063話 エルフの里の大樹
人生に寄り道は必要である。
そう語った哲学者が居た。
人には3つの道があるという。
寄り道、脇道そして回り道。
僕らは今その途上にある。
「おいハヤテ、ここら辺なら渡れるだろう」
「本当だ。大分浅いね」
エルフの里から6日以内に月桂冠を預かってくるという依頼。
思わぬトラブルに見舞われていた僕らだったが、幸いなことが一つあった。僕の魔法は馬にも使えたという事だ。
通常の3倍とまではいかずとも、倍近くの速度で走らせることができたおかげで、かなり道程を早回しすることが出来た。それはそれで良かったのだが、流石に自然に敵う事は無かった。
川の増水。
これが馬車で無く、馬だけであったのなら無理に渡ることも出来ただろう。
或いは馬車がかぼちゃで、収納鞄に入る様なものなら楽にわたる事が出来たに違いない。
雨による増水のせいだろうが、橋が綺麗に流されていて、馬車では渡れない。
その場でどうすることも出来ずに立ち往生かと思われた時、アクアが言った。別の場所なら浅い所があるかもしれないと。
川の深さというのは、どこも一定であるわけでは無い。当然ながら浅い場所もあれば深い場所もある。
その浅い場所を探そうという提案だった。
勿論悩みもした。幾ら馬車で稼いだ時間があるとはいえ、潤沢に余っている訳でも無い。探したが結局見つかりませんでしたとなれば、それで依頼は未達成になる。
リーダーとしての決断が問われたわけだが、その場で留まって考えるよりは、探しながら考えた方が良い。そう思い、浅い場所を探す決断をした。
一種の賭けに近かった。
その賭けの思惑は、見事に良い方で当たったようだ。
アントが指し示した場所は、確かに底が見えるほど浅い。その分川幅は広いようだったが、馬車でも十分に渡れる幅と深さだ。手綱を握るアクアが、ゆっくりと馬車を流れの中に進ませる。慎重に、慎重に。
「今ここで襲われたら厄介だな」
「確かに」
アントの呟く様な一言に、思わず僕は周りを見渡す。
川を渡っている最中で、車輪下半分の何割かが水に浸かっている状況。ここでさっきみたいに襲われれば動き辛い。
嫌でも警戒感が高まっていたからだろうか。ようやく渡り終えた時には一気に安堵感が流れ落ちてきた。心の持ち様といえども、高い所から低い所に落ちるのは、ある意味で当然かもしれない。
そんな安堵感に落ち着いた所で、セットメニューになっているのが疲労感だ。とりわけ精神的な疲労は大盛りのサービス中らしく、頼んでもいないのにどっと疲れてしまった。
結局、川を渡るためにかなり大回りの道程になってしまったことになる。馬車で稼いだ時間分を丁度使い切る程度の回り道。何かの陰謀だとしたら上手い具合に考えたものだ。
渡り切ってしばらく進んだ辺りに、まばらに木が生えている場所があった。小高くなっていて見晴らしもそれなりに良い。少なくともこの間のように雨でも浸かりそうには無い場所。
疲労が溜まった状況で無理をして追走劇を繰り広げても不味いし、何より元から途中で野営するのは決めていた事。その場で泊る準備を始めた頃には、夕方になっていた。
馬車の一部を流用する形のテントを作れば、野営にしては立派なものになる。寝る場所の準備ができたところで、僕が作った料理の出番となった。今日の献立はパンとスープ。我ながら美味しく出来たと思う。
食べている時は、意外と皆口数が少なかった。
「逃げた奴は何処に行ったと思う?」
食事も食べ終わり、早めの就寝として、僕とアントがテントの下で毛布に包まれている時だった。
アクアが最初の不寝番に立っている最中、並んで横に寝転がっている僕に、アントが話しかけてきた。この男なりに、色々思う事もあるのだろう。口調にもそれが表れていた。
「分からない。でも、地図で見ている限りでは逃げた方角に一番近い集落はエルフの里だろうね」
「ハヤテもそう思うか。……そうだろうな」
「何か悩んでいる?」
「ん? まあ少しな。エルフの集落は世界各国のあちこちに点在している。その中でも我が国では一番大きい集落がこれから向かう先だ。逃げた奴がクレイヌス家に関わる奴だとすれば、何もないとは思えなくてな」
このハンサムが考えていることは恐らく危惧だろう。僕以上にエルフの事や、ミなんとか伯爵含む貴族の狡猾さを知るこいつは、危惧しているに違いない。僕では思いつかないような具体的な事をだ。
それが何かは想像でしかない。
夕方の薄暗さのような、はっきりとしない不安が浮かんでは消える。
「何か心当たりでもあるの?」
「うむ。明日以降は急いで行った方が良いと思っている。そうしなければ、もしかすると逃げた奴がエルフの皆を焚き付け、我々を賊として討伐しようとするかもしれん」
なるほど、アントが考えていたのはそういう事か。
逃げて行った奴が、自分が襲われた被害者だと言い張ってしまうのは、有りうる懸念だ。先回りでエルフの里に行き、口八丁で誑し込む。エルフにも名前が知られているらしいアントやアクアが居るから大丈夫だとは思うが、万一の事もある。急げるだけ急いだ方が良いか。
「明日からも僕の出番ってことかな」
「ハヤテ、お前もちょっとは加減出来ないのか? 今日は、私の中でも指折りなほどに酷い一日だったぞ」
「加減したら到着が遅くなるじゃない」
「だったら明日からは私が御者をする。それなら多少はマシだろうからな」
良い考えだ。
自動車でも、運転手は酔い難いと聞いたことがある。
流石にこれから先は何も無いと思うが、もし何かあった時にアントが戦力として数えられない事態は避けたい。
そうと決まれば早寝早起き。
明日は夜明け前に出立と決まっている。寝不足は、戦力低下にしかならないのだから。
僕はゆっくりと目を瞑る。
◆◆◆◆◆
「ハヤテ、起きろ」
「ん? 交代?」
いつの間にかかなり深い眠りになっていたようだ。
アントが既にアクアと不寝番を交代して、その上お役目まで終える時間になっていたようだ。いつ交代したのか全く分からなかった。
「早く代われ。私は寝るぞ」
「了解、出発前には起こすよ」
「うむ、頼んだ」
アクアも寝ている屋根の下に、堂々と横になるイケメン。おまけにすぐ寝付いてしまう。こいつの特技は剣ではなく寝ることでは無いだろうか。
相棒2人揃っての寝顔は、どちらも整っているだけに今が仕事中だというのを忘れさせるような魅力もある。あどけないと言うのだろうか。まだ僅かに幼さを残した顔形にしかない愛らしい美しさがそこにある。特にアントは、普段の凛々しい顔から、柔らかい顔になっている。絵画的とも言うべきか。
ここにマジックペンが無いのは実に残念だ。
虫除けの香を焚き火で燃やしつつ、不寝番を続ける。
エルフの里が、どういうものかを考えながら。
実の所、美形の男性や美女が多いと聞いているので期待もある。特に素敵なお姉さんと出会えるかもしれないという想像は、健全な男子としては当然すべきことだと思う。
もしも運命的な出会いがあったのなら、僕はエルフの里で暮らすことになるかもしれない。
美人なお姉さんエルフに囲まれた天国のような生活。そんなことになったら、僕は困ってしまう。いや困った。実に困った。
それにしても不寝番は退屈なものだ。
薪を数度足し、何時間か経った頃合い。
ようやく空が少し明るくなってきた。
そろそろ2人を起こす時間だ。
「アクア、アント、起きて」
2人の体を揺する。
「ん~はぁ、もうそんな時間か。お早うハヤテ」
「お早うさん」
片手を口元に当てながら、もう片方の手は思いっきり背後に伸ばして欠伸をした男前。
寝起きが良いのは実に羨ましい。
「スゥ、スゥ」
それに比べてお嬢様は未だに夢の中。
どうしたものか。
これがアントなら多少手荒にしても全く問題ないのだろうが、アクアをたたき起こすわけにもいかない。悪友が相手なら友情をこめて蹴り起こしている所だが、ここは優しく揺すり続けるべきか。
そう思っていると、アントが彼の幼馴染を抱きかかえるように持ち上げた。手をアクアの両膝の後ろ辺りと、肩甲骨のあたりのそれぞれに差し込んで支え、そのまま横抱きにして抱え上げる。いわゆるお姫様抱っこだ。
それでも起きないお嬢様も大概の図太さだが、それを気にせず馬車まで運ぶ男も大概な気がする。この堂々とした男前っぷりは一体どこから湧いてくるのか。
しかも手慣れているように見える。何なのだ、この紳士っぷりは。
テントの片付けと馬車の用意も終わり、アントが御者台に座って、手綱を軽く走らせた所で、ようやくアクアが目を覚ました。流石に【敏捷増強】でかなりの速度になっている馬車の揺れには、睡魔も勝てなかったらしい。
昨日は誰かさんが男前な雰囲気を台無しにしてしまったような揺れであるのだから、仮にその中で寝られるならある意味大したものだ。流石にそこまでの非常識さはなかったようだ。
川に沿って浅瀬を探したために、本来のルートからは大分回り道になってしまっていることを再確認する。
遠回りする分の余計な距離は、僕の魔法でチャラには出来る。何も無ければ。
一番おしゃべりな男が御者台で静かにしている分、余計な会話も無く馬車は走る。
道中、同じように更に一晩を明かして走り続ける。
長い長い道のりだった。
1つ発見したことがあった。
揺れる馬車の座席に座っていると、背骨の真ん中あたりが痛くなってくる。
始めは何度も堅い座席とぶつかる尾てい骨辺りが痛かったのだが、段々とその痛みが上の方に侵食し始めて、そこで止まった。
実に下らない、どうでもいい発見であったろうと考えてしまう。
途中で単なる野獣には何度か出くわした。
アクアによれば、この辺りは獣も結構多いらしい。凶暴なものも中には居るが、普通の村人でも対応できる程度のものしかいないそうだ。つまりはゴブリン未満ということ。
幸いなことに、勢いよく走る馬車に立ち向かってくる猛者はいない。まるで獣がいない時のようだとはアントの呟きだ。
ついでに不思議な事と言えば、何故か普段よりも獣の量が多いらしい。比較対象である普段の量を知らない僕だけであったのなら、そんな事までは気付けなかっただろう。
「見えてきたぞ」
サラスの町を出てから3日目。
御者役の言葉で、大揺れする馬車から前を見る。
そこにあったのは鬱蒼とした森。それもかなりの大きさがありそうな感じだ。本来予定していた道からかなり迂回したから、僕も含めて皆かなり疲れている。
ようやく着いたのかと安堵の気持ちでその森を見つめる。
エルフというのがどういう人たちなのかを調べてはいる。
なんでも、森の民という異名があるほどで、森の恵みとともに独自の文化を持っている種族らしい。第六騎士団の団長はエルフだとも聞いているが、魔法に対する適正の高い人が多いそうだ。特に木魔法はエルフが総じて得意としがちな魔法で、かつての魔物大侵攻でもその力は大いに助けとなったそうだ。
故に有事の際の防衛へ協力する事を条件に、ある種の治外法権的な特権が認められている。
そんな場所に出向く以上、失礼の無いようにしなければいけない。
――ヒュン
突然の事だ。
何かが飛んでくるのが見えたかと思うと、馬車のすぐ傍からざくりという音がした。
まるで野菜を包丁で切った時のような音。
何事かと見れば、通り過ぎた所の地面に深々と刺さる矢が2本。
アントも流石に気付いたらしく、馬車を停めた。
警戒度合いを最上級に引き上げて周りを見渡せば、森の方から歩いてくる人影が見えた。姿を見せる所から考えて、この矢は威嚇か警告。また盗賊の類かも知れない。
あのカエル伯爵の事だ。二の矢三の矢と手を打っているぐらいの狡猾さがあっても不思議はない。
段々と近づいてくる人影らしきもの。
数は4つほどだろうか。盗賊にしては妙な数だ。
普通盗賊というのは危険と隣り合わせに生きるものたちだ。
返り討ちに遭っても助けがあるわけでも無く、怪我をしたとしても治療は町では受け辛い。故に安全に襲えるように極力大勢で集まろうとする。
4人程度で3人組の僕らすら襲う賊だとするなら、一人一人が熟練の、相当の手練れだと予想できる。自分の剣の柄をゆっくりと握り、抜き放つ。ギラリと鈍く光る愛剣。
だがしかし、少し様子がおかしい。
ある程度の距離で一旦止まったかと思うと3人がそこに立ち止まって、1人だけが歩いて来ている。その一人は腰に剣を佩いているらしいのは分かるが、抜いてはいない。
普通、賊だというなら剣を持って襲い掛かることはあっても、和やかに剣を仕舞い込んで襲う事はまずない。
「お前ら何処から来た。大人しくしてれば手荒な真似はしないから、まずはその剣を仕舞え」
僕たちに敵対するなと言いながら近づいてきたのは、1人の男。
よく見れば、耳が長い。ピンと尖がった上に、若干緑色っぽい緑茶色の髪で隠れる様な感じ。
流石に耳までは遠目からでは分からなかった。
この特徴から考えて、恐らくエルフだ。だとすれば、目的地の集落の人間だろうか。
「ここから先の森は俺たちの森だ。そこに入るのなら黙って見過ごすわけにもいかない。お前たちは何者だ?」
エルフが話しかけてくる。
やはりエルフの里のエルフか。
「私たちは怪しいものじゃないです。依頼を受けてエルフの里に用事があってきた冒険者です」
そう言って、僕は馬車を降りる。
一応はリーダーらしい仕事もしないといけない。
アントとアクアも、一応は剣を仕舞った様子だ。
僕の剣は御者のアントに預けて敵意が無いことをアピールしつつ、代表者っぽいそのエルフの男に話しかける。
「カエル……じゃなかった。クレイヌス伯爵のご子息から依頼を受けている者です。もしよろしければ里まで案内願えれば助かるのですが」
「ん? 妙な話だな。依頼という話で、つい一刻ほど前にも使者を名乗る男が来ていたが。お前らもその同行者か? 連れがあるとは言っていなかったが」
何だって?
何となく嫌な気配だ。
アントの予想がもしかしたら当たってしまったのかもしれない。例の逃げた魔法使いだとしたら、かなり面倒なことになる。
僅かの差で後手に回ったか。やはり大回りしてしまったのが痛かった。
「とりあえず、用件も含めて詳しいことをお話したいのですが、まずはエルフの里へ行きませんか」
「まあ良いだろう。規則だから剣は外して貰った上で預かるが構わないか?」
ちらりとアクアとアントを見れば、その表情は分かり易かった。
アクアがいつも通りの無表情なのはともかく、金髪の御者殿は物凄く嫌そうな顔をしている。気持ちは分かる。自分が頼りにしている武器を取り上げられれば、丸腰になる。
魔法が使える僕は、仮にこの後で何かに襲われたとしても対抗手段はある。だが、アントやアクアはかなり行動に制限が出るだろう。
いや、それもまた、あのヒキガエルの策略では無いだろうか。
そうに違いない。
あえて最初の方にチンピラのような賊に襲わせておいて、道中常に必要以上に警戒させて疲労を蓄積させる。そうなれば、嫌でもピリピリとした雰囲気になるだろう。疲れているのに、にこやかな人間の方が不気味というものだ。
そんな状態を自己判断できず、或いは疲れから冷静な判断を欠いてエルフと対面した場合にどうなるか。
出会いがしらに襲い掛かり、敵対的だと思われてしまうような行動を取ってしまう人間も居るのではないだろうか。警告の弓矢を撃たれた段階で、反撃に襲い掛かる様な無鉄砲も居るかもしれない。
僕たちがそういう人間であったなら、間違いなく依頼はそこで失敗だっただろう。よくもまあ手の込んだ、陰険な策を仕込んでおいたものだ。
おまけに武装を外せという。
エルフ側からすれば、得体のしれない人間を同行させるのに武装を外して欲しいというのは当然の発想だ。僕だって、いきなり家に武装した連中が押しかけて来たのなら、せめて武器は外せと言うだろう。
だが、アントやアクアのように、剣に比重を置いて冒険者としての経験を積んできたものは絶対に嫌がる。僕ですら剣を外すのは嫌だと思うぐらいだ。これで僕がもし、2人ほどで無いにしても剣に偏った経験を積んでいれば、本当に無力に近しくなる。
最初の賊がもう少し歯ごたえがあり、僕が魔法をサポート程度にしか使えない人間であったなら、幾ら依頼でも、警戒から武装解除は断る可能性は高かっただろう。
それに、もう1つ隠れた思惑が見て取れる。
目の前のエルフがウシガエル野郎の手の者だと疑う場合だ。
この人たちがエルフであるというのは、格好や風貌から一目瞭然ではある。だが、エルフだからといってエルフの里の人間とは限らない。もしかしたらあの陰険な貴族に雇われた賊の仲間では無いかと疑うことも出来るだろう。
森に雇ったエルフを潜ませておき、さも里の人間のように振る舞って丸腰にさせるぐらいは、陰険な人間なら思いつくことだ。疑いだせばすべてが疑わしく見えてしまうのがこういう疑惑というもの。
そうなれば、武装解除なんて出来ない相談だ。何処の世界に、盗賊の前で丸腰になる人間が居るのか。
単に用心深くて慎重な、疑り深いだけの人間であれば同じように武装解除は断っていたかもしれない。
そうやってエルフに敵対させるのが目的だった可能性もある。
僕らが短気で無思慮なら、警戒された時点で反撃し、敵対の可能性。
或いは慎重で石橋を叩いて渡る人間なら、こちらが警戒して武装解除を断り、敵対する可能性。
どちらにしても依頼を失敗する可能性がある。
僕が短気でなく、剣以外に頼れる防御手段があるからこそ対処が容易な問題で、ギルド支部長や団長の腹黒さに慣れていたから落ち着いて気づけた問題。普通の冒険者なら、経験不足から判断を誤っていてもおかしくない場面。何の変哲もないように見えて、あの卑劣な男の陰険さがよくにじみ出ている場面と言えるだろう。
「それでは剣はお預けすれば良いですか?」
「ああ、それで良い。では案内しよう」
離れた所で見ていた他の人が近寄ってきた。やはり3人とも長い耳をしている。
遠くからでは分からなかったが、小弓や小弩のようなもので武装していたようだ。いざという時は、遠くから矢を射かけて来ていたに違いない。
渋るアントを何とか宥め、剣3本とナイフ1本をその人たちに預ける。
正直不安もあるが、いざという時には【敏捷増強】でブーストした馬車で全力疾走して逃げるつもりだ。僕がしんがりになってでも時間を稼げば、まあ逃げ切れるだろう。
4人のエルフに囲まれて、森の中に入る。
一見すれば護衛にも見えるが、見方を変えれば包囲されていることになる。僕らが怪しい人間だと思われてしまえば、何時でも襲われてしまう。
僕も普通にしている風を装いながら、精一杯周りを警戒している。
出来る限り胸を張ろうとしていながら、目がしきりに左右を往復しているアントなんてもっと分かり易い。全く、警戒するならもっと上手くやれと言いたい。
しばらく案内されるままに進むと、開けた場所に出た。
木を切り倒したわけでは無く、本当に自然に広くなった場所。
そこに、自然を生かした素朴な家々がある。
よく見れば、木の一部を住居としても利用しているようで、中には木のうろをそのまま家に使っているところもあった。ツリーハウスとは中々洒落ている。僕も一度ぐらいは暮らしてみたいと思うほどだ。
周りから、痛いほどの視線を浴びつつも進む。
何処の世界でも、好奇心というのは変わらないらしい。自分が見世物のパレードにでもなった気分になってくる。アクアが変わらない鉄面皮なのだけが救いだろうか。
木の匂いに囲まれつつ、馬の足音と周囲のざわめきを耳に入れながら進むこと数分。ひと際大きな木の前にまでやってきた。
大の大人でも、抱えようとすれば10人ぐらいは手を繋がないと無理そうなほど大きな木。巨木の上は見上げるほどに高い。一体この木は何の木か。気になる木だ。広葉樹のようだが、とてつもなく背の高いモンキーポッドというのが一番近い表現になるだろうか。
幻想的とも思えるほど、存在感のある大木だ。
その中ほどに、人工的な建造物が見て取れた。
四角い箱のようにも見えたが、よく見れば窓っぽいものも見える。住居らしい。
「ここで待っていろ」
そう言い残して、エルフのリーダーが巨木の方に近づく。
何をするのかと思えば、根元の方にぽっかりと空いた空洞の口から木の中に入って行った。この木の中は空っぽなのだろうか。
リーダーっぽいエルフの人が木の中に入っていっても他の人は僕らを警戒してきている。これは当然だろう。
それを気にしないように、気になる大きな木のあちこちを観察していると、男が戻ってきた。
何処か困惑気味にしている。
「お前たちを長老がお呼びだ。馬車を置いてついてこい」
何だかよく分からないが、とりあえず言われたようにする。
緑っぽい髪が周りの木々に溶け込むのを見つめつつ、木の根元に近づく。
そこは離れてみていた時の予想以上に大きな穴で、木の中に入れるようになっていた。
中に入れば、木の肌に沿うようにして螺旋状の階段があった。
手すりも無く、段差もマチマチなそれは、お世辞にも上りやすいとは言えない階段だ。
案内されるままに、のぼって行けば、途中に丸い扉があった。
木の節が抜けたような、いびつで自然のままの穴を、ただ塞いだだけのような扉。
その扉を潜れば、何やら物々しい雰囲気だった。
数人のエルフと、何処かで見たような恰好をした人間の男が1人。
その間に挟まれるようにして上座に1人。若干老けたように見える長耳の人だ。大体関係が分かりそうな配置だが、僕らを見る雰囲気だけは皆厳しい感じがする。
「スイフ、ご苦労じゃったな」
「いえ長老。言われた通りお連れしました」
僕らを先導してくれたエルフが、奥の方の偉い人っぽいエルフに応える。
この人はスイフと言う名なのか。覚えておいた方が良さそうだ。
僕らは促されるままに部屋の中に進み、腰を下ろす。
それを合図にするかのように、話し出した男が居た。
「こいつらです。こいつらがさっきも話していた奴らです」
いきなり立ち上がって、物凄い剣幕でがなり立ててきた。五月蠅い男だ。
「まあ落ち着きなさい。まずはそこの3人には、何があったのか説明しておこうか」
そういう長老さんに、自分たちは頷きで返す。
何が起きているのか説明してくれるのは、こちらとしても望ましいことだ。
「つい先ほど、ここに居られるフォルセトロル殿が、クレイヌス伯爵の息子からの使いだといってこられた。我々も十日ほど前から話は聞いていたので、この方に我々の宝をお預けしようとしていた。事前にクレイヌス伯爵の息子からは手紙を預けていると聞いていたから、この方にその手紙を見せる様に言った所、問題があった」
「問題?」
「何でも途中で襲われて手紙を奪われたらしい。それで今、そのことについて詳しい話を聞いていた所だったのだが」
そう言って長老は、ちらりとフォルセトロルと呼ばれた男に目をやった。
それに反応するように、またも大声で叫びだした。
「そうです。こいつらが私を襲った賊です。間違いありません」
「お前さん方、伯爵からの手紙は持っているか?」
「はい」
そう言って、僕は預かった手紙を渡した。
中には“この手紙を持ちたる者は吾輩の代理人である”といった内容が書いていたらしい。
何とも準備の良い事だ。まるでこうなることが分かっていたかのような文言。あのヒキガエルめ、やってくれたな。
男がそれをみて、ほら見たことかとしゃべりだした。手紙を持っていたことが、賊である何よりの証拠だと言い出す。どんな無茶な理屈かと呆れてしまいそうになるが、男の必死さはそれなりの説得力を弁に与えていた。
僕らを指差し、取り乱す男を長老が制した。
なるほど、エルフリーダーのスイフさんが困惑していたのはこういう事だったのか。
「長老、どうしますか?」
スイフが長老に問いかけた所で、長老の耳が僅かに動く。
何か悩んでいるようで、目を瞑って考え込んでいる。
年齢不詳な長老さんが、しばらくして僕らを見回してきた。どうやら考えもまとまったらしい。
「この方たちは月桂冠を借り受けに来たのだったな」
「はい長老。彼らはそのように申しておりました」
「なら、月桂冠に決めて貰うが良いだろう」
満足そうに頷く長老。
長老が指示をだし、1人のエルフが席を外した。
「そこの4人は月桂冠がどういうものか知っているかな」
「大まかには聞いています」
確か、魔力を蓄えて魔法を増幅する力があるとか言う話だ。
それに決めて貰うというのも妙な話だが、一体どういう事なのだろうか。
「なら話は早い。これから月桂冠に悪意と嘘を拒絶する魔法をかける」
「魔法ですか」
「そう。我らエルフ族秘伝の魔法で、嘘をついたり悪意を持ったりすると足の先から腐り落ちていく魔法だ。普通は足先から足首までが腐る程度か。それを月桂冠に増幅させ、邪なことは無いと宣誓した上で触れてもらう。月桂冠の効果は我々でも制御できないから、きっと体中が腐ってしまう事だろうな」
何とも恐ろしい魔法だ。
案の定、賊の一味と思われる男が脂汗を流し始めた。
状況証拠としては、これで十分すぎる気もするが、まだ決定的とは言えないようだ。
やがて席を外していたエルフが戻ってきた。
手には丁寧に台に置かれた植物の冠。
長老が笑顔で僕らに宣言した。
――さあ、始めよう




