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水の理  作者: 古流 望
3章 新たな敵
51/79

051話 騒動の予感

 「彼は騎士団を辞めたよ」


 何処か言い辛そうにする騎士には、不安の色を隠せていないように見えた。

 一体何が彼をそこまで動揺させているのだろうか。


 「何かあったのですか?」

 「ん……まあ君たちは事情を知っているから言うが、くれぐれも内密にしてもらえるだろうか」

 「ええ、分かりました」

 「実は、先ごろの騎士団詰所での事件があってから、彼は今まで鍛えていたステータスを全て失ったんだ。流石にそれでは騎士候の任と地位に相応しくないと、ご自分で辞任を申し出たんだよ」


 レベルが下がってしまったと言う事か。

 そんなことは普通に起こる事なのだろうか。

 いや、どう考えても普通とは思えない。

 そんな事があるのなら、もっとありふれた様子で話しても良いはずだ。

 深刻そうに話してくる以上、普通ではあり得ないことだと思って良い。


 「それはやはり、あの黒づくめの女性が原因ですか」

 「我々はそれしかないと考えている。近々本格的な捜査が行われるはずだし、指名手配もされるだろう。その際には君たちにも積極的な協力をお願いしたい」

 「わかりました」


 頷きを返し、将来の協力を約束した。

 それに安心してもらえたらしく、騎士さんの深刻そうな顔が少し和らいだ気がした。


 仕事の受諾と詳細な説明を受けた以上、とりあえずの用事は終わった。

 それに合わせるかのように、落ち着きを無くしていく男も居るらしい。

 そわそわと、実に怪しい動きの不審人物が1人居る。

 それも、悲しいことに僕らアカビットパーティーのメンバーだ。


 「ハヤテ、お前はこれから教会に行くのだったな」

 「まあ聞きたいこともあるからね」

 「よし、それでは早速行こう。時間が惜しい」


 ここが騎士団の詰所である以上、怪しげな人物が居ては捕まるかも知れない。

 むしろ一度、赤毛の大男にでも捕まって、お説教の被告席に連行されてくれれば、少しは大人しくなってくれるのかもしれない。

 それはそれでありがたい気もするが、今それをされると仕事に差し支えるだろう。


 詰所を出て、まるでアントが先導するかのようにして教会へ向かう。

 詰所に来る時よりも、当社比15%ぐらいは早足になっている。

 しかも夏の太陽は、その先導者の髪を輝かせる。

 これがまた妙に溌剌とした印象を与えてきやがるものだから腹立たしい。

 大通りをそうやって颯爽と歩いている限りでは、幾人かの女性の目を惹きつけることがあるようだ。

 実に羨ましい話だ。

 それだけ女性を惹きつける容姿と風貌と外見と見た目がありながら、わざわざフラれに行くと言うのだから変わり者もここに極まる。

 いや、かの女性は美人だ。それに性格も良い。伯爵が想いを寄せるのも大いに理解できる。僕としても応援する気持ちはあるのだが、如何せん相手にその気がない。


 相変わらず趣のある教会。

 そこに到着するなり、裏手の居住スペースに駆けて行った男前はとりあえず放っておいて、神父さんを探す。


 「アクア、あいつ追いかける?」


 黙って首を横に振るアクア。

 それはそうだろう。どうせ行く場所なんて分かり切っているのだから。


 揃って裏の庭に行く途中、若いシスターに神父の場所を聞いた。

 もう1人の相棒も先に行ったとの事だったが、これはシスターの見立てが悪い。

 先に行ったと言わず、別の所に行ったと言うべきだ。


 勝手に中に上がり込むことも気が引けたので、一応そのシスターに付き添って貰って神父の部屋に行く。

 軽く響くノックの音と共に、中へと通された。

 相変わらず殺風景な部屋の中に、これまた相変わらずな神父が座っていた。

 僕とアクアを交互に見て、不思議そうな顔を浮かべた。


 「いらっしゃい。さっきアレクセン伯爵の声が聞こえていたけど、一緒では無かったのかな?」

 「ここに来るなり走って行きましたから、恐らくアリシーさんの所でしょう」

 「ははは、彼らしい。それで、今日はどういった用件かな」


 スッと差し出された手で、紳士的に椅子を勧められた。

 落ち着いて話を聞いてもらえると言う事だろう。

 聞きたいことは幾らでもあるが、とりあえずは現状の確認だろう。


 「少し神父に教えて頂きたいことがありまして。お忙しかったですか?」

 「私の仕事は悩む人に助言をすることだ。それが神の御言葉であることもあれば、私の世間話の時もあると言うだけの事。いつでも大丈夫だよ」


 流石に聖職者とやらは懐が深い。

 世の中には胡散臭い宗教家も居るだろうが、この人は信頼に足るのではないだろうか。

 少なくとも、お布施を強制したりはしないだろう。

 もしそんな悪徳宗教家なら、今は席を外している正義感の塊が黙ってはいないに違いない。

 神の言葉と言うのは胡散臭いが、まずは聞いてもらうようにしよう。


 「実は、私たちはパーティーを結成したのです。それで一緒に戦うようになって、気になった事なのですが、パーティーを組むとレベルが上がりやすくなったりするものなのでしょうか」

 「一般的には、パーティーを組むと役割を分担出来て、魔物や野獣と言ったものとの戦いが効率的になり、上がりやすくはなると言われているね。1人の時よりは、安全性も増すでしょうしね」

 「いえ、そうでは無く、同じように戦っていても、レベルアップとレベルアップの間隔が短くなるようなのです。具体的には、アントがレベルを一気に2つ上げたり、アクアが数日間隔でレベルを上げたりと言った感じです」

 「ほほう、それは凄いね。だけどパーティーを組むと言っても、結局は書類上の事。何か特殊な効果があるわけでは無いよ。それで何かあるとすれば、君たちそのものに原因があるのだろう。調べることも出来るが、どうするかな」

 「お願いします」


 別に断る理由は無いだろう。

 何かしらの原因があり、そこにマイナス要因が隠れていないかを調べてもらうのが目的で訪ねたのだ。

 神父は以前に見せて貰った鑑定用の魔道具を持って、じっとそれを見つめた。

 パーティーメンバー全員を見るということだったので、神父の指示でアクアが色ボケ貴族を呼びに行く。

 それを見送った後に、神父が僕に話しかけてきた。


 「他の2人が居ないうちに話しておこう。君が気にしていたことだが、その原因は君にあるようだ」

 「そうじゃないかとは思っていました。詳しいことを聞いても良いですか」

 「勿論それを言う為に、彼女には席を外して貰ったんだ。君の資質を調べたんだが、非常に変わった資質を持っているようだね」

 「変わった資質ですか」


 変わり者という自覚はある。

 ただでさえこの世界の常識も無い人間だ。

 この世界の人間と何かが違っていたとしても、驚くことでは無いだろう。

 エルフやドワーフや魚人まで居るのだから、才能や資質の1つや2つ変わっていても納得できてしまう。


 「そもそも魔法とは、世界に満ちているマナを魔力として使う方法の事でね。魔力を意志によって利用する為には、体内に魔力を取り込む必要がある。それは知っているね」

 「ええ、知っています」


 以前、聞いた話ではある。

 それ故に、魔法は意思を持って念じることが重要なのだというのも分かっている。


 「取り込んだ魔力は、密度を上げることで目に見えないほど小さくだけれども、結晶化すると言われている。それの大きさでレベルが決まるとも言われているんだ」

 「なるほど」


 見えない物をどうやって調べたのかは分からないが、調べた人間が居たのだろう。

 きっと偉大な研究者か何かだ。

 立派な先人も居たものだ。


 「私が今調べた所、君はその取り込む能力が人よりも秀でているようだ。それが昇格値にも繋がっていると私は思う」

 「その理由は分かりますか」

 「理由までは分からないが、恐らく君の特異体質によるものではないだろうか。君は性質的に極めて純粋な資質を持っている。魔法的にどの属性にも属していないと言うべきかな。普通の人間であれば、体格や精神が成熟する前に魔力的な影響に必ず晒され、特定の性質に偏るものだ。君はまるで……そう、魔力が全く存在しない所で成熟したような異常さがあるんだよ。世界が濃淡の違いこそあれ魔力に満ちている以上、絶対にあり得ない話だが、そうであれば君の特異な性質に説明が付く」

 「あ、あはは、なるほど」


 それは当たっている。

 僕は魔力の無い世界で育った。存在すらしない物の影響を受けて育つのは不可能だ。

 不純物の混じりようが無い世界で育ったからこそ、純粋と言われる資質を持てたのではないだろうか。

 純水が溶媒として優れているように、魔力の無い世界で育ったが故に魔力的に純粋な僕が、魔力を溶け込ませる能力に秀でる。

 なるほど、異常な昇格値の理由はそういう事か。

 恐らく、元の世界から何人か連れてきて試せるならはっきりと分かるだろう。


 「君と共に戦っている子達が成長著しいのも、その特異体質が原因だろう。魔力を集めやすい者の傍に居れば、その残滓のような影響は受けてしまうだろうからね」

 「そういう事でしたか」


 きっと、強い磁石の傍に集まる砂鉄が、他の磁石にも引かれるようなものなのだろう。

 となれば、心配事の1つは解決したという事だ。

 このままパーティーを組んでいても、プラスこそあれマイナスは少ない。

 有りうるとすれば、僕のレベルアップのペースなりが鈍る可能性があることだが、仮にそうだとしてもパーティーを組むことで効率化されることと相殺出来るだろう。

 疑問が氷解した所で、笑い声が聞こえてきた。

 既に聞きなれた高笑いだ。

 それが、誰かさんを呼びに行ったはずの寡黙で小柄な女の子を伴って部屋に来た。


 「アント、どうしたのさ。そんなに浮かれて」

 「いつもの事」


 アクアが呟いた。

 確かに誰かさんが浮かれるのはいつもの事だが、その理由は同じとは限らない。

 その理由を僕は知りたかったのだが、ここは本人に聞く方が早いだろう。


 「わはは、ハヤテ、私のアリシーがデートの申し込みを受けてくれたのだ」

 「それはおめでとう」

 「この仕事が終わったら、孤児院で使う衣服や建物の補修用資材を買い出しに行くのだ。最初は、彼女は手伝いも要らんと言っていたが、遠慮は水臭いと言ったのだ。私の愛が通じたのだろうな。最後は優しく頷いてくれた」

 「ああ、そういうこと」


 デートと言うよりは買い出しの荷物持ちでは無いだろうか。

 聞き分けのない子供をあやす感じだったようにも聞こえた。

 本人には言わない方が良いのだろうか。

 ふと見れば、神父さんが目くばせしてきた。これは本人同士に任せろという事だろう。

 こほんと咳払いをした神父のクリストフさんは、僕以外の2人にも着席を促した。


 「まあ座りなさい。君たちにも話しておこう」


 地面から3cmぐらい浮いているのではないかと思えるアントがまず座り、その後可憐な紅一点が腰を落ち着けた。

 神父はそれをにこやかに見回し、子どもに言い聞かせる様な優しい口調で話し始めた。

 僕にとってはさっき話したばかりの内容で、新鮮味のない事柄ばかりだ。

 レベルアップの速度が速いことについては、僕の体質的なものに原因があり、共に戦う時にはその影響を受けるといった内容だ。


 少し意外ではあったが、初老の神父様の言葉に、驚きを持つ者は部屋の中には居なかった。

 アントにしてもアクアにしても、ハイスピードのレベルアップの原因が、僕にあると聞いても驚かない。

 むしろ当然のことだと言わんばかりの姿勢を崩さない。

 まあ、予め分かっていたことの確認という意味合いもあったことだから、それはそれで仕方のないことなのだろうか。


 「よく分からんが、とりあえずハヤテと一緒に魔物や野獣を倒せば、レベルアップし易いということだろう。良いことでは無いか」


 アントの言葉は明確に告げていた。

 これからもパーティーを組むと。

 好意的に思ってもらえるというなら、僕としても嬉しい。

 流石に、これで気持ち悪がられたり忌避されたりすると、落ち込むどころでは無かっただろうから、安心した。


 しばらく神父さんに色々と相談した後、僕らは教会を出ることにした。

 今回も有意義な話を聞けたのが良かった。

 アントの小さい時の話やら、アクアのお転婆なエピソードを交えつつ、親身に相談にも乗って貰えた。

 特にアクアが小さい時の話は実に興味深かった。彼女の普段の鉄面皮が、赤くなって慌てたぐらいだから、内容は推して知るべしだろう。


 「そうそう、最後に1つだけ君たちに聞いておきたいことがあったのだが、良いかな」

 「はい、何でしょうか」

 「君たちは揃って素晴らしい才能を持っている。そんな者たちが冒険者をしているとなると、他の冒険者達はどうすると思うかな。特に、リーダーの君のような、ずば抜けた才能を持っている人間が居たとしたら、並みの冒険者は何をするだろうか」


 やけに真剣な目をして僕らを見てくる神父。

 彼の言わんとしていることは、どういう事なのだろうか。

 これは、単なる質問では無いと言う事か。


 「……なるほど、ご忠告感謝します」

 「まあ余計なお世話かもしれんね。くれぐれも、目先の魔物や野獣だけに気を取られてしまうことの無いようにしなさい」


 神父に礼を言い、教会を出る。

 示唆に富んだ指摘だった。

 言いたいことは、僕にも理解出来た。確かに言うとおりだ。

 冒険者としては、忘れてはならないことなのだろう。

 特に、アントやアクアと言った一線級の凄腕と居れば尚更だ。


 「おいハヤテ、さっきのはどういう意味だったのだ」

 「さっきの?」

 「神父様がおっしゃっておられた質問の意味だ」

 「ああ、そのことか。答えは単純さ。『嫉妬』だよ」


 僕たちが互いに嫉妬を持たないのは、お互いがそれぞれの才能を認め合っているからだ。

 多少傲慢かとも思うが、僕だって他人より秀でているものがあるのは、今日、神父様にも教えて貰えたことだ。

 僕の努力では無い所なのは間違いないが、それでも悪い影響はないだろう。

 お互いが十分認め合っているからこそ、嫉妬なんて感情からは離れていられる。

 勿論、アントの力強い剣技であったり、アクアの流麗な剣技であったりは凄いと思う。

 だからと言って、それを妬んだりはしない。2人がその実力に見合うだけの修練を積んでいる事が明らかだからだ。


 「それだけでは分からんだろうが」

 「冒険者は実力あっての世界だろ。そんな中に、僕らのような人間が居ると、仕事を盗られると思う人とかも出てくるでしょうってこと。早い話、魔物だけでは無く他の冒険者の動向にも注意しろって忠告さ」


 他にも理由はあるだろう。

 神父がわざわざ他の冒険者がどう思うか尋ねた理由なんて、そこに注意を向けさせるためなのは明白だ。

 そして、何故注意を向けさせたのかを考えれば、幾つかの理由が考え付く。


 ひとつは、冒険者の中に僕らを疎ましく思って居る輩が居ると、神父が知っている場合だ。これなら、あえて注意を他の冒険者に向けさせる理由になる。教会なら人も集まるだろうし、それなりの情報網だって持っているだろう。どんな世界でも求心力を持った宗教と言うのは、最高の諜報機関でもある。


 或いは、僕らにまだ、致命的に未熟な部分がある場合だ。この場合は、他の冒険者に意識を向けさせることで、そんな未熟さに気付かせようとしているわけだ。

 僕だって、冒険者として一人前と誇れるランクになったとはいえ、まだまだ未熟だ。

 それにこの世界の常識も分からない。

 気づかない所で、致命的な失敗となりそうなことがあり、それを遠回しに教えようとしてくれているのかもしれない。

 どちらにしても結論としては他の冒険者に注意しろと言うことになる。

 神父さんの思惑が何処にあるのかはさておき、今まで1人で冒険していた時と、パーティーでの冒険は違ったものになる。

 厄介な揉め事が、3人分寄ってくることにならないことを祈るしかない。


 パーティーの今後の方針は決まっている。

 この世界ではいつ危険が迫ってくるか分からない。

 その時に対応できる実力を付けるためにも、レベルアップと戦闘経験の向上が必要になる。

 これは何も僕だけでは無く、僕たち3人共に言えることだ。


 「つまり、前だけでなく背中からも刺されないように注意しろとおっしゃっておられたわけだな」

 「そういう事かな」


 アントも珍しく察しが良い。

 アクアは、僕が説明する前に気付いていたようだが、それでも説明することには意味がある。

 言わないと分からないことも多いものだ。

 最低でも、他の冒険者の事をもっと気にかけろという話だし、最悪なら背中と夜道に気を付けろという話になる。

 今後とも用心するに越したことはない。


 教会を出た僕たちは、一旦分かれることにした。

 今後は宿を同じにしたいという希望が他の2人からあったが、それならそれで家族にもその旨を伝えるべきだと思ったからだ。

 特に伯爵閣下は、大事な妹が居るらしいから尚更だ。

 この際、冒険者になって家を離れることが増えることもきっちり伝えておけと言っておいた。

 しぶしぶといった様子を隠そうともしなかったが、いずれバレることだ。早めに教えておくべきだろう。


 宿屋に1人で戻った僕は、明日の準備を整える。

 何があるか分からないし、何をしでかすか分からない連中と一緒に行くのだ。

 とりわけ、騎士団の連中は、友好的に接してくれるとは限らないのだから。


◆◆◆◆◆


 まだ夜の明けきらない早朝。

 早めの就寝が功を奏して、起きだしたのはそんな時間だった。


 今日は騎士団の依頼で荷物運びをすることになっている。

 依頼では使わないということだったが、万が一にも必要になる場合を考えて収納鞄も持って出ることにする。

 重さは変わらないのに、大抵のものは入ってしまうから不思議な鞄だ。

 唯一欠点があるとしたら、生き物は運べないことだ。

 魔力を有していると、魔道具に込められた魔力と影響し合うからだそうだ。

 思いのほか融通が利かない。


 手荷物も準備し、身だしなみも整え終わったころ、予想していた騒々しさがやってきた。


 ――ドンドン


 宿屋のドアを壊そうかという勢いでノックする来訪者だ。

 こんなことをするのは、あいつしか居ないだろう。


 ドアを開ければ、そこに居たのは金髪の美男子。

 満面の笑顔も爽やかに、僕へ言葉を向けてくる。


 「おお、起きていたか我が友よ。さあ今日も共に戦おうではないか」

 「朝から元気だね。アントは」

 「ははは、アクアには負けていられんからな。お前と一緒に戦えば強くなれるのなら、私の為に役立ってもらうぞ」

 「はいはい」


 まだ日も出ていない時間から、このハイテンションを維持できるのが凄い。

 一度アントの血圧を測ってみたいものだ。

 どこかの団長のように賭けをするなら、高血圧に全額賭けても良い。

 この様子で低血圧というなら、血圧の基準の方が怪しい。


 「ハヤテ、おはよ」

 「おはようアクア。眠そうだね」


 カクンと首だけが動くアクア。

 やはりこんな朝早くには、彼女の様子の方が正常なのだろう。

 大型連休が明けたばかりの朝のような気怠るさで、如何にも眠たそうな様子だ。

 目が心なしか僅かに閉じ気味になっている。


 そんな対照的にも思える2人と共に、まだ暗い外へ出る。

 煌々とした星の輝きも残る空の下、一路向かうは騎士団詰所。

 今日の依頼こそは、安全にこなしたい。

 幾らレベルアップするからといって、危険な任務ばかりだと寿命が縮みそうだ。

 欲張ってはいけない。

 少なくとも大イノシシや、大蟹は出て来て欲しくない。


 意気揚々と歩を進めるアントに続く形で、騎士団詰所に着く。 

 入り口の騎士は規律正しく迎えてくれた。

 ただ、残念なことに受付にはお姉さんが居なかった。

 やはりこの時間は業務時間外ということなのだろう。

 次の依頼は是非業務時間内に来よう。いや、そうするべきだ。


 昨日案内された、談話室のような部屋で待つこと数分。

 垂れ目のお兄さんがやってきた。

 今日は見事な完全武装をしている。

 顔が映りこむほどに磨かれた鈍い銀色の全身鎧を身につけ、腰には剣を佩いている。剣の幅も手のひら程はあり、長さなんて数十センチぐらいはあるだろう。飾りも素っ気無い鞘を、結わえるようにしている。

 顔つきはキリリと真剣な表情をしていて、如何にも仕事の出来る男といった雰囲気を見せていた。


 「今日はよろしく頼みます。早速こっちへ来てくれ。運んでもらう荷物がある」


 挨拶もそこそこにして、早速仕事らしい。

 いつも通り掃除の行き届いた廊下を通り、案内されたのは中庭だった。


 夏らしい青々とした芝生が敷かれ、広さはちょっとした訓練が出来そうなぐらいだ。

 草の薫りと、土の香りが混ざった、むせるような匂いがする。

 そこにこんもりとした小山があった。

 よく見ればそれは、ケージやら医薬品やらで作られた小山だ。

 大人が数人手を繋いで作った輪ほどの大きさの中に、これでもかと盛られた荷物の量には驚いた。

 これを運ぶのは3人では難しいかも知れない。手で持つにしても、持ちきれないだろう。


 どうやって運ぶか思案していると、1人の若い騎士が牛にでも牽かせるのかと言いたくなる様な台車を持ってきた。

 直径が僕の腰まである大きな車輪が4つ付いていて、木で出来た台の部分はとても頑丈そうだ。

 おまけに台の裏には縦横斜めに幾本も補強材が咬ましてあって、仮に上で僕らが飛び跳ねても大丈夫なぐらいの強度が伺えた。


 「それじゃあこれで運んでくれるかな」

 「分かりました」


 案の定、この台車で運べと言うことになった。

 沢山の荷物を、出来るだけバランス良く載る様にして積んでいく。

 その上から、大きな布を被せる。ごわついた天幕のような布地だ。

 それをしっかりと台車に紐で括り、山の移動は完了した。

 台車の上に乗せると、小山が一段と高くそびえる様に感じるから恐ろしい。


 「もう少ししたら、我々の方も準備が整うだろう。それまでしばらく待機するように」

 「分かりました」


 垂れ目の騎士さんが言うように、武装を整えた騎士と思しき連中が少しづつ中庭に集まってきた。

 皆、鎧は同じだが武装がバラバラだ。

 きっと、試験の時にも見ていたように、得意な武器が各員で違っているのだろう。

 中には、弓と矢を背中に背負っている騎士も居た。

 弓矢で戦うのもまた格好良さそうだ。是非戦っている所を見てみたいものだ。


 おおよそ集まったのだろうか。

 騎士の皆が中庭で整列しだした。

 6人ほどで、その前に垂れ目のお兄さんが立っている。

 どうやら訓示らしいものがあるらしい。


 「これより、我々第2班による王家管理林定期見回り及び駆除活動を行う。尚今回は、ヨハンが体調不良の為、冒険者3名が補助に付く。よし、それでは全員、装備確認」


 号令一下、見事に揃った動きで武装を確認していく騎士の面々。

 きびきびとした動きは、日頃の訓練の賜物なのだろう。

 思わず後ろにのけ反ってしまいそうな威圧感がある。


 「総員、進め」


 全員の装備確認が終わったことを見届けた所で、進行の合図が出された。

 揃って西の林に向けて進むのは良いが、僕らはどうすれば良いのだろうか。

 放っておかれても困ってしまう。


 「あの、私たちはどうすれば良いでしょうか」

 「ん? ああ、台車ごと着いて来てくれ。もし万が一はぐれたら、荷物の保護を最優先にその場で待機するように。魔獣や野獣が襲ってきた場合は、防衛に徹する事。もし危険だと判断したのなら、逃げて貰って構わない」

 「分かりました」


 逃げるつもりの無い人間が2人も居るので、逃走は無いと思う。

 もしあるとすれば、相当な強敵が出て来た時という事になる。

 その時は、町が危なくなるだろう。

 西の林は町から近い。そこで僕らの手に負えない魔物が出たとしたら、町の人が少なからず死ぬことになる。


 重たい台車を、僕とアントで転がしていく。

 僕は台車の前から、引っ張る様にして運ぶ。アントは後ろから押す形だ。

 アクアには周りを警戒してもらう。

 荷物を運ぶのが今回の仕事であり、守り抜くのが任務だ。

 全員の手がふさがっている状況で襲われることの無いように、交代で運ぶことにしたのだ。

 もし敵が出てきたら、相手をするのは本人たちの望み通りアントとアクアに任せて、僕は荷物を守る事だけに専念することに決まった。

 実に平和的かつ民主的に、多数決で。


 数の暴力と言うのは、こういう物かと実感したのが今日で良かった。これで敵が攻撃中に気付いたとしたら、僕は今頃あの世に居ることだろう。

 アクアとアントの幼馴染ペアに結託されたら、多数決では勝ち目が無い。せめてあと一人、僕と考えの似たメンバーでも居ない限りは、今後もそういう傾向が続くのだ。

 憂鬱な気分にもなって当然の事だろう。


 西の門をノーチェックで通過して、歩いてすぐの林に到着する。

 林の前では、一旦全員整列するらしい。

 その整列した騎士達の後ろに、僕らが立つ。

 そんな集団の前に、この班のリーダーである垂れ目の騎士が立つ。

 軽く咳払いの上で、最後の注意事項を話し始めた。


 「コホン、今回は特別に皆に言っておくことがある」


 特別な事と言うのだから、聞いておかねばならないだろう。

 並んでいる皆の顔にも、緊張が伺えた。

 僕も背中に力を入れ、背筋を伸ばして聞く姿勢を作る。


 「白いニンマ鳥が居たら、必ず確保するように。これは王女殿下直々の所望であるからこころすること」


 騎士達の了承の声が響く中、僕らもそれに倣う。

 あまりにも簡単な内容に、拍子抜けしてしまった。


 姫様からのニンマ鳥確保の要望。

 まさかそれがあんな大騒動になるとは、この時の僕には知る由も無かった。

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