返して欲しい
夏休みが終わり、私生活が忙しくなった為更新が大幅に遅れました。お待ちしてくださった方、すみませんでした。
※修正しました
高校受験は三人とも無事に受かって、お疲れさま会同様に盛大にお祝いされた。
あのときの南蛮漬けが美味しかったので、今度お母さんに作り方を聞いて作りたいと思う。
それは良い、そしてその後に霧藤が王道的な山奥にある、全寮制の学校だったこともまぁ多めに見ようじゃない(確認をしなかった私が悪いんだけどね)。
おかげでお父さんが渋ってた理由の一つが理解出来たよ。
そして入学式の代表に選ばれたことも、ぶっちゃけて言うとどうでもいい。
特待生なんだから内部生を押し退けてでも点を取らねば、あの学園で私が生きていけると思っていない。
顔、身体ともに華やかさが無い、社交性がない。
ならば学力が申し分ないほどないと死亡する。
だから代表挨拶は私にとって好ましいことだったんだ。
それだけ印象付けられれば、成績優秀な平凡ガリ勉女が王子様な新入生、苅田久住やミステリアスな特待生三橋彗劉と会話していても多少はお咎めナシ、になるはずだ。
あくまで、はず、の範疇だが。
入寮してから入学式数日前に理事長さんに呼ばれて、理事長室でお茶をしたことは…まぁこれなんかは全然いいよ、逆にこの人に挨拶がしたくて堪らなかった。
特待生として学力さえ注ぎ込めば、この金持ち学校に無償で通えるのだから感謝しない方がどうかしている。
初めて面会した理事長さんは温厚でとても寛大、そしてユーモアを持っている方だった。
こんな小娘にも紳士的で、にこりと笑ってお茶を勧めてくださった。
あれは惚れる、惚れない女は女ではないと言えるくらいの優良物件だ。
地毛らしいブラウンの髪に、優し気に細められる垂れ目は、いくら通算30歳越えの私と言えど悩殺モノで、特に視界の暴力に出たのは、キュッと締められた藍色と薄紫色の細かなチェックに細い黄色の縦線が入ったネクタイと、ただの白いワイシャツ、そして黒のパリッとした高級なスーツだった。
ここで身の内で発覚したのは叔母さんの趣向が己にも深く焼き付いている、という悲惨な結果だ。
くそぅ…ビバ有能スーツ萌え。
眼鏡、眼鏡は何処ですか。
こんな感じで理事長さんとのエピソードを語っていたらキリがなくなる。
完結にまとめると、その後理事長さんとは親しくなって、今でも週に1、2度お茶をする仲になった。
特待生の分際でなんてことを。
よくやった眼福だ、と思っていることは私だけの秘密だ。
あの人本当に若くてイケメンなんだよね。
何歳って言ってたかな、30代だっけな。
その年でもう理事長やってるだとか、有能過ぎて結婚したいわ。
諭吉さんの次に。
つまりはデキルいい男でしたってことだ。
…と、話が逸れた、これではない。
この後が問題だ。
入学式の後に接触した生徒会長。
傲慢で俺様で高飛車で、手に入らないモノはないと思っている勘違い系ドクズ、これはヒロインの攻略対象の一人である。
消え失せろハゲ!
クズミより最低な男が出ると思わなかったわハゲ!
今なら本気でクズミのこと愛せそうな気がするよ、その頭イッてる精神と裏クズミを含めて「愛してる結婚しよ」って逆プロポーズをかませる勢いだ。
きっとしないけれど、それくらい大嫌いだってことだ。
むざむざと泣き寝入りをしない私は知っている、生徒会長の望月佑磨の欠点を。
何故ならば攻略本も公式ファンブックも叔母さんに暗唱させられていたからだ。
叔母さん大好き!愛してる!こんなところまで有難う!
いつぞやと同じような回答をしただろうが、スルーして欲しいと思う。
入学式が始まる数十分前、打ち合わせのために教員と生徒会、そして風紀委員会の数名と私が講堂に集まっていた。
このときの生徒会長は噂(内部生のアレ)に聞くような誠実で聡明な態度を見せていたので、この学校は大丈夫だな、なんて呑気に安心をしていた。
そりゃあそりゃあ、凛とした表情で無駄の無い指示を出していたら噂は本当なんだな、と思うじゃないですか。
まぁそんなモノは、全くのデマでこの後じっくり痛感するけどね。
入学式が始まり、舞台袖で生徒会長の声を聞いていた瞬間、脳内にスチルが浮かび上がり、奴が攻略対象であることを思い出す。
外見と中身の俺様という文字だけがテンプレな会長、あのときはそれを鼻で笑っていた。
数々の悪行、二次元じゃないと許せないであろう台詞、病み人特有の光のない濁った瞳に血に染まる綺麗な男らしい手。
私は、否、安曇深弥はこの男に包丁で滅多刺しにされた覚えがある。
それも原型が分からなくなるほど、何度も何度も、画面越しからご丁寧に骨の折れる音とぐちゃぐちゃと肉や体液の混ぜられる音まで聞こえ、美しい彼女の身体が穴だらけ、またはバラバラになるくらいまでだ。
どちらかというと私がその頭をかち割って何を考えているのか知りたいくらいだ。
とても残虐な人間である。
そしてとても、可哀想な男である。
『あぁああああぁあアアァあぁああああああァァァあああああ!愛せよぉ、何でだ!俺は、オマエしか見ていないのに、何でだ!!この女のせいか!?この、女のっ』
激情にあわせるように振り上げられた腕は、柔肌に何度も何度も鋭い刃を沈める。
これは後の彼が言うセリフだ。
彼の生きる世界や境遇が残虐な性格にしてしまったのだろう、可哀想な人、そんな風に思うけれど全く同情心は湧かなかった。
何故ならばそんなものは自力でどうにか出来たからだ。
前世の私がそうだったから、ヒロインに絆されても何もしない攻略対象たちが余計に嫌いだった。
前世の記憶を脳裏で掠めて、この世界のシナリオは少し狂っていたことを思い出し、ならば彼も何処か変わっているのだろうと安心していた。
…の、だが。
『望月くん、本日の式典も良かったよ。これからも頑張ってくれ』
『はい、教頭先生』
式が終わった後、近くに居た学年主任の先生にこれからの予定を聞いて教室に帰ろうとしていた。
もちろん私のクラスは1-A、特待生の揃う優秀クラス。
落とされると思っていた特待生は難なく獲得、そして試験トップ入学だ。
本当は満点合格が良かったけれど、そこまでの技量を取得出来ていないことは理解しているので次回の試験で頑張ろうと思う。
ゲームではヒロインが特待生に値する点数を出して入学するはずだったのだから、それを考えれば申し分ない結果だ。
もしかしたら私は、ヒロインに合格者から落とされていたかもしれないのだから。
これからが一番危うい。
生死のことを気にかけていたけれど、入学したとなれば特待生から落とされないように気をつけなければならないのだ。
ハッキリ言おう、もうゲームのことなんかどうでもよくなった。
すでにライバルキャラになれない安曇深弥だ、モブキャラとして舞台から落とされているはず。
適度に誰かがヒロインの邪魔をすれば、モブの生死だって左右されず、ヤンデレモードなんてもんは発動されないだろう。
あんな血みどろな内容なら、なおさら。
ゲームみたいに高校生活が何週もするわけじゃない。
ゲームの中だけど違う、それがこの世界だ。
きっと、きっと大丈夫だ。
このときは呑気にそんなことを考えていた。
『じゃあ安曇さん、教室に戻りなさい。生徒会長に挨拶してから帰るのも良い。きっと君の力になってくれる。外部生だから困ることも多いだろうけれど、私達は君の味方だからね』
『はい、ありがとうございます』
説明を終えた先生にぺこりと会釈をして、視線だけで生徒会長を探す。
このときの私は呑気に、楽しみだとか頼りになるかなとか考えていました。
現実の望月佑磨の容姿はゲームと変わらず、黒髪に気さくな笑みを携えた好青年だった。
授業や細々した作業、または書類を見るときに緑渕の眼鏡を掛けるらしい(これは公式ファンブックに書いてあったことだ)。
会長は俗に言うインテリだろうか、こう言ってみたら未練たらしいが叔母さんの好きな眼鏡萌えをしてみたい。
前世の私は時間もなかった為かこういう娯楽を好きになれなかった。
そのせいで未だに文明の利器であるPCもスマホも使えないし…使えたとしてもTVくらいだろうか。
どうにも疎いのだ、今度スイに教えて貰えないかな。
きょろきょろと視線を這わせること数分、人混みに紛れていた会長が人気のない廊下へ出るところを発見した。
よし、無難に挨拶して教室へ行こう。
Aクラスでスイが待っているはずだ。
クズミは論外だ、アイツはやはりSクラスに在籍することになったらしい。
三年間くらいは関わることがないので、裏クズミに遭遇することがないと思うとホッとする。
だって、アイツはこの時期にヒロインと出会うんだよ?
今は飴モードでも、どうなるか分からない。
痛くて血みどろなことは勘弁して欲しい。
出来ればもう、アイツから痛みを貰いたくないから。
余計なことを考えそうになったので首を振って雑念を追い出す。
お目当ての人物の背後へと近づいて、声を掛けた。
『あの、生徒会長』
『…』
呼んでみたものの、会長が振り向く気配はない。
何でだろう、私の声が小さ過ぎたのかな?
よく聞き取れなかったとか?
ならばもう一度、と考えて意を決して息を吸う。
それにしても、初対面の人に話し掛けることって怖い。
『あの、すみませ』
『あー、はいはい聞こえてますよー』
気だるそうな声に言葉を遮られ、その行為に唖然としている私を不審な目で見つめる会長。
その顔はまさにゲーム越しで見ていた望月佑磨そのもので、ここが現実かどうかを曖昧にさせるような存在で、頭痛や酷い眩暈がしているような気さえする。
ゲームを忠実に再現した彼。
この瞳も、瞳の中に見える他人への侮辱も、懐かしい彼女との思い出だ。
無意識に彼の顔に手を伸ばしかけたそのとき、視界が180度回転した。
…ん?何が起こった…?
突然の変動に上手く脳が処理してくれない。
さっきの一瞬、何があった。
分かっていることは、手へのピリッとした痛みと押された肩、蔑むような瞳、それと会長の声だ。
それらを合わせて考えてみると何故だろう、嫌な予感がする。
『一回で気づいてたに決まってんだろ。何で俺が答えなかったのか分かんねぇの?オマエみてぇなブスに勘違いさせない為だよ』
綺麗な容姿から次々と飛び出す汚れた、そして身体を抉るような鋭利な言葉たち。
予想していない突然の出来事に動揺して、目を見開いたまま声を出すことを忘れた。
この人、いま、何て言った?
『あ?んだよその顔、期待してたわけ?ハッ、笑わせる。毎回毎回、俺がテメェらみたいな売女を相手にするとでも思ったのか?俺好みの顔でもない、具合がいいわけでもない。そんなやつらの相手なんかするか、失せろ』
『イッ…』
しゃがみ込んで、床と一体化していた私の髪を鷲掴みし、顔を近づける。
痛い痛い痛い痛い、禿げた。
この人のせいで少しばかり髪の毛が抜けたかもしれない。
この一年間で味わっていなかった暴力が蘇る。
嗚呼、私はこの人に痛めつけられているのか。
痛みから生理的に溢れてくる水が目に膜を張り、私の視界をボヤけさせる。
コイツは何と私を勘違いしているのだろう、なんて考えるのは慣れた行為だからだ、頭の中は妙に冷静だ。
痛みを回避するかのように思考へ逃げて、現実を見ないようにする。
この冷たい声を出している本人さえも見ないように、自分の中の恐怖を引き起こさないように、逃げる。
『ああ、でもちょうど退屈してたんだよ…よかったな、俺の』
“道具になれて”
眼前に迫った唇が、そう象った気がした。
『…っ、ぁ…』
歪に笑む目の前の男が怖い。
埋められていく数ミリが怖い、これから何をされるのだろう。
予想していなかった事態が広がっている。
ぐるぐると脳味噌が回って、視界が揺れる、身体さえも震えてきそうだ。
恐怖で顔から血の気が引いてきて、冷や汗がぶわっと吹き上がる。
こわい、こわいの。
あのときと同じ光景が頭をよぎるから、私はまた堕ちて墜ちて、きっとまた長い長い階段から突き落とされる。
君なんてイラナイって言葉と共に嗤うんだ、「嘘つきが」って蔑むんだ。
ーアノヒトガ、ワタシヲマタコロスー
『望月会長、そちらに居られますか?』
背後から聞こえた温和な声に会長は掴んでいた髪を離し、私から離れて立ち上がった。
こわ、かった。
『…、ふ…っ』
いつの間にか息を止めていたことに気づき、満足に吸えない空気を肺に押し込んで、浅い呼吸を繰り返す。
何か変なモノが瞼の裏を通り過ぎた。
心臓がバクバクと激しく拍動を繰り返している、ゆるやかな速度になる気配がない。
手が、震える。
立ち上がろうとしたら膝が笑って、使い物にならなかった。
放心状態の私に、声の方向へ歩き出していた会長は振り向いて気味の悪い、笑みを、向けて、言葉を放つ。
『惜しかったなぁ、オモチャ。気が変わった、オマエの反応イイな。今度見つけたらまた遊んでやるよ』
壊して捨ててやる、そう言い捨てて歩き出す。
その姿を見て身体中からせり上がる気持ち悪さに、教室ではなく自分の部屋がある寮へとすぐさま駆け出した。
嫌だ、何で、何で私がこんな目にあわなければならない。
私は何もしていない。
いつも失って奪われて、手に入れた幸せも気づいたら奪われている。
世界で一人だけ不幸だ、なんて言うつもりは一切ない。
だけど、これはあんまりじゃあないのか?
『ひっ、…ぅあ、』
叔母さん、叔母さん、怖いよ。会いたいよ。
何で貴女のところに行けなかったの、思い出したあの日からこんなこと何回も考えた。
でもどうしようもないって分かって、諦めて受け止めて、受け入れることだけはしなかった。
お母さん、やっぱり帰りたいです。
お父さん、何でもっと反対しなかったの。
望月佑磨はゲーム通りだった。
どういうこと?やっぱり変わらないの?
私は、殺されるの?
煌びやかなシャンデリアや装飾を無視してエレベーターに飛び込んで、5階のボタンを押す。
早く、早く部屋に帰らないと正気が保てない。
『帰りたい…』
エレベーターの狭い箱の中で項垂れる。
両親がいてスイとクズミの居る幸せだった一年間に戻りたい。
穏やかな生活に帰れない気がして、目を背けたくなる。
ああ、なんて呑気なことを考えていたのだろう。
こんな世界、全く平和じゃないじゃないか。
やっぱり外に出たくない、引きこもりたい。
無理にでもランクを下げた学校を選んで、それを突き通せばよかった。
何で平和ボケしてたんだ、前々から伏線は私の目の前を通っていたじゃないか。
今更言ったって何も変わりはしないけれど、それでも、どうしても言いたくなる。
ポーン、と音が鳴って5階に着いたことを知らせる。
すぐさまエレベーターから降りて自室へと駆け込んだ。
『……はぁ、』
ドアに背を預けて、膝から力が抜けたかのようにズルズルと玄関へ座りこむ。
自分のことで精一杯な私は気づいていない。
ヒロインの顔を、見ることが出来なかったことを。
* * * * * *
これが4月の私の記憶だ。
翌日の授業には顔を出したが、望月佑磨の影響により再び「引きこもりたい願望」が上がった。
それから数週間くらいは何とか出席していたのだが…。
そして5月。
現在の私は、引きこもりだったりする。
深弥はきっと後から逆ギレするタイプ。