閑話:「安曇深弥」と安曇深弥
今回は彼女の独白でちょっとした小話です。
そうね、こんな話をしましょう。
これを聞いた彼女は泣いてしまうのではないかしら?
元々私は私だった。
多少器が違えど、私であることに変わりは無かったわ。
だけどそうね、何処でなのかしら。
あの子の中身と合わさったせいなのかもしれないわ。
何故だかね、無性に暖かい感情を知って、無性に泣きたくなったのよ。
私は、あんな愛情を抱いた事が無かった。
安曇深弥だって私に対してそう言うかもしれない。
だけどね、私だって貴女を羨んだ事があるの。
貴女が偽物かもしれないと時折嘲笑するその感情は、紛れもない他人への愛だったのだから。
そして確かに、貴女は彼女に愛されていたのだから。
私と貴女は手違いで入れ替わってしまった。
貴女は私へ、私は貴女の愛する人の子供へ、居場所をそっくりそのまま変えてしまったの。
だけど貴女は、私が手に入れなかったであろう選択肢の中の幸福を手に入れていた。
そんな貴女と同時に私は、私と言う名の半分を彼女の中に置き去りに、そして彼女の半分を私の中に置き去りにされたままだった。
初めは戸惑ったわ。
私の知らない人間の記憶が一気に流れ込んできたのよ?
しかも、物凄くヘビーだったわ。
おかげで私が安曇深弥という個体になるはずだった事をするっと思い出してしまった。
それはまるでお伽噺のようでとても現実味のない不確かな感触だった。
だって、「安曇深弥」というキャラクターは眼前に存在しているんですもの。
言わずもがな彼女の趣味、そして生前の貴女との共通点だったのよね。
初めて「安曇深弥」を見た時は驚いた、なんて言葉では済ませられない衝撃だったわ。
よく分からない幼馴染を盲信し、熱狂ファンの如く入れ込んだ挙句に捨てられ、蔑ろにされ、親からも見放される。
可哀想を通り越して呆れたの。
そんな男をずっと信じておけるほど私って馬鹿女だったのね、なーんて。
ほら、病みが始まった時のあの男なんてどう思う?
ただの精神的DV男じゃない!
有り得ないわ、処すわよ。
それに何よ、いくら私がライバルキャラだからって報われなさすぎでしょう!!
どのルートに行っても「安曇深弥」はバットエンドじゃないの!
えぇ、何かしら、彼女の影響で乙女ゲームにハマったけれど?
「安曇深弥を救済し隊」という目的で二次創作しているわ。
は?二次創作は自分勝手で文が拙いから嫌い??
黙りなさい、戯言は品がないわ。
…コホン、そうじゃないわね、話を戻すわ。
私は今の安曇深弥の半分と精神を共にして、得た物が沢山あったの。
親の愛や、どうにもならないと挫折する前に時に行う努力、こんな物かしら。
きっと私が得た分貴女は何かを失って、貴女が得た分私は何かを失ったのね。
それが何なのか検討もつかないけれど、だけどどうか前世が不幸だった分だけ幸福を得て欲しいと願うわ。
彼女…母が貴女を思って涙したように。
私が一方的に貴女を知っているから、貴女はきっと知らないわ。
母はね、貴女の誕生日に父を置いて、必ず貴女との思い出の場所へ行くのよ。
そして必ず、貴女とのお揃いの、鈴のついたストラップを家の鍵につけて、まるで生前の時のような格好をするの。
一度でいいから貴女におかえりって言いたくて仕方がないのね。
そして寂しげに時々貴女の名前を口にする。
私は貴女を受け入れたけれど、貴女は私を受け入れてないのよね。
時折夢の中で貴女と出会うから知っているわ。
可笑しな話でしょう、私だってこのあやふやな幻想の世界を全てマヤカシなのかもしれないと思ったりもする。
けれどね、そうとも言い切れない物があるから私は一生断言するわ。
貴女は知っているかしら、私の初めての友人は貴女だという事を。
そのせいなのか、また別の深い理由なのか、貴女は無意識に私の存在に気づかないようにしている節がある。
貴女が半分になった「安曇深弥」を見て、安曇深弥になれない限り、きっとそれはどうにもならないことなのでしょうね。
私は先に輪廻転生のサイクルから外れた。
貴女は逆に、檻の中へ囲われてしまった。
夢の中でね、貴女が泣きながらこちらを見るの。
『帰して帰して!おうちに帰してよ!叔母さん、叔母さん!!!』
そして、そうやって叫んで遠ざかっていく。
私はそれをやるせない気持ちで見ることしか出来ない。
私はもう「安曇深弥」では無くなった。
けれども貴女は「×××××」のまま、ずっとあの世界を彷徨っている。
忘れろとは言わないけれど、せめて受け入れて欲しいと思うわ。
例えそれが、今の貴女にとってとても辛いものであっても。
そうでなければ貴女は一生中身が半分のまま、宙ぶらりんな存在であり続け、次第に誰も認識しなくなってしまうだろう。
私の友人である貴女に出来る、最初で最後のものだから。
私と今の安曇深弥の他の共通点?
…あぁ、私と貴女の名前は実は同じってところかしら。
漢字は違うけれど、読み方は一緒。
ふふ、母の貴女への愛に乾杯だわ!
なあに?あら、私の名前なんて聞いてどうするの?
貴方は私が貴方と同じ存在であるか確かめたかっただけでしょう、ふふふ。
どうやら貴方の彼も苦悩しているようね。
え?壊れかけてて毎晩怨念唱えられてるみたいで怖い??
そういう定めじゃない、頭でも殴ってあげたらどう?
何、冗談に決まってるでしょう、可笑しな人ね。
しょうがないから、「安曇深弥」で無くなった私を教えてあげるわ。
「私の名前は、────」
それは例えば、彼と彼女達が入れ替わった世界でのお話。