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水の理  作者: 古流 望
4章 最強のパーティー
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056話 王女の願い

 「ハヤテ様、会いたかったですわ」


 部屋に入るなり、飛びつくようにして抱き着いてきた彼女の一言がそれだった。

 いきなりの邂逅は半ば予想をしていたものであったが、それでもなお驚きをもって迎えるには十分な衝撃だった。


 「姫様、御慎みください」


 赤毛の団長が、してやったりという表情を隠しながら、王女を嗜めた。

 隠しきれてない口元が、僕には酷く凶悪なものに見えた。

 始めから企んでやがったのだろう。この団長様は。


 美少女に抱き着かれて嬉しくないわけがない。それは事実だ。

 だが、この団長が横に居るという事は、下手な事をすれば首が飛ぶという事だ。

 ここは普段通り、紳士的に振る舞うべきだ。


 団長に促され、渋々といった様子で僕から離れるカレン王女。

 実に危険な罠だった。ネズミ取りの中にある、チーズを見つけたネズミの気持ちを、今なら理解できると確信する。


 「さあ、お入りになって。今お茶を入れさせたところですの」


 彼女は僕の右手を柔らかな両手で包んできて、そのまま部屋の中に引っ張り込んだ。

 部屋の中は相変わらず清潔に掃除が行き届いていて、流石に高貴な人間の部屋だと納得させられるものがある。

 部屋の中ほどには、相変わらずテーブルといすが置かれていて、それは前と変わらない。

 違いがあるとすれば、そのテーブルに置かれた花だろう。

 小さく細い花瓶に、薄紅色の花が活けてある。花瓶自体は柔らかそうな丸い口に、ギリシャの神殿を思わせる僅かに湾曲した差しがある。そこから薄らと水が入っている様を透けさせつつ、平らな底がテーブルとしっかりくっついている。高そうな花瓶だ。きっと金貨が何枚も掛かるほどの高級品だろう。


 テーブルの上には、白く可愛らしいカップが2つ用意されている。

 花瓶の花と合わせて、花弁を思わせる飾り椀のカップだ。中には既に薄茶色の液体が注がれていた。

 漂ってくる香りから、以前に来た時と同じく紅茶だろうと察する。

 今日は、蜂蜜は用意していないようだ。


 にこにことした顔で椅子を勧められるものだから、勧められるままに座る。

 当然のように、向かい合う形で彼女が座り、僕の斜め後ろには団長が立つ。

 下手に僕が剣に手をかければ、その手を抑えられる位置取り。恐ろしい。


 「約束通りハヤテ様から会いに来て下さるなんて、嬉しいですわ」

 「約束を守るのは当然のことです」


 不味い。

 約束とは何のことだったか、全く覚えていない。

 背中に冷たくて嫌な汗が流れる。


 「私、また貴方から会いに来て下さるとお約束を頂いて、毎日毎日ずっと待っていました。今日は本当に嬉しいですわ」

 「そ、そうですとも。勿論約束は覚えていましたとも」


 そうだった。確か、今度は僕から会いに行くようなことを言ったのだった。

 お姫様の方から押しかけてこられると厄介だから、そう言ったのは覚えている。今はっきりと思い出した。

 良かった、思いだせて。

 これで忘れたままなら、間違いなく王女の機嫌を損ねていただろう。

 危ない所だった。これならさっきの蜘蛛退治の方が、まだ安全に思える。


 「姫様、あれはお出しにならないのですか?」

 「あれ?」


 僕の斜め後ろから、野太い声が聞こえてきた。

 いきなり勿体ぶった言い方をするとはどういう意図があるのか。

 急に声を出されると、心臓に悪い。


 「あ、あれはまだ出せませんわ。私に恥をかかせるつもり?」

 「無礼を承知で申し上げれば、そのような結果にはならないと考えます。是非この場にお出しになることを、私は提案いたします」

 「む~そこまで言うならそうしますわ」


 そう言って王女は侍女を呼んで何かを囁いた。

 どうやら会話に出てきていた何かを持ってこさせるようではあるのだが、何を見せられるのか不安が鎌首を擡げてくる。

 これで恐ろしい動物や、危険な生き物であれば逃げ出す準備も要るかもしれない。

 何せ、ここで最初にあった時に武装していたお姫様だ。おまけに団長に後ろを取られている。危ない生物で腕試しぐらいしてきても不思議はない。

 そうなれば、まずは逃げ道を確保しておかなければ。


 ドアにさりげなく目線をやり、ついでに窓の方も確認しておいた。

 それに何か感じる物があったのだろう。団長が耳元で心配するなと呟いた。

 駄目だ、逃げ道は無いと思った方が良さそうだ。

 こうなったら、魔法か何かで機先を制するべきか。


 何をしてくる気だろうかと、お姫様の方を見つめる。

 不安げにしていた王女と、その時目が合ってしまう。

 顔を赤らめ、軽い上目使いのまま俯かれてしまうと、何か僕まで恥ずかしくなってくる。

 ここまであからさまな態度で好意を示されると、無碍にするわけにもいかない。どうしたものだろうか。


 しばらくして、部屋にノックの音が響いた。

 照れてしまっている王女に、僕の一挙手一投足を観察しているであろう団長。それに、これから起きることへの対応策を頭の中で考えている最中の僕ともなれば、部屋は自然と無言の支配する空間になっていた。

 そこへきての音であったから、かなりの大音量に思えたのも仕方の無い事だったのだろう。

 王女も同じだったらしく、身体をびくりとさせていた。


 「は、入りなさい」


 若干震えた様子で、入室を促す可愛らしい鈴のような声がなる。

 失礼しますと入ってきたのは、さっき出て行ったメイドさんだ。使用人だろうか。

 頭に白い布を付けているのは、清潔感を覚える。黒と白を基調にした服装で、ロングスカートなのはこの国の女性に共通する服装だ。


 顔は微笑をもって、僅かに伏し目がち。整っているであろうことは分かるが、あくまで控えめな姿勢で応接するのだろう。されている側としては、大いに助かる配慮ではある。

 その使用人の彼女は、手にお盆を持っていた。鏡かと思える様に磨かれた銀色で、雲を思わせる複雑な装飾が施されている。見ただけで高そうだと分かるトレイだ。


 上に乗っているのは、香ばしい匂いのする何か。

 一応身構えていただけに、少々拍子抜けするものではある。流石に生き物ではなさそうだ。知らずに入っていた肩の力が抜けてしまった。

 控えめにテーブルの上に置かれたそれは、見た所焼き菓子のようだ。

 茶色い焦げ目の付いた、クッキーと煎餅の中間ぐらいの平べったい形。

 柔らかそうな感じもするので、まるで小型のホットケーキのようにも思える。


 「これは何です?」

 「姫様が手ずから作られたラファエレだ」


 お菓子だというのは分かった。

 恐らく、小麦粉か何かを練って、甘味を付けて焼き上げたものだろう。

 香りから察すれば、ハチミツが入っている。この世界の標準的なお菓子だろうか。


 「このお菓子は初めて見るものですね。どういうお菓子なんですか?」

 「えっとその、これはまだ練習中ですわ。ほんとはもっとふわっと焼き上げたかったんですの」

 「王女さ……カレン、僕はそのラファエレというお菓子そのものを知らないんだ。良ければ教えて貰えないかな」


 敬語で話しかけようとしたら、王女様に目で制された。

 名前を呼んだ瞬間、団長が一瞬剣を握る素振りを見せたのが心臓に悪い。

 これだから出来るだけ近寄りたくないのだと実感する。


 お菓子を持ってきてもらった時には不安げだった彼女だったが、僕がこのお菓子を知らないというと、若干表情を綻ばせて説明を始めた。

 よほど僕に教えられることがあるのは嬉しいらしい。


 「確か、昔王都の貴族の間で流行ったお菓子だったはずですわ。小麦粉と卵と蜂蜜で作るのです。最初に作った女性の名前を取っているとか聞いたことがありますの」

 「へ~そうなんだ」


 食べてみて欲しいと促されたので、一口食べてみた。

 しっとりとした湿り気と、柔らかい口当たり。堅めのケーキとでも言うのだろうか。

 甘い生地が、舌を柔らかく撫でていく。

 何より、自然で素朴な味がする。小麦粉を、恐らく練って寝かせたものを焼いたのだろう。蜂蜜の香りが、自然な甘みのアクセントになっている。

 とても美味しいが、これを手作りできるのなら大したものだ。


 「その……お口に合いまして?」

 「うん、とても美味しい。今までに食べたことが無い味だ」

 「まあ、良かったですわ」


 最初は不安そうにしていたのに、急に喜色を目いっぱい溢れさせる王女様。

 椅子から飛び上がりそうなほどに、喜んでいるのが目に見えて分かった。

 そこまで喜ばれると、食べている方も嬉しくなるものだ。


 「私、ハヤテ様に食べて頂きたくて、毎日練習していましたの。こうして喜んでもらえて、私は幸せですわ。もっと召し上がって下さいな」

 「姫様、喜ばしいことですな。ハヤテは今まで食べたことが無いほど美味しかったと言っております。よほど姫様手ずから作られたことに感動したのでしょうな」


 ちょっと待って欲しい。

 何時そんなことを言ったのか。

 今までに食べたことが無い味であるとは言ったが、ニュアンスがまるで違う。

 その感じだと、まるで僕がべた褒めしたように思われるではないか。僕の思いとしては、珍しい味であるという意味合いが強いものだ。

 案の定、お姫様はうふふと恥ずかしげにも笑いながら、手を頬に沿えて嬉しそうにしている。団長が、ここでそんな手を使ってくるとは思わなかった。たかがお菓子と侮ったが、団長がお姫様に勧めた時点で、これぐらいは予想して然るべきだった。


 この流れは不味い。

 今、ずるずると相手に主導権を握られたままでいることは、どう考えても危険だ。

 何とかして、この流れを断ち切らねばならない。

 それも、目の前の彼女の機嫌を一切損ねない形でだ。これはかなりの高難易度だが、採れる手は幾つかある。

 だとするなら、ここで採るべき手で最良なのはあの手しかない。


 「実は僕も料理をするんだけど、お菓子も得意なんだ」

 「え、そうなのですか? 男の方がお菓子作りというのは素敵ですわね」


 よし、作戦成功。

 見事に話題を逸らせることが出来た。

 ここは料理の話題に乗ると思わせつつも、僕のことを話題にすることで、完璧に主導権を握る。

 僕の料理の話題になれば、僕以外に語れるはずも無いのだから、団長も打つ手に困るだろう。

 団長が茶々を入れて来ても、自分の話題なのだから臨機応変に対処できる。何せ相手はこちらのカードの中身が真っ白なワイルドカードと気づけないのだから。


 「最近作ってみようと思っているのは、アイスクリームだね」

 「あいすくりーむ?」

 「そう、アイスクリーム」


 ついでに少し探りを入れておく。

 この世界で、僕以外に【フリーズ】の魔法を使っている人間を見たことが無いし、町の屋台でもこの夏の暑い時期に冷たい物の1つも売っていない。

 これは料理で物を凍らせること自体があまり馴染みのものでは無い可能性を示唆している。

 物はついでだから、さりげなく聞くだけ聞いてみようと思う。


 「聞いたことの無いものですわ。どういうお菓子なのです?」

 「生クリームや牛乳や卵や砂糖を混ぜて、凍らせた食べ物さ。冷たくて、甘くて、とろける様な美味しい食べ物。蜂蜜やシロップをかける食べ方なんてのもある」


 なるほど、やはりアイスクリームは予想通り普及していないわけだ。

 そうなると、魔法をあまり料理に使ったりはしないという仮説も成り立ってしまう。

 【フリーズ】は散々使ってきているし、それ自体に驚かれたことは無い。これはこの魔法を使う人間が僅かでも他に居るからに相違ない。

 それでも料理に使われていない。

 考えてみれば、納得できることでは無いだろうか。僕らが、サバイバルナイフをわざわざ使って料理をしたり、日本刀を使って刺身を作ったりしないように、戦いの道具を日常生活で使う事は盲点とも言えることだ。出来ることは誰でも分かるが、やらないこと。そんなものなのかもしれない。


 「卵に蜂蜜……それに牛乳ですのね。分かりましたわ」


 お姫様が、何故か納得したような様子だ。

 何を理解したのか、僕が理解できない。

 まあ、僕に迷惑が被らないのなら、幾らでも納得してくれて構わない。


 しばらくお菓子談義が続く。

 やはり自分が作り手になった経験があるからだろう。彼女も楽しそうにお菓子作りの話をしてくれる。

 作っている最中に、鼻の上にバタークリームをのせていて、隠しきれずに笑った侍女が居たことを、頬を膨らませて怒っていたところなどは、後ろに控えている侍女が僅かに肩を竦めたりもした。


 「ところでハヤテ様。折り入ってお願いがあるのですが」

 「うん? 何だろう」


 ここにきての王女様のお願いともなると、内容は絞られる。

 厄介な話か、でなければ物凄く厄介な話だ。もしかしたら、とんでもなく厄介な話かもしれない。

 どうにか断る方法を考えておいた方が良いだろうか。


 「最近しつこく婚約を勧めてくる方が居るのです。それはもう迷惑だとお伝えしても効果が無くて」

 「なるほど」


 この世界のストーカーか何かだろうか。

 生まれつきの天然アイドルたる王族としてなら、熱狂的ファンなんて升で計ってしまうほど居るに違いない。

 それでなくても、間違いなく国民的美少女と言える。地毛の金髪は手触りも良さそうだし、肌もきめが細かくて透き通る様な白い肌だ。

 下品な事を考えて近づこうとするケダモノが居るとしたら、それは女性とファンの敵だ。

 幸いにも1人心当たりのあるファンの為にも、そんなストーカーは断固として対処すべきではないか。

 可愛らしい女性を、卑猥な目で見る様な輩は、神罰が落とされても文句は言えないだろう。許すまじ。


 「それで、僕にどうしろと?」

 「その方にハヤテ様の事を話したのですが、今度は貴方を試すと言いだしたのです。近いうちに冒険者ギルドに出向くとおっしゃっていたので、是非ハヤテ様の実力を見せつけてやって欲しいのです」

 「実力を見せつけるとは具体的に何を?」

 「何でも、普通の人では行くことが難しい場所に、ハヤテ様を行かせてみるとか何とか。恐らく、ギルドへの依頼を経由して試すことになるのだろうと思いますわ」


 飛んで火に居る夏の虫とは、まさにこのこと。

 僕の事を何と言ったのかは知らないが、気にすることは無い。いたいけな少女に付きまとう不届きな人間は、僕のような人間でも許せるものでは無いのだから、遅かれ早かれ誰かの手に掛かっていただろう。女性の敵は僕の敵だ。

 それに、依頼として向こうからやってくるなら、普通の依頼として扱っても構わないだろう。

 依頼の内容次第で、もしかしたら合法的にストーカーを懲らしめてやれるかもしれないのだから。

 僕のことは別に試してもらうのは構わないが、試す方の人柄も問われることになると教えてやらねばならない。主に2人ほどの人間に対する示威行為でもある。実に丁度いい。


 「分かった。もしギルドでそれっぽい人が居たら、僕から声を掛けておくよ」

 「はい、ありがとうございます。そう言っていただけると思っていましたわ」


 そうと決まれば、早速ギルドに行かなくては。

 ただでさえ、相棒たちを待たせているのだから。

 用事が済んだのなら、長居は無用の事だろう。


 「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。お茶とお菓子、ごちそうさま」

 「もう行かれるのですか? もう少し私の傍に居ては貰えませんの? せめてお茶をもう一杯だけでも」

 「パーティーメンバをギルドで待たせているから。また今度ね」

 「……そうですわよね。お忙しい中わざわざ会いに来てくれたのですものね。必ずまた来てくださいまし」

 「うん、お城にはまた来るようにするよ」


 お茶はまた今度で良い。

 どうせ月末には、城に来る用事もある。団長の依頼だが。


 寂しげな顔で見送られることに多少の罪悪感を覚えつつ、部屋を出た後、団長に脇を固められつつ改めて出口まで歩く。

 僕の予想だと、ここからが本題では無いだろうか。


 「そういえば、報告を聞いてはいるが、お前は今日の騎士団の依頼完了でFランクになるんだったな」

 「そうなります」

 「かなりハイペースだが大丈夫か?」


 ほら来た。この団長が、何もやらずにただ玄関まで送るだけなんて考えられなかった。

 人は、緊張が解け、ひと段落ついたと気を緩めた時が一番自分をさらけ出しやすい。

 そこを狙って本題を何気なく話すのは、団長の手だ。

 さっきもそれを使われたのだから、警戒していたのは正解だった。


 しかし、ハイペースとはどういう事だろうか。

 別に普通に仕事をしていただけのような気もするが。

 仕事をダブルブッキングしたわけでもないし、間に休みも入れている。女の子と買い物に行ったように、素敵な青春物語も忘れずに経験しているのだから、むしろのんびりとした方では無いだろうか。

 もっと殺伐とした、修羅の道を歩むような冒険者だって居ても良いのではないか。

 アントの特定女性に対する情熱と、アクアの強さへの思い入れを足し、狸ジジイの底意地の悪さと、団長の腹黒さとを混ぜたような冒険者が居ても不思議はない。

 居たら僕は逃げるだろうが。


 「大丈夫だと思いますけど、そんなに心配されるようなペースですかね?」

 「ああ。冒険者の仕事ってのは、危険な物だ。怪我をすることも多いし、戦いともなれば心身を酷使する。防具が傷つき壊れ、武器が痛むのも早い。普通は大抵、1つの仕事が終わればその後は4~5日程度、十分に休養を取る。ひと月で2~3つも仕事をこなせば上等だろう。それから考えると、お前らの仕事のこなし方は異常とも思えるな」


 なるほど、言われてみると確かにそうだ。

 普通の冒険者なら、まず怪我を治すのに手間取る。僕だって、蟹とやり合った時には足に穴を空けられた。その場で治していなければ、1週間程度では治らなかっただろう。

 僕は幸いにも【回復ヒール】を覚えているから、パーティーメンバの傷もすぐに治せる。これがまず大きい要因だろう。

 他の冒険者が怪我を治す時は、よく使われるのは薬草や魔法薬。だが、これらは消耗品である以上、出来るだけ減らさないようにと考えるパーティーは多いだろうし、本当に必要なとき以外は温存と言う人間もかなり居るとは、以前に聞いた話だ。


 それに、防具や武器の劣化の速度も違う。

 僕は魔法を使うことも多い。

 武器だけを使って戦う人間よりは劣化速度はかなり遅いし、そもそもまだ買って間が無い。

 アクアやアントが、武器や防具の手入れを怠っていないことは知っている。何より2人は冒険者の稼ぎとは別の意味でお金持ちだろう。手入れにかかる費用の負担なんて気にすることも無いから、下手をすれば新品を買い換えられる。

 それがために、防具や武器の制約で仕事を選ばざるを得ないという経験も無い。

 これもまた聞いた話では、想定される敵が自分の使える魔法に耐性があって倒せなかったというケースは珍しくも無いらしい。仕事は、パーティーの能力や手持ちの武器防具で選択肢を狭められることもあるという好例だ。


 それに、メンバーの練度の問題も大きい。

 ずっと鍛えていた2人に、昇格値が人より多い僕だ。他のパーティーと比べても、質の面で劣っているとは思わない。むしろ高い方だろう。

 特に幼馴染ペアの2人は、特殊な事情で最近まで冒険者登録をしていなかっただけで、今の状況はその為に起きていると考えても良い。

 既に飛び級で大卒になっている人間が、改めて小学生のような初級冒険者達に混じる様なものかもしれない。いずれ頭打ちになることが来るとしても、それまではかなりハイペースになるというのは当然の事なのだろう。そもそもうちのメンバーがIランクというのは役不足だ。


 「そんなペースで、姫様からの依頼の方は大丈夫なのか?」


 団長が更に言葉を続ける。

 下手に弱みを見せる言葉は言わない方が良いだろう。


 「大丈夫だと思いますが、まずは状況が分かってからですね」


 まだカレン王女から言われただけで、状況も分かっていない。

 ギルドに行き、情報収集から始めるべきだろう。


 「そうか。大丈夫なら良いんだが、その件でお前に教えておくことがある」

 「何でしょう」

 「お前、姫様の婚約者候補という名目になっているから、口裏合わせておけよ。下手に姫様に迷惑かけたらタダじゃ済まんだろうから、予め言っておく」

 「はい?」


 婚約者候補?

 何時の間にそんな話になっているのか。

 というより、口裏合わせとはどういう事か。


 「一体どういう事ですか。説明してください」

 「この間姫様が城を抜け出しただろう。その時お前が一緒に居たのを聞き及んだ方が居てな。姫様は、そのことを聞かれて、ついお前の事を婚約者候補だと言ってしまったらしい。おかげで今回、結構な騒動となったわけで、俺もどうしようかと頭を悩ませていた所だ。お前が直に片付けるというなら、俺は肩の荷が下りるし、姫様は喜ぶ。良い事尽くめだな。がっはっは」

 「そんな~、私の方にしわ寄せが来ているだけじゃないですか」

 「すぐにこっちで何とかしてやるから、しばらくは合わせておけ。度量の広さも、男の器だ。色男の宿命と思ってあきらめるんだな」


 団長が姫様の我儘に口を挟まなかったのは、そういう意図があったのか。

 まさか彼女がそこまでの爆弾を仕込んでいるとは見抜けなかった。

 これは是が非でも依頼を受けて対処しなくてはならない。

 問題とは、対処せずに逃げれば逃げるほど大きくなっていくものだ。

 芽のうちに摘むのが上策と言える。


 事は急を要する事態となってきた。

 出来るだけ速やかに解決し、僕の心の平穏を守らなくてはならない。


 団長には早速玄関で別れを告げ、駆け出すように城の門を出ていく。

 外はもう薄らと夕方になろうとする時刻。

 空の色が淡くなり、カラスでも居れば寝床に急ぐであろう時間。


 ギルドに飛び込む様にして入った僕を、頼もしき仲間が待っていてくれた。

 というか、我がパーティーことアカビットのメンバーが待ちくたびれていた。

 心の底から安堵する。

 2人なら、きっと力になってくれるはずなのだから。


 散々に待たせてしまって悪いことをした。

 苦情は是非とも赤毛の大男に言ってもらいたい。

 その時は、僕は心の底から応援するだろうし、全力で支援する。


 「遅いぞハヤテ。待ちくたびれて剣が錆びるかと思った」

 「ごめんごめん、ちょっと問題があってね」

 「問題? 一体何だ」

 「あっちで話そう」


 こんな目立つところで話す内容では無い。

 ただでさえ、金髪で格好良い男と、中性的で可愛い娘のペアカードだ。そこに居るだけで色んな目が向けられる。

 ギルドのお姉さんに、会議用の部屋を借りる旨を伝え、借りた部屋に3人で連れ立って入る。

 適当な椅子に腰かけ、落ち着いて話し合う体勢が整ったのを見計らい、僕はさっきのことを話し始めた。


 「実は、厄介な依頼ごとを持ち込まれそうなんだ」

 「厄介なこと?」


 アクアは軽く首を傾げ、アントは優雅に足を組み、右手を顔に沿えて考える姿勢を取る。

 それに軽く頷くようにして応える。


 「僕への個人的な用件になるんだろうけど、訪ねてくる人が居ると思う」

 「それが厄介ごとか」

 「まあね。その人自身も厄介な人なのだろうけど、僕を試すような依頼を持ってくるらしい」

 「その厄介な人というのはどんな奴だ?」

 「分からない」


 アントが件の面倒事運搬人の事を聞いてきたが、それは僕にも分からない。

 だが想像は出来る。

 団長や姫様の会話から、断片的ではあるが情報を得ている。


 例えば年齢や地位について。

 団長が、丁寧な言葉づかいで相手を呼称していたことから考えて、子どもでは無いだろう。

 あの人は、普通の子どもを馬鹿丁寧な言葉で表したりはしない。むしろガキ呼ばわりする口だ。

 それよりむしろ団長より年上の可能性だって考えられるのではないだろうか。そうでないとするなら、単に地位が高い人間かもしれない。


 地位が高いとするなら、どういう立場だろうか。

 考えられる可能性は幾つかあるが、その中でも確率が高いのは王族と近しい立場である可能性。すなわち貴族階級である可能性だ。

 この場合、相手をする時にアントやアクアが傍に居てくれるというのは非常に大きな助けになる。

 貴族同士の顔の繋がりは、この世界でも十分期待できるし、アントは騎士にまで顔を知られている。全くの無名である僕が王女様に不本意ながら近づいてしまったことを、フォローしてもらうには最適の人材と言えるだろう。伊達に戦友として共に戦ってきたわけでは無いわけで、それぐらいは助けて貰えるだけの信頼関係はあると信じる。


 貴族でないとすれば、宮仕えの人間と言う線もある。

 王女と直に話せる人間だとすれば、傍で世話をする使用人という可能性を無視してはいけない。メイドのような侍女、掃除婦や料理番のような雑役夫、執事のような家宰など、使用人と呼ばれる人間で、王女に接する機会がある人間はそれなりに居るだろう。

 騎士と言う可能性だって勿論捨てがたい可能性だ。王女様を西の林で遊ばせたのも、騎士が居たからこそのわけで、交代で警護するという話だから、話をする人間だって居てもおかしくは無い。


 そういった諸々の可能性と、それについての口裏合わせを、アントとアクアにお願いした。

 団長から、婚約者候補の真似事をするように頼まれてしまったことと、それをしなければ僕に不利益があるかもしれないこと。それに、姫様がうっかり話してしまった相手がどんな人物か分からないこと。そしてその人物が、僕を試すために厄介な仕事を持ち込んでくる可能性だ。

 厄介な依頼の件が、もしかしたら危険な魔物との遭遇する依頼かも知れないと分かったせいだろう。2人は実に頼もしく良い笑顔で承諾してくれた。むしろよくやったと褒める勢いだ。こういう時は実に頼もしい。


 あらかた話が終わり、部屋をでる。そして、窓口に向かう。

 ギルドで、僕を探している人間が居た時の為に、情報提供しておこうと思ったからだ。宿屋の名前ぐらいは言っておいても構わないだろう。


 ギルドの窓口には、いつもの素敵なお姉さんが居た。

 僕を探している人が居て、僕の事を婚約者候補として試そうとしていると伝える。そのことを聞いたお姉さんは、やけに乗り気で情報の拡散を請け負ってくれた。

 それどころか、その人物に心当たりがあるとのことで、今から呼んでくると言い出した。

 冒険者ギルドの情報網は流石と言わざるを得ない。


 しばらくして、お姉さんはその人物を呼んできたから、応接室に行くようにと言ってきた。

 面倒事は早く片付けたいと思っていただけに、この迅速な対応はありがたかった。

 応接室に入った所で、その人物は僕を見るなりこう言った。


 「あんたが冒険者のハヤテ=ヤマナシかい?」


 老婆が1人、そこに立っていた。


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