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水の理  作者: 古流 望
4章 最強のパーティー
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066話 大騒動

 人は誰でも子どもである。

 子どもたちから見れば大人に思える人たちでさえ、いざ大人になってみて、まだまだ子どもと変わらないと思っているものだそうだ。

 大人の男と少年の違いは、おもちゃにかけるお金の違いであるという。大多数の女の子の興味は自分を綺麗で可愛く魅せる事であり、大人になってもそれは変わらない。

 顔に皺が出来る年になっても、子どもと大して変わらない行動を取る人も多い。そしてやがて子どものように世話を焼かれるようになっていく。

 是非そうなって欲しい腹黒い爺様も居たりする。


 では、便宜的にでも子どもと大人を分けるとすれば、どうするだろうか。何をもって子どもと大人の差を判断するのか。

 体格の大きさだろうか。

 大人になれば背も伸び、体つきも大人らしいものになる。男は筋肉がついていき、女性は膨らむところが出てくる。

 しかし、世の中にはそういった成長とは生涯無縁な人間も居る。この人たちは一生大人として扱われないのだとしたら、酷く不公平な話になる。


 知識の量だろうか。

 大人になるにつれて増える知識というものを、最初から知っている人間なんて居ない。誰かに教わるか、或いは失敗を経て自分で気づいていくことで増やしていくものだ。いわんや大人と子どもの差ともなれば、大きく違う事だろう。

 だがそうなれば、馬鹿な人間はいつまでたっても大人扱いされないことになる。これもまた酷く不公平な話だ。


 大人と子どもを分ける物は、体格でも知識でもない。では何をもって区別するか。

 多くの場合は、年齢で区別するのではないだろうか。


 時の流れは誰にでも平等だ。誰かだけが早く流れるということも無く、誰かだけゆっくり流れるということも無い。それは当然のことわり

 僕の居た所では、薬の用量や駅の改札でさえ、年齢で区別していた。時には青少年の必須アイテムさえ年齢と言う壁が立ちふさがっていた。腹立たしい話だ。

 その区別する線に、高い低いの違いこそあれ、年齢が二桁にもなれば大人と変わらない扱いを受ける機会も増えていく。


 逆に年齢が一桁の場合はどうだろうか。

 小学校の低学年ぐらいの年といえば、普通は子どもと扱われるものだろう。

 それはどんな世界でも変わらない物だと思う。


 「おいその方ら、何をしている。早く余を祭りに連れていけ」


 僕らに紹介されたのは、金髪の少年。

 年はどうみても一桁だ。上手くサバを読んで誤魔化せたとしても、2桁にはギリギリ届かないぐらいの年齢では無いだろうか。誰が判断しても、子どもとして扱われることだろう。

 少なくとも、大人にみられることだけはあり得ない。


 「では、殿下の事をよろしくお願いします」


 こちらはまたどう見ても子どもには見えない大人だ。僕よりも確実に年上であり、年齢からみれば大抵の基準では大人に分類される人。

 だが、薄情な大人も居たものだ。子どもを残して仕事に戻って行った。

 早く祭りに連れていけとごねる子どもを置いて仕事に行く。見方を変えれば厄介な仕事を押し付けられたようには見えないだろうか。


 そんな普通では無さそうな子どもに急かされるようにしてお城を出れば、賑やかさの変わらない商業都市の姿があった。

 その様を見て、子どもらしい輝くような目をしたのが、護衛対象の少年。

 名前と、殿下と呼ばれていたことから考えても、王族と見るべきだろう少年。

 そして、ついさっきまでは楽勝だと思っていたことを後悔しているのは僕であり、恐らく同じことを考えているだろう男がアントだ。アクアは相変わらず、何を考えているのかを顔には出してこない。

 そのまま王子様を連れて、城を出た。


 「なあアント」

 「なんだ?」

 「この子って王子様だよな」

 「ああ、名前だけは前に耳にしたことがある」


 僕と同じく、釈然としないものを伯爵殿も感じていたらしい。返事がいつもよりそっけない。

 そんな微妙な雰囲気。

 お構いなしに騒ぐのは、やんちゃな男の子だけだ。見るもの全てが物珍しいらしく、ひっきりなしに飛びまわっている。

 それに付き合わされているのが僕らだが、これは酷く疲れる。

 体躯も小さく、人ごみを掻い潜るのが容易な殿下と違い、こちらは人波に揉まれている。追いかけるだけでも体力が削られていく。通勤ラッシュのサラリーマンにでもなった気分だ。

 このままでは護衛も危ない。

 僕らは仕方が無く、強硬手段に出ることにした。


◆◆◆◆◆


 「なあ、あれは何じゃ? 人形か?」

 「あれは大道芸ですね。まばたきすらせずに動きを止める芸でしょう。複雑な姿勢であればあるほど難しい芸と聞いたことがあります」

 「余もやりたいぞ」

 「あれは簡単そうに見えて意外に難しいものです。やりたいというのなら、城に戻ってからにした方が良いですよ」


 普通の子どもなら、面白そうな大道芸をしているのを見つければ、まず駆け寄ろうとするだろう。

 殿下も同じで、足をばたつかせた。だが、その身が大道芸人に寄ることは無い。

 何故なら、アントの肩の上にその身があるからだ。


 「おい、お前。余はあれが食べたい。あっちへ行け」

 「いてっ、髪を引っ張らなくても口で言えばわかる」

 「きゃはは、それ、あっちだ~いけ~」


 少年の笑顔はとても眩しい。実に楽しそうで、祭りを満喫しているようだ。

 その分気苦労しているのは僕らだが、その上で一番身体的に苦労を背負いこんでいるのはアントだ。

 殿下に、まるで乗り物扱いにされている。


 「アントも大変そうだな」

 「うるさいぞハヤテ。お前も代われ」

 「いやじゃいやじゃ。余は高い方が良いのだ」

 「だってさ。良かったな、気に入って貰えて」

 「……くそ、覚えていろよ」



 強硬手段。

 それはアントによる肩車作戦だ。


 拳銃の無い世界では、高い場所と言うのは相対的に安全な場所だ。一応飛び道具や魔法については警戒しているが、それは肩車をせずに人ごみの中に居たとしても警戒しなければならない要素。大勢の人の中に入れて、はぐれてしまうかもしれないよりかは、まだマシに思える選択肢だった。


 肩車をするメリットは幾つかある。

 1つはやんちゃな王子様に好き勝手させないこと。つまりは警戒のし易さだ。

 担ぎ上げてしまえば、思うが儘に走り回られることも無く、護衛もし易い。子どもに勝手に動き回られると、何処に行くかも分からず、いきなり走り出したりすることも当たり前に起こりうる。これは不味い。

 最も厄介なのは、挙動の予測できない殿下の動きで、僕らの護衛がし辛くなることなのだから。

 逆に言えば、大人しくしてくれさえすれば、この子の動きさえも予想の範疇に入る。

 僕が後方、アクアが左右を警戒し、背の高いアントが前方を警戒する役割分担が自然と成り立つだろう。


 もう1つは自然さの演出だ。

 僕やアクアを含め複数人で1人の少年を囲んでいれば、どうしても目立つ。少年が特別であることをアピールして回るような物。保護者が1人か2人で連れまわすならよく見る光景だが、3人となると途端に目立つ。なにせ中性的で顔立ちの良いアクアに、つらだけは一級品のアントが居る。これで小さい子を追いかけまわすような事をすれば、注目の的になること間違いなしだ。

 それに比べて、アントの肩車は自然な行動だ。他にも同じように肩車をしている親子も居る。その中では、髪の色がよく似たアントは王子の身内を装える。顔立ちは若干違うものの、遠目からでは兄弟のように見えなくもない。

 高い所に王子が居ることで目立ってしまう分を差し引いても、まだマシな目立ち方だ。


 誰かさんが、子持ちのパパに見られているのはともかくとしてだが。

 よく似合っていると思うのは言わない方が良いだろうか。


 広場に着いた時には、護衛対象のテンションは最高潮に達した。

 何せ子供心をくすぐるもののオンパレードだったのだから。


 まず目につくのは、虹色の如き色とりどりの大道芸人だ。

 誰もが皆、我こそは目立たんと、趣向を凝らした衣装や化粧をしている。

 顔におしろいを塗りたくり、更にそこへ奇抜な模様を書いている者。或いはごてごてとした角のようなものがついた兜を被っている者。或いは上半身裸で逞しい筋肉美を見せびらかしている者。実に様々だ。


 そしてその周りを囲うように、ひっきりなしに大勢の人が出入りしている。わいわいがやがやと、とても賑やかだ。

 どの大道芸人にも人だかりはあるが、やはり人気の多い所と少ない所の差異が出てくるらしい。多い所には、人が更に集まる。

 格差社会はここにもあったのかと、面白くも思える。


 出店も特徴的な店が多い。

 大通りは雑多な店が多く、食べ物や飲み物を売る店の割合が多かったが、広場の出店は違う。

 もともと人が足を止めることの多い広場では、わざわざ足を止めさせるように匂いのある物を焼いたりする必要が無い。

 代わりにあるのがお土産屋台だ。

 例えばお面を売っている店では、原色を使ったカラフルな面を幾つも並べている。呪術にでも使いそうな気色の悪い面だ。こんなものを誰が買うんだろうか。

 よく分からない置物、安っぽいアクセサリー、サラス風と銘打たれた織物。異国情緒が満載の店ばかりだ。見ていて楽しい。


 「余はあっちを見たい。なあアント、あそこにいけ」

 「だから、髪の毛を引っ張るなと言っているだろう」


 いつの間にか殿下と伯爵閣下は名前で呼び合うほどに仲良くなったらしい。

 孤児院で子どもの相手に慣れているのか、アントは子どもを扱うのが上手いようだ。将来はきっと良いお父さんになれる。羨ましさが感じられないのは不思議だが。

 視点の高さを気に入ったのか、王子様も肩車を乗りこなしている。


 護衛という事の仕事柄、周りを気にしつつも、王子ご所望の見世物の傍に行く。

 そこにあったのは魔法を使った大道芸だ。他の大道芸人と比べても、集めている客の数が最も多い。


 「おお凄いな」

 「確かに、中々面白い」


 僕とアントが共に驚きの声を出す。

 アクアが鉄面皮の無表情なのは相変わらずにしても、王子もその大道芸には興味津々といった様子に見えた。


 その大道芸人の芸は一風変っていた。

 始めは一匹のコオロギのような虫が、怪しげなフードとマントを付けた正体不明の芸人によってカマキリに変えられる。

 一斉に周りからは拍手が巻き起こる。

 手品だとしたら上手いものだし、魔法にしても全く別の生き物に変えるのはきっと高度な魔法だ。実に見事で手際が良い。


 更に大道芸人が軽く指を動かすと、今度はカマキリがカエルになった。これはお見事。

 その後もフードの人が何かアクションを起こすたびに、違う生き物に変っていく。コロコロと変わるそのレパートリーに、周りの人の目は釘づけだ。

 途中、マントの芸人がわざとらしいくしゃみをして、顔だけ猿のカメレオンが出来た時には一斉に大きな笑いが起きた。僕は笑えなかっただけに、異文化を感じる。

 殿下も大笑いだ。アントの上で。


 しばらくすると、芸人はお客をパフォーマンスに加えだした。

 周りで見ていたうちの1人。綺麗なお姉さんの手をそっと取ると、その上に可愛いハムスターを載せる。が、載せた瞬間蛇になった。

 慌てふためくお姉さんが、蛇を振り払おうとした時には、蛇はハトになってマントの人の肩らしきところに乗る。お姉さんは苦笑しているが、周囲の人間はこれまた笑い出す。

 鮮やかなものだと感心していると、今度は大袈裟な態度で王子の方を向いた。

 念のため、アクアが半身だけ芸人と殿下の間に割り込んだのを確認した所で、僕は様子を伺う。


 大道芸人は王子の傍によると、何やら耳打ちをしだした。

 何を話しているのかと不思議に思っていると、王子が急に明るい顔になって手を大道芸人の方に突きだした。

 その手の上に置かれたのは小さなイヤリングだ。どこかで見たようなそれを、王子は小さな手で仕舞い込んだ。何処で見たのかは思い出せないが、多分出店のどこかで見たとかだろう。

 多少警戒していたが、何のことは無い。ただのプレゼントだったようだ。

 この芸人は子供好きなのだろう。サービス精神の旺盛な事だ。

 周りも、思わぬプレゼントにはしゃぐ殿下を温かい目で見ている。

 どうせなら食べる物をくれれば良かったのだが。


 広場の大道芸を一通り見終わったあたりで、約束の時間が来る。

 護衛依頼の終わりを告げる、遠くから聞こえる鐘の音。


 やだ、もっと遊ぶ。まだまだ遊びたい。

 そう言って駄々をこねる我儘王子をようやく城へ連れ戻した時には、気疲れから座り込んでしまった。

 下手に魔獣と戦うのとは違って、護衛と言うのは精神的な疲労が溜まる物らしい。初めて知った。これからは今回の仕事の経験を踏まえて依頼を選ぶべきだろう。


 「お疲れ様です」


 城の応接室らしきところに戻ってきた僕たちに、若い騎士が、労いの言葉を掛けてきてくれた。

 彼の言葉通り、それなりに疲れた。いや、かなり疲れた。


 「今、殿下をお部屋にお連れしたところです。まだ遊び足りないご様子でしたが、祭りをだいぶ楽しんだようですね」

 「そのようです。特に大道芸には熱心に見入っていましたよ」


 楽しんでもらえたのなら、仕事としては大成功だろうが、あれでまだ遊び足りないとはどれほど遊ぶつもりなのか。

 子どものスタミナというのは、中々侮れない物らしい。


 「是非また御三方と一緒に遊びに行きたいとおっしゃっておられましたが?」

 「……もう勘弁してくれ」


 男前な伯爵閣下が、珍しく弱気な事を言った。

 こいつも相当疲れていたらしい。顔にもその疲れがありありと浮かんでいた。

 仕事に来る前は、護衛が終われば祭りの続きを楽しもうかとも思っていた。だが、流石にそんな気も失せた。

 それは相棒達も同じらしい。すぐに帰ろうと言い出した。


 護衛の仕事も終わり、城を出た所で一旦今日は解散となった。

 明日は諸般の事情からパーティーとしての活動は休みとして、全員自由な日となる。僕は出来る限りゆっくり過ごすつもりだ。

 自由万歳。こういう自由こそ冒険者と呼ぶべきなのだろう。


 さあこれで今日は帰るだけだと思った時だった。

 服の裾が何かに引っ張られる感じがした。


 何かと思って見てみれば、護衛依頼では活躍の薄かったご令嬢が、僕の服を引っ張っていた。

 白く細い指で、申し訳程度に摘まむ様にしている。

 彼女は、何処か不安げな様子も見せていた。


 「何? どうしたのアクア」

 「明日」

 「明日? それがどうかした?」

 「夜。後夜祭。忘れないで」


 そのことか。

 忘れるはずも無い。何せ招待状を三枚も貰ったのだから。

 三枚の御札ならぬ招待状。あれだけ念入りに渡されれば、誰だって何時が後夜祭か覚えることだろう。


 「大丈夫、必ず行くよ」

 「ん、待ってる」


 待っているとは妙な表現だ。一緒に行こうと誘うならともかく、待つというのは普通使わない言葉ではないだろうか。

 いや、そこで思い出した。

 アントが言っていた。自分とアクアの実家は主催者の側だと。

 つまりはアクアも、主催者の側に立っているという事ではないだろうか。

 これはいよいよもって、参加する際に注意が必要になった。しないと何が起きることか、想像するだけでも恐ろしい。仮に何かしらの思惑があったとして、今回ばかりは最悪の場合、同じ立場の味方が居ない可能性がある。

 主催者側にアクアやアントを取られて、孤立してしまう可能性だ。

 出来れば行きたくない。それでも女の子との約束を守ろうと努力するあたり、褒めて貰っても良いのではないだろうか。というか褒めて欲しい。


 アクアとも別れ、1人で宿屋に戻る。既に懐かしささえ覚えるいつもの部屋。宿屋の303号室。

 部屋に戻った所で、ベッドに倒れ込む。

 ぎしりと軋む音がして、僅かに洗濯したての匂いがシーツから香る。いつもの宿屋のお姉さんが、仕事をこなしてくれた証拠だろう。


 部屋の外、宿屋の前はまだ祭りの最中だ。

 こんな賑やかな状態が、毎日続くと流石に疲れ果ててしまいそうな気がするが、悪い気もしない。

 この喧騒こそが、平和な証拠なのだから。


◆◆◆◆◆


――ドンドン


 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 気持ちよく午睡のまどろみを楽しんでいた所で、物音にそれを邪魔された。騒々しい。


 どうやら誰か訪ねて来たようだ。

 ドアが壊れそうなほどに強く叩かれている。

 こんな楽しい祭りの日に訪ねてくるとは、よっぽどの暇人なのだろうか。


 「はいはい、今でますよ」


 安普請なドアを開けると、そこには1人の男が立っていた。

 鏡代わりに使えそうなほどに磨かれた鎧を付け、その脇には僕の持っているものよりも一回りか二回りほど大きい剣を下げている。

 見慣れているはずの顔に、見慣れない表情を浮かべながら。


 「……エイザックさん? どうしたんですか」

 「悪いが詰所まで同行して欲しい。時間が無いので、今すぐに」


 わざわざ祭りの最中に訪ねてきたのは、ソバカス騎士のエイザックだった。

 似合いもしない深刻そうな顔をして、一体どうしたのだろうか。

 しかも今すぐとはただ事では無い。

 いつもの軽いノリとは違う雰囲気の彼に先導されて、急かされるように宿屋をでる。そしてそのまま人ごみをかき分けていく。

 祭りの賑やかさは、日が落ちて来ても変わることが無い。それどころか、なお一層盛り上がっている。祭りの本番は、これからなのだろう。相変わらず美味しそうな匂いがあちらこちらから漂ってきている。


 連れてこられたのは騎士団詰所。

 忙しそうな男たちが、ひっきりなしに出入りしている場所だ。今日は町の中でも一番忙しい場所では無いだろうか。それにしても人が異常に少ない。きっと警備に出払っているのだろう。


 その奥の部屋。応接間らしき場所に通される。

 今までに来たことが無い場所で、初めて入る部屋だが見慣れたものが幾つかあった。

 正しく表現するなら、見慣れた者が幾人か居たと言うべきか。

 それ自体は珍しいことではないが、こんな場所に集められたことは今までにないことであり、珍しいことだ。


 見慣れた幾つかの顔。

 1つは我らがパーティーこと、アカビットの面々だ。

 さっき別れたばかりの頼れる前衛2人が、何も言わずに木組みの椅子に腰かけている。

 僕もそれに倣って椅子に座る。

 見れば2人とも若干困惑しているようだ。


 もう1つは、先だっての依頼で知り合ったエルフ。確か名前はスイフさん。

 見慣れた服装で、祭りだというのに着飾りもせずに座っている。これまた見慣れた顔で、緊張な面持ちと言った所だ。何をそんなに緊張しているのか。


 「一体、何があったんだ?」

 「知らん。私もさっきいきなり呼びつけられたのだ」

 「ボクも同じ」


 どうしてここに見知った面々が集められたのか。

 疑問に思って聞いてみたが、他の連中も知らないらしい。

 騎士達も、皆一様に黙り込んでしまっているし、スイフさんは何も話さない。一体なんだというのか。


 そんな疑問符を大量生産している所に、転機がきた。

 バンという大きな音と共に、扉が勢いよく開けられ、2人ほどの人間が入ってくる。

 垂れ目な騎士さんと、前に南門にいた若い騎士だ。

 彼らは真面目な顔で、僕らに向けて口を開く。


 「急に呼び出して悪かったね」

 「いえ。それより一体何で呼ばれたんですか?」


 僕は垂れ目騎士のベイジル班長に尋ねる。

 これは当然聞きたいことでは無いだろうか。

 この質問に、真面目な顔を崩そうともせずにベイジル班長が答える。


 「うん、これはくれぐれも内密にしておいて欲しいんだが、事件が起きた」

 「事件?」


 只事とは思えない雰囲気はそれが理由だったのだろうか。

 どんな事件か気になる所だ。


 「うん。実は、殿下が月桂冠を持ち出して城を抜け出したんだ」

 「ええ?!」

 「何だと!!」


 アントと僕の叫び声が部屋に響き渡る。

 そしてアクアも声にこそ出さないが驚いている様子で、不思議なことにスイフさんが沈痛な面持ちだ。

 いや、不思議でも無いか。

 月桂冠と言えばエルフの宝と聞いている。その宝が子どもに持ちだされたとあっては、不安な気持ちを持って当然だろう。

 その後も、騎士からの説明は続く。


 「ついさっきの事なんだけど、城で騒動があった」

 「騒動ですか」

 「ああ。城の警備や使用人を含めて、ほとんどの人間が何者かに眠らされた」

 「それって大事件じゃないですか」


 祭りの最中にそんな事をしでかした奴がいるとしたら、大問題だろう。

 祭りで無かったとしても問題だろうが、警備に大勢の騎士が駆り出されているであろう時に起きたのは、問題を深刻化させるに違いない。

 あの我儘王子は何をしたんだ。


 「勿論大事件さ。警備の人間で、眠らされなかったのは団長ぐらいだったそうだ」

 「それで?」

 「団長は、当然だけれど真っ先に王女殿下の護衛に向かい、王子殿下を探した。幸いにして眠った者達もやがて起きだして、すぐに平常に戻ったらしい。けれどもその時、例のお宝が無くなっていると気付いたらしいんだ」

 「そこからは俺から話そう」


 そう言って会話のバトンを受け取ったのはエルフのスイフさんだ。

 僕らの方に向き直り、なにかを決意したような顔で語りだす。


 「実は、月桂冠はギルドに預けたのと合わせて、俺も護衛にあたっていたんだ」

 「へえ~」


 そういえば、月桂冠を守るのも仕事のうちとか言う話だったか。盗まれたりしないように、持って帰る所までを見届ける役目だとかなんとか。

 既に終わった仕事だと思っていたから、完全に意識外になっていた。そうであれば、月桂冠を守る為に警護していたとしても不思議はない。


 「事件が起きる少し前だったか。パトリック殿下が、月桂冠を保管している部屋を訪ねて来てな。月桂冠を見せて欲しいと言い出したんだ。勿論断った。王女様以外に開けてはならない封がされていたから、それを言い聞かせるようにしてな。だが、王子は聞かなかった。見せろ見せろと駄々をこね始めた」

 「なるほど」


 その情景が目に浮かぶようだ。

 あの我儘王子が、祭りの時のように我を通そうとしたのであろうことは分かる。子どもが駄々をこねるのは、良くある話だ。


 「それを宥めようとしていた時だったか。急にスーッと目の前が暗くなったかと思うと、眠ってしまった。目が覚めた時には王子は居らず、月桂冠も封印された入れ物ごと無くなっていた」

 「それで殿下が月桂冠を持ちだしたのだろうと推測したわけですか」


 状況を聞く限りでは、確かに怪しいのは王子だ。

 だが、証拠も無いように思えるし、幾つか疑問点も残る。


 「でも、それだと王子が持ちだしたとは限らないんじゃないですか? 事件を起こした人間が居るとしたら、別にいるでしょう。その人間が持って行ったとか」

 「俺たちエルフは魔法については多少の耐性がある。そんな俺たちが眠らされたとして、薬にも魔法にも耐性が無い子どもより遅れて起きるのはありえない。王子は眠らなかったと考えるのが自然だろうと思う。それに、部屋の出入り口は鍵のかかる扉で、眠る前は一度きちんと鍵を掛けていたんだが、その鍵は部屋の内側から開けられていた。おまけに、城の結界には外からの侵入を許した形跡は無かったそうだ。唯一城の裏手の壁に、何者かが内側からよじ登った跡が見つかっただけらしい。騎士団の調べでも、どうやら王子は城の外へ出たらしいのは間違いないんだと」


 なるほど、状況証拠とはいえ決定的だ。

 部屋の鍵は内側から開けられていたから、外から誰か来て開けることは無かった。

 少なくとも王子が部屋の鍵を開けて出ていった事だけは確からしい。

 城から出ていった人間が王子しかおらず、月桂冠が城に無ければ王子が持ちだしたと考えるのは至極当然の帰結。これは大騒動になるだろう。関わり合いにはなりたくないものだ。


 「王子の事は分かりました。それで、何で僕らがここに集められたんですか?」


 僕が聞いた質問には、改めてベイジル班長が答えてくれた。

 その言葉で、騎士の皆がいつもと違う態度だった理由がはっきりした。


 「君たちが、現時点において最重要の参考人だからだ」

 「最重要な参考人?」

 「そうだ」


 班長は幾つか理由を羅列して、僕らをここに呼んだわけを教えてくれた。


 まず、王子が月桂冠のことをどうやって知ったのかという疑問点がある。齢一桁の王子が自分から調べるわけも無く、誰かに月桂冠がエルフの宝であることを聞いた可能性が高い。昨日までは月桂冠に興味を示しておらず、また突然見たいと言い出したことから考えて、今日、誰かに月桂冠の事を教わったと考えれば納得できる。今の所で一番怪しいのは、祭りでの護衛にあたっていた僕らだ。入れ知恵しようと思っていたのなら、幾らでも出来ていただろうという話だ。


 次に、王子だけが眠らなかったという疑問点がある。状況から言って、王子が何らかの魔道具を用いていたのだろうという形跡はあるが、その魔道具を手に入れる機会自体が王族である王子には乏しい。普段ほとんど城から出ることが叶わないのだから、いつそんな魔道具を手に入れたのかという話が出て来ても不自然では無い。

 僕やアント、アクアであれば、魔道具を手に入れる伝手もある。


 それに、僕は王族を外に連れ出した前例を持っている。前は王女様だったが、王族を外に連れ出した経験から、今回の騒動を思いついていたと考えても不思議はないだろうとのことだ。


 「早い話が、僕らが容疑者ということですか」

 「そうなるね。勿論団長が信頼して護衛を依頼したわけだし、俺たちも君らの人柄は知っている。だけど仕事だから、こうしてここに来てもらったというわけ。今も殿下を騎士団総出で探しているけど、それとは別に、色々と君たちからは聞きたいことがある」

 「僕らは王子を連れ出したりしていませんよ?」


 誰が好き好んであんな疲れるお守りをしたがるのか。

 周りの騎士達の微妙な雰囲気。感じたことの無い嫌な空気に、いたたまれなくなった頃合い。

 1人の騎士が部屋に駆け込んできた。

 その騎士はこう言った。


――殿下は誘拐されました。

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