065話 王子
暑い。
僕は、折角先週いっぱいをかけて大仕事を片付けたのだから、せめて朝はゆっくり惰眠を貪ろうとしていた。
それなのに、怠惰な行動を阻止せんと張り切るのは太陽のやつだ。何とも忌々しい。
今の季節は夏であり、夏はこの世界でも暑いものと相場は決まっているそうだ。北半球だの南半球だのといった小難しい薀蓄を思い出そうかとも思ったが、それすら面倒くさくなる暑さだ。
こんなにも暑い日なのだが、その暑さはなにも気温のせいばかりではない。
この国は季節を4つに別けているらしい。春夏秋冬の4つであり、我が故郷のように梅雨だのといった概念もなければ、立春や立秋といった24節気だのといった概念もない。
代わりにあるのが祭りだ。
春夏秋冬の季節ごとに、ひと月目の末の日を国中で祝うのだ。
この日ばかりは職人は休み、農民も騒ぎ、冒険者もはしゃぐ。
女性は着飾り、子供は駆け回り、年寄りも腰を伸ばす。ついでに男衆はモテ格差を実感する。
その中でも特に夏の祭りは賑やかになるらしい。
秋は収穫、春は作付けという、農家にとっては忙しい時期。それに春と秋は、この国では雨が多い。
冬は雪や氷で人々の往来が妨げられる季節だ。平原や湿地、沼地と言った所まで氷が張ると、普段とは違った魔物が町や道に現れてくる。
故に夏祭りは、この国では年に一度と言って良い大騒ぎの日。
誰も彼もが浮かれ気分で、まだ明け方だというのに騒ぎ出している。
僕は、そんな夏の日差しにも負けない熱気の中で寝ていられるほど、図太い神経を持っていない。
いつものように服を着替えて顔を洗い、朝食を食べに食堂へ行ったところで驚いた。
ドアを開けた瞬間に、びっくりするような光景。
「こちらさんに蒸留酒の樽2つ追加!!」
「サラダとニンマ鳥のあぶり焼きお待ちどう!!」
「おい姉ちゃん、こっちの酒はまだか!!」
まるで怒号のような声が飛び交う大騒ぎだ。つついた蜂の巣でももう少し大人しい。
いつもは幾つか空いているテーブル席も全て満席。カウンター席にすら人が溢れて、席にあぶれた人間まで居る始末。皆に共通するのは、笑顔を浮かべて酒を持っていることだろう。朝早くからどいつもこいつも既に出来上がっている。大方、前夜祭からのなだれ込みに違いない。
見たことのある女性が給仕をしているのは、臨時高給アルバイトを請け負ったギルドの職員だろうか。祭りの日まで稼ぎに走るとは仕事熱心な事だ。
カウンターの向こうを見れば、いつもの大将以外にも若い男が2人ほど動き回っている。全部で3人。調理の手も、今日は6本あるというわけか。せわしなく動く即席料理人が、この忙しさを何より如実に物語る。
「悪いが今日は立ち食いになるよ。どうする?」
宿屋兼酒場のダンディが、調理の手を止めずに声を掛けてきた。
それはまあ、これだけの人が居れば、席が空くのを待つのも無駄な抵抗だろう。大声で騒ぐ連中が、テーブルにまで座りだす状況で、落ち着いて食べられるわけが無い。
あちらこちらから漂ってくる美味しそうな匂いには心惹かれる物があったが、今日は朝食を辞退しておいた。何せ外からも喧騒と香ばしい香りが漂ってきていたのだから。
そうさ、屋台があるさ。
僕は楽観的に考えた。祭りといえば屋台があり、屋台といえば食べ物がメイン。適当に屋台で買い食いしてやれば良い。そう考えていた。
この町の祭りの屋台というのも気になる。きっと普段とは違う屋台が並んでいる事だろう。もしかしたら頬っぺたが落ちるほどに美味しい料理と出会えるかもしれない。
そんな期待感と楽観が、まるでゴムボールのように弾む。
だが、朝食代わりを探そうと宿屋を出たところで、僕は自分の甘さを痛感した。
正直な所、祭りを舐めていた。
宿を出るまではウキウキとしていた気分が、一気に吹き飛んでしまった。
商業都市と呼ばれるこの町は、交通の要所にある。
王都と港町を繋ぐ中継地であり、また隣国と最も近い位置にあり、更には川が町の中を流れている。
特に川の傍であることは重要で、大量の荷物を運搬するのに、船ほど便利なものは無い、というのは古今東西変わらない。
交通の便が良ければ、物が集まる。
物流の要ともいえるものが揃っている訳で、これは当然のことだ。王都や港町、或いは隣国から、多くの品が毎日運ばれてくる。
物が集まれば人も集まる。
人が集まるから物が集まるのか、物が集まるから人が集まるのか。どちらが先かの鶏卵論争は置いておくにしても、大勢の人や物を引き寄せる吸引力が、そこには確かに働く。
サラスの町も例外では無いようで、普段から物流を目当てにする商人、護衛の騎士や冒険者、物を直したり作ったりする職人、作物や特産品を売りに来る村人や農民といった多くの人々が集う。
ましてや年に一度の大騒ぎの日ともなれば、この日を逃すまいと、より多くの人々が集まる。
そうなればどうなるか。結果は火を見るよりも明らかだ。
まだ明け方という早い時間にも関わらず、既に人と人の肩が触れ合うほどの賑わい。
道脇にはいつも以上に、ぎっしりと露店が並んでいる。遠目に見れば、南門まで開いていて、その外にまで出店が続いている。見える限りの人、人、人。
まるで人がごみのようだ。
いや、正しくいえば正月の初もうででも見たことが無いほどの人ごみだ。
金、赤、緑、青、茶や白髪といった、色とりどりの髪がひしめいている。更にはそれ以上にカラフルな服が擦れ合う様は、100色鉛筆をばら撒いたような感じさえする。目にも鮮やかとはまさにこのこと。
普段よりも一層色合いが強く、どれを見ても晴れ着か、とっておきといった服装ばかりだ。
特に女性の服装は気合の入り方が違う。例えば今僕の前を通り過ぎた美人なんかは、綺麗な洋蘭の刺繍がされているスカーフを首元に巻いていた。刺繍だけでも相当な手間暇の掛かる品なのは、チラ見しただけでも見て取れる。
或いは大道芸に見入るエルフ美女もそうだ。履いている靴の造りがとても細やかで、色合いも軽いグラデーションが掛かっている。普段ここら辺を歩いている人が履くような、一枚地の単色の靴とはレベルが3段階は違う。
そんな日頃の喧騒とは格の違う賑やかさに、僕は気圧され気味だ。この人ごみの凄さは正直予想できなかった。
途中、目についた魚の串焼きを、人に潰されそうになりながらも買い食いしてから城に向けて歩き出す。中々に美味しい。
流石に魚人の兄さんの焼肉ほどではないが、かなりイケている味だ。身も締まっていて、脂の乗りも良い。惜しむらくは、塩焼きでいいものを、よく分からない香辛料をたっぷり使われてしまっている事だろうか。
城までの道中はとりたてて目立ったことは無い。
僕の財布を盗ろうとしたスリの手を捻り上げたことと、人ごみのどさくさに紛れて女性の体を触っていた痴漢を騎士に引き渡したこと以外は平穏と言えるだろうか。
特に痴漢は許しがたいので、犯人には念入りに世話をしておいた。決して羨ましいと思ったわけじゃない。
城に着いた辺りでは、流石に人ごみも減っていた。
幾ら祭りとはいえ……いや、祭りだからこそ城の警備は厳重なのだろう。騎士団でも指折りの強面が警備している。町で見かけたら道を譲ってしまいそうな顔の人たち。
そんな恐ろしい雰囲気の人たちには近づきがたいのか、それとも城が道のどん詰まりにあって行きづらいのか、大通りと比べると人の密度に極端な差がある。
お蔭で大分待ちやすい。
今日は団長からの依頼の日。
誰が相手だか知らないが、数時間の間、警護すれば良いのだという。楽な仕事だ。幾らこれだけの人ごみがあったとしても、アントやアクアと一緒に囲ってしまえばそうそう滅多な事は無いはず。
朝早くに出たせいか、かなり待ち時間があった。
その間、城の前で騎士の人とおしゃべりしたり、知り合いが声を掛けてきたりといったことで時間を潰した。自分にも顔見知りが増えて来たのだと実感する。
珍しい所では、ゴブリン退治をしたモラポ村で、1度あっただけの村人に声をかけられた。僕は覚えていなかったのに、相手が僕の顔を覚えていた。
そろそろ集合時間だろうと思っていた頃合い、可愛い娘が声を掛けてきた。
栗色の髪で、長めのそれは少しウェーブが掛かっている。目はくりっとしていて大きめで、人懐こそうな笑顔を浮かべている。
薄い桃色のチュニックに、同系色の上着を羽織っていて、茶色い皮地のブーツを履いているが全体的に可愛らしい服装。顔立ちと合わせてもとてもよくコーディネートされている。
「ハヤテさん、こんな所で何をしているんですか?」
「えっと……もしかして、ドリー?」
はい、と顔を綻ばせて答えてくれたが、いつもと違う雰囲気に一瞬誰だかわからず見とれてしまった。
かろうじて別人と間違えずに識別できた自分を褒めてやりたいぐらいだ。
祭りだからだろうが、普段はトレードマークのようになっているポニーテールをやめて、軽くまとめて後ろ髪を上げている。それだけでも別人にも見えるほどに印象が変わるのだから、女性というのは凄いものだ。
「こんなところでどうしたんですか? 折角のお祭りなのに」
「依頼でさ、今パーティーメンバーを待っている所」
「そうなんですか。冒険者の人も大変なんですね。あ、そういえばこの先の果物菓子の屋台行ってみました?」
「ううん。まだ祭りの屋台はあまり見て回ってないから」
ドリーは既に祭りをかなり楽しんでいるようだ。
幾つか自分が回った中でもお勧めの店や見どころを教えてくれた。特に面白かったのが、広場である催し物だとのこと。大道芸人が何人か集まっていて、それぞれが競い合っているから見ごたえがあるらしい。大道芸人でも自信のある奴だけが広場に行くらしく、かなりハイレベルな芸が毎年見られるんだそうだ。是非行ってみたい。
ふと、受付嬢のドリーと、会話が途切れてしまう。
微妙な空気に、微妙な沈黙。そして変わらない周囲の賑やかさ。
「あの……ハヤテさん」
「ん? なに?」
「明日の夜って予定ありますか?」
「今のところは何もないよ」
祭りの後日は流石にフリーにしてある。下手に予定を入れようとしたら、アリシーさんを誘うと息巻いていた誰かさんが怒り出したせいだ。
当然、僕も予定なんて無い。悲しいことに。
祭りの夜に予定がある男なんてのは、夜道で後ろから襲われても文句の言えない輩である。
「じゃあ、これを……」
「これは?」
祭りの人ごみと雰囲気に興奮したせいだろうが、顔を赤らめているドリー。軽く上気した頬は、りんごっぽい。
そんな彼女が手渡してきたのが、一通の便箋だ。丁寧に蝋で封をしてあるうえに、誰からのものかも書いていない。どっかのエロ伯爵の時とは違って変に豪華な装飾も無い。
僕宛てなら封を切ってあける所だが、誰に宛てたものだろうか。宛名も無いので、そもそも誰に向けて用意された封筒なのかすら分からない。
差出人不明、宛名不明という得体のしれない便箋。
「後夜祭の招待状です。わ、私は要らないって言ったんですけど、御婆ちゃんがハヤテさんに渡せって言うんで、いま渡ひぃておこうひゃと」
相変わらず、会話の妙な所で噛む受付嬢だ。そんなので日頃の受付には支障はないのだろうか。
後夜祭とは、聞けば祭りの時には必ず開かれるパーティーのような物だそうだ。
それに参加するには参加資格が要るそうで、それを満たすひとつがこの僕宛ての招待状らしい。美味しいものもいっぱい出るから、是非参加して欲しいとのことだ。
あのお婆さんがくれたということに引っかかるものもあるが、まだどこかの爺様が渡すのに比べれば信頼できるだろう。裏があるとも思えないし、思いたくない。
「ありがとう。必ず行くよ。お婆さんにお礼を言っておいて」
「はい!」
元気のいい女性は素敵だ。2割増しで輝いて見える。
しばらくドリーと談笑していたものの、周りの騎士の目が大分冷たくなってきたところでアントが来るのが見えた。遠目からでも背が高いからすぐわかる。
それを合図にした形で、ドリーは祭りの喧騒に戻って行った。ウキウキした感じだった様子から考えれば、祭りを相当楽しんでいるのだろう。実に喜ばしいことではある。
きっとまた祭りの見どころを探しに行ったのだろう。
「おお、早いなハヤテ。もう来ていたか。はっはっは」
「なんか、えらくご機嫌じゃない?」
「ん? 分かるか」
「そりゃあそんだけ良い笑顔なら誰でも分かるだろ」
来て早々、ドリー以上に晴れ晴れとした笑顔なのだから、誰だって分かる。小学生でも何かあったことぐらいは理解できる顔だ。さらりとした金髪と合わさって、爽やかな感じさえする。祭りの最中でも振り向く女性が居たのだから、相当な顔立ちだ。
一体何が、この男をここまで上機嫌にさせているのか。いや、大体察しはつく。教会の方向から来ていたから、まず間違いないだろう。だが、あえて聞いてみる。
「何か良い事でもあった?」
「わはは、聞いてくれ親友。いつもは祭りに誘ってもそっけなかったアリシーを、今年ついに誘い出すことに成功したのだ」
「おお、それはおめでとう」
「うむ、ようやく私のこの純真で一途な愛が、通じたのかと思うと感慨深い。明日が待ち遠しいな」
やっぱりそうか。
そうじゃないかと思っていた。この男前がここまで上機嫌になるなんて、酒が入るか見習いシスター絡みか、或いは強そうな奴が相手の依頼が入るかのどれかだ。
今にも空へ飛びあがりそうなほどに浮かれている男の、惚気話を聞いているところでアクアもやってきた。
こちらは相変わらずの無表情だ。祭りだというのに、浮かれた様子も無ければはしゃぐ様子も見えない。アントにも見習ってほしいものだ。爪の垢でも煎じて飲ましてやりたい。
「待った?」
「いや、私は今来た所だ」
御令嬢の質問に、ハイテンションな貴族様が答える。言葉だけなら待ち合わせしていたカップルみたいな会話だが、幼馴染とはこういうものなのだろうか。しかも絵になるだけに、にくらしい2人だ。特にアント。
「ハヤテにこれを預かってきた」
「何これ?」
「後夜祭の招待状」
何かと思えば、アクアまで招待状を渡してきた。ついさっきドリーから貰ったばかりだというのに、同じ後夜祭への招待状が被ることになる。
しかも、誰からかと思えばギルド支部長の名前が書いてある。流石に腹黒い爺さんだ。直接渡せば警戒されることを熟知した上で、アクアを介して渡すとは。これだと破り捨てることも出来ない。
全く同じ後夜祭への招待状ときては、どちらに招待されて行ったことにすればいいのか分からなくなる。いや、案外爺様のことだ。エッダ婆様が招待状をドリーに預けたことを察して、何か企んでいるのかもしれない。
ドリーは冒険者ギルドの受付嬢だから、招待状を預かったことをギルドの人間に知られることはあり得る話だ。こうなってくると、2通の招待状のどちらものが怪しく思えてくる。一体何を企んでいる?
「おい、何をしている。早く入るぞ」
頭を捻って考え込んでいると、満面の笑みでスキップでもしそうな男が、城へ入るぞと急かしてきた。
陽気な様子で、城を守っている騎士達にもフランクで軽い挨拶をしていたぐらいだから、僕はかなり不安になってくる。こんな調子で大丈夫だろうかと。
普段とは比べ物にならないほど浮かれ調子だ。
城に入った所で、案内の騎士が応接間に案内してくれた。案内と言うより、見張りだった気もするが、それも当たり前の対応なのかもしれない。
幾ら見知った人間や、貴族であったとしても、城を勝手に歩かせることはしないという話だ。国の要人の住まいである以上、それも普通の接遇ではないだろうか。
「よう、待たせたな」
「あ、こんにちは」
僕らが半刻ほど暇を持て余した後だっただろうか。誰かの早足で歩いてくる足音が聞こえたかと思うと、ドアがノックもされずに開いた。入ってきたのはよく見知った赤毛の大男。第三騎士団の団長様だ。
それに、何度か見たことのある若い騎士も連れ立っている。若干小柄だが、体つきは引き締まった茶髪のお兄さん。小柄といってもよく見れば僕より背が高い。団長の後ろに立っていたためについ比べてしまったが、これは比較対象が間違っていたのだろう。
2mはあろうかという大男と比べてしまえば、例え普通よりも多少背が高くても小柄に思えてしまう。つまり、団長が悪い。
「あ~忙しくて堪らん。ハヤテにアントにメルクマーン家のお嬢か、よく来てくれた。わざわざ呼び出して悪かったな」
「いえ、仕事ですから」
「最近結構話題になっているぞ、お前ら。最も有望な若手ってことで、騎士団にまで噂が届いている。そういえば確かハヤテはEランクになったんだったか」
「ええ、まあお陰様で」
つい昨日、僕はEランクになった。エッダ婆さんと、ミなんとか伯爵の依頼。それとギルドからの補足依頼でEランク。急ぎすぎだとか、焦りすぎだとかも言われたが、ドリーや受付嬢のお姉さん、宿屋の女将さんなんかは褒めてくれた。
宿屋の大将にはまだ話していなかったことを思い出したが、きっと褒めてくれることだろう。
最も有望だと言ってもらえるのは素直に嬉しいことだ。喜ばなくてはいけないだろう。
「俺も礼を言わなくちゃならん。お前らが頑張ってランクを上げたおかげで、お前らをあちこちに紹介した俺の株も上がった。がっはっは、ありがとよ」
前言撤回。
喜ぶべき場合と時を選ぶべきで、ついでに相手も選ぶべきだ。
確かに、有望で信頼できる人間だと紹介した相手が、紹介した後で更に地位や実力を上げていたとするなら、紹介した人間には見る目があったのだというアピールになる。人を従えて使う側の人間が、自分は見る目があるのだと喧伝するのにはちょうどいい道具。
美味しいお店を紹介した人間が、本人の味覚とは無関係にグルメの称号を得るのと同じ。
抜け目なく僕らの情報を利用しているあたり、団長も相変わらずしたたかだと言える。案外、噂の出どころを辿れば、目の前の男にたどり着くんじゃないだろうか。その可能性が否定できない辺り、かなり高度な駆け引きなのだろう。
これだから油断ならない。
「その礼の代わりと言っちゃなんだが、ハヤテにはこれをやろう」
「……念のために聞きますけど、何です、これ?」
団長が、連れて来ていた若い騎士に預けていたらしいもの。
それを僕に手渡してきた。
一応恭しく受け取りはするものの、胡散臭さが漂ってきた。
「何ってお前、そこに書いてあるだろう。お前、字が読めないのか?」
「後夜祭招待状」
「読めるじゃねえか」
当たり前だ。字は読める。
だが、そこに書いてある字の意味が知りたいのだ。
何の意図があって、こんなものを渡すのかが知りたい。しかもこれで3通目の招待状。魔法師団のOGに、冒険者ギルドの支部長、その上第三騎士団の団長からそれぞれの招待だ。何か裏があると疑っても当然のこと。
むしろこれで何も裏が無いと言う方が不自然極まりない。嫌な予感しかしてこない。
こういう嫌な予感は、往々にして当たるものだ。
「いや、これがどういう意味かと聞いているんですよ」
「ごちゃごちゃ言わずに、礼なんだから受け取っておけって。明日の夜に、城で後夜祭があるんだよ。毎年恒例だが、貴族か関係者以外じゃあ招待状が無いと入れない。例え騎士でもな。当日は、それを受付で渡せば良い。喜べ、旨いものも食べ放題で、酒も最上級のものが飲み放題。それに、綺麗どころも大勢集まる。色男のお前ならよりどりみどりだな。がっはっは」
駄目だ。答える気が無さそうだ。
誰が後夜祭への参加の仕方を聞いているのか。その後夜祭に招待する意味を聞いているというのに、教えてくれない。
アントとアクアの方を見れば、何故か納得顔で頷いている。この2人にはこの招待状の意味が分かっているという事か。
後で問いたださねばならないだろう。
「俺は忙しいからこれで仕事に戻るが、どうせ明日の夜にはまた会うんだ。いいな、明日はその招待状忘れずに持って来いよ?」
自分の言いたいことだけ言った団長は、そのまま若い騎士を残して去って行った。
祭りの最中で忙しいらしいことは分かる。今日ここに来る途中でも、騎士と思わしき人たちがあちらこちらに居たのを見かけている。
それでも尚、団長自身が出張ってきた理由が分からない。一体何だったのか。
「それで、今日の依頼は護衛でしたよね」
「ああ、そうですね。今他の者が迎えに上がっている所です。もうしばらくお待ちいただけますか」
若い騎士さんに、やけに丁寧に待つように言われてしまった。
退屈な時間はまだ続くという事か。
いっそ何か暇つぶしの道具でも貸してほしいものだ。
「護衛対象はどういった方ですか?」
「それはその方が来られてからご説明いたします」
若い騎士の返事は事務的だった。
すぐに来るのなら、今教えてくれても良いじゃないかと思ってしまう。
暇つぶしになるかと思っていたのに、当てが外れた。
仕方なく、隣の相棒に声を掛けてみる。
「なあアント」
「ん? 何だ親友」
「後夜祭の招待状って何の意味があるんだ?」
「それはあれだ。後夜祭に参加できるようになるのだ」
お前もそれか。
妙に機嫌が良いのは分かったが、頼むから落ち着いて話をして欲しい。
後夜祭の招待状で前夜祭に参加するわけが無いことぐらい、幾らこの世界の常識に疎い僕でも分かる。聞きたいことはそうじゃない。
「いや、あの人たちが僕を後夜祭に参加させたがる理由だよ」
「ああ、そのことか」
「やっぱり、何か知っているんだな」
「私とて貴族の端くれだからな。実は我がアレクセン家も後夜祭の主催者側だし、アクアの実家もそうだ。そもそもこの後夜祭というのは、祭りを終えるにあたって、祭りに参加できなかった警備関係者をねぎらったのが始まりでな。騎士団や貴族は警備に人を出すし、魔術師団や教会は治療班や救護班として出ずっぱり。冒険者ギルドも飲食店始め各所に人をやっている。そういったものたちが祭りを楽しめないのは辛かろうと、それらの長や幹部が自らの組織の主だった面々を集めて、料理や酒で労をねぎらうのだ」
なるほど、その意義はよく分かる。
折角の祭りを仕事で楽しめないから、それを慰める意味で後夜祭として労う。それ自体は好ましいことだし、有りそうな話だ。
部下をいたわるのは大切な事だろうし、必要なことだ。
ここのように大きな町で、それなりの権力のありそうな組織の長ならば、下の者に対してもある程度気遣いを見せることが求められるのだろう。
「それで?」
「これだけ言っているのだから気づけ。鈍い奴だな」
「うるさいな。だから、それで何で僕を招待することに繋がるんだ?」
「つまり、この後夜祭に招待されるにはそれぞれの組織の長や幹部に、その組織への功績が大であると認められねばならんという事なのだ。逆にいえば、後夜祭に招待されるという事は、その組織でも功績が認められている、つながりの深い関係者であるとアピールすることにもなるのだ」
そういうことか。
道理でアントやアクアが頷いていたわけだし、しきりに団長が招待状を忘れるなと念押ししていたわけだ。
推測ではあるが、この後夜祭というのはそれぞれの組織の政治的な駆け引きの場でもあるのだろう。
勿論、祭りを裏方として支えた人間をいたわる意味はあるにしても、それ以外の要素もかなり大きいとみた。
著名な人間を招待すれば、その人の名声や権勢を後ろ盾に出来るだろうし、繋がりが深いと喧伝することになる。有名でないにしても、実力のある人間であればその実力を他の組織へのけん制に使えるし、実力が無いにしても自分の組織の人間であれば忠誠心の鼓舞に繋がる。
腹黒い人達の集まりと言うわけだ。今更ながら、ドリーに行くと約束してしまったのが悔やまれる。
――コンコンッ
「来られたようですね」
騎士が軽やかに扉に向かう。訓練されているらしいきびきびとした動きだ。見ていてほれぼれする。
涼やかな動作で扉に手をかけ、更には扉を丁寧に開ける。
僕らも相手が護衛対象という事で、改めて立ちなおす。背筋を伸ばした直立不動の体勢。
そんな僕らの脇を、背の高い騎士が通り過ぎる。
この騎士が護衛対象なのだろうか。
いや、この人は何度か見たことがある騎士団員だ。だとすれば迎えに行った人間だろう。では護衛対象とは誰なのだろうか。横目でちらりと見た所、彼1人で横を通って行った気がするのだが。
「紹介します。今回護衛して頂くパトリック=ミ=アキニア殿下です」
何処にいるのかとしばし左右を見渡した。ふと気付き、目線を下げる。
それで初めて、そこに居るのに気付く。
髪の毛は見事な金髪。若干癖っ毛があるようだが、全体的に髪の量は少なく見える。目鼻立ちははっきりとしていて、彫も深い。特徴的なのはその目だ。僕らを真っ直ぐ見てきていて、かなり強い意識を感じる。僕らの後ろまで見透かそうとでもしているかのような強い目つきだ。
性別は男に見えるものの、はっきりとはしない。というか出来ない。
服装も、質の良さそうなもので統一されていて、おおよそ普通の庶民には思えない。
「その方らが余の護衛か。今日は楽しませてもらうぞ」
ふんぞり返った子どもがそこに居た。




