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水の理  作者: 古流 望
1章 異世界での独り立ち
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007話 未知との遭遇

 森を抜けた僕は、改めて森の円周部を歩いて行く。川を探すためだ。

 何をするにしても、川から離れることは自殺行為に等しいと考える。何故なら、川はサバイバルではとても役に立つものだからだ。

 川には水がある。当たり前のことだがとても重要で、人は水が無くては生きてはいけない。それを忘れるわけにはいかないだろう。

 それに、傍に広がる草原のこともある。草原を歩くのなら、自分が今何処に居るのかを把握しなければならない。森の木のような目印もない所を、単に歩けば方向感覚も無くなる。下手をすれば同じところをぐるぐると回ることになるだろう。



 目を瞑って歩いてみたことはあるだろうか?

 長い廊下でも、グラウンドでも、何処でもいい。

 人間は普通の生活をしていれば、誰でも体に歪みがある。骨盤だったり背骨だったり足だったりの歪み。そのせいで目を瞑って歩けば、自分は真っ直ぐ歩いているつもりでも右か左に偏ってしまう。どちらに曲がって進むかは個人差があるそうだ。

 視力を突然失った人は、それが為に歩くことに臆病になることも多いらしい。目隠しをして平均台を歩けば、人の足幅よりも太いものの上であっても動けなくなる。普通ならそうなってしまう。


 真っ直ぐ歩くというのは、眼で見て分かる基準が無ければ人には難しい。武道に邁進して体の重心を真っ直ぐ正中に保つ求道者や、人とはかけ離れたバランス感覚を持つ天才ならば可能かもしれない。僕はどちらでもない。

 右方向にしろ、左方向にしろ、一方向に偏り続けて歩けば、綺麗な円を描くことだろう。コンパスでも使ったように、草原にミステリーサークルが出来上がる。


 それほど川から離れていなかったのだろうか、すでに懐かしい水の流れを見つけた。

 昨日と変わらず流れる美しさに、心から安堵する。サラサラと流れていく水の音は、自然の素晴らしさを教えてくれているようだ。


 「これからどうしようかな……」


 川のせせらぎを聞きながら、思考は頭の底へ徐々に沈んでいく。

 まだまだ日が高くなるまで時間がある。森を離れてみるべきだろうか。

 森にはポケットに入れてある胡桃を始めとして、探せば他にも恵みがあるだろう。薪も森なら簡単に拾える。そこを離れてしまうということは、万が一にも戻れなくなった場合に飢えや寒さを我慢するということだ。

 かといって、森には森なりに危険がある。恵みが多いということは、その恩恵を受けるものたちも多いということだ。さらにそれを狙う生態系の上層部を考えれば、野犬以外にも恐ろしいものが居るかもしれない。魔法が使える不思議の森だから、ドラゴンが出てきても驚くには値しないだろう。


 そういえば、魔法が使えるのは森の中だけだろうか。

 考えてみれば、この森以外でも魔法が使えなければ、英語の授業がより苦痛になるだろう。楽を覚えた分、それが無くなると途端に辛くなる。携帯を忘れると感じる不便さのようなものだろう。

 試しておく必要がある。


 「ステータス!」


 目の前に現れたのは最早見慣れた半透明のウィンドウ。MPは僅かに1ながら回復している。きっと時間がたてば回復するのだろう。或いは寝れば回復するのか。

 ステータスの呪文(?)が使えるということは、きっと翻訳や鑑定の魔法も使えるのだろう。鞄からまた本を取り出すのも面倒だし、もしかしたら翻訳の効果は一度翻訳したものには継続した効果があるかもしれない。パッシブ効果らしいし。

 鑑定の為に、川に向けてあれは何か知りたいと念じる。


 【カレーナ大河(第7支流)】

 分類:川

 用途:船舶を用いた交通運搬、水の採取、 動力利用。……

 内容物:水、魚類、甲殻類、クラブオブスベスベマンジュウ ……



 川はカレーナ大河と言うらしい。

 用途から察すれば、川の上流と下流のどちらか、或いは両方に人が居る可能性は高いだろう。より確率が高いとすれば、下流か。

 文明は川から生まれたと言われている。数多ある人々の営みのなかで、全ての文明は川と共に栄え育まれた。中国の長江や黄河、インドのインダス川、エジプトにはナイル川が流れ、オルメカは川を巡って争ったと言われている。

 この川は非常に綺麗だ。上流に人の生活があるなら、もっと汚れているだろう。川の下流は平野になっていることが多いし、平野には人が集まる。

 下流に向けて、川にそって下れば案外近くに街があるかもしれない。


 僕は、野犬の出る森を離れて、川に沿って歩き出した。

 日はまだ天頂に至らず、それでも歩けば少し汗ばんでくる。じわりと背中に感じる湿り気は、出来ることなら無くしてしまいたい。

 

 しばらく歩いていると、遠目に何か光ったような気がした。ほんの一瞬目に入ってくるような光で、まばたきのタイミングがずれていれば気づかなかったかもしれない刹那の輝き。

 目を凝らすと、動くものがある。動物か?

 もしかしたら前のように野犬かもしれない。

 どうする?

 距離にすれば数百mは離れているだろう。


 川の傍にはあまり大きな木は生えていない。それでも全く無い訳ではない。様子を見ながら近づいてみるか?

 あれが犬では無く、家畜のたぐいなら傍に人が居るということだ。或いは人そのものかもしれない。いざとなったら川に飛び込もう。犬ならそれで逃げ切れるだろう。


 息を殺し、汗ばむ身体の熱が冷めることを願いつつ進む。身を屈め、出来るだけ小さくなるように動く。

 音を立てないように、慎重に……慎重に。


 小さかった物影がだんだん見えてくる。

 残りは300mほどか。


 「人が居る!」


 思わず喜びから声を挙げてしまう。

 相手もこちらに気づいたようだ。

 明らかに警戒した様子でこちらを向き、叫んできた


 「誰だ、隠れてないで出てこい!」


 もちろん、人間相手に隠れるつもりもないのだから、堂々と相手に近づいていく。

 屈めていた身体を起こし、少し背筋を伸ばし気味に近づく。人が気づける距離と言っても、まだ大分距離がある。走るほどでも無いだろう。

 しかし変だ。相手の格好が奇妙なのだ。

 相手は遠目からでも分かるほど背が高い。恐らく男の人だろう。髪の毛は遠目からだと見辛いが、茶髪だろうか。欧米系の外国人っぽいが、それだけなら普通だ。

 妙なのは、その男が鎧を身に付けていることだ。博物館にでも飾ってありそうな鎧。それも日本の戦国武将の鎧とは違った銀色の鎧。西洋鎧とかプレートメイルとか言われるやつだ。

 鉄板を加工して作られたように鈍く光り、重たく堅そうなそれは、まだ距離があるにも関わらず威圧感を与えてくる。

 先ほど光っていたのはこの鎧に光が反射していたのだろう。

 

 男が動いた。何かを手に持ったのが見える。

 それもまた鈍く光っているが、鎧と違ってもっと鋭さを感じる光だ。細長い棒のようだが、剣のようにも見える。しかし、まさかこのご時世に剣を振り回す人間も居ないだろう。

 酔狂なコスプレイヤーが、ゲームか何かのキャラクターになりきっているとかに違いない。


 だがまてよ。

 二度あることは三度あるという。あり得ないことだって、もしかして三度目があるかもしれない。ここは警戒すべきだろう。魔法の次は剣が出てきて、剣と魔法のファンタジーなんてのも、あるかもしれない。

 だからと言って、僕は鞄以外に大したものは持っていない。ポケットの胡桃か、チョーク代わりの消し炭か、それぐらいだろう。

 ここが何処かも分からないし、もしかしたら助けかもしれない。要らぬ敵対心は煽らないほうが良いだろう。

 僕は両手を挙げた。手に武器を持っていないことをアピールしながら大声で叫んだ。


 「すいません、少しお尋ねしたいのですが!!」


 相手が剣らしきものを構えながら返答を叫んでくる


 「何者だ!」


 その言葉に一瞬たじろぐ。

 何と答えるのが良いのだろうか。

 歩くのは止めずに、考えた答えをまた叫ぶ。


 「迷子です!」


 簡潔だが、現状を過不足なく現わす言葉だ。

 実際、迷っているのは事実だし、人なんてものは誰だって人生の迷い人だ。

 そのまま歩いて男に近づくと、数mほどまで近づいた所で男が声をかけて来た。叫ばないところを見ると常識人のようだが、日本語が話せるのだろうか。

 いや、もしかしたら早速翻訳の魔法が役に立ったのかもしれない。試してみないことには分からないが、多分相手が何語を話してこようが翻訳できるのではないだろうか。

 何せ魔法だし。


 「止まれ。お前は何者で何処から来た。」


 男の質問は何処か命令口調だった。

 命令に慣れた様子すらうかがえる。きっと偉い人なのだろう。或いは丁寧語とかが存在しない言葉を話しているとか。

 もしくは翻訳の魔法は直訳しかしてくれないのかも知れない。

 しかし、質問には答えるべきだろう。

 足を止め、少しばかり意識して背筋を伸ばして声を押し出す。


 「道に迷った学生です。森の方から歩いて来て、貴方を見つけたので道を尋ねようと声をお掛けしました。」


 男は僕をジロジロと胡散臭そうに観察してくる。あまりいい気持ちはしないが、確かに森の方から来たと言えば胡散臭いだろう。消火器を売りつけるのに、消防署のほうから来ましたと言って、方角と所属をわざと混同させる詐欺師みたいなのも居るぐらいだ。


 「冒険者か?それにしてはおかしな格好をしているな。」


 相手は構えていた剣らしきものを、これまた良く出来た本物っぽい鞘に納めた。重たそうな様子から、かなり凝った作り込みをしている様子が伺える。納める時の音はまさに金属が擦れ合う音だった。

 男の年は40ぐらいだろうか。身長なんて190cmは軽く超えているだろう。外人ってやつは身長がチート設定らしい。少しは分けて貰いたいものだ。

 彫りの深い、如何にも欧米人といった顔。精悍で結構迫力のある顔だ。男前だが、渋い感じがする。

こんな男前でいい年をした大人が、騎士風のコスプレとは平和な話だ。

髪の毛は遠くから見れば茶髪に見えていたが、もっと明るい色に見える。茶髪と言うよりは、赤毛だろう。

 赤い髪の毛はくせ毛ではないようだが、短めに切られている髪型からは想像しか出来ない。力のある意思の強さを秘めた眼は、髪の色より色が濃く茶色い色をしていた。


 それにしても冒険者だって?

 何のキャラクターか知らないが、そこまでなり切っているなら、ここは合わせておくべきか?

そうすれば好感度も良いだろうし警戒感も薄れるだろう。



 「冒険者になりたいとは思いますが、そのためにも街に行きたいのです。この格好は私の国では普通の格好なのですが、学生なら皆このような格好をしています。」


 男は目を見開いた。

 相手もまさか乗ってくるとは思っていなかったのだろう。こういった趣味人に対する付き合い方は2種類ある。趣味に興味を持っているとして付き合うか、興味が全くないとして付き合うかだ。

 相手に合わせるという意味では興味を持っているとして振る舞うのが普通だ。自分と近しい嗜好の人間に対して、人は好感を持つ。類は友を呼ぶとか、水は寄るを良しとするとかいうやつだ。同じもの同士は互いに惹きつけあう。

 しかしこれもリスクがある。自分にその趣味に関わる知識が乏しい場合、相手の土俵で相手の意見を肯定するしか出来ない。コミュニケーションが一方通行になりやすい。

 相手の男とは初対面だ。よく分からないが、どう見てもおかしな格好だ。否定するよりは肯定することを喜ぶ趣味人なのは間違いないだろう。

 更にダメ押しをしておこう。


 「良い鎧を身に付けられて居られますが、さぞやご高名な方なのでしょう。よろしければご武勇と一緒に街までの道を教えて頂けないでしょうか。」


 相手が口元を上げてにやりとした笑いを浮かべる。精悍な顔立ちにどこか親しみが湧いたような気がする。

 これは好感を持ってもらえたということだろうか。

 男が街の名前を口にした。



 ――何てことだ


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