057話 誤解
サラス商業都市は王国屈指の大都市であり、そこの中心にある冒険者ギルドは町のシンボルとも呼べるほど立派な建物である。
その冒険者ギルドの部屋は幾つかの用途ごとに分けられていて、部屋数のうち半数を職員用の用途として占める以外は、冒険者に解放されている。これは、元々が同業者の相互扶助として産まれたギルドの性質を示すものであり、基本的には冒険者であれば使用は自由となっている。
勿論、商売に流用したり、或いは特定個人や特定団体が専有したりすることは不文律として禁止行為になっている。違反すれば、冒険者同士で制裁まで有りうることである以上、その不文律を犯す輩は稀である。
その解放されている1室に、現在4人の人間が居る。
僕、アント、アクア、そして見慣れないお婆さんの4人だ。
皆等しく警戒の度合いを強め、事によれば剣を抜こうかという状況。
それを生み出した原因は2つある。
1つはその部屋に居る老婆が、僕を含めた他の3人に対してあからさまに値踏みをするような視線を向けてきたことだ。
僕だけならまだしも、アントやアクアに対しても、遠慮の無い視線が向けられた。これには堪忍袋の緒が人よりも千切れやすい伯爵様や、何故か今回の仕事に積極的なご令嬢が憤りを見せた。
そしてもう1つは、部屋のテーブルの上にあるものだ。
これ見よがしに置かれているそれは、夕闇が近づき薄暗くなってきた中にあっても不気味なほどに光っていた。
ナイフ。
恐らく10人中10人がそう答えるであろう物が無遠慮に置かれ、その存在感たるや夜空の月の如しだ。
ただ、単なる刃物であればそれは例え抜き身で置かれていても驚くほどでは無い。物騒な魔獣や魔物が徘徊する世界であれば、護身用にナイフの1つや2つ持っていても当然だろうからだ。そして、テーブルの上に武器を置いておくのは、拳銃を向けられたときに両手を上げるのと同じく、敵意が無いことをアピールする効果を狙っての事と考えられなくもない。そう、ただのナイフなら。
問題はそのナイフの輝き方だ。
淡く刃元から刃先にかけて、虹色に輝いている。別に窓の光が月明かりになってきたからでは無く、それそのものが輝いているのだ。
明らかに普通のナイフでは無く、何らかの魔道具と思われた。効果が不明な魔道具ほど警戒心を強める物も無い。催眠効果か麻痺効果でも持っていると、あっけなく永久の眠りにつく可能性だってある。
警戒するのは当然の事だった。
「あんたが冒険者のハヤテ=ヤマナシかい?」
その警戒を分かっているであろうにも関わらず、挑発するかのような老婆の態度に、思わず僕らは感情的になりかけた。
だが、僕よりも数瞬早くアントが動きかけた所で、冷静にならなくてはならないと自制することが出来たのは僥倖と言えた。
2人を抑え、まずはゆっくりと腰を掛けることにする。
安っぽい椅子を3人分用意し、そのままお婆さんからは若干距離を離した形で座る。
「改めて自己紹介します。私がハヤテ=ヤマナシ。こっちがアントでそっちの娘がアクア。全員同じパーティーメンバーです」
出来るだけ落ち着いた形で紹介しようと試みてみた。
その試みは恐らく上手くいった。
目に見えて目の前の老婆がほほ笑んだからだ。
多分、彼女の第一関門はクリアしたと言った所か。幾つあるか分からない関門だが、適当にこなせば、仮に駄目でも皆納得してもらえるに違いない。
全員の警戒度合いが、恐らく1段階か2段階下がった雰囲気を感じた。
「あたしゃエッダ。アドリエンヌから、あんたが今日ここに来た用事は聞いているよ。婚約者候補としてあんたを試すことになるわけだが、その覚悟は出来ているんだろうね?」
「ええ、勿論。さっさとやりましょう」
アドリエンヌというと、さっきお婆さんを呼びに行った受付嬢のお姉さんだ。
事情説明までしておいてくれるとは話が早くて助かる。素晴らしいサービスだ。婚約者候補と言うだけで分かるというのだから、冒険者ギルドの受付嬢と言うのは洞察力と推察力に優れているのだろう。
こんな厄介で面倒くさい仕事は、すぐに終わらせるに限る。
「逸るんじゃないよ。最近の子は、皆落ち着きが無いね。外を見て御覧。今から町の外へ出るのは幾らなんでも無謀ってもんさ。まあ、話だけでも落ち着いて聞きな」
言われて窓の外を見る。
いつの間にか日は沈み、月明かりが浮かんでいた。綺麗な半月が、僅かに窓の端から見えた。
部屋の中も薄暗く、これでは話もし辛いのは誰の目にも明らかな状況だ。
それを察したのだろう。
スッと立ち上がってランプを付けたのは、この部屋の中で最も長身な男。部屋に備え付けてあったらしい灯りが灯れば、全員の顔が浮かび上がる。
陰影がくっきりした老婆の顔は、その目尻や頬の皺が目立つようになっている。目だけはその中にあってひと際存在感をアピールしてくる。
じっと僕を見つめる視線が、揺らぎもしないでぶつけられる。
「気が利くじゃないか。あんたも見習いな」
「はあ」
「何だい、気の無い返事だね。まあいい、早速だけども依頼の内容を説明するよ」
僕は、分かりましたと答えつつもアントとアクアに軽くアイコンタクトを取る。
ここからは、どんな落とし穴や罠があるか分からないのだから、傾注しろと言う意味合いでだ。
勿論、アクアは僕が目を向ける前から集中して聞く体勢になっていた。
「依頼の内容は簡単さ。この町から西に歩いて半日、更にそこから北へ数刻歩いた所に、湖と沼地がある。ここいら辺じゃ、馬車も馬も、足を取られるってんで人は寄りつかないことで有名な場所さ。そこに行って、ある魔獣をあたしと一緒に退治しに行って貰いたいのさ」
「ある魔獣?」
「そう、聞いた話じゃ、あんたはかなり強いそうじゃないか。簡単な依頼だろ?」
話自体は単純であるものの、簡単かどうかは魔獣の事を聞かない限りは何とも言えない。
もしかしたら、森蜘蛛の大群と戦えとか言われるかもしれない。そうなったら、今度は流石にアクアやアントを前面に押し立ててごり押しというわけにもいかなくなる。
試されるだけに、ドラゴンと戦えとでも言われかねない。この世界ではドラゴンと言うのも居るらしいから、戦う可能性はゼロでは無い。
ちなみに、ドラゴンが1匹出ると、国の総力を挙げて戦うほどだそうで、ある意味では災害と呼べるほどのものらしい。家を数十軒まとめて吹き飛ばす風魔法やら、森を1つ焼き払う火魔法やら、そんな事が出来る相手だそうだ。まさかそんなことは言わないとは思うが、もしドラゴンと戦えと言われたらこの依頼は受けられない。
「戦う魔獣によるでしょう。魔獣の種類は何ですか?」
僕は、老婆に再度尋ねた。
その質問に、目の前の老人は目を細める。僅かな目尻の皺を一層際立たせ、口元に浮かべるのは微かな笑み。僕だけでは無く、部屋に居る全員が間違いなく聞き取れるほどはっきりとした口調で、彼女はその名を告げる。
「ウォーター・リーパーが数十匹かね」
「何だと!」
ガタリと椅子を蹴飛ばすようにして、アントが立ち上がった。
耳の鼓膜が破れるかというほどに大きな声を上げ、机に両手を叩きつける様にして音を立てる。
隣でそんなことをされると、何事かと驚いてしまう。
無駄に長い脚は真っ直ぐになり、身体を乗り出すようにして机へ体重を掛けているのが分かる。安普請の机は、僅かに軋むような音でそれに抗議を表明している。
「どうしたのさアント」
「これが驚かずにいられるか。ウォーター・リーパーと言えば、兵士食いで知られる肉食の魔獣だ。かつて我が国と隣国であるイナ王国との争いの折、その両方の兵士を見境なく食ったことで、図らずも停戦する原因となったことがある。その時は僅か5匹を退治するのに、1000人規模の兵士と35人の冒険者が動員され、40名以上の犠牲者を出した。それが数十匹とは、驚かずにいられるか!」
僕は伯爵の言葉に驚いた。
ドラゴンとまではいかないにしても、聞くだけでもかなり危ない相手だと分かる。
どう考えても、試すという範疇を越えている依頼だ。5匹でそれなら、数十匹とは尋常では無い数字だ。いや、そもそもそんな危険な魔獣が、町から1日のしない場所に居ても良いものなのか疑問が出てくる。よくそんな細かい数字まで覚えていたものだ。よほどの相手だという証左だろう。
「落ち着いて、アント。えっと……エッダさん、もう少し詳しい話を教えてくださいませんか?」
戦いの気配を色濃くした男前を落ち着かせ、目の前のエッダ老婦人に詳しい話を聞く。
疑問点は、今の時点でも山盛りだ。
一つ一つ確認していくべきだろう。
「まずそのウォーター・リーパーについて、どういう経緯で貴女は存在を知ったのですか?」
「あたしゃこう見えても冒険者の連中には顔が効く。危険な魔獣の話だから、たまたま聞いていただけさ」
「場所は、さっき言われていた場所で間違いないですね?」
「ああ、間違いない」
場所の確認をすれば、アクアもアントも知っている場所との事だった。
人が近づかないとの話は本当らしく、立ち入り禁止に近い場所となっているらしい。沼地の為に、馬車や馬はさっき言っていた通り使えないそうだ。おまけに、ウォーター・リーパー以外にも魔獣が出るらしく、危険度はこの近隣でも指折りだそうだ。
2人が険しい顔をしているだけに、事の深刻さが伝わってくる。相当ヤバい橋という事なのだろう。
「依頼の報酬は?」
「無い」
「え?」
「払う人間が居ないのさ。実はこの話、元々は別の依頼で沼に行っていた冒険者から聞いただけの話なのさ。危険だから近づくなよって言われてさ。そうなると、あたしが金を払う義理も無いし、お偉いさん方は近づかなければ良いと言って、金なんて出しゃしない」
全くの無報酬というわけか。
これは一層受ける理由が無いように思えてくる。
危険すぎるほどに危険な魔獣が相手で、しかもタダ働き。どう考えても割に合わない。
慈善事業のボランティアでは無いのだから、守るべき一線はきっちり守らなくてはならないだろう。タダ働きの安請け合いをしていては、良いように利用されるだけだ。
「ただ、1つ報酬代わりの条件がある」
「その条件とは?」
「王家御用達の魔道具職人を紹介してやる。見たところ、あんたは魔道具の類はその鞄だけのようだ。必ずあんたにとっては得となるはずさ」
「魔道具職人ですか」
そんな紹介を要らないと突っぱねることは簡単だ。
だが、そう簡単に断ってしまうのが果たして正解かどうか。
「冒険者に顔が効くと言っただろう。そいつの魔道具は、冒険者たちにとっては垂涎の的だからね。あたしも自然と縁が出来たのさ。だから、紹介できる。どうだい?」
老婆は更に話を続けた。
聞けば、冒険者が魔道具を職人にオーダーメイドするのは、当たり前の事らしい。
確かにそうだと、僕も納得してしまった。
魔道具は、収納鞄の例を挙げるまでもなく、非常に便利な物だ。特に、属性を帯びて攻撃や防御に使える魔道具となると、その威力は絶大だ。魔獣や魔物は、強いものになればなるほど、魔法や物理攻撃に対して耐性を持つものが多くなる。
個人の魔法属性が1~2属性のみが普通という世界にあって、仮に自分の魔法の属性に対して耐性を持つ魔獣が出れば、別の属性を持つ魔道具に頼ることも多くなる。自分の属性と取得魔法や物理攻撃手段によって、使う魔道具を選ぶのは当然の事と言える。
普段の攻撃手段が弓ならば、近距離攻撃は道具頼りになることもあるだろうし、僕らのように剣を使う人間は、離れた場所を攻撃出来る魔道具は非常に便利な物となる。
そして、冒険者として経験を積み、レベルが上がっていくと、更にオーダーメイドの必要性が高まってくる。
パーティーメンバー同士の連携や、その中での互いの役割。また、個々人の資質探求による差異の顕在化。武器への適正と、取得魔法や得意魔法の選択。それらを総合して生まれるオリジナリティが、既存の魔道具と合わなくなることが増えてくるからだ。
早い話、強くなれば自分のスタイルが出来てくるから、店売りの汎用品だと逆に使い辛くなってくることが増えるという事だ。
だが、そんな冒険者としての需要に対し、オーダーメイドを請け負ってくれる職人はかなり限られてしまうらしい。
汎用品なら作れても、オーダーメイドをこなせる職人がまず少ない。魔道具の製法の一部は、秘匿事項にもなっているらしく、細かなオーダーメイドの注文に、全て応えられる職人そのものが稀であるとのこと。
おまけに、注文を受けることに対しても消極的な職人が多いそうだ。
魔道具は便利で、非常に効果も高い。だからこそ悪用されれば恐ろしいことになる。
故に腕の良い職人ほど、自分の作ったものの威力を恐れる。
オーダーメイドの注文者自身が善良であっても、その人間を使う雇用者。或いは道具を盗む窃盗者。更には将来魔道具を遺産として引き継ぐ子弟。そういった人間が、悪用を考える可能性も、決して無視できるものではないからだ。
数が少なく、そもそも消極的な魔道具のオーダーメイド。
その上、腕も確かな人間を探すとなると、これは並大抵の労力では無い。
街中で、自分と同じ生年月日の人間を探す方が簡単だろう。
だからこそ、このお婆さんの話には、興味を持った。
僕だけでは無く、アクアも興味を惹かれたらしい。まあ冒険者としてなら当然の事と言える。
「分かりました。受けましょう」
「ほう、良いのかい。かなり危険な話だよ?」
確かに危険なのはよく分かった。警戒は幾らしても、し足りないほどだろう。
それでも、王家御用達で冒険者垂涎と言われる魔道具職人に繋ぎをとって貰えるのは僕にとってはありがたい申し出だ。
勿論、そういった相手に詳しそうな人間は何人か知っている。というより、このギルドのトップは、間違いなく知っているだろう。知らない方がおかしい。
今後、魔道具が必要になるであろうことは誰の目にも明らかだ。だとするなら、ここで誰かに借りを作らずとも繋げられる人脈というものに、価値はあるだろう。いざ必要となった時に、絶対に借りを作ってはならない相手から借りを作ってしまうのを避ける手だ。
いつもいつも、良い様にあしらわれていては話にならない。
僕は、老婆に向けてはっきりと受諾の意思を込めて頷く。
それに満足したのだろう。依頼人は頷き返してきた。
これで依頼の受諾となる。
会議室らしき部屋を出て、依頼を受けた旨を受付嬢に伝えに行く。
直接の依頼とはいえ、今回は形としては無報酬。何かと面倒事になりそうなので、ギルドを間に挟むことにしたのだ。
たまには、爺様にも働いてもらうべきだろう。年寄りの相手は、年寄りに任せるのが一番。
事情の説明と、依頼を仲介と言う形にしてもらうようにした手続きが終わる。今回の依頼は恐らくFランク任務だ。アクアによれば、本来ならDランクでもおかしくないぐらいだそうだ。かなりの強敵というわけだ。
ギルドカードの更新もついでに行った。輝く様な文字で刻まれたランクFの記号。
我ながらこのひと月、頑張ってきた証と言えるだろうと胸を張る。
「でも大丈夫かしら。ハヤテくんFランクになったばかりでしょ? ウォーター・リーパーの討伐なんて、本来はEかDランクの仕事よ?」
「そうなんですか?」
受付で話しているのは、ショートヘアが少し伸びてきたお姉さん。
大分、親しげに話せるようになったのは僥倖だ。やはり素敵なお姉さんと話すのは楽しい。
「ウォーター・リーパーは、水場から離れることは無いわ。だからこそ沼地はあまり人が寄りつかない。でも、知らずに足を踏み入れた商隊が襲われたりしたこともある。正直、レベル50ぐらいの冒険者でも危ない所だと思うの」
「何か弱点とかって無いですかね?」
「えっと、ちょっと待って調べてみるから。……んと、弱点と言えるのは木魔法ね。エルフなんかが得意だけれど」
「それはまだ覚えてないですね」
木魔法ときたか。
どういう原理でそうなっているのか。
相手は肉食。下手に食いつかれて、生きながら食われるなんてことになれば、どれほどの苦しみになる事か。
それを思えば、弱点の分かっている相手にはその手段を用意しておくべきか。
こういう時に魔道具があれば、有難いのだ。僕が調べた限り、木魔法の魔道具も存在する。手持ちで用意できていれば、最悪、逃げるためのデコイぐらいには使えただろう。
「今回のお仕事、やけに張り切っているわね。やっぱり、好きな人の為ってことなのかな? お姉さんにだけこっそり教えてごらんなさい」
「彼女は確かに可愛いとは思いますよ。でも、これはそういう話ではないですよ。厄介ごとを押し付けられた感じですかね」
「ふ~ん、まあそういう事にしておいてあげるわ。彼女の為にも頑張りなさい」
人好きのする笑顔で見送られ、ギルドのお姉さんと別れて建物を出る。
もう外は暗くなっていて、人通りも少なくなっている。
お婆さんとは、明日の昼の鐘が鳴る時に、西の門で集合すると約束した。
それまでに、準備を整える必要があるという事だろう。
僕だって、準備がある。特に、行っておいた方が良い場所がある。
一度全員解散の上で、明日昼前に直接集合と決まり、その場は皆別れることになった。明日から泊りがけだから、用意しなくてはならない物もあるのだろう。
「ハヤテ、昼だから大丈夫だとは思うが、寝坊するなよ」
「大丈夫だよ」
アントは一言多い。
そりゃあ寝起きに慌てて騎士団詰所に行ったことはあるが、まだ遅刻したことは無い。
宿屋に戻り、明日からの準備を考える。
必要なのは、衣服に武器に食料に雑貨。一式セットは持っていく。
貴重な本の類は、宿屋のベッドの下に隠しておこう。
◆◆◆◆
翌朝、天気は生憎の曇り空。
どうせならからりと晴れて欲しかったが、これはこれで暑さも和らぐからマシだと考える。
荷物を持って部屋を出る時、いつもの豹変お姉さんが掃除をしていたので挨拶しておいた。
銅貨を数枚渡して、しばらく仕事で部屋を空けるかもしれないことを伝えておいた。
途端に笑顔になった彼女は、任せてくださいと請け負ってくれた。
部屋は、隅々まで入念に掃除をしておくからとのことだ。
まだ日は出たばかりで、昼までにはたっぷりと時間がある。だが朝のうちに、寄る所があることを忘れてはいなかった。
祭りが近いせいか、人通りが本当に多くなってきている通りを歩く。町を歩く人たちも、よく見れば冒険者では無く、普通の町人や村人風なのが多い。きっと、祭りに合わせて村の特産品やらを売りに来ているのだろう。祭り当日は凄いことになりそうだ。
僕がどうしても仕事の前に寄っておきたかった場所。質素な佇まいを美徳と思える建物。神への祈りの場所という事らしい場所。教会。
裏手に回り、シスター見習いのアリシーさんに挨拶しつつ、神父を探す。
アリシーさんが特大の脂肪の塊を揺らしながら教えてくれたところによると、部屋に居るらしいとの事だった。断りを入れて、部屋に通してもらうことにした。
ちなみに、アリシーさんは、孤児院の子達用に祭りのお祝いの準備をしていたそうだ。干し肉を作るとかで、一生懸命脂身の多い肉を短冊状にして干していた。
揺れる脂肪の塊が、美味しそうだった。是非とも食べてみたい。うん。
教会の部屋の神父様は、相変わらずのシンプルな服装で対応してくれた。
そのまま、前置きもそこそこに聞きたかったことを聞く。
「実はこれからウォーター・リーパーを討伐しに行くことになりまして、神父様には予め良い魔法が無いか教えておいていただこうと思って伺いました」
「ウォーター・リーパーか。それは止めておいた方が良い。幾らなんでも君たちには危険すぎる。あれは熟練の冒険者が相手にしても厄介なものだ」
「分かっています。でも、少し事情がありまして」
危険な事は承知している。
そこら辺、既にギルドで何度も脅された。
千載一遇のチャンスが目の前にあるというこの状況でなければ、間違いなく断っていただろう。
「そうか、君がそういうのなら皆納得しているのだろう。分かった、気を付けて行きなさい。それと、魔法の相談だったね」
「はい、お願いします。ウォーター・リーパーに有効で、かつ今後も役に立つであろう魔法があれば教えて欲しいのです」
実は森蜘蛛を倒した時の昇格値を取ってある。
こうなるとは予想外だったが、元々ここには来るつもりだったのだ。
能力値向上の魔法を取得し終えた今、次の魔法をアドバイスしてもらうのは、予定の範疇と言える。
どうせついでなら、今回にも役にたてられて、尚且つ今後も有用な魔法。そんな都合の良い魔法があるかどうかだ。聞くなら神父以外にはあり得ないと思って居た。
「う~ん、中々難しいね。でも、それなら1つ思い当たる魔法があるよ」
「教えてください」
「ちょっと待ってくれ。っと、これだ」
神父が、例の重要書物を指しながら教えてくれた魔法。
【看破】と書いてある。
効果は単純に、隠れている物や隠したいことを見極めることが出来るようになるという物。罠なんかには非常に有効に機能するとある。
これが何故ウォーター・リーパーに有効なのか。その説明も神父は丁寧にしてくれた。
「なるほど、分かりました」
「うん、これから向かうそうだが、くれぐれも気を付けてくれ。危なくなった時、退くのも勇気だと覚えておいてくれ」
「ありがとうございます」
確かにその通りだ。
危険な時には、その危険を避ける為に後ろへ下がる。それが出来なければ、早かれ遅かれ危険の色に塗りつぶされて、自分が消えてしまう事だろう。
自戒と共に改めて気持ちを引き締め直す。
礼を述べ、神父の部屋を出た頃には、日もそれなりに高くなってきていたらしい。大分話し込んでしまったようだ。
空は曇り空の為に太陽の位置は朧にしか見えないが、大体の感覚で計ると、そろそろ門に向かった方が良い頃合い。
僕は教会をあとにする。
西の門に着けば、まだ僕以外は集まって来てはいないようだった。
てっきり、アントやアクアが張り切って来ているかとも思ったが、流石にそうでも無いらしい。きっと準備を入念にしてきているのだろう。教会で準備を整えてきた僕と同じような物だ。
「よう、今日はどうしたのさ。1人でこんな所にボーっと立って。デートの待ち合わせか何か?」
「エイザックさん、こんにちは」
「今日もまた、可愛い娘連れて何処かに出かけるの? 君はモテるからね~。一緒に行くのは依頼者か誰か? 女性?」
「一応依頼者は年上の女性ですけどね」
「何々、君って年上がタイプだったの。意外だね~。年下っぽい娘ばかりと一緒に居たから、てっきり年下が好みかと思ってた」
おしゃべりな騎士は、今日も西門担当らしい。
目敏く僕を見つけて話しかけてきた。
相変わらず、話題が一方向に偏った人だ。ある意味で、清々しいまでに一途だとも思える。
「素敵な人なら、年齢も美醜も関係ないでしょう。やっぱり、中身が大事だと思いますけど」
「いやそうなんだけどさ。それでも見てくれも大事じゃない。ほら、可愛い娘見ると嬉しいだろ? もし中身が同じなら、外見も綺麗な方が絶対良いって」
「まあそれは……」
「でしょ? で、今はその依頼人ってのが来るのを待っているの?」
「ええ、後はパーティーメンバーを待っています」
おしゃべりを聞き流しながら待っていると、アントとアクアが2人して連れだって来るのが見えた。
遠目からでも、はっきりとわかる。
背が高く、人ごみの中でも頭半分ぐらい飛び出しているアントが、とても良い目印だ。街行く女性たちが、すれ違うたびに振り向くものだから目立ってしょうがない。
「おお、ハヤテ。早いな、もう来ていたのか」
「野暮用は済ませて来ているけどね。そっちの準備はどう?」
「問題ないな。ウォーター・リーパーの為に、秘密兵器を用意してきた」
「そりゃ楽しみだ。アクアも準備は大丈夫?」
「ボクも大丈夫」
自信ありげに鞄を肩にかけ直す伯爵に、いつもと変わらない表情なのにやる気が隠せていないお嬢様。我がパーティーメンバーながら頼もしく、これで全員集合揃い踏みというわけだ。
後は依頼人が来るのを待つだけになる。
「ねえねえ、君ってやっぱりどこかの貴族だったりしない?」
「しませんよ」
おしゃべり騎士のエイザックが、僕を訝しげに見てきた。
気持ちは分かる。こんな目立つ男と、可愛らしい男装の娘と一緒に居るわけだし、2人とも身分的にはかなり高い。それとつるんでいる僕も、同じような立場だと邪推されるのは当然だろう。
「そっか、違うのか。でも、依頼人ってのが女性なのは間違いないんだよね?」
「ええ、それはもう間違いなしです。冒険者ギルドで出会った人ですが」
「ギルドで? じゃあきっと凄い美人に違いない。お願いだ、俺に紹介してくれ。この通り」
非常に丁寧なお願いを、ここぞとばかりにしてくる騎士。
その気持ちは十分伝わった。
ただ、恐らく誤解している事がある。
「良いですけど、多分期待通りというわけには行きませんよ。ほら、今来たあの人ですから」
そして皆の目が、僕の指差した方に向く。
軽装ながら、やけに使い込まれた鎧を身に付け、腰には件の魔道具のナイフ。
「なんだい、お前たち。もう来ていたのかい」
老婆が1人、そこに立っていた。




