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水の理  作者: 古流 望
4章 最強のパーティー
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060話 ハイソサエティ

 冒険者ギルドで、ギルドを介した形の仕事を終えた場合、証明が必要になる。

 雑用や依頼人がはっきりしている場合は依頼人のサインや証言が必要になるし、収集依頼では大抵は現物を確認することで依頼達成を確認する。

 護衛の場合は、無事に目的地に着いたり、或いは荷物の受け渡しなどの目的を果たしたりした時点で達成となることも多い。


 そんな数ある依頼の中で、最も証明が困難なのは討伐依頼だそうだ。

 特に、単に追い払うだけで良いといった類の依頼は、本当に追い払ったかどうかが分かり辛い。この場合は、依頼人かその代理人が討伐時に同行することもある。或いはギルド側が責任を持ち、討伐依頼後しばらくの間、監視と調査を行うこともある。

 ただ、依頼のランクが上がれば上がるほど、その確認は第三者には難しくなっていく。ただでさえランクの高い依頼は危険がつきもの。討伐対象以外に危険が有り、誰かが出向くのさえ危ない場所の依頼も有りうる。

 その為に、よく行われているのが討伐証明部位の採取だ。

 魔獣や魔物、或いは凶暴な野獣を討伐したとき、その特徴となる部位を持ち帰り、討伐したことの証明とする方法の事を指す。


 よく混同する冒険者が多いそうだが、通常の魔獣の駆除による証明部位採取と、駆除に付随する有用部位採取とは全く別のものになる。

 例えば、レヴィアタンの鱗と言うのがある。これは、非常に硬いものではあるが、何かの薬になるわけでも無く、何かの道具の素材になるわけでもない。武器の元にも使えず、防具に加工することも出来ない。何の役にも立たない、ただの飾りのようなもの。

 だが、これは加工が出来ない代わりに偽造もし辛い。故にレヴィアタンと戦った証拠として、持ち帰るのが常識らしい。依頼が無ければ、飾るだけでも邪魔になるものだ。

 同じような物でレヴィアタンの歯は、鱗と違って非常に価値がある。

 加工がし易い割に丈夫であり、魔力の通りも良く、様々な道具や武器に加工されている。これは高い値段で取引されるため、依頼が無くても採取を試みる人間が居るほどだ。

 つまり、依頼があるからこそ価値のあるものと、依頼の有無に関わらず価値のあるものという違いだ。


 ウォーター・リーパーの尾びれは、更に特殊だ。

 依頼が無くても十分価値のある物だが、依頼があれば更に価値が跳ね上がるからだ。

 これは、ウォーター・リーパーの特性に由来する。


 ウォーター・リーパーは、土属性魔法を使って身を隠す。

 実際に経験して分かったが、あの戦い辛さは尋常では無い。

 おまけに【看破】の魔法が無い場合は、難易度が桁違いになってしまう。専門的な対応とも言えるような依頼になるので、本来はDランク級の難易度でもおかしくない。

 それ故に、尾びれには本来の薬の素材としての価値と合わせて、懸賞金のような扱いが追加されることも多いらしい。

 珍しい素材の価値プラス、危険な敵を倒した報酬と言った形式だ。

 そしてその恩恵は、僕の目の前に積まれた金貨の山で実感する。


 しめて13万4500ヤールド。

 始めは桁を間違えたのではないかと疑ったぐらいだ。

 爺さんが、粋な計らいでギルドからの適正ランク討伐依頼という形式にしてくれていたからというのもある。

 これだけあれば、慎ましく暮らせば10年は過ごせる金額。

 大富豪になった気分になってくる。


 「ところでハヤテ、結局お前が言っていた依頼と言うのは何だったんだ? 今回のウォーター・リーパーの討伐では無かったのか?」

 「どうやら、今回のは勘違いだったらしい。骨折り損のくたびれ儲け。まあ素材が思わぬ高値で売れたから良しとしようよ」


 とてつもない疲労感が、身体を襲ってきている中、口を開くのも疲れる様な気がしつつも答える。

 世の中の理不尽とは、こうもしんどいものなのだろうか。

 エイザックの嘆きもよく分かる。


 「はっはっは、まあ良い。今回は良い仕事だったからな。かなり際どかったが、大満足だ」

 「やけにご機嫌だね」


 さっきまでは僕やアクアと同じように疲れたような顔をしていた癖に、いきなりハイテンションになっている。

 アントが大人しいというのも気色悪いものがあったが、急にご機嫌になるのも不可解だ。

 何があったのか。

 変な物でも食べたのだろうか。昨日作ったサンドイッチにでも当たったか。


 「さっきレベルを確認していたら、今までにないほどにレベルアップしていたのだ。我ながら自分の才能が恐ろしくなるな。この調子でいけば、私が最強の剣士として世界に名を轟かせる日も近い」

 「ああ、そうかい」

 「なんだ、素っ気の無い返事だな。一緒に喜べハヤテ。私はレベルが41になっていた。一気に9もレベルが上がったのは、この国広しといえどもそうは聞かぬ話だ。お前もパーティーメンバーが最強の剣士であれば鼻が高いだろう。はっはっは」


 その言葉に、アクアがまず反応した。

 どこまで負けず嫌いなのか。

 真っ先に自分のレベルとステータスを確認していた。

 中空に浮かぶステータス画面を見ているのだろう。画面は本人にしか見えないが、その目の動きは分かる。


 「アクア、レベル上がっていた?」


 分かりきっていることではあるが、一応聞いてみた。アントだけがレベルが上がって、僕らが一切上がっていないと言うのもおかしな話だ。

 彼女も上がっていることは間違いないだろう。

 問題は幾つになったかだ。パーティーメンバーの戦力把握は、リーダーとしてもしておかなくてはならないこと。単純に知りたいからという好奇心もある。


 「……アントと同じ」


 調べ終わったらしい彼女の顔は、喜色満面というのが相応しい。

 さっきまでの疲れは、雲の彼方に飛んで行ってしまったのだろうか。


 「ハヤテはどうなのだ。お前の事だから上がっているのだろう?」

 「えっと……うわ、凄い。レベルが21も上がってる!」

 「何? もう一度言ってみろ」

 「レベルが21上がって、55になった」

 「……最早驚きを通り越してあきれるな。そこまで桁違いだと羨む気持ちにもなれん。何だその桁を間違えたような上がり方は。幾らなんでも上がりすぎだろう。お前、実は魔王の子とかそんな事は無いだろうな。龍の子とか言われても、今なら信じるぞ?」

 「そんなわけないだろう」


 自分でも、一気に1.5倍近く上がったレベルに呆れている所だ。

 自分がタツノオトシゴだとは思いたくはない。一応人間のつもりだ。

 幾らなんでも異常すぎると思ったりもしたが、良く考えればかなり妥当な所でもある。


 この間の森蜘蛛。

 あれもかなりの強敵だったが、確かレベルは40を超えるぐらいだったはずだ。

 それよりもウォーター・リーパーは強かった。森蜘蛛でレベルが上がるのだから、それよりも格上の連中が、30匹以上となればそれぐらいのレベルアップもむしろ納得できるものだ。まあ、身体を食いちぎられた代償とするなら、それぐらい特典があってもバチは当たらないはずだ。


 「これはあれだな。教会に行かねばなるまい。お前のそのバカみたいな昇格値の使い道も相談すべきだろう。うん、それが良いな。早速行こう」

 「待って待って。結局問題は解決してないんだって」


 僕の事を理由に、自分の行きたい所へ誘導しようとするアントを押しとどめる。

 今回の話はそもそも王女の面倒事を片付けたい思惑があった。

 問題の芽を小さいうちに摘もうと、焦ったのがそもそもの間違いだった。

 慎重に行くべきだったのだ。せめて依頼人の身元ぐらいは確認しておかなくてはいけないところだった。今回の失敗があるとするならそこだ。


 ではこのまま、王女の依頼を放置して良いのだろうか。

 勘違いであったことに気付いていないふりをすれば、一応の言い訳にはなる。間違った責任は、僕に無いと言い張ることも出来る。


 だが、それではやはり根本的な解決にはならない。

 むしろ、それを切っ掛けに団長や爺さんが良からぬ謀を企む可能性だってある。

 例えば、ギルドに迷惑をかけたとかなんとか言いがかりを付けてくるなんてのも有りうる。ここはやはり、原点に立ち戻り、依頼者を探すべきだ。

 そして一刻も早く、こんな面倒な仕事からは解放されるべきだ。騒動の原因は王女からとはいえ、いつか団長にはツケの請求書を束で送ってやる。あの赤毛の大男は、王女に甘くて僕に厳しすぎる。もっと優しくしてくれても良いと思うのだが。


 そんなことを考えていると、顔を真っ赤にして挙動不審になっているドリーと、目じりの皺をより一層強調させた笑顔のエッダ婆さんが戻ってきた。

 ドリーは、何故か僕をちらちらと見ては俯いたり横を向いたり忙しそうにしている。

 婆さんに何か言われたのだろうか。年寄りのいう事は、間に受けてはいけない。特に偉い肩書の付いている年寄りは怪しいと思わないと。


 「お前さんたち、今回はご苦労だったね」

 「いえいえ。あ、これはエッダさんの分です」


 僕は、討伐証明部位を売り払った収益である金貨と銀貨のうち、4分の1をお婆さんに渡そうとした。

 今回は一応共同で依頼をこなした形になるからだ。


 「いいさ、それはあんたらで取って置きな。久々に見どころのある子達を見られたからね。3人とも中々の素質だった。あたしはそれで十分さ。そうそう、ハヤテとか言ったね。あんたにこれをやるよ」


 そう言って、エッダさんは一通の封筒を渡してきた。

 丁寧に封がされていて、中を見ることは出来ない。

 一体これは何だろうか。


 「これは?」

 「あたしの紹介状さ。もし王都に行くことがあったら、魔術師団の研究所に顔を出すと良い。それを持っていけば、色々と便宜を図ってくれるはずさ」

 「ありがとうございます」

 「もし魔術師団に入りたいのなら、それがあれば話ぐらいは聞いてくれるはずさ。出来れば入団も考えてみておくれ。あんたには期待しているんだからね」


 何だかわからないが、コネが増えたという事だろうか。

 貰って損のある物では無いようなので、収納鞄に仕舞込んでおく。


 今回の依頼の報酬とも言える魔道具職人についても、教えて貰えた。

 店の場所を聞いたわけだが、今日そのまま行くのは止めておけと言われてしまった。何でも気難しい人らしく、初見の人間には絶対に会わないとのことだ。エッダさんは、自分が話をしておくから、後日伺うようにと言ってきた。無論、魔道具に関しては、王女の依頼と違って大急ぎというものでも無いので了承しておく。


 「それじゃあ婿殿。早くうちの孫娘を貰ってやっておくれよ」

 「お婆ちゃん!!」


 颯爽と去っていく老人は、孫娘をからかって出ていった。

 今回の仕事は、ご老体には、かなり辛かったのではないだろうか。

 その素振りは見せていなかったが、きっと堪えているだろう。


 「ドリーにも迷惑かけたよね」

 「え? いえそんな。むしろ、ぅれしかっ……何でも無いです」

 「ん?」


 良く聞こえなかったが、気にすることでもないだろう。

 だが、本当に彼女にも迷惑をかけてしまった。

 元々、お姉さんが変な誤解をしたからだとはいえ、僕も確認を怠っていた過失がある。

 今回はきちんと確認するべきだろう


 「実は、王女様から厄介な依頼を受けているんだ。何でも、しつこく求婚を勧める奴が居て、それを断るために僕を婚約者候補と言ってしまったらしい。僕としては婚約者候補になる気は無いんだけど、その求婚相手と言うのが、王女様に焚き付けられて僕を試そうとしているそうなんだ」

 「ああ、そうだったんですか。それでアドリエンヌ先輩が勘違いしたわけですね」

 「そう。それで、その相手を探している。王女様の依頼だから、婚約者候補という口裏は合わせないといけないわけだけど、あまりおおっぴらにも出来ない。ドリーは、誰か僕を探している人間に心当たりは無いかな?」


 人差し指を、可愛らしい唇に当てて考え込む受付嬢のドリー。

 その様もまた、愛嬌のある小動物的な仕草に思えた。


 「ん~そういえば、クレイヌス伯爵のご子弟が、冒険者ギルドに誰かを探しに来ていたと言う話を聞きました。それがハヤテさんの事なのかはわかりませんが」

 「そう、ありがとう」

 「いえ。いつでも聞いてください。……それとそのぅ」

 「何?」

 「あ、んと、お、お婆ちゃんが言っていたことは気にしないでくださいね。うちのお婆ちゃんはいつも私をからかうんです。それじゃあ、し、失礼しまひゅ」


 相変わらずそそっかしいらしい。受付の奥に戻っていくドリーを見つつ、この分だとまだまだ受付での仕事は卒業できないだろうと思ってしまった。少なくとも、慌てると噛んでしまう癖は治すべきだ。

 もっともっと成長しないといけないだろう。僕も人の事は言えないが。


――ギュッ


 突然、腰のあたりに鈍痛が走った。

 背筋を駆け抜ける様な、強烈な痛み。

 何事かと思えば、いつも以上の仏頂面のご令嬢が傍に居た。

 それも、白くて細い親指と人差し指を使って、僕の腰の辺りを抓っている。


 「痛い、痛いってアクア。何するのさ」

 「……ハヤテが悪い」

 「うむ、そうだな。どう見てもハヤテが悪いな」


 一体僕が何をしたというのか。

 世の中は、どうしてこうも理不尽が多いのか。


 そんな理不尽を追い払うように、聞き込みを始める。

 痛む腰をさすりつつ、ギルドの受付嬢たちに話を聞いてみた。

 ドリーが教えてくれた話を聞くためだ。

 なんとかという貴族様が、僕を探していたとか何とか。


 その結果、分かったことがある。


 僕を探していたのは、やはりアキニア王国の伯爵の息子。そして、探していた用件は予想通り僕を試すことらしい。今度は間違いなく王女の依頼の相手というのは確認した。本人が、そう言っていたらしい。


 「ふむ、クレイヌス家の跡取りか」

 「知っているのか、ら……アント」

 「無論だ。私はこう見えてもこの国の伯爵だぞ。それぐらいの事は知っていて当然だろう」


 確かに、同じ階級の貴族なら顔を合わせる機会も多いだろう。

 知っていて不思議はない。

 我らがアカビットの美形様は、それでなくとも目立つのだから、パーティーだの会合だの儀式だの儀典だのと、そういうものに参加すれば声を掛ける人間も多いはずだ。その中に、もし麗しき女性が居たとしたら、アントは晴れて全男性の敵という汚名を被ることになっていたことだろう。


 「それで、その人はどんな人?」

 「一言で言って最低の男だな」

 「ボクもあの人は嫌い」


 幼馴染2人して非難する口ぶりだ。

 それほど酷い人物なのだろうか。

 特にアクアがこれほど嫌悪感を見せたのは初めてだ。どれほどの人物だと言うのだろうか。

 物凄く息が臭いとか、顔が不細工すぎるとかだろうか。

 いや、顔の美醜でここまで人を嫌うような2人では無いし、息が臭いなら嫌いと言わず苦手と表現するだろう。だとすれば、中身の問題か。


 「いいかハヤテ。あいつがもしお前を試しに来たというなら、私は喜んでお前に協力するぞ。あの人間の腐った男に目に物を見せてやれ」

 「そんなに酷い人なのか」

 「ああ、神が作ったものに失敗作というのがあるなら、あれの事だな。まず性格が悪い。弱いものには徹底的に強圧的に出るくせに、強い者には恐ろしく卑屈になって媚びへつらう。人が困っている様や、苛められる姿を見て嬉々として喝采をあげるし、自分から率先して弱い人間を嬲る。奴が小さい頃に町の子どもを攫い、自分の魔法の実験と称して火あぶりにし大火傷させたことが問題になりかけたこともある」

 「……そのうえ、好色」

 「ああ、アクアの言うとおりだ。あれは親から生まれる時に下半身から産まれたのだろうな。自分の所の領民で、少しでも見た目の良い女性の噂があれば呼びつけて手籠めにしているとも聞く。サロンでも、令嬢達からは蛇蝎の如く嫌われているくせに、自らの父親の権威をカサに着て下級貴族の娘に手を出そうとしている所を何度となく見ている」


 アントが顔を顰めながら嫌そうに語る。

 聞くだけでもぞっとする男のようだ。

 この男前がここまで人の悪口を言うのを初めて聞いた気もするし、アクアまで嫌っているだけのことはある。話を聞いているだけだが、それだけでも最低の男だ。むしろ同じ男として扱いたくない。


 「でも、そこまで酷い人間が、何で普通に生活していられるの。さっき言っていた町の子どものことだって、犯罪でしょう」

 「そこがあの男のゲスな所だ。父親が公爵派閥の重鎮であることをとことん利用し、悪事のほとんどを金と権力で無かったことにしてきた。実際、さっきの子どもの件も、親に金貨を渡して子ども同士の喧嘩ということにしてしまったらしい」


 そんな男が、同じ貴族だとは思いたくない、ともアントは言った。

 気持ちはよく分かる。正義感の塊みたいな人間からすれば、真っ先に斬りたくなるような男だ。話を聞く限りではだが。


 「噂をすればなんとやらだ。見ろ、その男が来たぞ」


 アントが、大通りからギルドに来たものを顎でしゃくって教えてくれた。

 遠目からでもアントが気付いたのは、馬車に乗ってきたからだ。2頭立ての栗毛の馬にひかれて、大通りを上級居住区の方からやってきた。貴族の物としては小さい方なのだろうが、それでも軽自動車ぐらいはありそうな大きさの車体を、ギルドの傍で停めた。

 馬車はこれでもかと言うほどに装飾を凝らした悪趣味なもの。無駄に装飾を付けてはいるが統一性が無く、おまけにあちこちが金ぴかに光っている。これ見よがしなごてごてとした飾りつけは、職人のセンスを疑うほどの成金趣味。

 金で光らせれば良いとでも言わんばかりに、きらきらとさせている。雨の上がりかけた屋外では、その見た目は非常に目立った。


 その馬車から、使用人らしき女性2人と共に1人の男が降りてきた。あれが例の貴族様だと一目で分かる出で立ち。年の頃は20代前半と言った所だろうか。

 アクアまで顔を顰めだしたが、それも分かる気がする。生理的に嫌われる風貌だ。

 まず体型が酷い。普通の人の倍ぐらいある横幅。何を食べたらそこまで太れるのかと言うほどに肥えている。マクドナルドのビッグマックを毎日山盛り平らげても、あそこまで太るのは相当掛かるのではないだろうか。それでも禿げてないだけマシと言えるだろうか。

 背も低く、恐らく僕より5cmは足が短い。胴体の長さは変わらないだろうから、バランスが酷く崩れている。

 それに、顔立ちも貴族とは思えないほど醜い。二重どころか三重になっていそうなあご。細い蛇のような目に、ひん曲がった口。丸く団子のような鼻に、脂ぎって光っている額。どれもこれもが、建てつけの悪い家のドアサッシのようにガタついている。


 更に、態度が酷い。

 明らかに他人を蔑む濁った目つきをしながら人々を見渡し、おまけに左手は使用人らしき女性のお尻を撫でまわすのに使っている。女性も嫌そうな顔を隠そうともしていないが、文句も言えないらしく何も言わずにされるがままになっている。可哀そうに。

 いままでアントの剣の錆になっていないのが不思議なぐらいの気色の悪さだ。


 その男が、使用人を連れてのそりとギルドに入ってくるなり、きょろきょろとしだした。

 そして僕を見るなりウォーター・リーパーが潰れたような気味の悪い笑顔を浮かべた。思わず体中に鳥肌が立ってしまった。隠れればよかったと思ったが、どうやら遅かったらしい。


 「その黒髪。お前がハヤテとかいう冒険者だな」


 黒板を爪で引っ掻いたか、ガラスをカッターナイフで擦ったか、そんな声で僕を見下げてくる。

 実際は相手の方が背も低いわけだが、何故か胸をふんぞり返らせている物だから、そんな感じを受けてしまう。

 見下げすぎて見上げるような姿勢になりはしないだろうか。似合わないにもほどがある。


 「おい、聞かれたことに答えんか平民風情が。私を誰だと思っているんだ。答えろ、お前がハヤテとかいう冒険者だな」

 「ああ」


 相手をじっと観察していると、その間がどうにも気に入らなかったらしい。苛立たしい様子で答えを急かせてきた。

 堪え性のない男だ。間違いなく女性には嫌われるタイプだ。おまけに僕の事を態度だけでなく言葉づかいでも蔑んできた。


 アントが横で怒りを露わにしていたが、小声でアクアを庇うように言うと、それに従ってくれた。

 これは万が一の為だ。


 「貴様のような下賤な輩の、何処を王女が気に入られたのか。全く、王女にも困ったものだ。私の妻になった暁には、そこのところはしっかりと教育し直してやらんといかんな。私好みにしっかりと教え込んでやらねばなるまい。ぐふふふ」

 「何か用か」


 あまりの気持ちの悪さに、思わず突き放したような言い方になってしまった。

 これは仕方の無い事だろう。誰だって、生理的な嫌悪感には勝てない。

 だが、その言葉に目の前のウシガエルが怒りを覚えたらしい。怒ると顔が赤くなって、尚更気持ちの悪い顔になっている。


 「高貴なる私に向かってその態度は何だ。冒険者と言うのはやはり礼儀知らずのようだな。全く、こんな男が私と同じ王女の婚約者候補と言うだけでも信じられん。王女殿下に相応しいのは、やはり私のような優れた血筋と教養を持つ男でなくてはならん」

 「……何かご用でしょうか」


 一応言葉づかいを直して言い直す。

 用件は分かり切っているが、早く言えと言いたい。

 手に握りこぶしを作りつつ、相手を見る。


 「先だって、このわたっしことミ・ロードサン・ヨルゴ=リ=アンクトサンブル・コロネロッソ・クレイヌス・クレイヌス・コロネイアス・オブ・バランデア伯爵子が、カレンナール・フェ・アキニア王女殿下と午後のひと時を仲睦まじく共にしていた時、王女殿下が私にご相談なされたのだ。私が常々婚約を申し込んでいるが、それを受けないのはハヤテ=ヤマナシという冒険者が婚約者候補であるからと。殿下の御心は既に私の傍にあるであろうが、それを素直に表明できない理由がお前にあると言う事だ。身分も弁えないこのような男は、神をも畏れぬ不敬と言わざるを得ない」

 「はあ」

 「そこで私は、将来の妻にこう告げた。そんな男を婚約者候補というなら、この私が直々にその男を試してやる、と。どちらが本当に婚約者として相応しいか、誰の目にも分かるよう証明し、憂いを拭ってみせるとな」


 自分の名前をそこまで大仰に言えるというのも凄いものだ。きっと貴族のフルネームか何かなのだろうが、欠片も頭に残っていない。確か、ミなんとかだ。

 まあ、この男の勿体付けた言い回しでは分かり辛かったが、言いたいであろうことは予想通りだ。

 王女様が、この気色悪いストーカー男を振ってしまう為に、僕に協力して欲しいという依頼だったのは分かった。気持ちは大いに理解できる。こんな男に付きまとわれて、彼女もさぞ嫌な思いだったに違いない。

 確かこの男は、貴族の公爵派閥とかいうところの重鎮の息子だと言う話だった。王女としては、政治的に全くの無視も出来ない相手なのだろう。難儀な話だ。


 「おいこら、聞いているのか。この栄えある私の言葉を」

 「ああ、はいはい、聞いてます聞いてます」

 「貴様!」


 僕の態度が気に食わなかったのだろう。

 のろまな動きで、殴りかかってきた。

 まるでカタツムリかナメクジが這うような平手打ちだが、黙って受けるのも癪に障る。


 相手の手が僕の頬に当たる間際、それを少し頭を後ろに逸らせることで躱す。

 こんな蝿が止まりそうな動きに当たってやるほど、お人よしでは無いのだ。


 我ながら完璧に避けたからだろう。

 勢い余って、ウシガエルのミなんとかが体勢を崩してよろけた。さりげなく崩した方向に押してやると、重たい荷物を置いた時のような音と共に、ストーカー野郎がすっ転んだ。


 顔を地面に打ち付けたらしくしばらく転がったままでいたが、しばらくして使用人に起こすよう命じて起き上がってきた。1人で立つことも出来ないとは情けない男だ。周りの人たちは、何処か達観したような目で見ていた。恐らく、僕と似たようなことを皆感じているのだろう。


 「っく、貴様……殺してやる! その顔をズタズタに斬り裂き、はらわたを引きずり出し、寸分刻みでなます切りにしてくれる」

 「おっと、それは私としても見過ごせんな」


 顔を怒りでくしゃくしゃにし、本気で僕に殺意を向けてきた腐れ貴族と僕の間に割って入ったのは、誰あろう金髪の剣士様だ。こういう時はこいつの肩書が役に立つものらしい。


 「クレイヌス家よ。このハヤテは私の大事な仲間だ。それを殺すと言われては私としても見過ごせん。こいつを敵にするのは、我がアレクセン家を敵にすることと心得て貰おうか」

 「ぐっ……」


 怒りで顔を真っ赤にし、それと同じような色のものを鼻から僅かに垂らしていた男も、それでようやく大人しくなった。


 「ありがとう、アント。もう大丈夫だと思う。それで、僕を試すというのは何をすればいいんです?」

 「きさっ……、い、良いだろう。ならば教えてやる」


 まだ喧嘩を続けようとしたところで、アントと僕が睨んでやると急に大人しくなった。

 なるほど、強い者にはそういう態度を取るわけか。尚更酷い奴に思えてくる。

 ウォーター・リーパーもどきは、狼狽しながら、よく分からない要求を突き付けてきた。


 「祭りの日までに、エルフの里に赴き、月桂樹の冠を持って来い。いいか、分かったな」


 そう言い残し、メタボリックなペンギンは、それらしい歩き方で、身体を揺らしながら馬車に戻って行った。世界一可愛く無いペンギンだ。

 最後に使用人の1人は、詳しいことはギルドの依頼として説明を受けてくれと言う言葉を残して去って行った。


 エルフの里。

 それがまた新たな騒動になるなんて、この時は僕も考えていなかった。

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