067話 大道芸人
「詳しく話してくれ」
垂れ目な班長さんがそう言って何があったのか説明を求めた。その言葉は大体この部屋に居る人間全員の総意と一致していたように思えた。全員が、何があったのかを聞きたいと思っているに違いない。少なくとも僕は聞きたいと思っている。
「はっ、探索に当たっていた第7班から連絡があり、不自然な動きをされるパトリック殿下を南門で見つけ、保護しようとしたとのことです。その際、何者かが殿下を連れ去ったとの連絡がありました」
「何者かとは?」
「分かりません。マントとフードで風体を隠していた模様です」
「連れ去った方角は?」
「南門を出て、ベーロ岩塩窟の方角に向かったとのことです」
背筋を伸ばした騎士が、王子殿下の連れ去られた状況を説明する。
聞けば、岩塩窟のダンジョンの方角に、王子を連れ去った何者かが居るとのこと。祭りの中に王子が居て、門の外の方に居る怪しい奴を目掛けて走っていったそうだ。見つけた騎士が保護しようと試みたが、運悪く祭りの人ごみでそれも叶わなかったらしい。
あの人ごみならば、それも仕方の無いことかもしれない。碌に身動きも取れない人だかりをかき分けて、身軽で小柄な子どもに追いつけるのなら、軽業師か大道芸で食べていける。
「ただちに班員のうち2名、岩塩窟のダンジョンに向かわせろ。トマとティエリで良い。他の2人は更に怪しい者が居ないか捜査に当たれ。特に南門付近を重点的にだ。お前もいけ。団長への報告は自分がする。他の班への連絡も忘れるな」
垂れ目なペイジル班長が、指揮する班員に指示を飛ばす。
その様は頼もしくも見え、また凛々しくも見えた。咄嗟の指示にしてはかなり的確な指示にも思えたし、その言葉に従う騎士達にも信頼感があるように思えた。
一応僕らは参考人という扱いだったのだが、この時点で自由の身になることを告げられた。騎士団も、貴族であるアントや、貴族令嬢たるアクアには最初から容疑すら掛けていなかったそうだ。あくまで他に手がかりが無いことから参考人として呼ばれたらしく、あえて疑わしい者を探せば僕だったと言う話らしい。元からペイジル班長自身も、僕らが犯人だとは思っていなかったとのこと。明らかに王子誘拐の犯人らしきものが見つかった時点で、騎士団はその怪しい奴を容疑者と断じて行動することになるそうだ。人騒がせな話だ。
勿論建前としては、僕も完全に容疑が晴れたわけでは無いが、そこは信用と言う事で自由を担保された。
日ごろの行いが良いと、こういう時に物を言う。面倒な仕事や、厄介な依頼であっても、誠実にこなしているのはこういう信用を買うためでもあったのだ。
と、あとからなら何とでも言える。
「君らに頼みがあるんだが」
「何でしょう」
ペイジル班長が、僕らを見渡して言う。
深刻そうだが、その目線はスイフさんを含めた4人に注がれているように思えた。
「今からダンジョンに向かって班員のサポートをして貰えないだろうか」
「それはまた何故ですか。まだ僕なんて容疑者でしょ?」
「いや、君とは仕事を一緒にした仲だから人となりは知っているつもりだ。信用するよ。正直な所、祭り中の今は本当に人手が足りていない。動かせる人員が限られている以上、少々のことは目を瞑りたい。疑惑があってもね。ベーロのダンジョンではついこの間も冒険者が魔獣に殺されている。危険な所に行かせるには、若い奴が2人では対応に不安が残るんだ。勿論依頼としてでいいし、報酬も出す」
正直悩ましい。
ここで王子を追いかけてよいものか、考え込んでしまう。
言いたいことは分かるし、人手不足は傍から見ている僕らにも伝わるほどだ。そもそも人手が不足していなければ、僕らに頼まない。
祭りの時に暇そうにしている公僕がいたら、税金泥棒扱いだろう。
「俺からも頼む」
何故かエルフのスイフさんも班長に同調する。
どうして彼からそんな頼みが来るのだろうか。
「スイフさんまで……どうしてそんなことを?」
「このまま月桂冠が王子の手にあるというならともかく、他の誰かの手に渡れば護衛役だった俺の責任問題にもなる。ここで俺も奪還に参加しておけば言い訳もたつが、正直ダンジョンの地理には不案内だ」
「なるほど」
「それに俺とお前たちでもし王子を保護し、月桂冠を取り戻せれば、ことを穏便に済ませることもできる。実際、王子の様子に何か引っかかるものがあったんだ。騎士団が大々的に介入して、ことが政治問題にまで膨れると俺が耳を落としたぐらいじゃ済まなくなる。頼む、この通りだ」
耳を落とすというのがどういう意味合いなのかは分からないが、深刻そうな様子は伝わってきた。
王子が持ち歩いて遊んだと言うだけなら、我儘王子の問題だけに収まる。それでないにしても、王子を連れ戻して月桂冠を奪還したのが冒険者とエルフだけであれば問題をかなり簡素に出来るわけだ。
騎士団が介入しなかったように取り繕うことだって出来るかもしれない。
深々と頭を下げる騎士団班長と護衛役のエルフ。
それを見て、流石に心をぐらつかせた人間が居た。
「なあハヤテ、ここまで頭を下げて頼まれたのだ。依頼を受けても良いのではないか?」
「ボクもアントに賛成」
相棒2人が口を揃えた。
この2人は意外に情にもろい所があるらしい。知り合いが頭を下げてきている状況に飲まれてしまったようだ。
ここで断っても始まらない。
僕は、スイフさんに1つのお願いをした上で、その依頼を受けることにした。
アントとアクアも、そして班長とエルフも、それで安心した様子を見せる。
「それじゃあ早速行きましょうか。今ならもしかすればダンジョンに行く前に追いつくかもしれない」
僕らは4人で騎士団詰所を出る。
いつもは3人で活動しているだけに、妙な気分だ。
祭りの人ごみで若干時間を取られたものの、今日は祭りで、門は大門の方が解放されている。出入りは今日と明日に限って自由だ。
だからこそ、騎士団は忙しいのだろう。
門を出てからは片道2時間の道程。敏捷を強化した魔法のお蔭で、予想外に早く着けそうなのは僥倖だ。
夕暮れになり、かなり暗くなってきた。まだ日は残っているものの、それでも念のために準備しておくに越したことは無い。
そう考えて、僕はランプを灯す。
ぼうっと光るランプの灯りは、日が傾くにつれて強く見えるようになっていく。
しばらく行くと、何か塊が見えた。
薄暗い中ではよく分からない。
何があるのかと近づいてみると、それは騎士だった。
「寝ているな」
アントの指摘は短くも的確だった。
揺すって起こそうとしても、気持ちよさそうにしていて起きる気配が無い。
相手が厳つい男だったので、少々乱暴にしてみたが、それでも目を覚まさないのだから、普通の居眠りと言うわけでは無さそうだ。
「誘拐犯の仕業かな?」
「俺が見てみよう」
そう言って、緑髪のスイフが調べだした。
流石エルフ。調べることに関しては頼もしい限りだ。
しばらく騎士団の男を調査していたが、真面目な顔で彼は語る。
「これは強力な催眠の魔法を掛けられたな」
「やっぱりそうか」
そうじゃないかとは思っていた。
こんな何もない屋外で、仕事中に突然居眠りをするとしたら、病気か魔法を疑うべきだ。
たんこぶでも出来ていれば原因も分かるが、今回は原因なんて想像しか出来ない。
「そうなると、王子も同じように催眠を掛けられた可能性があるってこと?」
「そう考えるのが自然かもしれない。今思えば、王子の行動はかなり不自然だった気もするし、どこか目も虚ろだった気もする。違和感の正体がそれだとするなら、催眠を掛けられたのは恐らく魔道具か何かを介してだろう」
「だとすればこの件は……」
「王子様も被害者ってことだろうな」
スイフの見立ては分かり易い。
今回の件は、誰かが企んでいた事と言うわけだ。僕の推測では行方不明になっているミなんとか辺りが怪しく思える。あれなら王族を操って月桂冠を手に入れようと企んでもおかしくは無い。
或いは、他に暗躍している連中が居るのかもしれないし、もしかしたら突発的なものかもしれない。
では何時、そんな魔道具を王子に渡していたのか。
どう考えても昼間の大道芸人が怪しい。
僕らがもっと気を付けていればと、悔しくも思う。
そのまま僅かな時間、進むか戻るかを逡巡したが、結局進むことにした。
今気にするべきは騎士の容体では無いと判断したからだ。ここからは更に慎重さが求められるだろう。
段々と存在感を増していく手元のランプが、すっかり夜の装いを取り繕った頃。僕らはダンジョンの前に居た。
暗く開いた大穴は、夜に見ると一層不気味だ。
「ここについさっき誰かが来たのは確からしいな」
かすかな明かりでも目ざとく痕跡を見つけたのはスイフだ。よくこんな僅かな痕跡を見つけたものだと感心してしまう。
確かに、しゃがみ込んだ彼の目の前には、小さな雑草が踏み潰されたような跡があった。くたりと元気を無くした草の茎は、折れ目も瑞々しく、僕のような素人目でもある程度は踏まれた時間が計れた。どんなに間があったとしても、ここ数時間といったところだ。
この洞窟。岩塩窟ことベーロのダンジョンに、王子が連れ去られたのはほぼ間違いがない。
誘拐犯が向かったのはダンジョンの方向と言っていたが、いきなり当たりらしい。
僕たち4人はゆっくりと、そして慎重に足を進めた。
ダンジョンの中は暗い。
手元にある灯だけが、足元を頼りなげに照らす。湿った空気は夜風をより一層冷ややかにする。
持ち手が揺れるたびに、不恰好な影絵が脈絡のないアニメーションを作る様は、いつ見ても不安を煽り立ててくる。壁に映し出されたものが動くたびに、どうしても心臓のあたりが騒いでしまう。
1階層では確か1つだけ気をつけなくてはいけない所があったと思いだす。
気づきにくい分かれ道があるのだ。ここに、もしかすると王子を連れ去ったという敵が居るかもしれない。
何事も無ければ良いのだが、そんな願いが叶った事は残念ながら数少ない。
ただただ、時は過ぎていく。
◆◆◆◆◆
「誰か来たようです」
しもべがそう口にする。
魔力によって産みだされた異形があたしたち。自分の意思とは無関係に動いてしまう尻尾を隠しながら、あたしは考える。そして決める。
「流石に第3騎士団は動きが早いわね、やり辛いわ。やっぱり偶然に頼るのはよくないわね。追っ手を眠らせたから、後1時間ぐらいは余裕があると思っていたのに。この速さなら、もしかしたら赤獅子が自ら出張ってきた可能性もあるわね」
「どうしますか?」
「仕方が無いわ。予定を変更して月桂冠の魔力だけを頂きましょう。魔法陣の準備は?」
「出来ています」
目の前にはしもべの悪魔と虚ろな目をした子どもが1人。
その金髪の子どもを操り、魔法陣に月桂冠を置かせる。本当はこのお宝を持ってここを出る予定だったのだけれど、子どもを連れて移動するのは難しい。諦めるしかない。
月桂冠に近づけないこの身がもどかしい。
「魔力を全て頂いたら、その子の催眠に使った魔道具を回収しなさい。それと、その子を3階層に上げて、ここの入口を隠して転移なさいな。冠はその子に持たせたままで良いわ。時間稼ぎぐらいにはなるでしょ。私は先に戻っているから」
「承知しました」
あと少し。あと少しであたしの望みが叶うのだ。
ここで失敗をして台無しにするわけにもいかない。些細なミスも許されない。
私たちの故郷。その3階層に、ちょっとした“おまけ”を置いて、あたしはここから離れることにした。
◆◆◆◆◆
「妙だな」
「ああ、静かすぎるな」
我らがパーティーの特攻隊長アントの懸念は、僕ら4人が共通して持っているもののようだ。
前にこのダンジョンに塩採掘で来た時は、もっと生き物の気配が多かった。小さな虫や、湿気を好む爬虫類的な物が多少なりとも居た。
それから考えると、静かすぎる。虫一匹居ないという表現がまさにしっくりくる。
2階層まで気遣いながら降りた所で、前には居た蝙蝠やボロド・スカラベといったものとも出くわさなかった。それが逆に不気味で仕方が無い。
ここには初めて来たというスイフさんでも分かったらしい違和感。
どうにも嫌な予感がする。
2階層のイヤリングが落ちていた場所も妙だった。
調べてみると、前には落ちていたイヤリングに気を取られて気付けなかった何かの痕跡を見つけたのだ。
「ハヤテ、さっきのあの不自然な断層の切れ目は、何かあったのを埋めたということでは無いのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。僕は専門家じゃないから分からないよ。アクアとスイフは何か分かった?」
そう問いかけた僕の言葉に、色白2人組は首を横に振った。
それはそうだろう。地層や岩盤の状態なんて、普通は知らないものだ。それこそ地質学やらを専門にした人間でも無い限り、不自然な事の理由づけは出来ないだろう。ましてやこの世界のこととなると、もし仮に僕がその専門家でも、断定なんて出来なかったに違いない。
そんな喉に引っかかった小骨のような違和感が、ダンジョンに入った時からずっと続いている。
「階段だな。いよいよ3階層か」
「アント、色々と気を付けろよ」
「やかましい。余計な事は言うな」
そのまま3階層に降りる。相変わらず陰気くさい場所だ。
微かに水音がするのも相変わらずで、それも奥から聞こえてくる。
漂う気配と魔力の濃くなる感触。前に来た時よりも更に粘つくような気さえする。気味が悪い。
分かれ道を、岩塩採掘場とは違う方に向かって進む。鬼が出るか蛇がでるか。前は蛇だったからには鬼かもしれない。豆を炒って来ればよかったと、益体も無いことが頭に浮かぶ。
「居るな」
「ああ」
思わずゴクリと喉が鳴る。
思った以上に大きいその音が、僕だけでは無く全員を緊張させる。
この先の広い場所には何かが居る。嫌な気配が先から漂ってきている。水音とは違う、蠢くような音と、肌に張り付くような粘ついた空気。
全員が無言で目を合わせ、僕は頷きでそれに応える。
見事に揃った動きで、一斉に飛び込んだ。
そこに居たのは、鬼では無かった。
【ハイ・クエレブレ(altus el Cuelebre)】
分類:魔物類
特性:襲人性、集団行動型、物理耐性、全属性魔法抵抗、水魔法
行動:主に洞窟を住処とし、そこに住む生物を見境なく襲う魔物。鱗は硬く、物理的な衝撃と全ての魔法に耐性を持つ。【魅了】の魔法を使い同族を支配することで、獲物を自分のテリトリーにおびき寄せることがある。クエレブレが2度脱皮することでハイ・クエレブレになると言われている。
レベル:63
蛇が出た。それも2匹。
僕らがダンジョンのホールに入った所で、いきなり襲いかかってきた。
慌てて横に跳び退く。
ドーンと大きな音とともに、飛び散る石つぶて。
「何だあれは!!」
恐らくこんな大きな蛇は初めて見たのだろう。スイフは洞窟中に響きそうな大声で叫んだ。
気持ちは僕にもよく分かった。こんな所で大蛇に出会うなど、誰が考えるだろうか。普通はそんなこと分からない。
僕だって、前にここで大蛇に襲われていたからこそ予想できただけのことだ。
「皆、やるぞ」
「はっはっは、私の出番だな。任せろハヤテ」
「……任せて」
前衛役2人がそれぞれ1匹づつを相手取る。打ち合わせも無いぶっつけ本番。それなのに、嬉々として蛇に向かっていった。
アクアにしてもかなり張り切っている。恐らくアントへの対抗心だろう。僕が【腕力増強】と【敏捷増強】を2人に使ったことで、エルフ代表には驚かれもしたが、そこはそれ。今は目の前の大蛇に集中しなければならない時だ。
アントが物理耐性なんて気にもせずに鱗の2~3枚を力づくに剥がし飛ばしたかと思えば、アクアが見事な剣さばきで鱗と鱗の間を剣で切り付ける。何でそんな動きが出来るのかと見惚れてしまいそうになる動きだ。
更には僕とスイフさんが、魔法と弓矢で後方から狙う。
何処から弓矢が出て来たのかと思えば、収納鞄からだ。何とも便利な道具だと改めて実感する。
だが、大蛇クエレブレも、ただ黙ってやられているわけではない。堅く丈夫な鱗は剣を弾き、魔法にも耐えて見せる。否応なく、長期戦へともつれ込んだ。敵にも隙を見せることは無いが、僕らにしても決定打に欠ける戦い。何時間にも及ぶ消耗戦。
2匹の動きが巧みに絡み合い、その質量を感じさせる轟音を奏でながら尻尾や体を振り回す。
その勢いはすさまじく、地面すれすれを動かしたそれが石つぶてを跳ね飛ばす。弾丸のような勢いで僕の横を通り抜けていった石くれは、岩を砕く音と共に壁にめり込んだ。こんな遠距離攻撃の方法もあったのかと冷や汗が流れる。
特にそれで肝を冷やしたらしいスイフが、若干後ろに下がった。それを庇う様に、自然と中衛になる僕。
アクアもその破壊音を聞いたのだろう。後ろに気を取られてしまったらしい。
危ない。
大きく右に振っていた鎌首と牙を、そのままアクアの後背部付近から叩きつける大蛇。
咄嗟に僕は、蛇とアクアの間に飛び込むようにして、アクアを突き飛ばして庇った。その瞬間、構えかけた剣に衝撃が走る。
体重でもトンの単位はありそうな大蛇の鎌首。力の入りきらない半端な構えで受けきれるものではなく、持ち手ごと飛ばされそうな強い力で剣が飛ばされた。
鈍い金属音と共に、遠くに転がる愛剣を、取りに行くには距離が離れすぎる。
しかも間の悪いことに、体勢の崩れたアクアと、剣を飛ばされて体の開いた僕を共に襲うようにして、もう一匹の蛇の尾が迫る。アントが躱したタイミングが悪かったのだ。丁度僕らとアクアが揃って体勢の悪いときに、都合悪く躱された尻尾が来た形。
ダメージ覚悟で受け止めるしかない。
そう思ったところで僅かに尻尾の軌道が逸れた。
チャンスだと慌てて紙一重で避けつつ姿勢を持ち直す。
「助かった」
「良いってことよ」
軌道が変わったのはスイフの遠距離攻撃のおかげだ。
後方に居て視野が広い分、的確にサポートがくる。ありがたい。
ピンチの後はチャンスが来る。
ぎりぎりで躱したおかげで、今までになく蛇に接近している。
一気に片をつけるつもりで、思い切って飛び込み、ありったけの思いで【ファイア】を念じる。
流石に耐性があるせいか、簡単には倒せないが、それでも確実にダメージは与えている。特にアクアが斬り込んでいた傷口から、じわじわと魔法の火が浸透する。
苦しみ、尚一層暴れだした蛇の片割れに、とどめとばかりに火を放つ。アクアも傷口を更に抉るような容赦のない攻撃を加える。断末魔の悲鳴と共に、しなだれるように倒れだす大蛇。これで残り1匹。
地響きすら感じるほどに、大きな音をさせて地面に力尽きた黒焦げ蛇が、もう1匹の動きを邪魔する形になる。好機到来とばかりに、僕はアントやアクアと共に一斉に飛び掛かる。更には後ろからエルフの支援攻撃も飛び交う。
ここが攻め時だと判断した上での袋叩きだ。
流石に4人がかりの攻撃には、如何に耐性持ちといえども耐えきれるものでは無かったようだ。アントが力づくでこじあけた所に、アクアの正確な攻撃が決まる。更にはそこへ一点集中とばかりに僕とスイフの魔法のおまけ付だ。
洞窟中に轟くような甲高い鳴き声を1つ。それを最後に蛇の命は尽きた。
耳元で鳴り響くレベルアップのファンファーレと共に、他の襲撃を警戒しつつゆっくりと力を抜いていく。
「俺、こんな大物を倒したのは生まれて初めてだわ。おまけにレベルアップして38になった」
「はっはっは、私もレベルアップしたぞ。レベル43。最早この剣に斬れぬものなし」
「ボクも43」
互いが現状を確認し合う。
やはり皆、一番喜ばしいのはレベルアップのようだ。
「ハヤテ、お前は幾つになったんだ?」
「16歳」
「馬鹿、誰が年齢を聞いているんだ。レベルだレベル。お前の変態っぷりは、もう今更だからな。20ぐらい上がったと言われても驚かんぞ。さあ言え」
「いや、流石に20はないでしょ。ちょっと待って……うん、レベルが丁度60になった」
幾らなんでも、一気に4割増しというのはあり得ないだろう。
常識で考えれば分かる。いや、一気にレベルが2つ以上上がるのもこの世界ではあり得ないぐらいの話なのは理解しているが。
「十分変態」
「だな」
アクアとアントの幼馴染ペアが、容赦なく僕の心を抉ってくる。
酷い言われようだ。僕の何処が変態なのか。
ダンジョンの中と言えば、いつ襲われてもおかしくない。ステータスのウィンドウを開いたついでに、ポイントも割り振っておく。
Level: 60
HP : 105 / 175
MP : 68 / 240
腕力 : 182 / 166
敏捷 : 183 / 167
知力 : 357 / 357
回復力 : 142 / 142
残ポイント 0
手強い相手を倒したところで、ようやく落ち着いて探索が出来るようになった。
2人づつのペアで若干の警戒は残しつつも、3階層を調べることにした。
少し奥まった所に、それは見つかった。半ば隠れるような場所に、横になった形。
探していたものと、探していた人だ。
見覚えのある服装をした、つい半日ほど前には一緒に町を歩いていた少年。
それと常緑のお宝だ。
王子も、騎士達と同じで眠っているのだろうと考え、その子はアントとアクアに丸投げする。一応貴族のこの2人は、王族から見れば臣下だ。世話を押し付けるにはちょうどいい口実になる。
嫌々ながら、幼馴染ペアもそれを引き受けてくれたので、安心して任せる。流石はパパだ。もとい、ブラザーだ。
僕とスイフの魔法担当2人で、月桂冠を担当する。気づいたことがあるからだ。
「何だか、前にエルフの里で見た時と雰囲気が違うね」
「……そのようだな。どうやら魔力が全て抜けてしまっているようだ」
前に見た時には、如何にも秘宝という神々しい威圧感があった。思わず頭を下げて拝みたくなるほどに、独特の雰囲気を持っていたが、今はそれが無い。
スイフが調べたところによると、今まで溜めこまれてきていたはずの魔力が全て抜けているらしい。
とんでもない大問題だとスイフは悩みだした。
だが、今の所僕に出来る事は何もない。さし当たっては、無事に取り返せただけでもよしとしなければならないだろう。
そんな悩みを背負うことになったエルフと、横目でそれを傍観する僕を、呼びかける声があった。
「ハヤテ、殿下の様子がおかしい!!」
「何だって!!」
僕は慌てる心を無理に抑えつけつつ駆け寄る。
生意気で我儘とはいえ、今回の“被害者”でもある男の子。無事であってほしいと願う事は人としても当然のことだ。操られていたのだとしたら、子供に罪は無い。
貴族令嬢のアクアが、優しく抱きかかえるようにして殿下を支えている。だが、その身体は子供らしさが欠片も見えない。
口はぽかんと半開きになり、目は何処を見ているのか分からない有様。
何度か揺すってみても、ピクリとも動かない。
やはり催眠やら睡眠やらの、魔法か魔道具の影響が残っているのか。後遺症のような物も残っている可能性だってある。
だとすれば、その対処の為にも、大急ぎで城に戻らなければならないだろう。このままだとかなりの大問題になるのではないか。そんな不安が頭をよぎる。
「この私が居ながら、殿下の身を守れなかったのか。昼間私が気を付けていればこんなことにはならなかったのに。おのれ誘拐犯め、絶対に許せん」
「アント、落ち着け」
手から血の気が無くなるほどに、ぐっと握りしめたアント。こいつも自分なりに責任を感じているのだろう。王子が魔道具によって身動き一つ取れなくなったとなれば、許しがたいと思うのは僕も同じだ。こいつの気持ちはよく分かる。
昼間気を付けていればと悔やむのは、僕だって同じことだ。アントだけが悔やむ必要は無い。
そう言って宥めようとした時だった。
「……ぷっ。あは、あはははは」
突然、殿下が笑い声を上げ始めた。
祭りではしゃいでいた時と同じように、大きな声で。まるで昼間の続きでも経験して居るかのような笑いだ。
それだけに留まらず、足を大きくばたつかせ、これ以上ないというほどに楽しそうに躍動し始めた。
「どうじゃった、余のだいどーげーは。上手かったであろう?」
場の空気が凍りつく。
王子の言葉を聞いて、僕とアントが雷を落としたのは言うまでも無かった。
無事でよかったと思う内心を隠しつつだが。流石にこれにはアクアやスイフも悪ふざけが過ぎると思ったらしい。一緒になって殿下を諭しだした。
王子は既に涙目だ。
洞窟には、誰とも知れない大きな声が響いていた。
しゃっくりを上げて泣くその王子を連れて、僕らは改めて町への帰路につく。
慎重に慎重を重ねてダンジョンを探索していたからだろう。
ダンジョンの外に出た時には、空が白んでいた。
いつの間にか夜明けだったらしい。
ステータス強化の魔法も切れ、また子どもを連れての帰路だから、自然と歩みは遅くなる。急ぐ理由も無いだろう。
そう思っていると、アントが思い出したかのように騒ぎ出した。とても深刻そうな様子だ。
何があったのかと意識を切り替える。
もしかしたら、僕らが見落としていた大事なことに相棒が気付いたのかもしれない。
一気に高まる緊張感。
そんな中で自称最強の剣士が言う。
「アリシーとの約束に遅れる!!」
今日は穏やかな一日になりそうだ。




