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水の理  作者: 古流 望
5章 A
78/79

078話 貴族のお誘い


 「じゃあ、結局クーデターの主犯は死んでいたわけですか」

 「そうらしい。手勢を率いて公爵邸に乗り込んだ奴が顔なじみでよ。そいつに聞いた所だと、屋敷中が真っ赤になっていたらしいぞ。女も男も見境なしに、ひき肉になっていたそうだ」

 「うげぇ」


 聞くだけでグロテスクなワンシーンを想像してしまい、軽く憂鬱な気分になる。

 スプラッタなものに耐性がついて来ているはずだが、それでも気持ち悪いものは気持ち悪い。


 今、僕らは事のあらましを聞いていた。

 中でも、一番気になっていたのはこれで依頼は全て終わったかどうかの確認だった。

 これで実はまだやることがあるんです、なんてことになれば、そのまま爺様の所に文句を一ダースは言いに行くところだ。


 王都の中心部に向かう僕らは、夜が明けたこともあって人ごみの中を移動している。

 中々の盛況ぶりだが、それでも割合的には商人が少な目のようにも思える。

 商業都市のサラスと比べて、だが。


 「俺も大変だったんだぜ。何せケルベロスの(つが)いとやりあってよ。近年稀な大仕事だったな、あれは。今頃ジジイ達は死体の後始末でてんてこ舞いだろうよ。素材剥ぎ取りに冒険者がわんさと押し寄せているだろうしなあ。早い者勝ちで金貨のつかみ取り状態。我先にとハイエナのような連中が集まるだろう。下手すりゃ冒険者同士入り乱れての紛争になる。まっ、偶にはジジイ達に面倒事を押し付けても良いだろ」

 「同感です」


 心の底から同感だ。

 いっそこれからも面倒事を引き受けてくれればいい。


 騎士団一つがほぼ総力戦で倒したA級首の魔獣。牙の一本でも持っていれば、使い方次第で相当なハッタリになる。毛皮の欠片でも、ケルベロスの臭い付ならかなりの効果が見込める獣除けになるだろうし、首をはく製にして飾りにすれば箔がつくなんてものじゃない。

 三頭獣の頭が並んだ部屋なんて、さぞや交渉事に便利な部屋になるだろう。相手が勝手に委縮してくれるのだから。

 それだけに金に聡い連中は今頃血みどろの争奪戦をしている事だろうが、その後始末は、今だけは爺様方の職分だ。

 何せ騎士団総出で王都に来ている訳だから。


 「それにしてもハヤテ、お前はこれから大変だな」

 「何がですか?」


 団長の言葉に思わず問い返した僕に、何故か団長では無くスイフが肩を竦めて語りだす。

 やれやれ、と言いたそうな格好に、少し苛ついたが。


 「今回は囮の意味もあってかなり目立った。国王陛下に面識がある腕利きを、放っておくほどこの国の貴族連中は寝惚けてはいないだろう。ましてや反乱事件事前阻止の功労者。国王に尻尾を振りたい連中や、逆にクーデターの件で疾しいことを隠したい連中にも狙われる」

 「だが、貴族の二人やエルフを口説き落とすわけにもいかない。となれば、狙いは絞られるってか」

 「良かったな。引っ張りだこで。モテて嬉しいだろ」


 相変わらず皮肉気なことを言う。

 だが確かに、今までにもまして鬱陶しい連中は増えそうだ。


 それを防ぐ手は有るだろうか。あちらこちらからの勧誘を避け、かつ自分の意思を通せる状況。そんな都合の良い立場。

 一つ思いつくことが、有るにはある。


 「いっそ、アントの家臣ってことで雇ってもらうかな」

 「私は歓迎するぞ。ハヤテが右腕になってくれるなら心強い。私が正式に統治を請け負うようになれば、領内の統治は一切合財全て任せて、私自身は心置きなく最強の剣士を目指せるというものだ。わははは」

 「やっぱ今の無し。余計に厄介毎を抱えそうだ」


 本末転倒、とはこのことではないだろうか。

 政治的ななんやらかんやらが面倒くさく、それから身を躱すためにアントの家臣になって、アントを盾にする算段を考えた。

 それが、僕が矢面に立たされてアントの分まで面倒事を引き受けるようになっては話にならない。

 第一、仲間を身代わりにするような真似は、やはり良心が痛む。散々囮としておきながら今更だが、仕事と私事では意味が違う、と思う。


 「ボクの家に入る手もある」

 「それもまた面倒事が増えそうだから止めておく」


 アクアが無表情に言ってきたが、アントの所のアレクセン家に家臣として入るのとあまり変わらないので即座に断る。

 彼女の家にも既に家臣団があるだろうし、娘の贔屓で頭越しに庇護下に入ると、要らぬ摩擦を産みそうだ。むしろ一応は当主らしい人間の引きより、間接的な引きの方が面倒事は増える。

 下手をすれば、摩擦の熱で小火(ぼや)になる。


 「いてっ」


 何故かアントに殴られた。


 「何するんだよ」

 「知らん。鈍感なお前が悪い。これは正義の拳だ」

 「はあ?」


 何が言いたいのか良く分からない。

 しかもスイフはニヤついた顔で見ているし、意味が分からない。

 我ながら、よくこんな理不尽な連中と付き合っていられる。

 世が世ならハイエナのような連中に訴えられるぞ。訴訟だ訴訟。


 「まっ、そんなことにはならんかもしれんがな」

 「それはどういう意味で?」

 「そのままの意味だよ」


 団長の意味ありげな言葉。僕にはその意味が良く理解出来なかった。

 いや、正しくは理解したくなかった。


 その願いも虚しく、答えはすぐに出ることになる。

 何故なら、既に城に着いてしまったから。


 「がはは、これから謁見だからな。俺が控えの部屋まで案内してやる。謁見の場まで引率もしてやるから感謝しろ」


 何を感謝するのだ。

 何処の世界に、むさ苦しい上に威圧感満点の男の案内を喜ぶ人間が居るのか。2m近い大男に連れ回されて喜ぶ男がいたとしたら、そいつはとてつもない変態に違いない。少なくとも僕は御免こうむりたい。


 その上、周りにどんどん人が集まってきている。見た限りでは警護の騎士。


 警護の連中の物々しい格好。臨戦態勢で武装している。

 それはタイミングがタイミングだけに仕方ない。城に怪しげな連中が押し入り、国王陛下と思われる身柄を拉致し、警備の連中を出しぬいた。その犯人が他ならぬ僕らだ。

 剣呑な目で見てくるのも仕方ない。つい数時間前まではこっちは不審者扱いで、大捕り物だった。すぐさま切り替えて、賓客扱いしろというのも無理な話だ。


 だが、幾らなんでも、二十人近くがぞろぞろと出てくるのはどうなのか、と思ってしまう。

 団長が一応説明しているらしいから、危害は加えられないはず。それでもこうも物々しいのは何故だ。


 「何か、大事(おおごと)になっていませんか?」

 「そりゃ仕方ない」

 「何でまた」

 「アレクセン伯爵殿が、ここに居る奴らを散々に……おっと、ここから先はお前ら武装を外せよ」


 アント、お前何やったんだ。

 しかも、あからさまに厳しい目をした騎士に囲まれた状態で、丸腰になれとは。


 だが、この場所なら武器を手放せと言われるのも仕方がない。

 いつの間にか王城の来客用貴賓エリアに来ていたらしいからだ。

 ここからは、武装は原則禁止。警備の騎士か、貴人の護衛だけが帯剣出来るとのこと。

 出来ればもっと早めに言っておいて欲しかった。

 僕は気にせず武装を預けたが、アントやアクアはあからさまに嫌がっている。


 周りを、敵視とは行かないまでも嫌悪感を持った連中に囲まれながら丸腰になる。

 これは相当に気合が要ることだろう。

 いや、だからこそか。


 誰かさん達はしぶしぶ武器を預け、僕らは控えの部屋まで行く。

 預けられた武器は後で返してくれるそうだが、それまでは変な事はやり辛い。しないけどさ。


 控えの間、というのは、どこの王城にもある。

 国で一番偉い人間は、基本的に待つと言う事をしないからだ。自分が待つぐらいなら、相手に早めに来させておいて、待たせておく。それが出来るのが国王と言う者。

 偉い御方の準備が出来た所で、待たされていた側が出向いて(こうべ)を垂れるのが、この世界の常識と言える。

 重役出勤の如く、皆が既に待ちくたびれたような所で偉い人が出てくるのがお約束と言う奴だ。


 だからこそ、僕らはかなり暇を持て余すことになる。この世界の常識に基づいて、待たされているからだ。

 そうなってくると、雑談に興じるのも詮無きこと。ああ、むべなるかな。


 「それで、結局アントが警備の連中から睨まれているのはなぜですか?」

 「いや、俺も聞いた話なんだがな。昨夜だったか、アント。おっと失礼、アレクセン伯爵閣下殿がだな」

 「アラン団長。貴君は私の師である。変に敬称で呼ばれるのも不気味だ。今更であるし、名前で呼び捨てて貰って構わない」


 まあ、それには同感だ。

 今更アントに威厳など無かろうし、団長が僕らに畏まっているのは気味が悪い。


 「がはは、そんじゃあ遠慮なく。で、そのアントだが、昨夜の騒動で大暴れしたらしいな。何でも、それなりに名の通った二つ名持ちの騎士を八人倒したとも聞いている。平騎士はもっと多いか」

 「ははは、あの程度の相手なら片手で御釣りがくる」


 アントが自慢気だ。

 いや実際問題、アントにしろアクアにしろ僕にしろスイフにしろ、レベルの増大著しいわけで、その影響もあるのだろう。

 本人が鼻高々の天狗になるぐらいには、実力が伸びているのは確かだ。

 道理で合流に時間が掛かったわけだ。

 名のある騎士相手に、逃げ切れただけでも大したものだ。伸したのなら尚の事。

 だが、7~8人というなら、団長にでも出来そうだからして、そうそう敵視されるほどの事でもなさそうな気もする。

 誰でも出来るわけではないが、アントだけにしかできない偉業と言うわけでも無い。


 そして何故かアクアが不満げだ。

 大方、ライバル心を燃やしていると言った所か。


 「確かに一人で連続八人抜きとか凄いとは思いますが、それならアラン団長も掛かり稽古とかでやるでしょう」


 掛かり稽古とは、息つく暇もないほどに激しく当たる稽古のこと。攻める側を掛かり手或いは攻め手と呼び、攻められる側を元立ち、或いは単に受け手と呼ぶ。

 攻める側は休むことを考えずに攻めるのがこの手の稽古であり、受け手は指導者である場合が多い。

 剣術の稽古では古今東西で見られる練習方法であり、日本でも剣道や柔道の稽古法として今に伝わる。

 受け手側が熟練ともなれば、攻め手複数人が間断なく連続して掛かる事も良くある。八人というのは多い気もするが、あながち無理な数というわけでも無い。


 「まあ確かに。だがな、一つお前は勘違いしている」

 「え?」

 「八人抜きじゃない。八人を同時に相手して全員を叩き伏せたんだと」

 「ありゃぁ、そりゃプライドが傷つきますね。睨まれるのも納得です」

 「わはは、そう褒めるな」

 「褒めてないからね」


 それなりに名前が通っていたのなら、慕っていた者も居るのだろう。

 それをプライドごと叩き伏せてしまったのなら、睨まれても仕方ない。

 仕方ないのだが、どうにも釈然としないから困りものだ。

 団長は団長で、自分の所の騎士は鍛え直すと張り切っているし、始末が悪い。


 「そういうハヤテはどうだった。お前も何かやらかしてないか? まて、確認するまでも無いな。絶対に何かやらかしたよな。何をした?」


 決めつけられても困る。

 僕はただ逃げ隠れしただけで、特に何もしていない。


 「僕は特に変わったことは」

 「本当か?」


 胡散臭そうに見てくる団長。

 その顔は反則です。何も無くても、思わず自供しそうなほど怖い。

 どこのヤクザだ。


 「侍従の人を陛下に見立てて、騎士を倒しつつ逃げて」

 「その時点で十分に異常だとおもうが、まあいい。その後はどうした」

 「隠し部屋に行ってアントと落ち合って」

 「それで?」

 「魔法陣のある隠し通路から外へ逃げて、林に行っただけですね」

 「それで俺たちと合流したのか。それなら何も無かったと言えなくも無いわけだ。ん? いや、ちょっとまて。その通路というのは……」


 そう言って団長が身を乗り出しかけた所で、メイドっぽい人が部屋に入ってきた。

 軽いノックと共に入って来た美人さんは、流石王城に勤めるだけあって身のこなしにキレがある。


 「準備が出来ましたので、謁見の間へお越しくださいとの事です」


 そう言って頭を下げた侍女さんに促され、僕らは雑談を中止する。

 幾らなんでも、国王陛下を待たせるのは失礼だ、ということらしいので急いで部屋を出ることにした。


 「ハヤテ、アント、後でその通路について聞かせろよ」

 「はい」


 頷いた僕らを、赤毛の強面が睨む。

 そう怖い顔しなくても、逃げやしないわけですが。


 謁見、というのは形式が有る。

 この国での最重要人物に会うわけで、しかもつい昨晩までは文字通り命を狙われていた。

 当然、厳重な警備の中を形通りに動かねばならない。怪しい動きと思われると、中々に面倒なことになる。と脅されてしまった。


 重々しく扉が開く。

 頑丈さを隠しもしない分厚い扉が、中に居た人によって開かれていく。

 こういう所までもったいぶるあたり、演出のつもりなのだろうか。


 僕らの名前が呼び上げられ、それに従って部屋に入る。

 あまり周りを気にして挙動不審にならないようにと、事前に言われていることもあって、出来るだけ前を向いて歩く。

 いわゆるレッドカーペットの上を歩けば、どうにも自分だけ場違いな気がしてならない。

 二十人から三十人弱程の、お偉い感じの人たちの前を通り過ぎていく。割合的にはハゲ比率が高い。平均年齢も高そうだ。

 デブ比率が少な目なのは、何かしら意味があるのだろうか。

 部屋に入って右手側が強面揃いなのは、恐らく武官と文官の立ち位置でも決まっているからだろう。勿論、怖い人たちの方が武官だ。


 普通ならば、こういうあからさまな威圧用配置であれば歩き辛いのだろうが、すぐ横にいる人間が一番強面なのはこういう時に強い。

 人間の慣れとは恐ろしいものだ。


 突然、件の団長が足を止める。

 いや、団長だけではなくアントやアクアも足を止めた。

 スイフと僕はそれを見習ってその場に止まる。

 よく分からないが、皆片膝をついてそれっぽく頭を下げているようなので、物まねをしておくことにしよう。


 見よう見まねの姿勢で固まってしばらく待つ。

 やがて、国王陛下の来場が告げられる。勿体ぶった言い回しと共に、長ったらしい名前が読み上げられた。だが、その名前は一人では無い。

 そして読み上げられた通り、何人かが入ってきた感じがした。


 「大儀である。(おもて)を上げて楽にせよ」

 「はっ」


 僕以外の誰かが発した短い返事と共に、僕らは顔を上げた。


 目の前には、昨晩顔を合わせた老人。

 今度は間違いなく国王陛下だと分かる。何せ服装がことのほか豪華であるし、何より座っている場所が玉座だからだ。

 金細工の衣装を身にまとい、悠然と玉座に座る様は、なるほど王様だ。

 傍には夜の間中連れ回した人も居る。何でも、陛下の腹心だったそうな。


 他にも、陛下の後ろに騎士が一人立っている。

 近衛とか、そういう類の人が護衛の為についていると思われるが、はっきりとは分からない。

 分かるのは、かなり出来る雰囲気を纏っていると言う事。そして持っている武器が魔道具らしい業物っぽいこと。

 目つきが鋭く、こっちを含めて周囲をかなり警戒している様が見て取れた。特に僕らを重点的に警戒している。

 僕が、少し体を弛緩させてみようかと、身体の力を抜きかけた時にも抜け目なく睨み付けてきたことから、相当の実力者と見る。

 このレベルの人なら、とても八人相手に無双は出来まい。


 「アランよ。此度はお主にも苦労を掛けてしまったようだな。聞けば凶悪な魔獣を仕留めたとか」

 「はっ左様です」

 「うむ、そちの働き見事であった。反乱阻止にも並々ならぬ貢献であったこと、覚えている。その功績に対し(あつ)く礼を言う。追って十分な恩賞を与えよう」

 「過分なお言葉ありがたく存じます」


 団長が、慇懃な対応を見せた。

 どうにも、この人が畏まるのは似合わない。


 「して、そちらが昨夜の殊勲者であるか」

 「はっ。ここに居ります者達は、私が守護を仰せつかりましたサラスの冒険者でございます。以前より我が騎士団とも親交深く、またこの度の事件に際しても、多大な助力を頂きました」


 助力と言うより、ほとんど強制だった。とは、僕の口から言わない方がよさそうな感じかな。

 しかも、ちゃっかり自分ところと仲が良いと言い切っているし、油断のならない腹黒親父め。

 ここに爺様達が居ないことを良い事に、陛下の前で囲い込みを既成事実にするつもりだな。そうはいくか。


 「うむ、その方らの働きがあったればこそ事を防げた。余からも心から礼を述べよう」

 「勿体ない御言葉です」


 軽く一つ頷いた国王陛下。

 その言葉に、僕が代表して返答する。


 「働きにはそれに見合ったもので報いねばならん。褒美を取らせようと思うが、その方ら、望みはあるか?」


 そう言われても困る。

 いきなりお前の欲しいものを言え、と言われても、咄嗟に出てくるものではない。

 そうなると、無難なものが良いだろうか。


 「私どもは冒険者でございます。働きには金銭をもって対価として頂ければありがたく存じます」


 幾ら貰えるかは分からない。

 依頼料もあることから、そうそう大きな金額ではないかもしれないが、まとまった金額を貰えれば借金もチャラだ。

 ビバ無借金経営。くたばれ赤字債権。


 「ふむ、であるか。ならば後で十分な金額をアランに預けておこう。落ち着いた頃合いで、騎士団の詰所まで受け取りに来るが良い」

 「ありがとうございます」


 くれると言うなら貰うべきだろう。ここで遠慮しても、得は少ない。

 いっそ金貨を山と積んでくれれば、それでウハウハと笑いが止まらなくなる。

 また良い出物が無いか魔道具のお店に行くもよし、食い倒れで散財するもよしだ。

 そんな気のない様子が顔に出ていたのかもしれない。

 アクアに軽く脇腹を突かれ、はっと我に返ると、話が大分飛んでいた。


 「しかし、折角の褒美が金銭だけと言うのも、味気ない話よのぉ」

 「はあ」


 思わず気の無い返事をしてしまったが、仕方ない。


 国王陛下の、にやりと笑った顔。

 その顔には、見覚えがある。デジャビュだ。

 何処かで見たような気がする。しかし、陛下と顔を合わせる機会なんて昨晩含めてこれで二度目。

 覚えがある訳もないのだが、何が引っかかるのか。


 「これから国の膿み出しがが始まる。取り潰しに遭う家も多かろう。余としては、国を支える有能なる臣下が、一人でも多く欲しい」

 「はい」


 クーデターを起こそうとしていたわけだから、主犯を始め協力者には厳しい沙汰があるのは当然。

 そうなると、今まで職分を守ってきた連中が粛清の憂き身になるわけだ。

 減った人手を補うのに、使えそうな手駒が欲しい心情は理解出来た。


 「どうじゃ、その空いた席に座り、その方も一家を構えてみぬか」


 今、デジャビュの謎が解けた。

 団長が勧誘してきた時の顔に似ていたんだ。

 頭の中の警戒警報が、途端に鳴り響く。


 「有難い御言葉かとは思いますが、身の程は弁えております」

 「冒険者の方が好みか。無理強いはせぬから、考えておいて欲しい」


 僕の断りの言葉はあっさりと流されてしまった。

 やはり、この手の会話は苦手だ。


 そしてその後、アントの将来の陞爵(しょうしゃく)が褒賞として言い渡され、アクアとスイフにも宝石の下賜が言い渡される。

 もう一度、重ねての礼を言われた後、僕らは促されるままに謁見の間を去るのだった。


◆◆◆◆◆


 「な、言った通りだっただろ?」

 「まさか本当に、貴族になれと言われるとは思いませんでしたよ」

 「だが、即答を避けたのは褒めてやる。あのまま直ぐに頷いていたら、お前は晴れて苦労人の仲間入りだったわけだ」

 「褒めて貰っても、嬉しくもないですね」


 王都の騎士団詰所。

 謁見の後、その一室に案内された僕らだったが、その場で団長がしてやったり、という顔で言ってきた。


 どうやら、事前に引率を引き受けて、“今後の事”を臭わせていたのも裏があったということだろう。

 即答を避けたのだって、咄嗟にこの団長の顔がちらついて、警戒したというのもある。

 それとなく釘を刺されていたと言う事だ。流石に腹黒い。


 「今後、賞罰の含みも兼ねて、領地替えも頻繁に行われる。だが、総じてみれば現状の誰に任せても問題が出てくる土地ってのがある」

 「例えば?」

 「土地をかたに入れて借財を重ねている家の領地。元々地合いの悪い農地。昔は豊かだったが今は痩せてしまった土地。こう言った所は、領地替えの度に不満や問題が出てくるんだよ」

 「はあ」


 今回は、かなり大きな身代の家も取り潰し或いは減封になるだろうとのことだった。

 団長の話によれば、それに伴って過去の功績やらを理由に爵位が貰えたり、或いはより良い領地に領地替えだったりという、論功行賞も行われるそうだ。

 今回のアントは、今後の報奨を確約された。同じように、過去の功績で今回報奨が出る者もいるらしい。


 だが、必ずしも良い話ばかりと言うわけでも無い。

 例えば、昔は豊かであった為に書面上は報奨でも、今は荒れたり痩せたりしてしまっている為に実際は収入が減るケース。これは戦乱後に多いらしい。

 移動手段の乏しい世界。実際に土地を目で見て確認するようなお役人が居る訳もなく、書面では広大な農地のはずの場所が、塩の浮いた戦場跡だった、という話は悲哀を持って語られる実話らしい。


 或いは、借金の担保みたいにされてしまっているケース。貴族同士でも金の貸し借りを行うことはあるらしく、その保証に土地の権利を差し出してしまっている事があるそうだ。

 『ある土地の十年の収入を全て借金返済に充てる』と言うような確約の上で借金していた為に、金を返す返さないの騒動に勃発したこともあるそうだ。当然、そんな土地を貰った人間からすれば、騒動に巻き込まれるだけ損というわけだ。

 領地を報奨として貰った側には何の関係も無い借金を理由に、自分の土地の収益を他人に持って行かれることになれば、下手をすれば戦争ものだ。


 「そんな土地を押し付けるのに、お前さんは持ってこいだろう」

 「ただの冒険者ですからね」

 「そうだ。それに、今回のような事件に抜擢されるような人脈と実力。これがでかい。なまじ手柄をあげた冒険者の中には、酷い土地に押しこめられて、今まで溜めこんだ財産を散財させられる奴も居る」

 「酷い話ですね」


 世知辛い話だ。

 支配階級の貴族より豊かな冒険者などは邪魔、という支配者側の理屈もある。

 ただし、無理矢理財産を没収するわけにもいかない。何せ相手は腕の立つ、人脈豊かな冒険者なのだから。他国に亡命でもされれば目も当てられないし、剣を向けられれば出血を伴うかもしれない。

 となれば、形式的には褒美という形で土地を与えて縛り、その土地の運営の為に散財させてしまえ、という考えはむしろ素直な策謀と言える。

 冒険者個人の人脈や武力を活かして土地が豊かになればよし、そうでなくても冒険者の富を流出させればよし、という嫌な手。

 冒険者からしても、貴族になりたいのなら大きなチャンスでもあるわけで、押し付けられたとは思わないかもしれない。

 何処に行っても腹黒い連中ばかりで嫌になる。


 「お前がそんな手に引っかかるとも思えなかったが、まあ用心に俺も付いて行ったわけだ。感謝しろよ?」

 「で、団長閣下としても恩を売れて一石二鳥。あわよくば、それで自分の手元に引き込もうというわけで」

 「よく分かってんじゃねえか。がっはっは」


 全く、嫌になる。

 気を抜けば、誰かに囲い込まれて不遇な身になりそうで怖い。

 自由気ままな生活が、如何に貴重か。


 「しばらくは自由人で居ますよ。所で、何か話があると言う事でしたが?」

 「おおそうだった。アントとハヤテに聞きたいことがあったんだよ」

 「ん、私にもか。良いとも、何でも聞いて欲しい。全てハヤテが答える」


 ちょっと待て。

 何でお前の話を僕が答えるんだよ。


 「謁見の前に話していただろう。魔法陣のある通路の話だ」

 「ああ、あれね」

 「そうだ。その話を聞きたい」


 そう言われたので、僕らは思い出せる限りの話をする。

 トコトン見つけにくい通路であったことや、非常に狭くて暗いところだったことなど。

 魔法陣の構成を思い出せる限り話したし、出口が埋められていたことも話した。


 団長は、黙って僕らの話を聞いていた。

 だが、段々とその顔が険しいものになっていったのが印象的。


 最後に、僕がふと思い出したことを言ってみる。


 「そういえば、通路の入口の裏に王家の紋章があったっけ」


 そうつぶやいた瞬間、赤毛の大男が立ち上がった。

 いきなり立たれると心臓に悪い。


 「そこに、今すぐ案内しろ。もしかしたら、不味いことになるかもしれん」

 「はい?」


 言うが早いか、思いっきり引っ張られて外に連れ出された。

 あまりの勢いに、身体が軽く浮いたほどだ。

 軽い駆け足で、王城にまで戻る僕たち。

 その間、終始深刻な雰囲気が漂う。


 一体何なのか。

 そう聞こうとした試みは、失敗に終わった。


 「っち、遅かったか」


 軽い舌打ちと共に吐き出された団長の言葉。

 その目の前には、魔物で溢れかえる王城があった。

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