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水の理  作者: 古流 望
5章 A
69/79

069話 新たな力

 「スイフ、説明してくれないかな」

 「だから、さっきから言っているだろうハヤテ。俺を正式なパーティーメンバーに入れて欲しい」


 冒険者ギルドのとある部屋。

 僕は、アントやアクアと一緒に、1人の男と向き合っている。

 目の前には緑がかった髪を鬱陶しげに掻き上げるエルフが居るのだが、その言葉には納得しかねるものがある。霞みがかった森のように、何か一枚薄皮を被ったような違和感が拭えない。決して目の前のエルフが美形だから腹立たしい訳では無い。


 「そもそも昨日のあれは何だったのさ。パーティーメンバーが呼んでいるというから広場に行ってみれば、誰も居ない。嘘ついたわけ?」

 「俺が言ったのは『お前のパーティーメンバーが、重要な話があるからすぐに中央広場まで来てくれと言っていた。今すぐ来て欲しいらしい』という言葉だ。何処に嘘があるんだよ」

 「そのパーティーメンバーって誰さ」

 「お前の目の前に居るだろう。実際、臨時とは言え俺もパーティーメンバーだったわけだし、その俺本人が中央広場に今すぐ来て欲しいと言ったんだから、これ以上の真実は無いだろう。それに、俺が正式にパーティーメンバーになれば何の問題も無い。単に時系列がずれているだけの些細な問題だ」


 屁理屈のようにも思えてしまうが、確かにスイフがパーティーメンバーとしてダンジョンまで同行したのは事実だ。そして、その彼が広場に来いといったのもまた事実だ。第三者が言っていたように装っていたが、自分のことをさも別人が言っていたように言えばあんな言い方にもなり得る。

 嘘では無いともいえるが、かなり胡散臭い。というより、無理矢理なこじつけに思える。かなり無茶な屁理屈だ。

 強引すぎるし、分かり辛い。


 「お前が困っているようだったから助けてやったんだ。少しは感謝しても良いんじゃないか?」

 「確かに後夜祭から抜ける時は助かったけど、それとこれとは別じゃないか。第一、パーティーに入りたいならうちでなくても良いだろう。何でアカビットに入ろうと思ったのさ」

 「そりゃお前らが面白そうだからさ。それに、長老にも連絡をとったのさ」

 「何て?」

 「正確な話は伝えた上で、表向きは『誘拐犯に月桂冠諸共攫われた王子を俺たちが助けた。その時に冒険者への借りが出来たので、それを返すまではしばらく一緒に行動する。だから帰るのが遅くなる。月桂冠には問題なし』と言う話を通すことになるだろう。政治的な事情もあって、王子が物を持ちだしたことや月桂冠の魔力が空になっている事は隠せるなら隠す方が良い。隠すことに付随する問題はあるが、万が一にもこれが余所に漏れれば、王子に繋がる一派は下手をすれば左遷だ。そうなれば、喜ぶのは公爵派閥あたりの連中ってことになる。俺たちエルフ族の内部事情もあって、それは避けたい」

 「それで?」

 「この件に関しては“俺が里に帰った時”に月桂冠に魔力が溜まっていれば、何の問題も無く片が付く。まあ早い話、月桂冠に魔力が溜まるまでは俺は里に帰れないってことだ。どうせならお前らと一緒に冒険者の真似事をした方が、魔力も早く溜まる。それにな、俺の勘がお前らと一緒に居ると面白いことになりそうだと囁いているんだよ。これでも腕は立つつもりだから、役には立てると思うぞ」


 エルフ的な特殊能力でもあるのだろうか。それとも、スイフ自身の言う通り、本当に勘なのだろうか。他人事ながら、僕もスイフの勘は当たっている気がする。


 冷静に考えてみよう。

 パーティーを組むのは、ソロよりもメリットがあるからだ。野営時の見張りなどは良い例で、自分が寝ている時に安心して見張りを頼める仲間がいるだけでも、大分助かる。居なければ夜通しで徹夜という羽目にもなりかねない。或いは戦力的にも、単純に手が増えるだけでも心強いものだ。ましてや、技能を研鑽してきた人間というのは、底力があるものだ。いざという時には、積み上げて来たものが出るという。身体能力でごり押しする以外の場面も今後出てくるだろう。剣士以外に鍛えられた弓使いが居るだけで、心から頼もしく思える。

 スイフがパーティーに加入することで、戦力的には間違いなく向上する。

 後衛を任せられるだけに、戦略の幅は言うまでも無くかなり広がるだろう。

 逆にデメリットとしては何があるだろうか。

 人数が増えることでの人間関係の複雑化や、連携の難しさが挙げられるだろうか。或いは報酬の折半で一人頭の稼ぎが減ることだが、これは戦力強化で、難しく高報酬の仕事をこなせるようになれば相殺できるかもしれない。


 彼そのものへの信頼はどうだろうか。

 アントやアクアのように、自分の背中を預けられるほどの信頼を持てるだろうか。

 悪い人間、もとい悪いエルフには見えないが、信頼感なんてのは一緒に行動して培っていくものだ。そう考えれば、一緒に行動してみるのも悪くない手にも思えてくる。

 いや、そもそも僕以外の二人の意見はどうなのか、聞いておいた方が良い。それで可なら僕としても否定する要素が無い。


 「アントとアクアはどう思う?」

 「私は賛成だ。後衛が増えることは戦力増強に繋がるし、エルフは義理堅い種族だ。価値観には我々との相違もあるが、信頼も出来る」

 「ボクは保留。良く知らないから」


 僕を含めて賛成1、保留2か。

 しばらく悩んでもみた。そして僕は、デメリットも勿論考えた上で、メリットの方が大きいと判断した。


 「分かった。メンバーが増えることに関しては今更だし、スイフには昨日も助けて貰っている。パーティーメンバーとして歓迎するよ」

 「そうか、ありがとう。これからよろしく頼む」

 「こちらこそ」


 お互い立ち上がり握手を交わす。

 そのまま笑顔で他のメンバーとも握手を順に交わす。

 そして新入メンバーの目は、アントの剣、アクアの武器と移動して、最後に僕の小剣で止まった。軽い懸念の色が浮かんでいるように見えたのは、僕の錯覚だったろうか。


 「そういえば、ハヤテの武器は剣だけか?」

 「一応ナイフも使っている」

 「見せて貰っても良いか?」

 「うん、良いよ」


 思い出したかのように、スイフが聞いてきた。

 なるほど、スイフなりにパーティーの戦力を把握しておきたいと言った所だろうか。その為に、僕の武器を見たがるのは分かる。

 手に取った小剣とナイフを検分していた緑髪のエルフは、剣を傾けたり光りを反射させてみたり指ではじいて音を出したりと、色々して頷いた。


 「かなり傷んでいる。パーティーに入れて貰って早々に何だが、これは買い換えた方が良いと思うぞ」

 「そうかな」


 確かに、このひと月の間使い続けてきたのだから、傷みもあるだろう。

 折角なので、人数も増えたことから全員の装備と能力と役割のチェックを行った。

 お互いに言いたいことを言い合った結果、やはり僕の剣は買い換えた方が良いとの結論に達した。アントが自分の剣を自慢しくさったり、アクアがこっそり護身用ナイフを持っていることが判明したり、スイフが弓だとかなり遠くまで射抜けると分かったり。色々新しい発見もあった。

 アクアは護身用ナイフを胸の辺りに隠していたらしい。今まで気づけなかったわけだ。


 そこでふと思い出し、僕は他の三人を連れてとある店まで歩いていくことにした。

 あの場所であれば、もしかしたら僕に最適の剣があるかもしれない。いや、有るはずだ。


 一人増えた足音は、まだ揃うには早すぎる気がした。


◆◆◆◆◆


 「着いたよ。ここだ」


 冒険者ギルドを出てしばらく歩いた場所。

 賑やかな通りに面した場所にその店は有る。


 「何だここは? 魔道具店ではないか」

 「そうさ。エッダさんご推薦のお店」


 受付嬢ドリーのお婆さんであるエッダ女史。あの人が教えてくれた店にやってきた僕らだったが、アントが拍子抜けしたような声を出した。

 それはそうだろう。冒険者向けの店が集まる、通称冒険者通りの店なのだから。何故ここに来たかを理解しているか怪しいアントはともかく、他の二人はまず理解しているはず。

 そのうちの一人。我がパーティーことアカビットの紅一点が呟いた。


 「ハヤテと来たことがある店」

 「そういえば、前にアクアとも来たんだったっけ。確か収納鞄を買いに来た時だ」

 「……そう」

 「大切な思い出だから、勿論覚えているよ」


 何故かアクアが頬を赤らめる。朱の入った白い肌が明るい日差しの中に映えるのは、彼女の女らしい部分を僅かに覗かせるようで、不思議な羞恥心を抱かせる。

 まだこの世界で魔道具の不思議が分かっていなかった時に、アクアと買いに来たお店。

 だが、顔を赤らめる幼馴染を、一切気にしない様子でアントが真っ先に店に入って行った。

 こいつはいつもマイペースだ。

 欠片も気にする様子が無かったのは、いっそ惚れ惚れしてしまう。一人を除いて眼中に無いらしい。


 「邪魔するぞ」


 それに続いて、スイフ、アクア、僕の順で店に入る。

 相も変わらない独特な雰囲気の部屋。並べてあるのも変わらない水晶やら宝石やら武器やらの群れ。換気が若干不十分らしい籠った匂いも含めて、何も変わらない。

 いや、変わっているものもある。

 一番奥の棚の上から二番目。

 前には無かったビー玉のような小さな玉が増えている。新商品でも入荷したのだろうか。


 「いらっしゃい」


 その玉を手に取ってみようかと目をやった時だった。

 それを遮るかのように声を掛けられた。

 入った瞬間にはお婆さんが座っていたように見えたのだが、どうやら見間違いだったらしい。店番に座っている女性は、どう見ても二十代のお姉さん。さばを読んでいたとしても、三十代前半までと言った感じだろうか。肌艶までは化粧で分からないが、口元も流麗な様子から察するに間違いないだろう。

 前にも居たお姉さんだ。


 「こんにちは。エッダさんから、ここのマルスストスさんを紹介されたのですが」

 「あら、あんたが例の子なの。なるほど、確かに良い目をしているわね」

 「えっと……」

 「ん? ああ、あたしがそのマルスストスだよ。マルスって呼んでくれて良い」


 意表を突かれるとはこのことだろうか。

 冒険者通りは門へ通じるメインストリートに面する一等地だ。そこに店を構える店主がこんな若い女性だとは思わなかった。てっきり店番の女性かと思っていたが、意外にも彼女が店のオーナーにして、魔術師団元総長エッダ女史ご推薦の凄腕魔道具職人と言うわけだ。


 「それであんたたち、今日はどういった用事なんだい?」

 「実は、僕の武器になる魔道具を探して居まして。エッダさんの話なら、ここに僕にぴったりの武器があるはずだからと」

 「俺もせっかく商都に居るからには、弓を新調したい。出来れば軽くて威力の高いものが良いな」

 「私は……女性に喜ばれる魔道具が欲しい。収納鞄(ストレージバッグ)は要らないらしいから、装飾品はどうかと思っているのだが」

 「ボクは特にない」


 全員バラバラじゃないか。

 特にスイフの弓の新調なんて魔道具店でなく、武器屋に行って話すべきことだ。


 微笑ましそうに僕らを見回したお姉さんは、無言でスッと二枚の絵を出してきた。

 どちらも全く同じモチーフを描いた肖像画だ。武器になる魔道具を買いに来て、何故か出される絵画。どういう意図があるのか。

 綺麗で細やかな、流れる雲のような装飾が施された木枠に、幅広い黒の帽子を被った女性が描かれた絵。

 背景はどこかの家の中らしいが、両方の絵は一見するだけと見分けが付かないほどそっくりだ。コピーほどで無いにしても、細かいタッチや微妙な色使い以外は同じ絵と言うべきだろう。

 口元に僅かな微笑みを浮かべたモチーフの女性は、年の頃は三十代後半ぐらいだろうか。どこか目の前のお姉さんに良く似ている。そっくりだ。多分、この人のお母さんか、或いはお婆さんか。それかずっと前の先祖か。そこら辺の肉親を描いた絵なのだろう。


 「エッダの紹介だから、特別に良いものを見せてあげようかと思うのだけれど、その前に、この絵を見て御覧なさい」

 「綺麗な人ですね」

 「ふふ、その絵が何か分かる?」

 「女性ですよね」


 これを見て男と思う人は居ないだろう。

 有りうるとすれば女装したオカマぐらいだ。

 外見は女性で、中身は男。そんな人間が居たら話は別だろうが、そんな話は聞いたことが無い。


 「ええ。その絵はとある有名な画家が描いたものなのだけど、世の中には模写が多く出回っているの。そこで、その二つの絵の真贋を見分けてもらいたいのよ。それが出来れば、あたしのとっておきの物を見せてあげるわよ。ただし、幾らエッダの紹介とはいえ、半端ものにあたしの作品を預けるわけにはいかない。きちんと二つを見比べて、偽物を見分けられたらよし。出来なければ普通の商品しか売らないよ。ちなみに、どちらか片方はあたしが描いたものだ」


 流石はエッダ女史の知り合いと言うだけのことはある。

 一筋縄ではいきそうにない。こんな所で試しなんて、不自然極まりないが、目を見ればどうやら本気で言っているようだ。


 さて、どちらが本物の絵なのか。じっくりと二つを見比べる。頑張って魔道具職人のマルスさんが描いたという絵を当てようとした。が、すぐに諦める。

 そもそも、この絵の本物とはどういうものなのか。それが分かっていない。本物を知らずに間違い探しをしようとしても不可能だ。正しい道順を知らずに迷路に入れば、まず迷うことになるだろう。

 正解できる可能性があるとすれば、美術品に触れる機会も多い貴族階級の二人の知識だろうか。

 そんな期待を込めて聞いてみる。


 「アントは分かる?」

 「私は絵なんて分からんぞ。うちには幾らか掲げてあったが、昔に落書きして怒られたことぐらいしか記憶にない」


 ちょっとまて。

 伯爵家に掲げる様な絵なら、想像するまでも無く高級品だろう。それに落書きとはイタズラ小僧というのには度が過ぎている。昔はやんちゃだったというのは、どうやら間違いなさそうだ。

 この分なら、真贋の見極めなんて望めないはずだ。望めるはずも無い。聞いた僕が馬鹿だった。


 「アクアは?」

 「ボクはこの絵のことは分からない。でも、多分アンジェリコの作品だと思う」

 「そのアンジェリコって何?」

 「画家。描き方がそれっぽい。けど真贋までは分からない」


 流石はアクア、博識だ。画家の名前が分かっただけでも進歩だ。

 店長のマルスさんも、にこやかな顔でアクアを見て頷く。恐らく正解なのだろう。


 「アンジェリコについては何か知っている?」


 その質問には、無言で首を振るアクア。

 やはりそう都合よく何でも知っているわけでは無さそうだ。

 物事は、何事も思い通りにはいかない。だが、それでも知っている人は知っている。アント並みに背の高いエルフが、教えてくれた。


 「俺は少しその画家について知っているぞ」

 「へえ、どんなことを?」

 「その画家は、確か今から五十年ほど前に亡くなったが、生前はかなり有名な画家だったらしい」


 スイフは語る。

 件の画家は五十年ほど前に四十三歳という若さで亡くなったが、偉大な画家であったと。筆を取ったのは三十路を大分過ぎてからと言われているが、何故筆を取り始めたのかは謎なのだそうだ。

 主に風景画を得意とし、緻密で繊細な筆遣いは、それまで大胆で華美な装飾画を好んだ貴族階級に新たな流行として受け入れられた。多くのパトロンがつき、沢山の作品を残したのだが、何故か人物画や肖像画をあまり描きたがらなかったと伝えられているそうだ。


 「この絵の背景なんかは、実にそれらしい描き方なのだが……」

 「どちらが偽者かはスイフにも分からない?」

 「ああ。例えばここを見ろ。こちらの方は、この石造りの壁面の凹凸を細かに描いている。極々僅かな自然な陰影さえも緻密に描き込んでいる所はアンジェリコの作風と酷似している。こっちの方は人物画の服装の細部まで細かく描かれている。帽子の羽飾りの毛の一本づつまで描かれているだけに、偽と断じるには出来すぎている。正直、どちらも本物にしか思えない」


 僕らよりも遥かに知識を蓄えているであろうスイフにも分からないとなれば、僕らではどちらが偽者か判断することは不可能ということになる。

 いっそコインの裏表で決めたほうが、正解し易いのではないだろうか。


 四人がかりで丁寧に比べてみるが、如何せん本物を知らなくては間違い探しも出来ないし比べようが無い。それぞれ違いがあるのは確かだが、その違いのどちらが正解なのかが分からない。色合い的に違いがあるのは確かだが、分からない。


 【鑑定】を使ってみたのだが、その結果も芳しくなかった。

 どちらも絵画としか鑑定出来ず、作者までは分からない。全く、魔法とは不便なものだ。


 「ちなみに、この試しを受けて、合格した人は居るんですか?」

 「勿論さ。今まで三十人ほど受けたが、そのうちの二人はきちんと偽物の方を見分けられた。一人はエッダだけどね」


 何の気なしに言われたお姉さんの言葉に、僕は何か引っかかるものを覚えた。

 三十人が受けて、合格者が二人の二択問題。

 どう考えても確率が合わない。

 単純に当てずっぽうだったとしても、半数は当たるはずの問題で、何故そんなに正解率が悪いのか。


 「もしかして……」

 「ん? ハヤテはどちらが本物か分かったのか」

 「いや、どちらが本物かなんて分からない。ただ、もしかしたらと思ったことがある」

 「なんだ?」


 僕の言葉に、アントは疑問符を並べたままだったが、エルフの弓人は気付いたらしい。小さく声をあげた所から察すれば、僕の意見と恐らく同じことを思ったに違いない。


 良く考えれば、ヒントは不確かな確率だけではない。他にもある。エッダさんなら気づけたという点がそれだ。

 あの人が持ち得ていた技能から考えれば、正解を見つけていたとしてもおかしくない。

 そして、僕も同じ理由で気づいた。


 「これ、どちらも偽物なんじゃない?」


 ほう、と小さく漏らしたのはお姉さんだ。

 にこやかな笑顔の口元に、若干深めの陰影が出来た所で、彼女の年齢が自分たちより上であると思わせられる。


 「それがあんたの答えで良いんだね?」


 念押しされたがここに至ってしまえば【看破】は有効だ。確信を持って応える。


 「はい、間違いなくどちらも偽物です」


 じっと見つめられる。

 何か前倒しに吸い込まれそうな錯覚を覚えながら、幾ばくかの時間が過ぎる。

 居心地が若干悪くなり始めた所で、魔道具職人は言った。


 「……よし、正解だよ。流石はエッダの紹介だけある」

 「はあ」

 「こっちへおいで。約束通り特別な物を見せてあげる」


 若干籠った匂いのする場所から、更に店の奥へと通される。

 直ぐにも分かったのは、その威圧感だ。

 只ならぬ雰囲気と言うのだろうか。

 薄壁一枚隔てて、ライオンか虎でも居る様な、強烈なプレッシャーを感じる。

 通された場所には、ずらりと色んなものが並んでいた。

 剣、槍、ナイフ、弓、水晶らしき玉、服、ネックレスやイヤリング、何だか分からない細い棒、袋、金属片等、種類だけでなく見た目も同じ物が一つとしてない。


 「さあ、選んでおくれ。値段は都度聞いてくれればいい。どれもあたしが丹精込めて作った逸品ばかりさ。説明が必要ならそれも言ってくれるといい」


 正直驚いた。

 本人が逸品と言うだけあって、どれもこれも、かなり強い力を感じる。

 より取り見取りだが、目移りしてしまう。


 アントが魔法的なものから防御出来る力があるというネックレスを買って、ご丁寧にプレゼント用の梱包までしてもらったり、アクアがイヤリングと僕の方を交互に見たり、スイフが弓を熱心に調べていたりする中、僕は一つの剣を見つけた。

 何処か不思議と惹かれるものがあるそれは、僕の心を鷲掴みにした。


【全魔の虹剣】

 分類:魔道具類

 用途:敵対生物の殺傷、戦闘

 製作者:マルスストス<年齢非公開>

 内容:全ての魔法属性に親和性を持つ剣。刀身に魔力伝導率の高い金属を多く使い、各属性についての親和性を絶妙のバランスで叩き上げた逸品。製作者の最高傑作と自賛する名品。愛称はステファニー


 手に取ってみると、恐ろしいほどに馴染む。

 タコの吸盤でも付いているのかと思うほど、吸い付くような馴染みやすさ。


 これは買うしかない。

 そう思った。


 「あら、見つけてしまった?」

 「これは?」

 「あたしがエッダに自慢していた作品さ。その剣に【ファイア】を通せば、炎を纏った剣になるし【サンド】を通せばダイヤモンドドラゴンの鱗より堅くなる。持つ人間によって効果が全然違うものになる剣で、正直扱い辛い剣ではあるかな。それを買うのかしら?」

 「ええ、買います」


 店を出た時、僕の財布は驚異のダイエットに成功していた。驚きのビフォーアフターが、ここに完成した。財布が空になった上に、借金が13万2080ヤールド。

 極めつけの馬鹿がここに居る。


◆◆◆◆◆


 改めて武器を新調し、パーティーの戦力も著しく増強された今、やるべきことは何だろうか。

 全員で休息を取り、英気を養うべきだろうか。

 いや、折角新しい装備を整えた以上、それを錆びつかせるのは愚かしいことだ。新品の靴を買った時には、慣れておかないと靴擦れを起こしてしまう。武器も早く慣れておかなければ、いざという時に靴擦れと同じようなことになりはしないだろうか。


 ならばまずは簡単な依頼をこなすべきだろう

 新たに戦力としてパーティーに加入したスイフの実力はある程度見ているが、それでも連携を深めていかなければならない。いきなり高難度の依頼は危険だ。

 軽い依頼から、徐々に様子を見つつというのがベストだと思う。


 IランクやHランクの依頼は、速攻で却下された。スイフまでが、そんな依頼では魔力が溜まらないからと言いだす。2対1の多数決から、3対1の多数決になったパーティーで、僕の穏健な意見は過激派3人組に阻却されてしまった。

 仕方なく4人で手分けして、もっと大人しい適当な依頼を探してみる。


 「ボクはこの依頼が良い」

 「『レッサーワイバーンの退治』って、これEランクの中でも戦闘前提な依頼じゃない。もっと簡単なのにしようよ」


 アクアが見つけたのは、かなり危険な香りのする依頼だった。

 否応なしに身に付けてしまった嗅覚が、この依頼から酷く強い争いの匂いを嗅ぎ分けた。嫌な臭いがプンプンする依頼だ。不慣れな武器に、新メンバーの様子見を合わせた依頼としては、明らかに危ない依頼。これは流石に却下だ。

 顔には出さない物の、しぶしぶと言った様子で諦めた貴族令嬢だったが、懲りずにEランクの難しそうな依頼を選び出した。どうなる事やら。


 「ハヤテ、こんな依頼はどうだ?」


 スイフが見せてきた依頼は、オーソドックスで可も不可もない依頼だ。


 『キイロマバラテングダケの採取 報酬:9500Y 依頼人:エングロット 依頼内容:ホイッテ村の農家からの依頼。村の近くにある林に生えるキノコの採取。乾燥前のものは強い幻覚作用があるため取扱いには注意が必要。 特記事項:特になし』


 良さそうな依頼だ。

 気になるのは、何故これがEランクの依頼にあったかだが、林の中に生えているというところ辺りが怪しい。

 何かまたとんでもなく危険な生き物や魔獣が居るのではないだろうか。


 それを確認すべく、受付に行ってドリーに話しかける。

 相変わらずのポニーテールと、可愛らしい笑顔に心が癒される。受付嬢とはかくあるべしだ。

 むさ苦しい冒険者ギルドという荒地に、厳つくて汗臭い男が多い中では、受付嬢だけが周りを潤す泉であり、辺りを癒す花なのだ。


 「こんにちはドリー」

 「ハヤテさんこんにちは。昨日の後夜祭は楽しめましたか?」

 「え? ま、まあそれなりに。食べ物もとても美味しいものばかりだったし」


 気まずい。実に気まずい。受付嬢達の笑顔が、何故か今日に限っては棘のあるものに見えてしまう。不思議だ。

 ドリーから渡された招待状を使わなかったのを、今更ながら思い出した。

 仕方なく、話題を強引に切り替えることにする。


 「えっと、この依頼のことで聞きたいんだけど、良いかな」

 「はい、何ですか?」

 「この依頼がEランクになっている理由を知りたい。」

 「はい、ちょっと待っていて下さいね」


 軽く内容を確認した後で、奥の方に駆けていったポニーテール少女を見ながら、ただ待つ。

 まだこの依頼を受けると決めたわけでは無いので、スイフが傍に居る以外にパーティーメンバーは居ない。他の二人は未だに危なっかしい依頼を好んで選んで居る最中にある。


 「お待たせしました」


 やがて戻ってきたドリーの手には、何枚かの書類が抱えられていた。

 落とさないようにしっかりと持たれたそれは、ハムスターがヒマワリの種を持つような愛嬌がある。

 何枚かの硬貨をスイフがドリーに渡していたが、情報料だろう。

 財布が空なのは辛い。


 「この依頼は、とりたてて変わった内容は無いです。前にこの依頼を受けたFランク冒険者が2名、期限内に目的のものを見つけられなかったために、依頼者がEランクでもと望んだようです」

 「なるほど」


 元々Fランクの依頼だったが、それだと埒があかないと、より高ランクの冒険者に、確実にこなして貰おうと思ったと言う話だ。

 であれば、他の恐ろしげな依頼よりは良いかもしれない。流石、エルフは目敏い。


 「じゃあこれを受けてみます」


 しばらく、ドリーの説明を受け、気になる点の確認を行った。村の場所や、要注意地点の確認、予想される敵の話も勿論聞き逃すことは無い。

 その上で、この依頼を受けることに決めたと伝える。


 祭りの余韻も冷め始めた街中を通り、一路ホイッテ村に向けて出発。

 パーティーメンバーの意気は上がりっぱなしの絶好調。誰かさんも何回目かの失恋から立ち直って、元気いっぱいだ。


 だが、この時僕は快晴の天気とは裏腹に、何か引っかかるものを感じていた。

 何か大事なことを見落としている。


 そんな気がしていた。

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