肉食系女子の幸せ逆ハー計画
私は死んだ。女子大生の私は、有名大学に通う知り合いが主催の合コンの途中で一緒に抜け出した雰囲気イケメンと夜の街に消えるつもりが、居酒屋から出てタクシーを捕まえようと道路脇にて両手と頭を振り回していた結果気持ちが悪くなってしまったので盛大に地べたへゲロったら、雰囲気イケメン野郎にあからさまに迷惑そうな顔をされてしまい非常にムカついたので、髪型と服装で誤魔化しているだけの雰囲気イケメンクソ野郎に掴み掛かろうとしたつもりが何故か道路に飛び出していて、そのまま車に轢かれて死んだ。確実に普通に死んだ。少なくとも、救急車を呼んで貰わないと死ぬ。そう思った次の瞬間には、私は見覚えのない建物の前に居た。
――いや、違う。今の私は生まれてから十七年間清く正しく生きて来た女子高生で、まだ死んでいない。そして、『如月しおん』と言う名前の今の私は、この『椿ヶ原学園』へと転校して来た転校生だ。眼前にそびえるのは、その校舎。この椿ヶ原学園へ途中編入する事になる前には、他の高校に通っていたし、その前には中学や小学校だって通っていた。赤ん坊の事は流石に正確に覚えてはいないが、幼い頃は両親に甘やかされて可愛がられていた記憶も確かにある。だから、女子大生だった『加藤洋子』が死んだ次の瞬間に、椿ヶ原学園の校舎を見上げる事になった訳ではない。『加藤洋子』が死んだ後に『如月しおん』が生まれたと言う認識が脳内で勝手に場所取りをしている。
それなのに、奇妙な錯覚をしてしまったのは、急激に『加藤洋子としての私』を思い出したせいだろうか。『如月しおんとしての私』が目の前の光景を見た瞬間に脳に押し込まれた記憶は、走馬灯並みの情報量を持っていた。それはまるで、『前世の記憶』を思い出すかのような違和感のなさで私の頭にインプットされた。
……いや、待って。そもそもなんだこの、……なんだコレ。キモイ、もしかして私って電波系だったのか。ありえねー。正直どこまでもうさんくさい『記憶』とか要らない。あ、もしかするとこれが白昼夢とか言う現象なんじゃないの、初めて体験したけどなんかキモッ。ぶっちゃけさっき妙に頭が痛くて吐きかけたんだけど、ここでリバースとかマジカンベンだわ。新品の制服がゲロまみれになるとか幸先が悪過ぎてショックで吐く。
――『如月しおん』ではなく『加藤洋子』の性格ならばこんな風に思考するだろう、と、自身の思考回路への言い訳紛いの後付感想を抱くと同時に、『如月しおん』としての思考回路が途切れ、『如月しおん』の持つ情報だけが頭の中に残された事に気付いたが、面倒なのでそれに関しては後で考える事にした。つーかマジで電波なノリのこの思考、我ながらイミフだ。私らしくなさ過ぎて笑える。実際に吹き出して軽く腹を抱えて笑い転げてみた後に、私は止まっていた足を再度動かし始めた。
そう、私は職員室へ向かっている途中だったのだ。そこで私の担任となる先生に会って、私が入るクラスの教室へと連れて行って貰い、そこで転校生らしく自己紹介をする。――脳裏に描いた転校生に似つかわしい転校初日を過ごすべく、私は校舎へと足を踏み入れた。
「――全くもうっ! だからね、『主人公』の自己紹介でアレはないよ、洋子ちゃん! まあ、もう過ぎた事はしょうがないから、明日からは気を付けてよね?」
さて、無事に転校初日の一日を終えた筈の私が、寮の同室者に叱られているこの現状は理不尽ではないか。しかも、この同室者はつい三十分程前には涙を流して私に抱き付き「洋子ちゃん洋子ちゃん!」と騒いでいたと言うのに。切り替えの早さに感心しつつ、私は今朝のHRで起きた出来事について思い出してみた。
どちらかと言えば繁華街に転がっていそうな、教育者っぽくない外見の教師に連れられて、今日からクラスメイトとなる生徒達が集まる教室へと入った後、私は転校生らしく皆の前で自己紹介をする流れになった。
自己紹介は、過去にも何度も行った覚えがある。主に合コンとか合コンとか合コンで。過去の記憶の生々しさに「電波受信なう」と脳内で呟いてから、ひとまず名乗るだけでは芸がないと考えた私は『洋子』と『しおん』の共通点――つまり両方が巨乳である事に気付きた末に、『加藤洋子』だった頃の私が合コンなどで自己紹介する際に毎度毎度口にしていた「チャームポイントはこのドでかいおっぱいでーす、どうぞお一つポロリとお試しくださーい」と言う台詞を教室にて華麗に披露したところ、どうしてか教室内の空気が凍り付いてしまった。そのいかにも滑りましたーな空気に、さっさと男子生徒共が吹き出して笑ってくれないかな、つーか笑えよ思春期猿共とか考えていたら、窓側の席に居たとある女子生徒が「よよよよようこちゃ、……え、よ、ええええー!?」などと面白い声を出してくれたおかげで、教室内に「とりあえず笑っておこう」と言う若手芸人の滑り芸をフォローする中堅芸人達が醸し出しそうな空気が広がり、その後は個人的に滞りなくHRが進んだ。
しかし、男子共の食い付きの悪さにはちょっと引いたな。あそこは食い付いて然るべきところだろ、なんだお前らは、ひょっとしてどいつもこいつも草食系なのか。せめて笑うとかツッコむとかして欲しいものだ。あの時は、お前らは芸人が芸をしているのを見て笑わずに見下すのが格好いいと勘違いしているガキかと言いたかった。ああ、冷静に考えると実際に彼らはまだ高校生の子供だった。まあ、自らキャバクラに出向いといてキャバ嬢に説教するタイプの客よりはマシかな。親戚のおじさんがそんな輩だった。
そんなこんなで無事に普通に転校初日の学校生活が終わり、今日から暮らす事になっている寮の部屋に颯爽と向かって荷物の整理をしていたら、部屋に誰かが侵入して来たので思わず近くにあった空のダンボールを頭に被った。でも狭くて暗かったから直ぐに放り投げて隠れる場所を探していると、侵入者――見るからに大人しそうな女の子に、何故か抱き付かれた。すぐさま現状を把握した私は、恐らく痴漢だろう彼女を引き剥がそうとしたものの、痴漢疑惑の彼女は意外にも力が強くて離れてくれない。「火事場の馬鹿痴漢力スゲェ!」と叫んでみたけど、面白い反応は得られなかった。ボケのスルーは良くないと思う、勿論そういう芸風も私は好きだけど。代わりに、「また洋子ちゃんに会えるなんて」と言う言葉が途切れ途切れに聞こえて来たので、私は漸くその子が自己紹介の際に凍った空気をどうにかしてくれた芸人魂の持ち主だと気付く事が出来たのだった。だからどうしたと言う感じだけども。
――いや、そろそろちょっとだけ真面目に考えよう。この子は『しおん』を『洋子』と呼んだ。つまり、私が電波な感じに『加藤洋子』の記憶を持っている事を知っていて、私を『洋子』だと認識している。そして恐らく、そう認識したきっかけは、私が今朝のHRにて口にしたあの自己紹介の台詞だろう。『洋子』は合コンに行く度に、毎回あの言葉で自己アピールし、男共の気を引いていた。一週間だけ同棲していた元彼には「自己アピールじゃなくて事故アピールだろ」などと言われた事もあったが、ノリで毎度毎度言っていた。それは確かだと、『洋子』の記憶が言っている。だから、『加藤洋子』と一緒に合コンに出た事がある人物なら、あるいは『加藤洋子』の知り合いならば高確率であの言葉から『しおん』に『洋子』の記憶のようなものがある事を悟れるだろう。もっと電波っぽい言い方をすれば、『如月しおん』の前世が『加藤洋子』であると気付ける事が可能、と言う感じだ。つまり、この私を抱き締めて泣いている彼女は、『加藤洋子』の知り合いである可能性が高い、……ってうわぁ、やっぱりマジでイミフ、電波ビンビンで我ながら引く。ある意味コントっぽい。
「……そろそろ泣き止んだ?」
「あっ、……う、うん。ごめんね、洋子ちゃん……」
「はぁ、うん。――それより、そっちは誰?」
どうせなら女子高生よりも筋肉質でかっこいい男に抱かれときたいわーなどと思いながら、落ち着いて来たらしい彼女に声を掛ける。やっと離れてくれた彼女に、単刀直入かつ電波的な質問をぶつけると、目を真っ赤に腫らした彼女は一瞬呆けたような表情を浮かべた後、慌てたように二種の名前を名乗った。――今は『佐々木由紀』で、前は『山田加奈』、か。二つの内、私は後者には聞き覚えがあった。
――『加藤洋子』の幼馴染兼親友だった子の名前が、『山田加奈』だ。それと全く同じ響きに驚いた私は、彼女へと矢継ぎ早に質問をぶつけた。その結果、少なくとも『佐々木由紀』には『山田加奈』の記憶があり、その記憶が同居した状態は私が感じているものととてもよく似た感覚であるらしいと判明した。……何だこれは。どうやら『佐々木由紀』は私の同室者らしい事も説明を聞いている途中で判明したが、まさかのこの部屋の人間がダブル電波でしたな現状が現実とか痛過ぎる。それとも電波ではなく、知らない間に宇宙人に拉致されて変なチップを埋め込まれた影響なのか。そっちの方が夢があるしテレビに体験談を話す人として出演出来そうで楽しそうだ。合コンにて話のネタになる。つーかいっそ、もう所謂不思議ちゃん系キャラを作っちゃって合コンでそう言うのが好きそうな男にアピールするのも有りかな。……いや、ないわ。私のキャラじゃない、絶対途中でボロが出る。
現実逃避をしながら、「ここは乙女ゲームの世界だと思うの、そして洋子ちゃん……ううん、『如月しおん』ちゃんはその乙女ゲームの『主人公』なんだよ!」と、更なる電波発言を投下している同室者に適当に相槌を打っていたが、気付いたら私は彼女にHRの自己紹介について駄目だしをされていたのだ。
「――あのね、洋子ちゃん。この世界の『主人公』である『如月しおん』ちゃんは、乙女ゲームの『ヒロイン』らしく明るく可愛く鈍感に天然で優しいけど無防備かつ小悪魔な振る舞いをして、色んな『攻略対象』を共通ルートで手玉にとって行きながら、『逆ハー』も視野に入れつつ狙ったヒーローのルート分岐を狙って攻略していくのが定番のプレイスタイルなんだよ。私、協力するから一緒に頑張って行こうよ!」
「へー、ふーん、ほほぉー」
『乙女ゲーム』とか言う単語が出だしてからの同室者の言葉は殆ど聞き流していたが、不意に一つ思い出した。正確に言えば、覚えている記憶を掘り出せた。――そう言えば、『洋子』の親友の『山田加奈』は、一般的に『オタク』と評される種類の人間で、特に異性を落とす恋愛ゲームを好んでいた、気がする。そんな彼女を見て、「恋愛ゲームで攻略する程男が好きなら、合コン来れば良いのに」と言ってみたら、「三次元の男は無理、それに乙女ゲームに出てくるような理想のイケメンは三次元には絶対いないし、イケメンは二次元じゃないと無理!」と言う風に勢い良く否定された事があったと、『加藤洋子』の記憶が告げた。ぶっちゃけ意味が分からない言い分だったけど、まあ加奈がそれで良いなら別にいいかなと思って気にしなかった覚えがある。
だが、それは架空現実でしかない『ゲーム』を『ゲーム』として認識してリアルに持ち込まなければ、の話だ。現実世界で「ここはゲームの世界です」と言われても引く。芸人のボケやコントなら許すが、それは特殊な例だろう。
――どの道、今の私は『如月しおん』ではあるけれども、『ゲームのキャラクター』ではない事だけは確かだ。私がそう思っている限り、私が認識する、私が主観の、私中心の世界の法則は乱れない。乱されるつもりはない。私の自己紹介のあれは事故アピールではなく自己アピールだと言う事実は揺るがせない。あっ、今の私最高にかっこよかったこれはイケメン共も皆私に惚れるわーモテる女は身体が足りなくてツライわー。
まあ、しかし。この学園の生徒である彼女が、何故かは知らないが学園内のイケメンについて情報をもたらしてくれるっぽい現実は喜び勇んで受け入れようじゃないか、うん。――でも、話を聞いているうちに会うには今月の何日頃のどの時間帯にどこそこに行かないといけないと指定されるのは何故だ。普通に教室に突撃して胸でも揉ませればそれで充分意識されるしイケるだろうに。私は尽くされるのは好きだけど相手に合わせて尽くすのはメンドーでやりたくない派だから、男共と会う場所やタイミングまで決められるつもりはない、断る! あ、尽くされ過ぎても束縛されてるっぽくなって来たらウザイから嫌だ。
それと、さっきから彼女が幾度か言葉にしている『攻略』と言う単語はどう解釈すべきなのか。それは要するに、『結婚までこぎ付けそうなくらい追い詰める』って事でいいのか。それならアレだ、一番手っ取り早いのは既成事実を作り上げてやる事だろう。それは得意分野だ任せろ。けど、『全員攻略で逆ハー』って言うのは全く意味が分からない。『逆ハー』って何、と聞いてみたら目を見開かれて驚かれた。楽しそうに説明された結果、要するに彼氏候補のキープくんを大量に作っておく事のようだ。あんなに大人しくて純情な『加奈』の記憶を持っているだろう同室者がそんな事を推奨して来るとはビックリだが、私的には大有りなのでオッケーしておいた。
――さて、同室者兼クラスメイト兼前世の親友っぽい子が協力してくれるみたいし、『逆ハー』とやらを作り上げて充実した高校生活を送ろう!
……と、そんな風に考えていた時期が私にもありました。確か、全部三ヶ月前の出来事だった気がする。そんなに昔の事じゃないけど、既に結構細部を忘れ掛けている。どうでもいいけど。それより合コン行きたい。
昼休み、教室の自分の席にてスマートフォンを弄りながらちょっとだけ昔の日々について考えていると、廊下の方からキャーと言う叫び声が聞こえた。野太い声も混じってはいるが、女子の集団が発したその音は、『黄色い声』と評するに相応しい甲高さだ。この前の日曜日に友達の付き合いで男アイドルのライブに行った時を思い出すなー、あれは結構楽しかった。でもアイドルの男ってナルシストなイメージあるから私的にはちょっと微妙。
「――と言う訳で、今日はちょっと……」
「そうですか、分かりました。それじゃあ、明日はご一緒して下さいね、僕の由紀」
「ハァ? バーカ、由紀の明日の予定は俺様で全て埋まってるっつーの!」
「ええー、違うよねー? ゆきっちはボクらと遊ぶ予定だもん!」
「ふふー、そうだよねー! ゆっきーはボクらと一緒の予定だぞ!」
「はいはいはーい、先輩達はさっさと自分らの教室におかえりくだちゃいねー、ゆきちゃん困ってるっしょー?」
「うっわぁ、……えーっと、……教室、入らせて欲しい、んだけど……邪魔、じゃなくって退いて欲しいなー……」
廊下に面した窓のおかげで、教室内からも彼らが何をしているのか覗き見る事が出来る。イケメン揃いだから顔はちゃんと記憶しているけれども、正直名前はちゃんと覚えていなかったりするので、仕方なくイケメンA太郎とイケメンB次郎とイケメンC三郎と以下省略なあだ名を脳内で付けてあげている男だらけの集団の中心に居るのは、私の――『如月しおん』の親友である、『佐々木由紀』だ。どうやら、購買部でパンを買って来るだけの予定が、今日もあの集団に捕まってしまったらしい。度々ある事なので、見慣れた光景だ。でも、早く来てくれないと待ち切れずに先に昼飯にがっついちゃうぞ、なんて思いながらその集団からスマフォの画面へと視線を移動させ、指を滑らせる。クリスマスも近付いて来たこの時期、外に出る時には手袋が必須だけど、普通の手袋だとスマフォの操作が上手くいかないので困る。そろそろスマフォ対応の手袋でも買おうかな、と考えていたら、私の前の席の椅子に誰かが座った。
「お帰り、由紀。今日も『逆ハー』だったじゃん、ヒューヒュー! 流石は『ヒーロなんとか』? ……じゃなくって、えーっと、確か『ヒロイン』だっけ、『逆ハー』の主って?」
「うう……、私はそんなつもりじゃなかったのに……『ヒロイン』はしおんちゃんなのにぃー」
微妙に潰れかけの焼きそばパンを手にした親友は、ぐったりとしながら私に追い縋るような視線を向けて来た。それを見ながら、スマフォを机に置き、早めに購買部で買っておいたアンパンの封を開けて齧り付く。親友とちょっとだけ小声で繰り広げる会話は、多分私達にのみ通じる内容だ。
「修羅場った時は、とりあえず『彼氏候補』の中の誰かを『彼氏』にすれば、相手にもよるけどどうにかなるっぽいんじゃない? 決着はさっさと着けとかないとめんどいし」
「嫌だよ。私、幾らゲームの中でも三次元の男の人は無理、本気で無理。しおんちゃんの攻略の手助けのつもりだったから頑張って接触してたけど、そうじゃないなら関わりたくない」
「今も相変わらずの二次元オタクっぷりを発揮してるなぁ、ホントに」
「二次元は二次元だからいいんだよ……二次元に入ったらそこはもう三次元だと思い知らされた三次元怖い逆ハーなんてゲームの中にのみ存在しておくべき概念だった! 性的な目で見て来る生身の男の人キモイ!!」
――そう、不思議な事に、何故か親友の方がイケメンだらけの『逆ハー』状態になってしまった。私としては別に彼らに特別な好意を抱いていた訳でもないし、むしろ「痴女め、こっちくんな」と言う感じの自意識過剰な言葉を幾人かに吐かれたりしたのでウザキャラと認識しているイケメンの方が多い。ちょっと逆セクハラっぽい事を色々しようとしただけなのに酷いイケメン共だ。多分童貞だ、あいつら。女に夢を見ている匂いもぷんぷんした。ま、そんな彼らは置いといて、私は週末に控えている医学生達との合コンが楽しみで楽しみで仕方ない。友達の姉がセッティングしてくれた合コン、気合を入れて挑みたい。先週の土曜日にあった合コンはハズレだった。先月は結構いい男をゲット出来たが十日も持たずに別れてしまった。
それにしても、機嫌よくアンパンを食べ進める私を泣きそうな顔で見て来る親友が、現状を嘆いているのが不思議だ。『洋子』の親友である『加奈』は、自称『ゲーム』のプレイヤーとして数多くの二次元イケメン逆ハーとやらを作り上げた経歴の持ち主らしいのに、その『加奈』の記憶を持っているっぽい目の前の親友は、それが『現実』の世界で起きている状態を嫌がっている。
元々は私が達成する予定だった『全員攻略で逆ハー』を、恋愛ベタな彼女が達成してその主となったのだ。胸を張ってその状況を楽しむなりなんなりすれば良いのに。あ、もしかすると私に気を使って口ではこんな風に良いながらも、裏では物凄く楽しんでいるかもしれない、夜とか体育倉庫とか誰もいない保健室とかで。私は全く気にしていないから、別に気を使わなくても良いのに。
だって、この学園の『ヒロイン』は、間違いなく彼女なのだから。
「いっそ、しおんちゃんが親友友情ENDを狙ってくれたらどうにかなる気がしてきた……ねえ、今からでも遅くないから私を攻略して!」
「由紀の電波思考については諦めたけど、ゲーム脳は治した方がいいと思う」
『親友』と言う既成事実が出来上がり、既に充分『攻略』とやらが出来ているっぽい相手を更に攻略する趣味は私にはないから、残念ながら彼女の期待には応えられない。――ひとまず、彼女の気分転換に、週末の合コンにでも誘ってみようか。親友の逆ハー要員達の反応も面白そうだし。