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水の理  作者: 古流 望
3章 新たな敵
52/79

052話 寄せて来る波

 アキニア王国でも五指に入る大都市。それが商業都市サラスだ。

 広大な国土の中にあって、隣国とは最も距離が近いことから交易が盛んな町でもある。

 北には雄大な山脈から流れるカレーナ大河の支流が流れ込み、町の全てを潤している。

 南と東には丘陵と草原が広がり、今の時期は生命力に溢れた緑のカーペットが敷かれている。

 町の中を行き交う人々は活気に溢れ、あたかも草原の生命力そのものであるかのようにも思える。


 この町は、かつては塩の採掘で栄えたことから王家の直轄地となったそうだ。

 岩塩採掘の廃れた今であっても、流通と交通と防衛の要所であることからその扱いは変わっていないらしい。

 そんな町の西には、王家直轄地には付き物の管理林がある。

 ここは年に数度の草刈りや、定期的な樹木の伐採と苗木の植樹が行われていて、その様は規則正しい規律を思わせる。等間隔に並んだ木々は真っ直ぐと立ち、王家の威容を見せつけるのには十分だろう。

 林の中には水場も中に含まれていて、小さな池のような湧き水の淵には多くの植物や花が植えられている。

 とりわけ、騎士にとっては特に重要となるのが、牧草の生えている場所だそうだ。

 馬あってこその騎士というわけだ。


 雑多で豊かな植生があれば、当然ながらそこには数多の生物が存在する。

 微生物から始まり、虫や小動物。それらを餌とする鳥や獣。更には魔物と呼ばれるものまでが集まってくるもののようだ。


 これらの中で、魔物や鳥獣の類は人に危害を加えることがある。

 町の人々の平和と安全を守る騎士団としては、未然に敵対的な鳥獣魔物の流入と定着を阻止すべく、定期的に見回りと駆除を行っている。

 と、言うことらしい。


 林が資材や燃料の安定調達の役割を持っているということは周知の事実らしいが、だからといって魔物が町の直ぐ傍に居れば危険極まりない。

 確かに騎士団が活躍する場としては最適な場所だろう。

 林を眼前にして整列する騎士団の面々は、皆やる気に溢れている様が伺えた。

 特にそのやる気を鼓舞したのは、垂れ目な隊長のベイジル・ヘンリーさんが言った言葉だった。


 カレンナール・フィ・アキニア王女殿下直々の要望として、白いニンマ鳥を捕獲すること。


 この言葉と共に、一種異様とも呼べる熱気に包まれた。

 その熱気は、僕の周りの不快指数を上げることには成功しそうだ。

 騎士団員の暑苦しさが、ジャックポットの様に上積みされた。


 荷台に置かれていた荷物は、この時点で若干減ることになる。

 万が一の安全地帯を作成する為に、現在定期見回り中という表示版を設置する作業のためだ。

 これは、王家管理林と言えども林道は基本的には通行自由であることから、通行する者を守るために行われる、作業の第1段階目に当たるものだそうだ。


 見回りの駆除業務は、3段階の作業手順になっている。


 まず1段階では、林の周囲を封鎖することになる。

 もっとも、林と言っても1つの城が自給自足を行えるほどの規模であるから、完全に周りを囲うのは物理的に不可能だ。

 もし本当に周りを囲うなら数千人から1万人規模の人間が要るだろう。

 手を取り合って人間の輪を作るなら、更に数万人規模だろう。

 そこで、林に走る5本の道を封鎖する事を優先する。

 林を挟む様に、道路の両端に警告の板を立てる。それを5組、順次立てていくという作業。

 これは、この定期的な見回り駆除作業で、想定外の民間人や冒険者が林の中に居た場合に、巻き込む恐れがあるからだ。

 出入りを封鎖することで、中のものを限定するという事だろう。


 次の第2段階では、動物や魔物を追い立てる。

 弱い野獣避けの効果があるワーウルフやドラゴンの臭いが付いた布や、大きな音を出す西洋太鼓(タンブラン)等で、町から最も遠いポイントに魔獣や野獣を集める。

 ここが最も危険な作業だそうだ。

 音や臭いで警戒してくれるものや逃げてくれるものは、そう強い魔物では無いが、逃げずにいるものはそれなりに強いものだからだ。

 遭遇戦になる可能性が高く、この依頼がGランクという戦闘を考慮に入れたランクの依頼になっている理由らしい。

 この場合は各個撃破を前提にして個々に対応していくのが常とのことだ。


 そして第3段階がこの仕事の最もやりがいのある段階。

 箒でかき集める様にした魔獣や野獣を、一斉に殲滅する。

 この段階までで、ゴブリン等の群れを成す魔物は、林から逃げ出してしまっていることが多いらしい。

 それも当然だろう。

 もし、林以外からやってきて根城にした魔物が居れば、林を捨てることも自然なことだからだ。

 何処かから渡ってきたものなら、危険な場所と分かればまた別の場所に渡る。

 従って、この段階で集まっているのは、ほとんどが林の中で発生した魔獣や野獣になる。

 林をホームグラウンドにする魔獣との戦いは、これはこれで難しいものらしい。


 この作戦の説明を受けた時の我がパーティーメンバーは、目の輝きが違っていた。

 特に、殲滅戦の個所では逸る気持ちが手に取る様に分かった。

 だが、僕らはあくまで後方からの荷物運搬が仕事だ。

 くれぐれも先走った行動に走らないよう、垂れ目な班長さんから念を押されて項垂れていた。

 青菜に塩をかけたような2人はともかく、他の騎士はやる気十分だ。


 この定期見回りの作戦は、軍事教練を兼ねているそうだ。

 隊列をもって獲物を追い立て、包囲し、殲滅する。

 規律のある軍事行動そのものだ。

 個別の各個撃破は、臨機応変な対応の訓練と個々人の能力向上の機会となっている。

 林1つにも、色々な使い方がある物だと感心してしまう。


 「それじゃあ、各チームで手分けしてこれを立てる。Aチームは右回り、Bチームは左回りだ。終了後は速やかにここへ帰還する事。冒険者諸君は資材を持って彼らに付いていくように」


 垂れ目の班長の指示の元、2手に別れた第2班の面々は動き出す。

 戦闘が起きる可能性もあることから、アクアとアントが各々別れてそれぞれの班に付いていくことになった。

 両手で抱えようとしても手の長さが足りないほど大きな背負子しょいこ籠2つに、看板やら木槌やらを入れて2人が持つ。

 見るからに雑用といった作業だが、不満の欠片も持たずに背負う2人に、頼もしさを覚える。

 流石にアントの肩書を知っている騎士は、戸惑っている風だったが、本人が自分は半人前の冒険者であると言いだしたことには納得したようだ。


 班長と僕は荷物の場所に残り、もしも怪我人が出た場合や、予想外の大物が現れた時に備えることになる。

 僕が【ヒール】を使えることは騎士団の人には話していないが、使う機会があったなら遠慮なく使うつもりだ。

 変な物が出てこなければ良いのだが。


 班員とおまけ2人が戻ってくる前に、次の準備を整えておく。

 小さな焼き物の容器に入った薬や、やけに獣臭い毛布のようなものを、それぞれ組にして分けていく。

 1人づつにそれぞれ渡す準備というわけだ。


 こちらの準備も終わり暇を感じ始めた頃合い、アクアを一番後ろにして1列縦隊で戻ってきた人達が居た。

 林の逆側にまで行って来たにしてはやけに早い。


 疑問に思って居ると、3人居る騎士のうちの1人が、手に持っている何かを垂れ目班長に見せていた。

 見た限りでは、大きな節足昆虫のように見える。

 濃いアイビーグリーンをしていて、何やら不思議な匂いがする。

 子猫か、フェレットぐらいの大きさはある。

 騎士は、ひと通り検分したのち、それを運んできていたケージの1つに入れた。

 中でガサガサと元気に動き回るそれは、虫独特の動きからくる生理的嫌悪を感じさせた。


 「それは何ですか?」

 「ん、これか。これは巨大なアブラムシ(ヒュージ・アフィッド)だな」

 「へぇ、これって何かの役に立つのですか」

 「おお、役に立つさ。こいつは、樹木の養分を吸って、代わりに特定の魔物が好む液を分泌する。それは、使い方によっちゃ厄介な魔物を集めて駆除するのに役に立つ。まあ、そもそも木を枯らす害獣だから駆除がてらってのもあるけどな」


 魔物を集めて駆除するのに役立つとは、どういう使い方なのだろうか。

 仮に魔物が嫌う液を分泌するなら、厄介除けに役立つのは分かる。

 集めて役に立つ使い方なんて、有るのだろうか。

 いや、寄ってくるのが分かっているなら、使い方は有る。

 罠を張っておいて、そこにおびき寄せるのに使うようなやり方だ。

 ゴキブリホイホイや、ネズミ取りと同じだ。

 そういう使い方をするなら、確かに有効だと思える。


 「ああ、まあ大丈夫だとは思うが、そいつの頭をつついたりしないようにしてくれ。そいつは頭部に鋭い衝撃を加えると、過剰に液を分泌するんだ。魔物をここで呼ばれちゃ敵わんからな」

 「気を付けて運びます」

 「そうしてくれると助かるな」


 そう言って、彼らはまた元の作業に戻って行った。

 まだ道を封鎖し終えていなかったのだろう。

 アクアも作業自体は苦では無いらしく、何の感慨も持たないかのような表情で背負子籠を背負い直していた。


 騎士の言った事を反芻する。

 確かに魔物ホイホイが、周りに撒かれるのは勘弁してほしい。

 騎士さんの言う通り、ここで呼ばれては敵わない。

 せめて、もっと魔物を退治する準備を整えた所で呼ぶようにして貰いたいものだ。

 危険な物を無造作に置いて行かれたのは、きっと班長を信頼しているという事なのだと思いたい。


 やはり一度アブラムシの魔獣を置きに来たからだろう。

 アクア達のチームがまだ作業中なのに、アント達のチームが先に作業を終えて戻ってきてしまった。

 しかも、その騎士の内の1人は暴れる鳥を1羽捕まえてのご帰還だ。

 その鳥は、雪の様に白い羽をばたつかせ、何とかして騎士の手から逃げ出そうともがいていた。

 見たことがある鳥だ。

 その鳥を掴んでいる若い騎士に、垂れ目のベイジル班長が声を掛ける。


 「おい、イシドール。その手に持っているのはもしかしてニンマ鳥じゃないのか?」

 「はい班長。私が発見し、捕獲に成功しました。王女殿下御所望の物と思われます」

 「よくやった。きっと王女殿下もお喜び下さることだろう」

 「光栄です」


 声を掛けられた若い騎士は、胸を張った。

 身長こそ175センチを超える程度だが、逞しく鍛えられているであろうその胸板を逸らす様は、一回り大きな体つきに見える錯覚さえ感じた。

 その彼は、自分でケージの1つを台車から降ろし、その中に真っ白なニンマ鳥を入れた。

 いまだに1羽だけの大運動会が繰り広げられている様子ではあったが、それでもケージに入れられてしまえば出来る競技も限られるのだろう。

 羽を傷つけない程度の羽ばたき方に落ち着きだした。

 これは、当初言い渡されていた特別な仕事なのだから、若い騎士にとっては大手柄と言うことになるだろう。

 周りの騎士達も、しきりにイシドールと呼ばれていた若い騎士を褒め称えていた。


 だがここで、誰も想定していなかった事が起きてしまった。

 多少興奮気味であった若い騎士が、既に台車の上に巨大アブラムシが置いてあるのを気に留めずに、ニンマ鳥をその横に置いてしまったのだ。


 これは非常に不味い結果をもたらした。

 暴れるニンマ鳥には、鋭い嘴がある。

 僕もつつかれた経験があるから分かるが、とても力強く、鳥にとっては唯一と言って良い攻撃手段だ。

 暴れる時には、当然この嘴も活用して暴れる。

 何より不味かったのは、その嘴が巨大アブラムシの頭を突くことに成功してしまった事だった。


 気づいた時には既に手遅れで、慌ててアブラムシのケージを白いニンマ鳥から引き離したものの、周りには噴霧されるように液体が撒かれた。

 僕は思わず叫ぶ。


 「班長さん、巨大アブラムシの液が撒かれた。気を付けて」

 「何だって! 仕方ない、総員、警戒態勢を取れ。イシドールは、今すぐウルギッドのチームにこちらへ戻ってくるよう伝えろ」

 「はっ」


 偶然が重なった。

 1つは、偶々巨大なアブラムシ(ヒュージ・アフィッド)を捕まえていたこと。

 もう1つは、それが最初にケージに入れられて置かれていた事。

 さらにもう1つは、攻撃的な性質が強いニンマ鳥の捕獲を行った事。

 そして最後は、その鳥がお姫様の要望であった為に騎士が浮かれてしまい、アブラムシの傍に置かれてしまったことだ。


 いや、もう1つ偶然が重なっている。

 駆除業務で普段なら居ないはずの魔物が、今回に限っては居たことだ。責任の欠片ぐらいは僕にある。


 偶然が、まるで古い地層の如く重なったが故に起きた事故のようなもの。

 それが起こした結果は、直ぐに現れた。

 相当に強い匂いだったのだろう。かなり遠くの方からもそれはやってきた。


【オオミツバチ(Gigas apis mellifera)】

 分類:魔物類

 特性:襲人性、集団行動型、風属性抵抗強化、火属性抵抗弱化

 行動:蜜蜂の守りを司る。蜜蜂の巣に近づく人及び獣に対して、強制排除を行う。


【キラーアント(Occisor Ant)】

 分類:魔物類

 特性:襲人性、集団行動型、土属性抵抗強化、木属性抵抗弱化

 行動:森の掃除屋とも呼ばれる肉食の昆虫型魔獣。コロニーとして巣を作り、そこを中心に活動する。人や動物が近づくと顎を鳴らして警告する。警告を無視したものは、集団で襲われる。


 以前、同じ林で追い払ったはずのオオミツバチだ。

 蜂の魔物は、やはり相当嗅覚が鋭いと見える。

 林の方から、大量の蜂がやってきた。

 遠目だが、数にしても以前とは違って100匹は居る。


 おまけに、地面には黒い蟻がわんさかと這ってきた。

 まるで黒い布を地面に敷いたかのように、隙間も無く向かってくる。

 見た所、その1匹1匹が握りこぶしを3つ合わせたほどの大きさで、蟻にしては異常とも思える身体だ。

 数なんて、蜂の数以上に多いからか、数えることすら難しいほどだ。


 それらが、確実にこちらに近づいてきている。

 訓練された騎士達と、またそれを指揮する班長の行動と判断は素早かった。


 「荷物の中から油を用意しろ。俺の目の前だけを開けるようにして、そのまま地面に撒け。手の空くものは蜂に注意しろ。急げ」

 「はい」


 その意図は、僕にも分かった。

 油が、蟻の進行方向を遮るような形で撒かれるや、騎士の1人が火を付けた。

 撒かれた特殊油は、台車で運ぶのも重たかったが、その甲斐はあったらしい。

 燃え上がる炎は、蟻の群れを上手く誘導する形になった。

 立ち上る火の壁は、僕らの目の前の一部のみを開けて、蟻たちを遮る。

 まるで、門を開けた城壁のような雰囲気がした。


 これは理に適っている気がする。

 もし、隙間を開けずに壁を作れば、蟻たちが左右のどちらから回り込んでくるか分からなくなる。かといって、火の円で自分たちを囲っては、尚更蟻たちにその外側から包囲されるだけのチャンスを与えてしまうことになる。火が消えた時には、周り中を蟻に埋め尽くされていたという事にもなりかねない。

 だからこそ、あえて一か所だけ開けておき、そこから蟻たちが来るように仕向けた上で、そこを叩くというわけだ。

 予め、こういう場合も考えて準備をしていたという事だろう。


 「冒険者諸君も手伝ってくれ。右翼に展開して我々が撃ち漏らした敵を頼む」

 「任せて貰おう」


 僕の代わりに答えたのはアントだった。

 こうなることを望んでいたような雰囲気で、嬉々として返事をしていた。

 慌てて騎士たちの右に展開し、襲い来る敵を待ち構える。


 「来たぞ」


 誰かの声が、叫ぶかのように響いた時。

 虫対人の争いの火ぶたが切って落とされた。


 始めに襲ってきたのは、オオミツバチの集団だった。

 慌てて作った火の防衛壁を軽々と飛び越えて、頭上から20匹ほどが急降下してきた。

 これらに騎士達は班長1人が蟻の警戒にあたり、残りが蜂に対処する形のフォーメーションで対応する。


 襲い掛かってくる蜂の動きは、思って居たほど早くは無かった。

 前に見た時は、もっともっと素早かった気がするが、今は蜂の針の先まではっきりと見える。

 だが、そうでは無い人間も存在した。

 この事件の原因の1つを作った、若い騎士。おっちょこちょいな事をしてくれたイシドールさんがその1人だ。

 若い騎士は、7~8匹の蜂に囲まれるや、途端に劣勢となった。

 如何に個体としての力量差があろうと、集団の敵と1対1の敵とは勝手が違う。

 防戦を余儀なくされてしまった。

 時折、騎士の剣や風魔法の刃が蜂を叩き落しては居るのだが、その数の暴力には劣勢と言わざるをえないだろう。


 僕やアントも、自分の持ち場を守る様に戦う。

 空を飛べる以上、火の壁が役に立たない敵。蜂たちが波状に襲い掛かってくるのだ。


 剣を構える僕たちに、鋭い針の群れが向かってくる。

 尖った凶器を突きだして襲い掛かってくる連中を、1匹づつ切り伏せる。

 前と比べて、明らかに動きが遅い。


 そこで僕は片手に小剣を持ちつつ、腰の後ろのナイフを取り出す。即席の二刀流といったところだ。

 腕力が上がったからこそ片手で小剣を扱える。

 だとするなら、ここまで多勢相手なら、手数は多い方が良いに決まっている。

 右上から襲い掛かる2匹を、横跳びに躱しながらナイフと剣でそれぞれ切り付ける。

 ほとんど間を置かずに、1匹は羽を切り飛ばし、1匹は胴体と頭を切り離せた。

 くるくると回りながら、地面に落ちていく蜂の跡。


 アントも流石で、蜂如きには手間取る様子を見せない。

 手数の増えた僕と合わせても、右翼に襲い掛かってきていた30匹ほどは、あっけないほどに早く片付いた。

 まだまだ余裕がある僕たちは、襲い掛かる蜂を警戒しつつ周りを伺った。


 そこでかなり不味い状況を見てしまう。

 若い騎士は、多角的な攻撃は不慣れなうえ相性が悪いらしく、あちらこちらを針で刺され、そして噛みつかれて食いちぎられ、血だらけになっていた。

 試験のときはパワータイプだった彼には、素早さと急制動が取り柄の蜂の相手は、苦手とする相手だろう。

 おまけに、ついに蟻が火の壁の内側まで溢れる様になってきており、班長1人では、蟻の群れを抑えることが出来なくなるのは時間の問題に思えた。


 「班長、援護の指示を」


 僕は叫ぶ。

 ここで独断の形をもって救援すれば、下手をすると班長か、蜂と戦う騎士達かのどちらかが致命的な負傷をする危険性があったからだ。

 経験の浅い僕よりも、現場を預かる彼に聞くのが正しい判断だろう。


 「君はこっちで蟻を駆除。伯爵殿はあいつらの援護を」


 班長が、息を切らす中で発したその言葉が聞こえたと同時だった。

 僕とアントはそれぞれ飛び掛かる様に駆けだした。

 蜂はあいつと騎士達に任せておけば心配ない。

 更にはとっておきの【敏捷増強】を僕とアントにかける。

 目に見えて動きが素早くなったアントが僕を見てきたが、軽く頷くだけで伝わったようだ。


 まるで1.3倍速の早回しをするかのような劇的な動きの変化に、騎士達も驚いたらしい。

 だが、今は彼らもそれを気にし続ける余裕も無い。

 アントが戦力として加わったことで、防戦の上で劣勢を強いられていた蜂たちとの戦いは盛り返す。

 獅子奮迅の活躍で、騎士が1匹切る間に2~3匹は切り落とすアント。


 それを横目で見ながら、僕は班長を救援する。

 駆けつけざまに、まとめて10匹ほどを【ファイア】で焼き殺す。

 既に煌々と照らされていた林の中が、より一層の輝きで照らされた。

 顔に吹き付けるドライヤーのような温風が、虫の焦げた臭いを鼻に届けてくる。

 更に続けて3発ほどの魔法を放って焼き続ける。

 手加減を忘れたために、放つ度に半径5~6mほどの広範な場所に火柱が立つ。

 これでこちらも一旦押し返した。


 「班長、少し時間を稼いでください。取って置きの魔法を撃ちます」

 「よし、わかった」


 蟻の波を抑えた今、更に追い打ちをかけるべく魔法を使う。

 溜めの時間が掛かるが【ウォータースライサー】の出番だ。

 これなら、威力の届く所まで貫通するだろう。

 一方向からしか蟻が来ず、おまけに数だけは多いとなれば、この魔法の為に用意されたような状況だ。

 普段は突き抜けるが故に扱いが難しいこの魔法も、今なら遠慮なく使える。


 若干の溜めが終わり、指の先から水の噴射が始まった。

 気を抜けば後ろに飛ばされてしまいそうな反動と共に、レーザーの如き水の線が蟻の群れに穴をあけた。

 一直線に、蟻の死体が出来上がる。


 「あ、あはは、凄いじゃないか。やるねえ」

 「とって置きですから」


 【ファイア】である程度の数を焼き切り、もう1発【ウォータースライサー】を撃ったところでMPが切れた。

 その頃には蟻の数も、20を数える程度になっていた。


 ふと振り返れば、アント達の蜂はもうあらかた片付いていた。

 あと十数匹が最後の特攻を仕掛けて行くところだった。


 それに気を取られたのが悪かったのだろう。

 再び蟻に意識を向けた時には、そいつらが四散して行くところだった。


 「逃がすと面倒だ。1匹も逃がすなよ」

 「はい」


 班長の言葉も、もう少し早く欲しかった。

 既にそれぞれがてんでバラバラの方向へ逃げ出している。

 逃げると面倒ならば、逃げ出す前に言ってくれても良かっただろう。

 それでも悩む前に動かないと、尚更逃げられる可能性が高くなってしまう。


 追いかけざまに、10匹ほどを葬った所で、残りを何匹か見失いそうになった。

 その度にそいつらを倒すのだが、何せ方角もバラバラに逃げているものだから、単純に手が足りない。

 何匹かが、かなり離れた所の藪に入ろうとしているのが見えた。距離にして十数m。

 駄目だ。幾ら素早くても、藪に入る前には追いつけない距離だ。

 藪に入られてしまえば、相手が虫なだけに見失ってしまうだろう。

 逃げられたか。


 そう思った時だった。

 耳の横を、幾つかの風切り音と共に何かが通った。

 それが矢だと気づいたのは、蟻が全て藪の前で串刺しにされた後だった。

 先ほど呼びに行っていた、もう1つのチームが駆け付けて来たのだ。


 「ありゃりゃ、ちょっとばかり遅かったかな」

 「いえ、危うくあいつらを逃がしてしまうところでした。ありがとうございます」

 「いやいや~、もう少し早かったら、俺たちも戦えたと思ってさ」

 「あはは……」


 弓矢を使う騎士と言うのも、頼もしいものだ。

 こういう時は、つくづく遠距離攻撃の重要性を実感する。

 間合いの長さは、それだけで有利なこともあるという事だ。

 気づけば、蜂も蟻も全て倒し終えたらしい。

 ようやく、落ち着いて一息つける。

 蟻の死骸が無い所に、思わず座り込んでしまった。


 ――パララパッパパラ~♪


 そこで聞こえたのは、毎度おなじみのレベルアップファンファーレ。

 やはり、これだけの数の魔獣を倒したのだから、レベルアップも当然だろう。

 ステータスを念じてみてみれば、レベルが5つ上がっていた。


 前にアントとゴブリンを倒した時にも5つ上がったはずだ。

 それを考えると、数的に圧倒的だった今回のレベルアップは、控えめな気もする。

 理由があるとするなら、周りで一緒に戦った人数が多かったことが考えられる。

 別にパーティーというわけでは無いが、周りに居れば影響があっても当然の事。


 「おいハヤテ」

 「アント、そっちは大丈夫だった?」

 「当たり前だ。あんな虫けら如きに後れを取る私では無い。それより、お前もレベルアップしたんだろ」

 「お前もってことは、アントもか」


 いつの間にか傍に来ていたアントが、僕に声をかけて来た。

 他の連中は良いのかと周りを見渡せば、今回の戦闘で傷ついた騎士団員の手当てをしている。

 アクアも、荷台から薬品を降ろしたり、念のために解毒をして回ったりと、細やかに働いている。


 「私はレベルが2つ上がったが、お前の事だ。もっと上がっているんだろう。何とも羨ましい奴だ」

 「まあね。今回でレベルが30になった」

 「ならばアクアと並んだわけか。あいつがうるさくなるだろうな」


 間違いなく、穏やかな対応は期待できないだろう。

 自分が抜かされる気持ちというのは、あまりいい気分ではないはずだ。

 特に負けず嫌いな人間にとっては、耐え難い不快感となるだろう。

 だが、隠すのも隠しきれるものでは無い。第一、パーティーメンバーは信用が最優先だ。

 背中を預けるのに、実力よりも安心感の方が重要なのだ。ならば隠し事は、それを阻害する要因でしかないだろう。


 周りの喧騒を聞きながら、今後の戦いに備えてステータスを割り振る。

 アントなんかは迷わず敏捷と腕力に振ったらしいが、僕はそういうわけにもいかない。

 悩みどころは大きく2つ。


 1つは、ステータス向上魔法を全て取る事を優先させるのか、ステータスそのものを向上させるかどうかの選択だ。

 ステータス向上魔法は強力だ。それは、敏捷値だけの効果でも実感できたことだ。だからと言って、急に全部とっても使いこなせるかどうかが疑問だ。

 この魔法は、MPの消費量が多い。全部とっても、MPが無くて使えないとなれば取る意味が無い。


 もう1つは、ステータス向上魔法以外に魔法を取得するかどうかだ。

 今ある魔法だって、使いこなせているとは言えない。

 だが、有益な魔法が取得できるようなら、昇格値のポイントがあるときに考えてみるのは当たり前だろう。


 いや、ここはまず全部のステータス向上魔法を取るべきだろう。

 そして、他の魔法は取らずに、ステータス向上に使う。


 ステータス向上魔法を全て取得したとしても、いざ使うときに全部使うとは限らない。

 残っているMPや状況を判断した上で、魔法を使えば良いことだ。

 だとすれば、選択肢は多い方が良い。

 それに、他の魔法と言っても、何が有効なのかは僕には判断が付き辛い。そもそも情報が不足している。

 一度教会で相談してからにすべきだろう。

 そして、また襲われるかも知れないのなら、昇格値を遊ばせておくのも不安が大きい。


Level(レベル): 30

HP        : 125 / 125

MP        : 16  / 110

腕力        : 76  / 76

敏捷        : 88  / 77

知力        : 127 / 127

回復力       : 102  / 102

残ポイント 0


◇所持魔法 【鑑定】【翻訳】【フリーズ】【ヒール】【ファイア】【解毒】【毒耐性】【ウォータースライサー】【HP増強】【腕力増強】【敏捷増強】【知力増強】【回復力増強】

 :


 結局ステータスはこうなった。

 敏捷が上限を超えているのは、まだ【敏捷増強】の魔法の効果が続いているからなのは分かる。

 MPを使い切った後だから、もうしばらく回復させないと【ウォータースライサー】なんかも使い辛いだろう。

 中々、激戦だったと言える。


 そんな僕たちに、声がかかった。

 騎士の手当も終わったらしく、これから定期駆除の続きをするらしい。

 こんな騒動があったのだから、一度詰所に戻れば良いものを、どうやらそういうわけにもいかないらしい。

 確かに、魔物があれだけとも限らない。

 まだまだ居るかもしれないと考えれば、危険を今のうちに駆除しておきたいという考えは、それが騎士ならば頼もしい考えだ。


 改めて隊列を整え直し、僕らは第2段階の作業を開始した。

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