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水の理  作者: 古流 望
5章 A
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074話 三巨頭


 「団長!!」

 「落ち着け。全員訓練通りだ。1班2班は右翼に回れ。3班は左翼から牽制しろ。正面は俺が受け持つ。返事はどうしたっ」

 「はい!!」


 俺の采配を寸時に理解した我が第三騎士団の動きは素早い。

 日ごろからの厳しい訓練の賜物ではあるが、その動きには迷いも無く淀みも無い。

 一斉に得物を構えながら、右側主体に攻撃を集める。

 軽く弧を描くように動きながら、時折左翼が牽制で注意を逸らす。


 「ったく、何だってこんな所にこんなのが居やがるんだ」


 目の前には咆哮をあげる一体の巨獣。

 体躯は見上げるほどに大きく、四肢は鍛えた大の男の胴回りほどある。その四本の脚には鋭い爪が並び、怪しげな光を僅かに反射させる。汚れと経年劣化の見えた色合いの爪は、その鋭さと相まって使い込まれた大剣のようにも思える。

 体中を剛毛が覆い、その身体から立ち上る体臭は獣独特の臭いだ。蒸れた靴下のような、鼻の曲がりそうな臭いが辺りに充満している。


 だが、何よりその巨獣の存在感を示すのは、首から上だ。

 異常な風体を示すのは頭。牙を生やし、肉食獣独特の獰猛な目つきで周囲を睥睨する。その頭は誰が見ても魔獣だと分かる特徴がある。

 頭が三つあるのだ。


 「ケルベロスなんて、結構大仕事だぞ。あぁ、クソッタレ」


 地獄の番犬と言われる巨獣ケルベロス。三頭を持つ巨犬の魔獣。単独の討伐難度は冒険者ギルドのランクならAに該当する危険な魔獣。

 本来なら、居るはずがない魔獣だ。


 その魔獣の三つの口が、それぞれに光りだす。


 「全員散開。魔法が来るぞ!!」


 放たれた三つの魔法は、強力な熱波と冷気と風圧をもって騎士団を襲う。


◆◆◆◆◆


 商業都市サラスから王都へ向かう道には三つの難所がある。

 一つはカレーナ大河であり、もう一つはウロボロス盆地。最後の一つはグアニャ渓谷だ。

 王都からサラスに向かうときには、逆にグアニャ渓谷を通りカレーナ大河を渡るまでの道のりになる。


 王都からサラスに向かう難所は、まずグアニャ渓谷だ。

 これは、ウロボロス盆地からみて西にある渓谷であり、かつて盗賊が出没していたことで知られる場所だ。

 細い道や切り立った岩場が続くこの渓谷は、良からぬことを考える人間からすれば、身を隠しやすく襲いやすい。定期的に盗賊の捜索・討伐が行われており、王都と商業都市群を結ぶ大動脈で、特に最近往来が活発になっている物流の要所だ。


 更にもう一つの難所であるウロボロス盆地は魔獣が出る。

 その多くは人を見れば逃げ出すような臆病なものだが、中には人を餌と思って襲ってくるものや、縄張りを守るために戦いを挑んでくる獣も居る。

 普通の人間であれば、この盆地はかなり危険地帯であり、武装するか護衛を雇うのが常識だ。


 ついでになるものの、商業都市サラスにもその潤いが与えられているカレーナ大河は、幾つかの支流を持っている。最後の難所だ。普段は実りと富をもたらす流れであっても、場所によっては非常に厄介なものになる。雨にもなれば、その危険性が大いに増すのは言うまでもない。

 サラスの町から北に行ったところにもその支流は流れていて、先だっての大雨で橋が流されて以来、非常に交通の便が悪くなっている。普段でも鉄砲水等がそれなりの頻度で起きていて、要注意箇所の一つに数えられているのは有名だ。


 「ようやく橋が元通りになりましたね」

 「まあ、これだけしっかりしておけば問題ないだろう」


 そんな工事責任者の声を聞きながら、俺は声を張り上げる。


 「うっし、全員整列だ」

 「「はい団長」」


 小気味よい唱和と共に俺の目の前に並んだのは第三騎士団の精鋭。騎士見習い以外は全員騎乗し、目線を俺に向けてくる。

 今回の遠征で、気合の入った連中ばかりで士気は高い。


 年に一度の王都への遠征。

 これは毎年の恒例行事であるが、今年は通年とは趣が違う。


 今年は、先の大戦から100年という節目の年と、国王陛下の六十回目の生誕祝いが重なる。それ故、全国から主だった要人や騎士団関係者が集められている。

 もちろん俺たちも参加する。


 それに伴って、流された橋の修繕も行う。一応、職人たちの護衛を行うのに都合の良い理由になるからだ。

 交通の要諦である橋が流されたせいで、物流にかなりの影響が出ていた。それに対処を決めたのは、ひとえに町の皆の為だ。


 「進め」


 短い一言。だが、それは確実に団員へ伝わったようだ。

 その証拠に、全員が直ったばかりの橋に歩を進めたのだから。櫛の歯のように揃った足並みは、日頃の厳しい訓練の成果ともいえる。これならば王都でも胸を張って行進できるだろうと安堵を覚えた。


 我が国では、軍隊が治安維持も担っている。

 治安を乱し、王国の法に従わぬものを、実力を行使してでも制圧する。それがこの国に騎士団がある理由でもあり、俺たちの存在意義でもある。相手が敵国人でも魔物でも、或いは犯罪者でもやることは変わらない。王国の法を力づくで守らせる存在。

 軍隊としての側面が強い以上、上に立つ者は確かな実力と的確な指揮能力を求められる。

 そして、意外な事と思われがちだが、声の質も非常に重要な要素だ。指揮官の意思を伝えるのは言葉であり、言葉を紡ぐのには声が要る。自らの意思を的確かつ迅速に伝える為には、遠くまで届く声の大きさと、誰でも聞き取れる明瞭さが求められる。それでいて個性がはっきりと聞き取れる声質であることが重要だ。

 誰の声か分からないありきたりな声であれば戦場では他の声に埋もれてしまうし、小さい声では聞こえない。吃音症や口に籠った声では、聴き間違いが起きるだろう。

 それは軍としての機能不全になる可能性を持つ要素であるだけに、決して軽んじられることは無い。逆に言えば、良く通る個性豊かな声を持っていれば、指揮官に向いていると言う事でもある。


 指揮者としての資質。

 その一つが声質であるのは間違いが無い。


 そんな資質を有する男が、俺の横で声を出す。第一班の班長をやっている男。

 明瞭で、簡潔でいながら、要点を押さえている言葉だ。指揮する側はこうでなくてはいけない。


 「流された橋には、人為的な破壊跡がありました」

 「そうか。分かった」


 軽く頷いた俺に、真面目な顔を向けてくる。部下とはいえ、そこには明確な意思が込められている。すなわち、放置しても良い問題なのかという問いかけだ。

 それに応えてやるのは、上司の務めかと心で溜息をひとつつく。

 出来るだけ分かる様に教えようと考え、新人を諭すつもりで話しかける。


 「橋を壊すような奴は、二種類居る。橋に限った事でもないがな。分かるか」

 「いえ」

 「誰かの損になるから壊す奴と、自分の得になるから壊す奴だ」

 「……はぁ」


 気の無い返事を返され、僅かながらに落胆する。

 この男は、町に残した副長とは違い、考え足らずな所がある。武では今の副長に勝るものの、第一班の班長に任命したのはその為だ。

 それだけ言えば、気づいても良さそうなものだが、気づかない。


 「橋を壊して得になるものは誰だと思う?」

 「えっと、橋を直す職人でしょうか」

 「そうだな。橋を直す職人なら仕事が増える。或いは交易品の食料なんかを抱え込んでいる商人も、一時的には得をするだろう。他には、こことは別の西周りの交易路を抑えている貴族等も、橋が壊れることで得をする」

 「つまり、そいつらの誰かが橋を壊したと言う事ですか」


 未だに気付いていない部下に、若干非難めいた視線を向ける。申し訳なさそうにしているが、そういう態度を見せるうちは見込みがある。自分の答えに、間違っているかもしれないという思いを持っているからだ。自己を省みられるだけの冷静さは好ましい。


 「いや。今あげた連中は、どれも得をするにしても些細な利益ばかりだ。橋を壊すような真似は、かなり大がかりになる。人を雇うなりするだけでもそれなりに金が掛かるだろう。得をするに見合うだけの支出とは言えない。他にも橋が壊れることで得をする連中は幾らか居るが、橋を壊す手間ほどに利益を得ることは難しい」

 「つまり、誰かしらに損をさせたくて壊したと?」

 「そう考えるのが自然だろう。誰かが意図を持って橋を壊したのなら、別の何かを困らせたくて壊した可能性が高い。そうなると怪しいのは誰だ?」

 「敵国の工作活動、商人同士の足の引っ張り合い。盗賊の仕業か、逃亡者が追っ手を振り切るのに壊したと言う線もありますね」


 ようやく理解したようで、俺もほっとした。

 そこまで考えられるなら、十分だ。


 「そうだ。誰かに損失を与える目的であったのなら、それに当てはまる人間は多い。幾ら対価を支払ってでも人を貶めたがる人間ってのはそれなりに居るものだからな」

 「あぁ、だから団長は町の商会を調べさせたのですね」

 「まあ、その結果は収穫なしだったがな」


 これだけ説明すれば流石に放置しているわけでは無いと分かったようだ。

 橋の喪失を報告されてから、真っ先に目ぼしい商会を調べさせたが、目立った動きは無かった。

 そして、追い剥ぎらしき者がこの近辺で出たと言う話や、冒険者ギルドからの話から考えても、答えはかなり絞られる。

 そうなると……。


 「それよりも、この先何があるか分からんから、全員気持ちを引き締めておけよ。手強い盗賊が出てくるかもしれん」

 「はっ」


 もしこの橋を壊した連中が俺の推測の通りだとするなら、この先に伏兵代わりの手駒を置くだろう。

 恐らくはそれなりに強い手駒を。

 王女殿下が絡んでなければ、こんなこと冒険者に任せれば良いわけだが、宮仕えの悲しさだ。


 普段、強面とか子ども泣かせとか言われる俺の面に、何かしら不機嫌な色が出ていたのかもしれない。

 こっちの顔色を伺っていた若い連中が、急に背筋を改めて伸ばしてみたりもした。悪いことでは無いので、そのまま行軍を続ける。


 ただただ、退屈な行軍。

 幾ら訓練を積んでいたとしても、退屈さを紛らわせるのは難しい。


 そのまましばらく平原を行くと、部下から報告が来る。その報告には首をかしげる内容が含まれていた。


 「なに? 地図にない丘がある?」

 「はい。向こうの方角です。まだかなり距離があると思われますが、あそこには窪地があったはずです。水溜りの出来やすい要注意箇所として記録されていますが、代わりに黒い丘のような物があります」


 言われて目を凝らしてみると、確かに何かこんもりと盛り上がった様子が見て取れる。遠目からで良く見えないが、さっきの橋の件から考えても、見過ごして良さそうなものでも無い。万が一盗賊の根城でもあれば大問題だ。


 「よし、第三班から二名、斥候に走れ。他の者は一応戦闘準備をしておけ」


 号令一下

 各々が日頃から慣れ親しんだ動きを見せる。

 背中に担いでいた行軍用の荷物を降ろし、剣や弓を構えだす者も居る。背中でたすき掛けにしていた剣のベルトを腰に巻き直し、位置を確かめている奴も居れば、音をさせながら手甲を調整している奴もいる。

 いざという時の咄嗟の対応が出来て一人前だが、それと万全の体制を整えることとはまた違う。


 自分達なら大抵の事なら大丈夫だろうという自信と、万が一にも負傷する可能性を考えての緊張。全体にまだらな二つの心模様が、少しづつ平静に収まっていく様は心地よい。


 その中を、二人の騎士が抜けて走り出す。

 様子見に出した三班の連中だ。

 流石に班長も分かっているようで、ベテランと若手のペアになっている。よし、と心の中で頷く。


 俺はゆっくりと、周りを見渡す。

 木々も無いほどに、何もない平原だ。膝あたりから腰ほどにまで伸びた雑草の匂いは、精神安定剤代わりになりそうな匂い。これもまた心地よい。

 肌を撫でていく温かみのある風もまた、爽やかな気持ちにさせてくれる。


 そこでふと違和感を覚える。

 周りには何もない。いや、何も無さすぎる。


 そもそもこの平原が難所と呼ばれるのは何故か。

 道が険しいわけでも無く、見通しも見晴らしも良い。

 それでもここが護衛無しで通るに難しいと言われる理由はただ一つ。

 魔物が出るからだ。


 平原を縄張りにする魔物は、総じて足が速い。

 森の魔物が障害物の多い地形での機敏さに長けているように、平原の魔物は直線的な動きに優れている場合が多い。

 障害物の少ない平原で活きるのは、上下左右のフットワークよりも、瞬時に距離を詰める能力だ。


 足の速い魔獣や魔物、或いは野獣の類は、皆行動範囲が広い。

 亀のように鈍足であれば数分かかりそうな距離を、まばたきする間に移動するだけの足を持つ輩なのだ。それだけ移動する距離も長い。

 行動範囲が広い分、平原を歩けば少なからずこの魔獣や野獣を見かける。こちらから近づかなければ寄って来ない獣も多いが、それでも一匹も見かけないと言うのはあり得ることなのだろうか。


 改めて周りを見返すが、やはりそんな走り回る獣の姿は見えない。おかしい。

 俺は馬から降りる。

 それに何かを感じたのだろう。団員たちから一気に高まった緊張が伝わってくる。


 その直後だった。僅かに驚愕を含んだ声で俺を呼ぶ声がした。

 友人が自分の知らない所で恋人を作っていたと知った時のような驚き。或いは、突然目の前にスリでも出てきたような驚愕。突拍子もないことに直面した人間独特の声だ。


 「団長、あれ!!」


 そいつが指差す先には、小山があった。

 いや、小山と思っていたものがあった。


 俺たちの方へ恐ろしい形相で走り戻ってくる三班の二人の後方。俺たちが凝視する前方。

 気が付けば山は立ち上がっていた。

 四足の様子が見て取れたが、その割に見た目がおかしい。


 身構えているこちらに向かって駆け出したその巨躯を見て、誰かが大声を出す。


 「団長!!」


 そんな声に、俺は努めて冷静に指示を飛ばす。


 「落ち着け。全員訓練通りだ。1班2班は右翼に回れ。3班は左翼から牽制しろ。正面は俺が受け持つ。返事はどうしたっ」


 全員の唱和と共に、俺は剣を構える。

 ぎりりと握り締めた手の感触には、何時になっても多少は強張るものがある。


 「ったく、何だってこんな所にこんなのが居やがるんだ。ケルベロスなんて大仕事だぞ、クソッタレ」


 そんな俺の吐き捨てるような言葉は、巨獣に向かって消えていった。


◆◆◆◆◆


 冒険者ギルドにはいつも色んな情報が集まってきます。

 装備品や消耗品の相場、裏通りの勢力争いの様子、政治闘争と権力争いの現状、魔物の目撃談、失せものや迷子の話から、ご近所さんの浮気情報まで、本当に雑多な情報が飛び交うのが冒険者ギルドです。

 それは、冒険者ギルドで取り扱っている依頼の数々が、雑多であると言う証拠でもあるわけです。

 情報と仕事が集まる場所に冒険者とお金が集まり、それを頼りに仕事を頼む人もまた増えていく循環。


 そんな目まぐるしいまでに忙しい中で書類に追われるのは、職員としてやりがいでもあり、苦労でもあるわけで……。

 玉石混交の中から、必要なものだけを取捨選択するのに大事なものは知識と経験。

 それを磨くには時間が必要で、採用されて日が浅い職員は必然的に受付と雑用に回されます。


 今日も今日とて、毎日変わらない受付の雑務をこなしていた私の後ろから、声を掛けてくる人が居ました。


 「ドリーちゃん、そろそろ休憩にしない?」

 「はい先輩。あ、じゃあ私お茶入れてきますね」


 香りが強めのお茶を入れ、少しばかりの焼き菓子と共に、先輩達の居る休憩場所に行く。

 少し長くなってきた後ろのポニーテールを挟まないように、少し気を付けて椅子に座る。既に弾んでいる会話に私も参加すれば、その会話もより一層の花が咲く。


 「最近さ~、妙に危ない依頼が増えてない? っていうか、ここ最近仕事多すぎだと思うのよ」

 「それあたしも思ってた。特に魔獣が出るとかの依頼が増えてて、うちの買い取り窓口も休む暇がないぐらいだもん」

 「でしょ~。その割にあたしたちの給料変わらないしさ、せめて休みを増やしてって思うの」

 「そうそう」


 先輩の言葉には心から頷く。

 休みが増えれば、出来る事も増えるだろうし、楽しい時間も増えると思うから。

 特に最近はそう思う事が増えて来たかも。


 「この間もさ、魔獣が畑を荒らすから助けて欲しいって依頼がほとんどこの近辺全部の村から来ていたのよ。もうどれが急ぎの依頼か調べるだけでも大変だったんだから」

 「うちもそう。今まで大した戦利品も取って来なかったパーティーまでが、妙に色々持ち帰ってくるようになっているわ。薬草採取の途中でワームに襲われたとか。薬草にワームの粘っこい体液が付いているのを持ってくるのよ。勘弁してよってねぇ」

 「うわぁ、そんなの買い取り拒否っちゃえば良いのに」

 「それが出来ると良いのにね。その点ドリーちゃんはまだ受付だから、楽でしょう?」


 急に私に振られた話題。

 話を合わせた方が良いかと、最近思っていることを正直に話してみる。


 「先輩達に比べると楽だと思いますけど、最近は受付も忙しいですよ。特に変な情報を売ろうとする人が増えています」

 「どんな話?」

 「エルフの里の辺りで夜蠢く幽霊を見たとか、街中で死んだはずの人が歩いているのを目撃したとか」

 「あはは、何それ。死んじゃった人が街中歩くとか、どんなおとぎ話よ。ふふ、面白い」

 「あ、他にも、山でドラゴンがダンスしていたらしいとか、王女様にそっくりな人を見かけたって話もありましたよ」

 「っぷ、ははは。それどんな奴が持ってきた話?」

 「ほら、良くここに来るソバカスのある……」

 「ああ、あの騎士の。あの人ももう少し顔が良ければ相手しても良いんだけどね」


 この先輩は結構面食いだ。

 美人なのに決まった人の話を聞かないのは、それが理由なのだと他の先輩が言っていたっけ。


 「まあ、そんな話は、ここに来て女の子との会話のきっかけにしたいだけだから、嘘も多いわよ」

 「ああ、じゃああの話も嘘かもしれませんね」

 「どんな話?」


 その言葉に、私はつい先日聞いたばかりの話を思い出す。


 「つがいのケルベロスが居たって話です」


◆◆◆◆◆


 騎士団は強い。それには理由がある。


 全員が一つの集団となることに、訓練された騎士団の強みがある。

 個々人の個人技だけを取れば、騎士よりも有能な者は居る。冒険者や魔術師だって強い者は居るだろうし、それでなくとも強者と言うのは何処にでもいる。上には上が居る。

 だが、騎士団が王国の守護者たるのは、強い個性が集まっているからではない。

 むしろ、その本分は集団戦にあると言って良い。


 もし、自分に手が四本あったらと考えたことは有るだろうか。

 手が四本もあれば、例えば相手がそれなりに修練を積んだ剣士であっても、剣で勝つ見込みは高くなるだろう。

 手数が倍になる以上に、相乗効果は言うまでもないことだ。

 自分が片手になって、両手の相手と戦えば、その難しさは理解できる。

 自分が防御に専念したとしても、相手は防御と攻撃を同時に行える。


 一つの意思の下で動く手足が増える。

 これこそが集団での強さの理由の一つ。

 単純ではあるが、それだけに最も古くから知られる強さだ。数こそ力。


 完全に一つの意思の元に統制された行動。訓練で培ったそれは、騎士団という集団が一つの生き物の如き強さを持つための力だ。

 だからこそ、騎士団こそは護国の盾だと言われ、救世の剣と呼ばれるほどの強さを持っている。


 だがもしも、相手もまたその力を持っていたらどうなるだろうか。

 手足はそのままでも、魔法を放てる頭が三つあったなら。

 その厄介さは、手足の数が倍する相手と対面した時と同じようにも感じるのではないだろうか。


 「ウルギット、前に出過ぎるな。前につんのめるのは女の前だけにしておけ」


 真ん中の頭を相手取り、左右のデカブツを牽制しながら徐々に巨獣を弱らせる。

 攻撃の主体は二つの班を当てた右側側面の戦力。

 そして左側と俺で右側に注意が集まらないように牽制を続ける。それを何時間続けただろうか。

 既に辺りは日も沈み、時折放つ火魔法の灯りが何よりも頼りになるほどだ。


 負傷者もそれなりに出てきている。

 伊達に目の前のこいつはAランク扱いになっているわけでは無い。


 「また来るぞ。全員避けろ!!」


 ケルベロスの三つの口のそれぞれから、咆哮の如き魔法が飛び交う。

 焦げくさい臭いとともに、チリチリとした突風の気配がしてくる。


 耳の鼓膜を破る様な大きな破裂音と共に、三種の魔法が当たるを幸いと、目標も何も考えないような動きでまき散らされる。


 「ぐぁっ!!」

 「イシドール!! くそっ、そのままイシドールを後衛に回せ。その間に治療をしろ」


 また負傷者が出た。


 敵も弱ってきているはずだ。それは間違いない。

 針山の如く自己主張していた剛毛は血に濡れ、唸り声にも息切れの音が混じってきた。

 魔法を放ってくる頻度は極端に減り、動きの中に機敏さは既にない。


 あと少しと言う手ごたえを皆が感じていながらも、一気に押せないのは負傷者の数がそれなりの数になっているからだ。

 正直に言うなら、かすり傷すら負っていないのは俺だけだ。

 他は、掠っただけの、傷とも言えないような傷なら、無い騎士を探す方が難しい。酷いものになると太ももに深々と爪で抉られた跡を残していたりしている。人それぞれだが、全員が傷を負っている。

 魔力が枯渇し始めたものも出てきた。

 牽制役と攻勢役を適時入れかえることで出来る限りの継戦能力維持をしているものの、消耗は如何ともしがたい。


 ケルベロスが前足を大きく振るう。

 目の前を、人の胴回りはありそうな塊が過ぎる。騎士の一人が肩口を抉られ、後方に弾き飛ばされるようにして下がる。鮮血が飛び、薄汚れた大地にも赤い絵の具が不気味な模様を描く。

 また一人深い傷を負ったことに歯ぎしりをする。口の中に広がった血の味は、己の物かどうかすら分からない。


 「全員密集隊形を取るぞ。俺が前に出たのに合わせて、全員固まれ……今だ!!」


 負傷の程度が大きくなり、三隊運用が厳しくなってきたのに合わせる指示。

 自分から囮になって隊形を変える時間を稼ぐ。


 不味い。深く踏み込みすぎた。


 巨獣が振るう前足の、凄まじいまでの速度。

 明らかに俺を狙って襲い掛かる質量の塊が、並みの人間であればそれだけで吹き飛ばされそうな豪風と共に体にぶつかる。


 咄嗟に上げた剣に爪が当たったのは、単に運でしかなかった。

 他の騎士達と同じように、俺まで後ろに転がされた。どうやら腕にひびが入ったらしい。

 鈍痛が腕から全身に走り、つい顔を顰めてしまう。


 その間に隊列を整えたうちの連中が、そのまま俺を庇うように戦列を組む。

 立ち上がった俺は、痛みを堪えつつ真正面の敵へ剣を構えた。


 と、ケルベロスが軽く後ろに飛び退いた。


 それに反応がやや遅れてしまったのは失態だった。

 狙ってやったのだとしたら敵を褒めるしかない絶妙なタイミングで相手も体勢を整え、魔力の高まる気配が濃厚になる。


 敵も自分が弱っていることを十分自覚し、最後の大勝負に打って出てきたに違いないと判断する。


 避けるか?


 いや、既に機を逸した。

 真横に張り付いているならともかく、真正面に固まる隊列では避けられないものも出るだろう。

 そのまま何もしないのは論外だ。だとすれば、防ぐのが最良。全体を見ても残り少ない魔力の消耗もやむ無し。


 「一班は右の。二班は左の。三班は真ん中。魔法中和を狙え。撃ってくる魔法に合わせて選択を間違えるな!!」


 火には水をぶつけるように、相手の魔法に合わせてこちらも魔法を放つ。

 燃えるような熱さが、竜巻と共に熱風として辺りを焼こうとする。


 爆発のような音とともに、巨獣の放った魔法を防ぐ。


 「今だ、とどめを刺せ!!」


 こちらも残る力を振り絞るように飛び掛かり、全員で剣を突きたてていく。

 皆が今までの鬱憤を晴らすように、我先にと敵を血染めにしていけば、さしもの強敵もそれで抵抗が潰える。

 耳をつんざくような末期の悲鳴と共に、巨獣がどさりと地に伏す。


 ようやく倒した。

 肩で息をしていた連中から、歓喜の声が出る。


 わあっと広がる喜びを聞き、そのまま倒れ込む奴らも居た。


 「負傷者は手当を行え。班長はそれぞれ自班の被害をまとめろ」


 これで終わりでは無い。

 酷なようだが、やらねばならぬことは多いのだから。


 だが、これからどうするか。


 王都への遠征中に凶悪な魔獣と遭遇した。この事実が厄介だ。

 この魔獣が何故こんな所に居たのか調査せねばならないし、その手配に人手も居るだろう。後始末は頭が痛くなるほどに山積みになるだろうし、報告もまとめねばならない。普通ならまず一旦町に戻るのが正解だろう。


 だが、王都に行かないというのも無理な話だ。

 幾ら敵に襲われたからと言って、王都に行けませんでしたとなれば、他の団からすれば良い嘲笑の的になる。王への不敬と取られる可能性だって、無い訳でも無い。

 王家の名を背負う騎士団が、魔獣に追い返されて来ましたとなれば、民衆も不安になる。


 「団長」


 思案に耽っていた俺に、班長の一人が声を掛けてくる。

 顔を向けた所で僅かに負傷した個所が痛んだが、俺の治療は後で良いと押し殺す。


 「被害がまとまったか」


 先ほど出した指示を受けての報告だ。

 そう思った俺の予想は裏切られる。それも最も厄介な形で。


 「いえ、敵襲です」

 「どんな敵だ。数は?」

 「敵は一体の魔獣。相手は……ケルベロスです」


 唖然としたのは俺の周りにいた連中だ。

 報告を聞き、つい悪態が口に出る。


 「クソッタレ」

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