちょ、ちょっとこの人しつこいんだけど!

凄く馴れ馴れしいんだけど!

そろそろレジに行って帰りたい、予定まで時間が刻一刻と押している。

あのときから会って二回目なのに、今日はどうしてこんなにも押せ押せなのだ。

この間向けられた殺意が、まるで夢かのようにさっぱりと消え失せているせいで判断に困って、上手く対応がし切れない。

悪意を持たれる方が簡単だ。

好意は慣れないし、怖い。

特にこういった相手(ウソツキ)からの好意はとてつもなく怖い。

容易く信じて裏切られる事が、前世でも今世でも私の中でトラウマと化しているからだ。

私が今世を認めたからか前世のことはもう、あまり思い出せなくなってきた。

それでいいと思っているし、やっとここで生きていく覚悟が出来た。

けれどまだ対人関係については、(クズミ)に付けられた傷が消えない。

それが消えない限りきっとまた、何度でも私は臆病になって閉じこもってしまう。

クズミのせいにして逃げてしまう。


こういうしつこい輩にはとりあえず質問に答えておけばいいと思い、口を開いた。




「え、と…ご飯とお味噌汁、根菜とちくわの煮物と焼き魚、と備え付けに漬物…時間があれば切り干し大根を、と」


「へぇぇ、随分と家庭的だね。今の女の子は凄いね。独り身には染みるなぁ…先生も一緒に食べたいな」


「あの…先生が生徒に言うのは…」


「え?そんなの気にしない気にしない」


「うぇ??あの、でも!女子棟で、男性は、あまり…っ」


「秀薗先生も来たことあるでしょう?大丈夫だよ。もし嫌なら変装して行くから安心して。それに、うちの寮は男女間では悪意やあからさまな行為がない限り寛容的だ」




そういったことを言っているのではなくだな!

実はこの人、私が押し売りに弱いの分かってて嫌がらせしてるんじゃないの?!!

いきなり夕方に先生が寮館の女子棟に訪れるなんて話聞いたことないよ!

確かに寛容的なのは知ってる。

だから嘉納くんともそのお話をしたし、秀薗先生も気軽に来れた。

先生と生徒が恋仲で密会してる、なんて話も昔はあったらしいし(本当にごく僅か)、気にしないのだろうけれど。

でも、木更津安齋となれば別だ。

この人は女子生徒の目がハートになるほど人気な男。

つまり、望月佑磨の二の舞になる可能性だってあるわけだ。

木更津安齋は関係ないと分かっていても、私はこれ以上あの子に嫌われたくない。

「安曇深弥」の次に好きになった、あの子に。


だから、学校に行こうと思った今だけは何としてでも阻止しなければならない。

嘉納くんに木更津安齋の話をしていないし、今日会う女の子も急にこの人が来たらビックリするし私の印象が悪くなるだろう。

それだけは、嫌だ。

折角嘉納くんが私の為にしてくれたのに。

無碍に、したくない。




「せ、せんせ、わたし、先約が」


「先約って?男?女?もしかして秀薗先生かな?」




何でこんなにしつこいのーーーーー!

何を言っても引かない木更津安齋に戸惑って、焦って、もう冷や汗をかいて倒れてしまいそう。

ふ、踏ん張るんだ安曇よ、強く生きろ。




「お、男の子と女の子、りょ、両方ですけど…」


「じゃあ、僕が行っても問題ないよね?」


「でもあの、わたし、」


「その2人には僕がお願いするから。ね、ダメ?」




ダメに決まってるだろう!

木更津先生の馬鹿!

追い込まれて、悩んで、脳味噌をフル活動させ過ぎて目がグルグルと回ってしまう気がした。

遠回しに帰れって言っているのに、ここまで遠慮という文字が見えない大人は見たことがない。

手強いぞ、どうやって切り抜けよう。


だがしかし、私は切り抜けるスキルがそれはもう素晴らしく低いのである。




「き、きさ、らづせんせ」


「なあに、安曇さん」


「やっぱ、り、あの」


「そんなに悩まないで、軽く考えればいいんだよ。大丈夫、僕が居ても君は楽にしてていい。むしろ僕が居た方が君にもきっと素敵なことになる」




「【ねぇ、みやちゃん、大丈夫だよ】」




ドロッとした何かが頭上から落ちてきて、包まれていくような感覚がする。

駄目だ、これに浸ってしまうと、きっと私は死んでしまう。

避けろ、この甘い幻想から目を覚ませ。




「【みやちゃん、ほら、僕と一緒に行こう。守ってあげるよ】」


「せ、…せ、」


「【ほらみやちゃん、もう怖くないよ】」


「わた、…しは、」


「【みやちゃん】」


「わた、私は、!せ、先生を許可しませ」


「ちょっと木更津医師、女子高生に何してるのよ」




やっとよくわからないドロドロとした甘い毒みたいなものを捨てられた、と思ったらまた後ろから声がかかる。

綺麗な声に驚いて振り返ると、短く切られた赤色が揺らめいて、いつの間にか私を木更津安齋から守るように前に立っていた。




「木更津医師、彼女嫌がってるけど。口説き方へったくそだね、医師を見て怯えてるよ。ほら、私を見て泣いてる」


「え゛!!ご、ごめ、安曇(・・)さんごめんね!そんなつもりじゃなくて、」




いや、ちょっと待って御二方。

私は泣いてないですよ、ほら、顔を見て顔を。

この無表情の何処が泣いていると言うのだ。

確かに、安心して力が抜けてしまった。

今にも重たいカゴを手放してしまいそうだ。

わたしは、たすかったのだと。

家族以外の誰かに、目の前で守ってもらえたのだと、初めての感覚に感動しているだけで。

当人がワケが分からないくらいに色んな感情がせめぎ合って、ごちゃごちゃで、でも暖かい気持ちがして。

これは、一体何なんだろう。




「ほら木更津医師、日本古来からの最上級の謝罪を…え、アヅミサン?」




泣きたいのか、笑いたいのか分からないよ。

お母さんお父さん、これは何て言うの?




「医師、この子アヅミサンなの?」


「う、うん。アヅミミヤさんだよ。それより八尺(ヤサカ)さん、安曇さんを…」


「あなた、貴女なのね!」




赤茶色の髪をした暖かい彼女に力一杯抱き締められる。

彼女の身長が高いおかげで、少し首が痛いかもしれない。

わからないよ、どうしたらいいの?

そろり、と彼女の背中に腕を回すとより一層強く抱き締められて息が苦しい。

動揺から、また目が回ってしまいそう。

だけど何だか、頬が熱い気がする。




「安曇深弥ちゃん、会いたかった!私は八尺(ヤサカ)椿(ツバキ)。よろしくね!」




お母さんお父さん、この感情は、何ですか?


安齋「え、ちょっと僕を忘れないでよ」



深弥は大好きだった叔母さんではなく、今世のお母さんとお父さんを呼ぶようになりました。

我が子の成長ってこんなに涙ぐましいんですね…いま私も感動の最中にいます。


新キャラは八尺椿ちゃんでした。

木更津先生のターン!と思いきや椿ちゃんに掻っ攫われる椿曰く口説き方が下手くそな安齋氏。

そう、実は安齋氏は真面目にせn…なんです。

※ネタバレなので分かりやすいけど伏せてます。


何を思って会って二回目の女の子に対してこんな奇行に走ったんでしょうね。

こんな人は嫌ですね。

そして、安齋氏のアダ名は「木更津医師」。

これはもう椿ちゃんから養護教諭辞めろと言われているようなもんですね!(違います)


「初めまして、よろしくね」はこれで終わりですが、次回もう少しこの後の話が続きます。

今回もこんなに遅い更新作品を見てくださり、ありがとうございました。


5/5の活動報告にて、お知らせ。

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