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水浸しドロップ  作者:
In fact, darkness:第一幕
12/22

だから例えばこの感情全て、不必要だと言ってほしい【高校一年生編】

総合評価800p越え、お気に入り登録300件越え有難う御座います。

いつも閲覧感謝です。


今回から高校一年生編開始します。

長くなるので二つに分けています。




《止めて!!違うの、私は…っ貴方が》


《言うな!いわ、ないでくれ…君に言われたら俺は、この復讐を止めなくてはいけなくなる…それは絶対に許されない》




ー全てを壊すまで、赦されないー




ナイフを持った彼に後ろから抱きついて、前方へ進むことを阻害する。

泣いている彼女を彼は放っておけない。

何故ならば彼は、彼女に恋をしてしまったからだ。




「あー、このドラマって主題歌もBGMもカッコイイよね…」



《あの日の為だけに俺は生きているんだ》




目の前の液晶画面から聞こえる美麗美声、他人の恋愛、そして復讐というなんともドロドロした世界。

一方の私は引きこもってドラマを鑑賞中である。

このドラマ、ヒロインさんが歌も下手くそなアイドルだからかとても微妙な出来で、他の俳優さんや女優さんが主要人物かのように際立っている。

あーあ、キャストから脚本までこの世界では豪華なのにな…もったいない。

何年かしたらリメイクされてたりしないのかなぁ。


毛布を頭から被って丸まり、入学祝いに渡されていた抱き枕を胸に抱いて、学園内のコンビニで購入した炭酸飲料とジャンクフードを貪る。

買い溜めしていたポテトチップスと、何となく新商品って言葉に惹かれてカゴに突っ込んだ『粒入りストロベリードーナツ』を、太ると思いながらも口にいれていく。

きっと運動もしていない私はぶくぶくと太るだろう。

しょうがない、それが引きニートの定めだ。

うんうん、と一人で頷いてコップの中の液体を飲み干した。




いまはあの入学式の日から2ヶ月が経った6月の半ばだ。

最初の1ヶ月は引きニート願望を押し込めて登校していた。

頑張って、学校行って、何故か図書委員になって、優しい学級委員と担任の先生に心配されつつゲームの安曇深弥では有り得ないほど、至って真面目に生活していた。

そしたら一週間後、ドクズな望月佑磨の取り巻きさん達に呼び出しをくらい…まあ、何ていうか罵倒を浴びせられ、いつの間にかクラスは疎か全校から非難の目を浴びるようになっていた。



いや、意味わかんないでしょ。

何で貴女達のせいで不躾な視線を受けなければならないの?

私は何もしていない、むしろやらかしたのは望月佑磨でしょ。

そう言いたいところだが、先人は【郷に入っては郷に従え】と申しているのだ。

一概に相手が悪いとは言えない、もちろん私も悪い。

まさかと思って油断をしていた。

アイドルみたいにファンクラブなるものがこの世界でも健在だと思わなかったし、望月佑磨が私のことをファンクラブに言うと思わなかった。

あの日、ゲームでも見たことのあるキラキラしたロングストレートの髪を翻しながら、私を睨んで彼女は言った。

「どうやって佑磨様に取り入ったの」と。


いや、待って。

さま、様ってナ二。

ワタシ、アナタタチノスキナヒト、トッテナイ。

その瞬間の私の表情は無表情ながらも顔を青に染め、絶望していたに違いない。

表れてないだろうけれど!


凄まじい憎悪と殺気を全身に浴びせられ、何処かで見たことのある状況にバットエンドのスチルを思い出す。

何でこんな、初っ端から死亡フラグが立つなんて。

実はこの世界は私を殺したいんじゃないだろうか、そんな錯覚を今なら容易く抱くことが出来る。

本当に今も昔も上げて下げるのが得意だね。


そこからまぁクラスに返されたと思ったら事態が全校に広がるわ、噂に尾ひれがついて深刻化してるわ、中学の時のイジメ?が再発するわで備品が散々な目にあった。

水をぶっ掛けられて制服がダメになったり、頭上から鉢植えが落ちてくるだなんてとんでもハプニングが起きたり、これは初級死亡フラグの回収じゃないのかと気づいた瞬間に引きこもることを心の中で誓った。

だってそんなことで死にたくないじゃない。

そして今に至るのだ。




《何で貴方はいつも、私を置いていくの…?》




ド下手くそな演技を見て、目薬を連想させると同時にスイとクズミを思い出した。

不愉快な感情が胸へとせり上がって、肺辺りを掻き毟りたくなる。




「さい、あく…」




あのふたりとは、顔を合わせていない。

入学式のときだって会えなかった。

今のふたりが何をして、誰と居て、どんな感情を抱いているかなんて考えたくもない。

きっともう、帰ってこないから。


ここ1ヶ月でスイにもクズミにもファンクラブが出来たらしい、そんな情報は要らない。

全てがゲーム通りに再構築されていっている気がする。

ここは、現実なのに、あのとき一緒に笑ってご飯を食べた私達を消し去っていく。

クズミはきっと、もう私を見ることはない。

スイもきっと、私を蔑んだ目で見る。

その証拠にあのふたりは会いに来ないじゃない。

首に掛かったペリドットが重い。

この首輪は外れない、外したい。

もう誰のことへも関心を向けたくない。

だって、みんな消えちゃうんでしょう?




「あー…面白くない」




ひとりぼっちって、こんなに退屈だっけなぁ。

昔の感覚が、思い出せなくなって行く。




《君に俺の感情が、理解出来るはずがないだろう?》




そんな、当たり前なこと。

彼女に向けて笑った彼は呟いて、一筋の涙を零した。





… … … …





コンコンコン、控えめにドアを叩く音で目が覚めた。

机の上の置き時計へ目を向けると、時刻は16時38分となっている。

ドラマを見ていた時間は11時前後だったはず…よく寝てたな。

訪問者を待たせるわけにはいかないので、適当にリビングを片付けて玄関へと走った。


ペタペタと自分の足が床につく音が聞こえる。

貧相な音だ。

それもまあスリッパも履かずにずっと裸足で居たのだから当たり前か。



ここに来る人物は限られている。




「…すみません、遅れました」


「いや、大丈夫だ。それよりも安曇の体調の方が心配だ」


「そちらの方は気にしないでいただく方向で…秀薗(ひいその)先生」




玄関に長居をさせるわけにはいかないので、扉を閉めて先生をリビングへと催促する。

彼の名は秀薗舞斗(ヒイソノ マイト)、ゲームではSクラスの担当教師であり攻略対象だった…のだが、何故かAクラスの担任になり、引きニートとなった私を案じてこうして週に何日か顔を出してくれる。

風紀委員会顧問も受け持っているのに、忙しい中すみません。




「安曇、これは今日の課題な。んで、この間の中間考査は前回同様学年トップだったよ」


「…え、え?!」


「よく頑張ったな」




え、連続して学年トップになれたの?

学校休んで時々先生に教えてもらって、ひたすら一人で解いていたのにそれでもヒロインやスイ達を抜かしてトップ?

…有り得ない。


私の長い黒髪を初孫を愛でるかの如く撫でる先生。

本人を差し置いて嬉しそうな顔をしてどうする…まあ、この人は私の努力を知っているから余計にそうなるんだろうけれどね。

普通なら学校に行けと言うし強硬手段に出ると思うのに、この学校は成績さえ出せば何でもオッケーみたいだ。

特待生制度もあるから無理しなくていい、と秀薗先生以外の先生にも言われた。

私の状況を知っていたから、言ってくださったのかもしれない。

それか常に顔を青ざめさせるようになったから言ってくださったのかもしれない。

何でもいい、今の私は逃げ場が欲しかったから。

先生の手から課題を受け取って机に置いて、溜息を吐いた。




「先生、風紀委員会はどうですか」


「新規のやつの手続きも終わったし、大まかな行事は8月過ぎてからになるから大分楽だな。安曇は今日何をした?」


「再放送のドラマを見ていました。ほら、先月放送が終了した『Symphony of despair』。安易なネーミングですけど、ヒロインがあの人じゃなかったら楽しめる内容ですね」


「あー、あれな。確かにそうだ…まだ今売れてるグループだったら許せたんだけどさぁ」


「それですよそれ、もうあのグループは時の人ですよ」




どうでもいい会話を進めて、和やかな雰囲気を作り出す。

全ての授業が終わった時間にこの人が顔を出すということは、何か用事があるに違いない。

さくっと用事を終わらせないと先生が大変な目にあうだろう。

この間も遅くまで残業をしていたようだし、なるべく配慮したいたと思っている。

頭の隅にそれらを置いて、言葉を投げかける。




「ところで先生、今日の要件は何でしょうか。ずいぶんお疲れのようですし、早めに戻られた方が宜しいかと思います」




眈々と声に出す私に目を見開いてそれから数秒後、苦笑する。

子供らしからぬ可愛げのないことを言っている自覚はある、けれども私はこの人が心配だ。

ゲームでも現実でも、策士ではあるが無理をしてしまう人だった。

みんなを支えているのに、誰にも知らせないから感謝なんてされたことがない、努力が報われない人。

その姿が何だか叔母さんに似ていて、前世では親しみを持っていた。

話を聞く限りではその姿はこの世界でも反映されているようである。

だからこその心配だろう。




「…安曇にはお見通しか。かなわないなぁ」


「何となくですよ。それに、顔色悪いですから」




するとまた、大きな手で頭を撫でられる。

その手がお父さんに似ていて安心する、と思っていることは秘密だ。

先生と目を合わせる。

その瞳を覗いて息を飲んだ瞬間、先生は口を開いた。




「安曇、三橋と会わないか?」




いきなりの提案に、先生を瞠視した。

スイと、会う…?

いま、さら。


ついさっきまで私を悩ませていた原因の彼と、会えるというのか。

4月からずっと連絡も無いし、顔も合わせてすら無かったのに、今更どんな態度で接すればいいの?

悩む私に追い打ちをかけるように、先生が優しく語りかける。




「同じ外部生だろう、三橋に安曇の話をしたら会いたいと言っていたんだ」




私とスイが知り合いなのか、という問いかけに他人には分からないくらい軽く頷く。

そうだよ、彼は大事な知り合いだ。

スイから離れていったくせに、会いたいだなんて提案を見せられた私はどうすればいいんだ。

期待と哀しみと、喜びと恐怖が胸の中でせめぎ合う。

どうすればいいか分からないから余計に怖い。

何が正解なのか、会って何か変わるのか、私には何も分からないし分かりたくない。

どうしよう、どうしよう…。




「せん、せい」




喉から出した声は存外掠れていて頼りがなかった。

縋る気持ちで目の前の人を見つめる。

するとまた、柔らかく私に笑いかけた。




「安曇、」




嗚呼、選択肢とかシナリオとか殺されるだとか、そんな非現実的なことを考えたくない。

当たり前の現実を生きていたかったのに。




「はい」




ただただ、早く視界から光を遮断したかった。



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