055話 再びの予感
流石に激しい運動をした上に、昼にもなれば皆お腹が空くのだろう。
水辺の辺り、安全を確認出来る所で昼食を取り、その後改めて城に向けて出発する。
その時、少し雑談していたのだが、面白い話が聞けた。
班長や他の面々に聞いた所だと、今回の定期見回りは2人ほどが新人の見習い騎士だそうだ。
おまけに、他の正団員にも若手を連れてきているらしい。
本来ならこの定期的な見回りは、若手のレベルアップや戦闘経験の早期向上を目的にしたスパルタ的教育の意味合いがあるらしい。どこかの団長殿が、嬉々としてやりそうなことだと納得してしまった。
見習い騎士は、冒険者で言うところのGランクぐらいの人間で、見込みのある人間が入団試験に合格してなれるものだそうだ。
その後、騎士団の中の厳しい選抜の上で、正団員になる。その時には冒険者のランクだとF~Eランクぐらいになっている。騎士候として叙勲を受けるのも正団員からとのこと。
更に、上級騎士だの専任騎士だの騎士団長だのと言った、特別な役職もある。そんな役職の肩書があれば、貴族の私兵団に雇われることもあり、引く手あまたの状況だそうだ。
それだけに、見習いと正団員の壁は厚いと言う話をしてくれた。
ここ数年は町の周辺に魔物が出るということも無かった。
この仕事は、一般人では危険であっても騎士にとってみれば安全な部類の仕事なのだそうだ。若手や見習いにはもってこいの仕事。
つまりは、大きな蜘蛛が出たり、蜂や蟻に襲われたりしたのはイレギュラーだと言う事だ。
その不測の事態を、無事対処したことで班長の面目は立ち、おまけに王女様が欲しがっている物まで手に入れたとあって、全員報奨が貰えるだろうとのこと。
僕らのお蔭だとしきりに持ち上げられて、アントなんて天狗になってしまっている。その内に羽でも生えるのではないだろうか。
無駄に高い鼻が、まるでエベレストのようにそびえたってしまっている。
この高々な鼻を折れるのは、見習いシスターのアリシーぐらいのものだろう。
「いやあ、君たち3人は中々強いね」
「いやいや、それほどでも無いですよ」
「特に君。ハヤテくんだったか。驚いたよ。……そうそう、君たちに是非受け取って貰いたいものがあるんだ。今回の功績を讃えてと言うことで」
「はい、何でしょう」
しかも、ここで気になる事を言われた。勿論アントは気付いていないし、アクアは我関せずと無視を決め込んでいる。垂れ目なペイジル班長は、襲ってきた魔獣の討伐と、掃討戦での活躍を鑑みて追加で200ヤールドを支払うと言ってきた。
報酬の上乗せを言われたのだが、嫌な予感がした。というより、むやみやたらと僕らを誉めそやし、おまけにこちらが何も言わないうちから報酬の上乗せと来た。
客観的に考えれば怪しさが溢れんばかりだ。
臨時収入が入ったから、その功績に見合う追加報酬と言うなら一応筋は通っているかに思える。
或いは、突発的な事態に対処できたことを褒める意味合いで褒美と言うのも、一見してみると普通の事のように思える。
だが、ここで気にするべきは騎士団の班長が言いだしたと言う事だ。
臨時収入と考えれば確かに理屈として通りそうだが、よくよく考えれば騎士団とすればこの収入は臨時でもなんでもない。最初から予定済みの収入であるはずだ。でなければ荷台に運搬用の箱まで用意したりはしない。追い詰めて殲滅して収入がっぽりと言うのは規定事項だったはず。
故にそれを理由に僕らへ追加報酬と言うのは不自然だ。
突発的な出来事への対処に対するものかとも考えたが、それなら報奨と言うより詫びの名目で金銭を払うはずだ。
森蜘蛛は事故だが、それを起こした原因が騎士団員の行動にあるとも言えるだろうし、蜂や蟻に襲われたのは間違いなく見習い騎士団員の不手際だ。
それに対する行動の結果であれば、報奨と言う名目は不釣り合いだ。
合わせて考えれば、この報奨と言う名目の200ヤールドの申し出。騎士団からと考えるよりは、むしろ班長個人の財布から出るお金と思う方が自然だという事ではないか。
200ヤールドと言えば、銀貨2枚。それなりに美味しいものが何食か食べられる金額。個人がポンと出すのだとすれば、ただのお礼では無く、他の意図があると考えるべきだろう。
本当に礼だと言うなら、昼飯の1つも奢ればいいのだから。
「それで、このお金はどういう意味合いですか」
「だから、今回の報奨だよ。受け取ってくれ」
人好きのする笑顔で渡そうとしてくる班長。
それを何の疑いも持たずに受け取ろうとしたアントを、僕は片手を上げることで制する。
不思議そうな顔をしたが、それは些細なことだ。
「いえいえ。僕が気にしているのは、このお金で何か別の事を頼もうとか思ってないかということです」
「おや、気づかれたか。中々鋭いね」
普通は気付くだろう。
ここで追加報酬なんて不自然すぎるのだから。
伊達に狸ジジイや団長の相手をしてきたわけでは無い。面倒事を押し付けられてきた分、成長しているという事だ。我ながら成長ぶりが恐ろしい。
「実は君たちの腕を見込んで、会って欲しい人が居る。その人の頼みを聞いて欲しいんだ」
「僕たちの腕を見込んで?」
人に会って頼みを聞く。
それだけなら、特に問題は無いだろう。
会った人と、その頼みごとの内容によって、良し悪しを判断するべきところだ。
僕はそっとアクアとアントに尋ねてみた。
「どうする?」
「問題ない」
「ああ、アクアの言う通り問題ないだろう。私たちの腕を見込んでというなら断る理由も無い」
なるほど、断る理由か。
言われてみると、確かに断らなくてはならない理由は考え付かない。
まずは様子見と言うのが正しい判断だろか。
「わかりました。では会うだけ会ってみます。頼みごとを引き受けるかどうかはその時に判断という事で良いでしょうか」
「ああ良いとも。良かった、これで肩の荷が下りたよ」
班長が、荷物を背負い込むと感じるほどの相手と内容か。
一体どういうものなのだろうか。
町に戻る道すがらも、僕は考えていた。
悩んでも仕方が無いという結論に達し、とりあえず帰路を無事に過ごすことに全力を尽くす。
西の門のを潜り、町に入る。
人通りが、心なしか日を追うごとに増えている気がする。いや、間違いなく増えている。何か理由でもあるのだろうか。
そんな賑やかな通りを、最後まで油断しまいと警戒を続けて歩き続ける。
城までの道が、こんなに遠いと感じたのは初めてかもしれないほどだ。
なけなしの集中力を、ここで使い切ってしまうかもしれない。
お城に着いた僕たちは、まず門の脇にある広場に通された。
そこで荷物の検分があるらしい。
門の所で、門番をしていた騎士が、班長と会話した後に城の中に駆けて行った。
きっと、中に居る偉い人にでも、班長達が来たことを伝えているのだろう。
検分が終われば僕らの仕事も完了で、そのまま冒険者ギルドで報酬を貰えるという事だ。
城にわざわざ来た理由を疑りもしたが、話を聞けば納得できた。
冒険者ギルドが獲得品を商人や冒険者に売って利益を得る様に、騎士団は得たものを城に納めるのが倣いだそうだからだ。
確かに、ギルドと同じ人間に売っていては商売敵になってしまう。それを避けるためにも、適切な処置と言える。
むしろ最初からそれぐらい気づいても良かったかも知れない。
城の、恐らくは会計担当のような人と、騎士団員が交渉しだしたのを見れば、これもまた騎士団の修行の1つと思えてくる。
騎士団は国の組織なのだろうが、それでもこういう事はきちんと金銭で処理しておかないと、馴れ合いになる。ただでくれてやっては、依存が産まれるし、騎士団の発言力は無駄に増大していくだろう。そんなことは良い影響を与えないだろうと察しが付く。だからこその買い取りであり、適度な対立と言う事だ。
騎士団の偉い人間が、揃って腹黒い理由を垣間見た気がした。
何処の組織でも、対外交渉ほど難しいものは無いのだから。
それに、何で騎士団の仕事の品なのに検分の必要があるのかとも思った。
しかし考えてみれば、それは当然だと理解出来た。
如何に騎士団員とはいえ若手ばかりの仕事だ。
何か怪しげなものが混じっていては、大騒動だろう。若い人間ばかりなら、思わぬ失敗の可能性は十分考えられる。
ただ、遅れて顔を見せた人間が問題だ。
その検分を仕切っていたらしいのだが、その人は僕のよく知った人物。
いや、僕だけでなく大抵の人間は知っている人物と言える。
「がはは、お前らも手伝っていたのか。さっき伝言を聞いてな。顔を見に来てやったぞ」
「アラン団長。こんにちは」
僕の挨拶で、アントやアクアも団長が寄ってきたことに気付いたようだ。
特にアントは背筋を伸ばして、何処の豹かと言いたくなるほどの豹変ぶりだ。
背筋をピンと伸ばして慇懃に頭を下げるに至っては、まるで水呑み鳥のようにもみえる有様。
まあ、一応はこいつの師匠だしな。
「アラン殿、ご無沙汰しております」
「よう、元気そうじゃないか」
「今回は冒険者としての仕事です。パーティーメンバーの活躍で、無事仕事を終えた所です」
「ほう、パーティーか。お前ら3人がそのパーティーと言う事か?」
「はい、私を含めて3人でパーティーを組んでいます。リーダーはハヤテです」
アラン団長の目が光った気がした。
パーティーと言うことで、何かあるのだろうか。
少し警戒しておいた方が良いだろうか。
気を抜いていると、何があるか分からない。
「団長、お疲れ様です」
「よう、新人の御守り、ご苦労だったな」
「いえ任務ですから。それより団長、例の件、彼らでどうでしょうか。会う事は了承を貰っています」
「こいつらか? まあこいつらなら問題ないか」
垂れ目な班長さんと、団長が互いに挨拶を交わす。
お互いに部下を持つ者同士の挨拶ではあるものの、その間にはきっちりとした上下関係が伺える。
例の件とは、さっき言っていた用事の事だろう。
その班長が、僕らに話しかけてくる。
爽やかで、どことなく愛嬌のある笑顔を向けながら。
「今更団長の紹介の必要は無いだろうから、早速ついて行って話を聞いてくれるかな」
「え? じゃあ会って欲しい人って団長だったんですか?」
「いや、その人は多分城の中だろう」
僕たちは、ペイジル班長から依頼完了のサインを貰い、そのままアラン団長の後に付いて城の中に入る。
重々しい扉を潜り、前に来た所とは違う廊下を歩く。
高い天井と、顔が映り込みそうになるほどに磨かれた廊下。
高そうな調度品が置かれた、明るい通路を歩いていると、自分が美術館にでも迷い込んだ様に思えてしまう。
心なしか、甘い香りまで漂ってきそうな高級感あふれる場所だ。
自分の金銭感覚がゲシュタルト崩壊しそうになった頃、ようやく1つの部屋の前で団長が足を止めた。
姿勢を正し、その怖い顔が、更に真面目な顔つきになって尚更怖くなる。
赤毛の大男は、そのままドアをノックする。
――入りたまえ
中から聞こえてきた声は渋い男の人の声だ。
その声を聞き、僕らは中に通された。
ゆっくりと様子を伺いながら中に入る。
部屋の中は小奇麗な応接室か客間と言った雰囲気だった。
室内が明るいのは、窓が大きく中庭に面しているからだろう。
大きな窓から中庭の綺麗な花壇が見える。
部屋の大きさ自体は10畳ほどだろうか。家具がほとんどないために、かなり広く思える。
置いてある家具と言えば、革張りの高級そうな大きい5人掛けソファーが向い合せに2つと、その間に挟まれるようにして置いてあるテーブル。
ソファーの1つには、品の良さそうな老人が座って僕らを観察していた。
じっと見つめてくる目には、年齢を重ねたであろう独特の深みを感じる。
顔立ちはほっそりとしていて、体つきも見た所痩せている。
髪は見事なほどに真っ白だ。それだけ見れば、雪のようと表現するのだろか。窓の光で輝いているようにも見える髪は癖も無く、肩ほどできっちり整えられていた。
皺の入った目尻と、口元の辺りの深い皮膚の折り目が、その人を老けさせているように思える。
ただ、その年齢を否定しそうなほど、背筋は真っ直ぐに伸びている。定規を当てたように綺麗な姿勢だ。ソファーに座っているのだが、それが不釣り合いなほどに。
品の良い仕草で、僕らと団長は座る様に促された。
団長、アクア、アント、僕の順番で並び、椅子に座る。
「お待たせして申し訳ない」
団長が開口一番そう告げた。
僕らの目の前の老人は、スッと片手を上げることでそれに答えた。どれだけ待たされたかは知らないが、まるで気にしていないという風だ。
「いや、大丈夫だ。それより、この子たちがそうなのかな?」
「ええ、そうです。彼らの実力と人間性は保証します。今回のお話には最適でしょう」
一体何の事だか、話が見えてこない。
事情を掴もうと、老人の方を見る。
彼は、上品な手つきでテーブルに置かれたカップを手に取った。
ふわりと漂ってきた香りは、ハイビスカスか何かだろうか。南国風の軽く撫でる様な匂いがした。
きっとハーブティーでも飲んでいるのだろう。
「一体何の話ですか?」
耐え切れずに、思わず聞いてしまった。
パーティーメンバーが黙っている所を見れば、同じことを聞きたかったのだろう。
代表して僕が聞く形になる。
「お前ら、今月の末には何があるか知っているだろう」
「今月末?」
「祭りだよ。夏祭りだ」
そう言えば、大分前に受付嬢のオードリーが、季節ごとに祭りがあるとか言っていた。
それが今月末ということか。
もうそんな時期だったかとアントが呟いていたが、僕は努めて平静を繕う。
別に知らなかったと言っても害は無いだろうが、あえてそんなことを言う必要も無いだろうと思ったからだ。
「その夏祭りに、是非参加したいとおっしゃる方がおられる。どうしたものかとこちらの方と相談していた所だったんだが、つい一昨日決まったことがあった」
「決まった事とは?」
「誰か信頼できる護衛を付けようと言うことになったんだ。その護衛を、お前たちに頼みたい」
なるほど、今度は荷物では無く人物の護衛依頼か。
優雅にお茶を楽しんでいる老人と、団長の口ぶりから推察するに、護衛対象はかなりのVIPと言う事だろう。
祭りともなれば、きっと人出も多いはずだ。
騎士団とすれば、そんなVIPが居なかったとしても人手は足りないぐらいに忙しくなるだろう。それでなくても、人が集まれば騒ぎも起きる。祭りとなれば尚更だ。猫の手も借りたいと言い出しても不思議はない。
念のため、聞いておくべきことは聞いておこうと、団長と老人に問いかける。
「報酬と、詳しい護衛内容は?」
「護衛対象は、万一にも参加されることが漏れると危ないので当日まで言えない。ただ、かなり身分の高い方だとは言っておく。護衛は2日間のうちの最初の1日だけ。それも2時間程度で十分だ。その方が祭りを町の人間と同じように楽しめれば良い。報酬は2000ヤールドで、必要な物があれば祭りの日までに出来るだけ用意しよう。勿論、冒険者ギルドに話は通しておくから、正式な依頼と思ってもらって構わない」
「騎士で護衛しないのは何故ですか?」
「お忍びだからだ。騎士で物々しく囲ってしまえば、楽しむにしても町の人間と同じようにというわけにはいかない。それはその方の本意に反する」
さてどうするか。
この話、受けるか否か。
断る理由はあるだろうか。
この依頼のメリットとして、実働時間の少なさと報酬の高さがある。
実際に働くのが数時間で、2000ヤールドなら美味しい仕事だ。今回の荷物の運搬が1200ヤールドだったことを考えれば、破格と言っても良いだろう。
ついさっき、前もって班長から貰ったお金もあるのだから、金銭的には何の問題も無い。
それに、依頼の日時も都合が良いと思える内容だ。
今すぐと言われれば、準備も何もないから断る理由になっただろうが、この依頼は祭りまでという時間的な猶予がある。
確か月末と言っていたから、あと7日から8日ほどの余裕がある。
準備を整えたり、情報を集めたりするには十分な時間だろう。
デメリットがあるとするなら、僕らが祭りを楽しめない可能性が高いことだ。
だが、これも決定的なデメリットとは言い難い。
団長の話なら、祭りは2日に渡って開催されるようだ。だとすれば、その内1日が護衛で潰れたとしても、もう1日楽しめる日が残っている。
この世界の祭りがどういう物か分かっていない僕からすれば、最初の1日で護衛を兼ねて様子を伺い、その次の日に思いっきり楽しむことが出来るとも考えられる。
「2人はどう思う?」
「リーダーであるお前が決めれば良い。私はそれに従うだけだ」
「ボクもアントと同じ」
パーティーメンバーの総意は、僕に一任と言う事か。
さて、どうしたものか。
誰を護衛するのか分からないのが不安な所だが、護衛対象の安全の為に内緒にすると言われれば、聞いても無駄だろう。
メリットは多くても、デメリットは少ない依頼か。
「受けましょう」
「がはは、そうか。決まりだな。祭りの当日の正午に、またこの城に来てくれれば良い」
「分かりました」
話は終わりと、僕らは部屋を出る。
最後まで何故老人が居るところでこの話をしたのか分からないが、もしかしたら護衛対象と言うのは彼だったのかもしれない。
あり得る話だ。それとは明言せずに、予め面通しを済ませておく。
団長ならそれぐらい考えていても、納得できる。
部屋を出て、廊下を歩きながら、団長が思い出したように話しかけてきた。
まるで昨日の天気を話すような口ぶりだったが、その顔は真剣だった。
「そういえば、お前とアントは例の女の事件を覚えているか?」
「勿論ですよ。アンノウンとかいう黒づくめの女の人の事でしょう」
忘れるわけがない。
騎士団の選考の時と良い、ゴブリンの時と良い、怪しさ満点だった。
あの人を忘れるとしたら、健忘症の心配をした方が良いだろう。
「ああそうだ。あいつの正体が分かった」
「え?」
これは流石と言うべきだろう。
短期間で相手の素性を調べたのだとしたら、かなり優秀な人間が騎士団には多いと言う事だ。
何せ、名無しを自称する人間の素性と言うのが、案外調べ辛いことは、素人が考えても明白だからだ。
喋れない迷子の子どもの親探しみたいなものだから、困難な事だっただろう。
団長は、その素性を語りだす。
その内容は驚くべき内容で、彼女の素性と言うよりはこの国の歴史のような話に、僕たちは思わず聞き入ってしまった。
彼が話してくれた内容はこうだ。
かつてこの国では魔法の研究が盛んだった。勿論今も盛んではあるらしいが、今から100年以上前には、この国は隣国3つと戦争していて、その力の入れ方は物凄かった。
そんな中にあって、1人の天才が居た。
その男は、魔法技術を200年進歩させたと言われるほど、偉大な発見を幾つもしたそうだが、とりわけ大きな反響を呼んだのが“魔力結晶化理論”という物だそうだ。
その男がその理論提唱するまでは、魔法とは神が人に与えた力とされていた。
男は、その思想に真っ向から異を唱え、魔法とは魔力が結晶化し、その力が意思によって方向性を持つことで起きる物理現象であると言い張ったのだ。
実際、その天才は自らの理論を、自らの手で証明していった。
例えばステータスの魔法もその一つ。
それまでは特殊な魔道具でしか見られなかった物を、念じるだけで見られるよう国に魔法をかけて見せた。これは神の力では無く、人の力でも奇跡のような事が起こせるという事で、男の名声を不動のものとした。魔法が、魔力というエネルギーと念じる意思によって起きているという事を、とてつもないスケールで証明したのだから。
だが、その男は禁忌を犯した。
自らの理論を証明しようと躍起になるあまり、人体実験を行ったのだ。
人間の体内に結晶があるのなら、実際に取り出してみるのが早いと、人の体を切り裂いていったらしい。結局それは見つからなかったそうだが、無論許されることでは無かった。
意見の対立から根深い不信を持っていた教会が、そのことを大きく問題視した。
邪教の徒であるとし、厳しく糾弾したらしい。
天才は、いつの間にか姿を消したそうだ。
「で、その男の使い魔と言われていたのが、下に寝る夢魔だったらしい」
「使い魔?」
使い魔とは何のことだろうか。
話を聞く限り悪魔っぽいが、この世界には悪魔なんてのも居るのだろうか。
居てもおかしくは無い世界だとは思うが、今更悪魔について聞くのも不自然だろうか。
「使い魔とは、人が使役する魔獣や魔物の事だ。魔物の中には知性を持つものが居るし、弱い魔獣が力の強い個人に服従するといった事は稀にあることだ」
魔獣が服従するのは分かる気がする。
身の安全を得ようと、力の強いものに庇護を求める動物は多い。
猿だって、強い人間がボスを負かせば従うようになるかもしれない。
知性のある魔物が服従するという事は、その男はよっぽど凄かったのだろうか。
「その使い魔が、例の彼女と言う事ですか」
「ああ。男は流石にもう死んでいるだろうが、その使い魔なら生きていてもおかしくねえし、この国に復讐しようとするのも分かる」
「よくこんな短時間でそこまで調べられましたね」
まさか1か月も立たないうちに身元まで分かるとは思わなかった。
それも、100年以上の前の事まで遡って、使い魔の事まで調べるとは相当な労力だったのではないだろうか。
「推薦書を書いた公爵家を調べてな。その中の使用人の1人が、淫夢を見たと証言した。おまけに容姿もしっかり覚えていた物だから、すぐに分かった。例のサキュバスは、その容姿についても記録が幾つか残って居たからな」
「なるほど」
天才と呼ばれた男の使い魔ならば、記録の1つや2つ残っていても自然な事だろう。
よく分からないが、教会と敵対的だったとするなら、その傍に居たものにも警戒の目が向けられたであろうことは考えるまでも無く自明なことだ。
であるなら、詳細な記録があるとしても不思議はない。むしろ、些細な事でも事件だと騒がれて記録されていたのではないだろうか。何処の世界でも、宗教だの権力だのといった物は、恣意的な事をしたがるものだ。
犯罪記録と突き合わせるなら、そんな些細な事件記録とマッチするのも早いだろう。
「でも、それなら何で今頃になってそんなことをするんですか?」
そんな大昔の話なら、今更復讐しだすといってもピンとこない。
今頃になって、何故そんな事をしだすのか。
そもそも、本当に復讐なのだろうか。
「分からん。これから調べるが、書類だけでは埒があかんから……」
と、話が不自然に途切れた。
不思議に思って団長を見ると、いつか見たような顔をしていた。
さっきまで真剣な顔をしていた筈なのに、今見るとにやけた顔になっていた。
この顔は、前にも見たことがある。
何か人をハメる悪巧みを考えている時の顔だ。
こういう顔をした時の人間は、間違いなく面倒事を押し付けてくる。僕の、経験からくる厄介ごとセンサーが、最上級の警報を鳴らしている。
「お前らがあいつを捕まえてくれると楽で良い」
「何か企んでいませんか?」
間違いなく企んでいる。確信がある。
それでも一応は聞いておくべきだろう。
その反応次第で、何を企んでいるのか推察ぐらいは出来るかもしれない。
第一、捕まえるのは無理じゃないだろうか。
団長とほとんど互角の勝負をして見せた彼女を捕まえるのは、相当難易度が高い。
いっそAランクかBランクぐらいの冒険者に頼む方が良いのではないだろうか。
「がははは、人聞きの悪いことを言うんじゃねえよ。俺は単に、お前らが捕まえてくれたら……という仮定の話をしてただけじゃねえか。そうなってくれれば、俺たちは楽が出来る。そうだろう?」
「ええ、まあそうでしょうね」
それはそうだろう。
騎士団以外の人間が、騎士団の仕事を手伝って犯人を捕まえる。
楽と言うなら、これほど楽な事は無いだろう。何もしないでも事件が解決するのだから。
「だろ? まあ捕まえてくれりゃあそれなりの報酬は渡せる。第一、アンノウンとか名乗ったやつを見ているわけだから、騎士団以外で捕まえられる可能性が一番高いのはお前らってのは分かるだろ」
「あの時の受験生は他にも居たでしょう」
別に僕たちだけが見ていたわけでは無い。
他にも大勢、黒尽くめの人を見ている。
人海戦術的な、数の論理から言えば、僕たち以外が見つけて捕まえる可能性の方もあるのではないだろうか。
「他の受験生は、寝ていたから顔を見ていないだろう。見ているのはハヤテか俺ぐらいだ」
「そういえばそうでしたっけ」
言われてみれば、あの時寝転がっていた連中がほとんどだったのを思い出す。
確かに、火傷の事まで見ているのは団長か僕ぐらいだろうか。
アントが、直接会話したときに何か見ているかも知れないといった程度か。
「まあお前らが本当に捕まえるとは思っちゃいねえが、駄目で元々だろう」
「駄目で元々ですか」
元々駄目だと思っているなら、言わなければ良いのに。
それなら特に気にも留めずに、冒険者生活を楽しめる。
博打好きな団長の事だから、もし上手くいけば儲けもの程度の気持ちで話しただけなのかもしれない。
だとすれば、僕が別に気にしなければ良いだけの話だ。
城の玄関まで戻ってきたところで、僕は団長に別れの挨拶をした。
これから冒険者ギルドに行って、報酬を貰わなくてはならない。
その後で、折角なら買い物もしていければ最高だ。
「それではアラン団長、これで失礼します」
「ああそうだな。おっと、そうそう、ハヤテだけはこの後ちょっと残ってくれ」
「はい?」
「ちょいと用事があるんだよ」
どんな用事だろうか。
さっきの依頼の続きに、何かあるのだろうか。
例えばパーティーリーダーだけに護衛対象を教えておくとか。
アクアとアントには、先に冒険者ギルドに行ってもらって、運搬依頼完遂の報告をしてもらうことにした。
班長のサイン入りの紙を預け、そのまま2人を城の中から見送る。
後ですぐに行くというのは約束しておいたので、あの2人ならギルドで待っていてくれることだろう。
「それで、用事とは?」
「まあついて来てくれ」
団長の後に、黙って付き従う。
歩く廊下は、さっきとは違う廊下だ。
何処かで見たことがある様な景色にも思える通路。
前にも来たことがある様な感じだ。
そして、同じく前にも見たことがある様なドアをノックする赤毛の団長。
前にも聞いたことがある様な声が部屋の中から聞こえ、間違いなく見覚えのある部屋の中に通された。
その瞬間、僕の体に飛び掛かってくるものがあった。
思わず足を踏ん張って、その何かを受け止めた。
鼻をくすぐる香水のような匂い。
目に飛び込んでくるのは、煌めく様な金髪。
何よりも、絶世と冠するのが相応しい美貌。
「ハヤテ様、会いたかったですわ」
――王女様がそこに居た




