072話 対抗心
「私の部下にならんか」
僕にそう言ったのは、第三騎士団の団長代行だ。
今、赤毛の第三騎士団長は居ない。
――遠征令発布
その日の町は厳粛な雰囲気に包まれていた。
かねてより準備が進められていた、王都への騎士団遠征が行われる日だからだ。
商都たるサラスの町には、その意味は極めて大きいものである。
祭りが終わり、人が故郷に戻るとき。或いは商人が新たな商機を求めて人口の密集する別の町に移動するとき。これらの多くは王都近郊に向かう集団となる。
これに合わせる形で、護衛を兼ねた王都への行軍が行われる。
有事の備えとしての戦力、また治安維持の抑止力としての騎士団戦力が、一時的にせよ大きく減退する。無論最低限の騎士団員は残る上に、他都市からの派兵もある。だが、それを勘案しても普段よりは騎士団の力が弱まる。
商業都市は治安の良さこそ財産である。誰もが安心して商売できるからこそ人が集まり、人が集まるからこそ町は大きくなってきた。故にこの遠征の意味は重要だ。
では何故この宝を危険に晒してまで遠征を行うのか。
それは三つの意味があるからだ。
一つは国民の護衛。
商都の祭りの後、王都に向かう集団の中には、かなりの数で行商人や、農作物や特産品を売った村民が居る。
言うまでもなく、これらの人々は祭りでかなりの金額を懐に入れている。
そんな集団が決まった道を通るとなれば、邪なことを考える盗賊などは涎を垂らすことが目に見えている。さながら、飢えた狼の群れに子羊の群れが飛び込むようなもの。
また、祭りには多くの貴族が参加しており、彼らは自らの権威を見せびらかすためにも贅を尽くした格好を崩さない。いわば移動する宝石そのものと言っても良い。
自力で護衛を雇えるものは、危険を避ける為に祭りが終われば速やかに撤収する者もいる。だが、そうでない場合は出来る限り大勢に紛れて移動する方が身の安全を守り易い。小魚が群れるのと同じ理屈だ。自分一人しかいない時に盗賊に目を付けられるより、大勢で居る方が、自分が生き延びる確率は増える。
王家に仕え、民の守り人たらんとする騎士は、当然ながらこの人々を守らなければならない。
もう一つは新人のお披露目だ。
各都市の騎士団で新たに加入した騎士は、その多くが地元の人間。他の都市にまで名前が売れている高ランクの冒険者であったならともかく、他所の人間には顔すら分からないことも多い。
いざという時、騎士団同士で人員の融通や、或いは連携行動を行うのは普通のこと。その時に、顔も知らない初対面であるよりは、少なくとも顔ぐらいは見たことの有る人間であるほうが馴染みやすい。知らない人間同士の集団よりは、顔だけでも知っている集団のほうが間諜やスパイにも対応しやすくなる。
お互いの騎士団同士で、どんな人間が所属しているかを知っておくのは、重要なのは明らかである。
しかし、十二ある各騎士団のそれぞれが、個別に交流を図っていたのでは、非効率的だ。新人が他の騎士団を挨拶周りし終わるころには、また新たな新人が入ってきて混同されるというような事にもなりかねない。
故に、一箇所に集めて効率化を図っているのだ。その為に相応しい場所となれば、王都以外にありえない。
更にもう一つの理由は、人事異動だ。
騎士団は、所属する部隊がそれぞれ決められているとはいえ、全員が王家直轄の軍集団になっている。もちろん貴族が私兵として組織する騎士団もあるが、王家直轄領の騎士団は全員王家に仕える身だ。
入ってくる新人も居れば、引退や負傷、或いは悲しい別れによって騎士団を離れる人間も居る。
老年の者は壮年の者に席を譲り、壮年の者は若年の者を育てる。いつの世も変わらない組織の論理だ。
空いた席があれば、そこに座るものも居る。そしてそれは、同じ団からとは限らない。特に上席になるほど、椅子取りゲームは熾烈になる。
使役する王家がその席に座る者を決める以上、少しでも自分を売り込もうとする者がこの機会を逃すわけが無い。先に挙げた大義名分を掲げつつも、人間臭い欲求を叶えることができる機会。それが遠征だ。
騎士になりたがる人間は多い。
子どもがおとぎ話の英雄に憧れる様に、多くの少年少女は白馬の騎士を目指し、或いは尊敬する。そこにあるのは、崇拝、憧憬、名誉、栄達、富貴。
大人になっても、それらは変ることが無い。或いはより一層の現実味を帯びて人々に想われる。
一般人でも叶える事が出来る、唯一の立身出世が騎士である。貴族や王家に仕え、雇われることで得られる地位と富。それだけに、名誉欲や金銭欲の強い者も中には居る。人に認めて貰いたいと考えるのは人として当たり前に持つ欲求であり、それを否定することは出来ない。まして金銭欲なら、借金のある僕にだって存在する。
しかし、最も厄介なのは権力欲を持つ騎士だ。
人を支配し、自らの意を思うが儘にしたいという、根源的でありながら酷くはた迷惑な欲求。本来ならば、人を守る職業とは最も縁遠いはずの欲。
目の前から感じるのは、そういった自己の欲求に忠実な男の気配。
「他の人を騎士にしてあげてください。望む人は多いでしょう」
「他の誰かが騎士団に入りたいと望むことと、私が望むこととは別問題ではないかね。君だから良いのだよ。我らが団長も欲するという君だからこそ、ね。そう言えば君は王女殿下とも”親しい”そうだね。私の元に居れば、より親しくなれるよう便宜を図れるかもしれんよ?」
「私が王女殿下と親しいかどうかは、何を持って親しいとするかによるでしょう。一度お目に掛かっただけでも親しいと言えるのなら、親しいのかもしれませんね」
チクチクと、身を削る様な神経戦がどれぐらい続いただろうか。
いい加減疲れて来た頃、僕はきっぱりと決意を語る。
「どうあっても騎士団に入るつもりは無いのかね」
「はい、お断りします。僕は騎士になるつもりはありません」
「ほう、それは何故かね」
「誰かに命令されて嫌々仕事をするなんて、真っ平御免だからですよ」
「ふん、分かった。もう行ってよろしい。だが、私があきらめたとは思わないことだ」
警戒を残しつつ、僕は部屋をでる。
一瞥をくれてやっても平然としている男から、早く離れたかった。
◆◆◆◆◆
思惑の読めない様子を、最初から最後まで崩さなかった黒髪の冒険者。名前は確かハヤテ=ヤマナシだったか。
そいつが、素知らぬ顔で部屋を出ていくのを見て、やはりこうなったかと苦々しく思う。
第三騎士団副団長である私の誘いを断るとは、中々いい度胸をしている。流石にあの赤獅子の団長が目を付けることはある。
「しかし、何故あんな若造を配下に加えようとなさるのですか?」
傍に居た男が戸惑った様子で話しかけてくる。
私の腹心とはいえ、まだまだ甘い。腹心の部下であれば、私の考えぐらいは察してもらわねば困る。
「ふん、単純な事だ。あの男は、使える」
「そうでしょうか。確かに調べた限りではそれなりに腕の立つ様子でしたが、それでしたら他にも同じぐらいの人間は大勢おりましょう。何故あの男に拘るのです。幾ら団長が御執心の人材とはいえ、貴方がわざわざ直に勧誘するほどの男とは思えませんが」
「貴様、何を調べていたのだ」
「は?」
「私が調べさせた限りでも、あの男が冒険者になってからまだ二ヶ月も経っていない。それでも既にDランクの冒険者だ。この意味が分かるか」
「いえ」
無能め。
騎士と言うのは、腕っぷしが強ければ良いというものでは無いのだ。
無論、力こそ手柄をたてて出世するには最も良い道具であることは否めない。だが、それだけではイノシシや猿でも出世出来る事になる。ある水準以上の地位に就こうと思えば、知こそ重要なのだ。
それに気づけないから、お前はいつまでたってもうだつが上がらんのだ。
そう、罵声を浴びせたくもなるところを、ぐっとこらえる。忍耐もまた、出世には必要な道具であることを、私は誰よりも知っている。
「冒険者のランクは、酔狂で付けられているのではない。実績こそがものを言う、公平な指標だ。それを2ヶ月も経たずに駆け上がることは、並みの人間に出来るものでは無い。きっと何か他よりも優れたものがあるに違いないのだ。何より気になるのは、その成長の速度だ。明らかに、常人とは思えない勢いを持っている。これからまだまだ伸びる。早い話が、あの成長力こそ欲しがる理由だ」
「しかし、聞けば冒険者ギルドのサラス支部長も手元に置きたがっていると聞きます。彼の名高い老人と対立してまで得る果実とは思えませんが」
「だからこそ、ここに呼んだのではないか。あの男が、自分から望んだという形を取るためにな。ここで頷いておけば、話は簡単に済んだのだ」
「それも無駄だったように思えますが」
腹心の言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「いや、無駄では無いさ。いずれ、あの男はもう一度私の元に来ることになるのだから」
◆◆◆◆◆
憮然とした気持ちで騎士団詰所から、宿屋の部屋に戻った僕を、我がパーティーの面々が待っていた。
「お帰り。一体呼び出しの理由は何だったんだ?」
「勧誘。騎士になれってさ。それも代行殿の部下になれとの直々のお誘い」
「受ければ良かっただろう」
「嫌だよ。あんな見るからに権力欲剥き出しの男の下に付くなんて。それならまだ、アラン団長の部下になる方がマシさ。どちらにしろ、なる気は無いけど」
先の依頼から戻って知ったことだが、遠征令が下された後に結構ごたごたがあったらしい。
祭りの後、しばらくしてからお触れが出たそうで、町はそれで大騒ぎだったそうだ。それを皆で話していた最中、騎士団から呼び出され、行ってみれば何のことは無い。団長以外の偉い人からの勧誘だ。
何度断ってもしつこいのだから、いい加減別の町に逃げてやろうかとも思う。
自分が騎士団に目を付けられていたという事を、すっかり忘れていた。何か忘れている気がしていたのはこれだったのか。どうりで嫌な予感がしたはずだ。
「それよりも、次の依頼は決まった?」
「ああ、さっき三人でギルドから適当な依頼を見繕ってきた。やはり遠征に付いていったり、騎士団とタイミングが合わなかった連中の護衛についたりと、かなりの冒険者が町を離れているらしい。おかげで依頼が選び放題だ。俺としては、これなんかどうかと思うんだが」
スイフが、メモしてきた依頼には、何故かアントが不満そうだ。鋭さのある綺麗な眼と眼の間。眉間の位置に皺が寄っている。
その割に、アクアが満足げなのは何故だ。
二人とも揃って不満だというなら、調査や雑用といった、荒事の無い穏便な依頼だろうと想像がつく。或いは二人ともに満足そうなら、物凄く危険な香りのする依頼だろうと察しがつく。
そのどちらでもないとしたなら、一体どんな依頼か。
スッと目を移すと、そこには僕の知らない魔獣の名前が書いてあった。
「陽炎鹿の捕獲?」
「そうだ。中々面白そうな依頼だろう」
何処が面白いのか、さっぱり分からない。
「三日後の狩猟解禁日に合わせての依頼ねえ。ということは採取系の依頼になるのか。報酬は良いにしても、カゲロウジカって何?」
「鹿の一種だ。小さな角が生えていてな。この角がかなり高密度の魔力を蓄えている。アクセサリーの材料としても良いし、防護魔法陣の生成にも使える貴重品だ。おまけに肉も臭みが少なくて美味しい。いや、むしろ肉を目当てに狩りをする者もいるぐらいの美味な食材だ」
「なるほど、気になる点とか、怪しい点とかはある?」
「二点ほどある。この鹿は幻影を見せて幻惑する上に、急峻な岩場でも難なく跳ね回る。おまけに足がやたらと速い。馬以上とも言われている。早い話が、Dランクの依頼に相応しいだけの難易度を備えているということ。もう一点は、この依頼が複数のパーティーに出されている依頼という点だ」
なるほど、確かにその二点は気になる。
挙げられた鹿の特徴から言って、恐らく狩場は山。そうなると、機敏さが物を言うことになる。
アクアが喜び、アントが不粋な表情をしているのは恐らくここに理由があるのだろう。それでもこの依頼に文句を言わないのは、もう一つの点があるからか。
「それで、その他のパーティーってのはどういう連中なのさ。アントがこの依頼を受けても良いと思ったのは、大方その連中が知り合いだからとかなんでしょ?」
「ご明察だな」
「良いかハヤテ、あんなキザな連中には絶対に負けんぞ。負けてなるものか」
やはり、アントに関係のある人物が、同じ依頼を受けていたらしい。そうでなければ、自分が活躍しづらい依頼に賛成するわけが無い。案の定と言った所か。
だが、何時になく。いや、何時も以上にエキサイトしている金髪の男前。一体何があったのだろうか。目だけはメラメラと燃えているように見える。
この依頼は対象の逃げ足が恐ろしく厄介な事以外は変ったことの無い依頼だ。しかし、今はそもそも冒険者の数も質も足りていない。時期が悪いとも言える。依頼料が金貨三枚という破格の値段なのもそれが理由だろうと考えられる。
依頼料を大盤振る舞いで用意するぐらいだ。何が何でも依頼品が欲しいというのなら、保険の意味合いから複数の冒険者に依頼を出すのも頷ける。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。どこかのチームが失敗しても、他のチームが成功すればそれでよしという所だろう。
流石に上級の冒険者ともなれば、依頼の母数自体が減ってくる。競合も自然と増える。中には今回の依頼のように、複数のパーティーが同じ依頼を受ける場合も出てくる。そこは分かる。それにしてもここまで好条件なのは珍しい。
依頼の難度は適切で、見返りは大きい。僕の借金返済も近づくのだから、受けること自体は問題ない。
一つ気になるとすれば、やはり我がパーティーの特攻隊長だ。
依頼の捕獲対象が苦手なタイプだから嫌がっているのだろうか。それだけでは無いように思える張り切り様だが、何が理由か。
アクアの方に目線を向けてみると、軽く頷かれた。
「……いつもの病気」
「え? ああ、あれか」
若干考えたが、すぐに答えを思いついた。
お医者様でも、草津の湯でも治らない病気か。
さっきまで不満げだった表情は、これが理由の一端なのだろう。
「教会に良く出入りしている、敬虔な冒険者が同じ依頼を受けるらしい。教会の人たちとも仲の良い人間らしくて、それでやけに対抗心をもっているらしい」
「なるほど」
教会の人たちというより、特定の一人ではないだろうか。
依頼内容自体は、条件的にもかなり良い。だからこそアクアもスイフもこの依頼を選んだはずだ。我が友の問題は、いつもの事だと脇に置くのが正解か。
「この依頼を受ける方向で行くのは構わないと思う。解禁日まではまだ間があるし……それじゃあ、スイフとアクアは他にこの依頼へ参加する冒険者たちの情報を洗って、この依頼に落とし穴が無いか裏を取るってのはどう?」
「分かった」
「僕とアントは、協力してカゲロウジカの情報や、周辺情報を集める。早速動こうか」
とりあえず、やるべきことは少しでも危険を減らすこと。
出来る限りの準備をして、不測の事態を極力避けることが望ましい。これは幾度となく危険な目に遭ってきた僕らの経験則だ。
「アリシーの為にも、私は絶対に負けん!!」
ため息が三つ、揃ったのはいつも通りだった。
◆◆◆◆◆
神への感謝。
そして心から捧げる我が想い。この教会で会える、愛するあの人への想い。
「ダニエルさん、今日も来られていたのですか」
「はい、神父様。私が今日も無事に過ごせているのは、神のおかげ。感謝を捧げに来ていました」
「いつもながら良い心がけです。あなたの行いは、きっと主に届くでしょう」
私はいつもの礼拝を終えると神父様に向き合う。この神父様も、元冒険者。私のような未熟者からすれば尊敬すべき大先輩だ。それだけに、片思い中の少しやましい気持ちで祈っていたことが恥ずかしい。
彼が行う説話は、深い。信徒が教会に集まる時には、この人がいつも話をするが、そのどれもが示唆に富んだものばかりだ。命のやり取りを日常としている冒険者であったからこそ気付く、命の儚さと大切さをいつも語る。
だが、今日はそれを聞きに来たのではない。
「神父様、私は罪深い。また罪を重ねに行かねばなりません」
「今度はどのような依頼ですか?」
「カゲロウジカを捕獲してきます。とある貴族の依頼です。晩餐会にメイン料理として解禁直後のカゲロウジカを出したいそうです。恩のある方から言われて断れませんでした」
「そうですか」
そう、私は罪深い。
自らが食すためでも無く、或いは自らの身を守るためでも無く命を奪う。
神はこんな私でも許してくれると神父様は言う。だから私は神に感謝するのだ。
「リーダー、またここに来ていたんですね。もう俺たち以外はいつもの所に集まっていますよ」
私に掛けられたダミ声は、静かな教会ではよく響いた。
「すぐ行く。それでは神父様、行ってまいります」
「ええ。神はいつもあなたを見守っていてくださいますよ」
いつの間にか、かなりの時間が経っていたらしい。
神父様に礼を言い、我がパーティーの頼れる狩人と共に教会を出ようとした時だった。
「あら~ダニエル。これから仕事なの~?」
「やあ、アリシー。今日も買い出しかい?」
「そうなの~。孤児院のあの子たちは~育ちざかりだから~いっぱい食べて貰いたいの~。ダニエルは~また危ない場所に行くの~?」
「今回は近場の依頼だから心配は要らないよ。多分、五日もすれば戻って来られると思うから」
「頑張ってね~」
「ああ」
いつもながらおっとりとした独特の雰囲気をした見習いシスター。
笑顔で見送ってくれるのに、悪い気はしない。
「さあ急ごうか。今回は他の連中とも競争になるぞ」
「あいさ、リーダー」
元気の良い仲間と共に大通りに出る。
しばらくは良い天気が続きそうだ。
◆◆◆◆◆
「晩餐会?」
「らしいな。その為に解禁日に合わせてカゲロウジカを出したいらしい」
「よく分からない話だけど。別に美味しい肉なら他にもあるでしょう。何でわざわざ手に入りにくい上に、解禁日直後に食べようとするんだ。少し日を開ければ、もっと簡単に用意できるじゃない」
「いやハヤテ、解禁日当日に手に入れて振る舞うというのは良くあるのだ」
「え、そうなの?」
美味しい肉を食べたいというだけで、金貨を積み上げるとは思えない。それも、こんな人手不足の時期に、やる様な事なのだろうか。
晩餐会の機会なんて、貴族なら幾らでもあるはずだ。あえてこの時期を選ぶ必要は無いと思うのだが、そうでもないというのはアントだ。
こいつはこれでも一応は貴族らしいから、そこら辺の事情に詳しいのかもしれない。
「貴族と言うのは、とにかく見栄を張りたがる。ハッタリも含めて政治的に意味があるからな。財力や人脈、王家や有力貴族への影響力、保有する騎士から自分の子どもの容姿に至るまで、何かにつけて誇示するのが貴族というものなのだ」
「それと晩餐会での肉料理と何の関係があるのさ」
「一つは財力の誇示だ。高い金を出してでも高級食材を使うというのは、それだけで自分たちが金持ちであると喧伝することに繋がる。金がある人間には、儲け話も寄って来やすいし、逆に金の無い人間にはそういう大きい仕事の話は来づらくなるのが普通だ」
「まあ確かに」
アントがいうことにも一理ある。
仮に誰かが良い儲け話や、投資話を本当に持っていたとして、それを持っていく相手は貧乏人ではないだろう。当然金の有りそうな所に、そういう儲け話を持っていく。
誘蛾灯のように、胡散臭い連中も引き寄せるだろうが、それを承知した上でも意味があるということなのだろう。
蜜には蟻や蛾が集るが、クワガタムシやカブトムシも集まる。蜜が無ければそもそも虫は集まらない。金が集まるのは、金がある所だ。
それに、金持ちであるというだけで、一定の信用も得られるだろう。
例えば金貨を対価にして誰かに頼みごとをするにしても、大金持ちが金貨を払うというのと、貧乏人が金貨を払うというのと、信用度が違う。貧乏人が大金を払うと言いだせば、それだけで怪しげで非合法的な臭いがしてくるし、本当に払うか疑わしい。
「もう一つは人脈と戦力の誇示だな。こういう人手が足りていない時に、あえて難しい依頼をさせるということ。これはいざという時に自分が動員できる戦力や、つながりのある人脈を活用している証になる。自分達と親しい冒険者辺りに声を掛けて、多少無理を言ってでもこなして貰えるとなれば、貴族としての面目が立つ」
「へ~、そういうものなのか」
僕が納得していると、スイフとアクアが口を挟んできた。
「逆に言えば、俺たちからしても美味しい条件を引き出せるという事だ」
「何かあるの?」
「ああ、今年は何故かカゲロウジカの数が少ないらしい」
「……ボクが調べた」
つまりは、競争が激しくなる可能性が高いという事だろう。それだけに、成功したときには、金貨以外の見返りもやり様によっては期待できる。
ますますもって他の冒険者の動向が気になってきた。今回は、捕獲対象よりもそれ以外に何かありそうな予感がする。
「アクア、ありがと。そこら辺も含めて、手分けして、依頼について調べるってことで」
「了解」
一旦、ペア同士で別行動を取る。
僕とアントのペアは、ターゲットや狩場周辺の情報収集。他の二人は、同じ依頼を受ける連中の身辺調査。
アクアは女の子だから、男では入り辛い場所でも入れるし、さりげない情報収集に向く。スイフが一緒なら、かなり細かい話まで調べてくるに違いない。
負けてられないと、うちのペアの片割れに言おうとした時だった。
やけに考え込んでいる男前の伯爵が目についた。
「なに考えているのさ」
「うむ。この依頼で、どうやればより詳しい話を聞けるか、と」
おお、珍しく真面目に考えている。
普段は考え無しに走り出すのに、今日に限ってはえらく思慮深い。
素晴らしい成長といえる。
「うん、それで?」
「獲物のことはギルドで何時でも聞けるとして、ここはやはり、詳しい人間にも話を聞かねばならないだろう。獲物のことを調べるにも、経験者に聞くのは有意義な事だ」
「ふんふん、なるほど」
「という事で、早速行こう」
「何処に?」
珍しさのあまり、明日が雨になるかと思わせるほど真剣な顔つきだった。
一体何処に行こうというのか。そして、誰から何を聞こうというのか。
そんな僕の質問に、アントは胸を張って答える。さあ、何処に行くのか。ごくりと生唾を飲み込む。
そしてアントが行き先を告げる。
「無論、教会だ」
思いっきりずっこけてしまった。
「お前、自分がそこに行きたいだけだろ」
「わはは、あそこなら何か良い話が聞けるかも知れないと考えたのも確かだ。まあ行ってみようでは無いか」
しぶしぶと教会に出向く。
道すがら、アントに聞いた所、神父様が以前カゲロウジカを捕まえた時の話をしていたことがあるそうだ。
カゲロウジカは非常に素早くかつ機敏で、捕まえるチャンスというのはそうそう巡ってくるものでは無い。その上、仮にチャンスが巡ってきたとしても、実力が無ければ捕まえることは出来ない。だから冒険者は実力を磨くのだと。
人生も同じであり、限られた時間に好期が巡ってくるのは数少ない。良い人生を送るためにも、その好期を活かせるよう常に精進するのが肝要なのだと。
何とも聖職者らしいお説教だ。
「あれ?」
「どうしたハヤテ」
「教会の所に誰か居るね。一人はアリシーさんっぽいけど、他にも誰か居るみたいだ」
遠目からでは誰が居るのかはっきりしないが、アリシーさんは遠目からでもはっきり分かる一部分がある。顔とへその間に。
アントに至っては、アリシーさんが笑顔だというのまで見分けたらしい。どういう目をしているんだ。
「何か話しているみたいだね」
「流石にこの距離では声が良く聞こえんな」
どうやら何か談笑しているらしい。
二人組の冒険者だろうか。一人は弓を持っているから間違いない。
見習いシスターと話し込んでいる方は、顔を隠しているようにも見える。頭には黒っぽいバンダナのような物を付けていて、髪型すら分からない。この暑い時期に、えりを立てて口元も隠している。遠目からでは尚更分かり辛い。
目元は切れ長で、鼻筋は通っているようだ。美形らしい雰囲気だけは分かる。
体型は細身だ。マントで隠れて全体像は分からないが、スラリとした様子。その割に、上半身はやや厚みがある風にも見える。かなり鍛えているという事だろう。
初めて会う人だが、どういう人間なのだろうか。
「何か、食べてもらいたいとか言うのが聞こえたけど、アリシーさんがあの人に手料理でも御馳走するって話かな?」
「何だと、またアイツだな!!」
アントが走り出した。
慌てて追いかけるが、追いついた所で件の冒険者と対面してしまった。相手は伯爵殿の知り合いらしい。
「やあ、アント君じゃないか。こんな所で遭うなんて奇遇だね」
「ダニエル。またお前はアリシーと話し込んでいたのか」
「ん? まあアリシーとは仲が良いからね。そういう君は何でここに? 私に会いに来たとかかな?」
いきり立つように見えるアントに対して、相手の冒険者は飄々としている。
むしろ笑顔を隠している風にも思える。
女の子と仲が良い美形。人類の敵であるのは間違いなさそうだ。
「何でお前に会いに教会に来なければならん。依頼だ、依頼の下調べに来たのだ」
「どんな依頼?」
「カゲロウジカの捕獲だ。まあ私たちにかかれば朝飯前の仕事だがな」
「ふ~ん、そっか。ふふ、同じ依頼を受けるのも、何か運命めいたものを感じるね。まあお互い頑張ろう。じゃあまた」
嬉しげな残り香を置き土産に、爽やかに去って行った。
なるほど、アントが対抗心を燃やすわけだ。態度まで格好良い。
「くそ~あいつは毎度毎度キザったらしい。何が運命だ」
「まあ、格好良さそうな人だったのは分かった」
「こうしてはおれん。ダニエルに負けぬよう、早速……」
「さっそく?」
ぎりりと音がしそうなほどに、強く握り込んだ拳。
アントなりの何かしらの想いを感じる。
ライバルに負けない為の特訓でも決意したのか。
「アリシーに会いに行こう」
またこれか。




