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水浸しドロップ  作者:
In fact, darkness:第一幕
19/22

初めましてその2.5


心臓の音が邪魔をして、彼の声が上手く聞こえない。

ドクドクと鳴り響くせいでやけに重くなった私の両腕は、さっそく人間として機能してない気がした。




「もし俺が、安曇と同じ転生者だったらどうする?」




耳を疑う言葉が聞こえてきたと同時に、ガシャンッと食べかけのモンブランの上に金のスプーンが落下する。

普段なら何よりも気にかけるはずの食べ物にだって目が向かず、「私と同じ転生者」だという彼を目を見開いて凝視した。

そんなもの私以外いないとずっと思ってた、んだけども…。

普段通り、いや、それ以上にニコリと微笑む彼の真意が見えない。

また心臓の音が激しくなって、今度はこめかみ付近から汗が流れた気さえしてくる。

厄介だ、どうしよう。

シラを、切ってみようか。

それが成功するかしないかは考えない物として、通じないと分かっていても、“安曇深弥(わたし)”はどうにかして潜り抜けようとする女子である。




「て、テンセイシャ?」


「そう。俺も安曇と同じ。この世界が『罪の果実〜リバースラバー〜』をベースに作られていると知ってる。」


「え、え??」


「トボけても無駄だよ?言っとくけど俺は安曇と編入生のSクラスの王子、苅田久住が幼馴染だって事も知ってるから」




「苅田久住」の内面や中学までの交友関係を知っている人間は、霧藤にいる中でも三橋彗劉と安曇深弥の2人しかいないはずだ。

そうすると、私とクズミが幼馴染だと知っているのはスイだけになる。

ならば何故、「嘉納翠」という男はこの事実を知っているのか。

推測される事柄はふたつある。

一つはスイから聞いた、もしくは何処かから聞いたという場合。

もう一つは彼がさっき言った通り、『罪の果実〜リバースラバー〜』という乙女ゲームがあった世界から転生してきた、という話が本当である場合だ。

前者の場合、スイが口を割ることは、「三橋彗劉」の根本を考えても有り得ないと断言出来るし(卑怯だがここで公式ファンブックの設定を利用させていただく)、他の人に聞くという手はあまりにも非効率的だろう。

生憎、同じ小中学校を潜り抜けた彼らは中流階級だ。

間違ってもこの学園に入れるほどの金額は家計的に揃えてないし、頭の良い子はとっくに他県に出ている。

それを一々調べるほど、学級委員…いや、次期学級委員会委員長は、普段の嘉納くんや秀薗先生の様子からしても暇ではない。

それらを踏まえると、どう考えても有り得ない結論に至る。

すると残りは必然的に、後者になる。

何で私、安心するはずの嘉納くんを、こんなに警戒しているのだろうか。

狭いけど広い世界でたった一人の中、同士がいる事は心強いはずなのに、どうしても信用ならない所がある。

それは本当に、信用出来ないからこその警戒なのか、それとも気づかぬうちの野生の勘での今後の警戒なのか、全く区別が付かない。




「じゃあ、安曇の友達の『三橋彗劉』が、ヒロインの攻略対象者っていうのはどう?」


「…、『三橋彗劉』攻略ルートの必要事項を述べよ」


「手厳しいなぁ…三橋彗劉は隠しキャラ。まず、初回の準備期間である高校生の春に、全攻略対象者の好感度を『低め』で統一し、その状態で誰かとデート約束をした場合に出現。時期は夏、時刻は深夜。場所はヒロイン宅の近くのコンビニ。高校二年生の春に“生徒手帳”、生徒会で“名簿”を入手。その間攻略対象者の好感度は『普通』で統一」


「ヒロインのデフォルト名にある色」


「白だね」


「も、『望月佑磨』の眼鏡のフレームの色!」


「俺の名前と同じミドリイロ。やけにマイナーな問題だなぁ」




くっ…!

手強い、手強過ぎる。

段々と趣旨が嘉納くんが分からない問題を出すという方向に向かっている。

もうこうなったらヤケだ、質問しまくってやる。

こうやっていつの間にか嘉納くんに流されてる私がいる。

スイの時もそうだけど、流されやすい所が私の短所なのかもしれない。

警戒も恐怖なんてモノも、とっくに臨界点を超えたようだった。

だって嘉納くんが本当に転生者だなんて認めたくないんだもの、もっと難しい問題を出さなきゃ…言い負かさなければ気が済まない。

今更、同族がパッと出てくるとか、都合が良すぎるし遅過ぎる。

前世を思い出してから過ごした二年間はとてつもない恐怖を伴う生活だった。

出会う人みんな知らない人で、共通の常識が知らないモノで、いつか殺されるかもしれなくて、世界が異常なはずなのに、この記憶を持つ自分が本当は一番異常で、病院に行った方がいいのではないかといつも思い詰めていた。

でも私の記憶の中にある「安曇深弥」も「苅田久住」も「三橋彗劉」もいる。

だから私は、誰にもこの事を言わないで胸の内に留めて置こうと思っていたのに。

今更出て来た事にも腹が立つけれど、それ以上に悲劇のヒロインぶってた私に一番腹が立つ。

こんなことするのは八つ当たり以外の何物でもない。

それでも、嘉納くんにぶつけたくて堪らなかった。




「『秀薗舞斗』の所属クラス!」


「元はSだよね。顧問してる委員会は変わらず風紀委員会」


「『木更津安齋』攻略ルートでの当て馬!」


「そもそも居ないよね」




問題を考えるために数秒間無言になる。

引っ掛け問題にも掛からない、可愛げのない彼に対して、女子にあるまじき行為だとしても、歯ぎしりをしてしまいそうだ。

嘉納くんがこちらを見て通常通りニコニコしている。

何なんだその余裕は、嫌味か。

その綺麗な(ツラ)すら私にとって今は爆弾のよう。

そうかそうか、嘉納くんはそんなに私の頭をパーンってさせたいようだね。

どうせ心の中で嘲笑っているのだろう、「このにわかファンが!」と。

だが残念ね、私は『罪の果実』ファンではない!!

ふはははは、どうだ、参ったか!

多分、いまの私は物凄い形相をして(顔に出ているかは置いて)無言で嘉納くんを睨んでいるだろう。

焦り過ぎて段々壊れていく私に、コーヒーを一口飲んだ彼が表情を崩さないまま、声を掛ける。




「よかった、安曇が怒ってて」




どうやら今の私は、嘉納くんの言葉は何を聞いても理解したくないようだ。

どうしてだろう、彼の言葉がマゾヒズムのように思えてしまうよ。

この間見たドラマに感化されてしまったのかもしれない。

私の教育によろしくないので、そろそろドラマなんて似合わないモノは辞めて、秀薗先生に貰った『Fruits et anneau』の二冊目に戻ろうかな。

意識を無理矢理遠くに飛ばそうとしていた事がバレていたらしく、またもや私の心を読んだのやらそうでないのやら分からない事を口にした。




「変な意味じゃないよ。単純に、怒りの捌け口を作る手伝いが出来て良かったって事」


「怒りの、はけぐち」




復唱しているとまた嘉納くんが微笑むから、何だか居た堪れない気分になる。

嘉納くんは私が心の中でどんなに貶していようとも、こう言っては可笑しいが暖かく見守ってくれる。

それは本人が気づいていないことだから、当たり前のことだと思う。

けれど、きっとこの人はそれを知ったとしても、いつものようにからかって場を明るくさせるんだろうな。

私を傷つけないように、自分も傷ついてないよと意思表示をして。

目に見えぬ何かからも守ろうとする。

それがまた奇妙なことに、何処かで叔母さんを思い出させるから泣きたくてしょうがない時が増えた。

本当に、不思議な人。




「気がついたら知らない場所だった、なんて誰でも心細くて嫌になるに決まってる。そしてこの理不尽さを誰かに怒鳴りたくなる。俺だってそうだった。この世界が乙女ゲームをベースに作られたモノだって事を、今更夢だったんだなんて言われたところで納得すら出来ないだろ」




言葉を切り、またカップに口付ける。

コーヒーを飲み切ったらしい彼は、「俺は終わったけど、安曇は?」と言って質問をしてきた。

ほら、そうやって私が気にしないようにするから。

友達って暖かいな、なんて思いながら泣きそうになる。

世の中みんな嘉納くんみたいな人ばかりではないと知っているのに、勘違いしてしまいそうだ。

時折、もしかしたらこれから先この関係が進んだら、依存してしまいそうで、何もかも投げ出して逃げてしまいそうで怖いと思ったりする。

そんな私を見ても彼はきっといつも通り笑うだけ。

負担にはなりたくないから、私は自立するために、向き合わなくちゃいけない。

彼女が泣いて、私が彼女に「愛してる」と言って抱き締めたとき、確かにそう感じた。

彼女に寂しい思いをさせないためにも、これから先の問題と向き合おう。

それが私と彼女のためになるなら。


モンブランを食べ終わったので、そろそろ店を出る話をする。

お会計をしに行くと、嘉納くんは退院祝いだとか言って私に支払いをさせてくれないので、有難く奢ってもらうことにした。

今度遊びに行くときはこっちが奢るからね、嘉納くん。

カフェを出て、快晴を仰ぎながらランチする店まで歩く。

どうやら、彼の第二のオススメの場所はカフェの近くにあるようだ。

到着するまで、幾分か安らいだ感情のまま彼に質問をする。




「嘉納くんは、一体誰?」


「ん?俺の話?何だ、安曇俺に興味持ってくれたの」


「何言ってるの、いつも興味有りまくりだよ」


「え……っあはは!やられた!その返し来ちゃうのっっふは、ひゃははは、はー…けほ、」


「…嘉納くん笑い過ぎ。絶対馬鹿にしてるでしょう」




純粋な疑問を言っただけなのに、咳き込むほど笑ってくれるとは、私も口角が引き攣るほど嬉しいよ。

「草生えまくった不可避過ぎる」という謎の言葉はスルーするとして、失礼だと思うんだ。

思わずじと目で見たのはしょうがない。

そうやって茶化そうとするのは良くないよ、ナマハゲが襲いかかるよ。

…いや、ここは敢えてヤンデレが襲いかかると言っておこう。

嘉納くんは一回ヤンデレに怒られてください。




「ごめんごめん、安曇は『嘉納翠』を知らないんだね。『嘉納翠』はアプリ版『罪の果実』の隠しキャラだよ。灰色の髪をして、碧色の瞳を持つAクラスの頼れる人。ヒロインが学級委員になった場合出会えるんだ。俺が眼鏡をしているのは、主にヒロインとの出会い防止だよ」


「え、か、隠しキャラ…嘉納くんも攻略対象者?!!や、やんでれ?え?にげ、逃げる??」


「安曇、落ち着け。俺はヤンデレモードじゃないからな、安心しろよ」


「目の前の対象者から逃げますか?いえす、おあ、のー、」


「…ダメだこりゃ、心の声まで出てる。安曇ぃ、手を繋ぐけど怒らないでね」




アプリ版なんて出てたんだ、初めて知った。

というか嘉納くん、そんなに『罪の果実』をプレイしてたんだね。

前世はどんな人だったんだろう。

地味に気になるけど、それよりも今の嘉納くんを知りたいから、聞かないでおこう。

きっと今と変わらない人だ。

にしても隠しキャラ…ヤンデレモード発症してたらどうしよう、友達に裏切られるだなんて耐えられないんだけどな。

ああ、でも嘉納くんが今さっき「なってない」発言をした、はず…。

ど、どうしよう。

でも友達から逃げるなんて無理だ。

友達は、宝物です。




「まあ、俺が居るし、本当にアイツの事は考えてあげてね。俺は安曇にもっと世界を広げて欲しいんだ。これは俺のエゴであり、最大の矛盾点だけどさ」




鼻歌を歌いながら私を引きずる嘉納くんが、そんな言葉を漏らしていた。



お気に入り登録500人突破有難う御座います。

こんなに更新遅めなのに(´;ω;`)

本当に有難う御座います!


今回で翠とのデートは終わりです、如何でしたか?

全く甘くないですね、主に翠が茶化しまくったせいで。

この後彼らはランチに行って雑貨屋、本屋に行ったあと霧藤に帰ります。

談笑しながら、翠はちゃんとエスコートして深弥とデートしたことでしょう( ´ ▽ ` )


次回は新キャラ登場です。

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