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水の理  作者: 古流 望
4章 最強のパーティー
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064話 アフター・ザ・フロッグ

 老いてなお輝く人が居る。


 人は誰しも寄る年波には勝てず、年齢を重ねていく。

 それでも良い年を重ねていった人と、ただ年を積んだ人とでは、有り様に違いが産まれる物ではないだろうか。

 年をとってもにじみ出る人柄というのは、どうしても僕たちのような若輩には出せないものだ。


 特に笑顔はそれが顕著だ。

 喜怒哀楽の中でも、他人が他人に強要することが難しい顔だからだ。

 泣かせることや怒らせることは酷く容易なことで、意図せずにそんな顔を作らせてしまうことだって、人間関係では稀によくある。

 喜ばせたり、楽しませたりすることは逆に難しく、それを専門にする職人として芸を磨くプロも居る。笑顔を作らせることは難しい。

 つまり、人が浮かべる笑顔とは、誰かにさせられたものでは無く、自分からしたもの。

 だからこそ、自分自身がとてもよく表れる。


 僕の目の前に居る老エルフ。

 上座らしい部屋の奥に座り、浮かべる笑顔には重々しい雰囲気さえ感じる。重厚で、底の見えない湖のような深みを思わせる笑顔。


 そんなエルフの長がまき散らすプレッシャーは、語られる言葉に説得力を持たせる。

 この人がこの笑顔で言うのならば、きっとカラスは白い色だと言われても信じてしまうであろうと思わせるほどに。

 エルフの族長は、目じりに皺を浮かべながらこう言った。エルフの宝に魔法をかけると。


 「さあ始めよう。言っておくが、今使ったこの魔法はエルフ族の秘伝で、決して貴方達が真似できるものでは無い。それだけに効果は間違いが無い。心して冠に触れることだ。くれぐれも安易に触れてはならない」

 「わかりました」


 気圧される心を押さえつけて、僕はゆっくりと答える。

 賊の魔法使いは、顔面蒼白で目が泳いでいるのが誰の目にも明らか。

 心に疾しいことがいっぱいあるのだろう。


 しかし、不自然なことが一つある。

 長老が魔法をかけた様子が無かったことだ。

 魔力が使われた雰囲気も無かったし、とりたてて変わった動きをしたわけでもない。

 本当にそんな魔法を掛けたのだろうか。


 上座の偉い人に、そんな疑問の目を向けてみると笑った顔が僅かに動いた。

 何かを言いたげな目つき。伝えたいと事があるいう意思のありそうな口元。


 それで分かった。

 そういうことかと強く確信する。間違いない。

 こっそりと月桂樹の冠を【鑑定】したが、その結果も明らかになった以上、間違えようが無い。


 僕はこっそりアントに耳打ちをする。

 例の魔法使いはそれすら怯えた様子で見てくる。いい感じに誤解してくれそうだ。


 男同士の内緒話に頷いた男前な貴族様は、他の皆の目がある中に進み出た。

 さも不安げな様子を装いつつ、下手な演技でエルフの衆に言った。


 「やあやあ我こそはアレクセン家当主アント=アレクセンである。なんとここにあるは月桂冠ではないか。どれ私がつけてみせよう」


 棒読み口調の大根役者がそこにいた。

 実に白々しい口調で、おまけに動作がいちいち大袈裟だ。

 中学校学芸会のミュージカルでももう少しまともな芸をする。


 そんなあからさまに怪しい動きで、ぎこちなく常緑の冠を手に取り、そして大声で叫びだす。


 「ぎ~や~あ~」


 嘘臭そうな悲鳴と共に、どさりとアントが倒れ込む。

 前倒しで地面にゆっくりと、ことのほか丁寧にうつ伏せになり、慎重に冠が壊れないように抱え込む。

 力なく倒れたにしては不自然な倒れ方。


 「アント、大丈夫か!!」


 僕は精一杯、心配そうに見える様にアントに駆け寄って、その身体を大きく揺さぶってやった。

 その途中で長老とも目が合ったが、笑顔が一切変わっていなかった。この長老もそうとう場慣れしていると見える。


 無言で駆け寄ってきたアクアも、かなり心配そうにアントを見つめる。

 まるで生死に関わる一大事のように深刻そうな表情をしている。

 幼馴染にここまで心配してもらえるとは、アントも幸せな奴だ。心配を掛けた原因が、自分にもありそうなことに心が痛むものの、それはとりあえず脇に置く。


 「さて、お次はフォルセトロル殿かな。いやなに、心配しなくても大丈夫。(やま)しいことがなければ、何も起きない。ささ、この冠を手に取って」


 いつの間にか、カエルの使者を名乗る男の脇には背の高いエルフの男性が立っていた。右と左のそれぞれに1名づつの計2名。彼らは少し腰を屈める様にして、賊の上腕を掴む。そのままがっしりと男の脇を固め、無理矢理引きずるようにして月桂冠の方に近づけようとする。力ずくというのがまさにぴったり当てはまる状況。


 「ま、まて。俺、いや、私は使者として重要な任務を帯びている以上、万が一の事もあってはならんのだ。そ、その冠を手に取るわけにはいかん。やめろ、やめてくれ」

 「しかし、試しを始めてしまった以上片方だけを調べるというわけにもいかないのだ。それとも疾しい事でもあるのかな? 大丈夫、仮に死ぬとしても苦しむことは無いから」


 賊の魔法使いは、腰を抜かしたように長老から離れようとしている。尻をつき、さらにはそれを引きずるように後ずさる。いや、そうしようとしていた。

 それを許さないのが脇を固める2人の美男エルフ。暴れて逃げようとする男を、ずるずると引きずって行く。長老の有無を言わせない圧力が高まる。見ている僕ですら感じるぐらいのものであるからには、相対している男にはことのほか強烈なものに思えることだろう。


 「やめ、やめろ、やめてくれぇ! お、俺が悪かった。使者なんて嘘だ。全部真っ赤な嘘だ。こいつらを襲ったのも俺たちだ。謝る、だから許してくれ。た、頼む。死にたくない。嫌だ、嫌だぁ……ぁ」


 いきなりがくりと首が項垂れて、腰が落ちたかと思うと、男は急に大人しくなった。恐怖のあまり気絶してしまったらしい。所詮はその程度の賊だったと言う事だろう。


 「……気絶してしまったか。まあ、とりあえず拘束しておくように」


 僅かに男の衣服の一部が濡れている所を見ると、よほどの恐怖だったのだろう。

 両腕を後ろ手に縛りあげられ、目隠しをされていく賊の男。口にも棒のようなものが噛まされて縛られ、おまけに胸元には紙切れを貼り付けた板をぶら下げられる。何処からどう見ても罪人に見えるだろう。しかし良いのだろうか。


 「えっと、長老さん?」

 「何かな。使者殿」

 「本当にこの男が使者かも知れなかったのに、こんなことして良かったのですか?」

 「仮にそうだとしても、我々には関係の無い事ですよ。クレイヌス伯爵のご子息から手紙を持たせたと連絡があり、貴方がたはその手紙を持っていた。そこに整合性がある以上、貴方達を使者として扱わない方が問題になる。もし本当にここに転がっている男が使者だったとしても、そんなことを我々は勘案してやるいわれも無く、使者の正当性を証明できる証拠が無いのなら、使者では無いと扱うだけのこと」


 中々にシビアな意見だ。手紙を持っていて、手紙の内容とも矛盾しなければそれで良しと言う話か。

 買い物に来た客がお金を払ってくれれば、お金が盗まれた物であっても商品を渡すと言っているような物だ。理屈は分かるが、かなりドライというか乾いた対応と言える。


 更にはこれが、ミなんとか野郎の思惑の1つであった可能性にも思い当たる。

 仮に僕らが賊に手紙を奪われていたとすれば、僕ら自身にかすり傷すらなかったとしても、かなり不味い状況になっていたということだ。


 今回の依頼を受けたあとに襲ってきた盗賊は、口封じされてしまったとはいえ、状況から見てまず間違いなくエロ伯爵がけしかけものだ。ここに縛り上げられている男は、恐らく幾つかの目的があってそれを監視していたはずだ。


 ひとつは後詰としての戦力だ。

 盗賊と僕らが痛み分けになる可能性も考慮していた筈で、その時にはこの魔法使いが追い打ちをかける手はずだったと考えるのは自然なことだ。チンピラ共と争った時に、僕らが手傷を負い、魔法でもMPを使い果たしていればどうなったか。

 この男に襲われて、全員やられることもあり得た話だ。

 僕らが普通の冒険者だったならだが。


 もうひとつは口封じ要員としての備えだ。

 あのスケベ貴族の事だから、自分が関わっていたという証拠を残さないよう、盗賊が失敗したときに備えることぐらいは考えるだろう。賊共の身柄が僕らの手にあれば、それを手掛かりに事が露見することもあり得た。僕らも当然それを考えていたから、最後の1人は生かして捕えた。

 それぐらいは、あちらが予想済みだとしても驚くには値しない。であるなら、口封じの手段として逃げ足の速い馬に乗っていたこの男を使うのは、良い手に思えていたはず。

 僕らに、常識の範囲内の追い足しかなければ。


 盗賊に、貧乏そうな連中をけしかけたのにも意味があるはずだ。金が無い連中は、もし敵わない相手だった場合なら、荷物だけでも奪って逃げようとしていたはず。盗賊のように仲間意識の希薄な連中なら、手下を捨て駒にして僕らの荷物だけでもかっさらうぐらいは有り得た。

 そうなれば、手紙や依頼書を奪われていたかもしれないし、奪われていれば男と僕らの立場が逆であったかもしれないと言うわけだ。

 何せ手紙の内容が“この手紙を持っているもの”を自分の代理人とするものだったのだから。

 あの足の速い馬を用意していたことや、今回の口上の用意の良さから考えて、もしかしたら途中で隙を見つけて荷物を奪う方が本命の策だった可能性もある。


 だからこそ、まだ確定してはいないが、この賊を捕えられたことは相手方も想定外に近いはず。

 盗賊の口封じや逃げ足の準備の良さから考えても、この縛られた男はそれなりの実力者。当然駒としてはかなり優秀な部類になる。捕まることは無いと思っていた確率は高いし、捕まったとしても口も割らずに自決するかもしれなかった。

 だからこその猿ぐつわであり、拘束なのだろう。自決防止は、大事なことだ。


 「アント、もう良いぞ」


 僕は気持ちよさそうに寝転がっている金髪男に声を掛けた。人が悪意に思い当たって憂鬱な気分になりかけて居る時に、呑気なものだと思ってしまう。

 寝つきの良い男の事だから、本当に寝てしまっていやしないだろうか。

 誰がこんなことをけしかけたのやら。


 「ん? なんだ、意外にあっけなかったな。てっきりもっと粘るかと思っていたが」


 むくりと起き上がるアント。

 それに驚いたような表情をしたのは、彼の幼馴染の貴族令嬢だ。


 「……なんだったの?」

 「まあそれについては長老から聞く方が良いかも」


 アクアが不思議そうに首をかしげる。

 エルフの長老に目を向けると、軽く頷いて説明を始めてくれた。

 中々に面倒な事だったが、話してくれた内容はこうだ。


 エルフは木属性魔法を得意とする者が多く、長老もその例外では無い。

 木魔法は調べることに長けていると言われていて、この男が嘘をついているらしいことは薄々分かっていたそうだ。アントやアクアの事も長老は知っていて、2人の親とは面識もあったから、面影も見て取れたかららしい。

 だが、だからといって男の言っていたことが嘘だという証拠があるわけでもないので、ボロを出させるために一計を案じたわけだ。別に他にも方法はあったらしいが、面白そうだったからという理由で男に脅しをかけていたらしい。いい性格をしている。


 元々月桂冠には、魔法なんて掛けられていなかった。

 かけたように演技をして、男を狼狽えさせることで尻尾を掴みたかったと言うのが目的だったらしい。誰かに通じる腹黒さだ。

 僕には分からないが、嘘つきというものは「疾しい所があると死にかねない」と脅せば、意外と簡単に白状しがちなものだそうだ。例外があるとしたら宗教的な狂信者か、根っからの大嘘つきだそうな。

 そこら辺はやはり長たるものの経験といった所だろうか。


 その上で、アントのあの素人臭い演技だ。

 人は怯えていると正常な判断も出来なくなるものだ。そんな時は、理屈では無く感情に訴えるとその効果は大きい。

 不安になっている人間に理屈も根拠もない励ましをかけて安心させたり、幽霊みたいに形の無いものへの恐れをもった人間に、論理では無く宗教的なまじないのようなもので怯えさせたりするのはよくある話だ。

 エルフの宝という、よく分からないものの効果に怯えていた男に、駄目押しのようにアントが苦しみ倒れる様をみせる。きっとその恐怖感は、傍から見ていた僕が想像する以上のものだったに違いない。気絶するぐらいだから、かなり効果的だったと考えて間違いなさそうだ。

 やらせた僕まで同情してしまいそうになる。


 「教えてくれればよかったのに」

 「ほら、アクアなら気付くかと思っていたし」


 これぐらいの事なら分かるだろうと思っていたのだが、それは甘えだったのだろうか。

 何処か不機嫌そうなご令嬢は、話が分かった所でも機嫌が直らなかった。


 男の身柄を拘束した経緯については、エルフの中でも腕が立つらしい緑髪の男がギルドに説明してくれるらしい。確かスイフとかいう名前の人だ。

 僕が頼み込んだところ、一緒に町まで来てくれるそうだ。

 月桂冠が目的以外に使用されたり、盗まれたりしないように、持って帰る所までを見届ける役目もあるらしい。


 時計の針は止まらない。

 この依頼は、帰りの時間も含めての依頼だ。長居は無用と、長老に挨拶をして帰ることを伝える。

 とても細かく綺麗な細工がされた木の箱。その中に丁寧に入れられた月桂冠を受け取る。

 厳重な封印がされて、開けて良いのは王女様だけだという事だ。おまけに箱は魔法から守られるように防護されていると来た。


 部屋を出て、大きな木の中の螺旋階段を下りる。

 木の根元から外に出て、馬車へと乗り込む。

 行きの時と比べて、かなり狭苦しい。何せ拘束した男と、エルフの美男子が増えている。容量が2倍になれば狭くて当然。

 この時ばかりは、アントに御者を代わって貰いたかった。

 やむを得ないこととはいえ、僕と密着することになったアクアに軽く謝ると、いつの間にか機嫌が戻っていた。女心の変わり易さは、よく分からない。何で機嫌が悪かったのかも分からなければ、何で機嫌が直ったかも不明だ。


◆◆◆◆◆


 帰りの道のりも長かった。

 行きと同じぐらいの時間を掛け、かなり大回りして町まで帰って来た。結局行き帰り合わせて6日。本当にギリギリになってしまった。

 冒険者ギルドに戻った僕たちは、経緯を説明した上で、早速賊の男の身柄を引き渡す。

 こういう時こそギルド支部長の使いどころというわけだ。

 確かあの爺様は【上級鑑定】が使えるはずだ。

 覗きが趣味なら、きっとあの賊の身元や身上は直ぐに調べられるに違いない。たまにはあの爺様にも、それなりの仕事をしてもらわなければならないだろう。


 「うむ、ご苦労じゃったな。こやつの調べは任せて欲しい。騎士団に引き渡すまでに、儂がじっくり調べておいてやるわい。ほっほっほ」


 無駄に広い冒険者ギルドの建物の中。爺様の笑いがこだまする。

 普段は近づきたくない相手だが、こういう時は実に頼もしく思えてしまうから不思議なものだ。賊の魔法使いが、如何に口が堅かろうと、この支部長ならまず間違いなく言質証言の2つ3つはとれる。ましてや口の軽い男だとしたら、言質がてんこもりでとれるだろう。

 そうなれば、あの男も捕まえられるかもしれない。


 そんな話をアントやアクアとしていると、噂の主がやってきた。依頼達成と連絡が行ったらしい。

 今日も今日とて悪趣味な馬車でわざわざ来た上に、何人か騎士らしき人も連れている。

 どうしてそう装飾過多な事が好きになれるのか。

 でっぷりとした貴族様が、僕を見つけた時には一瞬表情が強張った。何を思ったのかは分からないが、どうせ碌な事じゃないだろう。


 「こやつを捕まえろ」

 「ははっ」


 いきなりの号令。それを受けて僕を捕まえようとする騎士風の男達。付けている武装が見たことの無いタイプであることから考えても、恐らくこのエロ男の家の私兵だろう。

 一気に緊迫するギルド支部内。アントとアクアも剣の柄に手を掛けている。


 「何の真似ですか?」

 「ええい五月蠅い。黙って大人しく捕まれ」


 聞く耳持たずといった様子。

 それを止めたのは、意外にも支部長だった。


 「ほっほっほ、クレイヌス殿、これはどうしたことかな?」

 「おお支部長殿。何、見ての通りだ。私の手勢で、こいつを捕まえる所だ」

 「それはどういった理由でかの? 事と次第によっては、越権行為からこの者達を守るためにも儂が相手になるが?」


 久々に支部長の【威圧】を感じた。相変わらず凄いプレッシャーだ。

 エルフの長老も大概な圧力だったが、この爺様も負けてはいないらしい。下手な人間なら、これだけで気絶してしまいそうだ。


 「な、なんという。こやつらは一般市民を襲った容疑がある。町の外に真新しい死体があったという話を聞いた。そ、それを私は正そうとしているだけで……」

 「それはこの町の騎士団の仕事じゃし、ギルドの調べで既に物盗りを返り討ちにしただけであると確認しておる」


 何時の間に調べたのか。

 相変わらず油断も隙もあった物じゃない。


 「なっ……だ、だがそれにしても私の依頼に虚偽を持って応えたのは、我が家名の名誉の問題だ。越権行為とは心外である」

 「ほほう、虚偽とな」


 何ともまあ、そう来たか。

 予想していなかったわけでは無いが、そこまで想定通りなら実に分かり易い。

 そう言いだすだろうとは思っていた。


 「そ、そうだ。偽物の依頼品で、私を欺こうとしている。これは詐欺であるから、と、捕えるのだ。この男は、封印があって中身を確認できないことをいい事に、偽物で騙そうとしているのだ」

 「ほほう、それは根拠があってのことかな?」

 「む、無論だ。ここでは言えぬが、ちゃんと根拠があってのことだ」


 嘘をつくのが下手な男だ。

 挙動不審で脂汗をかきながら、根拠があると言い張っても嘘臭いだけだろう。


 だが、この言い分に言い返すなら、支部長だけでは分が悪いかもしれない。

 この月桂冠の箱は魔法に対する防護措置がある。だから【鑑定】は使えない。

 普通なら中身を証明するのは、開けるのが最も確実な方法になる。その為には封印を破るしか無く、それこそ王女以外に開けられないものを破れば罪になるだろう。大方、それを僕にさせるよう誘導することで、罪をでっち上げようというのだろう。狡い男が考えそうなことだ。

 だが、こんなこともあろうかとエルフの里から、狭いのを我慢してついて来てもらった切り札があるのだ。


 「この箱の中身は、間違いなく依頼のあったエルフの宝。月桂冠です」

 「エルフの代表として、俺もそれを保証しよう」


 僕の言葉に、エルフのスイフさんが乗っかる。

 流石にそれが応えたのか、顔を真っ赤にしたミなんとか伯爵子。

 見た所、これが最後のカードだったらしい。口をパクパクさせて言葉を失っている。


 しばらく動揺を隠しきれずに戸惑っていたクレイヌス伯爵子だったが、諦めたらしい。

 実に悔しそうな表情で、依頼書にサインをして報酬を支払ってきた。何の嫌がらせか、報酬は全部銅貨で払ってきた。どこまで小物なのか。


 月桂冠を受け取ろうとした男に、僕は思い出したように話しかけた。


 「ああ、そう言えば気を付けてください。この月桂冠には魔法が掛かっているらしいですよ?」

 「何だと?」

 「いや、エルフの長老が月桂冠の魔法増幅効果を利用して強力な魔法を掛けたらしいんです。何でも、疾しいことや嘘をついていると体が腐る魔法だとか」

 「それは本当か?」


 アントやアクアも、確かに長老がそう言っていたと答える。嘘は言っていない。長老がそういってい“た“のも確かだ。

 更にダメ押しで、緑髪のスイフさんまで太鼓判を押すに至って、スケベ伯爵は脂汗を一層酷く流し始めた。


 「嘘を付いたり、疾しい所があったりしなければ、全く問題ないですよ。さあ、お受け取りください」

 「何ならこの私、アント=アレクセンが代わって王女殿下にお渡ししても良いぞ?」

 「ぐ……ぐぬぅ」


 受け取るか、受け取らないかをかなりの間逡巡していたが、結局最後はお前たちが責任を持って届けろと捨て台詞を残して去って行った。

 最後まで性根の賤しい小者だった。

 去って行ったあたりで、周りからは大きな笑いが起きていた。


 月桂冠はギルドの方から責任を持って届けて貰えるそうで、爺様が任せろと言ってくれた。

 これでこの仕事は一件落着。ようやく肩の荷が下りた。

 もう面倒事はこりごりだ。


◆◆◆◆◆


 「くそっ、使えん屑どもめが。失敗した上に、私に恥をかかせおって。だが、それもこれも全てあの黒髪の下民が悪いのだ。この高貴なる私に恥辱を与えた罪は、いずれ絶対に償ってもらうぞ!!」


 私は、屋敷に戻った所で目についた花瓶を思い切り投げつけた。

 陶器の割れる音がして、辺りに破片が花のように飛び散る。

 腹だたしい気持ちがおさまらない。平民のメスの顔を殴りつけ、噴き出た鼻血を見ても尚、ムカムカして仕方が無い。

 それも、全部あの黒髪の畜生が悪いのだ。


 「失敗したようね」


 ふと見れば、いつの間にか部屋の隅に女が立っていた。

 いや、尻尾がある所を見れば、例の悪魔の仲間か。顔を隠していながらも、体つきを隠そうともしない、黒い服とローブ。ぴったりと体の線を強調している。特に胸のあたりの膨らみはなかなかのものだ。悪くない女。私がこの苛立たしさを治めるには、この女に相手をさせるのが一番だろうと思わせる程度には良い身体をしている。


 「何者だ? ここをクレイヌス家嫡子たる私の私室と知ってのことか」

 「もちろん、知っているわよ。貴方が公爵派閥では邪険にされていることも、それを挽回しようと王女様を無理矢理手籠めにしようと考えていたことも知っているわ。そして、エルフの冠の入手に失敗したことも」

 「失敗では無い。あれは始めから王女殿下に渡すことになっていたのだ」

 「あら、それじゃあ約束が違うわね」


 約束とは何のことか分からん。

 こんな女と契りを交わしたのなら覚えているだろうが、そんなことも無い。約束をした覚えも無いのに、何を言いだすのか。


 「約束とは何のことだ。私はそんなものした覚えは無い」

 「この子と“契約”していたでしょ? エルフの冠を持ってくる代わりに、貴方に力を貸すと」


 そう言って女は、一体の魔物らしきものを何処からか呼び出した。召喚の魔法だろうか。

 その魔物には見覚えがあった。私に下らない策を持ちかけ恥をかかせてくれた、悪魔を名乗る奴だ。

 こいつのせいで王女をものにし損ねたのだ。私はこいつに騙された。


 「あんな契約は無効だ。始めからあの男が高レベルだと知っていれば、エルフの冠など取りに行かせなかったのだ。そうだ、そうだったのだ。お前らが悪いんだ。この私の高貴で華麗な経歴に傷をつけた罪は、その身体で償ってもらうぞ」


 我ながら良い考えだ。

 あの黒髪の男に懲罰を加える事こそ叶わなかったが、目の前の女をものにするために使えるのならマシな取引だろう。

 この女も、身体つきは良いものを持っている。私のように神に選ばれた男に相手にして貰えるのならば、喜んで当然なのだから。


 「残念ね。貴方は私の好みじゃないし、私には大事な人が居るの」

 「だったら貴様らが自分で盗ってくれば良かっただろう」

 「あの冠は魔力を蓄える性質があるから、私たちのような魔力を基にした存在は近づくと危ないの。でも、私の望みを叶えるためにはどうしても必要だったのよ?」

 「そんなことは知った事か。さあ来い、可愛がってやる」

 「本当に残念。契約を破った罪はあがなって貰わないと」


 ベッドに引っ張って行こうとした所で、女はため息をひとつついた。

 意外に力強く、引っ張ってもびくともしない。

 おのれ、抵抗するとは生意気な。


 女は軽く片手を上げ、指を指してくる。

 何の真似だ?


 「貴方が今まで見下してきた動物たち。その恨みを思い知りなさい!!」


◆◆◆◆◆


 「ハヤテ、聞いたか?」

 「何を?」


 ギルドでの一悶着のあと、ようやく宿屋に戻った僕だったが、さっき別れたと思ったはずの相棒が血相を変えて押しかけてきた。

 今日は早く寝たいと思っていたが、一体何事だろうか。出来れば厄介な事でないことを願いたいものだ。


 「クレイヌス伯爵子が行方不明だそうだ」

 「あの男が? なんでまた」

 「分からん。さっき騎士団が捜索しているのに出くわしてな。耳に入れておくべきだと思ったのだ。何でもギルドから家に帰って以降、何処かに消えてしまったらしい」

 「まあ、もう終わったことだし、気にしても仕方ないんじゃない?」


 あんな男の事は、もうどうでもいい気がしている。

 僕らに絡んでこないなら、所詮は赤の他人だ。というより、関わり合いをこれ以上もちたくないというのが本音だ。


 「ほら、もう外も暗くなってきた。アントも家に帰りなよ。明日は昼前にお城の前で集合でしょ? 詳しいこともその時に聞けるって」

 「ああ、分かった。疲れている所に悪かったな」


 そう言って、アントも家に帰って行った。

 開いた窓から外を見れば、外はもう大分暗くなっていた。

 大通りも、帰路を急ぐ人たちでごった返している。

 いよいよ明日からお祭りとあって、前夜祭のように盛り上がっている店もある様子だ。


 ふと見れば、大通りの端に一匹のカエルが居た。

 でっぷりと太ったヒキガエルで、まるでどこかの貴族を思わせる。

 妙な所に居たものだが、この間雨が降ったからだろうか。変な動きをするカエルも居たものだ。


 そのカエルが大通りの方に飛び跳ねた瞬間


――グシャ


 帰路で飛ばしていた馬車にひかれたのが見えた。

 見るも無残に足が潰れた様子も見て取れる。

 食欲を無くしてしまいそうな光景は見るにたえず、僕はそっと窓を閉めた。


 寝る間際、遠くで潰れたカエルのような鳴き声が、聞こえたような気がした。


――オエ~ゲロゲロ

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